●不死の死を報せに
七夕ピラー改修作戦が無事に成功し、季節の魔力は問題なく集まった。
「ゲートの修復とピラー化も滞りなく進められそうだわ」
ひとまずお疲れ様ね、と。ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)はケルベロスたちを労いながら、さらに続ける。
「ピラーからグラビティ・チェインの拡散が始まれば、その枯渇によってコギトエルゴスム化していたデウスエクスも次第に蘇り、再び活動できるようになるでしょう」
そうして復活した者たちは、新型ピラーの効果で二度とコギトエルゴスム化できなくなる。故に、デスバレスのような歪みも生まれず、宇宙には完全なる平和が訪れるはずだ。
「皆の頑張りで、皆のおかげで、此処まで辿り着けたのよ。本当に、よく戦い抜いたわね」
しみじみと心に感じるものを言葉に変えて、ミィルは何度も頷いた。
それから……暫し間を置いて、けれども、と言葉を継ぐ。
「そこまで気にする必要があるのか、と思う人はいるでしょうけど。でも――」
少しだけ考えてみてほしい。
永く『不死』であった者たちが、忽然とそれを失った後のことを。
「コギトエルゴスム化しない、という事実を知らなければ、復活を果たしたデウスエクスたちはこれまでと同じように行動して……結果、命を落としてしまうかもしれないわ」
些細な喧嘩などから相手をコギトエルゴスム化させるつもりで攻撃。
そのままうっかり殺してしまう、などという間違いが起こりうるのだ。
地球を侵略し、決して少なくない被害を与えた種族であれば、それも自業自得の末路。
そう切り捨てるのは容易いが、しかし争う必要がなくなった後に単なる情報不足で死に至るというのは、如何にデウスエクスといえど哀れではなかろうか。
「――と、そういう訳で。修復されたゲートでデウスエクス本星に赴き、コギトエルゴスム化の喪失や事の経緯、注意点など諸々の情報を伝えてくれる有志を募ることになったの」
行き先はドラゴンの本星、惑星ドラゴニア。
これは、彼の地を己が眼で目撃する、唯一の機会であるかもしれない。
「せっかくだから行ってみたい、というくらいの気軽な参加でも構わないわ。向こうの状況について判っている事もあるから、興味がある人は、このまま話を聞いてちょうだいね」
●惑星ドラゴニアの現状
ドラゴニアには、ドラゴン及びドラゴンのコギトエルゴスムは残っていない。
彼らは竜業合体という手段に懸け、種族の未来をも喰らい尽くして散った。
即ち、現地に存在するのは『オーク』『竜牙兵』『ドラグナー』の3種族。
それらもグラビティ・チェインの枯渇により、全てコギトエルゴスム化している。強力な個体はドラゴンの糧となった為、オークなどはか弱い子供たちばかりらしいが……。
驚くなかれ。なんと『オークを産み出す母』の存在が確認されたのだ。この母体は下半身が『樫の木』になっており、ドラゴニアからは移動しなかった(出来なかった)という。
オークが男性しかいない種族と推測されていたのは、これが理由であったようだ。
「完成した新型ピラーからグラビティ・チェインを得て、ドラゴニアで過ごす……というのであれば、オークたちは平和に暮らしていける種族になるのでしょうね」
一方、ドラグナーと竜牙兵たちはすっかり意気消沈していた様子。
かたやドラゴン召喚が使命であった狂信者。かたや竜牙から生まれた忠実な配下。
命令下す主が尽く本星から消えては、気落ちするのも無理はない。彼らに対してどのような姿勢で何を伝えるべきか。ドラゴンを倒した(或いはボクスドラゴンを従えている)ケルベロスが強く要望すれば、その言葉に従わせる事さえ出来るかもしれないが……。
「事情を伝えるにも、何をするにも。まずは話すべき相手を探すところから、ね」
修復されたゲートの周囲には極少量のグラビティ・チェインが発生しているため、コギトエルゴスムを運んでくれば、デウスエクスを復活させる事が出来る。
「捜索に関しては心配ご無用。アダム・カドモンが遺したデータや聖王女エロヒムからの情報を加味し、ケルベロスブレイドによって強化された予知で、皆の希望に最も近いデウスエクスのコギトエルゴスムがある場所を情報として提供できるわ」
どのような雰囲気の相手と言葉を交わすべきか。どのような役割を担っている者に情報を伝えるべきなのか。復活させるデウスエクスは、話し合いに臨む皆で考えてみよう。
また先述の通り、ドラゴニアを訪問する機会はこれっきりになるかもしれない。
「命を賭して戦った相手が暮らしていた星は、どんな世界なのか。何があるのか。たとえ気になる事がなくても、探索してみたいのなら遠慮せず、足を運んでみましょう」
ただし、現地に滞在できるのは『修復されたゲートが新型ピラー化するまで』の間だ。
「長くは掛からないだろうから、話し合いも探索も無理のない範囲でやりましょうね」
引率する教師のような語り口で述べて、ミィルは微笑む。
主《ドラゴン》なき星のゆくえは。
其処に残る者たちの未来は、如何なるものに。
●往訪
「はるばるきましたドラゴ、ニ……あ……!?」
エマ・ブランが言葉を失って立ち尽くす。
眼前に広がるのは、只々、灼けた大地ばかり。
「丘に囲まれてるみたいだけど……雄大な大河とか見渡す限りの大平原は!?」
「何れも無さそうだな。少なくとも、この辺りには」
想像を大きく裏切る景色に周章狼狽するエマの傍ら、ティアン・バは足元を見やる。
渇き切った土には枯葉や木の根の僅かな欠片すらも見当たらない。
(「荒廃した星と聞いてはいたが……」)
不毛。荒涼。そんな言葉でも生温い。
これでは、まるで――。
「星そのものが死にかけているみたいでス」
エトヴァ・ヒンメルブラウエの呟きが、砂漠へ落ちた一滴のように消えていく。
「……ともかくー、コギトエルゴスムを探しましょうかー」
「そうです、ねえ。あまり、余裕も無いので、なるはやで」
笛火・ルキの間延びした声に、ウィルマ・ゴールドクレストがおずおずと賛同を示す。
それをきっかけとして、ケルベロスたちは動き出した。
まずは四方を取り巻く丘を越える為、翼翻し、ジェットパック・デバイスを操り。
或いは、なだらかに見えて実のところ険しい斜面を、二本の足で踏みしめて。
進み、進み――そして振り返り、ケルベロスたちはまた息を呑む。
ゲートの周囲は窪地でなく、巨大なクレーターと呼ぶ方が正しいように見えた。
まるで大隕石でも墜ちたかのようだ。
「一体、何があったんだ……」
「さあー、それは分かりませんけどー」
呆然と呟く牙国・龍次を追い越して、ルキはビハインドに語る。
「これがドラゴニアですよー、頃萠ちゃん」
「これがドラゴニア……か」
龍次は微かに聞こえた言葉を噛み締める。
己の名にもある『龍』の文字。其処から芽生えたささやかな感情と好奇心で訪れた世界は、地球と比べてあまりにも寂しい。
そう感じるのは、この往訪がただ一度きりという事もあるのか。
「……ケルベロスブレイドを使って交流したりできないのかな?」
荒れ果てた様を眺めて終わるのでなく、より良い未来を共に築く為に。
「話の通じる奴が居ればいいんだが」
一人頷き、龍次はドラゴニアをさらに知るべく歩き出す。
ジェットパック・デバイスで空をゆくフィスト・フィズム。
その横顔をちらりと見やってから、牽引機能で共に飛ぶ鹿目・万里子は双眼鏡を取った。
果てしなく広がる荒れ地には碌なものが残っていない。それでも険峻や峡谷、火山など、頑強なドラゴンたちを育んだであろう厳しい自然そのものには、記録として残す価値があるはずだ。
「これが最初で最後の機会でしょうから……」
「ああ」
聳え立つ山の頂にて風景を描く万里子を待つ間、フィストも己が目に世界を焼き付ける。
(「パパ、ハーン、見て……ここがドラゴンの星よ」)
父が唯一遺した剣。そして父の戦友の形見となったドッグタグ。
双方を手に取って語りかける。その胸中に去来するものは、彼女だけが知るところ。
「これは……神殿、か?」
荒野に忽然と現れた数本の円柱。
その本来の姿を推測しつつ、淡島・死狼は僅かな痕跡を写真に収める。
地図と呼べるものを作るには時間が足りない。荒廃した世界ではランドマークを見つける事さえままならず、自らの歩みを記録するのが精一杯だ。
「……この星との戦いは終わった、終わるんだよな」
一人旅の最中、ぽつりと呟く。
何を言える立場でもないが、今日に至る全てが平和に繋がればと願う心に偽りはない。
だが、果たしてドラゴニアに残された3種族の心はどうであろうか。
因幡・白兎が思い起こすのは、地球で竜の復活に心血注いだ一人のドラグナー。
三年近く不眠不休での努力が実を結んだのも束の間、彼女は地球で散った。
今やその存在を語るのは、歴史書の一頁と……白兎の頭に乗る厚いレンズの眼鏡くらい。
「ああいうのを目の当たりにしてると、説得とか大変そうだなって思っちゃうんだよなあ」
仮に彼女のような者を蘇らせたとして、説き伏せる自信など無い。
白兎は仲間の健闘を祈りつつ、彼女への手向けとしてドラゴニアを巡る。
影渡・リナもまた、感慨深い思いで歩いていた。
竜という存在がなければ、彼女が歴史の表舞台に立つことはなかっただろう。
その自覚があればこそ、数多の死闘を繰り広げてきた相手の母星を。
ドラゴンという存在や彼らの想いを理解すべく、こうして探索に訪れたのだが……。
「ちょっとやそっとじゃ直せそうにないな」
遺跡とさえ呼べない残骸。大地に深く刻み込まれた爪痕。
今日許された時間と人手では修復出来そうもない。
ならばせめてもと、ドラゴンを育んだ空気に触れ、その景色を己に刻み込む。
「もう戦いは終わったのだし、気持ちにも決着をつけないとだね」
「んむんむ、この洞窟はドラゴンの棲家だったんでしょうねーぇ♪」
まるでテーマパークでも巡るように声弾ませるエイン・メア。
「とんでもなく広いですしーぃ、どろどろ溶岩があちこち溢れてますしーぃ。これを飲み干したドラゴンが火竜になったりするんでしょうかねーぇ?」
「恐らくは」
「そうであろうな」
成り行きで同道していたエマの言葉に重ねて、ゼー・フラクトゥールは唸る。
「一様に狂いつつもどこか物悲しく、そして怒りに満ちていたドラゴンたち。その源流とは何か、少しでも解明する手掛かりがあればと思うたが……」
あらゆるものに適合する進化。荒廃と峻厳の二言のみで覆われた星。
「やはり彼らの原点は、滅びに抗うことであったのかのぅ」
「聞いて確かめられたなら早いんですけどねぇ」
エマは少しばかり肩を落とした。
「これじゃあ考古学の世界ですよ。ああ、講義取っておけばよかった……」
「なに、まだ見つけていない何かがあるかもしれん」
「そうですよーぉ! 時間が許す限り色々と調べましょーぉ!」
おー! ……と気合十分のエインを追って、ゼーとエマも洞窟を後にする。
他方、カッツェ・スフィルは一人気ままに流離う。
生き残りに言葉を掛けに来たのでもなければ、何かを探し求めて来たのでもない。
(「……いや、違うか」)
本当は探していたのかもしれない。
地球からは尽く姿を消したドラゴン。その壮烈なる咆哮を。勇猛なる羽ばたきを。
けれど、やはり此処には何も無く。それを実感して何か変わる訳でもない。
ともすれば、もう何年も前に全てが終わっていたのかもしれない。
(「……つまんないの」)
荒みきった世界に吐き捨て、カッツェは迷い猫のように流離う。
当て所なく歩いていると誰しも物思いに耽るもの。
カルナ・ロッシュも、その一人。
古くは城ヶ島の六花から竜業合体の産物に至るまで。
数多のドラゴンが心に蘇り、そしてまた記憶の彼方に消えていく。
(「……この枯れ果てた星が、地球を侵して良い理由にはならないけれど」)
彼らは生きていた。渇求に喘ぎながら戦っていた。
その現実は確と胸に刻み、忘れずに生きていこう。
そして、遺された者たちには祈りを贈ろう。
竜なき星は彼らによって生まれ変わるに違いない。
それが喜ぶべき事かどうかは分からないけれども。
後々の世で今日の苦難を笑える程、この星が満ち足りた世界になる事を願おう。
●対話
コギトエルゴスムを回収した者たちが、徐々にゲートへと戻ってくる。
蘇生と対話が始まるのだ。緊張からか引き締まった表情の者が多い中、立花・佑繕は集団から数歩下がったところで腕を組み、様子を見守る。
ドラゴンへの恐怖からケルベロスへと目覚めた己は、今日を以て鞘へと収めると決めた。
(「……彼らが此処に息衝く事を望むなら、その生存を阻害したくはない」)
故に、ただ事の行く末を見届けると。
静観の構えでいれば、五つの宝玉が在るべき姿を取り戻していく。
その中で最初に目覚めたのは、まだ幼いオーク。
「……ぴ、ぴぎぃ……」
「おーおー、ビビんなって。大丈夫、大丈夫だぜ。ほら」
レテイシャ・マグナカルタが膝を折り、目線の高さを合わせてから声掛ける。
自らが育った孤児院の子供たちと接するように、優しく、優しく。
それをじっと見つめて、難しい顔で考え込むのはエリオット・アガートラム。
脳裏に過るのは、オークが地球で犯した鬼畜の所業。
虐げられた女性や、か弱き人々を想えば、決して許せるものではない。
湧き上がる怒りを断罪の剣と変えて振るうべし、と。
ケルベロスの使命を思う傍らで、しかし悩む。
(「……今、目の前にいる無垢で無力な子供は……」)
本当に斬り捨てるべきものなのか。それが騎士として為すべき事なのか。
逡巡する最中、子オークは新たに蘇った『母』へと縋り付いた。
「……あなた達は……」
「お初にお目にかかりますわ、お義母様」
愛息を抱えた女性オークへと、恭しく一礼して名乗るのはウェアライダーの娘。
「私はフォルティ・レオナール。この身をオークに捧げるつもりで参りましたわ」
一時、場が凍りつく。
その最中にも、イリス・フルーリアは『母』へと注意深く視線を送る。
(「本当に、下半身は樫の木そのものなんですね」)
男性オークが誇る触手もなく、確かに自力では動けそうにない。
そればかりか、満足に戦う事さえままならないはずだが。
「今日は戦う為じゃなくて、お話をする為に来たんだよ」
シルディ・ガードが一歩進み出て語る。
「ドラゴニアゲートが破壊されてからのこと。今日、此処に至るまでの全てを」
「――そんなことよりも!」
忽然と響いたのは、杖を手にした女性ドラグナーの声。
「我らが主は……ドラゴンは! どうしたのです!」
「地球へと辿り着いた者は、尽く露と消えました」
何れも強敵であったと、霧島・絶奈が付け加えた言葉は耳に入らなかったのだろうか。
崩れ落ちたドラグナーは縋るように土を握り締め、肩震わせながら何度も呟く。
「そんな……あり得ない……」
「しかし、認めざるを得まい」
続く声はケルベロスのものでなく、一段と空気を引き締めるような貫禄に満ちていた。
「彼らが此処に居る意味、お前とて理解らぬ訳ではなかろう」
「……ドラゴンスレイヤー様……」
蹲ったままのドラグナーがそう呼びかけるのを聞いて、確信を得る。
「生き残ってたんだね。ドラゴンに食べられちゃってるかも……と思ったんだけど」
七宝・瑪璃瑠に一瞥だけで応じたそれは、傍らに大斧担いだ竜牙兵を置いたまま、鋭い眼光で来訪者たちを見回す。
(「やっぱり恨まれてる……よね、私たち」)
(「仕方ないでしょう。彼らの主を倒して来たのは事実ですから」)
夢見星・璃音と青沢・屏が密やかに言葉を交わす。
一方、大斧の戦士も小さく問いかける。
「どうするんでぇ大将、この状況……」
「それを決めるのは私ではない」
誰にも聞こえる声音で応じて。
ドラゴンスレイヤーは剣を地に突き立てると、跪いて頭を垂れた。
「斯様な地まで参られたとは、即ち我らが盟主は悉く斃されたという事。ならばケルベロスよ。竜業合体のドラゴンすらも打ち破りし兵よ。竜に仕えし我ら三種族の命運、貴殿らに委ねましょう」
何を語るまでもなく、彼が恭順の姿勢を見せた事には少なからず困惑が起こった。
「本気で言っているのか?」
リューデ・ロストワードが問えば、精鋭の竜牙兵は頷いて応じる。
「然り。強きが弱きを統べる、それが摂理であれば」
「その……私達のこと、憎いとは思わないの?」
続く璃音の言葉には暫しの間を置いて。
「我らは竜の牙。源たる顎を砕かれ、一片の怨恨もないと申せば偽りに聞こえましょうが」
ドラゴンスレイヤーは一度顔を上げると、問いかけた相手を見据えながら続けた。
「もはや何事も意味を成さぬのです。まして怨みなどと申せば、勝者たる地球の民草にこそ、それを晴らす権利がございましょう」
「……此処で処断されても構わないと?」
突き放すようなティアンの言葉にも、淡々と答えが返る。
「故に命運委ねると申し上げた次第。貴殿らの御下知であれば、如何様にも」
そうして再び項垂れた相手を見下ろし、リューデは思う。
英明だとか従順だとかではないのだ。標亡くした彼らは己の存在意義すら失っている。
(「……哀れだな」)
一時、己を竦み上がらせた竜牙兵とは思えない。
「ならば、まずはわしらの話を聞いてほしいのじゃ」
「まずは……ゲートが新しいピラーになる事からかな?」
「この宇宙の現在について、順を追って説明しましょう」
端境・括の宥めるような台詞に続いて、シル・ウィンディアと幸・鳳琴が口々に言った。
それから、ケルベロスたちは今日此処に至るまでを事細かに話す。
魔竜王の予知。ケルベロスが生まれた理由とその正体。
宇宙の歪みと不死の消失。修復されたピラー。ドラゴンたちの散り様。
争いは終わり、宇宙に真なる平穏が築かれようとしている事。
其処にはダモクレスや聖王女の協力も加わっている事。
さらに、望む。無闇に生命を散らさず、生と自由を謳歌してほしいと。
共に新たな時代を歩んでほしいと。この星を守り継いでほしいと。
散り際でなく、ドラゴンたちの生き様とその強さを語り継いでほしいと。
「貴殿らがそう望むのであれば、叶う限り善処致しましょう」
全てを聞き終えたドラゴンスレイヤーは、淡白な答えを返した。
虚言ではない。ないが、しかし虚しさを感じるのは、其処に覇気や生への渇望、自発的な意志といったものが欠けているように思えるからだろうか。
「あ、あの、ちょっと聞かせていただきたいんです、けど」
言葉が途絶え、生まれた静寂に耐えかねたのか、ウィルマがおずおずと手を挙げる。
「ドラゴニアの地理や歴史など、教えてはいただけないでしょう、か」
「……私も全てを知るわけではありませんが」
訥々と語り始めたドラゴンスレイヤー曰く。かつて宇宙の何処からか降臨したドラゴンが、この星をドラゴニアと名付け、周辺の星々を征服して繁栄の礎を築いたらしい。
「その、ドラゴンとは、つまり……」
「如何にも。魔竜王様は宇宙を渡る術を持っておられたのです。そしてこのゲート一帯を直轄地として、ドラゴニアを支配しておられた」
「え、この、巨大な窪地を、ですか?」
「……元はこのような形ではなかったのですが。竜業合体の折、何方が糧となるのか、何方が喰らうのかで争いが起きました故。このように」
その前にはドラゴニアゲート防衛の大戦(地球側でいうところのドラゴン・ウォー)においても、地球へと赴く者(大いなる破局)を決める戦いがあったのだ……と。
そこまで聞けば、ドラゴニアの荒廃具合にも納得がいく。地球の一切を尽く滅する力を持つ竜たちが暴れ狂ったのなら、その後には何も残らなくて当然だろう。
「ところでさ、ドラゴンが滅んだというのはまだ早計だよ」
話も一段落した頃、平・和が言った。
何を根拠に、と疑念が言葉になるより早く、ケルベロスたちは思い出す。
ドラゴニアに竜はおらず、地球からも一層された。
だが、それだけだ。最後の一匹だと確かめてから殺した者などいない。加えて地球に辿り着いた竜業合体ドラゴンの多くが枯渇状態に陥っていた事も考えれば。
「道半ばで脱落した者がコギトエルゴスムとして漂っているやもしれぬ、と」
「それでしたら! ……あ、いえ……」
唸るドラゴンスレイヤーに飛びつきかけたドラグナーが、また崩れ落ちる。
「私達には地球まで往くような術なんてありませんし……」
ドラゴニアのピラーからでは補給も届かない。
仮にドラゴンの生き残りが居たとしても、その自然な復活はまずあり得ない。
ダモクレスの技術なども得たケルベロスが、それを拾い集めでもするならともかく。
「……じゃあ、それを目標にでもしたらいいんじゃないかな?」
ピジョン・ブラッドが持ち込んだ飲食物を差し出しつつ、尚も語る。
「なんとなく生きていても退屈だろうし。目標があれば力を合わせる事も出来るよね」
「僕らが帰った後は、どのみち自分たちでやってもらうしかないしね」
風陽射・錆次郎が同調した後、指折り数えながら呟く。グラビティ・チェインの確保は出来ても、不死の喪失による混乱の収拾や教育など。課題は多いが、それでも。
「この星にドラゴン様が戻られるかもしれないのですね……!」
ドラグナーが瞳に光を取り戻す。
それが危うく、地球に害為すものであれば今すぐにでも止めるべきだろうが。
「今の我らには夢物語でありますれば」
是非も含めて、これから三種族で議論を尽くさねばなるまい――と、幾分か力に満ちた声で語ったドラゴンスレイヤーは、オークを見る。
母に抱かれた子は、果たして竜など必要としているのか。
「ともかく宇宙が平和になってくれるなら、ボクは嬉しいデース!」
退屈そうな子オークを見かねたのか、シィカ・セィカはご機嫌な音楽を演奏し始めた。
その終演を以て、ケルベロスたちは帰路につく。
「あ、これ、どうぞ」
去り際、ウィルマが残したのは未来について語るケルベロスと三種族を収めた写真。
「これからの君たちは、みんなで助け合って生きていくんだ」
「男も女も対等だって気持ちを持ち続けてくれると嬉しいぜ」
エリオットとレテイシャが子オークへと呼び掛けて握手を交わす。
「新しき世で、各々の在り方を探し、見つめてくだサイ」
「そしていつか、この広い宇宙のどこかで、また会おう!」
エトヴァに続いて呼び掛け、手を振る甲斐・ツカサの冒険記に『いつかまた』が記される日は、果たしてやってくるのだろうか。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年7月30日
難度:普通
参加:34人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 2
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