デウスエクス本星へ~アスガルドの宝石

作者:沙羅衝

「みんな、よう集まってくれたなあ」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、目の前に居るケルベロス達に頷いた。心なしか普段より穏やかな絹の表情に、ケルベロス達も思わずほっとしてしまう。
「七夕の魔力の話は、もう知ってるわな。この魔力やねんけど、無事に集める事ができたで。そんで、破壊されたゲートの修復と、ゲートのピラー化の実現が可能になった」
 七夕の魔力の力は破壊していったゲートを修復することに成功した。そしてそれはこれから、新しいピラーとなるのだ。
「修復したピラーからは、宇宙にグラビティ・チェインを拡散する事になってくやろう。つまり、グラビティ・チェインの枯渇によってコギトエルゴスムになったデウスエクスたちは、またそれで活動できるようになるわけやな」
 しかし、新しいピラーは、ある特性がある。
「で、今回のピラーは、デウスエクスのコギトエルゴスム化を阻害する力をもたしてる。だがら、デスバレスのような歪みは今後発生することはないやろう。長かったけど、お疲れさんやったなあ」
 絹の表情が穏やかであったのはそのためである。これで完全に終戦。終わったのだ。
「まあ、パーっとみんなで騒ぎたい気持ちもあるんやけど、実は集まってもろたんは、みんなにひと仕事やってもらおうって話なんよ」
 絹が世間話をするかの様に話すものだから、ケルベロスも「そうだねー」と気軽に頷いてしまう。
 そして、しばらくお互いに「ん?」という表情を作った後、絹は続けた。
「コギトエルゴスムから復活したデウスエクスたちは、その星でそのまま何の情報もないままに復活するわけやろ? つまりや、『コギトエルゴスム化しない』ちゅうことを知らんわけや。
 するとや、まあコギトエルゴスムになって死なへんやろー、なんて気軽に相手に致命傷を与えたりするってことも、まあ無くはないかもしれん。せやから、かくかくしかじかでグラビティ・チェインの枯渇が無くなったっていう情報ついでに、もうコギトエルゴスムになられへんでーってことを、知らせてあげてほしいねん」
 成る程と頷くケルベロス達。確かに好戦的な種族であればあるほど、その危険はあるかもしれない。
「まあ、あとや。みんなも、行ってみたくない? っちゅうお誘いでもあるな」
 絹が笑顔でそう提案する。
「たぶんや、デウスエクスの本星を自分の目で見る最後のチャンスになるかもしれんから、そういった探索みたいな目的でもええかもっちゅうことやな」
 その言葉を聞き、幾人かのケルベロスは少し目を輝かせた。
「ちゅうことでや、みんなで行こうかなってことになったから、ちょっと詳細説明するな。
 まずや、いまのデウスエクス本星は、グラビティ・チェインの枯渇で全部デウスエクスがコギトエルゴスムになってる状態や。
 修復されたゲートは、少しだけやけどグラビティ・チェインが発生しとる。つまりや、コギトエルゴスムをゲートの周りに持っていけば、デウスエクスを復活させることが出来るんよ」
「という事は、復活させるデウスエクスを選定することが可能?」
「そうそう、そういうこっちゃ」
 一人のケルベロスのつぶやきに、絹は頷いた。
「本星の状況とかは、アダム・カドモンとかエロヒムちゃんからの情報があるし、ケルベロスブレイドで強化された予知もあるからある程度はわかってる。
 せやから、最初に話をすべきデウスエクスのコギトエルゴスムを探すことができる。だから、そのデウスエクスを選んで、うちらが望む話し合いの状況にもっていけるってことやな」
 この選定は重要と思えた。デウスエクスも個体差があり、性格もバラバラであることは、これまで戦ってきたケルベロスにはわかっているからだ。
「その選定は任せるで。で、今回の作戦やねんけど、目的地はドラゴニア、アスガルド、ユグドラシルの3つ。このうち、うちらは『アスガルド』に行くことになった。
 アスガルドには、コギトエルゴスム化させられてた、非主流派のエインヘリアル達とか罪人、シャイターンとかやな。その種族がおる。
 エインヘリアルの王『シグムンド』に反抗した、比較的穏健派のエインヘリアルが多くコギトエルゴスム化されてるから、そういった相手のほうが話が通じやすいかもしれんな」
 どういったデウスエクスを復活させるのかを考えているケルベロスが思考を巡らせ、仲間と相談を開始する。また単純に、アスガルドに興味があるといったケルベロスは目を輝かせていた。
「まあ、色々と考えてもええけど、今回移動が可能なんは『破壊されたゲートを修復した後、その修復したゲートをピラー化するまでの間だけ』や。時間内に復活させられるデウスエクスは3から5体程度になるから、どういった相手を復活させるかみんなで相談していこか。ほな、頼んだ!」


■リプレイ

●地に降り立ったケルベロス達
「ハイ、アタシ一番乗り!」
 そう言って、真っ先に飛び出したのはクロエ・テニアだった。彼女が見た景色は一面の草原地帯である。さわやかな夏の風が吹き、思わず息を吸い込む。
「ん~……、久しぶりの故郷だねぇ。やっぱり、懐かしいかい?」
 的場・夏樹が伸びをしながらクロエにそう呼びかけた。二人はヴァルキュリア。数年前まではこの地に居たのである。
「だよねー。……って、いやいや遊んでるわけじゃなくてネ? あの性悪策謀術士がもし何か罠仕込んでるとしたら、ピラー付近だろうなって。
 ちょっと待っててネ、そこら踏み倒して」
 クロエはそう言ってきょろきょろするが、どうやらコギトエルゴスムはすぐに見つかるというわけではなさそうだった。
「ははっ。まあいいじゃんじゃない? ゆっくりでも。 目当てのコギトが?」
「そんな所だねー」
「じゃあ。せっかくだし近くを飛んでいこうかなって思うんだけど、どうだい?」
 夏樹がそう呼びかけると、クロエは空を見上げて、にかっと笑う。
「イイネ!」
 二人は頷きあい、光の翼をひろげて空に舞い上がった。

 植野・陽子は周囲の様子を確認しながら、ピラーから外にでる。
「うーん、いい天気だね☆」
 視線の先には川があり、建物のようなものも見える。当然その大きさはエインヘリアルのそれが基本になっている為、自分たちには巨大に感じる。
「案外、普通っていうか。ちょっと予想はしてなかったかな……」
 水無月・鬼人はその景色を見て少し驚く。戦いあった敵同士。相手の文明や暮らしなどは考えてもいなかったからだ。
「この際、知っておくってのもリスクの排除にはなるよな」
 鬼人はそう言って芝が広がる大地を踏みしめた。
「……できれば、もうちょい平和な状況で観光に来てみたかったぜ。案外、話が分かる奴とかもいたし、よ」
 見るからに平和な景色。現在全員がコギトエルゴスムになっているから、ケルベロス以外の人影はない。だが、建物や建造物が、文明があったことを裏付けた。

「ここがアスガルド……。私達シャドウエルフ……いえ、妖精8種族の故郷ですか」
 シフカ・ヴェルランドはそう言いながら、カメラにその景色を納めた。
「妖精種族にとっての故郷でもあるんだよね。こうして自然や空気に触れてみると、何だか懐かしい感じがするかな」
 影渡・リナもまた、シフカと同じように、ゆっくりと景色を見る。
「二度と来られないだろうから、しっかりとこの目と記憶に焼きつけておかないとだね」
「奇遇というものですかね? 私も、アスガルドとはどういう星なのか、どういう風景があるのか。
 そしていつか、自分のルーツを知ろうとする人達が現れた時のために、妖精8種族の故郷を記録し、記憶しようと思っています」
 リナの言葉に、シフカもまた同意する。そう思えば、少し寂しいものだろう。
 この星の記憶を伝える事。これもまた使命と思えた。
「手伝いましょう」
 すると霧山・和希が二人に声をかけた。
「アスガルドに足を踏み入れられる最初で最後の機会。何かの資料として残しておくべきだろうと」
 和希はそう言ってスマホを取り出して、動画を撮影しはじめた。
「多くの種族の故郷でもあるこの星。コギトエルゴスムを探しながら、出来るだけ、しっかりと残していきましょう」
 そう言って和希はゆっくりと歩き出した。
「いつかまた、ここに帰る時がくるのかな?」
 リナはふと、そう考えた。だが、それは未来のこと。今はまだわからない。
 だから、空気、温度、風の音。五感のすべてを使って、覚え、伝えよう。それが自分たちにできる事なのだから。

●アスガルドを巡って
「ここは……すこし、小さめの宮殿、ですわね」
 ルーシィド・マインドギアは、平原より少し離れたところに一つの建物を見かけて入っていった。
「ルー。どんな感じかな?」
 ルーシィドの後を追って、リリエッタ・スノウもこの建物に入ってきた。
「明らかにエインヘリアルの大きさでは、無いようですわ」
「じゃあ、ひょっとして、シャドウエルフが暮らしていた所だったりするかな?」
 そう言ってリリエッタはきょろきょろと建物を見渡した。確かにここはエインヘリアルが入るには、小さすぎる。
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。……でも」
 ルーシィドは、一つのきれいな陶器を持ち上げてみる。
「この繊細な造りのカップ……。そっと扱わないと、壊れてしまいそうですわ」
 となればその持ち主は、きっと粗暴な者ではないだろう。文明を大事に、ゆっくりと暮らしていたはずだ。
「グラビティ・チェインの枯渇が迫ってるって時に、そのままコギトエルゴスムになるのを、受け入れるほどの人物……」
 リリエッタの足元には、光る石があった。それを拾う。
「綺麗ですわね」
 そして、二人は顔を見合わせて頷きあった。
「皆さんの意見も聞いてみたい所ですが、一つ候補として持ち帰ってみたいですわね」
 そう言って、ルーシィドはマインドウィスパー・デバイスを起動させた。

 ローレライ・ウィッシュスターは、草原からすぐ見える、一番大きな建物に入っていっていた。
「レリやハール、ホーフンド。私の宿敵だった父さんが暮らしていたかもしれない場所……」
 そう呟きながら、ずんずんと奥に入っていく。
「ロー?」
 オイナス・リンヌンラータが、一つの扉の前でたたずむローレライを見て、そっと声をかけた。
「ここに、何か感じるものがあるような気がするわ……」
 ただ、その扉に手をかけようとして、少し止まってしまう。
「開けれますか?」
「……ええ。ここは、私が開けたい」
 一つ深呼吸をして扉を開けると、ぎぃ……という音と共に、閉じ込められていた空気がローレライを包む。
「暖かい。それに……なつか、しい?」
 そんなことを感じる。
「たくさんの、大きな剣がありますね。それと、机」
 粗末な机であったが、無駄なものはない。そんな印象だった。
「!?」
 その時、一振りの大剣が目に入った。部屋の一番奥に、ひっそりと飾られている。
 ローレライは導かれるように、その剣に触れる。
「ああ……」
 炎の温かみが、手から流れ込んでくるような感覚がある。
「そう、ここで、暮らしていたのね」
 瞳を閉じ、頬を一筋の涙が伝う。
 ローレライはその大剣を、そのまま祈るように抱きしめたのだった。

 探したいものがあるんだ。と言って、伴侶である幸・鳳琴とともにシル・ウィンディアは、ケルベロスブレイドからの情報を頼りに、一つの大きな部屋へと辿り着いていた。
「わっ、わわ!!」
「こんなに……。壮観、でしょうか?」
 そこはエインヘリアルの武器庫であった。その武具たちはきらきらと光に反射し、荘厳とも思える輝きを放っていた。
 剣、刀、槌などの武器。そして鎧、籠手や兜など。装飾が細かいものから、大きな宝石が打ち込まれたもの。それだけではなく、武骨で実用性を突き詰めたであろう武具たちがきれいに並べられていた。
「わー……」
 そんな伴侶の言葉も、どこか遠くで聞こえているのか、シルは目を丸く見開き、瞬きができない。
 鳳琴はそんな武器マニアであるシルを微笑みながら見る。そして、ふと一つのプレートメイルに触れた。
「凄いですね。この鎧ですが、一つだけ大きな傷がありますが、それ以外は問題なさそうです」
 この傷をつけた相手。そしてこの鎧を造った職人。そう思うとこの鎧一つでも、歴史を感じるものだ。
「うん。うんっ!」
 シルは頷きながらも、この光景を目に焼き付ける。
 武具たちのすべてに特徴があった。残念ながらこの武具たちはエインヘリアルが持つ事に特化していて、ケルベロスが持てるような大きさではない。
 持ち帰ることは出来ないから、全てを記憶し、伝えていきたい。
 そしてふと、自らの武装に目をやる。
「ほんとにすごいよね、琴。
 でも、武具の歴史ならわたしもある。このシューズやジャケットは、貴女からの大切なもの。
 この子達で、長い戦いを駆け抜けてきたから」
 そう言って笑う。
「そうですね、私の最大の武器ならシルにいただきました。
 今をせいいっぱい生き抜く輝きというものです。
 神を越え、未来を拓いたあなたの光。忘れませんとも」
 私達とデウスエクスの戦い――神話は終わり、きっと歴史が始まったのですね。
 そう鳳琴が応えると、シルは少し感慨深く頷く。
「でも、一番の武器はわたし達の絆だね。神様にだって出せない、とびっきりの光だから!」
 こうして二人は手を繋ぎ、また、この武器庫を巡っていったのだった。

 鹿目・万里子は、一つの集落と思える場所までジェットパック・デバイスを使って辿り着いていた。
「こういった所に、暮らしていたのですね」
 山岳地帯にある小さな村だった。質素な家だが、石でできた柱は頑丈で、少し小突いた所でびくともしない。
 彼女は、さっとこの辺りをカメラで撮影し、スケッチブックを取り出し、筆を走らせた。
 その時、上空から光の翼を広げながら九田葉・礼が降り立った。
「ここは……」
 礼がそう呟くと、万里子が筆を止め、振り返った。
「あなた達、ヴァルキュリアが住んでいた所……かもしれませんわ」
 確かにその建物の大きさはエインヘリアルの物ではなく、地球人や、ヴァルキュリアが暮らすにはちょうど良い大きさである。
「という事は、ここにコギトエルゴスムは、無さそうという事でしょうか?」
「その可能性は、高いですわ。ヴァルキュリアは、全員が地球に定命化したのですから」
 そう言って万里子はまた、筆を走らせる。
 目的は達成できそうにない。礼はコギトエルゴスムを探そうとしていたのだ。
 ただ、ここからまたすぐ次に、という気分には何故かなれなかった。
 見渡す景色に、どこか懐かしいものを感じたからだ。
 ここを暫く見て回ることが、自分の為になるかもしれない。礼はそう思い、一歩ずつ、確かめるように歩き始めた。

「やっぱり怪しい匂いがする……」
 遠野・篠葉はそう言って一つの扉を勢いよく開けた。
「……!?」
 しかし、その扉の向こうは、からっぽであった。
「残念……」
 篠葉が開けたのは、一番大きな神殿の奥底に眠る一つの薄暗い部屋であった。ケルベロスブレイドからの情報で地図を入手していた彼女は、この場所を狙っていたのだ。
 目的はエインヘリアルがため込んだ呪具だった。
「絶対、色んな方面から恨みを買ってると思うし、怨念って溜まるものなのよねー」
 そう言いながら篠葉は、まだまだ諦める様子はなかった。
「おお??」
 すると一つの小さな箱が、部屋の隅に落ちていた。彼女はにんまりと笑みを浮かべ、その箱に触れた。
 バチィ!!
「ぎっ!?」
 体中に電気のようなものが走り、悪寒が体中を這う。
「や、やばいものを、見つけたわ……」
 そうして、いざこの箱とにらみ合うのだが。最後までこの箱を運び出す手段が思いつかなかったのだった。

「ここが、妖精族の故郷、ね」
 櫟・千梨がそう言って、周囲を見渡す。何故、己は祖父母と同じ地球人ではなく妖精の血を継いだのかと悩んだ事もあった。だが、今はそんな己の生も、愉快だと思えていた。
「と、ここは……」
 とぶらぶらと歩いた末に、少し離れた所にある、きれいな宮殿を訪れる。
 そして数分後に、一つのコギトエルゴスムを手にしていた。
 千梨には少し確信めいたものがあった。質素な宮殿だが、造りが良かった。それだけだったが、粗暴な者であれば、そう言った使われ方はしない。
 であれば、これからの話を聞いてくれるエインヘリアルの可能性が高いと思ったのだ。
 勘だが、そう言った事には従うほうがいい事が多いというものだ。

●未来へ
 甲斐・ツカサと新城・瑠璃音が見つけ出したのは、ひときわ大きな光を放つコギトエルゴスムだった。
「よし」
 ツカサがピラーの近くへとその宝石を投げると、それが人の形を取り、エインヘリアルとなっていった。
「あー、良く寝た……おっと?」
 そのエインヘリアルは、いきなり目の前に現れたケルベロス達に驚きながらも。取り乱したりはしなかった。
「戦いはもう終わりました」
 瑠璃音がそう話すと、きょろきょろと周りを見渡した男性のエインヘリアルは、へえ、と言って頷いた。
「興味あるねえ。話を聞こうじゃないか」
 そう言うと、どっかりと地に座り込む。
「……という事なのです。これからは貴方の知的好奇心を満たしてみてはいかがでしょう?」
「侵略目的とは違う視点で、他の世界を見ていたんだよね?」
「へえ、良く知ってる。だから力もつけずにブラブラしてたわけだけど。でも、俺一人じゃなあ……」
 そういって首をかしげる。
「急に他の種族と仲良くしろって言っても、難しいと思うのよね」
 そこにソフィア・フィアリスがそう話しかけた。
「そこもあるんだよなあ……」
「エインヘリアルの中でも攻性植物に友情を感じたりした風変わりな奴がいたのを知ってるから、無理ではないと思うのよね」
 それを聞き彼頷く。どうやらまんざらでもなさそうだった。
「一人だと出来ない事も多いだろうけど、仲間を募り、家族を増やして行けば、触れる事の出来る世界は増えていくだろうし。
 その内、俺の子供達とキミ達の仲間や家族が出会える未来が来ると良いな!」
 ツカサがそう言うと、彼はよし、と言って立ち上がってこういった。
「まあ、それもまた、面白いか!」
 と。

 ウィルマ・ゴールドクレストが一つのコギトエルゴスムを手に持っていた。それはルーシィドとリリエッタが持ち帰ったものだった。
「おそらくこれは……」
 そう言って、ピラーに近づける。するとその宝石は人型となり、エインヘリアルの大きさとならずに形を成した。
「やはり。シャイターンでしたか」
 ウィルマは頷く。
「あ……あの……」
 だが、おどおどしたその姿は自分たちの知っている妖精の姿ではなかった。
「名前は?」
 シルディ・ガードがそう切り出した。
「プレシス……です」
 そう名乗った女性のシャイターンに、シィカ・セィカが切り出した。
「キミは、アスガルド神の遺産を管理していた者デース?」
「え……あ。はい。きれいなものを見るのが好きで……」
 そう思えば、ルーシィド達の見た光景は正しいと思えた。道具を大事にする者である。しかもそこそこ地位は高い。
「御機嫌よう。わたくしはケルベロスが一人、アンジェリカ・ディマンシュ」
 アンジェリカはそう言って、丁寧に言葉を話し始め、これまでの経緯を説明する。
「あ……そうなのですか。戦いは、終わりました、か」
 プレシスはそう言うが、あまり興味は無さそうであった。
「グラビティチェインが原因で争う必要は無くなりました。アスガルド神達にも同じことが伝えられているでしょう。
 ……可能ならば、誰とも滅ぼし合わない未来を紡げないでしょうか?」
 イリス・フルーリアがアンジェリカの説明の後に、こう付け加えた。すると彼女は少しぱっと明るくなる。
「では、もう美しいものをずっと眺めていられるということでしょうか?」
「そうだね! でも、すぐには無理だと思う。他の人はプレシスのような人ばかりじゃないでしょう?」
 シルディがそう言うと、少ししょんぼりしてしまうプレシス。まだどこか信じられないのか、どうすれば良いのかを考えているようだった。すると、アンジェリカがぽつりと言う。
「……少なくとも、ザイフリート王子は地球にいますわよ」
 すると、プレシスは泣き顔になった。
「ザ、ザイフリート様がですかぁ……ぐすっ」
 それを見たケルベロス達は、一様に顔を見合わせるが、そのまま成り行きを見守った。
「……では、これは私の使命ですね」
 口調が凛としたものになるプレシス。既に涙は無い。
「わかりました、お任せください。今後復活する者たちに伝えていきます」
 そう言って、決意を表明するのだった。

「皆、準備はいい?」
 青葉・幽はこの場に居る全員を見渡し、コギトエルゴスムをピラーのそばに置いた。鈍く光を放ったと思うと、それは大きなエインヘリアルとなって姿を現した。
「……どう言う、ことだ?」
 そのエインヘリアルは、まだ現状をつかみきっていないようだった。
「では、わしが説明をしようとするかのう」
 端境・括が前に進み出て、事情の説明を始めた。
「という事があり、聖王女殿と魔導神殿の力を借りて我らは此を解決した。
 けれど膨れ上がり続ける冥府を溢れさせぬために、不死性を喪失させる必要があった。
 最早、死すれば死ぬのじゃ」
「……成る程。状況は理解した。で。我に何を求める? 我はシグムンド王に背き、力などとうに捨てた存在。そんな老いぼれを殺そうというのか?」
 彼はそう言った。
「貴方の事は、少し調べさせてもらったわ。古の兵『シグルズ』。貴方なら、レリ王女の意思を知っているはずよね」
 幽達は、本当は力ある女性のレリ関係の人物を探していた。
 だが、レリ配下の有力な者は全て戦死していることが分かった。ならばと、レリを知る人物を探し当てたのである。
「レリ王女は虐げられていた女性達の地位向上を願い、地球にまで救いの手を差し伸べようとした。白百合騎士団と私達は途中で道を違えたが、その行いは本心からの物だったと信じている」
 するとシグルズは、ポツリと思い出すように言う。
「レリ様か……。お懐かしい」
 しかし、彼は少し頭を振る。
「だが、我に何ができるものか……。我は既に力を捨てた者だ」
 力を捨てた者は戦えない。故にエインヘリアルとしては無能という事なのだ。
「アスガルドにおける力の論理は変革を迎えられるはずです。
 彼女達を殺した私達に何かを言う資格はないかもしれません。それでも生き様は、目で耳でココロで感じてきました」
 そこにフローネが進み出て優しく説く。
「もう奪い合う必要はないんです。彼女達が持った誇りを絶やさず、力ではなく知恵と対話とで創っていけます。
 それを伝えて頂けませんか」
 そして、エトヴァが続ける。
「氷月のハティは、アスガルドの民の苦しみを置いてはいけないと残し、散りまシタ。
 俺は彼女に心で誓いまシタ。必ず、貴女方を救う方法を探すと」
 その言葉に少し、シグルズの目に光が灯る。
「彼女達も紡いだ、新しき世には、もう争いなく、男女の垣根なく、良き世界を築いてほしい」
 瑪璃瑠もまた、言葉を紡ぐ。
「ギアツィンスさんのことを覚えてる。
 情に厚く、仲間思いで、喪うことを恐れ、護るための熱さと冷静さを兼ね備えたヒト。
 ボク達と似ていたヒト。
 不遇だったからこそ、今のアスガルドは女性の方が多く残ってるかもだけど。
 男女が逆転しただけではない、力の支配から脱した新しい時代を願うんだよ」
「確かに、残っているのは戦いの不向きな女子供が多いだろう。そして、力の支配ではない時代……か」
 数回頷くシグルズ。最後にミライが話し始めた。
「……何故あなたが選ばれたか、というと、ケルベロスでさえも、エインヘリアルの女性の置かれている立場を知っているからなのです。
 それは間違いなく、レリ王女と白百合騎士団の頑張りのおかげで。
 彼女は、彼女たちは……誰もが、最期まで立派に戦いました。……そうじゃなきゃ、ここまで来なかったのです。どうしても、そこだけ伝えたくて。
 ――知ってた、でしょうか」
「知ってはいない。だが、そうであったろうな……」
 空を見つめるシグルズ。暫く無言の彼をケルベロス達は見守った。
 そして、彼はこう口を開いた。
「あと少しの命、最後の火を再び灯すとしよう。それに、レリ様の最期の事も、しかと承った」

 もう、グラビティ・チェインの枯渇はおきない。エインヘリアル達は、これから彼らで未来を創っていく。
 そして我々もまた、共に歩んでいくのだ。
 そう誓ったケルベロス達だった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月30日
難度:普通
参加:32人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。