最後の宿縁邂逅~ハロハロ☆ラストバトル

作者:そうすけ


 今宵は七夕。『二つに分かたれたものを一つにする』力を持つ七夕の魔力の余波が喜劇……いや、悲劇を引き起こす。


 セルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)は、数名のケルベロスとともにヘリオライダー、ゼノ・モルスの指示にしたがって湘南の海にきていた。
 いつもならゼノにワガママを言って、ヘリオンで送り迎えさせるのだが……。
 いままさに『七夕ピラー改修作戦』が行われている最中で、ゼノは作戦の現場に出てはいないが、作戦を支援する裏方として忙しく働いている。全世界が見守る大作戦だ。さすがのセルベリアもワガママをいえなかった。
 まあ、約束どうり指定の時刻にはヘリオンで駆けつけてくれるだろう。
 それまでの間、みんなで浴衣に団扇でオシャレして、二時間にわたり次々と夜空に鮮やかな大輪を咲かせる花火を心から楽しんだ。
 時刻はまもなくゼノが予知した、『ケルベロスと宿敵がありえざる邂逅を遂げる』時になろうとしている。
 花火見物の人々もすっかりいなくなり、いま浜辺にいるのはセルベリアたちだけだ。
「ホントに綺麗に咲いていたのだ。最後のあれには、私も感動して涙がでそうになったぞ。……さて、そろそろ現れるころか。みな、心の準備はできているな?」
 熱帯夜の湿った空気はいまも火薬の匂いを孕み、潮風に押し流されることなく、波音響く夜闇に花火大会の余韻を生々しくくすぶらせている。
 パタパタと、団扇で首や顔に風をあてながら、デウスエクスの出現を待つ。
「それにしても暑いな。や、夏は暑いものだが――」
 いきなり前方に青くてちっこいビルシャナが現れた。
 セルベリア以下、ケルベケスたちの体に緊張が走る。
「暑いですか? そこでアイスクリームですよ、みなさん!! 夏はアイス一択。春夏秋冬、年中アイス一択!! アイスクリームを食べましょう! アイスクリームこそは宇宙の真理なのです!」
 やけに物おじしない――ビルシャナというのはたいていがそういうものだが、その後ろに種族の異なる3体のデウスエクスが現れた。
 嬉しそうに手に持つアイスクリームを勧めてくるビルシャナと違い、ほかの3体は呆然とした顔で立っている。
「ここは……これは一体、なにごと?」
「え、なにこれ? ビックリパーティ?!」
「………………」
 ケルベロスたちの視線が自分の頭のうえを越えていくことに気づいたビルシャナが、くるりとうしろを向く。
「おや、攻性植物さんにドリームイーターさん、それにドラゴンさんまで。これは素晴らしい! みんなでアイスクリームを食べて一つになりましょう!!」

 ――断る!

 ビルシャナ以外、全員の意見がピタリと一致する。
 美しい毛並みを逆立たせたドラゴンが、戦闘開始の合図となる炎を吐いた。
 一撃目にして苛烈きわまる攻撃。
 のんびりアイス食ってる場合じゃねぇ。
 もはや花火の余韻も熱帯夜の暑さも、吹き飛んでいた。


 時は遡る。
 七夕当日。『七夕ピラー改修作戦』が行われるこの日は、朝からバタバタしていた。
 ゼノはなんとか昼前に時間を作ると、セルベリアを呼び出し、予知に現れたデウスエクスたちと縁のあるケルベロスと有志の者を集めてくるよう頼んだ。
 そしていま、ヘリオンの中で彼らと顔を突き合わせている。
「今夜、七夕の魔力の余波により4体のデウスエクスが引き寄せられ、縁のあるケルベロスたちの前に現れる。一般の人たちに被害が及ばないように、街中から離れたところで迎え撃ってほしい」
 ゼノは真面目な顔をほんの少し崩して、笑顔を覗かせた。
「……とはいっても、せっかくの七夕。作戦中だけど、楽しめるなら楽しんでいいと思うんだ。だから、キミたちには湘南の七夕祭りに行ってもらうね。打ち上げ花火が終わるのが、デウスエクスたちか出現する1時間から30分前。海岸で花火を見て、そのままひと気がなくなるまで待機していれば、避難誘導する手間も省けるし、なにもない広い場所でたたかえるだろ?」
 いまから出発してほしいと告げると、不機嫌な顔のセルベリアが立ち上がった。
「ヘリオンで送ってくれないのか?」
「ごめん。いろいろやらなくちゃいけないことがあるんだ。だけど、時間になったら飛んでいくよ」
 ゼノはヘリオンデバイスが必要なら、デウスエクス出現にあわせて発射すると言った。
「そうではない。私たちに電車で移動しろと――ああ、もういい。わかった。敵の詳細を説明しろ!」
「そんなに怒らなくても……」
 ゼノは敵の詳細をまとめて印刷した紙をケルベロスたちに配った。
「出現するのは『構成植物』のルーフラ・ルージュ、『ドラゴン』のミスティルティオ、『ドリームイーター』の星狩り屋のアルザ、『ビルシャナ』の季節問わずアイス食べよう明王の4体だよ。回復の手段は誰も持っていないようだけど、なかなか攻撃方法のバランスがいいので、対ケルベロスで共闘されると厄介だね」
 手を結ばれないように、何か有効な手が打てればいいのだが。
 いきなりケルベロスの前に引き出されたデウスエクスたちは驚き、混乱する……はずなのだが。
「季節問わずアイス食べよう明王だけはマイペースというか、なんというか。急な展開にも関わらず、主張を押しつけてくる。ミスティルティオはさすがドラゴン、立ち直りが早い。予知でも真っ先に攻撃を仕掛けてきていたよ。ルーフラ・ルージュはしばらく様子見、冷静に状況を見極めようとしているみたいだね。星狩り屋のアルザは戦闘が始まれば面白がって積極的に戦いに加わる」
 4体ともなかなか個性が強そうだ。
 ゼノは少し迷った顔をしてから、話をつづけた。
「ボクは撃破がベストだと思うけど、説得して定命化を受け入れるなら、地球の仲間として彼らを受け入れてもいいよ。ただ、ドラゴンは竜業合体に参加していたやつだから、説得はほぼ無理だ」
 死神、病魔、屍隷兵以外は『コギトエルゴスム化しない』という状態になるので、絶対に滅ぼさなければならない。が――。
「ピラーが修復された星のどこかに移住し、地球に迷惑を掛けないと誓ってくれるのなら、撃破せずに説得してもいいけど」
 ビルシャナは話し合って和解することができれば、再び衆合無ヴィローシャナと合流して、別の宇宙に向かってくれるだろうという。
「撃破するか、それとも説得して仲間としてうけいれるか、それとも別宇宙に向かってもらうか。どうするかはみんなに任せるよ」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏十龍ノ謳・e00768)
ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
椏古鵺・魅羽(トワイライトスピリチュアル・e56459)
ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)

■リプレイ


 それは夜がはらんでいた熱さえも奪い取り、凄まじい速さで火勢を増しながら、ケルベロスと『季節問わずアイス食べよう』明王を呑み込んだ……かのように見えた。
 いや。アイス明王は実際に、『ドラゴン』ミスティルティオが吐いた炎に飲みこまれている。
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は白い水蒸気をあげる波打ち際を見下ろした。
「危なかった」
 ドラゴンが炎を吐く直前に、市街地から飛来したヘリオンが『ヘリオンデバイス』を発射していた。
 赤煙と椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏十龍ノ謳・e00768)はデバイスを装着するや、仲間をけん引して空へ上がったのだ。
 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)と『相箱のザラキ』、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)、九田葉・礼(心の律動・e87556)が駆けつけてきた。
「よく来てくれた!」と、高いところからセルベリア・ブランシュがいう。
「ご無事でなによりです」
「いきなりでしたから驚きましたよ」
 赤煙たちはデウスエクスらの動向に注意しながら浜に降りた。
 地上に降りると飛行の優位は失ってしまうが、四体中二体は撃破ではなく説得することになっている。ならば、目と目を合わせながら話をした方がいい。
 ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)が、浴衣のみだれを手で直しながら礼にいう。
「これまでにないハードな戦いになりそうですね」
「ここからは私たちが皆さんをサポートします。頑張ってください」
「あらまあ、大変。増えちゃった」と、『ドリームイーター』星狩り屋のアルザが他人事のように笑う。
「タイミングのよいこと。ケルベロスのそういうところ、本当にいやらしくて嫌いだわ。それにしても、何と間の悪い……」
 『攻性植物』ルーフラ・ルージュは、背中を焼かれてうつ伏せに倒れているアイス明王に、「どうしてこんなのと一緒に呼び出されてしまったのか」と冷ややかな目を向けた。
 かと思えばふいに目をあげて、笙月を、次いで残霊『みしゃゑら』をつれた椏古鵺・魅羽(トワイライトスピリチュアル・e56459)の姿をさらりとなぞる。
「かか様……?」
 遠ざかる視線にすがって前にでた娘の腕を、笙月が引いた。
 不意打ちに近かった炎のブレスを飛んでかわされたドラゴンはというと、さして動じる様子もなく、全身から威厳を滲ませて月下に佇んでいた。その眼はただ一点、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が連れている箱竜の『シャティレ』に据えられている。
「それじゃあ、みんなそろったところで改めてはじめるデスよ。ヒヤ・ウィ・ゴー、エブリィバディ、レッツ、ロックンロール!」
 シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)が、バスターライフルをマイクスタンドがわりにして派手に動かしながら、歌いだす。
 まずは、ドラゴンから。
 ヒュンと笛に似た音をたてて、シィカが差し向けたライフルの先より純粋な青の光が放たれた。
 ドラゴンはグウ、とも唸らずに正面から光線を受け止めたのだが、たちまち白い霜が張り、まるで胸に短冊を下げたようなありさまになった。
 むっくり起き上がったアイス明王が砂まみれの顔を後ろにまわし、「アイスの短冊ですか! 七夕、素晴らしい!」と声をあげた。
「いま攻撃したそこの貴女、アイスをあげましょう!」
「いまは食べたくないデス」
 シィカが首を振る。
「あ、もしかしてソフトクリームのほうがお好きですか? そうですか。ソフトリクームもありますよ!!」
 いや、そういうことじゃない。
 全員で突っ込みを入れる前に、空気をまるで読まないアイス明王が嬉々として技を放つ。
 直後、シィカと仲間のカバーに入ったケルベロスたちの意識が、クリーム色の、冷たいけど柔らかな世界に包み込まれるように沈んだ。
 まるで本当にアイスクリームの中に沈んでいくみたい、とシィカが思ったのは、実際に甘くていい匂いがしたからだ。
「なにも本当にアイスクリームを投げなくてもデスね……」
 赤煙は無言のまま、鼻先で垂れるアイスクリームをぬぐった。丸眼鏡のレンズも上着の裾で丁寧に拭く。それから大股に二歩でアイス明王の眼前に立つと、わしっと頭を掴んで持ち上げ、防波堤まで運んだ。
 ポンっと、まるでぬいぐるみのように、アイス明王を防波堤に置く。
「貴方とは納得いくまで議論したいので、そこで待っていて欲しい」
「アイスは?」
「あとでいだきますから」
 意外なことに、アイス明王はいまの短いやり取りで戦闘に加わらないことを承諾したらしい。
 こくりとうなずくと、ソーダ味のアイスキャンディをどこからともなく取り出して食べ始めた。ペンギンの翼のような短い手を、右から左へ振り、「ファイトです、ミリアさん。アイスを食べながら応援していますよ」という。
 名指しで応援されたミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)は、えっ、と目を丸くした。
「わが宿敵『冬場にアイスなんて論外明王』をチョメチョメしてくれたミリアさんたちなら、わたしの主張を受け入れてくれると思っていました!」
「え? ああ、確かにそんなことを主張していたビルシャナを倒したことがありましたね。でも、だからといって――」
 貴方の主張を受け入れたことにはならない、と言いかけて口をつぐむ。
 いったところで無駄、構うとまたアイスアイスと喚きだす。説得はあとだ。
 ミリアは曖昧に微笑んで頷き、すぐにドラゴンへ顔を向けると、アイス明王を意識の外へ放りだした。
「ビルシャナがケルベロスを応援? いったいなんの茶番なの?」
 アルザが胸のモザイクをざわつかせながら武器を構える。
 よせばいいのにアイス明王が絡む。
「イライラしていますね。アイス食べますか? 冷たくて甘いものを食べるとおさまりますよ」
「いらない。アンタなんかはじめから戦力外だわ。クソビルシャナなんて欲しくない。あたしが欲しいのはもっとキラキラとした楽しい事。そう、例えばそこのマンゴーをつれたレプリカント!」
「わたくしたち……でございますか」
 ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)と神霊の『カエサル』が、まったく同じ上品な動きで、それぞれ自分の胸に手を置く。
「マンゴーを連れたレプリカントっていったら、ここにキミしかいないでしょ。え、なに、もしかして、わたしのこと覚えていないの?」
「はい。大変失礼ですが、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか」
「うわー、信じられない。あのね――」
 夏の夜を揺るがすドラゴンの咆哮が、アルザの話を断ち切った。
 苛立ちを含む声の余韻が消えぬうちに、ドラゴンは夜風につややかな毛をなびかせて体をまわし始めた。
「お話は後程うかがいます! カエサル、いきますよ」
 ミシェルは『カエサル』とともに仲間の前に出た。
 とと様を守って、と頼まれた『みしゃゑら』は笙月の前に立つ。
「シャティレさんには、たくさん癒しの力を頂きました。今度は、私がお返しする番です!」
 フローネ、そしてイッパイアッテナと『相箱のザラキ』がミシェルたちの両脇を固める。
 旋風が起こった。
 ミスティルティオの尾をおおう毛の一本一本がするどい刃となって、ケルベロスの壁に襲い掛かる。
「く、なんと凄まじい」
 左から右へ。ドラゴンの攻撃をブロックしたケルベロスが、白い波頭さながら一挙になだれてゆく。
(「お願い! まだ攻撃に参加しないで……かか様!」)
 魅羽は祈りながら、砂の上に倒れた仲間へ浄化の風を送った。
 赤煙と笙月が反撃する。シィカとニケ、礼も加わって、ドラゴンの動きを鈍らせる。
 セルベリアと風音は後方から威嚇射撃で、アルザとルーフラの二体をけん制した。
「シャティレ、何をしているの? あなたも攻撃して」
 浜風に吹き飛ばされてしまいそうな、気のない返事を聞いて、風音は相棒へ目を移す。
「シャティレ?」
 砂の上に倒れたまま、ミシェルは砂上に守星魔方陣を描いた。
「無事ですか、カエサル」
 体を起こして相棒の無事を確認する。ついでブロックに入った他の仲間たちの様子と、いまの状況を把握しようとあたりを見回した。
 アルザの姿がない。
(「攻勢植物は……いる。ビルシャナも。彼女だけがいない!?」)
 逃げた?
 いや、それはない。
 即座に仲間たちに警告を発した。
「気をつけてください、ドリームイーターの姿か消えました!」


 シャリシャリシャリシャリシャリシャリ、シシャリシャリ!!

 注意を喚起するミシェルの声にかぶさって、アイス明王がアイスキャンディを咀嚼する音が浜に響く。
 どうやらケルベロスたちに何かを訴えているらしい。
 『シャティレ』の様子が気になるはするものの、風音はビルシャナの意図を探るために防波堤へ首を回した。
 すぐ目の前にミリアが立って、視線をふさぐ。
「構っちゃだめです。いまはドラゴンとの戦いに集中しましょう――?!」
 それは突然、海側からミリアの視界に入ってきた。
「増えたところでたいしたことないのね。もっと私の胸をときめかせてよ!」
 アルザは大回転するドラゴンの背に隠れて、尾を追う形で海側へ移動していた。スケルトングレーのもやもやしたものを、ケルベロスたちへ投げうつ。
 ミリアたちの頭のうえで、それは網のように開き、落ちてきた。
 一瞬、すべての感情がアルザに吸い取られてしまったかのように、網にかかった心に灰色の空しさが広がる。
「わたしとそこの紳士がせっかく警告しましたのに」
 アイス明王が言うそこの紳士とは、ミシェルのことだろうか。
 アルザがなぜか嬉しそうな顔をする。
 すぐに真顔になってアイス明王を怒鳴った。
「警告って、あのね、あんた、それでもデウスエクスなの?」
「信者を守るのは当然のことではありませんか」
 ミリアが仲間の上に慈雨を降らせながら、優しい声で否定する。
「私たちはあなたの信者になったわけではありませんよ。あとでアイスはいただきますけど」
 えー、と抗弁するビルシャナを遮ったのは、それまで沈黙を守っていたルーフラだった。
「明王よ。我らの……『親と子』の戦いに水をさすでない。黙って見ておれ。そこのお前もよ」
 ルーフラが腕をさっとふりあげる。
 その少し前に、おしとやかに浴衣の裾をほんの少し割って、ニケが白い脚を蹴り上げていた。
 赤い鼻緒の先から飛び出した流星が、ケルベロスたちの懐へ斬りこもうとしていたアルザのモザイクがかった胸を直撃する。
 よろめいたアルザの足の先に、閉じた鉄扇が深々と突き刺さった。
 ニケは手加減したが、ルーフラはしていない。鉄扇に当たっていれば、アルザは間違いなく大けがをしていただろう。
 アルザは混乱した。攻勢植物が別の敵対勢力である自分を攻撃するのは当然ありうることとして、ケルベロスに助けられる理由がない。
 ニケは戸惑うアルザを無視して、ミシェルに「余計な事でしたでしょうか」と微笑みかける。
「いえ、ニケ様。わたくしも彼女とお話ししたいと思っていたのですよ。ここにいるカエサルも彼女に見覚えがないとのことですし、どこでわたくしたちを知られたのか……さあ、こちらへ。ここにいては危険です」
 頬を赤らめるアルザの手を恭しくひいて、防波堤へエスコートする。
 毒気を抜かれたようにおとなしくなったアルザは、文句も言わずにアイス明王の隣に腰かけた。
 ミシェルが戦列に戻ったタイミングで、ミスティルティオが翼を広げ、後ろ脚で立ち上がった。
 高く掲げた前脚を、勢いをつけて体ごと振り落としてくる。
 ドラゴンの狙いを正確に読み切ったフローネが、『シャティレ』を庇い、紫水晶の盾で重い一撃を受け止めた。
 鋭い爪に割れた盾を頭上に構えたまま、ずぶり、と腰まで砂に埋まる。
 イッパイアッテナと礼が駆け寄り、砂の中からぐったりしているフローネの体を引き抜いた。
 怒りに体を震わせた『シャティレ』が、痛みに満ちた咆哮をミスティルティオに叩きつける。
 風音ははっと息を飲んだ。
 『シャティレ』を見るドラゴンと、ドラゴンを見る『シャティレ』。無言の会話を交わしあう二体が、風音の瞳の中で鏡あわせの像になる。
(「ああ、まさか……」)
 似ている、似すぎている。親と子でなければ、何だというのだろう。
 ルーフラの言葉が耳によみがえった。
『我らの……『親と子』の戦いに水をさすでない』
 てっきり、ルーフラ、いや彌紗羅と椏古鵺の親子の話だと思っていた。知らないことは恐ろしいことだ。
 風音は『シャティレ』の心中を慮る。
 圧倒的な悲しみに襲われて、体が震えだした。
(「翡翠さんの宿縁と聞いて助太刀に来た筈が……複雑な事になってますな」)
 赤煙は風音の両肩をつかんだ。
「翡翠さん、しっかり。あなたがシャティレを支えてあげなくては」
「は、はい」
「これは私の考えですが、あのドラゴンは強い覚悟と決意をもって、ドラゴンの誇りと生き様をシャティレに伝えたがっているような気がします。己の命をかけて、わが子へ」
 ミスティルティオはじっとケルベロスの動きを待っている。
 ルーフラも動かない。
 アイス明王ですらアイスを食べるのをやめ、アルザとともにかたずをのんで見守っていた。
「……私がドラゴンの動きを止めます。シャティレがとどめを刺せるように、みなさんでサポートしてください」
 風音は『シャティレ』にうなずきかけた。『シャティレ』もうなずき返す。
「いきます!」
 空気を削るような金属音を立てて、ケルベロスチェインが伸び、ドラゴンの前脚に絡みつく。
「この歌を親子に捧げるデスヨ!」
 シィカの哀しくも力強い歌声に乗せて、全員一斉に攻撃を放った。
 ミスティルティオが星を落とすような咆哮をあげて、炎を吹く。
 シィカからバトンを受けた風音は、『シャティレ』とともに『シャティレ』思いを声に乗せて歌った。

 ――いつか死ぬ時が来るとしても、それまで生きる事の素晴らしさと、一緒に生きて護りたい存在を見つけたんだ。

 自然にあふれ出したふたりの熱い思いが、炎の息を抜き飛ばし、ミスティルティオの心に突き刺さった。
 ふっと。
 ミスティルティオから近寄りがたさが消えた。
 微かに微笑んで、その笑顔で「信じた道を歩け」と『シャティレ』に告げたかったのか、それとも潔く負けを認めたのか……。
「勝って喜ぶな。まだ勝敗は決しちゃいない。ドラゴンの誇りを捨て、道をそれるようなことがあればまた戻ってきて、オマエを叩きのめす」
 そんな忠告めいた微笑にも見えるし、「親を超えて、仲間を守れる立派なドラゴンになったな」、そう慰めているようにも見える。
 ほんの一瞬の笑みでドラゴンは複雑な思いを表現し、静かに、夜に溶けていった。
 それはケルベロスたちだけではなく、他のデウスエクスたちにとっても感動的な最期ですらあった。


「さて、こうも立派な最後を見せられては、私もよい手本を見せて散らねばなるまい」
 月光を浴び、潮の香をまとったルーフラが、しずしずと戦いの場へ進み出てきた。
 デウスエクスである緋幽草としての顔をはずし、母性愛に満ちた柔らかい微笑みを夫と娘にみせる。
 かつて愛した、いやいまも愛する人の顔から笑みが消えてしまう前に、笙月は言葉を投げた。
「ダメなのか。もう戻れないのか?」
「せんなきこと」
 それは紛れもなく笙月が親しんだ彌紗羅の顔だった。
 伏し目がちの顔に浮かんだつつしまやかな笑みを見ていると、胸をつかれ、涙が込み上げそうになる。
「かか様、この姿で会うのは初めましてですね」
「……大きくなりましたね、魅羽」
 魅羽は矢継ぎ早に言葉をついだ。
「魅羽はね、五歳の時に神隠しにあったのよ。そして、とと様が見つけた時には七歳になってたの……。彼女はみしゃゑらよ、神隠しに遭った時にお世話になったの。魅羽を元の世界に戻す架け橋になってくれたの……、それで、それで……」
 魅羽の顔に浮かんでいた微笑みが、半泣きの表情に変わった。
 いつの間にか、小さな体をとげのあるツタがしばりつけていた。
 彌紗羅がルーフラへ。彼女が彼女ではなくなっていたのだ。
「……彌紗羅を、返してもらうぞ。ルーフラ・ルージュ!!」
 すべてが一斉に動き出した。
 魅羽の束縛を解こうと、セルベリアと礼の援護を受けたシィカが二人の間に切り込み、ルーフラのツタに超鋼拳をふるう。
 赤煙は、鍼の形に凝縮したオーラを飛ばしてルーフラの経脈をたち、攻撃を鈍らせた。
 ドラゴンサンダーを放った風音の横で、深い悲しみと喪失感にとらわれた『シャティレ』がフローネに助けられながらブレスを吐く。
(「あれは彌紗羅じゃない」)
 笙月は心を冷たくしびれさせて、苦悶するルーフラに愛染神楽をふるった。
 横目でミリアに手当される娘の顔をうかがう。
 母に手をあげる父の姿を見て、傷つかないはずはない。デウスエクスに変わってしまっても、ルーフラが母であることに変わりはないのだから。
 魅羽はしっかりと父の目を捉え、目にたまった涙を瞬きで落した。
「かか様を……もう解放してあげる……ね」
 イッパイアッテナと『相箱のザラキ』が身代わりとなって、親子に向けられたルーフラの反撃を受ける。
 ニケの翼が光り輝き、夜の闇を払った。
『シャイニングレイ、スナイプモード!』
 聖なる光がルーフラの「罪」をあまねく照らし出す。
 『カエサル』がステッキで、罪を宿してしまったルーフラの胸をついた。
『ワタシはその【因子】を【否定】する』
 ミシェルの声もまた光となってルーフラの罪をつく。
 『みしゃゑら』は母娘が殺しあうことに憤る。ルーフラに、どうして、と神霊撃を叩き入れた。
 ルーフラが美しい唇を歪めて、血とともに言葉を絞り出す。
「デウスエクスとして笙月と娘を見守り、生きていくことは……できないし、したくない」
 彌紗羅の真意に触れた笙月は、心で涙を流す。
 終わらせよう。娘とともに。
 父と娘は声を合わせて舞った。
『天と人と地の理……総じて環の理なり。かくありき汝が御霊荒魂候。臨める兵闘う者、皆陣をはり列をつくりて前に在り。我が神御手にて封術』
 荒々しくも優しい力が渦を巻き、忌まわしき業ごとルーフラを飲みこむ。
 御業にもまれ、ズタズタになった体を、笙月は両腕で抱いた。
「かか……様、魅羽を産んで、くれ……くれて、有難うなの!」
「彌紗羅、見えるかい? 魅羽も…もう十歳だ。子供の成長とは……早いものだね……」
「ええ、すっかり強くなって。あなた、この子を……おねが……い、しますね」
 ルーフラは、いや、彌紗羅は、最後に内側から光放つような笑顔を見せて、夏の浜辺に散った。
「おやすみ……愛しい人よ」


 どん、と空気を震わせて、一筋の光が夜空に上がる。音に驚いたケルベロスたちが顔をあげると、濃紺を背に鮮やかな光の花が大きく咲いた。
「みあげてごらん、魅羽」
「シャティレも」
 涙にぬれた魅羽の涙が、明るく彩られる。『シャティレ』も頭をあげた。
 続けて、どん、どん、どん、と花火が開く。
「それにしても誰が」
「花火大会は終わったはずですよね」
 『みしゃゑら』が笙月と風音の肩を叩いて、後ろへ注意を向けさせた。
「野辺送りにと思いまして、このお方に至急の手配をお願いいたしました」
 アイス明王の横に、アイスボックスを肩にかけたゼノと体にいっぱいアイスを詰め込んだ『相箱のザラキ』がいた。
 いつのまに、とあきれるイッパイアッテナ。あまり離れられないはずなので、おそらくアイスはヘリオンに積まれていたのだろう。
「いつまでも悲しんでばかりでは故人も安心して発つことができません。さあさあ、みんなでアイスを食べましょう」
 なにがなんでもケルベロスたちにアイスを食べさせたいらしい。
「うむ。みなで頂こう」
 セルベリアの一言でアイスが配られる。種類も味も様々だ。
 アイス明王は短い足をちょこちょこと動かして、ミリアに近づいた。
「イチゴ味です」
「ありがとうございます。衆合無ヴィローシャナへの合流……はどうやるかわかりませんが、衆合無として救済をしてもらえませんか?」
 赤煙もあずきアイスを片手に、「地球人は、誰もが貴方のようにアイスを『愛す』のは難しいのです」という。
 ミリアたちの勧告に、アイス明王はちょっぴり顔しそうな顔をして頷いた。
「アイスを食べる時は私を思い出してくれますか。あ、合流はアイスを食べてからですから。別れを惜しんで泣かないでくださいね」
「誰も泣かないデスよ。みんなで笑って見送るデスねー!」
 シィカは笑顔でソーダ味のアイスキャンディをくわえると、エレキギターをかき鳴らした。
「ボクが歌うご機嫌なロックで、宇宙へ飛ばしてあげますデス!」
 あちらのカップルも見送ってくれますか、とアイス明王。
 ニケが海を振り返ると、波打ち際をあるくアルザとミシェル、少し離れてふたりに付き添う『カエサル』がいた。
「ふたりはまだ出会い直したばかりだから。先のことはわかりませんけど」
 ある夏の日、街でミシェルを見かけたアルザはがらんどうの胸がときめき、キラキラしたものでいっぱいになったような気がしたらしい、とニケは言う。
「アルザさんに『彼に恋をした』という自覚はなく……。その日から『レプリカント』の心を欲するようになったそうです」
「ほほう、それはなかなか心がこじれてますね。アイスを食べれば頭もすっきり、自分の気持ちに気づかれるはず! アイスこそ至高の食べ物ッ!」
 二人に向かって駆けだしたアイス明王を、みんなで止める。
「平和への道のりはまだ長いですが、どうやら前には進んでいるようですな」
 セルベリアは赤煙の言葉に、うむ、とうなずいた。

 赤みを帯びた金の火花が空に咲く。細雨のような音が光の粒とともに降ってきた。
 ミシェルはアルザの両手を取る。
「貴女が求めていたモノを手に入れる、最も確実で手っ取り早い方法を教えましょう。貴女が欲した者達が生きているこの世界で、貴女が欲した者達が感じたモノを見て、聞いて、感じること。つまりこちら側に貴女が来ること」
 だまって彼の目を見つめるアルザの胸に、もうモザイクはかかっていない。
「貴女が思っている以上に……この世界は楽しいですよ」

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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