「皆、『七夕』の『季節の魔力』を用いたピラー改修の儀式、ほんにお疲れ様じゃ、押忍っ!」
集まったケルベロスたちをまずはねぎらい、見渡し、挨拶代わりに気合を一つ入れる。
何度となく繰り返してきた日々の務めもあとわずかであることを噛みしめるように、引き締まった面持ちで円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)は説明を始めた。
「ここに集まってもろうたんは、七夕の魔力の余波で起こる『ありえざる邂逅』に備えるためじゃ。おおまかな流れはもう聞いとるもんもおるじゃろうが、ちいとおさらいさせてもらうじゃ」
勲は一呼吸置いて、『ありえざる邂逅』に至る流れをざっと解説する。
超神機アダム・カドモンとの決着で得たダモクレスの技術を用いて、『破壊したゲートの修復』と『そのゲートのピラー化』を試すため、七夕の季節の魔力を用いた儀式が行われることになった。
だが『二つに分かたれたものを一つにする』力を持つ七夕の魔力の余波によって、ケルベロスと宿敵がありえざる邂逅を遂げる可能性が生じることも予知された、と勲は言う。
「因縁もまた縁、というやつかのう。とうに滅んだはずじゃろうと、本来なら実体を持たない存在じゃろうと、ケルベロスとの特別な関わりを辿って、目の前に現れるんじゃ」
現れたきっかけはどうあれ、ケルベロスを含めた人類と敵対していた存在として現れるデウスエクスを、放っておくわけにもいかない。
「どんな形じゃろうと、決着ばつけて貰う。皆に頼みたいんは、そんだけじゃ」
続いて勲は、今から向かう戦場の状況に説明を移す。
「敵の数は、4体。現れる場所は、能登半島の少し外れた辺り。時間は、7月7日の夜22時から24時ぐらい。いきなりケルベロスの目の前にまとめて転移させられた状態じゃて、相手は皆、混乱してるじゃろうの」
勲によると、能登で一番大きな七夕祭りが行われている場所からそれほど遠くない海岸部で、戦闘するのに支障はない程度のスペースはあるとのことだ。
「周りの避難も済んどるじゃて、一般人の保護とかは考える必要なか。悔いが残らんよう、思う存分力を出し切ってつかあさい」
軽く一礼して、次に勲は現れる敵について説明を始める。
「水色と白銀の装いに身を包んだ、寂しげな少女のごたるダモクレス『トロイメライ』。
薄暗い雲を纏った、煙るように黒いドラゴン『闇曇』。
モザイクがかかったような空気の中に、思い出せない親しい人の存在を感じるような病魔『変化を拒むもの』。
動きやすそうな服と両手のナックルが印象的で、意思の強そうな蒼い瞳のヴァルキュリア『フラウ』。
それぞれ戦いでどんな手を使ってくるかは、分かる範囲で資料にまとめておいたじゃ」
勲はアナログな紙媒体のプリントを配り、詳しくはそちらを見てほしいと補足した。
「あと、敵の人となりっちゅうか、性格やらどんな奴かは、因縁のある本人が説明するんが一番じゃろうな。そこは皆に任せるけん、よろしく頼むじゃ」
それと、と、勲は付け加える。
「相手の出方によっちゃあ、何が何でも倒すっちゅう必要は無か。納得できる落とし所が見つかりそうなら、説得してみるのもいいかも知れんのう」
ケルベロスがかつての敵とも共存する道を選び、ダモクレスとの停戦を成し遂げたことに思いを馳せるように、勲は深くうなずいた。
そして、七夕の夜。
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)、隠・キカ(輝る翳・e03014)、魅縡・めびる(フェイスディア・e17021)、四葉・リーフ(天真爛漫・e22439)らが、約束の場所で今や遅しと待ち構えていた、その時が訪れた。
今まで静かに凪いでいた空に突如亀裂が入り、空間が歪む中、4体の影が実体を結んでいった。
「…………!? ココハ、ドコダ……!」
降るような星が広がっていた空に暗雲が立ち込め、ひどく興奮した様子の黒いドラゴンは、虚空をにらみつける。
「……いや、こわい!」
どこか現実感のない雰囲気を漂わせた金色の髪の少女は、周りのデウスエクスとケルベロス全てから身を守るように、ドレスとお揃いの色合いのぬいぐるみを抱きしめた。
「何だ、何がどうした? 知った顔が一つに、知らない顔が大勢……分からんな、まったく!」
質実剛健な武人らしい気性を感じさせるまっすぐな声色の女性は、とりあえず不測の事態に備えるように拳を構える。
「……あはっ。何だかわからないけど、忘れちゃえばいいのにね?」
モザイクの中心に浮かぶ顔のない少女の声には、無垢な殺意が満ち溢れている。
夜空に浮かぶ幻のようなデウスエクスに、それぞれの覚悟をもって対峙するケルベロスたち。
七夕の結んだ宿縁は、今動き出そうとしていた。
参加者 | |
---|---|
ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354) |
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916) |
隠・キカ(輝る翳・e03014) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331) |
輝島・華(夢見花・e11960) |
魅縡・めびる(フェイスディア・e17021) |
四葉・リーフ(天真爛漫・e22439) |
●邂逅
種族もまとう雰囲気もバラバラの4体のデウスエクスが、ケルベロスたちの目の前に現れる。
それは、魔法のような時間の始まりだった。
「あっ、フラウ師匠! ようやく再会できたぞー、どこ行ってたんだー!?」
そんな中、四葉・リーフ(天真爛漫・e22439)は待ち望んでいた姿を目の前に、明るく声をかける。
「どこ行ってたというか……まずは、この状況を説明してもらえると助かる」
フラウと呼ばれたヴァルキュリアは、他3体のデウスエクスと8人のケルベロス、4体のサーヴァントの大所帯を見極めるように辺りを見回した。
「そっか、急にわけわかんないよなー! えっと、七夕さまの力で会えたんだぞー! せっかくだから、私の成長を見てほしいんだぞー!」
「はい、リーフ姉様と心置きなく手合わせするのを、ここにいる私たち全員が願っております。そして、フラウ様にその気が無いのであれば、私たちは貴方を倒すつもりはありません」
簡潔すぎるリーフの説明を補ったのは、輝島・華(夢見花・e11960)だ。
(「皆様が、悔いのない結末を迎えられますように……」)
彼女とリーフとは初対面だが、華の大切な友人同様、無二の機会に心残りがないよう最善を尽くす気持ちに変わりはない。
「そうか。他の奴には、手出し無用ってことで良いか?」
フラウの視線は、同時に現れた3体に向けられる。
「おう、それでいいぞー! 見といてくれなー! 私の成長!」
リーフは快活にうなずいて、残る3体……主に黒いドラゴンに向き直った。
フラウもうなずき、かくて無事に勝負は後のお楽しみという合意は成り立った。
「…………!!」
一瞬の平和な雰囲気を切り裂いたのは、夜空いっぱいに広がる雲をつんざく龍の咆哮だった。
(「曇り空を形にしたような竜のあなた……」)
煙るような黒い龍を目の前にして、隠・キカ(輝る翳・e03014)は目を離せずにいた。
直接会ったことがあるわけでもなく、明確な記憶があるわけでもなく。
だが、キカの心は確かに震えていた。
「あなたは、だあれ? わかんない」
引き寄せられるように、思わずその名を問うてみても。
「ワレハ『闇曇』……キサマコソ、ダレダ? ジャマヲスルナ!」
キカのことを知らず、それでいて何かを感じているのは、闇雲も同じらしかった。
取り囲むケルベロスたちの中から見えない糸に導かれたように、龍はまっすぐにキカを見据え、今にも襲いかかりそうな気迫で睨みつけた。
(「僕の物語はもう終わっている。だから、次はこれからの物語を守っていく」)
「キカちゃんに、手は出させないんだよ!」
強い戦意をキカに向ける龍を見て、樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)がキカをかばうように一歩前に進み出る。火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)もまた、大切な一番の仲良しを支えるように、ぴったりとキカに寄りそった。
「あはっ、楽しいこと、始まりそうだね?」
「誰もいなかったのに……いや、こわい!」
一触即発の空気に触発されたのだろうか。
病魔の少女とダモクレスの少女たちも、ケルベロスたちに向けて戦闘態勢を取ろうとした、その時。
「めびるは、あなたをこの手で必ず倒す……ぜったい逃がさない」
「トロイメライ、落ち着け! アラタは此処に居るぞ!」
魅縡・めびる(フェイスディア・e17021)は絶対に倒すという決意を、アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)は叶うなら抱き止めたいと言わんばかりの想いを込め、それぞれの宿縁に導かれた少女たちの正面に躍り出た。
「あれっ? ……わたしも、あなたを絶対逃したくないの。不思議だね!」
めびるの決然とした瞳を受け止め、病魔の少女は全ての悪意をめびるに向ける。
「アラタ……? ……!! なんで、ここに……!」
トロイメライと呼ばれた少女は、白い小動物のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、痛ましい様子でアラタに向き直る。
「お二人とも、どうか悔いのないように……お気をつけて」
2体の少女が二人に意識を集中したのを見て取り、華は気遣わしげにめびるとアラタに声をかける。その思いは、この場にいるケルベロスの総意に他ならなかった。
「みんな……本当にありがとう」
「恩に着る。アラタの精一杯、やりきってくるぞ!」
事情を無理に聞くこともなく、それでいて何かあった時のための備えに気を配りながら送り出してくれる仲間たちに、限りない感謝を込めて。
めびるとアラタは、それぞれの相手を少し離れた場所へといざなう。
「大丈夫だよ。みんながいるからね!」
ひなみくは頼もしく請け合って、二組の宿縁に導かれた者たちを送り出した。
「ジャマガハイラズ、チョウドイイ……ユクゾ!」
闇雲はデウスエクス側で孤立したのを気にする様子もなく、むしろ思う存分暴れられて好都合とばかりに吠え立てる。
(「大丈夫、みんながいる……きぃは、こわくないよ」)
この場にいる大切な仲間の支えを確かに感じながら、キカは暗雲まとうドラゴンに確りと向き合った。
「……きぃはあなたを、こわす」
取り戻した空を曇らせる存在に向けて、まっすぐ突き刺すように。
キカは確かな覚悟を、静かに叩きつけるのだった。
●暗雲
「Brechen…」
誰よりも早く動いたのは、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)だ。敵への対応に全神経を集中して待ち構えていたヴォルフは、戦う気満々のドラゴンからさえも先手を取ってみせた。
「……!」
『朽ち果てた祈り』を意味する約束の魔法術は、闇雲の全身を駆け巡りその動きを妨げる。
出会い頭の非礼に憤るかのように、龍はそのあぎとを大きく開き、煙るような息吹を大きく浴びせかけた。
「みんなはやるべきことを!」
正彦はすべてを受け止めんとばかりに立ちはだかり、刃の無い鉄塊の如き武骨なゾディアックソードから『銃剣楽章』の調べに乗せて、戦いの流れを切り拓く。
「すぐに治すから、皆ー! 頑張れーッ!」
「精一杯、お守りします」
ひなみくと華が声を掛け合い、無駄なく回復と強化を行き渡らせる。
主人の連携を見習うかのように、ライドキャリバーの『ブルーム』とミミックの『タカラバコ』も息の合った動きで、前線を守りながら果敢にドラゴンに立ち向かっていた。
「……きぃは、ここにいるよ」
闇雲にも負けないほど黒い太陽が、龍の顔を煌々と照らす。
不吉な太陽はそのままドラゴンの胸元に落ち、すぅと音もなく龍の黒い身体に吸い込まれていった。
「……ナゼカ、キサマニニタヤツヲ、オモイダシタ」
「きぃに、似た人……?」
それが刺激になったのか、はたまた偶然か。
闇雲はキカをじっと見つめて、無意識に口走るかのように言葉を紡ぐ。
「シノマギワ、タッタイチド、ミカケタ」
「それは、誰?」
「ヨクオボエテナイガ……『冬彩』ノ、オトコダ」
「『冬彩』……?」
キカの瞳が、かすかに揺らいだ。
頭の中でめぐる光景は、それはきっと、キカにとって悲しいはずのもので……だが、キカは不思議と落ち着いた気持ちで、黒い龍の言葉を受け止めていた。
(「ああ、わかった……ただ、そうなんだって」)
キカの心に浮かんだのは、ある一つの事実。
それが教えてくれたものは、悲しみや痛みではなく、愛しいつながりだ。
「教えてくれて、ありがと」
キカはただ一言そう呟き、再び龍にグラビティを集中する。
「まちゃひこさん!」
「分かっている、ひなみく君」
キカの願いを果たすため、正彦とひなみくは黒き龍に向き直り、かたや生きたものを燃え上がらせる機械の力を、かたや味方を力づける爆風をもたらした。
「……」
ヴォルフは言葉を発することなく淡々と【嘆き】を意味する刃をひらめかせ、仲間たちが与えた傷を容赦なく、着実にえぐり切り裂いた。
「オノレ……!」
堰を切ったように、ケルベロスたちは己の持つ技を惜しみなく、続けざまに振るい続ける。
絆に繋がれた連携と確かな戦意で次々と押し寄せる番犬たちに、闇雲は紅い瞳を爛々と輝かせて怒りをあらわにする。
「スベテヲ、ヤミニ、ツツム……!」
怒り狂った黒竜の反撃は苛烈を極め、華もひなみくも限界寸前まで回復を強いられ。
……だが、無限に続くかに思われた熾烈な戦いにも、ついに終わりが訪れようとしていた。
「……!」
ドラゴンの致命的になりうる一撃を察して、ヴォルフがオーラの弾丸でその行動を制する。
「……動くな」
そして正彦は然るべき者に渡すため、とどめにはなり得ない一撃と共に振り返った。
その先に居たのは、もちろん、キカだ。
「もう、あなたが誰もこわさないように」
本来の滅びは仲間と共に在るはずだった運命を思い、なるべく、優しく。
「きぃが送ってあげるから、こわくないよ」
遺伝子に秘めた破壊の記憶を、キカは闇雲へと解き放った。
「…………!!!」
曇天に響いたのは、死にゆく龍の大いなる咆哮。
「……あなたをこわすのが きぃでよかった」
掌に消えゆく龍の鼓動と共に、星空を覆う雲は消え去ったのだった。
●再会
「アラタ、どうして……わたし、本当に……!」
ダモクレスの少女は、アラタを前にして声を詰まらせる。
胸いっぱいなのか言葉が出てこない様子の少女だったが、アラタには彼女の気持ちが痛いほど分かっていた。
「すまない、トロイメライ。恨まれても仕方ない……あいつはお前の為に、アラタに怒っていたからな」
かつてアラタと対峙した、白ネズミのダモクレスの少年。
(『家族ごっこ? 友達ごっこ? いい御身分だよね、ほんとにさ!』)
怨み言をぶつけてきた少年の顔が、トロイメライの抱いている白いぬいぐるみに重なる。
「分かってるなら……どうして、わたしをひとりにしたの!?」
そう、少女を支配していたのは、孤独。
アラタも含めた同型機の『姉妹』たちは、工場が崩壊したあの日、一人残らずトロイメライの前から姿を消し……彼女に残されたのは、その手に抱いているぬいぐるみだけ。
(「……そう、あいつは、『あの子』を独りにした、アラタを怨んでいた」)
少年に向けられた憎悪をほの苦く思い出しながら、アラタは少女の目をまっすぐに見つめ、口を開く。
「悪かった。あの後、アラタだけが助け出されて……」
「生きてたなら、わたしを助けに来てくれても……!」
「……ごめん! 言い訳はしない……転がり込んで来た自由を手放せ無かった。助けに行け無くて、本当にごめん!」
トロイメライのぶつける怒りから逃げず、優しい嘘もつかず。
アラタはただひたすらに、自分の素直な気持ちをトロイメライにぶつけ返していた。
「ずっとひとりで……みんないなくなって。わたしがどれだけ寂しかったか、わかる!?」
さらに凍りついた心を叩きつけるように、トロイメライは冷たい衝撃波を投げつける。アラタは身を守り勢いを殺しながら、めげずに言葉を重ねてゆく。
そんな中、ウイングキャットの『チビ』は辛そうな主人を気遣うように傍に寄り添い、優しい羽ばたきでアラタを力づけている。
「離れ離れになって過ごした時がどんなに辛かったか、分かったようなことは言わない……でも、喪った姉妹達の分まで、アラタの全部で伝えたい!」
アラタは息を大きく吸い込んで、偽らざる気持ちを正面から吐き出すように、あらためてトロイメライに向き直った。
「恨んでも怒ってもいい、受止める! でも、今はお前も自由なんだ! だからアラタに、トロイメライの自由を守らせて欲しい!」
「わたしの、自由……?」
少女の声色が、怒りから戸惑いに変わった。アラタの言っている言葉は認識しているが、意味が分からない……そんなトロイメライの変化を感じ取って、アラタはさらに声を振り絞った。
「そう、自由だ! もうダモクレスを縛るものは、何もないんだ! だからトロイメライが自由に生きていける場所を、是からを……一緒に探そう!」
一気に言葉を紡ぎ、アラタはトロイメライに手を差し伸べる。
その震える指先は、この手を取ってほしいとの切実な願いを物語っていた。
「…………。わたし……」
永遠にも感じられる、長い沈黙の後。
トロイメライは自分の心の中を探すように、ぽつりぽつりと応えはじめる。
「まだ、アラタの言ってる意味、ぜんぶは、分からない……それに。寂しかったのとか、怒ってるのとか、すぐには、気持ちを片付けられそうにない、けど……」
ためらいを表すように、トロイメライの手が、のろのろと伸ばされる。
「……ああ、それでいい」
アラタの声が、詰まるようにかすれて揺れた。
「絶対に、この手を離さない!」
「これで。寂しいのは、終わり……?」
どこか恐る恐る互いの感触を確かめ合う、華奢な少女の手と手。
それは、どんな感情を向けられても決して離さないアラタの決意と、あの日からずっと続いてきたトロイメライの『寂しい』が終わった、その証だった。
●変転
「あはっ、あなた、なんかわたしに似てる? 面白いな!」
「…………」
めびるは黙って病魔の少女を見据え、さりげなく彼女を仲間と引き離して一対一の形を整える。
(「この子の攻撃を、他の同行者に受けさせたく、ない」)
一人で対峙するには手強い相手だと分かってても、それがめびるの偽らざる思いだった。
「あ、あなたを少し年下にしたら、もっと似てるかも!」
「……!」
知ってか知らずか、少女はめびるの心に残る傷をひどく正確に抉る。
めびるはゾディアックソードで少女の放った魔弾をいなし、怒りを込めてエクトプラズムの霊弾を撃ち返した。
「っと。油断しちゃったけど……この魂。わたし、思い出したかも?」
体に食い込んだ霊弾に手を当て、病魔は小首をかしげて考えるようなそぶりを見せる。
「……そう。めびるはあなたのこと、思い出したくもなかった」
「ああそう、『めびる』だ! あの人たちの心にいた、小さな、いつまでもかわいい……」
「やめて!」
めびるは少女の無垢で残酷な声を遮り、有無を言わせぬ勢いで斬りかかる。
いつまでも変わらず、可愛いままの少女……それこそが、めびるの心の奥にしまわれた、痛くて苦くて忘れがたい存在に他ならなかった。
(「めびるちゃんは、可愛いねぇ」)
(「こんなに小さいのに、めびるは本当に賢いなあ」)
めびるの脳裏に、優しかった祖父と祖母の姿が蘇る。
だがその優しさは、めびるの姿に対してどこか違和感のあるものだった。
(「じいじとばあばは、ある時から時間が止まったみたいになって……」)
二人にはまるで、ずっと10歳のめびるが見えてたかのように。
「どうして? ずっとかわいいのは、幸せなことでしょ?」
めびるの怒りが心底理解できないとばかりに、悪びれない様子で少女は力を振りかざす。
「……違う! あの『めびる』は、めびるじゃなかった……!」
再び魂の霊弾を投げつけながら、めびるは苦い後悔をにじませる。
(「あの頃だって本当は、分かっていたのに……!」)
祖父母たちとの優しい時間を失うのが怖くて、めびるは彼らの『めびる』に自分を合わせた。
……病魔に侵された二人だけではなく、変わっていくのが怖かったのは、めびる自身だったから。
「わあ、苦しそう! そんな思い出、わたしが食べてあげる……!」
いよいよ悪意をあらわにして、少女はめびるの体にまとわりついた。
「……っ!」
少女の輪郭が一瞬消えて、濁ったモザイクが全身からめびるの力を吸い上げる。
記憶が奪われてゆくような感覚にめびるは顔を歪めながらも、全力で病魔に抗おうと気力を振り絞った。
(「かみさま、かみさま、めびるに力を貸してください……」)
祈りの奥底に見えたのは、めびるが本当に求める真実の輪郭。
「……もうわたしは、『変化』を恐れない!」
『変化を拒むもの』を、全力で否定し、拒む。
「……!」
魂の叫びはめびるにまとわりついたモザイクを揺るがし、少女の姿に戻った病魔を確実にひるませていた。
そしてめびるは求める答えを確信し、怨敵を真っ向から切り伏せるべく、星辰の剣を高々と掲げた。
「いや、変わりたくない……!」
抗う少女の言葉に反して彼女を覆うモザイクは姿を変え、隠されていた少女の顔をはっきりと辿ってゆく。
そして、モザイクが晴れ、めびるとそっくりで幼い顔があらわになった、その時。
「『めびる』を返して!」
過去の変化を恐れる弱い自分を断ち切ったうえで、受け入れる。
全ての迷いが消えた太刀筋は正面から少女を捉え、一刀両断に切り伏せた。
「……!!」
病魔は声なき悲鳴を上げ、音もなく消えてゆく。
(「めびるさん、無事なようで、良かった……!」)
めびるを助けようと駆けつけ、込み入った話を勝手に聞かないよう少し遠くで見守っていたスズナは、胸をなでおろす。
彼女は確かに見たような気がした……消えゆく少女がめびるの体に吸い込まれ、一つになる瞬間を。
●師弟
「おー、二人とも、大丈夫そうだなー。良かった!」
トロイメライを天野・陽菜(ケルベロス兼女優のたまご・en0073)に預けたアラタとめびるが戻ってきたのに気づき、リーフがぶんぶんと手を降って二人を迎える。
「お二人の思いが叶ったのなら、良かったです……!」
「うんうん、チラチラっと見てて思わず心配しちゃう瞬間もあったけど、ほんと良かったんだよ!」
華とひなみくも笑顔でアラタとめびるを迎え、万が一に備えた万全のあれこれが実際には行われなかったことを素直に喜んだ。
「さあ、物語がまだ一つ残っている」
正彦は戦闘モードのシリアスな物腰を崩さず、一歩引いた場所で静観していたヴァルキュリアとリーフに語りかける。
「ああ、私はいつでも良いぞ。なんなら全員まとめてかかってきても構わないが、リーフはどうしたい」
フラウはリラックスした様子でケルベロスたちを見渡し、まるで気負いなく自ら不利になる条件をも持ち出してくる。
その落ち着いた様子からは、リーフの命までは取る気がないことも伺えた。
「だったらもちろん! 一対一で真剣勝負だー!」
リーフの返事は、即断即決だった。
「まあ、そう言うと思ってた……ゆくぞ!」
そして師匠もまた、即断即決。
フラウは拳を軽く構え、無駄な力を一切感じさせない軽快な振りでナックルを突き出した。
「さすが師匠ー! でも私だってー!」
リーフはフラウの拳を両手のバトルガントレットでがっちりと受け止め、記憶よりも鋭さを増して感じられた衝撃を懸命に吸収する。
防御を解いて繰り出したリーフの一撃もまた、かつてとは比べ物にならない卓越した技量に裏打ちされたものだった。
「おっと、油断すると持っていかれそうだ。いい稽古を重ねてきたようだな、リーフ」
フラウは予期せぬ痛手を喜ぶかのように、活き活きとした表情でおのが身に魔神を降臨させる。彼女の呪紋は禍々しいというより、むしろ清々しい気配を感じさせた。
(「……面白い。何も知らずに敵として出会ってたなら、殺してみたかったような気もします」)
ヴォルフは邪魔をせず戦いを見守りながら密かに心の中で、彼にとって相手への敬意とも言える『殺す為の興味を持てる対象』としてフラウを評価していた。
「当然だー! 師匠こそ、衰えてなくて嬉しいんだぞー!」
むろんリーフは、そんなヴォルフの物騒な心中など知るよしもない。
現在進行系で褒められて伸びているかのごとく、彼女の繰り出す突きが、腕の振りが、蹴りが、全てが気力に満ちていた。
「衰えるほど、暇じゃなかったつもりだが……おおっと!」
何度も何合も打ち合う中、フラウが一瞬バランスを崩す。それはほぼ拮抗した実力の中、ほんの僅かな天秤のゆらぎに過ぎなかった。
「……! もらったあー!」
……が、全身全霊で勝負に集中しているリーフが、それを見逃すはずもなかった。
「落下して、蹴ーる!!」
リーフのとっておき、『落下天蹴撃』。
それは、かつてフラウから受けた羽根を用いた技に着想を得て、リーフ自身があみ出した技だった。
「……っ!!」
フラウが見たのは、翼持つ自らのように舞い上がり、一瞬視界から消えた後、鋭く舞い降りてくる弟子の姿。
「これが私の、師匠越えだー!!!」
そして高らかな宣言とともに、決定的な一撃が、決まった。
「見事……!」
フラウは満足そうに呟き、どうと地に倒れ伏す。
「師匠ー! ありがとうございましたー!」
リーフと彼女のウイングキャット『チビ』は、並んで背筋を伸ばし、最敬礼の角度で師匠への敬意を表した。
それは、この長い一夜の夢に幕が下りる合図でもあった。
●星空
「…………」
静寂が戻った海岸で、キカは龍との戦いにあらためて思いを馳せるように空を見上げていた。
闇雲が消え去った今、空は澄んだ紺青を取り戻し、七夕の星が静かに煌めいている。
「……キカちゃんが見る空は、どんな色をしてますか?」
むろん見たままは冴え渡った晴れた空だが、道化の仮面を日常に戻した正彦がキカに尋ねかったのは、そういうことではなく。
「……きぃね。曇り空も、本当は嫌いじゃないんだよ」
キカはふわりと微笑んで、自分を優しく気遣う正彦の問いに応える。
なぜなら、雪の降る冬は、今日刻まれたキカの大切な思い出に通じているから。
「キカさん……」
「キカちゃんが好きな空、わたしも好きになりたいな」
華とひなみくも、キカの想いに寄り添うように空を見上げている。
(「……さよなら。そしてこんにちは、『めびる』」)
めびるも今日起こった『変化』を確かめるように、静かに遠くを見つめていた。
「アラタ……」
「急がなくてもいい。トロイメライの自由は、もう二度と無くならないんだ」
まだ何を話していいか分からない様子のトロイメライに、アラタは囁くように、しかし強い想いを込めて言葉をかけている。
「おーい、ししょー! こっちではもうヴァルキュリアは味方なんだけどー、どーかなー?」
「あー、考えとくが……ちょっと待ってくれ。思いっきりやられて、まだ頭が回らない」
しっとりした空気をきっぱりさっぱりと無視したリーフとフラウのやりとりも、不思議と皆快く受け入れていた。
形は違えど、それぞれの願いが叶ったこと、それだけは間違いない。
七夕の星空に吹く風は、ケルベロスたちの心の色を表すように、どこまでも澄み渡っていた。
作者:桜井薫 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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