●キミと一緒
ひとり──ではなくなったのはいつの頃からだっただろう。
“鎖”で少女人形と繋がれて、ひとりでなくなって。
いつしか共に暮らす相手ができて、出掛ければ隣で笑う姿が現れて。
このまんま、平和になったら。
「……どうしようかなあ」
うっすらと笑みを口許に刷いて、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は空を見る。
「なんて」
本当は悩んでなんかいない。きっと続くだけ、幸福な日々が──、
「そうですか?」
ことん、と。
置かれるように届けられた言葉に「ッ?」アンセルムは咄嗟に振り返る。だってそこには誰もいなかったはず。なのに。
かつて己が後にした森のような鬱蒼とした木々に包まれたそこに立つ、楚々とした女性。
碧の目が穏やかに彼を見る。
「本当は『まだ足りない』のではありませんか? ほら、こちらはいかがです? ガーベラのうさぎさん。シロツメクサの黒猫さんの方が良いですか?」
ねえ、お坊ちゃん。
にっこり微笑む女の声に、アンセルムは「──……」声を失った。
●あまい束縛
「……平和と言うには、少し早いようですね」
眉間に皺を寄せて、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は拳を握り、番犬たちの顔を見たなら、すぐに彼は宵色の三白眼を光らせた。
「アンセルム君の危機です。手伝ってくれますよね、Dear?」
「予知の概要は聞いたけど……結局敵は、……どういうデウスエクスなの」
語尾の上がらない語調でユノ・ハーヴィスト(隣人・en0173)が問う。ぬいぐるみを路傍で手渡してくる……モザイクはない。ドラゴンでも鳥型でもない。だとすれば、死神?
「攻性植物ですよ」
左胸に咲いたテッセンが、彼女の本体です。と首を軽く振りつつチロルは告げる。そして彼は集まった面々の顔を見渡した。
「アンセルム君の姿をご存知、ですよね。人形と攻性植物で繋がれている状態……まあ、彼にとっては苦ではないそうなのですが」
そう言ったチロルの表情は複雑だ。
「彼女の名は『花売りのトゥーリア』。彼と同じような状況に陥れるぬいぐるみを配り子供たちを媒介して侵略地域を増やすことを目的とした、効率的で非情な敵です」
例によってアンセルム本人と連絡を取ることはできず、周囲にひと気はない。
だが、攻性植物の本星・ユグドラシルへ踏み込むという段階になってなお、ケルベロスがひとりで一体のデウスエクスと対峙するのは危険だ。
「彼と彼女の間になんらかの因縁があるのは間違いないのでしょうが……どの程度の関わりなのか、俺には知る術がありません。きっとDear達の方が寄り添えるでしょう」
だからお願いします、と。チロルは言う。
「では、目的輸送地、暗がりの森。以上。……どうか、無事のご帰還を」
参加者 | |
---|---|
マロン・ビネガー(六花流転・e17169) |
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414) |
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186) |
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594) |
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079) |
●はじまり
遠巻きの囁き声は、日常だった。それでもまだ『一員』だった。
或る日、キミと出逢った。キミを手にした。
歓喜した。狂喜した。──きっと、キミも。
突如、視界を埋め尽くし身を締め付けた緑を蔦だと認識するよりも先、なにかが弾けた。
気付いたときには、キミとボクはひとつになっていて。
故郷を追放されるに至って、初めて気付いた。
ボクは、──……。
●ひとり ?
微笑む『花売りのトゥーリア』へ、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は困ったように眉尻を下げた。
「キミにはまだ、『足りていない』ように見えるんだね」
「ええ。理解されない、……いいえ、理解されなくていい、と。線を引いて、壁を築いて、距離を取っているように見えます」
「やあ、随分ずけずけ言うね」
相手はデウスエクス。他者の心の機微など利用する以外に汲むつもりはないらしい。腕の人形を抱え直し、アンセルムは吐息をひとつ。差し出されるピンク色のうさぎを見る。
「キミのくれるぬいぐるみ、昔なら飛びついていたよ」
ワイルドスペースで出逢った少女と、その腕に抱かれていた『己』の姿。彼と繋がる攻性植物を『姉』と呼んだ花精アンブロシアと、その依代の少女。
そして今目の前にいる、トゥーリアの姿。
おそらくは、『そう』なるはずだった。花精と対峙したときには不明瞭だった答えはもう判っている。
──昔のボクならどうなるか判った上でも、きっと。
ああ、けれど。
「……ちょっと遅かったかな」
困ったような表情のまま、アンセルムは呟いた。突如として響き渡ったプロペラの音と、ホバリングの強風。衣のはためく音が聴こえるが速いか、彼の腕を捕まえた存在がある。
「アンちゃん、迎えに来ましたー」
いつも通りの口調を『装って』。朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)の瞳は闇より狙う炯々たる金を灯して。
「腕をひっつかめる場所にいてって言ってましたもんね」
「あっ、こんな所に」
なぁんて、わざとらしく口許に掌を添えて。水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)は次々と前に降り立つケルベロスたちの後ろ姿を見ながら眦を和らげた。
「皆さん心配してますから、早く帰りましょう?」
「帰りが遅いと思ったら……。ご飯冷めちゃったじゃないですか。あなたのリクエストだから僕、頑張ったんだけど?」
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)の言葉に、作ってくれたんだ、と言い掛けるアンセルムを霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が遮る。
「迎えに来ましたよ、アンセルム。あなたの危機だと聞いたので。それと――アレは破壊しても構いませんね」
険しい視線と共に投げられるそれは問いではなく、断言。
ふつふつと胸の奥に湧き起こるのは間違いなく、怒りだった。
このまんま、平和になったら。そんな未来を描こうとしていたのは、アンセルムだけではなかったから。その幸福を夢見ていたのは、ひとりではなかったから。
「そうですね。あなたは僕の家族に何かご用ですか?」
「暮洲さんの話を聞いて、私、ちょっとムカついてるんですよー?」
エルムに、環も続く。過去に彼が傷つけられたという事実も、今また傷つけられようとしている現実にも。
「……本当に気に入らない」
微か下げた顎と声音。隠した爪はどこまでも鋭く、彼女は視線を上げてトゥーリアをひたと見据えた。
「アンちゃんは連れ帰らせてもらいます。絶対に──渡さない」
「良かった、間に合いましたね」
和希や環と思いは同じくしながらも、穏やかな口調で告げたのは中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)。こんな時期に襲ってきたのは色々気になりますが、と言い添えながらも普段なら懐こさの滲む瞳に一条の光が灯る。
「アンセルムさんは傷つけさせませんよ」
指先に描いた星辰が輝いて光の柱が生まれる。その許にちいさな翼をそよがせてマロン・ビネガー(六花流転・e17169)も脳裏に己の猫のぬいぐるみを思い描き、言う。
「可愛い人形で騙して、寄生、侵食ですか。他者を縛り奪うのなら、相応に奪われる覚悟も有りますよね?」
「お人形やぬいぐるみはぼくも大好きですが、侵略のために利用するのはだめですよ」
こっくんと力強く肯いて、仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)が耳を立てると傍でランドセル型のミミック──いっぽも細い脚でぴょんと跳ねた。
「それにアンセルムには、ぼく達がいますからね。足りないものがあったら、みんなで支え合いますので、──きみの出番は、もう、ありません」
「……というわけで、アンセルムさんに何の用事があるのかは知りませんが、お引き取り願いましょうか」
ひらと掌をトゥーリアへ向けて、和奏はおどけて見せる。同時にアームドフォートから、ふぅわりと浮き上がったいくつもの砲身が花売りへと砲口を揃えた。
「嫌だと仰るなら……少々手荒な真似をさせて頂きます!」
放たれる無数の砲撃は敵を打ち、当たらずとも地形を抉り穿って機動を削ぐ流星の嵐──メテオストーム。
砲火と共に切られた火蓋の、飛び掛かり行く番犬たちの背を見つめ、微かに瞼を伏せて。アンセルムはそっとその腕の『少女』を撫でた。
「ボクの足りないものは、……人形じゃあもう埋められないよ」
そして鎖した蔦を、開く。
●からめる
もみじの手を翳すと同時に大地より、「惨劇の記憶」より生え出でるのは骨の盾。互いに重なり合う骨の手は、希望を託し今を立つ者の背を押して。
──ぼくはせいぎのみかたで、ともだちのみかたですから。
「きみがアンセルムに害を与えるのであれば……絶対に、ゆるしません!」
「ならお坊ちゃん以外は、いかがでしょう」
かりんの言葉を聞いているのかいないのか、トゥーリアは右手のうさぎを放り出した。
途端、ぬいぐるみの腹を裂いて、凶悪な咢のように変形した蔦が和希へと文字通り喰らいつく。
「、」
反応したのは和希、……ではない。
守護も回復もすべて仲間に任せて花売りと向き合う。そう定めたはずの、アンセルムの心だ。
彼の指先が、動く。
──よりも、疾く。
「これ以上、家族を苦しめないで頂けますでしょうか」
開いた魔導書より奔った凶暴なまでの賦活が和希の細胞を叩く。エルムの声音は普段より静かに、平坦に。けれどそれを『繋がれていた』頃のようなと表わすのはあまりに愚かだ。
その奥には確かに、燃え上がる心がある。
和希は喰らいついたままの蔦へ『ブラックバード』を零距離で放った。急速に熱を奪われ凍結した蔦を掴んで粉々に砕き、肩を払う。
「アンセルム。僕らを信じてくれるのなら、やりたいことだけをしてください」
彼にとって、トゥーリアのことなど詮索するつもりもない。だから振り向きもせずにただそう告げる。
だからこそ、アンセルムはまた困ったように笑う。エルムの言は図星だから。
──信じているよ。けどキミたちを苦しめたくないボクの気持ちも、本物なんだ。
凍てる波動を放ち氷で灼き払いながら、そんな彼の横顔に竜矢も苦笑を刻む。
「アンセルムさんは優しいですからね。それに、頼りになるとっても大切な人なんです。デウスエクスには渡せないですよ。友達は守ります」
環さんじゃないですが、と竜矢はそっと彼の背に掌を添えた。
「だからふらっと会いに行けるところにいて欲しいです」
「そうです! 可愛い物好きなのは割と一般的部類で、そんなご本人の優しさはここにいる皆が知ってますから」
え? 一般的部類? ほんとに? マロンの言葉に、何人かが振り向いたような気がするけれど、彼女は咳払いをひとつ、光の柱をまた仲間に向けて輝かせつつそのまま続けた。
「まだまだ受けたご恩を返すには足りないけれど、森からの道を照らす灯りのひとつにでもなれたら嬉しいです。皆さんが首を長くしてアンセルムさんの帰りを待ってますよ!」
跳ね回るぬいぐるみが、ラインダンスを踊る。ふわと舞い上がる幻想が、猛毒を持つことを地獄の番犬たちは知っている。
「いっぽ!」
かりんが叫び、ミミックと共に後方まで瞬息に掛けた。和奏とエルムがそれぞれに小さな身体に覆い被さる。ほとんど同時に、環の白銀の輝き纏う片手半剣がぬいぐるみのひとつを斬り裂いた。
蝕む毒に眩暈のする中、それでもかりんはなんとか手を伸ばしていっぽを撫でた。
(いいですか? ぼくとみんなが大切に想っているアンセルムと、アンセルムを大切に想うみんなを、全力で守るのです!)
「いいこ……」
「だいじょうぶ、癒す」
素早くユノ・ハーヴィスト(隣人・en0173)が唄う、「寂寞の調べ」。それでも足りない毒の治癒を、マロンが継いだ。
「はいどうぞ、ゆっくり飲むと良いのです」
Op.Q【Relaxing Chamomile】──オーパスクイック・リラクシングカモマイル。そっとかりんの身を抱き起こして、口許に運ぶカモミールティー。
彼女の顔色が戻るのを確認し、和奏は微笑む。
「アンセルムさんにとって大事な人達も含めて全員で無事に帰れるよう、護られた身で全力を尽くしましょう」
竜矢へと目配せひとつ。
彼が首肯するのを確認すると同時に和奏は『バレットハンマー』、元よりアームドフォート弾倉として撃ち放つ形へ変じている戦鎚より竜砲弾を叩き込んだ。
花売りの華奢な身体が衝撃に耐え切れず大きくバランスを崩す──そこへ、流星の輝きを纏う竜矢の蹴撃がトゥーリアの身体が傾いだのと逆へと思い切り薙ぎ抜いた。
「……ッ!!」
かは、と落葉を散らしながら、彼女の身体は木々の根の這う大地へと叩き伏せられた。
元より『花売りのトゥーリア』の立ち位置はディフェンダー。回避に特化しているわけではなかった。
それでも番犬たちは実に念入りに逃げ道を塞ぎ、動きを阻み、更に重ねられた氷結効果や延焼効果によって確実に疲労を蓄積し、気力を削り落とした。
なにがあっても許さない。
なにがあっても逃がさない。
なにがあっても──失わない。
強く強く、危機に駆け付けた全員から、そんな思いの滲む戦術だった。
それらを感じ取れないほど愚鈍ではない。アンセルムは微かに首を振った。
……故郷を追放されるに至って、初めて気付いた。
──ボクは、異端だ。
だから鎖した。
「……こんな自分と仲良くしてくれる人はいない、戦力として必要とされなくなったら、皆離れてしまうかもしれない。そんな未来に直面するぐらいならって」
だから、どうぞ手を離して。
ボクは、大丈夫だから。
そう言い聞かせた。怯えていた。
「でも、ご覧の通りだ」
彼はトゥーリアへと両の手を広げ、ケルベロスたちを示して見せた。
「駆けつけてくれる頼もしい仲間もいるし、大切な人達だっている。ボクに足りないのは、皆と一緒に過ごす時間なんだ」
「当たり前ですよ」「なに言ってんですか後で一発殴らせてください」「次言ったら口縫いますから」殺気を帯びた数人からなんだか殺気の矛先が一瞬変わった気がするけど、きっと気の所為だ。
そんなこんなも込みで、いとおしい時間。
「だから、キミは遅かった。そういう事だよ」
「お坊ちゃん、」
「っアンちゃん!」
音が後で追いつくほどの速度で迫った蔦から、アンセルムの身体を突き飛ばしたのは環。「、」名を呼ぼうとした声が、音にならない。
けれど締め上げる蔦に爪を立て、金色の双眸は燃え上がる。
「っ……簡単に、アンちゃんに触れると思わないで……!」
彼女の召喚に応じるのは黄金の角に紅雷纏う鬼。紅白の爪撃は舞い、命を散らす強襲式・紅白散華。
はらりと蔦の拘束が解け、木々の根元へ崩れ落ちた彼女の傍へ、「環」呼んで膝をついたエルムの魔導書が光を放った。
見る間に傷は癒えて、環は「ありがとですー」と照れ臭そうに笑う。
竜矢は呼吸を一度。意識を集中し解放する侵食の牙──シンショクスルリュウノインシ。己の限界を知らぬまま放つが故の強大な一撃。禍々しい爪が、猛々しい竜の咆哮が、花売りを裂いて穿った。
「しっかりしてください。まだ終ってませんよ」
和希の言葉に、彼はそうだねと瞬きを繰り返した。
「──術式展開。いくよ……!」
ふたりで紡ぐ、双導:黒白の楔──デュアルウィザーズ。それぞれ浮かび上がる精霊の術式と氷の楔が、瞬きひとつで風を切る。そこには合図のひとつも必要ない。
貫く魔術が重なり弾けるように、波動が暗い森へと渡り響いた。
「……貴方の人形を必要とする人はもうどこにもいないんですよ。アンセルムさんは、一人じゃないんですから」
和奏の早撃ちが最後のぬいぐるみを撃ち抜いたとき、注意深くトゥーリアを観察していたマロンとエルムが気付いた。ひとを惑わせるそのテッセンに、最期が近いことを。
「アンセルムさん」
マロンの声掛けに肯いた彼の許へ、背を力強く押す癒しと励まし──黒猫の祝福が届く。振り返った彼に、レヴィン(e25278)が、に、と口角を上げた。
かつて在った旅団で、共に過ごした。解散してからも顔を合わせ共に戦う度に、嬉しく思っていたのだと。
──強くて頼もしくてかっこいいし! だから。
「オレにも『皆で一緒に帰る』っていうの、手伝わせてくれよ」
「心強いよ」
そう告げて、彼は跪くように両の膝を折っているトゥーリアの前へと片膝をついて視線を合わせた。
「!」
しゅるり、と。
テッセンから生え伸びた蔓がアンセルムと、彼の人形へと巻きついた。一瞬気色ばんだケルベロスたちだったが、アンセルムが首を振って見せるのを見て全員が踏みとどまる。
しゅるり、しゅるり、と。
巻きつく。絡みつく。それは蔓か、蔦か。
彼の姿が緑に覆われていく。
どこまでがトゥーリアで、どこからがアンセルムで、どれが人形かもわからなくなる。
「この際だから言いますけど」
覗く藍の瞳があくまで穏やかなのを見てとって、エルムはぽつりと呟いた。
「あなたがさっき仰々しく言ってた恐れの話ですけどね。……何年一緒に暮らしてたと思っているのですか。そんなものとっくに察していて、それでも僕の意志で一緒に暮らしているんだけど」
「え」
見開いた瞳に、呆れた顔の同居人と──親友たちの顔も映る。
触れて欲しくなさそうだったから、触れなかっただけのこと。今の関係を失いたくないからこそ、言わなかっただけのこと。
「──はは、」
力が抜けたみたいに笑って、アンセルムは蔦と蔓に覆われたトゥーリアの頬へそっと掌を添えた。
キミが居たから、今ボクの傍に大切な人達がいる。
「……ありがとう。キミに会えて、本当に良かった」
そして音もなく見えぬ斬撃が、蔓を、──蔦を、断ち切った。
●つづき
彼が告げた言葉に、少しばかり目を見張ったのは竜矢と和希。
けれどそれ以上の衝撃に、環はアンセルムの左腕に飛びついた。
「アンちゃん……!」
剥がれ落ちていく緑の中。繋ぐ蔦を断たれたが故か、彼のめでていた少女人形がぼろぼろと形を失っていく。
このお人形はアンちゃんを傷つけて、でもアンちゃんを支えた存在なのは間違いないし。動揺する環に、アンセルムが微笑む。
「……もう、いいんだ」
完全に少女の姿が毀れてしまったのを見届けてから竜矢はアンセルムに、和奏とエルムは他の仲間にも怪我はないか確認し合って。和希は蔦と蔓の中から抜け出したアンセルムの頬を軽く叩いて確認する。
「だ、大丈夫だって」
苦笑する彼に、殊更明るい声で竜矢が笑う。
「さあ、じゃあみんなで一緒に帰りましょう! あ……迷惑ですかね? それだったら遠慮しますけど」
「えっ」
思いもかけない言葉に、彼はまた目をまんまるにした。
「アレが何だったにせよ。アンセルムは今ここにいて、僕達と共に歩んでくれている。今も、これからもそうであれば、僕としては十分すぎますよ」
ようやく戦時の殺気を手放した和希がそう告げて、そうして改めて振り返る。
「……ですから一緒に帰りましょう。環さんとエルムさんが痺れを切らしてしまう前に」
「はい、ほら、僕たちの家に帰……大丈夫です? 心配なので引きずってでも連れ帰りましょう。心配なので」
「いや待って心配だったらもっと労わってくれても……!」
「みんなでおうちに帰ります! これからもアンセルムとみんなと一緒に、いっぱい遊ぶですよっ」
引きずられる彼の脚をうんしょとかりんも持ち上げ、いっぽがその裾を噛む。
「人形も良いですが、アンセルムさんは、紡がれた絆と心と手のひらの温かさを知っているから、もう大丈夫ですね!」
ぱたぱた、翼を羽搏かせてマロンも彼の服を掴んで歩き出す。
彼が森を出てから自分で掴んだ、大切な絆で結ばれたご友人達と幸せな未来を生きる姿を全力で応援したい。そう願うマロンの足取りも、自然と跳ねるように軽くなった。
「……ああ、足りないのはボクの手だ」
みんなの手を取りたいのに、ふたつしかない。
苦笑するアンセルムの軽くなった左手をエルムと一緒に掴みながら、環は軽く頬を膨らませた。
「なんでアンちゃんは考えがいつも『ひとり』なんですか。手が足りないなら、私たちの手を使ってくださいよー」
離しませんから。
なんてことないように言われたそのひと言に、けれど逸らされた視線にまたアンセルムは瞬いて。
それから、笑う。
「……うん。そうだね」
もうこの“手”は、離さない。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2021年8月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|