最後の宿縁邂逅~七夕が招く最後の出会い

作者:青葉桂都

●季節の魔力
「七夕の夜にピラーの改修作戦が実行されます」
 石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)は静かに告げた。
 超神機アダム・カドモンの遺したデータと、停戦したダモクレスの協力もあり、破壊したゲートの修復およびピラー化が早急に行えることになった。
「この作戦のために、『七夕』の『季節の魔力』を用いた儀式を行うことになります」
 ゲートの修復とピラー化にあわせて、対象の惑星のデウスエクスからコギトエルゴスム化を失わせる措置も同時に行う。
 デスバレスのような歪みが再び起きるのを防止するため、重要なテストケースになる。
「ですが、問題もあります。『二つに分かたれたものを一つにする』力を持つ七夕の魔力によって、『ありえざる邂逅を遂げる』可能性が予知されています」
 本来なら遭遇しないはずのデウスエクスとケルベロスが遭遇することになるのだ。
 そのため、ケルベロスたちは敵が出現するポイントにあらかじめ集結し、デウスエクスを迎撃する体制を取ることになる。
 次いで芹架は具体的な戦場について語り始めた。
 出現地点は青森県八戸市。例年、今の時期は八戸七夕まつりが行われ、少なくない観光客が訪れている。そんな街に敵が出現するのだ。
 とはいえ、敵が出現するのは祭りが行われる中心部からは遠く離れた八戸港だ。
 時間も夜遅くであり、周囲の非難はすでにすんでいる状態となる。
「出現するデウスエクスは4体です。まずはダモクレスのEXE-07レルム・ニュクテリス」
 コウモリのような羽を持ち、音波攻撃を得意とするダモクレスだ。
「2体目は羽虫型ドラゴンのジャムフライです。自らの存在を隠すことを得意としていたようですね」
 竜業合体して地球に落下しようとしたドラゴンの1体、マジェスティックワームの分身という情報もある。真実なら、その生き残りといったところか。
「そして、3体目が愛しのメアリ。死神ですね」
 地球人に対する嫌悪を示し、もっとも積極的にケルベロスたちに攻撃してくる。周囲に浮いている水は死者の恨みを内包しており、それを用いて戦うようだ。
「最後の1人は螺旋忍軍の狂隈右近です」
 男とも女ともつかない中性的な忍者で、螺旋の力と手裏剣を用いて戦う。
「いずれも弱い敵ではありません。単体ならともかく、敵が連携してくると勝つのは厳しいでしょう」
 とはいえ、敵は状況もわからず『季節の魔力』によってこの場所に呼び出されている。敵に共闘させない……望めるなら敵対させることで、有利に戦えるだろう。

●夜の港の激戦
 空に天の川が鈍く煌めく七夕の夜。
 静まり返った八戸港で、戦いが始まろうとしていた。
「そろそろ敵が来る時間だね! みんな、気をつけてね」
 有賀・真理音(機械仕掛けの巫術士・en0225)が、後方から仲間たちに呼びかける。
「ああ、問題ないよ。……そう言っている間に、来たようだね。情報通りだ」
 情報屋のヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が、コンクリートの地面に立つ4体のデウスエクスを素早く眺める。
 薄い色をした髪を持つ死神の女性を、少しだけ長く。死神もまた、ヴィルフレッドへと視線を送ってきた。
「いったい、なんなの? 潜伏してたのに、どうしてこんな場所に突然……」
 螺旋忍軍の狂隈右近が首を傾げる。程度の多寡はあれ、デウスエクスたちはいずれも混乱しているようだ。
「うっとうしいしゃべり方だな、カマ野郎。クッソ面倒くせぇ」
 ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)が右近の言葉を聞いて吐き捨てる。
「ケルベロス……はともかく、ドラゴンに死神に螺旋忍軍? よくわからないけど……停戦とか忘れて、戦闘用よ役目を果たす機会が来たってことかな。けど……」
 レルム・ニュクテリスはケルベロスに視線を送るが、他のデウスエクスを警戒してすぐには動かない。
 右近も同様の様子だ。
「あの子は……アダム・カドモンの遺志を知っていて、それでも戦うつもりなのでしょうか」
 皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)がレルムを見て呟く。ダモクレスの大半は停戦を受け入れ、今回の作戦にも協力している。だが、彼女はその例外なのだろうか。
「死者の泉の力を奪ったケルベロス。許しはしないわ!」
 様子を見る敵もいる中、積極的に襲ってくるのはメアリだ。周囲に死者の泉の残滓と思われる水が浮かぶ。
「……ちきゅう……はかい……」
 最後の羽虫型ドラゴンが、羽音にまぎれて、うわ言のようなかすかな声をもらす。こちらはまともな判断力があるかどうかも怪しい状態のようだ。
「やる気になってる連中もいるみたいだね! でも、こんなところで暴れさせるわけにはいかないよ!」
 ホムラ・ヘレノイア(シャドウエルフの降魔拳士・e03172)が拳を握り、構えを取る。大きな胸が揺れた。
 戦いは、今にも始まろうとしていた。


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)
皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)
ホムラ・ヘレノイア(シャドウエルフの降魔拳士・e03172)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
風音・和奈(前が見えなくても・e13744)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)

■リプレイ

●七夕の夜の出会い
 遠くで響いていた喧騒も終わり、夜もふけた頃、戦いが始まろうとしていた。
 本来ならば起きることなく終わっていたはずの出会いが、季節の魔力によって呼ばれたのだ。
「七夕の魔力で引っ張られてくるとはな。一緒に楽しむならともかく、暴れるなら止めるぜ」
 八重歯を見せて力強く告げたのは、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)だ。
 視線の先には、すでに4体のデウスエクスが出現している。そして、2体は今にも動こうとしていた。
「それぞれの因縁、思い……ここで最後にしたいよね」
 源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が、月白のオーラをまとって誰にともなく静かに声を発する。
「はい。旅団仲間の宿敵が現れたとあれば、いつも以上に本気でかかるのみです」
 頷いたのは羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)だった。
 同じクルーズ船に集う仲間との縁で、彼女はここに立っている。
 髪を逆立てたワイルドな男と、銀色の髪をした美しい少年へと、紺は視線を向けた。
「こんなところであのカマ野郎を見る羽目になるとはなァ……。逃げたりあしらったりしてねーでいい加減ケジメつけろってか? クッソ面倒くせェ……」
 自らの宿敵をながめ、ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)は息を吐いた。
「まァ因縁断ち切るには丁度いいか」
 いったいあの螺旋忍軍がなにを考えているかは気になるところだが、ともあれジョーイは武器を抜く。
「二つに分かたれたものを一つにする七夕の魔力……季節の魔力って凄くない?」
 もう1人の仲間、ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は自分に引き寄せられてきたらしい死神を見やる。
「で、僕の宿縁っていうけど、あの女の人誰だろうね。知らない人だけど、なんだか懐かしい感じがするよ」
 憎々しげにケルベロス……いや、地球人たちを見ている死神にいったいどうしてそんなことを感じるのか、ヴィルフレッドにもわからない。
 宿縁が結ばれた残る2人も、それぞれの敵に視線を送っている。
「私も元はダモクレスでした。でも、大切な人達と出会い、心を得たからこそ今の私があります」
 皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)はダモクレスのままである姉妹を見て、複雑な表情を浮かべていた。
「レルムも……いいえ、姉妹機達にだって心を得て共に生きることは出来るはずなのです」
 翼持つダモクレスを見つめ、シオンは呟く。
 ダモクレスはまだ動いていない。それが、迷いのためか、それとも気をうかがっているだけなのかはわからない。
 螺旋忍軍も同様だ。
 できれば戦いが始まる前に話しかけたい……そう思ったとき、警告の声が聞こえた。
「死神が来るよ! みんな、気をつけてね!」
 有賀・真理音(機械仕掛けの巫術士・en0225)が呼びかけたとき、他の仲間たちはもうそれぞれの武器を構えて身構えていた。
 はっきりと敵意を見せている死神は水滴をまとって近づいてきていた。
 さらに、ゆらゆらと揺れる小型のドラゴンも、少しずつケルベロスたちへ進んでくる。
「愛しのメアリもジャムフライもジャマーじゃないよ。メアリがクラッシャーでジャムフライはキャスターだね」
 風音・和奈(前が見えなくても・e13744)が敵の動きからそれぞれの動きを看破する。
「さあ、やっつけちゃうからね!」
 ホムラ・ヘレノイア(シャドウエルフの降魔拳士・e03172)は身構えた。たわわな胸が、大きく揺れる。
 襲い来るデウスエクスたちのうち、まずはあからさまな戦意を見せる2体に狙いをつけて、ケルベロスたちは戦いを始めた。

●愛しのメアリ
 死神の瞳から零れ落ちた水滴が、物理法則を無視して膨張する。死者の恨みを内包しているという水はどこか黒く汚れているように思えた。
「さあ……死になさい、地球人」
 メアリが放った異形の涙滴が、ヴィルフレッドへと襲いかかる。
 その前に、とっさに立ちはだかったのはラルバだ。
 恨みが思い出したくない記憶を彼の中に呼び起こすが、ラルバは歯を食いしばってそれをこらえる。
「ありがとう、ラルバくん!」
「気にすんな! 何度も一緒に戦った仲だからな。どういう形かはわからないけど、縁のある相手なんだろ? 後腐れないように、できるだけ手、貸すぞ」
 ずぶ濡れになりながらも、少年は明るく笑いかける。
 仲間の笑顔を守るため、彼は全力を尽くすつもりでここに立っている。
「聖なる力、みんなに宿れ!」
 喰らった敵から奪った再生の力で、彼は仲間たちを支援した。
 やり取りの間にジャムフライが姿を消し、ホムラを狙う。
 羽虫の姿が少女の視界に入った瞬間、不可視の呪いが彼女に襲いかかる。
 ツインテールの髪が大きく揺れた。
「大丈夫かな、ホムラさん。すぐ回復するよ。さあ――月の光の煌きを、皆に分けるね」
 瑠璃の中にある太古の月の光が、輝きと共に仲間たちを癒していく。
 そして、その光は敵へとつながる道筋をも示していた。
「うん、大丈夫! 助かるよ!」
 ホムラはヘリオンデバイスで飛行しながら羽虫の動きをうかがう。もっとも、まず狙うべき敵は死神だ。
 ジョーイが狂隈右近に一瞬だけ目をやった。
「カマ野郎はとりあえず無視だ。まず先にこっちからだな」
 鬼神の如きオーラをまとい、中距離から一気に接近した彼は裂帛の気合と共にメアリへと刀を振り下ろした。
 痛烈な一撃にメアリがジョーイを睨みつける。
「こっちはこっちでクッソ面倒くせェなあ。デウスエクスはどいつもこうかよ」
 舌打ちして、彼は飛び退く。
 紺が一瞬視線を送ったのは、レルムと彼女に近づくシオンだった。
「邪魔はさせないようにしましょう」
 呟いて、2人と他の敵との間に入りつつ、ハンマーを砲撃形態へと変化させる。
 すでに戦いが始まってしまった戦場の中で、シオンはレルムへと近づいていった。
 できれば戦闘前に声をかけておきたかったが……それでも、まだダモクレスは攻撃をしかけていない。だから、まだ聞いてくれるかもしれない。
「お久しぶりです、レルム。今回は戦うためではなく姉妹として話があってやってきました」
 返答はない。
「アダム・カドモンの遺志を覚えているなら話を聞いてくれないでしょうか?」
 ただ、攻撃という形での意思表示も、まだ行われることはなかった。
 シオンとレルムの会話が始まった後も、メアリやジャムフライとの戦いは続いている。
 和奈の竜砲弾と、竜巻のように体を回転させたホムラの鋭い蹴りが続けざまに死神を狙う。一方を回避するが、もう一方が死神を捉える。
 メアリもジャムフライも、決して弱い相手ではない。
 連携されたなら厄介だっただろうが、今のところそれをしてくる様子はない。もっとも……羽虫のようなジャムフライがなにを考えているのかわかる者は、誰もいなかったが。
 数分としないうちに、右近が戦闘に加わってくる。
「状況はつかめないけど、やるしかないってことよね!」
 言葉と同時に放たれた手裏剣を、和奈が体で受け止める。
「どこを狙っているの!? アンタが傷つけて良いのはアタシだけだ!」
「そんなのあんたの都合でしょ? 邪魔いしないでよね!」
「……クッソ面倒くせェ」
 そんなやり取りをしながらも、メアリとの戦いは続いていく。悪意を増幅させ、怨嗟の波を巻き起こし、死神はケルベロスたちへの攻撃を繰り返す。
 メアリの攻撃は、いつの間にかヴィルフレッドに集中していた。
 和奈やラルバがかばって攻撃をしのがせている。
「許さないわ……地球人、そしてケルベロス――!」
 死神がどうして怒り、どうして憎んでいるのかはわからない。けれど、やるべきことは1つしかない。
「死神を、しかも人間憎しケルベロス憎しの人の心をどうにかできるなんて思っていない。なら早めに終わらせてあげるしか僕にはできない」
 追い詰められてもなお、戦うことしか選択しない死神へ、ヴィルフレッドは告げた。
 そして、気配を完全に消して、死角からメアリへと忍び寄る。
「……さよなら、お姉さん」
 黒い銃型のガジェットが火を噴いた。
 死神の胸から鮮血がほとばしる。
 メアリは傷口を撫でて、それから――虚ろな顔をして、少年を見た。
 口の端がゆっくりと持ち上がり、笑みを形作ったようにヴィルフレッドは思った。
「――がんばってね」
 耳に届いた気がした言葉が、本当に死神が発したものだったのか……。
 ただ、愛しのメアリは、倒れてもう二度と動かなかった。

●ジャムフライ
 1体目の敵は倒したが、まだ3体の敵が残っている。
 もっとも、うち1体……レルム・ニュクテリスはシオンと共に離れた場所にいたが。
 幾人かは言葉を交わしているらしい2人の様子を気にかけて、眺めている。ただ、まだ戦闘は始まっていないようだった。
 羽虫型ドラゴンのジャムフライと、カマ野郎こと螺旋忍軍の狂隈右近はケルベロスたちへと攻撃をしかけてきている。
 ただ、意志疎通がうまく図れないジャムフライに対して、右近は距離を取っていた。
「メアリのほうが残っていたら困ったかもしれないね」
「うん。あっちだと、デウスエクス同士なら意志疎通出来ちゃいそうだもんね」
 回復しながら呟いた瑠璃に、同じく回復に努めている真理音が頷く。
 ケルベロスたちが次に狙っているのは、そのジャムフライだ。
 30cmほどしかない小さな体もあるが、気配を消しながら中距離を保っているため攻撃が当たりにくい。
「とにかく足止めしてくしかないね」
「そうですね。キャスターのようですし、できるだけ安定して当てられるようにしなくてはいけないでしょう」
 ヴィルフレッドと紺が、並んで続けざまに轟竜砲を放つ。
「時間を稼いでおいたほうが生き延びられるかしらね」
「小賢しいこと言ってるんじゃねぇよ」
 右近がジャムフライを分身させた次の瞬間、ジョーイの魅剣働衡が分身を砕く。
「余計なことしないでよね!」
「うるせェな……好きにさせるわけねぇだろうが」
 うんざりしたように吐き捨てる。
 突然、和奈が弾かれたように駆け出した。
「ラルバさん、こっちはお願い!」
「わかった!」
 かけられた言葉に、理由を問わずにラルバは応じる。
 理由は問わずともすぐにわかった。和奈の視線の先にはシオンとレルムがいて、そしてレルムが翼を震わせて攻撃態勢に入っているのだ。
 ケルベロスたちの思惑も、他のデウスエクスの思惑も無視して、ジャムフライはなおも姿を消しては攻撃してくる。
 ホムラの視線がジャムフライを捉え、呪いが発動する……その前に、ラルバが割り込んで呪いからかばう。
「小さくてもドラゴンだけあってきついな……けど、きっとあと一息だ。サポートするから、決着つけてくれよな!」
「うん、任せて! 行くよ、ライドキャリバー!」
 サーヴァントと共にホムラが敵へと接近する。
「皆さんの力の見せ所ですね!」
 九田葉・礼がオウガメタル粒子を散布してその攻撃を支援する。
 キャリバーがスピンターンを決めながら、ジャムフライの動きを止める。
「地球で悪さを続けるなら、それを止めるのがケルベロスの役目ってね!」
 ホムラは自分の体を球状に圧縮した。超音速で回転しながら、地面を、壁を、電柱を転がる。ドラゴンは回避しようとした。
 だが、予測すら困難な突撃から、ホムラは羽虫へと喰らいつく。
 小型のドラゴンは翼を食いちぎられて、力なく落下し……動かなくなる。本体を失ったままさまよっていたであろう敵の、それが最期だった。

●レルム・ニュクテリス
 シオンへと放たれた超音波による破砕攻撃は、彼女を捉えることはなかった。
「アタシならいくらでも傷つけて良いからさ、落ち着いて、話を聞いてあげてくれない?」
 割り込んできた和奈は、砕けた体から血を流しながら言った。
「破壊し合うばかりが、戦いじゃないから」
 地留・夏雪もシオンをかばうために立ちはだかる。
「そうです……! 姉妹が戦う必要が無いのであれば、戦わないに越した事はありません……」
 身構えたままのレルムへと、シオンは改めて語りかける。
「貴方が戦闘用として作られたのは知っています……でも、もう私達が戦う必要はないでしょう?」
「知らないよ、必要か、必要じゃないかなんて。今まで考えたこともないのに、いきなり考えろって言い遺されたって困るんだよ!」
 アダム・カドモンの言葉を忘れているわけではないとわかり、シオンは安堵した。
「そうですか……あなたは、ただ、困っているだけなんですね」
 レルムが口を閉ざした。
(「私の時はどうだったでしょう。私も、元はダモクレスでした。でも、大切な人達と出会い、心を得たからこそ今の私があります」)
 あの時、迷ったり、戸惑ったり、しただろうか。
 ただ少なくとも、自分と同じことがレルムや他の姉妹たちにできないはずはない……シオンはそう信じたい。
「これからどう生きれば良いのか分からないのなら、私も一緒に考えましょう。姉妹として、共に生きることもこれからは出来ると思うのです」
 武器を持たずに、手を差し伸べる。
「共に生きましょうレルム。……私はもう、姉妹同士で戦うのは嫌なのです」
 その手を、きっと握り返してくれるはずだと、シオンは願った。いや、信じた。
 永劫のように長く感じられる時間の後、レルムが迷いながらその手をつかむ。
「ありがとう、レルム」
 シオンはその手を引き寄せて、しっかりと彼女を抱きしめた。

●狂隈右近
 シオンとレルムの会話が続く間にも、戦いは続いていた。
 残った敵は、螺旋忍軍のみ。
「失敗したわ……最初から、あいつらを利用して生き延びるために動くべきだった」
 ロープでつながりあう独特の形をした苦無を両手に構えて、右近は呟く。
「なあ、なんだって俺に因縁つけんだ?」
 ダルそうにジョーイが問いかける。
「なんのことかしらね。ただ、もしアタシがあんたに因縁をつけるんだとしたら……きっと、あんたの顔が暑苦しくて鬱陶しかったからね」
 本気で言っているのかどうか、右近の顔からは読み取れない。
「……まぁいいか。それが本気ならクッソ面倒くせェし、適当にでまかせを言ってるんでもクッソ面倒くせェ。どっちにしろ同じってことだ」
 冥刀『魅剣働衡』を構えなおして、ジョーイは言う。
「倒してしまう意志に、変わりはありませんか?」
「ねぇよ。これ以上あのカマ野郎との因縁を続ける気なんざ、ねぇんだ」
 紺に問われて、ジョーイは迷わずに応じる。
 ここでカタをつける。そんな彼の意を汲んで他のケルベロスたちは右近を囲む。
 螺旋忍軍の視線は、逃げ道を探してさまようが、ないことはすぐに悟ったようだ。
「倒さなきゃ逃げらんないってわけね。イヤになるわ」
 手裏剣が渦巻き、竜巻となってケルベロスたちに襲いかかる。ラルバが素早くホムラをかばっていた。
「みんなが望む結末のために力を尽くすと決めたんだ。囲みは突破させないよ」
 オーラでラルバを回復しながら瑠璃が言う。
「ああ。最後までみんな守るから、回復はよろしく頼むぜ」
 傷つきながらも不敵な表情でラルバが言った。
 敵の足を止め、一気に叩く。メアリやジャムフライを倒した時と同じように、ケルベロスたちはまず右近の足を止めていた。
 十分に敵の動きを鈍らせたところで、ケルベロスたちは攻撃に移る。
「戦い争う者の宿命です。どこへ行こうと、決してあなたを逃しません」
 紺が戦いに散った者たちの怨嗟を呼び出して、おぞましい幻覚で右近を襲わせる。
 死角から接近したヴィルフレッドのガジェットと、高速で回転するホムラの突撃が螺旋忍軍の体力を削り取る。
 瑠璃による回復を受けながら、ラルバも幸運の星を蹴りつけていた。
 説得を終えたシオンや和奈も加わって、右近を追い詰める。
 焦りをあらわにする敵へと、ジョーイが踏み込んだ。
「テメーとの因縁もォ……」
 鬼神の如きオーラをまとって刀を上段に構え、力を溜める。後退しようとした右近だったが、ラルバにぶつかって足が止まる。
「ここまでだ!!」
 一息に振り下ろした冥刀は、右近の体を断ち切っただけでは止まらず、地面まで切り裂いていた。
「次は地獄の鬼に因縁つけてろ」
 もう動かなくなった敵を見下ろし、ジョーイはそう吐き捨てた。

●終焉
 残るデウスエクスは戦いをやめることに同意したレルムだけだった。
「これで解決かな。もう悪さをするデウスエクスがいないといいね」
 ホムラが言った。
「無事に終わったみたいだね。大ケガをする人がいなくて、よかった」
 瑠璃が仲間たちの負傷状況を確かめて言う。
「でも、大ケガじゃなくてもケガはケガだからな。まずは手当しないと」
「そういうラルバさんが一番ダメージを負ってるんじゃない?」
 ラルバの呼びかけに和奈が応じる。
 ケルベロスたちは手分けして手当をし始めた。
「マルシェルベさんとガーシュインさん、それに他の皆さんも、お疲れさまでした」
 紺が友人たちにねぎらいの言葉を述べる。
 そして、それ以上あえて相手の心には踏み込まなかった。
「ふぅ、これでストレス無く眠れそうだ」
 気遣いを知ってか知らずか、ジョーイが大きく息を吐いて体を伸ばす。
「あの人は……なんだったんだろうな」
 ヴィルフレッドはメアリが倒れていた場所に視線を送る。見覚えがないはずなのに、何故か懐かしい気がした、あの死神に。
 けれど、考えていても答えは出なかった。
「これからどうするか……一緒にゆっくり考えましょうね、レルム」
 シオンが所在なげに立つレルムに声をかける。彼女がこれからどうするのかはしっかりと考えなければならないだろう。
 少なくとも、彼女と戦うことにはもうならないだろうとシオンは思った。
 もうすぐ日付が変わる時間だ。
「ありえざる邂逅、ね。最早何でもありな気がするよ。望んで良いのなら、誰かが幸せになる方向で」
 和奈が天の川を見上げて呟く。
 七夕の夜はもう終わろうとしてる。ピラー改修作戦はうまくいっただろうか。
 人々の願いが叶うことを願いながら、ケルベロスたちは帰って行った。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。