デウスエクス本星へ~翠の褥に眠る神々

作者:柊透胡

「日本だけなく、世界中の皆さんに『TANABATA』を楽しんで戴いた事で、無事、七夕の魔力を集める事が出来ました」
 七夕ピラー改修作戦の成果を報告する都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、穏やかな表情でケルベロス達を見回す。
「この七夕の魔力を利用する事で、破壊されたゲートの修復と、ゲートのピラー化が可能となります」
 修復されたピラーを通じて、再び宇宙にグラビティ・チェインが拡散されれば、グラビティ・チェインの枯渇でコギトエルゴスム化していたデウスエクス達も、再び活動出来るようになるだろう。
「修復した新しいピラーは、デウスエクスのコギトエルゴスム化を阻害する力も具えています。つまり、再びデスバレスのような歪みが発生する事もない訳です」
 これで、宇宙は完全なる平和を得る事が出来る筈だ――ケルベロス達のこれまでの活動が、大きな実を結んだのだ。
 だが、宇宙の平和に先立ち、危惧される事態がある。
「コギトエルゴスムから復活したデウスエクス達は、これからは『コギトエルゴスム化しない』という事実を、まだ認知していません。となれば、『どうせコギトエルゴスム化するだけだ』と、気軽に死亡に至る行動を取る危険があります」
 自らを傷付けてコギトエルゴスム化し時勢が良くなれば蘇生する、というデウスエクスには『常識』であった不死性が、これからの宇宙には喪われる。カルチャーショックの大きさは想像に難くない。
「確かに、1度蘇生出来ない状況に遭遇すれば、否応なく学習出来る事態ではあります。しかし、折角グラビティ・チェインの枯渇が無くなったのですから、情報不足で死亡してしまうのも如何なものかと」
 そこで、ケルベロスの有志を募り、デウスエクスの本星にこれまでの経緯とコギトエルゴスム化の注意点を伝えに行く運びとなった。
「不死でなくなるデウスエクスが、これからきちんと暮らせるよう、必要な情報の提供をお願いします。或いは……デウスエクスの本星を訪問出来る、唯一の機会になるかもしれませんので、そちらを目的にしても問題はありません」
 ゲートが『ピラー』となれば、『主星から地球までのテレポート通路』としての働きは喪われてしまうのだから。
「今回、情報提供に向かうデウスエクス本星は、『ドラゴニア』『アスガルド』『ユグドラシル』の3箇所となります」
 他は星ごとなくなっていたり、誰も住んでいなかったり。伝えるべきデウスエクスがいない為、対象外となっている。
「現在、デウスエクス本星は、グラビティ・チェインの枯渇により全てのデウスエクスがコギトエルゴスム化しています」
 修復されたゲートは『極少量ながら、グラビティ・チェインが発生する』。
「ですから、コギトエルゴスムをゲートの近くまで持ってくる事で、デウスエクスを復活させられる訳です」
 本星の状況については、アダム・カドモンや聖王女・エロヒムからの情報や、ケルベロスブレイドで強化された予知等から、ある程度判明している。
「最初に話をするデウスエクスのコギトエルゴスムを探し出し、ゲートに持ち帰れば、望んだ話し合いが出来るでしょう」
 そこで、ヘリオライダーがケルベロス達に見せたタブレット画面には『ユグドラシル』と表記されていた。
「私が担当するのは、コードネーム『デウスエクス・ユグドラシル』、即ち攻性植物の『本星』です。宇宙に浮かぶ『世界樹』で、エインヘリアルの本星『アスガルド』を支えています」
 ユグドラシルには、エインヘリアルに追われて逃亡した『アスガルド神』のコギトエルゴスムが封印されている。
「アスガルド神のコギトエルゴスムをユグドラシルゲートの近くまで持ち帰れば、復活したアスガルド神との対話が可能でしょう」
 尚、『本星』への移動が可能なのは、修復されたゲートがピラー化するまでの間だけとなる。
「長時間の活動は不可能です。無理のない範囲で、コギトエルゴスムの探索と話し合いを行って下さい」
 時間内に復活させられるデウスエクスは、3~5体程度。どのようなデウスエクスを復活させるべきか、相談が必要かもしれない。
「対話するデウスエクスについては、皆さんの希望に最も近いデウスエクスのコギトエルゴスムがある場所を、こちらから情報提供致します」
 現地でのヘリオンデバイスの使用は可能であるので、本星の移動や探索にも利用出来るだろう。
「ある意味、皆さんの『善意』に拠る活動となります。有意義な出会いが得られるよう、宜しくお願い致します」


■リプレイ

●世界樹へ
 大阪城地下に復元された、ユグドラシル・ゲートの先は――大樹の洞に通じていた。
 踏みしめる白茶けた大地は岩盤のように硬く、圧倒的な安定感があった。
「ここが、ユグドラシル……」
 物珍しそうに、愛柳・ミライはキョロキョロと。
 酷く静かだった。呼吸は大丈夫。重力もある。大地に数箇所、大穴があったが、ミライの関心は『上』にある。
「よし、世界の天辺まで!」
 早速、オラトリオの翼を広げるミライ。アクションカメラの録画機能をON。軽やかに地を蹴り、ゲートの大樹を伝って緑の天蓋を目指す。
「あ、あっちから外に出られそう」
 接近すれば、翠の天蓋は枝葉の重なり合いと知れた。分け入れば、外に出られそうだ。
「わぁ!」
 思わず歓声。枝葉の外には蒼穹が広がっていた。遥か下に霞むのは……大地か何かか?
「これって……ユグドラシルの、幹?」
 ならば、ゲートはユグドラシルの幹の中に在った事になる。幹の中に大樹を育む程『世界樹』は巨大なのだ。
 気の遠くなるようなスケールを、ミライは臆する事ななく昇っていく。
 ヤドリギめいた植物が花を咲かせる中、小粒のコギトエルゴスムがあちこち引っ掛かっていた。
「うーん……そろそろ時間切れ?」
 只管に昇り続けたが――流石に戻らなければ、帰還に間に合わない。ちなみに、世界樹の頂きは全く窺えない。
「仕方ないね」
 ミライは引き返す――その前に。
「これが……神々が守りたかった景色」
 最古の世界を見回し、ミライは息を吸う。
(「スカイクリーパーがいいでしょうか」)
 響かせよう、この世界の果てまで。

 ヴァルキュリアの光翼を広げ、九田葉・礼は手元のメモに目を凝らす。
「5人、か……」
 今回、復活予定のアスガルド神族のコギトエルゴスム捜索は手伝っても、神々と話す心算は一切なかった。
(「私は……定命化前の記憶が無くて、ケルベロスに覚醒したのもつい先日だから」)
 本当は、自分が何をしていたのか、聞きたいけれど。
(「……探索の間に、何か思い出すかもしれないし」)
 どうしても前へ踏み出せなくて、礼は自らに言い聞かせる。
(「もし思い出せなくても……ユグドラシルを見る事自体、自分の為になる筈、ですから」)

●大地の女神ヨルズ、仲介の女神フッラ
 ユグドラシルは、全長5万kmを超える巨大樹。その内部は迷宮化している。
「ゲートは、世界樹迷宮の中心にございます。あの穴から下へ向かえば、何れ根の部分から、ユグドラシルの外へ出られますわ……懐かしき、アスガルドに」
 ふっくらした優し気な女神だった。名前は、ヨルズ。ヘリオライダーの情報を基に、シィカ・セィカが探し出した。シエナ・ジャルディニエも求めた「ユグドラシルや攻性植物の意思疎通が叶う」神でもある。本来の象徴は「大地」だが、アスガルドからユグドラシルという「大地」へ追いやられた訳で。
「じゃあ、アスガルドは」
「ユグドラシルの根がアスガルドに突き刺さって、地続きですわ」
 尤も、数万kmもの迷宮踏破しなければ、アスガルドには行けない。
「それで……わたくしが起こされた理由、伺っても宜しいかしら?」
(「定命の僕達の話も、ちゃんと聞いてくれるみたい」)
 ヨルズの隔意無い様子に、安堵するウォーレン・ホリィウッド。
「初めまして。僕達はケルベロス。地球から来た者です」
 静かに話し始める。曰く――戦いは終わり、グラビティ・チェインの枯渇と、デスバレスが溢れて宇宙が滅亡する心配は無くなった事。
「僕らは、総ての元凶はコギトエルゴスム化と知り、この宇宙から取り除きました。これからは……1度死ぬと、もう甦りません」
「ボク達は、地球だけじゃなくて、全宇宙と生命の平和を目指してるデスよー」
 吃驚眼のヨルズに、シィカはケルベロス・ウォー終結に至るまでの「第二次大侵略期」について、落ち着いた口調で語った。
「ゲートはピラーに戻って、グラビティ・チェインの供給が再開します。僕達が話した事を、他の神様や攻性植物に伝えて下さい」
「これからの生は1度きり……ええ、皆にきちんと伝えましょう」
 ウォーレンに請け合ったヨルズに、シエナは言い難そうに口を開く。
「Raconter……ヴァナディースさんは亡くなりましたの」
「まあ……愛情深い女神でしたのに」
 瞑目する女神に、シエナは小柄を乗り出す。訃報以上に告げたい事がある。
「実は、地球での攻性植物は、多くが他の種族を襲っていましたの。ですから、攻性植物達がアスガルド神族も襲わない様、抑えて頂きたいですの」
 繁茂を求める攻性植物がアスガルド神族を襲う度に駆除されては、滅びの一途だ。
(「Intention reelle……わたしもここに残って、攻性植物達を守りたいですの」)
 シエナの熱意の眼差しに、ヨルズは穏やかに頷く。
「わたくしだけでは難しいでしょうけれど。これから、皆も復活するのでしょう? 力を合わせましょうね」
「ゲートがピラーに戻れば、もう地球と行き来出来ないけど。この世界の安寧と平和を祈っています」
「そう言えば……世界樹って十二創神デショ? ユグドラシルのコギトエルゴスムも、ドコカに?」
 ふと、素朴な疑問を口にするシィカ。
「地球側のユグドラシルゲートは地下デシタ。やっぱりこっちも根っこトカ……?」
「ユグドラシルのコギトエルゴスム……?」
 大地の女神はころころと笑い出す。
「あったら大変でしょう?」
「え……」
「だって、わたくし達は『ユグドラシルにいる』のに。石になったら、宇宙に投げ出されるわ」

 ――つまりは、ケルベロス達が移動したゲートの先の『世界樹迷宮』自体がユグドラシルの体の一部である、というお話。
 『ユグドラシル』に語り掛けたいケルベロスは少なからずいたが、復活したアスガルド神族曰く、反応は無いだろうとの事。
 地球の地面に話し掛けて地球の『意志』から返事を貰おうとしている、とイメージすれば判り易いだろうか。
「生憎、私がオーディン様との仲介を担っていたのは、ユグドラシルではなく、エインヘリアルでしたから」
 腰に巻かれた黄金のバンドが目を引く女神だった。彼女の名は、フッラ。エトヴァ・ヒンメルブラウエが対話を望む『慈悲深き神』という。
「トモアレ……終末は回避され、今は新しき世へ移る時。地球は今、ダモクレスや聖王女様の協力も得ていマス。全ての争いを失くし、アスガルドとも和平を保つよう願いマス」
 まず「第二次大侵略期」の攻性植物陣営の動向とその結果を語ったエトヴァは、デウスエクスと地球の戦いの終結を強調する。
「そして、『不死性を失くす』事が宇宙の存続に不可欠ト、ユグドラシルに住まう方に理解して頂きたく思いマス」
 フッラはエトヴァの言葉に耳を傾ける。「平和の礎として不可欠ならば、寧ろ喜ばしい」とさえ言ってくれた。
「ケルベロスは、恒久に宇宙の平和を望みマス。新しき世の混乱を収められるよう、他の神々と連携をお願いしマス」
「微力ながら、尽力致しましょう」
 『仲介』故に、他の神族にも信頼される女神であったようだ。彼女ならば、上手くやってくれるだろう。
「オーディンに仕えていたあなたに、伝えておきたい事があるわ」
 続いて口を開いたのは、円城・キアリ。
「オーディンのコギトエルゴスムは、エインヘリアルの王女ハールに地球へ持ち込まれて、今は行方不明になっているの」
 即ち、ユグドラシルやアスガルドのゲートがピラーに戻り、全員のコギトエルゴスム化が解けたとしても、その中にオーディンは居ないだろうと。
 『狂戦士』オーディンをアスガルド神族らがどう思うのるかは、キアリも知らない。だが、フェアに接するなら、十二創神の不在は報せるべきだ。
「ケルベロスの気遣いに、感謝を」
 丁寧に礼を言う一方で、フッラがオーディンについて詳らかにしなかったのは、ケルベロスがヘリオライダーについてデウスエクスに語らないのと同じ理由だろう。
「さっき『アスガルド神族とエインヘリアルの仲介役』だったと、言いましたね?」
 肯くフッラに、死道・刃蓙理はエインヘリアルの顛末を語る。
「シグムンドは滅び……エインヘリアルは、もう不死の兵団としては機能しない訳ですが……私は彼らに別の可能性を見出してます」
 エインヘリアルは、アスガルド神族をユグドラシルに追いやりコギトエルゴスム化させた元凶とも言える存在。だが、フッラの表情に嫌悪の色はない。
「すぐには無理でしょうが……何れ普通の生命としても、やっていけるのではないかと。様子を見てアスガルドへ戻り、共に彼の地を復興するとかどうでしょう」
 刃蓙理の言葉を最後まで聞いても、フッラの表情は変わらなかった。
「今更、私をコギトエルゴスム化したエインヘリアルに会ったとしても、恨み言を口にする心算はありません」
 ただ、総てのアスガルド神族が達観した訳ではないだろう。勿論、刃蓙理もよく判っている。今は、種まきで充分。
「そう言えば、デウスエクスが居なくなった星が幾つかあるんですが」
 いつか、彼らが星渡る術を得られた時――新たな宇宙の法則の元、新たな創世神話が創造されるかもしれない。

●ユグドラシルへ
 ユグドラシルの意思を感知出来る、アスガルド神族が多く復活すれば、世界樹にも言葉が届くだろう――故に、仲介の女神フッラは、ユグドラシルに語りたい言葉があれば預かると申し出てくれた。その上で、ユグドラシルに声を掛けるのは自由だと。
「探すどころか、今いる所が『ユグドラシル』だね」
 思わず頬を掻くリューイン・アルマトラ。超イージーな探索だが、ユグドラシルとの意思疎通は至難。寧ろ、現状不可能と言われてしまった。
「何でレプリゼンタを生み出したのか、聞きたかったんだけどな」
 予想はつく。デスバレス対策の一環だろうけど。確認する事に意義がある訳で。

「聖王女さまにも『行きたい』って、カルナさん、言ってましたものね。本当に来れてわくわくです!」
 カルナ・ロッシュに満面の笑みを浮かべた華輪・灯は、それぞれの翼で大枝の上に降り立つ。早速、大きく息を吸って声を張る灯。
「聞こえますか、ユグドラシル! 私たちはケルベロス! ピラーが蘇ってコギト化がなくなって、きっと時代が変わるのです。その前に、歴史を知るあなたとお話したくて来ました!」
「僕も、聞いてみたい。様々な光景を、あなたは観てきたのだろうから」
 例えば、デウスエクスが不死性を獲得するに至る経緯を。カンギを始め、侵略寄生を受け入れた種族達の始まりを――果たして、応えは無かった。武器として持ち込んだ攻性植物にも変化なし。
「だったら、大冒険です」
 思い切りよく切り替え、世界樹を探検する2人。樹の洞に入ったり、ヤドリギに生る実や花、葉にヒール(心と女子力)を注いだり。未知との遭遇――冒険に心も躍るよう。
「持って帰ってお庭に植えたら……ダメですよね?」
「少し位なら良いかもですが、あの庭が更に密林になりそうな予感……」
 ……せめて、写真や動画を、スマートフォンのストレージ一杯まで残した。
「世界で1つだけの、最高の冒険ですから」
「はい! 最高で最強で映え映えの冒険です!」

「レプリゼンタ以外、生き残る術を見つけられたよ」
 樹皮にそっと触れて、シルディ・ガードは口を開く。
「自然が当たり前に繰り返してきた、死も含めた輪廻という穏やかな永遠がまた今後のスタンダードになる……それについては、ボク達よりキミ達の方がきっと詳しいよね」
 歪みの根本解決の道のりは果てしなく。これから、不死を失った事に現実味がない者もの多く出るだろう。ユグドラシルは、そんな彼らに、死生観を教導してくれるのか?
(「まあ、地球がボク達を導いたかって言えば……ねぇ」)
 それでも、ユグドラシルだってゲートを通して、根を送ってきたのだから。
「ゲートが使えなくなった後も、交流出来る手はないかな?」
 例えば、地球に残る世界樹の根を利用するとか――シルディは帰還の時間まで『これから』を模索し続ける。

「……やっぱり、駄目ですか」
 目の前の壁――世界樹ユグドラシルの幹を見上げて、イリス・フルーリアは溜息1つ。
「十二創神なら、世界樹の何処かに意思を持っていてもおかしくないんですよね」
「まあ、攻性植物達の事も、ボク達はよく分かっていないからね」
 肩を竦める七宝・瑪璃瑠も、イリスに倣って幹に触れているが、2人で接触テレパスを試みても、なしのつぶて。持ち込んだ攻性植物が……うねうねしているだけだ。
「出来れば、攻性植物の侵略意欲が強い理由とか、聞きたかったです……争う必要のなくなったこの宇宙で、星間戦争はもう不要ですからね!」
 半ば当ては外れてしまったが、それでも、語り掛ける事は出来た。
 ケルベロスに攻撃の意思は無い事、これまでの経緯、グラビティ・チェインの枯渇の心配はなくなった事、そして――デウスエクスの不死性が失われた事。
(「ユグドラシル、君は何を望んでたんだい? カンギは全てを束ね、滅びを免れようとした。君も永遠に生い茂る事を望んだのかい? 意思ではなく本能として」)
 世界から、不死は失われる。ユグドラシルも、いつか枯れるだろうか。けれど、瑪璃瑠達は定命の植物を知っている。
「花は枯れても、種を遺すんだよ。次に託し、花を咲かせるのもまた、1つの永遠なんじゃないかな」
 願わくば、地球と共に生きるユグドラシルが在るように。アスガルドとも共に生きられるように。
「あなたと、対話したかったです」
 いつか、イリスの願いは叶うだろうか?

 植物図鑑片手に、ユグドラシルを探索するユリス・ミルククォーツ。
 世界樹に生える植物は、どれをとっても、地球にはないものばかりだ。攻性植物に会えればとも考えていたが、小さなコギトエルゴスムがあちこちに散らばっているだけで、静かなものだ。
(「前に、地球の人達は植物を虐めていると言う攻性植物に出会いましたっけ」)
 もし、似たような主義主張の攻性植物がいれば、弁明したかったユリスだが、やむを得ずユグドラシルに語り掛けた。
 ――地球の植物達は、自分の意思で戦わない事を選んでいるのです。
 誰の敵にもならない事が、彼らを無敵にします。
 喩え餌食にされても、逆手に取って自分の仲間を繁栄させます。
 進化も必要ありません。自分を食べる人間が勝手に強く進化させてくれますから。
 人が植物を従えているように見えて、人は植物に飼われているという見方もできるでしょう。
「……だからどうしたというワケではないですが」
 淡く微笑むユリスは、碧眼を細める。
「そういう生き方、共存と呼ぶのですよ」

●決闘の神ウル
「はじめまして。幸・鳳琴と申します」
「シル・ウィンディアです」
「ふむ……儂が石と化してどれ程の時が経ったかは知らぬが、エインヘリアルも小さくなってしまったものだな。それとも、ユグドラシルの仔らか? ……む、違うだと?」
 バイキングの戦士のように髭を蓄えた偉丈夫だった。その手には背丈と変わらぬ剛弓が握られている。
「あの……お名前を伺っても?」
「ああ、儂はウル。狩猟と決闘の神、等と呼ばれておったが、エインヘリアルに真正面から叩きのめされてこの様よ」
 いっそあっけらかんと、アスガルド神の一柱はカラカラと笑う。竹を割ったような性格のようだ。
「……して、汝らも酔狂で儂を復活させた訳ではなかろう」
 2人は交互に話す。グラビティチェインの枯渇問題解消と、宇宙の滅亡の危機が去った事。今までと違って、コギトエルゴスム化せず死んでしまうようになる事。
「戦う事より、手を取り合う事が、これからの宇宙に望まれるのではないでしょうか」
「無用な殺生や武力での解決は控えてね。1回だけの生だからこそ、輝くように生きてほしいな」
「ふむ……それは残念だ」
 怒り出す事は無かったが、ウルが眉根を寄せているのは、己が役割の所為か。
「いえ、殺し合うのではなく、純粋に武を競う方ならば、私は喜んで幸家八極拳でお相手しましょう」
「手合わせならいつでも歓迎だよ。琴みたいに拳士って訳じゃないけど、しっかりお相手するよ」
「ワハハハッ!」
 2人の勇ましい言葉に、ウルは破顔一笑。
「わしが得意なのは、弓とスキーでな。嬢ちゃん達、どちらで付き合ってくれる?」
 結果、突発的に世界樹迷宮トライアスロン開幕。2人きりで緑を散策する時間が随分と減ってしまったのは痛恨であった。
「争いがなければ素敵な場所だったんだけどね」
「確かに、不思議と落ち着きましたし……2人で暮らすなら、森の中の別荘もありかも?」

●イーヴァルディの子イズン
(「……男の子?」)
 コギトエルゴスムから変じたのは、10歳くらいの少年。愛嬌のある面立ちだ。
「魔導神殿の建造に関わった神様をお願いしたのに」
「外の世界への興味が強いって聞いたんだけどな」
 戸惑いを隠せない立花・恵とマヒナ・マオリ。甲斐・ツカサの呟きに、少年は笑み零れる。
「だから、おいらを復活させてくれのか。ありがとなっ! イーヴァルディの子イズン。親父は物凄い職人だけど、おいらも負けてねぇぜ!」
「御機嫌よう。私はケルベロスのアンジェリカ・ディマンシュ。本日は、コギト化に纏わるこれからの宇宙の話をしに来ましたわ」
 アンジェリカは、早速本題に入る。まずは、不死性の消滅について。
「代わりに、地球からピラーを介してグラビティ・チェインを供給します。わたくしは宇宙に生きる全てのデウスエクス達と手を取り、生の在り方を紡いでいきたい。その為に、ケルベロスに協力しては貰えないでしょうか? 魔導神殿を素にした戦艦の強化について話し合いたいのですわ」
「……は?」
「ちょっと待って!」
 アンジェリカの性急な要求に、イズンは唖然とした表情。慌ててマヒナが割って入る。
「エインヘリアルが奪った魔導神殿群は、私達ケルベロスが確保して、今はケルベロスと地球の皆の願いで万能戦艦ケルベロスブレイドに生まれ変わってるの」
「俺達みんな、ケルベロスブレイドに助けられたんだ。ありがとう!」
 聖王女エロヒムが冥府の海を抑え続ける磨羯宮を始め、各神殿の機能をマヒナが絵にして説明すれば、衒いなく感謝を述べる恵。
「元の神殿からだいぶ変えちゃって申し訳ないけど……」
「アンタ達ケルベロスが、デスバレスぶっ倒したんだろ? ヴァルハラがその役に立ったんなら何よりだぜ!」
 一転、少年神は満面の笑み。『魔導神殿群ヴァルハラ』自体、デスバレスを滅ぼす武器として建造されたという。デスバレスの危険性は、アスガルド神族も知る所だったのだ。
「もし可能なら、長距離ワープ機能とか、改造のヒントがあれば嬉しいんだけどな」
「そう言えば、魔導神殿は黄道十二宮の名前なんだよね。サウザンドピラーもそうだけど、星辰の力と関係あるのかな?」
 だが、恵とマヒナの質問に、イズンは困った様子。クルクルとよく表情の変わる少年神だ。
「おいらが手掛けたのは処女宮『スキーズブラズニル』。ケルベロスブレイドだと……両翼部? 動力関係は、親父が中心だったからなぁ」
 ちなみに、イズンの父親は相当に偏屈な職人肌で、今回の復活には不適と判断された模様。
「星辰魔術もからきしだし……ごめんな、役に立てなくて」
 寧ろ、イズンは地球の話も聞きたがった。ツカサの希望通り、好奇心旺盛であるようだ。
「ユグドラシルとアスガルドには色んな神や種族がいるんだし、このままだとこの世界は狭くなっちゃうんじゃない?」
 そうして、ツカサは満を持して提案する。
「もっと広い世界に旅立って、競わず争わず、それぞれが神として新しい世界を創るのはどうだろう? これからは冒険と開拓の時代さ!」
 勿論、独りでもすぐにでもなし得る事ではないが、縁を紡ぎ、歳月を重ねれば、いずれきっと!
「俺達も冒険を続けるから、いつか、この広い宇宙のどこかで、新しい世界を見せて欲しいな!」
 ――いつかどこかで、ケルベロスブレイドとアスガルド神族の艦が出会う日を夢見て。

●知恵の神ヴォル
(「まさかデウスエクスの本星に行けるとは。良くも悪くも、これが最初で最後なのでしょう」)
 映像や画像記録は撮れるだけ。そんな霧山・和希が発見したのは――知恵の神ヴォルのコギトエルゴスム。
「ふぅん……ピラーの再生と不死の消滅、ね」
 腕組みして考え込む女神は、理知的な碧眼で和希を見据える。
「地球とデウスエクスの戦いは、既に決着がついています。歪みを糾すには、コギトエルゴスム化をなくさなければなりません」
「オーディン殿が予知したであろう宇宙全ての滅びを解決する為に、必要な事であったのじゃ」
 端境・括の言葉に、「そうなんでしょうね」と沈着な応え。
「じゃあ、あたしが諸々の注意事項を伝達すればいいのね?」
「うむ。後は……おぬしらの封じられる前は分からぬけれど、我らが知る今のユグドラシル率いる攻性植物達は、捕食の本能のままに神をも滅ぼしかねぬ凶暴性を得ておるのじゃ。ゆえに頼みたい。攻性植物が目覚める前に、叶う限りの同胞を逃がしてはもらえぬじゃろか」
 相争わねばならぬ時は去ったのであれば、今を、大切に生きてほしいと、括は思う。
「わしとしては、移動運搬能力に長けた……セントールの守護者ならお誂え向きと考えとったのじゃが」
「グナーが起きたら伝えておくわよ。セントールとは無関係だけど、速い『脚』を持ってるから」
 伝令神という適所を挙げながら、首を巡らせるヴォル。
「まあ、幾らエインヘリアルに負けたからって、大人しく攻性植物の餌食になる方が少ないけどね」
「あんた達にとって、朗報なのか悲報なのかは知らないけど、こっちはエインヘリアルとの決着もついているからな」
 もし、オーディンが死者の泉を奪わなければ、或いは、アスガルド神族のエインヘリアルの扱いがもう少し違っていれば――そもそも、ケルベロスとエインヘリアルとの戦いが起きなかった可能性すらある。
(「単にコギトエルゴスム化が出来なくなった、という情報だけじゃなくて、どうしてそうなったのか、当時何を考えてどうして今の結果に繋がったのか、まで考えないと意味がないからな」)
 日柳・蒼眞は歴史編纂を担う語り部のようなアスガルド神族の復活を希望していたが――知恵の神では、ニュアンスが些か違うかもしれない。
「あたしはスノトラと違って、昔話は好きじゃないの。悪いね」
 実際、ヴォル自身にもあっさり突き放されている。
「じゃあ、スキャンダルとか、醜聞とか、こぼれ話とか、笑える異星の小噺など聞かせて貰えませんか?」
 赤の双眸を前髪で隠し、ウィルマ・ゴールドクレストは不敵に言う。
「それ、と、不死でなくなった、感想、なども出来れば」
「いーけど。よく知らない奴の話聞いてもピンとこないんじゃない?」
 その名はヴォル――「(煽り耐性が高い程度に)賢く詮索好きな」女神。
「じゃあ、面白い場所、とか、案内してもらえます? 時間が無いので、なるはやで」
 記念にと嘯きながら、パシャパシャと女神の写真を撮るウィルマ――まあ、当人もそこまで嫌がっていないので、問題は無いだろう。

●探索の1日
「……もうこんな時間!」
 鹿目・万里子は、ケルベロスにして文化人類学者。ジェットパック・デバイスフル活用で飛び回っていた。
「名残惜しいですね」
 アスガルド神族の住居と思しき場所に向かい、建物はゴーストヒールで修復する。
(「ほとんど崩れかけてますけど。コギトエルゴスムから復活したアスガルド神が暮らしていけるように、環境に整えてあげませんと」)
 ゲートが鎖されてしまえば、2度とユグドラシルの風景を見られなくなるだろう。
(「学者たる私のするべき事は……この景色や生活の名残をレポートにする事。全ては、未来の為に」)
 スケッチにメモに撮影に――やる事が多過ぎて目が回る、だが充実の1日だった。

 高い所から、見下ろしてみよウ――相棒と共に、上を目指した。
 君乃・眸はアームドアーム・デバイスで道なき道を整えて。尾方・広喜はジェットパック・デバイスを起動する。
「きっと、綺麗な景色が見つかルと思う」
「しっかり掴まっててくれな」
 敢えてビーム牽引は使わず、眸を横抱きで大事に抱える広喜。速度も高度も半減するが、2人の時間は何よりも尊い。
 枝葉を彩る花々が美しい。大枝の先の蒼穹に目を瞠る。
「すげえ、これがユグドラシルか」
 眼を輝かせる広喜の笑顔を見上げて、その首に回した眸の腕に力が籠る。
「何だが、広喜の腕から降りたくなイな」
「俺も眸を降ろしたくねえから、帰り道もこのまま帰るか」
「うん、連れて帰ってくれルか」
 自然と唇が綻んだ――記憶に残そう。2人の機体と真逆にあるようなこの世界を。
 星空を見上げる度、思い出す。きっとずっと、忘れない。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月30日
難度:普通
参加:28人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 5
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