最後の宿縁邂逅~四つ数えろ

作者:土師三良

●音々子かく語りき
 七月某日、何人かのケルベロスたちがヘリポートに招集された。
「戦いの日々はもうお終い! ……と、思っていたのですが、ちょっと困ったことを予知しちゃいました」
 皆にそう告げたのはヘリオライダーの根占・音々子だ。
「七夕の季節の魔力を利用してピラーを再生する計画については既にお聞き及びだと思います。その季節の魔力の『二つに分かたれたものを一つにする』という作用が厄介な方向にも働き、『一部のデウスエクスとケルベロスがありえざる邂逅を遂げる』という現象が起きてしまうんですよー」
 音々子が予知した『一部のデウスエクス』は四体。ドリームイーター、ドラゴン、ビルシャナ、エインヘリアルだ。七月七日の夜、某所の七夕祭りの会場から少し離れた地点にそれらはまとめて出現するという。
「その四体を迎え撃つのが今回の任務です。この件は市民の皆様に事前に通告し、出現ポイントへの立ち入りはもとより接近も禁じておきます。よって、無関係な人が戦闘に巻き込まれる恐れはありません。思い切り暴れちゃってくださーい」
 続いて、音々子は各デウスエクスについての解説を始めた。
「まずはドリームイーターの『鍵皇帝ヴァイスリッター』。甲冑を着込んだ武闘派のデウスエクスです。ドリームイーターの勢力が衰退した後は死神に合流していたようです。もしかしたら、ケルベロス・ウォーなどで死亡し、サルベージされている可能性もありますね。まあ、サルベージされていようが、ドリームイーターのままであろうが、敵であることに変わりはありません。
 お次のドラゴン『花竜セレジェイラ』は打って変わって穏健派です。花を咲かせることしかできない非戦闘員だったのですが、他のドラゴンたちに無理にコギトエルゴスム化され、竜業合体の頭数の一つに加えられていたようです。で、コギトエルゴスムの状態で宇宙を漂っていたところ、七夕の魔力で地球に転移したというわけです。穏健派ではありますが、飢餓と恐怖と混乱のせいで正気を失っているので、まともに対話することはできないでしょう。
 三体目は『ビルシャナ絶許明王』。名前から判るようにビルシャナです。そして、これも名前から判ると思いますが、ひどい自家撞着を抱えた奴なんですよー。『すべてのビルシャナを滅ぼすべし』という教義を唱えているんですが、どう頑張っても信者は増えません。だって、教義に染まってビルシャナ化した途端、信者同士で殺し合いが始まっちゃうわけですから。しかも、デウスエクスを殺せるのはケルベロスだけなので、本当の意味での殺し合いにはなりません。皆、コギトエルゴスムになるだけです。『コギトエルゴスム量産明王』という名前のほうが相応しいですね。
 最後はエインヘリアルの『死星将オルフェウス』。エインヘリアル勢は極悪な罪人を何度も地球に送り込んできましたが、オルフェウスもそんな罪人の一人だったようです。竪琴を使って他の罪人を操ることもできるようですねー。もっとも、現場にいるエインヘアルはオルフェウス一人だけなので、その特殊能力を活かす機会はないでしょう」
 四体のデウスエクスたちはケルベロスたちの前にいきなり転移させられるので、状況が把握できずに混乱するだろう。また、全員が異種族である上に面識もないので、混乱が収まった後も共闘する可能性は低い。しかし、あくまでも低いだけであり、ゼロではない。
「万が一、敵が共同戦線を張ってしまうと、面倒なことになっちゃいますね。なので、敵が共闘できないように……そう、場合によっては敵対するように仕向けたりしたほうがいいと思います」
 と、音々子は助言を送る形で話を締めくくった。

●宿縁のビジョン
 七月七日。二十三時四十五分。
 雑木林に囲まれた草原の片隅にケルベロスたちが並んでいた。
 先程までは林の向こうから祭りの喧噪が風に乗って流れてきていたのだが、今は虫の声しか聞こえない。
「嵐の前の静けさってやつかな」
 夜空を見上げていた長身長髪の青年――ラッセル・フォリア(羊草・e17713)が視線を下ろした。
「そろそろ……日付が……変わりますね」
 訥々と呟いたのは死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)。シャドウエルフの妖剣士である。
「つまり、奴らがもうすぐ現れるってことだな。予知された日付は七月七日なんだから」
 ブレイズキャリバーの鈴木・犬太郎(超人・e05685)が得物を握りしめて、視線を巡らせた。『奴ら』を見逃さないように。
「……あ?」
 黒髪の少女――之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)が小さく声をあげた。
 同時に犬太郎の視線が止まった。
 見据えた先は草原の中央。巨大な影がそこに現れていた。闇から滲み出るように。
 戦いに備えて四方に設置していた強力な照明が次々と点灯し、その影の正体を照らし出した。
 淡紅色のドラゴンだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
 長い首を狂おしげに振り回して吠え猛るドラゴン。顔のあたりから赤い液体が飛び散った。血の涙を流しているらしい。
「音々子が言ってたとおり、正気を失っているようだねぇ」
 ドラゴンの外皮と同じ色の目に同情の念を少しばかり滲ませて、ラッセルが呟いた。
「他の三体はどこだ?」
「……出てきました」
 犬太郎が誰にともなく問いかけると、刃蓙理がドラゴンの右側を指し示した。巨体の背後にいたために視認できなかったデウスエクスたちが姿を現したのだ。全員、足取りがぎこちない。突然の転移に混乱しているのだろう。ドラゴンほどの恐慌状態には陥っていないが。
「むぅ!?」
 ケルベロスたちを見て声を発したのは、白銀の甲冑を装着して鍵型の剣を手にしたデウスエクス。ドリームイーターであるらしく、左胸にハート型のモザイクが浮かんでいる。
「貴様は……」
 兜で目が隠されているにもかかわらず、ケルベロスたちには理解できた。ドリームイーターが睨んでいる『貴様』というのが犬太郎であることを。
「ココハ……ドコダ? ……地球カ? 地球ナノカ?」
 四体の中でドラゴンに次いで大柄なエインヘリアルはケルベロスたちに注意を払わず、きょろきょろと周囲を見回している。ドリームイーターと同様、彼もまた甲冑を纏っていた。ただし、色は黒。それに剣は持っていない。手にしているのは竪琴だ。
「キェェェーッ!」
 奇声を発したのは……言うまでもなく、ビルシャナである。
「ビルシャナ臭がするぞぉ! どこだ! どこにいる! 隠れてないで、姿を現せ! このビルシャナ絶許明王が引導を渡してくれるわ! キェェェーッ!」
「どうやら――」
 と、しおんが呆れ顔で呟いた。
「――『ビルシャナ臭』とやらを発しているのが自分自身だということに気付いていないようですね」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
ラッセル・フォリア(羊草・e17713)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)

■リプレイ

●敵はビルシャナ?
「一度に四体ですか……」
 草原の中央に出現したデウスエクスたちを睨みつけながら、赤毛の女剣士――カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は準備運動とばかりにステップを踏んだ。その足を包むブーツ型のエアシューズには薔薇の装飾が施されている。そして、腰に差した日本刀の鍔元にも。
「激しい戦いになりそうですね。しかし、負けるわけにはいきませんわ」
「なにが起こったのかは判らぬが、やるべきことは判るぞ」
 と、デウスエクスのうちの一体が言った。
 白銀の甲冑を纏ったドリームーイター―鍵皇帝ヴァイスリッターだ。
「そう……貴様と決着をつけることだ」
「ご指命をどうも」
『貴様』と呼ばれた鈴木・犬太郎(超人・e05685)が巨大な鉄塊剣を片手で持ち上げ、切っ先を突きつけた。
 ヴァイスリッターの左胸で煌めくハート型のモザイクに向かって。
『それを抉り抜いてやる』と予告するかのように。
「お望み通り、決着をつけてやるよ。ただし――」
『ヒーロースレイヤー』と名付けられた鉄塊剣がスライドし、切っ先が指し示している対象が別のデウスエクスに変わった。
「――そいつをかたづけた後でな」
「ム?」
 と、当惑の声を発したのは、ヴァイスリッターの斜め後方に立つ死星将オルフェウス。黒い甲冑を着て、竪琴を手にしたエインヘリアルである。
「歪んだ神話の時代は終わりです」
 そう言いながら、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)がジェットパック・デバイスを噴かせて舞い上がった。
「覚悟してください。竪琴鉄仮面ビルシャナ!」
「びる……しゃな?」
『竪琴鉄仮面ビルシャナ』ならぬオルフェウスは首をかしげた。
「違ウ……我ハびるしゃなデハナイ……」
「いいえ! あなたはビルシャナです。間違いありません!」
「そのとおり!」
 と、力強く頷いたのは兎の獣人型ウェアライダーのカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)。
 その前面でサウザンドピラーが魚座の形に並び、スターイリュージョンのオーラが飛んだ。
「甲冑で顔を隠しても無駄ですよ! ぜーんぶ、お見通しです!」
「……グェッ!?」
 顔面にオーラを受けて体勢を崩すオルフェウス。
 すかさず、新手が襲いかかった。
 もっとも、それはケルベロスではなく――、
「キェェェーッ!」
 ――同族を憎むビルシャナ絶許明王だったが。
「ビルシャナ臭を漂わせていたのは貴様か! 貴様だったのか! 許すまじぃーっ!」
「そうです! 許してはいけません!」
 と、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)が明王に叫んだ。
「完膚なきまでにやっつけてください!」
「おう! やらいでかー!」
 明王が斬撃のごとき蹴りを繰り出したが、オルフェルスは紙一重で躱した。
 にもかかわらず、またもや体勢を崩すこととなった。
 明王の攻撃に合わせて、別の者が別の方向から別の蹴りを繰り出していたからだ。
 そして、『別の者』であるところのカトレア(ちなみに蹴りはスターゲイザーだった)に続き、刃蓙理が急降下してドラゴニックスマッシュで追撃。三度ともなると体勢を崩すだけでは済まず、オルフェウスは無様に転倒した。
「お゛お゛お゛ぉーっ!」
 絶叫が響き渡ったが、オルフェウスの悲鳴ではない。錯乱状態にある淡紅色のドラゴン――セレジェイラの咆哮だ。ただ吠え猛るだけでなく、長い首を激しく動かして血の涙を撒き散らしている。それにグラビティも発動させているらしい。倒れ伏したオルフェウスの周辺に緋色の花が咲き乱れ、彼の傷の幾許が消え去った。
「……オルフェウスを味方と見做してヒールしてるのかしら?」
 大小二対の翼を有した銀髪のオラトリオ――キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)がルーンアックスを振った。敵を叩き斬るためではなく、味方に破壊のルーンを与えるために。
「いや、敵とか味方とか自分とか他人とかを判別できるような精神状態じゃないでしょ。本能の赴くままに花を咲かせまくってるだけだと思うよ」
 ルーンを受けたラッセル・フォリア(羊草・e17713)がストライプ柄のドラゴニックハンマーから竜砲弾を発射した。
「あ゛あ゛あ゛っ!」
 セレジェイラの咆哮に砲弾の炸裂音が重なり、グラビティから生み出された花々が吹き飛んだ。それらの恩恵を受けたオルフェウスもろとも。
 その惨状に目も向けず――、
「どいつもこいつも私を無視しおって!」
 ――ヴァイスリッターが鍵型の剣を突き出した。
 狙いは犬太郎。
 しかし、剣に突き刺されたのはテレビウムのバーミリオンだった。犬太郎とヴァイスリッターの間に割り込み、盾となったのだ。
「ありがとよ」
 頭にコック帽を乗せた小さな勇者に礼を述べつつ、犬太郎はインフェルノファクターを発動させて自身の体を地獄の炎で包み込んだ。
「おまえを無視してるわけじゃないぜ、ヴァイスリッター。だけど、さっきも言ったように――」
「――まずはそっちのビルシャナをかたづけーる!」
 ヴァルキュリアのエマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)が後を引き取った。
 そして、『寂寞の調べ』を歌い始めた。
「もちろん、エマの言ってる『そっちのビルシャナ』ってのはその黒い奴のことだかんな」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がオルフェウスは顎で指し示した。『紅瞳覚醒』を(『寂寞の調べ』に合うようにアレンジした上で)奏でながら。
「我ハ……びるしゃな……ナノカ?」
 エマの歌声とバイオレンスギターの音色が流れる中、オルフェウスがよろよろと立ち上がった。
「そう。あなたはビルシャナ以外の何者でもありまぜん」
 空中で静かに断言する刃蓙理。
 その真下をバーミリオンが駆け抜け、愛用の包丁をオルフェウスの脛に突き立てた。
「……グッ!?」
 オルフェウスはまたもや体勢を崩して呻きを漏らした。
「キェェェーッ!」
 明王が怪鳥音を発した。
「無視するなと言っているだろうが!」
 ヴァイスリッターが怒声を響かせた。
「あ゛あ゛あ゛!」
 セレジェイラはまだ慟哭している。
「いやー、四者四様のシャウトが飛び交う、このカオスな状況って――」
 エマが歌を終え、親指を立てた。
「――なんだかロックだよねー!」

●敵はビルシャナ!
『寂寞の調べ』でも『紅瞳覚醒』でもない楽曲が草原に流れ始めた。
 オルフェウスが竪琴を爪弾いているのだ。
 当然のことながら、それはただの演奏ではない。ダメージと状態異常をもたらすグラビティである。
「音楽で反撃してくるとは……敵ながら、ロックだね!」
 妙な感心をしながら、エマがガーディアンピラーで仲間たちを癒した。
「う゛う゛う゛……」
 竪琴の音色にセレジェイラの悲痛な声が加わり、またもやオルフェウスの周囲に緋色の花々が咲いた。
「……美しい花だけど、あなたのようなビルシャナには似合わないわよ」
 星かヒトデを思わせる放射状の刃をキリクライシャが放った。眼鏡をかけたサキュバスの残霊とともに。
「我ハ……びるしゃな?」
 あいかわらずアイデンティティーを見失っているオルフェウスに異形の刃が命中し、花々から付与されたエンチャントを林檎の皮でも剥くかのように削ぎ落とした。
 間髪を容れず、赤い旋風がオルフェウスに襲いかかった。林檎の赤ではなく、薔薇の赤。
 カトレアだ。
「この炎で焼き尽くしてあげますわ!」
 ブーツ型のエアシューズから炎が伸び、オルフェウスを焼いた。さすがに焼き尽くすまでには至らなかったが、炎が消えることはなかった。それどころか、新たな炎が加わった。
「がおー!」
 勇ましく(?)吠えながら、オルトロスのイヌマルがパイロキネシスを発動させたからだ。
 そして、犬に負けてはならじとばかりに鳥が攻撃を仕掛けた。
「キェェェーッ!」
 そう、明王である。
(「まさか、ビルシャナと肩を並べて戦う日が来るとはねぇ……」)
 苦笑を噛み殺しつつ、ラッセルが達人の一撃をオルフェウスに浴びせた。
「せっかくの七夕ですから――」
 カロンがまた光を飛ばしたが、今度のそれはスターイリュージョンではない。『星河一天のミルキーウェイ』なるグラビティだ。
「――進化した天の川をご覧ください!」
 オルフェウスの巨躯が星の奔流に飲み込まれ、皆の視界から消えた。しかし、どこか遠くに流されたわけではない。奔流が去ると、その姿はまた現れた。飲み込まれる前よりも甲冑の傷が増えているが。
「我ハ……我ハ……」
 オルフェウスは竪琴を構え直した。
 奏でるための姿勢ではない。
「……びるしゃな!」
 叫びとともに踏み込んだ先は犬太郎の懐。
「待て! そいつは俺の獲物だぞ!」
 と、ヴァイスリッターが止める間もあらばこそ、オルフェウスは犬太郎の頭に竪琴を叩きつけようとした。
 しかし、犬太郎は瞬時に後退。竪琴は虚しく空を切った。
「楽器を鈍器にするとはロックだね!」
 またもや妙な感心をするエマ。
 その頭上から影が急降下してきた。
 デバイスで空を舞っていた刃蓙理だ。
 先程まではドラゴニックハンマーを手にしていたのだが、今は不気味な刀を構えている。
 グラビティ『灰弩羅』によって、己の心臓から取り出した妖剣。
「我ハびるしゃな!」
 オルフェウスが空を振り仰いだ瞬間――、
「違います」
 ――刃蓙理が着地ざまに妖剣を振り下ろした。
「あなたは間違いなくエインヘリアルです。その武勇は、やがて伝説となり、定命者たちの地で語り継がれてゆくでしょう……だから、安心して眠ってください」
 オルフェウスの脳天から股間に線が走り、右半身と左半身が互いに別れを告げて地面に倒れた。
「キェェェー!」
 聞き飽きた叫びを明王があげた。
 勝利の雄叫びのつもりなのだろう。
「思い知ったか、ビルシャナめぇ! ……ん!? まだビルシャナ臭がするではないか! どこだぁーっ! どこにいるぅーっ!」
「ここです」
 と、しおんが答えた。
 静かな声と穏やかな表情。
 だが、背中では阿頼耶識は派手に光り輝いている。
「実は私もビルシャナなのです」
「嘘をつけーい! その姿、どこからどう見てもニンゲンではないか!」
「すべてのビルシャナが鳥の姿をしているとでも?」
「な、なにぃ!?」
 動揺を隠せぬ明王に向かって、キリクライシャも話しかけた。
「……そう、ビルシャナが鳥型とは限らない。なにを隠そう、この私も『果実界の至上神たるリンゴの素晴らしさが判らない奴絶対殺す明王』なのだから」
 二対の翼を大きく広げてビルシャナらしさをアピール。ちなみにキリクライシャが(狂的なまでに)リンゴ好きというのは本当のことである。
「ならば、見逃すわけにいかーん!」
 二人のニンゲン型ビルシャナの言葉を真実と見做し、明王は再び戦闘態勢に移った。
「ビルシャナ、許すまじ! キェェェーッ!」

●敵はドリームイーター!
 オルフェウスの死から二分後。
「南無阿弥陀仏」
 明王めがけて、しおんが突き出した。
 あるビルシャナの遺品(と、しおんが主張しているだけであり、真偽は不明)のガントレットに包まれた拳を。
「きゅえっ!?」
 おなじみの怪鳥音に比べるとインパクトの薄い断末魔の叫びを残して、明王は砕け散った。
「お待たせしましたー。次はあなたの番ですよ」
 カロンがペトリフィケイションの光線を飛ばした。
 ずっと蚊帳の外に置かれていたヴァイスリッターめがけて。
 ヴァイスリッターは鍵型の剣の斬撃で光線を相殺。
 しかし、その隙を衝いて、犬太郎が肉迫した。
「約束どおり――」
 放たれたグラビティは『神風正拳ストレート』。地獄の炎を纏った拳がヴァイスリッターの甲冑の胸部にめり込んだ。
「――決着をつけてやるぜ!」
「ほざけ!」
 ダメージに動じることなく、ヴァイスリッターは剣を再び一閃させた。
「決着をつけるのはこの俺よ! 貴様は決着をつけられる側だ!」
 剣が犬太郎の胸を斬り裂き、ダメージを与えると同時にいくつかのエンチャントを消し去った。破剣の力を有した攻撃だったらしい。
 だが、犬太郎もまた動じなかった。
 ヴァイスリッターが動じなかったのは己に自信があるからだが(その自己評価が正当なものであるかどうかはさておき)、犬太郎の場合は違う。仲間たちを信頼しているからだ。
 その信頼に応えたのはキリクライシャ。
 ヴァイスリッターに語りかけながら、彼女はルーンアックスを掲げた。
「……己が宿敵に対するあなたの執着。その強さだけは学ぶ価値がありそうね」
 ルーンアックスが光を放ち、破剣の力を犬太郎に再び与えた。
「……あくまでも学ぶだけで、見習うつもりはないけれど」
「今以上にロックな戦い振りを見せてくれるなら、見習ってもいいよ!」
 ロックなエマがポーズを決めると、背後から煙が吹き出した。ライブステージを盛り上げるスモーク……ではなく、背中のエレメンタルボルトより生じた蒸気属性のエネルギーだ。
 そのエネルギーが犬太郎の前面に移動して盾に変じている間に刃蓙理が両手を突き出した。
「ロックの定義というのがよく判りませんが……こういう攻撃はロックなのでしょうか?」
「……っ!?」
 両手の先でヴァイスリッターが苦悶の声をあげた。
 目には見えないディスインテグレートの球弾を受けたのだ。
「うん! ロックだね!」
 エマがサムズアップ。
「では、これもロックですか?」
 しおんがヴァイスリッターに駆け寄り、拳を叩きつけた。ただの殴打ではなく、達人の一撃である。
「うん! 間違いなくロックだね!」
「だったら――」
 ロックのお墨付きを与えられたしおんに続いて、ラッセルも達人の一撃をヴァイスリッター見舞った。得物は例のストライプ仕様ドラゴニックハンマーだ。
「――これもロックだったりするわけ?」
「うん! ロック成分100パーセントだね!」
「ひゃっく! ぱぁーっ! せぇーんと!」
 ヴァオが復唱してバイオレンスギターをかき鳴らした。
「えーい! やかましい!」
 ギターの爆音を怒号で打ち消し、ヴァイスリッターが反撃した。胸のモザイクから禍々しい光を放射するグラビティで。
 その魔光の射程圏内にいたのは前衛陣だったが、前衛の一人であるしおんは無傷だった。同じく前衛の犬太郎が盾となり、二人分のダメージを引き受けたのだ。
「感謝するぜ、ヴァイスリッター」
 先程と同様、犬太郎は動じる様子を見せなかった。
 それどころか、ニヤリと笑ってみせた。
「おまえのおかげで俺はケルベロスになり、デウスエクスとの戦いを終わらせることができたんだからな」
「終わってはいない。まだ私がいる」
「そうかもな。だが、すぐに終わるさ。どんなに張り切ったところで、おまえに勝ち目はない。あの時と違って――」
 犬太郎は鉄塊剣を構え直した。
「――俺には一緒に戦う仲間がいるんだからな!」
「ぶはははははははは!」
 ヴァイスリッターが哄笑した。甲冑が揺れるほどに激しく。この場で怒り以外の感情を示したのは初めてかもしれない。
「仲間がいるだとぉ? つまり、一人では勝てぬということだろうが! その点、俺は違うぞ! 何者の力も借りることなく、常に一人で戦ってきたのだからな!」
 反り返るようにして胸を張るヴァイスリッター。
 その甲冑のところどころに朱色の花が咲き、傷口が塞がっていく。セレジェイラが(あいかわらず錯乱状態のまま)ヒールのグラビティを施したのだ。
「言ってる傍から力を借りてるじゃない」
 カトレアが愛刀で斬りつけた。声も眼差しも冷ややかだが、ヴァイスリッターにぶつけた技はそれ以上に冷ややかな流水斬だ。
「常に一人で戦ってきたって……ようは友達がいないってことですよね? 寂しくないですか?」
 カロンが問いかけた。残酷な言葉ではあるが、当人に悪意はない。だが、戦意はある。問いかけるだけでなく、ファミリアロッドの『forever』を小動物に戻して射出したのだから。
「黙れ!」
 と、猛々しく怒鳴ったヴァイスリッターであったが、その姿は無様なものだった。流水斬のブレイクでエンチャントを剥がされ、ファミリアシュートのジグザグ効果で状態異常を悪化させられ、片膝が地についている。
「よく聞くがいい、定命者ども! 俺は……」
「おまえこそ、黙れよ」
 ヴァイスリッターの述懐を犬太郎が遮り、鉄塊剣を一振りした。
 巨大な刀身から地獄の炎が噴き上がり、虚空に巻き込まれるようにして小さな球体に変じた。
 フレイムグリードの炎弾だ。
 それは火の粉を撒き散らして一直線に飛び、ヴァイスリッターの左胸のモザイクを撃ち抜いた。

●敵は……
「さぁーって、残るはドラゴン一頭のみ!」
 ヴァオのギタープレイがより激しいものとなった。
「ロックにブッ倒してやろうぜぇーっ!」
「いや、ヴァオさん。それはロックじゃないから」
「えーっ!?」
 予想外のエマの反応に目を丸くするヴァオ。
 もっとも、予想していなかったのは彼だけだったらしい。他の面々はセレジェイラを取り囲みながらも、攻撃する素振りは見せていない。
「できれば、セレジェイラと対話を試みたいんだけど……べつに構わないよね?」
 ラッセルが改めて仲間たちに確認した。
「好きにしろよ」
 と、犬太郎が答えた。
「俺とヴァイスリッターは決して判り合えない運命だったが、判り合える縁ってのがあってもいいんじゃないか」
「恐慌状態ではあるものの、私たちに危害を加える様子はありませんからね」
 カトレアが刀を鞘に戻した。
「あ゛あ゛あ゛!」
「……ありえざる邂逅、巡り合わせの一時……」
 苦しみ悶えるセレジェイラを見据えて、キリクライシャが呟いた。
「……どんな形でも、狂っていても……機を逃さないことが一番」
「はい」
 と、小さく頷いたのはしおんだ。
「『機を逃さない』ようにお手伝いしたいところですね。しかし――」
「――なにもできそうにありません」
 カロンが後を引き取り、がっくりと肩を落とした。前面に並んでいるサウザンドピラーの光が心境を反映するかのように弱々しくなっていく。
 そのサウザンドピラーを用いてセレジェイラにグラビティ・チェインを与えることができるのではないか……と、カロンは期待していたのだが、当然のことながら、そんなことはできなかった(そもそも、サウザンドピラーのグラビティについては攻撃用のスターイリュージョンしか用意してこなかったのだ)。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
「正気を取り戻しなさい、セレジェイラ」
 ヒールのグラビティを乱発する(その結果、周囲は花だらけになっていた)優しくも悲しいドラゴンに刃蓙理が語りかけた。
「あなたはあなた自身でしかないはず……」
「あ゛ぁ゛ーっ!」
「こんばんは、セレジェイラ」
 と、ラッセルも声をかけた。
「目覚めたら未知の場所で、見知らぬ人たちに囲まれて、おまけに戦いにまで巻き込まれて……ごめん。さぞかし怖い思いをしただろうね」
「あ゛ーっ!」
「ここはね、地球だよ。君の好きな花が沢山咲いてる星だ」
「……あ゛な゛ぁ!?」
 セレジェイラは首を振るのをやめて、ラッセルを見下ろした。
 声の調子も少しばかり変化している。
「ばぁーな゛?」
 ケルベロスたちは理解した。
 ドラゴンが『はな?』と聞き返したことを。
「そう、花だよ」
 と、ラッセルは微笑を浮かべて頷いた。
「季節の魔法によって、花咲くこの地に君は呼ばれたんだ」
「は……なぁ……」
「詳しい説明は省くけど、もうすぐゲートが修復されて、ピラー化されるんだ。それを使えば、君を元の星に返すことができる。グラビティチェインの枯渇の問題も解決されるから、地球との抗争に駆り出されることもなくなるはずだよ」
「はな……」
 セレジェイラは沈み込むように巨体を伏せて、長い首を地面に横たえた。立っていられるほどの体力も残っていない……というわけではないだろう。戦闘中に何度も自己ヒールをおこなっているし、そもそもケルベロスたちは彼女を攻撃してないのだから。
 しかし、この哀れなドラゴンが疲れ切っているのは明らかだった。空腹による疲れだけでなく、精神の疲れ。
「わ、わだしを……だすけて……くれるのでずか?」
 セレジェイラが訊ねた。発音は不明瞭ではあるものの、それはまともな言葉だった。正気を取り戻したらしい。生気は失われたままだが。
「はい。助けますよ」
「私たちにできることがあれば、なんでも言ってください」
 カロンとしおんが何歩か前進し、血の涙が滲む瞳を覗き込んだ。
「さあ、なにがしたい?」
 と、二人の後方からラッセルから問いかけた。
「元の星に戻りたいのなら、協力するよ。地球への移住も大歓迎だ。俺たちは君の意思を尊重する。人様に危害を加えない限りね」
「でしたら――」
 セレジェイラはゆっくりと目を閉じた。
「――ここでわたじを殺してくだざい」
「え?」
「見ての通り、あたしはとても弱い存在です。生き続けでいる限り、この弱さにつけこまれて誰かに利用ざれることでじょう。コギトエルゴスム化させられて竜業合体の生贄となった時と同じように……」
「いや、そういう心配は無用だって。さっきも言ったけど、戦いはもう終わったんだから」
「人とデウスエクスとの戦いが終わっだからといって、ドラゴン同士の内紛が絶えるわけではありまぜん。きっと、わたしは他のドラゴンに食い物にされます。なんの抵抗もできずに……そんな弱い自分が……わたしは許せないのです……だがら……ここで……ひと思いに……」
 ドラゴンらしからぬ優しい心を持つセレジェイラ。
 それでも彼女はドラゴンだった。
 弱さというものを決して許容できない最強種族。
「でも、満足です」
 セレジェイラは再び瞼を開いた。
 涙がまた流れ出したが、今度のそれは血ではない。透き通っている。
「最期に……地球の美しい花々を……見ることができましたから……」
 どうやら、気付いていないらしい。
 周囲に咲いている『美しい花々』が自分のグラビティで生み出されたものだということを。

 ケルベロスたちは次々とグラビティを繰り出した。相手をなるべく苦しめないように気をつけながら。
 自分の花に囲まれて、心優しきドラゴンは静かに逝った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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