●断ち切れぬ過去
「召集に応じてくれ、感謝する。季節の魔力を使ってピラーを改修する作戦で、少しばかり拙い事態が発生した」
大至急、現場に向かって事態の収拾に努めて欲しい。だが、今回は特に強い宿縁を持った者達に、優先して戦いに赴いて欲しいとクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は告げた。
「もう、気付いている者もいるだろうが……季節の魔力に導かれて、七夕祭り会場の近くに、4体のデウスエクスが出現することが確認された。お前達には、この全てを撃破して、会場を守ってもらいたい」
クロートの話では、出現するのはダモクレス、ドラゴン、そして死神に螺旋忍軍。なんとも節操のない組み合わせだが、それ故に個々の思惑も一致していない。中には、互いに互いを敵と認識している者もいるようで、上手く立ち回れば漁夫の利を狙うこともできそうだ。
「4体の中でも、特にドラゴンは己の追及する美のために、ダモクレスや螺旋忍軍でさえ取り込もうとしているようだ。当然、他の2体も黙ってやられるつもりはないだろうが……螺旋忍軍の方も、あわよくば自分がダモクレスを攫い、眷族にしてしまおうと企んでいるぞ」
なにを隠そう、このダモクレスは流体金属のボディを持ち、自在に姿を変えることができる。その能力を生かし、人間の女性の姿となって地球に潜伏していたようだが、その結果として他のデウスエクスに集中的に狙われるようになってしまったとは皮肉な話だ。
「この3体を上手く煽れば、同士討ちを誘うことも可能だろうな。だが、敵は3体だけではない。残る最後の敵……モザイクの下半身を持った死神もまた、漁夫の利を狙っているから注意してくれ」
どうやら、この死神はケルベロスを倒し能力を奪うことに執着している存在らしい。奇しくも、乱戦の場に引きずり出されたことで、むしろその状況を利用して他のデウスエクスからグラビティ・チェインを奪い、自らの力を増強するために利用しようと企んでいるようだ。
「敵は単体でも強大な戦闘力を誇る連中ばかりだからな。1対1で、それぞれがバラバラに戦えば、こちらの敗北は必至だぞ。お前達のフォローには、成谷を同行させるつもりだが……できれば、デウスエクス間の争いを利用して、戦いを有利に進められるよう考えてくれ」
幸い、敵の現れる現場は七夕祭りの会場から離れており、周辺住民の避難も済んでいる。戦う際は、気兼ねなしに暴れてもらって構わないが、くれぐれも自分達が先に倒されないよう注意して欲しい。
そう言って、クロートはケルベロス達を、決戦の場に送り届けるべくヘリオンを発進させる。過去の因縁を絶ち切ることで、真の意味で希望ある未来を掴むために。
●集いし宿縁
七夕祭りの会場から、少しばかり離れた河川敷。
本来であれば、ここもまた祭りに向かう人々で溢れているはずの場所だった。だが、今は微かな人影も見えず、ただ川の水が流れる音だけが響いている。
そして、そんな静寂を破るかの如く、その地に現れしは4体の異形。流動する金属が美しい女性の姿に変わったかと思えば、それに誘われるかの如く、衣をはだけた妖艶な悪女が姿を現す。
その一方で、虚空より舞い降りしは下半身をモザイクで覆い尽された死の使い。そして、あらゆる存在を食らい、その身に吸収することで力を増す、醜悪な肉体を持った竜だった。
「帰るべき星も失った果てに、行き着いた先が地獄とは……」
金属が変じた女は、Phantasmagorie-Xのコードネームを持つ存在。長らく、人間に化けて地球に潜伏して来た彼女にとって、ダモクレスの首魁であるアダム・カドモンが倒されたことは、彼女に課せられた任務が意味を失ったに等しい。
「うふふ……。だったら、私と一緒に楽しい事をしましょうよ。あぁ、でも、あの竜は不快ね。見た目も臭いも……存在そのものが汚物だわ」
そんな彼女を誘惑しつつ、幻惑の白百合と呼ばれた螺旋忍軍は、醜く歪んだ姿の竜へと目をやった。
「オォォ……美シイ……実に美シイ存在……。汝ラモ、我ノ血肉トナリテ、永遠ノ美ヲ築ク礎トシテヤロウ……」
飢融竜サクリベノム。美しいものは何でも取り込み、その姿を己に反映させることで、強大な存在になって行くドラゴン。彼の者からすれば、相手がダモクレスであろうと螺旋忍軍であろうと、大した違いはないのだろう。
「ヒッヒッヒ……これは、なかなか面白いことになってきたネ! こいつらを倒してグラビティ・チェインをいただけば……その次は、勝利の余韻で油断し切ったケルベロスどもを皆殺しにしてやるヨ!」
シニガミロクゴウの仮称を持つ死神が、目元を長い髪で隠したままニヤリと笑った。
対峙する4体のデウスエクス。果たして、この中で最後に笑うのは誰か。それとも勝利を掴むのは現地に向かった番犬達の方なのか。
この惑星の新たなる未来のために。季節の魔力が繋いだ宿縁に導かれし者達による、決死の一夜が幕を開けた。
参加者 | |
---|---|
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099) |
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139) |
久遠・翔(銀の輪舞・e00222) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288) |
ジェミ・ニア(星喰・e23256) |
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731) |
リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102) |
●狂乱の七夕祭り
祭りの囃子に誘われて、現れ出るは百鬼夜行。帰るべき星も、守るべき同胞さえも失った、不死なる者達の生き残り。
放っておけば、彼らは生き足掻きながらも、この地球より生じる重力の鎖に魂を引かれ、やがて静かなる死を迎えることだろう。だが、それでも彼らの大半は、己の欲望を剝き出しにして争い合う。その相手が不死者であろうと、あるいは定命の者であろうと構わずに、自身の野望を叶えるために。
「オォ……美シイ……実ニ、美シイ者達……。サア、我ト融合シ、ソノ美ヲ、恒久ノ存在トスルノダ……」
歪んだ肉体を持つ竜が機械の女性や人ならざる忍に迫るが、対する彼女達の反応は辛辣なものだ。力を失い宝玉にされるだけであれば、再び元の肉体を取り戻すこともできる。しかし、竜に食われて身体の一部とされてしまえば、それは即ち彼女達にとっての真なる消滅を意味するのだから。
「冗談じゃないわ。あなたのような醜い竜に、むざむざ食べられる趣味はないの」
「……私には、もはや帰るべき星はない。それでも、ここで無意味に命を散らせるつもりもない」
飢融竜サクリベノムに対し、Phantasmagorie-Xと幻惑の白百合は、半ば共同戦線を張るような形で対峙していた。その一方で、三者の激突を少しばかり離れた場所から、モザイクの下半身を持つ死神が眺めている。
「ヒッヒッヒ……どうやら、交渉は決裂のようだネ! まあ、せいぜい食べられないよう、頑張っておくれヨ!」
仮称シニガミロクゴウ。本来の名前さえ分からぬ不気味な存在。彼の目的は、ただ一つ。他のデウスエクス達が争い、弱ったところを狙って力を奪い、自らの糧とすることだけだ。
「なんだか大騒ぎですね。今のところ、こちらはあまり眼中にないようですが……」
ケルベロスそっちのけで睨み合うデウスエクス達の様子に、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が思わず呟いた。そんな彼女の後ろから姿を現したのは、巨大なトナカイ……ではなく、トナカイの着ぐるみを着たリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)だった。
「ん……やっぱり、着ぐるみの力は偉大だね」
いったい、何故に彼女はこんな格好をしているのか。ともすれば、ふざけているとしか思えない姿だが、これには立派な理由がある。
「きぐるみは……うつくしくない、から?」
同じく謎の生物……ではなく、キマイラの着ぐるみを着た伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が顔を出した。
そう、彼女達は、なにも遊びでこんな格好をしているわけではない。敢えて美しさとは程遠い存在になることで、サクリベノムや白百合から狙われることを避けようと考えた故の作戦だ。
「う~ん……確かに、これなら敵からは狙われないかもしれないけど……」
それでも、こんな季節に着ぐるみでは、さぞかし暑くて動きにくいだろう。できれば、もう少し涼し気な格好はなかったのかと、頭を捻る成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)。
「確かにね。顔を隠すだけだったら、仮面でもつければ済むはずだし」
自らも仮面で顔を覆いつつ、フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)が何も持っていない里奈にも仮面を渡す。彼女の容姿が敵に気に入られる可能性は限りなく低いが、それでも念のためということも考えられるので。
「では、そろそろ行きましょう。皆さん、ご武運を……」
ジェミ・ニア(星喰・e23256)を先頭に、ケルベロス達もまたデウスエクス達の諍いへと割り込んで行く。猫の着ぐるみに、仮面まで装着した姿なのはご愛敬。彼らとの宿縁。それに、この場所で決着をつけるためにも。
「白百合の方は、俺に任せて欲しいっす。その間に、皆さんは他のやつらを!」
「助かります。できれば、あのダモクレスには、最後まで攻撃をしないでもらいたいので……」
久遠・翔(銀の輪舞・e00222)の言葉に、礼を述べたのはエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)だ。彼の紡いだ宿縁は、この地に集まったケルベロス達の中でも、際立って特殊なものだった。
「任せておくがよい! 今宵、この地に集まったのは、わしらだけではないのじゃからな!」
後ろは気にせず、大船に乗ったつもりでいろと、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)がエトヴァの背中を押す。そんな彼女の後ろには、この戦いのために集まった、多くの仲間達の姿があった。
「回復は任せろ、行ってこい」
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)を始めとした面識のある面々。そんな彼らの声援を受けては、エトヴァとて格好悪いところは見せられない。
(「これは、ますます負けられませんネ。感謝いたしますよ、皆さん」)
かくして、七夕の魔力に引き寄せられ集いし者達による、かくも数奇にて危険な宴の幕が開いた。
●漁夫の利を得る者
ケルベロス達が戦いに乱入したことで、デウスエクス同士の混沌たる戦いは、さらに混迷の色を濃くして行った。
「何ダ、貴様達ハ! 我ノ理想、阻ム者ニハ容赦セヌ!!」
獲物を横取りされると思ったのか、サクリベノムは全てを腐敗させる吐息で、己以外のあらゆる敵を排除せんと荒れ狂う。牽制と威嚇の意味を込めた攻撃でしかないが、それでも瞬く間に周囲の草木が枯れ、金属さえも腐食して行く様を見て、フラジールは改めて敵の強大さを感じ取っていた。
(「これ程の敵とは……なるほど。交わらない運命とは思っていたけど、それだけ殲滅のし甲斐があるという事ね」)
こんな敵と戦える機会は滅多にないが、それを喜んでいる場合でもなさそうだ。こちらを先に狙われては作戦が狂う。ここは当初の予定通り、デウスエクス間での同士討ちを狙わせねば。
「私を狙うとは……私が『怖い』か?」
敢えて相手を挑発しつつ、フラジールはPhantasmagorie-Xを指差しながらサクリベノムに告げた。
「私に構っている暇などないだろう? 貴様の獲物を、あの女が狙っているぞ?」
そう言って、まずはサクリベノムと白百合が、互いに争うように仕向けて行く。今回の敵の中で、特に厄介なのはこの二体。まずは彼らが互いに睨み合ってもらわねば、こちらの狙いが狂ってしまう。
「オノレ、賢シイ事ヲ……」
攻撃に対して正論で返され、これにはサクリベノムも黙って引き下がる他にない。ここで怒りに身を任せて暴れれば、その隙に白百合がPhantasmagorie-Xを奪って逃げる可能性もあるからだ。
一方、その白百合であるが、サクリベノムへの攻撃はそこそこに、新たに現れたケルベロス達へと興味を移していた。
「あら、随分と可愛らしいお客さんね。これは……ちょっと、悪戯したくなってきたわ」
妖艶な顔に宿る邪悪な笑み。彼女の狙いは、着ぐるみを着ているケルベロス達。確かに、着ぐるみ姿は彼女の求める美しい女性ではないのかもしれないが……しかし、弄んで破壊するための『玩具』としては、十分に楽しめそうなものだった。
「うわわ! こっちを攻撃して来た!?」
白百合が香を周囲に展開し始めたことで、里奈が思わず声を上げた。このまま戦いが長引いて着ぐるみが破壊されでもしたら、今度はサクリベノムからも狙われるかもしれない。そんなことになったが最後、こちらが一方的にデウスエクス達から攻撃されるだけの展開になり兼ねない。
「そうはさせないっすよ! 白百合……お前の相手は、この俺だ!」
そんな状況を打破すべく、白百合の前に躍り出る翔。一瞬、何のことか分からず顔を顰める白百合だったが、続く翔の言葉を受けて、何かを思い出し表情を歪めた。
「忘れたかこの顔を? お前の過去の汚点はまだ生きているぞ?」
女性しか攫わない白百合が、過去に唯一犯した失敗。それは、女性と見紛う美貌の翔を攫ってしまい、後で失態に気が付いて大恥をかいたこと。
「お前を殺す為に、地獄からこうやって這い上がってきた!」
翔の服が開けると同時に、その下から現れたのは無数の拷問傷だった。腹と心臓、そして瞳までも奪われた彼は、それらの部位を獄炎で補って、地獄の番犬として蘇ったのだ。
「お前は……ええ、覚えているわ。忘れたくとも忘れない……」
どうやら、翔の傷と顔を見て、白百合も自らの黒歴史を思い出したようだった。
今までの、どこか遊びじみていた雰囲気が一変し、白百合の身体から凄まじい殺気が立ち昇る。このまま戦えば、翔の敗北は必至。だが、それでも構わない。白百合が少しでも翔に気を取られている隙に、その背後からサクリベノムが襲い掛かれば、それだけで彼女に対してこちらは有利を取れるのだから。
「クックック……これは、実に面白いことになってきたヨ! もっとも、最後に笑うのは、この私……っ!?」
そして、最後のデウスエクス、仮称シニガミロクゴウ。漁夫の利を狙い、最後まで動かなかった彼の足元に、残るケルベロス達の攻撃が炸裂する。
「な、なんだっテ!? こいつら、私を狙っているのカ!?」
それは、ロクゴウにとってはあまりに計算外の展開。なにしろ、見た目だけなら相当にヤバそうな敵が他にもいるのに、ケルベロス達の攻撃の大半は、自分の方へと向けられているのだから。
「ふっふっふ……お主のような狡賢い者の考えることなど、わしらは当にお見通しよ」
ここは自分達に任せ、Phantasmagorie-Xの下へ向かえと括はエトヴァに片手で促す。それに合わせ、リリエッタが一気に距離を詰めると、ロクゴウの腹に強烈な蹴りをお見舞いした。
「死神……相変わらず、卑怯で下種なことしか考えないんだね……」
「……ゴハァッ!! お、おのれぇ……」
口からモザイクを吐き、崩れ落ちるロクゴウ。続けて、カルナが後ろから竜砲弾を叩き込み、さらにロクゴウへと言葉を投げかけ。
「此方に気を取られて良いんですか? あなたと真に宿縁が繋がっている人は、僕ではないはずですよ?」
「グ……ググ……ふざけるなァ!!」
ついに激高したロクゴウが、周囲にモザイクを撒き散らして暴れ回る。が、それとてケルベロス達は織り込み済みだ。咄嗟に、勇名が紙兵を散布したことで、敵の放ったモザイクは、悉く無効化されてしまった。
「なかよしを、はなればなれにしない……。だれも、たおれさせない……」
姑息な手段で漁夫の利を得ようと立ち回る死神とは、ここに集まった者達は覚悟の度合いが違うのだ。さすがに、これ以上は不利と察してか、ロクゴウは早々に逃げの態勢に入ったが……果たして、追い詰められた彼が逃げるところまで、番犬たちは予想していたのだろうか。
「……ぐぇっ!?」
突然、どこからともなく伸びて来た鎖が、ロクゴウの首に絡みついた。
それは、今まで支援者達の中に身を潜め、機会を伺っていた暁・光(ラストダンス・e04931)によるものだ。彼は最初から、この瞬間だけを狙っていた。精神の乱れから相手の予知が狂い、注意が散漫になる一瞬を。
絡みつく鎖を外そうともがくロクゴウだったが、それも空しい抵抗だった。ここぞとばかりに、他のケルベロス達の一斉攻撃が、彼目掛けて四方八方から降り注ぐ。いかに強靭な肉体を持つデウスエクスとはいえ、これだけ執拗に集中砲火を浴びせられれば、もはや己の力で立つことさえも敵わなくなり。
「……夢は、見終わったか?」
最後に、ビハインドの明がロクゴウを羽交い絞めにしたところで、光の強烈な飛び蹴りが、問答無用で死神の頭を蹴り砕いた。
「これでお前を……還してやれるな、明……」
●美を食らう竜
飢融竜サクリベノム。美しい存在を取り込み、自らの糧としてきた魔性の竜は、しかし自らが獲物として狙っていた存在が狙われ始めたことで、怒りの雄叫びを高々と上げた。
「オォ……ナント……ナント、言ウコト……!」
横槍を入れ、自らの獲物を奪わんとするケルベロス達を、サクリベノムは許さない。無論、それこそがケルベロス達の策でもある。彼の者の意識がこちらに集中すれば、その分だけ後ろから狙われる隙が生じるわけで。
「的が大きいと、その分だけ狙いやすいね」
「ええ、まったくです。おまけに、美を集めたにしては、随分と醜悪な身体をしていることで……」
リリエッタの拳銃が火を噴き、カルナの投げた不可視の魔剣がサクリベノムの攻撃力を奪って行く。それでも、強大なドラゴン故に未だ倒れることをしなかったが、敵はケルベロスだけではない。
「鬱陶しい竜ね。さっさと私の目の前から消えなさいな」
時折、翔のマークを離れた白百合が、実に嫌なタイミングでサクリベノムへ茶々を入れて来るのだ。おまけに、そこに便乗する形でPhantasmagorie-Xが毒音波を撒き散らすため、煩わしいことこの上ない。
「グゥゥ……貴様達ハ、後回シダ! 後デ、ジックリト、食ラッテヤル……!!」
翼脚を伸ばし、サクリベノムは白百合を吹き飛ばした。それだけ彼女の攻撃が、サクリベノムにとって面倒なものだったのだろう。
もっとも、そんなことをすれば最後、隙だらけになった死角から、ケルベロス達による一斉攻撃が待っている。単発ではサクリベノムの命を奪う程の攻撃ではないが、それらを幾度となく重ねられたら。
「これ以上は、好き勝手にさせませんよ」
「今じゃ! 存分に叩きのめしてやれ!」
ジェミと括の伸ばした御業が、サクリベノムの翼脚をしっかりと捕まえていた。強引に振り解こうと暴れるサクリベノムだったが、グラビティに対して純粋な力だけで抗えないのは、どんな存在であれ変わらぬ不変の事実。
「がりがりーの、ぎゃりぎゃりー」
ダメ押しとばかりに、勇名がサクリベノムの身体を丸鋸で斬り裂いた。射出された多数の鋸は、サクリベノムの身体に浮かぶ、瞳や顔を潰して行き。
「ヤ、ヤメロ! 我ノ、集メタ肉体ガ……美シイ身体ガ……!!」
己が殺されることよりも、竜は己の美が破壊されることをなによりも嫌った。数多の美と求め、食らい、そして取り込んで来た者としては、あまりに美しくない死に様だ。
「往生際が悪いぞ! これが『最後』であるなら、美しく『最期』と逝くがいい!」
もはや見るに耐えかねたのか、ついにフラジールが切り札を抜く。運命を打ち砕く英霊の力。それを武器に宿すことで放つ、あらゆる守護の力を打ち砕き無力化する神速の一撃を。
「英霊の鮮血に染まりしその翼翻し、革命に仇なす者を打ち砕け!」
「アァ……認メヌ! コンナ……コンナ……終焉ナド!!」
目の前の獲物にばかり気を取られ、意識散漫に戦うのは三流のやること。ハープの音色に導かれるようにして溶けて行く竜の最後は、彼の者が追い求め続けた最高の美であったのだろうか。
●清算されし過去
他のケルベロス達が死神や竜を追い詰める中、翔は己の宿敵である白百合と対峙し続けていた。
彼女が使う幻惑香の恐ろしさは身を以て知っている。しかし、それでもここで敵に背中を見せることは許されない。
自分が白百合の注意を引きつけねば、彼女は頃合いを見計らってPhantasmagorie-Xを狙い、彼女を攫って早々に行方を眩ませるだろう。そうなれば最後、もう二度と彼女を討つ機会は訪れない。ならば、ここで全てに決着をつける。過去の忌むべき記憶にも、自分の身体に傷をつけた存在にも。
「ふぅ……いい加減に、倒れてくれないかしら? 私はいつまでも、あなたなんかの相手をしている暇はないの」
「……そうっすか。でも、こっちには相手をする理由があるっすよ。それに……この程度の痛み、あの日の拷問に比べたら、蚊に刺されたようなもんっす」
幾度となく幻惑の中に沈められ、身体は既に限界を迎えているにも関わらず、翔は何度も立ち上がってきた。後ろを支えてくれる味方がいるからというのは、勿論ある。しかし、それ以上に彼を突き動かす執念の炎が、ここで彼に倒れることを許してはくれない。
「減らず口を! もう、戯れはここまでよ!!」
ついに業を煮やした白百合が、翔を仕留めるべく本気を出して来た。このままではやられ……否、やられるはずがない。なぜなら……。
「おくれて、ごめん……」
「あの死神は倒したよ。そして竜もね」
勇名の繰り出した光の盾が、ジェミの放った気が、それぞれ翔に届いて力を与える。それでも、その力諸共に砕かんと攻撃を繰り出す白百合だったが、そんな彼女の背後から迫るは、リリエッタの放った星形のオーラと、カルナの投げた無数の刃。
「……きゃぁっ! この……やってくれたわね!!」
衣服を破られ、その内に守られた身体にまで傷を刻まれ、白百合は激高した。玉の肌に傷がつけば、彼女の武器である誘惑は、それだけ意味を成さなくなる。おまけに、自分の血の匂いと香の匂いが混ざり合って、幻惑の効果も大幅に半減だ。
「ざまぁないっすね……。そろそろ、おしまいにするっすよ」
姉の使っていたメイスを握り締め、翔は静かに白百合へと近づいて行く。抵抗しない相手を殴ることへの罪悪感など、当の昔に消えている。こいつは……こいつだけは、絶対に許してはならない相手だから。
「砕け……過去の戒めを全て!」
己が番犬として戦うことを決めた理由。自分にとっての始まりであり、怒りと絶望の象徴を、翔は真正面から打ち砕く。振り下ろしたメイスが白百合の頭を容赦なく砕き、頭部を失った螺旋忍軍の肉体は、やがて宵の闇の中へと溶けるように消えて行った。
●最終任務
七夕の魔力に引かれ、集まってきた四体のデウスエクス。その内の三体は撃破されたが、しかし最後の一体であるPhantasmagorie-Xを前に、エトヴァは静かに武器を納めた。
「俺たちのシリーズは、ダモクレスには悪手でしたネ。人に近づき、心を知れば、興味を持つでショウ。貴女も、きっとそうではないか?」
その肉体は、既にダモクレスとしてではなく、より定命の者に近い存在になっているのいではないかと、エトヴァは説いた。唐突な説得に戸惑いを隠しきれないPhantasmagorie-Xだったが、それこそ彼女の中に人間と同じ何かが生まれかけているということでもあり。
「……理解不能。だが……なんだ、これは……。私が……迷っている……?」
次に生じたのは困惑。思考回路に支障を来すノイズなど、普段であれば強引にシャットアウトするか、あるいは回路をニュートラルに初期化すれば済むだけの話なのに。
「どうしても……戦いを続けるというの?」
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の問いに、しかしPhantasmagorie-Xは何も答えない。否、答えられないといった方が正しいか。その迷いを断ち切るかの如く、無差別に破壊の音波を撒き散らすが、その直撃を受けてもなお、今度はフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が前に出た。
「……エトヴァさんが待っていますよ。一緒に、行きましょう?」
攻撃されてもなお、手を差し伸べる。裏表なく、そのような行動に出られる者がいることを、Phantasmagorie-Xは未だ信じられないようだったが。
「何故だ……。何故、このような……私は、この星の生物にとって、敵対生命体であるはずだ!」
「……大丈夫、信じてますから」
彼女の問いかけに、愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)が回復グラビティを以て答えたことで、さすがのPhantasmagorie-Xも、それ以上は攻撃して来ようとはせず。
(「皆が悔いのない決着をつけられるよう、手伝わせてもらったけれど……」)
(「最後の最後で、なかなか厄介な事案ですね。しかし……ここは、見守らせてもらいますよ」)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)やバラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)も見守る中、Phantasmagorie-Xは静かに動きを停止する。未だ自分の在り方に迷ってはいるようだったが、それでも戦いの意思がないことだけは明白だった。
「こちらを信じられないのであれば……俺の心をいくらでも視るといい。大勢の仲間が集ってくれたことの意味……貴女ならわかるでショウ?」
それが、自分がこの星で生きる事を選んだ理由なのだと、エトヴァは告げた。単なる電気的な信号の繋がりではない、絆という名の見えない鎖。それこそが、定命の存在である者の持つ、最高に素晴らしい力なのだと。
「停戦は、アダム=カドモンの意思でもある。ここへ残るもいい、本星へ合流するもいい。貴女の道を探して」
そうすることで、この星で生きる意味を見つけられれば、その時は再び会って話がしたい。仮に本星へ帰ることになっても、もはや命令する者は誰もおらず、全ては自分の意思によって決めなければならないと。
「状況は理解した。少し……考えさせてほしい」
Phantasmagorie-Xの身体が崩れ、銀色の流動体となって流れて行く。そんな彼女を追うことはせず、エトヴァは敢えて見逃した。
「……本当に、あれでよかったの?」
心配そうにエトヴァの顔を見上げる里奈。しかし、当のエトヴァは何も心配などしていないようで。
「心配は不要でショウ。きっと、分かってくれたはずです」
銀色の流体となって飛翔するPhantasmagorie-Xを見送りながら、エトヴァは返した。輝く軌跡を残しながら宵の空に消えて行く流体は、まるで七夕の日の空に現れた天の川の如く。
「歌を……心を教えてくれてありがとう。……さようなら」
最後にエトヴァが呟いた言葉。それは、Phantasmagorie-Xに送られたものだったのか、あるいはPhantasmagorie-Xが姿を借りた、エトヴァの良く知る女性に向けての言葉だったのだろうか。
これから先、真に戦いのなくなった世の中で、Phantasmagorie-Xが真の心に目覚めた時。その時こそ、彼女は再びエトヴァの下を、定命の存在たるレプリカントとして訪れることになるのかもしれない。
作者:雷紋寺音弥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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