モーントリヒト

作者:紫村雪乃


 雨上がりの濡れた街路を男が歩いていた。
 少年である。女と見まがう美貌の持ち主であった。名を叢雲・蓮(無常迅速・e00144)という。
 場所は東京近郊の街。深夜であるため、人の姿はなかった。いやーー。
 前方。影が佇んでいた。
 人間ではない。それには目がなかった。鼻も耳も。あるのはシニカルにゆがめられた口だけであった。
「モーントリヒト!」
 蓮は叫んだ。それのことを彼は知っていたのである。
 モーントリヒト。死神であった。死の匂いを嗅ぎつけて忽然と姿を現すと聞いていた。
「そうだよ」
 蓮の考えを読み取ったかのようにモーントリヒトはいった。
「死の匂いがしたのさ。濃厚な、ね」
「死の匂い!?」
 蓮は辺りを見回した。が、周辺には何者の姿もない。
「何を探しているのかな。死の匂いの元を探したって見つかりはしないよ。だって、死の匂いは君からしているのだから」
 モーントリヒトの口の端が死神の鎌のようにつり上がった。

「叢雲・蓮さんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がいった。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ませんでした。一刻の猶予もありません。彼が無事なうちに救援に向かってください」
「宿敵はどんな相手なの?」
 凄艶な女が問うた。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)である。
「名前はモーントリヒト。死神です。簒奪者の鎌のグラビティを使用します。威力は絶大。用心棒しなければなりません」
「強敵ね。けれど誰かが助けにいかなくては」
 香蓮はケルベロスたちを見回した。
「蓮さんを救い、死神を撃破してちょうだい」


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
清水・湖満(氷雨・e25983)
御手塚・秋子(夏白菊・e33779)
ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)
 

■リプレイ


「…ボクが標的?」
 叢雲・蓮(無常迅速・e00144)は可愛らしい仕草で小首を傾げた。
「それならお前の嗅覚が狂ったんじゃないのかだぜ。何故なら、ボクは死なないからね!」
 蓮は言い放った。
 はったりなどではない。自信に裏打ちされた宣言であった。
「くはは」
 モーントリヒトは可笑しそうに嗤った。
「少年。寝言は寝てからいうものですよ」
 その言葉の終わらぬうち、モーントリヒトが動いた。反射的に蓮が跳び退る。
 蓮の身上は超高速機動であった。その能力により、彼は一対多の戦闘を制することができるのである。
 が、その蓮よりモーントリヒトはさらに速かった。蓮の首めがけて禍々しい大鎌を薙ぎおろす。
 蓮の首から鮮血がしぶいた。ざっくりと切り裂かれている。が、首が寸断されなかったのは蓮なればこそであった。
「防御に徹したのに避けきれなかったのだ」
 蓮は呻いた。すでに体力の半分ほどがもっていかれている。
 はじかれたように蓮は反撃した。玉環国盛の柄にかろく手をそえたまま、接近。間合いに捉えた瞬間、蓮は抜刀した。
 居合い術という。原理はレールガンに似ているかもしれない。鞘は砲身であり、超速度で刃を撃ち出すのであった。
 呪詛をのせた刃が凄まじい速さで疾った。避けもかわしもならぬモーントリヒトを切り裂く。
「ほう」
 モーントリヒトが感嘆した。蓮の一撃の速さに。威力に。デウスエクスのそれには及ばぬものの、それは近いものであったからだ。
「人の身で、よくぞそこまで……驚きましたよ。だからこそ殺し甲斐があるというものです。次で死んでもらいます」
 いって、モーントリヒトの笑みがゆらいだ。絶望におしひしがれているはずの蓮の顔に笑みがういているからだ。
 胸にわいた疑念を打ち消すようにモーントリヒトは襲った。閃いた大鎌は回避不可能な鋭さで蓮の首をはねーー。
 血がしぶいた。蓮のーーいや、玲瓏たる娘から。
 清水・湖満(氷雨・e25983)。蓮をかばったのであった。
「……どうやら間に合うたようやな」
 湖満は血笑を端麗な顔に浮かべた。まるで小犬のように蓮が笑み返す。蓮と湖満は戦友ともいうべき間柄であった。
「湖満姉! それとリィン姉も!」
 蓮の顔が輝いた。リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)の姿を見とめたからである。いつもと同じように蒼穹色の髪をシュシュでポニーテールに結わえている。
「待たせたな。大戦で共に戦った蓮の宿敵だ。私達の手で薙ぎ払ってみせる!」
 リィンの手の中でかちりと音がした。星型の蒼いパズルが解かれたのだ。解放された秘密は蝶として飛び立ち、蓮を癒やした。


「……君にはお友達が多いみたいだね」
 モーントリヒトが顔をむけた。その先、2人の女が立っている。
 一人はすらりとした姿態の快闊そうな娘である。名を御手塚・秋子(夏白菊・e33779)といった。
 もう一人は煌めく金髪の穏やかな美貌の女性である。眼鏡をかけているのだが、その奥の青瞳には深い理知の光があった。ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)である。
「おふとぅん仲間のピンチと聞いて! 一緒にお布団ふかふかもふもふした蓮さんをやらせはしないぞ!」
 秋子はモーントリヒトにびしりと指を突きつけた。が、すぐに首を傾げた。
「……ん? お月様?」
「そうそう。いつもは夜空で君たちを見守っている……って、そんなはずないだろう。面白いね、君」
「みんな、気をつけて!」
 ニケが注意を促した。
 すでに蓮は一撃を受けている。回復を施したとしても、あと二撃受けた場合、蓮は戦闘不能に陥ってしまうだろう。庇う行動は確実ではないことが不安要素ではあった。
「モーントリヒトはん。私はきよみず、こみち。よろしゅうな。普段は伴奏者やっとるしがないケルベロスよ。ちと煙草吸ってもうたり、酒に溺れたりはするけど、ま、ほどほどに生きとるわ」
 湖満は薄く笑った。そしてモーントリヒトの目が自身の指にむけられていることに気づいた。
「…ああ、指輪? そういうことよ。一応、人妻言うやつ。昔はやんちゃしとってなぁ。闘技場で大暴れもしとったんよ。前線は退いたけどな、私もまだまだやるで。さ、行こか」
 湖満の笑みに恐いものがまじった。触発されたようにモーントリヒトの笑みが深くなる。
 次の瞬間、湖満が動いた。その手の悲散なる名をもつフェアリーレイピアを繰り出す。
 細い刃がモーントリヒトの身体を裂いた。が、血はしぶかない。腕ごと氷結させた湖満の一閃がモーントリヒトを凍りつかせてしまったからだ。
 すぐには動けない。
 そう見てとってニケはドラゴニックハンマーをかまえた。
 瞬間、音たてて形態変化。ランチャーと化したハンマーの砲口でポイント。ニケは竜弾を放った。
 直撃。氷片をまき散らし、モーントリヒトが後退した。
 続けて攻撃しようとしーー。
 秋子は一瞬躊躇した。攻撃を当てにくいと思ったのだ。機動力ならモーントリヒトはケルベロスの誰よりも速いと見抜いたのだった。
「なら、足をとめさせてもらうよ」
 秋子の視線が走った。
 モーントリヒトの背後。無数の剣が現出し、モーントリヒトを刺し貫いた。


「くっ」
 秋子は呻いた。
『Spada di vento』。
 秋子の必殺技である。威力は高いのだが、その分、秋子にかかる負担も大きかった。
「奴の足がとまったぞ!」
 リィンが叫んだ。鎖を解かれた猟犬のごとく湖満が襲った。
「目が無くても私らは見えとるのやろか。死の匂いとやらは、あんた自身の匂いやないの? だって、あんたは私らに倒されるからね」
 湖満の細剣が、デウスエクスですら視認不可能な速度でモーントリヒトの傷をさらにえぐり、深める。
 蓮は稲妻を放った。怒りの発露である。撃たれたものの、まだモーントリヒトの顔からは笑みは消えなかった。
「お友達が来たら、さらに強くなりましたね。けれど、無駄ですよ」
 モーントリヒトの大鎌が唸りをあげた。反射的に蓮が身をひねる。同時、湖満が庇うために跳んだ。がーー。
 黒い颶風のように大鎌が舞った。湖満は間に合わない。刎ねられたら蓮の首から先ほどよりも大量の血がしぶいた。
 がくりと蓮が膝をついた。今にも意識が消し飛びそうだ。
「まずい!」
 リィンが再び癒やしの蝶を飛ばした。が、半死状態にもとどかない。
「やはり庇うことができるのは確率なのですね。けれど叢雲さんを倒させるわけにはいかないのです」
 ニケが大自然と接続、自身をコネクターとして蓮に膨大な霊力を流し込んだ。
「ほう」
 モーントリヒトがニンマリした。ケルベロスの力に感心したのだ。同時に蓮撃破の目算がたった笑みでもある。
 その目算はニケにもあった。次の蓮への攻撃を阻むことができなければ、蓮は戦闘不能状態に追い込まれてしまうだろう。
 この場合、しかし秋子はお気楽に見える。相変わらず首を傾げると、
「お月様…お月様……お月様? んん? あ、月光?」
 秋子が瞠目した。何も考えていないようだが、違う。秋子は計算している。彼我の戦力差を。
 そして、はじきだした。治癒の助けとなる方法を。ダメージを与え、そして受けるダメージを減らせばよいのだ。
 秋子は思念を凝らし、爆発させた。モーントリヒトの腕を。いや、その傍らの空間を。はずしたのであった。


 爆炎を裂いて、モーントリヒトが蓮に迫った。待ち受ける蓮の身がすうと沈む。その様は獲物を狙う猫族の肉食獣を思わせた。
 モーントリヒトが大鎌を振りかぶった。見上げる蓮の目がぎらりと光る。
 瞬間、蓮の腰から銀光が噴いた。抜刀したのである。
 霊をのせた迅雷の一閃。かわせる者が世にあろうとは思えない。鞘走る音すら置きざりにし、蓮はモーントリヒトを切り裂いた。
 次の瞬間である。モーントリヒトが大鎌を振りおろした。はじかれたように湖満とニケが跳ぶ。が、庇うことはかなわない。
 モーントリヒトの大鎌が存分に蓮を切り裂いた。蓮の意識が今度こそ完全に消し飛ぶ。
「叢雲!」
 冷静沈着なはずのリィンの口からひび割れた声が発せられた。するとモーントリヒトがニタリと笑った。
「何を驚いているのですか。こうなるといったはずでしょう」
 倒れた蓮をモーントリヒトが踏みつけた。
「さあ、息の根をとめてあげますよ」
「させるか!」
 リィンが一瞬で距離をつめた。流れる激しい音楽のビートにあわせて舞うように拳撃と蹴撃を繰り出す。無数の衝撃にモーントリヒトの足が地から離れーー。
 モーントリヒトの身体を凍てつく氷の刃が貫いた。
「蓮の思いを込めた刃だ。しっかりと味わえ」
 リィンが氷の大剣を捻った。たまらずモーントリヒトが跳び退る。
「逃がさない!」
 ドラゴニックハンマーの砲口を勝利の女神と同じ名をもつ女がむけた。
 勝つ。勝利の女神の名にかけて。
 仲間への思いをのせた竜弾がモーントリヒトを直撃した。威力そのものは大きなものではない。が、爆炎と爆風に死神は翻弄された。
「まだだ。蓮さんのために、お前をふっとばーす!」
 座標軸固定。秋子は再び無数の剣を現出させた。真紅に煌めく細剣である。
 気づいたモーントリヒトが大鎌を舞わせた。が、怒涛のように殺到する剣のすべてを御することなどできない。ズタズタにモーントリヒトが切り裂かれた。
「蓮が倒すと決めた宿敵。なら、私はそれを遂行するまで」
 湖満の腕ごと悲散が凍りついた。いや、周囲の空間にも氷片が舞う。空間すら凍てついているのだ。
 地を蹴り砕き、湖満がモーントリヒトに肉薄した。
「この刃は、今だけはあなたのためだけに振るう!」
「そうはいきません!」
 モーントリヒトが渾身の力で大鎌をふるった。
 渾身と渾身。差は、思いの強さであったかもしれない。
 唸る大鎌。が、湖満の悲散の方が速かった。
 凍てつく斬撃が疾った後、モーントリヒトは雪片のように砕け、風に舞い散った。


 戦いは終わった。気を失った蓮を抱き上げたのはリィンだ。
「やり遂げたぜ…」
 顔を覗き込んだ秋子がニッと笑いかけた。
 その声が聞こえたのか、どうか。蓮の綺麗な顔に童子のような明るい笑みが浮かんだ。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月28日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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