ダンス・マカブルをもう一度

作者:朱凪

●“悪魔”
 落ち着いた、のだろうか。
 昼から夜の間が長くなってきた空を見上げ、ギフト・アムルグ(残焦・e25291)は地獄化した両目をゆっくりと瞬いた。
 あるいは──このまま落ち着いていく、のだろうか。
 地獄化した心臓に、混沌の水が響くのにも慣れてしまった。
「ねぇ、きょうのよるごはんなにー?」
 父親と手を繋いで馳せ違った少年がそう言うのが聴こえた。特に深い感慨もなくそれを耳にしながら、彼は往く。
 そうして進んだ先に。
「……、」
「おや」

 “悪魔”が居た。

 三対の腕。山羊の如き角や蹄、そして尖った耳。
 見紛うことのない異形には、見覚えがあり過ぎるほどあった。
「逸れ仔かね?」
 白々と口角を上げた男に、我知らずギフトの短い眉が寄った。男の傲慢さを知っている。男の身勝手さを知っている。男の嗜虐性を知っている。
 ギフトの顔色をうっそりと目を細めて男は──死神は見て、そしてにたりと嗤った。
「“また”──面白奇怪しく踊ってくれるかね、坊や」
「ッ!」
 “悪魔”は三対の腕を大きく広げた。

●ダンス・マカブルをもう一度
「まだ残党が、いるようですね」
 ヘリポートに集まったケルベロス達をヘリオンへと誘いつつ、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)はぎりと奥歯を噛み締める。
「ギフト君に危機が迫っています、手を貸してください」
 敵は死神。名は『薄暮の攫い手・アンダートゥ』。
 ふたつ名のまま黄昏時に子を攫い売り捌き、あるいは己が手でいたぶり殺すことを愉しみとするデウスエクス、らしい。
「場所はひと通りのない市街地です。すれ違った親子すら居ません。避難誘導の必要もありませんが、きっと敵のなにかしらの力なのでしょう。『見えざる海』というものを、空間に生むことができるようです」
 はっきりとは判りませんが、とチロルは告げて首を振る。
 問題はギフトへの連絡が付かないこと。
 独りでデウスエクスと戦うのは今なお無謀であること。
「そして、彼と敵の間にはなんらかの強い因縁があるということです。彼がいつもどおりの冷静さを保てるかどうかということさえ、俺には判りません」
 それだけ根深い“存在”でありそうだ。
 ヘリオンの速度を上げて、チロルは宵色の三白眼を眇めた。幻想を帯びた拡声器のマイクを口許に添えて、彼は言う。
「では、目的輸送地、薄暮の路地。以上。──急ぎましょう、Dear」


参加者
ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)
華輪・灯(春色の翼・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)
ギフト・アムルグ(残焦・e25291)
清水・湖満(氷雨・e25983)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)

■リプレイ

●悪魔の誘い
 茫然とした。
 もう要らないと貫かれ──地獄の炎で置き換えたはずの心臓が跳ねたのが判った。
 歓迎するかのような三対の腕へ向け、ギフト・アムルグ(残焦・e25291)はふらりと一歩踏み出した。
 二度とまみえることはないだろうと直観していた。なのに。
 ──チャンスの方から飛び込んできたってワケだ。
 なら、逃がさない。「迎えに来てくれたのか」はしとギフトはアンダートゥの手を取る。縋るように両の手で掴んで、額をつける。肩が震える。
「今度こそ正しく冥府の海へ導いてくれ」
 ぎりと悪魔の肌に爪を立てる。

「なんて、冗談」

 顔を上げたギフトの紅い両目は、アンダートゥの不快を刻んだ頬を見つけてニィと嗤う。掴んだ腕をそのまま支点に繰り出す蹴撃は鋭くその頸部を狙うが、身を捩った悪魔の頬から首筋に擦過傷を刻むに留まる。
 勢いのままに距離を取ったなら、ゆらり、楽しむ訳でもなく尾を揺らす。
「今生に遺した未練が腐る程あんだ。今日一番はあんたを屠る事。──あそぼうぜ。見ろよ番犬の群れが来る」
 背後を親指で示したなら、誰も居なかったはずの市街地に影が九つ。
「皆で踊ろうぜ」
「ギフト」
 ざり、と。軽く乱れた吐息を数度の呼吸で元に保ち、ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)は灰色の髪を流した。銀剣に水滴の連なる“武器屋”の耳飾りが揺れる。
「前に聞いたの、そいつなら。あの時言った通りだ。さっさと巻き込め」
「ああ、間に合ったみたいだな」
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が続き、
「この男が例の『育て親』ですね?」
 軽く口角吊り上げて応じたギフトへ、ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)も問い掛けた。視線を受ければどうもと会釈をひとつ。
「以前、ちょっぴり御話は伺いましたから」
「ギフトさん!」
 華輪・灯(春色の翼・e04881)と彼女のウイングキャット・アナスタシア、そしてカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)も彼の隣へと駆け寄った。
 体勢を整える悪魔を見据え、カルナは軽く顎を上げる。
「そっちの悪魔さんには、デスバレスウォーでまさかのドタキャンを喰らいましたからね。今度こそ『ギフトさんにはいつもお世話になってます!』ってぶん殴りに来ましたよ」
「そうです! 戦争の時みたいにはいきませんよ!」
「ふ。お前たちの無力の責を私に押し付けられても困るがね」
 追随する灯にも構わずやれやれと首を振るアンダートゥへ、ぎりとラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)が奥歯を噛み締め、「なるほど確かに傲慢だ」とヨハンが息を吐く。
 ひとりで無茶をしないように。灯も、カルナも、そしてラランジャもそう思っていた。
 でも。
「ギフトさん! 無茶してくれちゃっても大丈夫っス! 俺たちが助っ人するッスから、思いっきりやって下さいっス!」
「ひとりの男が過去と向き合い闘おうとしているのです。助太刀する理由など、それで充分でしょう」
「戦友の危機ならば、助太刀するしかないね。やりたいことを全てやって、悔いのないようにしてもろて、最後は笑顔で帰ってもらう!」
 そのために、来た。
 ヨハンの言葉を継ぎ、清水・湖満(氷雨・e25983)もレイピアを握り炯と瞳光らせた。
 うち棄てられた玩具を大切だと言う“存在”がこれだけ在るという事実に。
 ギフトは面映ゆさに微か首を振り、それから悪魔を睨めつけた。
「……ああ! 頼んだぜ」

●死の舞踏
「僕にとってギフトさんは笑顔が似合う友達ですから」
「はい! 私は事情を全然知らないかもだけど、お会いする時はいつも楽しそうに笑ってくれてました」
 カルナが告げれば灯が力強く肯く。それに彼も小さく微笑み、掌の上に氷晶をきら、きらと喚んだ。それは瞬く間に巻き上がり力強い風を纏う凍楔破砕嵐──ダイヤモンドダスト。
「この悪魔が居たら、きっと笑顔にはなれないんですよね。だったら、やる事は一つです」
「ええ、あんな風にまた楽しくお話ししたいから、絶対助けます!」
 誰も倒れさせないし、私も倒れませんよ!
 アンダートゥを煌めく魔力帯びた氷刃が斬り刻みその視野を妨げる隙に、灯はパズルをぱきん、と動かす。途端に舞い上がった光の蝶を、アナスタシアが清浄の翼を羽ばたいてギフトへとふたり分の祝福を届けた。
「ユノ、力を貸してくれ」
 ティアンは掌の上に星辰を描いた。ユノ・ハーヴィスト(隣人・en0173)が肯くよりも疾く、降り注ぐように生まれた輝く魔力の柱が前衛に陣取る仲間たちへと加護を贈る。
「小癪な」
 嘲るようにアンダートゥが呟いた。
 大きな掌で霜降る自らの顔を拭ったかと思うと、三対の腕を大きく開いた。なにもない。だが、空間が大きく揺らぎ、波打ったのが地獄の番犬たちには判った。濃密な邪気が前衛の仲間たちを包み、“奪われる”感覚。これが、『見えない海』なのだろう。
「坊や、悪足掻きはやめたまえ。毀れた玩具は踊らせてもらうだけだ、違うかね」
「なんとも悪趣味な野郎だ、な!」
 その空間を、海を、流星の輝きが蹴り裂いた。後方からのグレインの攻撃に、ラランジャが続く。
「ホントっすよ! 踊ろうぜ! って言いたいトコっすけど──悪魔サンの思う通りにゃ、踊ってやんねっス」
 身の丈ほどもある鉄塊剣で繰り出すEndurece gradualmente──ヤガテチンモクスル。刃の叩き付けられたアンダートゥの腕の一部が石化する。
「もちろん、ギフトさんや皆さんも、踊らさせねっスよ!」

 から、と高下駄鳴らして、湖満は薄く笑みを刷いた。
「ダンスをご所望なら奏でましょうか。私の役目はあなたの奏でる旋律を彩って、引き立てるとこやから」
 放つのは死の舞踏──ワルツアッラモルテ。waltz a la morte、死神のダンス。あるいはwaltz alla morte、死ぬようなダンス。花模す刃が舞うようにアンダートゥを襲う。
「なあ、かの有名な交響詩、死の舞踏はね。死神が逃げ帰って終幕するんよ」
 幾度も、幾度も、幾度も。刃が襲う。彼女は踊るように敵を追う。
「逃がさんけどなぁ」
(逆らう事は許されない、全て捧げて当然だって教わったからそんなモンだと思ってた)
 薄暗い下水道でギフトが呟いた言葉を、ヨハンは憶えている。強い悔恨を感じたから。
(そしてその欲望のため、同じ命を踏み躙って悦んでいた。“悪魔”の横で)
 ──僕は子供の頃、泣き虫でお喋りで。
 まるで女の子のようだと家族に揶揄われたから、家や家族の望むままに求めるままに戦士らしく男らしく在ろうと必死に務めた。そんな自分を、環境を、恨んだこともある。
 ──けれど過去は変えられない。出した言葉も過ぎた出来事も戻らない、なら。
 前に進むしか、ない。
「この子達とも遊んで下さい。――出番ですよ、」
 アンダートゥに向けてヨハンが放つのは無骨でかわいらしい『鋼の竜』。臥竜霧遊戯──ゴーゴー・ガリュウム。
 生まれたての無邪気な竜の牙が、悪魔の蹴爪生えた脚へと喰らいついて離さない。
「落ち着いて挑んでくださいね、アムルグさん。そして、どうか自分で自分だけは責めないであげてくださいね。そこは、誰ひとり望まない地獄ですから」
「──ハ、」
 くしゃと眉を寄せて。
 ギフトが小さく笑みを零したそのとき、“悪魔”が囁いた。白刃が、彼らへと閃いた。

「地獄で生まれた悪魔に、なにを宣うか。なあ、坊や?」

 最初の思い出。
 海に沈む陽。赤から紫へ色を変えてく世界。
(逸れ仔かね? 坊や)
 臆病で頼りない迷子の手を引いて、悪魔が笑った。
(さあ坊や。遊び方を教えてあげよう。面白奇怪しく人間を踊らせる方法だ──)
(……“こう”?)
 ──俺は、奴のギフトになった。

「ギフト」
 ティアンの声に応じてユノの光る翼が羽ばたき、薬液の雨が降り注ぐ。呼ばれた彼はふると首を振って、
「……懐かしいなァ」
 ぱた、ぱた。滴る雫の下で、苦く口許を引き攣らせた。
「……よしいいぜ、あそぼうぜ。攫い手のあんたもこの俺も。同じ罪科を共有した『悪魔』同士、命懸けの駆け引きを愉しもうじゃねェか!」
 ドルンとチェーンソーの刃が起動し、彼は悪魔へ刃を振り下ろす。悪魔の身体がずたずたに裂けていくのに、ギフトはより力を籠めた。
 指先に『螺旋手裏剣[懸]』をしゅるると回転させ。グレインは息を吸って、吐いて。意識を集中する。
「雄風よ、力を貸してくれ!」
 湧き起こる風が応じるように縒り集まり紡がれてやわくあたたかな球体を成し、彼と同じく前衛に立っていたカルナの、ユノの薬液だけでは癒しきれぬ傷を回復する。
 礼を述べる彼に軽く手を挙げて応じ、グレインは駆け抜けるギフトへ告げる。
「俺も詳しい事情は知らねえが、因縁があるというならここできっちり片を付けられるように手伝うぜ」
 敵からの攻撃を厭わず、終焉を迎えられるように。

 どれだけの攻防が交わされただろう。
 敵の動きは如実に鈍ってはいるものの、アンダートゥが撒き続ける状態異常の効果はやはり大きく、ケルベロスたちは丁寧に回復を繋いだ。
 ただそれが故に時間は経過し蓄積する疲労は隠し切れず。
 かぞく。
 うち棄てられた玩具?
「あ、あ──、」
 伸ばした手は、灯のもの。揺れる銀の瞳は定まらず、救いに来た友人の過去のトラウマが伝播でもするように、彼女を恐怖が呑み込んだ。
 いや、です。置いて、いかないで。独り、に。しな、い。で。
「アカリ!」
 そこへ更に追い討ちをかけるようにアンダートゥがにぃやりと長い腕の先に杯を携え──“神”の血で以て内側から更に蝕まんとするのに、ギフトは飛び出した。
 ダメージを気にしなくていいと仲間が言ってくれたなら、臆する必要などどこにも無い。なによりもこうして集まってくれた友人に、報いたかった。
 背後からしがみついた、悪魔の複数の腕。
 葡萄酒、なんてかわいらしいものじゃない。悪魔の手から滑り落ち、彼女の代わりに浴びせかけられたその液体が触れた皮膚へ、爛れるような灼けつくような痛みが走り抜けた。
「ハ、ははッ!」
 けれど、ギフトは笑った。「貴様……ッ」ぎちりと、悪魔を離さない。逃がさない。敵の数多い腕が更に『海』を呼ぼうと足掻こうとも。その長い爪が皮膚に食い込もうとも。
 暴走はしない。悪魔〈サキュバス〉の力には頼らない。なぜなら力は既に、あるから。
 ちらとその耳に揺れるのは『聖剣』。
「──ティアン!」
「任せろ」
 それは信頼する悪友に託す、“大悪戯”。
 ──ギフトを育てた悪魔の話、ティアンはギフトから一度幾らか聞いた。
 勝てそうかと訊いたら、無理と言われた。その悪魔は勝つ盤面だけで戦うから、盤面ごとひっくり返すような”悪戯”が要るって。
 ので。
「おまえの海を、塗り潰す」
 潮騒の幻聴。
 入水小町。あおくあおく、ふかくふかい海原の幻影がその場を支配する。恐怖を返そう。
 迎えに来たということは、うち棄てたあとになにか思うことがあったか?
 ──……まあ、ティアンには関係のないことだが。
 ちらと見遣るは、悪友だけ。
 さあトリックスター。悪魔の盤面すらも、ひっくり返してみせるなら、──。

「お気を確かに」
 ふわと傍に膝を揃えた湖満の声と共に溢れる混沌の水が、灯の恐怖を濯ぎ落としていく。
 伸ばしたままだった左手。その薬指に光る双翼の銀環。
 我に返り桜色帯びた白い髪を振り乱し周囲へ視線を走らせた彼女は、その膝元にふわふわの手を添えるアナスタシアと──カルナの花緑青の双眸が安堵に和らぐのを見て、胸の裡から温かさが燈るのを痛感した。
「ええ、私は大丈夫!」
 湖満へしかと礼を述べて素早くスカートを払い立ち上がったなら、彼女は悪魔と力で拮抗するギフトを見据えた。ありがとうございます、ギフトさん。私は最強! だけど、ギフトさんもとっても強い!
 微笑み、その全ての想いを籠めて『おとめちっくハンマー』をくるくると手首で回した。
「お手数かけちゃったので、あまーいエネルギーをちゃーじです!」
 カラフルなマカロンがぽこんぽこんと中空に浮かび上がる、女子力ふるちゃーじ☆ 口にしなくても癒しを与えるそれはギフトの許へと届き、彼は笑う。
「皆さん、今です」
 ギフトの捨て身の行動によって生まれた機を逃すわけにはいかないとヨハンが駆ける。
 敵の生む海とは異なる海の幻影の水面に腕を突くと大きな身体を身軽に翻し、回転の勢いを乗せて、悪魔の横顔に鋭い蹴撃を叩き込んだ。グレインの縛霊手纏う拳も続き、『海』を喚ぶべく藻掻くアンダートゥの鎖骨を打ち折った。
「その手は使わせねえよ」
 体勢を大きく崩したたらを踏んだアンダートゥのギフトによって複雑に搦め取られた腕を白い梟の羽搏きが裂き抜けた。
 シロフクロウ──ネレイドが杖の姿へ戻りカルナの手へ収まる。そして彼は隣に立つ灯をそっと窺った。
 そんな彼の姿をちらと盗み見て、ラランジャは小さく笑みを刻んだ。わかる、気がした。
 瞼を伏せ、そして開く。一線に、一閃に奔り抜けた力〈フォース〉がアンダートゥの腕を幾本か弾き飛ばした。危なげなくその背を蹴り飛び上がったギフトへ、ラランジャは叫ぶ。
「ギフトさん!」
「──あァ」
 中空で握り締めるは、使い慣れた銀の円匙。
 だけどてめェにゃ柄に刻まれた文字は贈らねェ。
 飛べぬ翼が風を切る。脳裏にあるのは、共鳴する竜から預かり受けた一片の詩だけ。

 影ひとつ残さず 死に感謝して無にかえれ 。
 憎しみよりも哀れみを 。
 哀れみよりも忘却を 。

 Gift──此処に君のひかり、来ませり。

 そこに言葉は必要なかった。すべてを籠める。感謝と、訣別を。
 円匙の先が触れると同時に悪魔に稲妻が貫いて。
 攫い手は声もなく炭と化し、いっそ呆気ないほど簡単に崩れて、消えた。

●終幕、あるいは開幕の
 完全に悪魔の姿が消え失せたのを確認して、カルナはひとつ息を吐いた。
 ──僕のトラウマは、虚だと思っていました。
 喪い、取り戻した過去を再び喪失することをこそ恐れていると。
 隣を見れば、良かったですねと微笑む灯の顔に、彼は自らの薬指に嵌った指環へ我知らず触れて笑み返した。この笑顔が見られる限り、再び虚が呑まれたとしても手繰り還ることができる。そう思えた。
 だからこそ、こわかった。
「喪失も孤独も一緒に乗り越えて、これからも前に進みましょう、……ね」
「? はい!」
 すっかりいつもどおりの彼女の返事に、ただただ、安心する。
「お疲れさん」
「ええ、見事でした」
 グレインとヨハンが労いユノも肯いたなら、ギフトは傷だらけの身体で「助かったぜ」と小さく告げた。
「これでようやく平和、ッスかね」
 ラランジャが言う傍で、湖満はひたとギフトの紅い目を見据えた。
「やりたいことは全部やれた?」
「、」
 言葉に詰まったのは、ほんの微か。
 彼はニ、と笑うと肩の力を抜いて肯いた。
「あァ」
「そう、ならよかった」
 素っ気なくも聴こえる語調で湖満は告げると、緩やかな足取りで戦場を後にする。
 その背を見送るギフトの腕を掴んで、痛みに顔を一瞬歪めた彼に構わずゆらとティアンはオーラを纏い、そして悪友へと与えていく。
 あたたかな気配が傷を癒していく。
「行こう。海でも何処でも」
 自由だ。
 ぽつり告げられた言葉に、相変わらず抑揚はなかったけれど。
 ギフトは「そーだな」口角を上げて見せると、もう一度、悪魔の消えた街を見た。
 悪魔の声は、聴こえない。

 もう一度、──もう、二度と。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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