「みんな、集まってくれてありがとう」
集まったケルベロス達に、水上・静流(レプリカントのヘリオライダー・en0320)は微笑み一礼する。
「各地で行われている『七夕ピラー改修作戦』の事は、みんなも知っていると思います」
超神機アダム・カドモンが遺したデータから得られた『ゲートの修復およびピラー化』を早急に行える可能性。
それを実現させるために必要な七夕の魔力を集めるために、各地で七夕の祭りを盛り上げる全国的な作戦が『七夕ピラー改修作戦』である。
「ですが……七夕の魔力は『銀河を越えて、遠く引き離された二つの地点を結び合わせて邂逅させる季節の魔法』。その余波によって、宿縁を持つ者がありえざる邂逅を遂げることが予知されました」
例え、宇宙の彼方に離れていても、異なる空間に封じられていても。
高まった季節の魔法の力は、その全ての壁を飛び越えて宿縁を持つ者達を巡り合わせる。
故に、
「お祭りが最高潮を迎える7月7日の夜22時、4人のケルベロスが宿縁を持つデウスエクスと邂逅することになります」
戦場となるのは秋田県能代市。
相対するのは、四人のケルベロスと宿縁で結ばれた、四体のデウスエクス。
いずれも容易ならざる相手ではあるが――この邂逅を避けることはできない。
繋ぎ合わせる七夕の魔力が、背中に守る人々の存在が。
そして、その身に宿る宿縁が、それを許さない。
だから、
「行きましょう、皆さん。宿縁を乗り越えて、明日を掴むために!」
●
会場から少し離れた広場に、それでも届く祭りの熱気にセイナ・クーティアス(ドラゴニアンのパラディオン・en0321)は目を細め。
「もうすぐ時間です。準備はいいですか?」
「うん、大丈夫」
呼びかけるセイナに、御手塚・秋子(夏白菊・e33779)は軽く手を振り返す。
周囲に人気は無く、邪魔となるような障害物も無い。
「後は待つだけ、と――来たね!」
直後、ケルベロス達を中心に四方の空間が揺らぎ、現れるのは四つの影。
『ここは……いや、この魔力、そしてお前がいるということは、そういうことか』
「流石に話が早いね」
南方に現れたのは、無数の刀の如き光を身に纏う赤のドラゴン『鍛刀竜王』。
神造デウスエクスを研究する探究者であり、自身とも深くつながる宿敵を前に、秋子は笑みを浮かべて拳を胸の前で打ち合わせる。
「安心したよ。あなたはこの手で食べたかったからね」
『くくっ、何も成し遂げられずに地の底で朽ちるのみと思っていたが……運命というものも悪くない』
幾度となくケルベロスと矛を交えてきたドラゴン勢力。
しかし、どの記録を見ても、その中に鍛刀竜王の名は無かった。
そこに何があったのかは、わからないけれど――わからなくても構わない。
今、この邂逅だけは確かなのだから。
「行くよ、鍛刀竜王!」
「ああ、その力を見せてみろ、御手塚・秋子。我が研究の結晶よ!」
握る拳と赤の光刃が交錯し――刹那、飛来する光弾が刃を弾き二人を退かせる。
それを成したのは、西方に現れた翼を持つ銀髪の青年。
『オラトリオ……いや、死神か』
「ドラゴンは、倒す。倒さないと」
(「……カシュア兄さん」)
うわごとのように呟きをこぼすその姿に、シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)は表情を曇らせる。
かつて、実家がドラゴンに襲われた日、命と引き換えに自分を守り抜いてくれた兄。
目の前の姿は、最後に見たあの日のままだけど……、
「……お前も……お前も、ドラゴンか?」
纏うのは、サルベージされ、それでも消えず死神の意識を塗りつぶすほどの恨みの念。
ただその想いに突き動かされる狂戦士となった兄に、シェミアはそっと得物を構える。
「……もう、休んでいいんだよ、兄さん」
「お前が、ドラゴンか……お前は、倒す……シェミアのために」
「――っ」
息をのみ、歯を食いしばり。
シェミアの大鎌とカシュアの大剣が交錯して火花を散らす。
「ふふ、素敵ね」
「なに?」
東方に現れた女性型ダモクレス『氷王フィドラヴィヤ』。
刃を交えるアトックの兄妹の姿を見つめて愛おしげに呟く彼女の言葉に、九十九折・かだん(食べていきたい・e18614)は小さく眉を上げる。
「お前。あの二人を、素敵だと?」
「ええ。死んで別れたのに再会できたのだもの。会えないままよりもずっと幸せよ。ねえ――貴方も、そう思わない?」
かだんを意に介することなく、フィドラヴィヤが視線を向けるのは最後の一角。
北方に現れた影と向き合うルフ・ソヘイル(嗤う朱兎・e37389)。
「会えないままでいるよりもずっといい、と言うのは分からなくもないかな」
僅かに俯き、息をつき、フィドラヴィヤの言葉にルフはそっと言葉を返す。
相手が苦しんでいるのなら、助けを求めているのなら。
それが近しい相手であるほどに、少しでも助けになりたいと思うから。
「けれど――これを幸せとは思いたくないな」
ルフの正面に立つのは、三つの死体を繋ぎ合わせて作り出された屍隷兵『アジサイ』。
そして――三人全てが、ルフの良く知るかつての教え子達。
『センセイ……タスケテ……コロ、シテ』
「……ああ」
暴走する体を抑えることもできないまま、終わりを求める教え子達。
その声に、ルフは一度目を閉じ――、
「今、楽にさせるよ」
そして、銃を抜き放つ。
「あら、残念」
「そうか」
軽く苦笑し肩をすくめるフィドラグィヤを見据えて、かだんは静かに身構える。
この場で最も宿縁が浅く――だからこそ、どう動くか予想し辛い相手。
その動き次第で、戦況は大きく変化することになる。
「お前は、私が、抑える」
「ええ、それならまずは貴女から。その後は彼に彼女に、向こうのドラゴンに――みんなみんな、凍らせて、改造して、一緒になりましょ」
かだんとフィドラグィヤ。
二つの力がぶつかり合い――それを合図とするように、四つの宿縁が交錯する。
参加者 | |
---|---|
シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237) |
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239) |
九十九折・かだん(食べていきたい・e18614) |
甲斐・ツカサ(魂に翼持つ者・e23289) |
岡崎・真幸(花想鳥・e30330) |
御手塚・秋子(夏白菊・e33779) |
ルフ・ソヘイル(嗤う朱兎・e37389) |
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781) |
『さあ、凌いで見せろ!』
「もちろん!」
天を震わす咆哮と共に、鍛刀竜王が放つ紅蓮の吐息がケルベロス達へと襲い掛かり。
それを見据えて、御手塚・秋子(夏白菊・e33779)は笑みを返す。
威圧感の裏に隠れた相手の期待。それに応えられるように全力で、
「いくよ!」
放つサイコフォースが竜の吐息を打ち砕き。舞い散る炎の欠片を突き抜けて、ルフ・ソヘイル(嗤う朱兎・e37389)が放つ銃弾が竜へと走る。
しかし、
『ア、アァアア……セン、セイ……』
苦悶の声を上げるアジサイが六本の腕を振り回して銃弾を打ち払い。
なおも振るわれる腕が、飛び退くルフを掠めて走り抜ける。
この地に集った四つの宿縁。
それぞれに繋がりは無く――しかし、無いからこそ、連携を考えずに戦況をかき回す。
そして、それはこの二人だけでは止まらず。
「消えろ、ドラゴン!」
飛び退くルフへと、大剣をかざしたカシュア・アトックが翼を広げて空を駆け。
「お前は……お前も、ドラゴンか!」
「……兄様……」
振り下ろされる大剣を大鎌で受け止め、叩きつけられる敵意にシェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)は悲し気に息をつく。
(「兄様……生きてた……と、言えるのかな……」)
二度と会えないと思っていた兄の姿。
たとえそれが憎悪に狂ったものであっても、うれしいと思う気持ちがないわけではないけれど……。
(「ドラゴンはもう……なら、わたしが……眠らせてあげないと……」)
息を吸い、握る鎌に力を込めて大剣を押し返し――。
「そんな顔をしなくてもいいの。みんな一緒にしてあげるわ」
対峙する二人を包み込むように、フィドラグィヤの放つ無数のミサイルが飛来する。
受ければ身を縛る冷気を籠めた魔氷のミサイル。
しかし、
「やらせないぜ!」
それが着弾するよりも早く、パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)のシャイニングレイがミサイルを薙ぎ払い。
「セイナちゃん、リリスちゃん!」
「はい!」
「お任せください」
甲斐・ツカサ(魂に翼持つ者・e23289)の展開する星の結界に、セイナ・クーティアス(ドラゴニアンのパラディオン・en0321)の奏でる希望の歌、さらにはリリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)の放つ銀の輝き。
三人が重ねる三重の回復支援が、打ち漏らしたミサイルの呪縛を祓って傷を癒し。
「邪魔を――」
「――するな!」
爆風を切り裂いて駆ける岡崎・真幸(花想鳥・e30330)と九十九折・かだん(食べていきたい・e18614) の拳が、フィドラグィヤを退かせる。
四人に結ばれた四つの宿縁。
それは、それぞれが重いものを抱いて対峙する宿命の戦い。
だから、くだんはフィドラグィヤを見据えて拳を握る。
「邪魔はさせない。お前の相手は、私」
●氷王フィドラヴィヤ
「大事な人がいなくなるなんて寂しいでしょう? 悲しいでしょう?」
歌うように、荒れ狂うフィドラグィヤの冷気が戦場を蹂躙する。
迸る冷気の光線が真幸の蹴撃を阻み、吹き荒れる氷雪がパトリックの斬撃を押し返し。
「だから、凍らせるの。ずっとずっと、一緒に居られるように」
止まることなく戦場に吹き荒れるのは、生あるものを凍てつかせて氷の中へと閉ざす冷気の嵐。
「そうなれば、死んでも別れることなくみんな幸せになれるもの」
(「なるほど、確かに」)
受けた腕ごと凍り付かせるような冷気を振り払い、かだんは胸中で小さく頷く。
「確かに、お前は、私の敵だ」
脳裏をよぎるのは、数舜前のフィドラグィヤの言葉。
死に別れた兄妹の再開を、逢えないままよりもずっと幸せだと笑顔で言祝ぐその姿を、
(「――そうは思わない」)
鋭く、かだんは切り捨てる。
フィドラヴィヤが命を側に置くことをよしとする氷王なら、かだんは輪廻を絶対視する巡りの冬。
死んだ肉と心は死ぬべきだ。
穏やかに眠り、土に溶け。
輪廻の中で、生者のかたわらに在ればいい。
「ここに集った奴らの決着は、死をもって遂げられるべきだ」
視線を巡らせれば、鍛刀竜王の刃を秋子の拳が迎撃し、カシュアの大剣とシェミアの大鎌が交錯して火花を散らし、咆哮を上げるアジサイをルフの銃弾が牽制して。
それぞれの宿縁を持つ仲間達は、相手からの攻勢を凌ぐために手一杯。
けれど――否、だからこそ。
「邪魔はさせない」
踏み出す足が凍り付いた地面を踏み砕き。
力を込めて振り抜くナイフが吹雪を切り裂き、その先に立つフィドラグィヤの腕から血をしぶかせて。
「私の心臓が凍て果てるまで、お前に何も愛させない」
宿敵を見据えて、仲間と共にかだんは駆ける。
「チビ!」
「ティターニア!」
真幸とパトリック。二人の声に応えて彼らのボクスドラゴン『チビ』と『ティターニア』が放つ二重のブレスが、フィドラグィヤの吹雪とぶつかりあい。
勢いを弱めた吹雪を裂いて、走る真幸の蹴撃をフィドラグィヤの拳が受け止める。
「ちっ」
「ちょっと痛いけど、安心して――死んでも一緒に置いてあげるから」
冷気を纏って振り抜く腕は真幸を体ごと押し返し、体勢を崩した真幸へと追撃のミサイルが降り注ぎ――しかし、
「いいや、死ぬのはテメェだけだ!」
閃くパトリックの斬撃が、その全てを切り払う。
『MIRAGE GLAVE』。
無数の残像を伴って閃く刃が降り注ぐミサイルを捌き、切り払い、そして、
「Live and Let Die!! オレは生きる! テメェは死ぬが良い!」
一瞬で距離を詰め、冷気を切り裂く刃がフィドラグィヤを捉えて退かせ、
「っ、けど、まだ――」
「いいや」
お前は逃さない、と告げるように。
飛び退くフィドラグィヤよりも早く、強く、かだんは拳を握り距離を詰める。
同時に展開されている三つの宿縁。
それがどのような決着となるかは、まだわからない。
けれど――それを邪魔することも、汚すことも、許しはしない。
「ここで、終わりだ」
ツカサが描き出す星の加護とリリスの展開する雷の結界。
二重の加護がフィドラグィヤの冷気を阻むとともに、握るかだんの拳に宿るのは触れるものを凍てつかせる絶対零度の凍気。
樹氷が如き腕による重量打撃の一撃とフィドラグィヤの拳がぶつかり合い、周囲に冷気と衝撃をまき散らして。
――押し勝つのはかだんの拳。
「潰えて、終え」
突き刺さる拳が氷王の体をも凍らせて微塵に砕き。
そして、一つの宿縁に終わりを告げた。
●鍛刀竜王
『「おぉぉおお!」』
秋子と鍛刀竜王。戦場に響くのは人と竜の二種二重の咆哮。
薙ぎ払う尾を潜り抜け、雷を纏う刃を拳で砕き、
「真幸さん!」
「ああ!」
止まることなく踏み込み、真幸と共に繰り出す蹴撃が竜を捉えて退かせ――しかし、身をくねらせて体勢を立て直し、竜の咆哮と共に降り注ぐのは赤刀の雨。
『その程度ではあるまい?』
「もちろん! ――Time to rock!!」
降り注ぐ刃を正面から見据えて秋子が地面を蹴りこめば、呼応するように大地が隆起し、爆発したかのような勢いで飛び出す無数の岩石が礫となって赤刀の雨を打ち払い。
そして――、
「まだ、まだ、ここからだよ!」
ぶつかり合い、砕け散った無数の岩石の破片が地に落ちるよりも早く、宙にある破片を足場にして駆ける秋子が拳を振るう。
(「大丈夫、震えてない――やれる!」)
鍛刀竜王を祭る家に生まれ、相手を主として崇めよう育てられ。
それに反発して逃げ出した後も、竜の関係者が怖くて避けてきた。
けれど――、
(「いつまでも、そんなトラウマ抱えて生きるのは嫌!」)
ドラゴンを含めたデウスエクスとの戦いは、すでに終わったと言っていい段階。
世界が先に進んでいるのに、過去に縛られ続ける自分のままではいたくない。
「竜が怖かった私は昨日までの私! 私は貴方の呪縛を断ち切って、一族郎党弄ばれた過去も研究結晶として私が在ることも、全部丸呑みにして強くなってやる!」
決意を込めて改造した代々伝わる戦装束に身を包み、景気付けとばかりに拳を打ち合わせて、秋子は親愛なる宿敵を見据えて笑みを浮かべる。
「さあ、楽しもう主様!」
『ああ、もっとお前を見せろ、御手塚・秋子!』
衝撃を散らしてぶつかり合う拳と刃。
交錯する度、互いに攻撃と共に笑みを交わし。
そして、
『――ふ』
「――ふふっ」
『「はっ、ははははは!」』
知らず、どちらともなく零れだすのは楽し気な笑い声。
「ああ、良かった」
大立ち回りを繰り広げる秋子を見守りながら、真雪は安心したように息をつく。
ドラゴン関係の依頼に誘っても、どこか躊躇するものがあるのか、なかなか来ようとしなかった秋子だが……。
「吹っ切れたみたいだねえ」
ドラゴンと決着がついてからずっと抱いていた、モヤっとした感情。
宿敵を相手に全力でぶつかって整理がつくのなら、きっとそれが一番いい。
「秋子には、我が家の業を背負わせて辛い目に合わせてしまってきました」
「あの時わしに力があれば、一緒に連れて逃げれば、と思ったことも一度や二度ではなかったが……」
走り、笑い、全力で戦う秋子の姿を眩しそうに見つめて、御手塚・哭とアスール・ランディは……秋子の父と祖父は、静かに呟く。
デウスエクスを祭る一族に生まれ、関わり、そして断ち切ることができなかった因縁。
それを家族に背負わせてしまった後悔と苦悩は、父として、祖父として生き続ける限り、いつまでもどこまでもその背に絡みついて離れない。
けれど、
「姉貴はさ、助けてって言わないんだよね」
姉の背を見つめて、御手塚・秋彦は少し拗ねたように口をとがらせる。
大丈夫だよ、と。
戦うその背が、言葉よりも雄弁に物語るけれど。
――それでも、もっと頼ってほしい。
「言ってくれないと何も分からないし助けてあげられない。それに――実の姉の最後の大立ち回りを見に行かないわけには行かないじゃん」
今回も連絡して来たのは真幸だったし、と頬を膨らませる秋彦に真幸は軽く肩をすくめて苦笑を返し。
そのやり取りにそっと笑って、哭とアスールも前に出る。
「帰ったらちゃんと話そう」
「ああ、みんなで一緒に、な」
因縁を断ち切り、その先を家族と共に生きるために。
走る刀を哭のサイコフォースが弾き飛ばし、それを抜けた刃をアスールが受け止めて。
秋彦が放つ分身の術が秋子を包んで加護を与え。それに重ねるように、
「「愛し子の妻は我が子も同じ、研究結晶であろうが俺には知らぬこと」」
「秋子が倒すというなら守ってやろう」
「秋子が倒すというなら支えてやろう」
部下であり、溺愛している者の妻を守り支えるために、慈次・スラッグと賛然・スラッグの支援が、
「わしらはサポートに徹っするけん、きっちり決着をつけてこい!」
「力の見せ所ですね」
幸道・スラッグと九田葉・礼の支援が重なり、幾重もの加護を秋子へと重ねてゆき。
そして、
(「……クソ親父やおふくろは竜業合体で食われたんだろうな」)
ついぞ出会うことのなかった存在達に、一瞬、真幸は思いを馳せて。
「――――」
彼等の支援と共に、真雪は高らかに歌を奏でる。
それは、異界の古代語で歌うように紡がれる白魔女の癒歌。
明確に聞き取り難く、また意味も理解できない異界語の歌。
かつて兄貴分に教えられた治癒系呪文だというだけで、正式名称も知らない歌だけど。
――きっと、今この時に歌うなら、この歌をおいては他にない。
(「さあ、思いっきりやってこい!」)
「――うん!」
歌に乗せて届く真幸の思いに頷いて、拳を握り秋子は駆ける。
自分も、そして相手も、すでに限界は近いけれど。
家族と仲間と宿敵と、そして伴侶。
大切な存在が見ているのだから、もう少しくらいは頑張れる。
ブレスを潜り抜け、続けて振るわれる尾を足場に飛び上がり、繰り出す蹴撃は鍛刀竜王を捉えて地面に叩きつけ。
「私の勝ちだよ、主様!」
『――ああ、見事だ!』
続けて繰り出す拳が、宿敵を魂ごと喰らい付くして。
そして、一族にまつわる宿縁に終わりを告げた。
●アジサイ
『ア、アアァァァ!』
「……くっ」
叫びと共に振り回されるアジサイの六本の腕。
それらを受け止め、かわして凌ぎながら、ルフは苦し気に表情をゆがめる。
屍隷兵『アジサイ』。
半ば暴走しているような状態にあってなお、その実力は決して侮れるものではない。
だが、それ以上に――力任せに振り回される腕よりも、毒を宿した爪よりも、呪いを帯びた叫びよりも。
『セン、セイ……ドウシテ……』
「――っ」
見つめる虚ろな瞳が、かすれるような呟きが、ルフの心に爪を立てる。
「戦死じゃなくて実験で死んだんだね……気づかなかったよ……ごめん……ごめん……」
教え子の一人は狂月病に狂い。
共に修業を積んだ親友は思い出を奪われて敵となり。
そして今、苦悶の声を挙げて暴れるのは屍隷兵へと作り変えられた三人の教え子達。
「気づけなくてごめんね」
振り抜く腕を受け止め、後ろに飛ぶことで衝撃を殺すと共に、空中でルフが乱れ討つ銃弾がアジサイへと走り追撃を阻む。
「でも、もう大丈夫。先生が楽にしてあげるから……」
屍隷兵となった彼らを元に戻す手段はない。
できるのは、倒して苦しみを終わらせることだけだから。
「……みんな、力を貸して」
「うむ。任せよ」
「お前は、決着に専念しな」
呼びかけに応え、端境・括が展開する守護の神域と真幸のマインドシールドが守りの加護を与え。
「わたくしの演奏、聴いて頂けると幸いです」
リリスが即興で奏でる機械仕掛けの夜想曲がアジサイの意識を揺らがせて足を止めて。
「後ろはわたくし達が支えます。ルフ様は、あの子達との決着を」
「納得いく終わりを迎えられるように、な」
奏でられる音色の中で、リリスの、真幸の言葉に背を押されて。
一度目を閉じると、ルフはアジサイへ笑いかける。
あの頃と同じように。
「さて、最後の授業といこうか?」
『センセイ……オネガイ、シマス……』
撃ち出す銃弾がアジサイの爪に切り払われて火花を散らし。
それを合図とするように、かつての師弟はぶつかり合う。
続けざまにルフが撃ち出す跳弾射撃を受けて動きを鈍らせたアジサイへと、紫電を纏う剣を握りパトリックが駆ける。
雷光の速度で閃くパトリックの刺突とアジサイの腕がぶつかり合い。
互いに弾かれ、先に体勢を立て直したアジサイが大きく息を吸って追撃の叫びを放つよりもわずかに早く、
「邪魔……!」
カシュアの攻勢を振り切ったシェミアの刃がアジサイを退かせ、飛び退くアジサイを追うように踏み込む秋子の拳をアジサイの爪が押し返して。
(「……そっか」)
ぶつかり合うアジサイの動きを見て、ルフは小さく泣き笑いのような笑みを零す。
暴走したように暴れる屍隷兵『アジサイ』。
けれど、踏み込む動き、離れる動き。
その動きの根幹にあるのは螺旋忍者としての――ルフが教えた体捌き。
(「忘れないで、覚えていたんだね」)
遠く離れても、命を落としても、屍隷兵に改造されても。
共に過ごした時間は、確かにそこにあった。
だから、
「行くよ、みんな」
印を切り、冷気を渦巻かせるアジサイを見つめて、ルフは銃を構える。
その技は知っている。
それもまた、かつて自分が教えた技なのだから。
「ルフ様、存分に」
「終わらせてこい」
リリスのエレキブースト、かだんのルナティックヒール。
そして、心を奮い立たせ、燃え上がらせるツカサの魂の叫び。
三重の加護と共に、ルフは取り出した弾を銃へと籠める。
それは、口寄せの術を彫り込んだ特性の銀の銃弾。
「我撃ち出すは白銀の蛇。その蛙をむしゃっと残さず食らい尽くせ!」
放つ弾丸は、氷結の螺旋を貫いてアジサイの胸を射抜き、そこより呼び出される白蛇がアジサイの首元へと牙を伸ばして。
そして――その体を抱きしめるように巻き付いていた白蛇が消えた後に残るのは、力を失って横たわるアジサイの体。
終わりのやすらぎを得て眠りについた教え子たちを優しく見つめ、ルフはそっと俯き瞳を閉じる。
「……おやすみなさい」
●暴走天使カシュア・アトック
「……兄様!」
「消えろ、ドラゴン!」
狂気の怒りを纏い放たれる魔法弾を、翼を広げ、身を翻してかわし。
その動きのままに繰り出すシェミアの大鎌とカシュアの大剣が火花を散らす。
刃を振るい、受け止め、弾き、捌き。
十合に届くほどの打ち合いの果てに、振り抜くカシュアの大剣が大鎌を弾いてシェミアの体勢を崩し。
体勢を立て直すよりも早く、翼から放たれる光の奔流がシェミアを捉えるも、
「……っ、まだ!」
同時に繰り出すシェミアの蹴撃がカシュアを捉えて二つの体を後ろへと跳ね飛ばし。
光に焼かれ、体勢を崩しながらも歯を食いしばって踏みとどまり、大鎌を握りなおすと再度シェミアは戦場を駆ける。
この地に導かれた四つの宿縁も、残るはカシュア一人だけ。
ここにまでの戦いの中でケルベロス達の消耗もまた大きく、限界近く――否、すでに限界を越えて精神力で立っている者もいる程だけど、
「やれるか、秋子」
「もちろん!」
「剣を取るのもこれが最後なんだ、もうちょっとくらい無理はしてみせるさ!」
呼吸を合わせて蹴撃を放つ真幸と秋子が、残像を纏う剣を閃かせるパトリックが。
この場に立つケルベロス達が力を振り絞り、己を鼓舞してカシュアと対峙する。
最後の宿縁を――シェミアとカシュアの苦しみを終わらせるために。
「あえたんだ。だから終わるんだ。あえなかった苦しみも互いを傷付ける苦しみも」
放たれる魔法弾をかだんのナイフが切り払い。
続く光の奔流をリリスの展開する雷の壁が受け止め、阻み。
そのままカシュアが大剣を閃かせるよりも早く、走り抜けるルフの銃弾が刃を弾いて動きを鈍らせると、僅かに動きの鈍った大剣をツカサと日柳・蒼眞の握る剣が受け止める。
「しっかりするんだ、カシュアさん。あなたはシェミアちゃんのお兄さんだろ!」
「仮にも兄貴なら、妹を傷付けるような真似はするんじゃない」
その言葉が狂戦士となったカシュアに届くことがないことはわかっている。
それでも、その身を縛る狂気の根元にあるのは家族への思いのはずだから。
「それと、折角会えた妹の前で格好つけないでいったいいつ格好をつけるってんだ!」
「あ、ああぁぁああ!」
振り抜く二人の刃がカシュアの体を押し返し。
翼を広げて剣を振り回し、無くした何かを求めるように叫びをあげるカシュアへと、シェミアも翼を広げて疾駆する。
「……兄様、碌にお礼も言えていませんでしたね……」
胸によぎるのは共に過ごしたかつての思いで。
笑い合い、愛されて、守られて。
幸せだったあの頃と、それが奪われた奪われた時に守ってくれた最後の姿と。
「今わたしがあるのは、あの時兄様が命を賭して守ってくれたおかげです……本当にありがとうございました……」
共に翼を広げ、戦場を縦横に駆け巡りながらシェミアとカシュアは刃をかわす。
地を駆け、野を駆け、空を駆け。
いつしか地上を離れた七夕の夜空の下で、兄と妹は対峙する。
「そして……そのために、今も兄様が悪夢に囚われているなら……それを刈るのが、わたしの役目……最後の務め、果たさせて貰います……!」
「まだだ……まだ、ドラゴンを倒さないと、シェミアが安心できない。守れない……」
「もう脅かす存在はいないから……だから」
憎しみにくるってなお、自分を守るために戦い続けようとする兄に、シェミアは涙を溜めたまま親し気に微笑むと大鎌を握りしめ。
瞬間、右腕から燃え上がる純白の炎が大鎌を包み込み、炎の大剣を作り出す。
ドラゴンの脅威は、すでにない。
ここから先の時代で自分達のような思いをする者は、もう現れない。
優しい兄が狂気の戦いに縛られ続ける必要は、もう無いのだから。
「だから、その呪縛から解き放つ……!」
その姿を見上げて、ツカサはそっと拳を握る。
大切な友達だから助けになりたいと思うけれど……口を挟むことも、今はきっと邪魔になる。
だから、
「頑張れ、シェミアちゃん」
祈るように呟き、見守る先で。
兄妹は交錯する。
「シェミアァァア!」
「――兄様!」
矢のように、真っ直ぐに。
共に大剣をかざして夜空を走り。
「兄様……大好きでした……」
突き出すシェミアの刃は、カシュアが剣を振り下ろすよりも早くその胸を貫いて。
力の抜けた腕が、そっとシェミアの髪をなでるように触れて、離れて。
そして、この地に集う最後の宿縁に終わりを告げる。
●
「兄様……安らかに、良い夢を……」
憑き物が落ちたように柔らかな表情で、眠っているように目を閉じた兄の体を抱きしめ、シェミアは静かに涙を流す。
他の手段があったわけではない。
こうすることで、兄を狂気から解放することができた。
それでも、と涙をこぼすシェミアに寄り添って、ツカサは優しく語り掛ける。
「よく頑張ったね、シェミアちゃん」
ここに来れなかった友達みんなの分もこめて励まし労う言葉に、うつむいたままシェミアも頷きを返し。
顔を上げた先で、リリスとルフが大きな木の根元にいくつかの石と花を並べてゆく。
三つ並んだその石は、ルフの教え子たちが眠る墓標。
死体を残すこともなく崩れ去った彼らが存在した、せめてもの証。
「……おやすみ」
そっと目を閉じ手を合わせる二人を、かだんは静かに見つめる。
眠りを奪われた死者は穏やかな眠りにつき、その想いと共にこれからも生者は生きてゆく。
「それじゃね、主様」
「ああ……うん、良かったな」
そこらへんの花や紐を引きちぎって、ペイっと投げ捨てるように手向けに捧げ。
ドヤっと笑う秋子の頭を真幸は苦笑しつつ軽く撫で、一度息をつくと夜空を見上げる。
ひとまず、戦いは終わった。
その先の未来に何があるのかは、まだわからないけれど。
それでも、終わりは見えてきている。
「さて、これで刀剣士も引退、か? オレがケルベロスである理由は、デウスエクスがいなくなってしまえば、もはやないはずだろうし」
地面に腰を下ろし、抱きかかえたティターニアと共にパトリックも空を見上げて未来に思いを馳せる。
そろそろ日付も変わるころ。
いつか見た明日は、あと少しの場所まで近づいてきている。
作者:椎名遥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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