●硝子の海と凌霄の浜-Encore-
「海に行こうと思う」
「ふーん。……うん?」
前にもこんなことがあったような、と顔を上げ、銀髪のオラトリオは首を傾げる。視線の先には、広い肩に紅い仔竜を乗せたゾルバ・ザマラーディ(翠嵐・en0052)の姿があった。
「何年か前に行った所だ。南西の海の島で、朱い花が咲いている」
色硝子を敷き詰めたような遠浅の海。
白波寄せる浜辺に、咲き乱れる赤橙の凌霄花。
あの日から四度目の夏――戦いは終わりを告げたと言うのにもかかわらず、旅立ちの日を前にして思い出すのはなぜかあの頃のことばかりだ。
「俺達は、じき別の道を往くだろう。できれば――最後にもう一度、この目で見ておきたいと、思ってな」
戦うために手を取り背中を預け合ったケルベロス達は皆、それぞれの未来に向けて歩き出そうとしている。その手の斧を振るうことしか知らなかった男も、いつの間にか少し、柔らかい表情をするように――と、言っても、よくよく見ないと分からないほどの違いだけれど――なったものだ。決して多くはない、けれどもこの国へ来て出逢った人々との関わりは、彼の中の何かを確かに変えたのだろう。
「…………ああ、もう」
しょうがないなと頭を掻いて、オラトリオの青年は立ち上がった。
此処にいる仲間達と過ごす、最後の夏。花咲き乱れる浜辺は今年、彼らにどんな景色を見せてくれるだろうか。
●
注ぐ陽射しが、黄金に輝くような朝だった。
降り立った浜の白い砂は太陽を吸って灼けるように熱く、けれども何故か心地よい。
「これ、よかったら」
不意に掛かる声に傍らを振り返り、ゾルバは視線を下げた。深緑に凌霄花を刺繍したハンカチを差し出して、礼は微笑む。
「よかったら普段使いにでもして下さい」
「……ああ」
すまない、と短く応じた男に微笑して、少女は青い海を一望した。その手には、散り落ちた朱花が握られている。
(この海は、あの島と繋がってるのね)
デウスエクスに苦しめられていた地域も、先の七夕で全て解放された。海の遥か向こうには理想郷がある、というのは沖縄の伝承であるが――この戦いで命の人々の魂もまた、そこへ辿り着けただろうか。
(願わくは)
この花々が海を越え、傷ついた魂の慰めになりますように。流した花弁は波間に揺れて、遠く彼方へと運ばれていく。
本州の南西に位置する、小さな島に彼らは居た。細波寄せる砂浜を縁取る木立には、群れ咲く朱け色の花が夏の彩を飾っている。
緑の木陰に吊るしたハンモックの上に、冬真と有理は並んでいた。耳を澄ませば聞こえる波の音は優しく、落ちる木漏れ日は宝石のよう眩しい。けれど――それ以上に眩しいのは。
(綺麗、だな)
頬に掛かる柔らかな黒髪。穏やかに伏せた長い睫毛。愛しい妻の横顔は輝く波や夏空よりも、冬真の視線を惹きつける。はらり、頭上から降った花を膝の上で捕まえて、冬真は手を伸ばした。
髪に触れる優しい感触に、有理ははっと目を開けた。遠ざかっていく手から横髪に花を飾られたのだと気づくと、唇にははにかむような笑顔が滲んでいく。
「うん、よく似合う」
綺麗だよ、と囁いて、冬真はそっと妻の額に唇を落とした。じんわりと頬を染めるその瞳が、美しくて、愛らしくて堪らなかった。
「ね、冬真」
「なに?」
白く細い手が頬に触れ、自然に唇が重なる。息の掛かるほどの距離に見つめ合えば困ったように眉を下げ、どちらからとなく笑った。
「行きましょう」
重ねた手をサマードレスの胸に押し抱いて、有理は立ち上がった。連れられるまま柔らかな砂の上に踏み出すと、冬真はその手の主を抱き寄せる。
足元を攫う波は冷たくて、けれど胸の奥の熱を冷ますには凡そ足りそうにない。砂浜に並んだ二つの影は、やがて一つに重なり溶け合っていく。
「海はやっぱり良いなあ」
浜辺に立てたパラソルの下、ぐ、と両腕を伸ばしてアラドファルが言った。レジャーシート越しに伝わる砂の熱は心地よく、穏やかな海風は今日までの日々を次々と胸に運んでくるかのようだ。
「こうして季節が巡る度、君とあんなことしたなって思い出すんだ」
結んだ唇は、嬉しげな笑みを描く。隣で膝を抱えていた春乃はちらりと男を見上げて、そしてその視線を辿るように水平線へと目を移した。
「四季を巡る旅みたいなのもしたね」
春には桜、夏には蓮。かき氷を食べに出かけたこともあったろうか。今日のこの日もそんな思い出の一つとなって、懐かしむ日が来るのだろう。
「君にも色々勉強を教えたけど、その君ももう大学生だし」
傍らに視線を下げれば、ぶつかる眼差しは出会った頃のまま。淋しいような面映ゆいような気持ちになって、アラドファルは言った。
「もう俺から教えられることなんて、ないかもな」
寧ろ教えてもらう側かも、と苦笑すると、春乃の瞳がほんの少し、悪戯な色を帯びる。
「アルさんから教えて貰えることは、今でもいっぱいあるよ?」
教えて欲しいのは何も、勉強だけではない。そうかなあと青空を仰いで、アラドファルは笑った。戦いが終わった今、何をすべきか、何をしたいかはまだ、分からないけれど――。
「とりあえず、パンでも焼いてみようか。……教えてくれる?」
春乃先生、と囁く声は甘く擽ったくて。パーカーの袖で赤らんだ頬を隠しつつ、春乃は恥ずかしそうに恋人の手を取った。
「アルさんが、どんな未来を選んでも。その隣に変わらず居れたら、しあわせよ」
二人でなら、前を向いて歩いて行ける。寄せては返す波音に耳を澄ませると、誰かの語らう声が聞こえてくるようだ。
「ケルベロスとしての最後の夏か」
すっぽりとはまった浮き輪から両手両足を海に投げ、ムギは真夏の太陽を仰ぐ。ケルベロスとして覚醒したあの日、彼らを取り巻いていた世界は余りにも殺伐として、こんな穏やかな時を過ごせるようになるなどとは思ってもみなかった。
「幸せ過ぎて泡沫の夢かと疑ってしまいそうだよ」
「まあ」
波に揺られる恋人の元へ泳ぎ寄り、紺は口元に手を添えると、困ったように笑った。
「夢だなんて、そんな。折角二人で掴んだ幸せなんですから、どうか見失わないでくださいね」
「……ああ、勿論」
そうだな、と笑み返し、透明な水の中で繋いだ手の指先ばかりが温かい。明日のことなど分からないとしても、この絆だけは手離したくないと、たとえ我儘でも思わずにはいられない。
「らしくないことを言った。二人で掴んだ幸せだもんな」
「ええ。ムギさんが私の手を離さないでいてくれるなら――」
二人なら、永遠を紡いで行ける。繋いだ手の先で微笑む娘は、泡と消えゆく人魚姫ではないのだから。
●
「わぁ――!」
晴れ渡る空と砂浜を、凌霄花の橙が彩る鮮やかな夏模様。その只中に駆け込んで、ジェミは歓声を上げた。透き通る水面に浸した手を振り上げれば、飛び散る水飛沫が陽光を受けてダイヤのように光り輝く。呼ぶ声に片手を上げて応じ、エトヴァは眩げに目を細めた。
「青空と、海と、お花」
髪を揺らす潮風も、裸の足を浸す波も、全てが心地よい夏の海。何気なく見渡せば数十メートルほど沖の波間には、魚らしき影も躍っている。
「おや、お魚サンがいるのですネ……ン?」
背中に視線を感じて振り返ると、花咲く木陰に並んで座る二匹の猫が物言いたげに此方を見つめていた。
「食べタイ?」
問えばその意図を解したのか否か、にゃあ、と鳴く声が重なって。顔を見合わせた二人の唇が、子供のような笑みを描く。デウスエクスとの戦いは終わりを迎えたが、ありふれた日常の中にも『戦い』は常に存在している。即ち――食うか食われるか。
「エトヴァ」
「ええ、そうですネ、ジェミ」
示し合わせたように頷いて、走り出す先は碧い海。羽織った服を脱ぎ捨て、水着にラッシュガード姿になったら、後は飛び込むだけ――首尾よく魚を捕まえられたなら、浜辺のアウトドアランチと洒落込むのもよいだろう。躊躇い一つなく波間にダイブすれば、煌めく水飛沫が風に吹かれて散っていく。
「わー、広いね! おっきーね!」
高く青い空に、子供の朗らかな声がする。いかにも柔らかな頬を興奮気味に染めて、鈴は砂浜を跳ねまわる。
「ノーゼンカズラって、きれー! もってかえったらダメだよね?」
地面近くまで垂れ下がった花蔓に触れて、少女は背後を振り返る。好奇心で一杯の瞳が見つめる先には、アッシュと蓮が立っていた。
「この花達は此処で生まれ育って、此処で過ごしたいみたいだからな。けど、気に入ったんならお迎えは出来るぞ?」
「ホント!? パパ」
瞳を輝かせる鈴の傍らに屈み込み、アッシュはその頭をわしゃわしゃと撫でる。ん? と首を捻った蓮を他所に、鈴は落ち着きなく、ただ嬉しそうに、ちょこまかとアッシュについて回っている。
「パパー、あとでお花のおしゃしんとって! ママにおみやげにしたい!」
「そうだな、トーリもきっと喜ぶ」
――んん?
眉間に浅く溝を穿って、蓮はますます首を捻る。偶然訪ねたホールデン家で巻き込まれ、流れ流れて最果ての地。見知った顔だが実際のところよくは知らない少女は、果たして彼を『パパ』と呼ぶような間柄だったろうか?
隠し子、という言葉が脳裏に過り、蓮はぶんぶんと首を振る。人の事情はそれぞれだ。詮索するものではないだろう。難しい顔をした蓮を不思議に思ったものか、鈴はとことこと寄ってくると、青年の顔を覗き込んだ。
「そーいえば、蓮おにーちゃんのおよめさ……」
「え?」
今なんて、と口にすれば、一人そっぽを向いたアッシュを見やり、蓮はじろりと目を細めた。
「子供になんて話しているんです」
「んな目で見るなよ、彼氏彼女より理解してもらいやすかったし、どうせ時間の問題だろ?」
「いえ、まあ――いずれはそのつもりですが」
気恥ずかしさから目を逸らせば、じゃあいいだろと返すアッシュは悪びれることなく、走り出した少女の背中に呼び掛ける。
「あんまり遠くに行くなよ」
はあい、と元気よく応じる声は、ひどく幼い。念のため、とお守りのオルトロスを遣わした蓮は何かを言いたげで、アッシュは光る空を仰いだ。
「お互いが望んだ。親子であるのにそれ以上の理由なんてもんはねぇさ」
そこに血の繋がりなど、なかったとしても。
幼子の耳に届かぬよう呟いた言葉は、寄す波の音に融けていく。
「前に来たのは四年も前か」
はしゃぐ子供の声を遠くに聞きながら、凌霄花の木陰でリェトは言った。
「あん時もだが、今回も俺と一緒でよかったのか?」
「私だってこんないい景色、妹達に見せたかったわよ。だけど、しょうがないじゃない」
抱えた膝の向こう側へ、つんと顔を背けてセレスが応じる。
「私の中でこの花を一緒に見るのはレトになっちゃったのよ。文句ある?」
「へいへい、身に余る光栄で」
素直なのだかそうでないのか、分からない言葉に軽口で笑って、リェトは立ち上る紫煙の先を仰いだ。
今日まで随分と色々なことがあったが、この島の景色は相変わらず、咲き誇る朱い花はひた向きで、そして眩しい。横目に見る娘が素っ気ないのも相変わらずではあるが、青い海を見つめる眼差しはそれでも幾分か柔らかくなったように思う。その境遇に同情していたのでもなく、家族を持つことへの未練もないけれど――。
「レト」
「うん?」
名を呼ぶ声に視線を下げれば、顔は海の方を向いたまま、セレスは言った。
「……ありがと」
面食らったように瞳を瞬かせていると、娘ははっとして、仕事の話よと言い繕った。
自分らしく笑っていられる生活を手に入れることは、簡単なようでいて難しい。今、セレスがここにこうしていられるのは少なからず、彼のおかげでもあるのだろう。
「こちらこそ」
ありがとうなと返す声は、リェトが思うよりも深く、柔らかく響いた。
拳一つ分の距離を置いて隣り合い、これからも二人は生きていく。まるで娘のようだと――まるで父のようだと思っていることは、この先もずっと、口にはしないまま。
「この浜に来るの、久しぶり」
懐かしいなと、呟くような声に誘われて、竜人は傍に視線を流した。見渡す海と空の色は少しも変わらないけれど、波打ち際の濡れた砂を踏み、ひたひたと歩み寄るティアンは、最後に会った時よりも少し、大人びたように見える。何も持たなかった少女の手が、今や故郷の海にさえ届く――それだけの時間が経ったということだろう。
「ゾルバ、どこか、旅立つの」
「……まだ、決めてはいない」
愛想のない答えに短く、そうと応じて少女は続けた。
「これは人から教わった話なんだが」
浜はどこも、海で繋がっているそうだ。
そう言って、ティアンはその場にしゃがむと打ち寄せる波に手を触れた。
「だから、ここや、ここであったことを懐かしむことがあったら」
たとえ遥かに隔たれても、浜辺に立てば望めるはず。
「ゾルバにとってよいこの先だといい」
「……ああ」
お前にとっても、と瞼を伏せて、竜人は海風に身を任せた。傾いた陽射しは微かに赤らんで、南の島に夕焼けを連れてくる。
●
「リルルは、これから先はどうするかとか決めてるの?」
水平線に半ば沈んだ太陽の燃えるような光の中で、リーズレットは言った。目に映る全てが橙に染まる夕暮れ時、砂浜には並んで座る二つの影が長い尾を引いている。その瞳は残照を見据えたままで、瑪璃瑠は応じた。
「医者になろうと思ってるんだよ」
生きる。生かす。それが、『彼女達』が見つけた願いだ。人だけではない、この先変わりゆくだろうデウスエクスをも癒せるような医師になりたいと、少女は意気込む。もっとも目の前の今だけではない、その先を望むことができるようになったのは、他でもないリーズレットのお蔭なのだけれど。
「生きて、生かすか。……今までも、リルルはそうだったものな」
ケルベロスとして、潜った死線は数知れず。傷つき膝を折った時、癒し手としての彼女にどれだけ助けられたか分からない。全力で応援しようと笑って、リーズレットは手中に弄んでいた凌霄花をそっと少女の髪に添えた。
「うん。とっても可愛い」
「リズさん、もう。それは反則だよ」
照れ臭そうに笑って、瑪璃瑠は俯いた。夕陽の中で微笑む娘は、この茜空よりも尚美しい。「これは、お返し」
返す手で同じ色の凌霄花をリーズレットの髪に挿すと、青く小さな花が次々に咲いて、煌めく金髪を飾っていく。
「場所によって、空の感じも変わるもんだな」
残照に赤らんだ砂は少しずつ、真昼の熱を失っていく。隣を行くカルマの顔を覗き込んで、セクが言った。
「別に悪い話じゃなくてよ。あたし機嫌良いだろ?」
「セクは相変わらずそうだな。……でも」
また会えて、嬉しい。そう言って、カルマは少し曖昧に微笑む。
最後に二人で海に行ったのは、今から三年前のこと。男と女と言うには幼く、少年少女というには多くのことを経験した二人は、あれから少しは大人になれただろうか?
「戦争に勝ったのは、良いことなんだが」
両手を広げてぐるんと回り、セクは暮れゆく空を仰いだ。
「終わっちまうなーっていうのを、あたしはもっと残念がるかと思ってたんだよな」
けれど意外と、そうでもなかった。
戦いが終わっても、やりたいことはいくらでもある。そう気づいたから、彼女は今この浜に立っている。
「そんで、会いに来たんだよ」
に、と笑った真っ直ぐな瞳は、出会った頃のまま。それが嬉しくて、好ましくて、カルマは眩しげに目を細めた。
「ねえ、折角海に来たんだから、泳ごうか」
競争だ、と笑い合い、オレンジ色の波間に分け入って。泳ぎ疲れるまで競ったなら、浜辺に並んで海と空に分かれる世界を眺めよう。宵色に移りゆく西の空には一番星が、煌々と輝きを放っている。
「手持ち花火、初めてやる気がするよ」
楽しみだねと声を弾ませて、メイザースは言った。何事にも手抜かりのない壮年のオラトリオは、時々こんな風に少年の面影を宿す。その指先に灯った小さな炎を見て、ロコは口元を緩めた。
「魔法使いは便利だよね」
ライターがなくても、火種くらいなら簡単に作り出せる魔法。初めて見て驚いた時のことも、今となっては懐かしい記憶だ。
「……ん? これどっちに火をつけるんだろう」
「待ってそうじゃない、そっちは持ち手」
慣れない素振りのメイザースに手の中の花火を持ち替えさせて、思わず苦笑する。後始末の準備を済ませて火をつけると、光り輝く炎が箒星のように溢れだす。
赤い炎に、青い炎。しゅうしゅうと軽やかな音を立てて、吹き出る花火はまるで光の噴水のよう。一頻り、子供のように夢中になって、最後は残った線香花火に火をつける。
「これはあれかな――どっちが長く持ちこたえるか、勝負かな」
ちりちりと光を零す花火の先端を見つめて、メイザースは顔を上げた。
「勝ったら何か一つ願いを聞く、ということで」
「願い? 出来る範囲で頼むよ」
今にも消えそうだし、とロコは苦笑いを浮かべたが、結局のところ先に消えたのはどちらだったか。まあいいか、と相好を崩して、メイザースは言った。
「勝っても負けても、願いは叶っているようなものだから」
また来年も、花火をしよう。
そう言って伏せる瞳は穏やかで、ロコは少しだけ寂しそうに笑った。吹き抜ける風は涼やかで、昼の陽射しに火照った身体を心地よく冷ましてくれる。
「ねえ、シズネ」
赤橙の花の色をも沈ませて、凌霄の浜に夜が来る。ぱちぱちと弾ける線香花火の火はどこか寂しげで、ラウルは僅かに眉を下げた。
「君の願いは叶えられたの?」
「勿論、叶ったぜ。……ああ、いや」
得意げに口にしてシズネは笑い、けれど少し考えて、付け加える。
「叶えてる途中、なのかもしれない」
好き、と伝えて終わりではない。寧ろそこからが始まりで、一つ先へ進めばその先を、次から次に望んでしまう。
小さな火の玉の零す火花はやがて菊へと移ろい行き、最後の一片が音もなく落ちた。
「別れの日なんて、来なければいいのにな」
それがいつかなんて、そんなことは分からないけれど。燃えさしを汲み置いた水に浸して、シズネは向かいに座る男を見た。
「そう願ってしまうオレは弱いか?」
「……いいや」
ふわり、金色の睫毛を伏せて、ラウルは言った。
「俺も怖いよ。だからもっと、重ねていきたい」
緑の梢に群れて連なる朱花のように、言葉や想いを幾重にも重ね、咲かせて、幸福な思い出を残していきたい。
他の誰でもない――彼にこそ。
「俺は、最期までシズネの傍に居るよ」
頬に触れた冷たい指先を両の手で包めば、不安が溶けて消えていく。
「オレも、おめぇも、独りになんかさせない。……約束だからな」
たとえこの命尽きる日が来ても、心はきっと傍に。
交わした約束を見守るように、浜辺の凌霄花はさやかに揺れている。
作者:月夜野サクラ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年7月30日
難度:易しい
参加:23人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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