最後の宿縁邂逅~紅絲双炎

作者:柚烏

 七夕の魔力――それは、特別な季節の魔法。織姫と彦星の伝説の如く銀河を越え、遠く引き離された二つの地点を結び合わせ、邂逅させる力である。
「だけど……だからこそ、なのかな。その力に導かれて宿敵との縁もまた、繋がってしまうんだ」
 ひとの力ではどうしようもない、運命じみたデウスエクスとの因縁。宿敵、と呼ぶべき存在がいるケルベロス達に向けて、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は此度の戦についての説明を行う。
 ――七夕ピラー改修作戦の魔力に導かれ、現れる敵は全部で4体居る。七夕祭りで賑わう都市の近くが戦場となるが、予め周囲の避難は済んでいるので、一般人が紛れ込む恐れは無いとのことだ。
「……皆に向かって貰うのは、山口県の七夕提灯祭りだよ。本来は旧暦のお祭りなんだけど、改修作戦に合わせての開催になるね」
 通りに連なる提灯は数万とも言われており、闇夜に浮かび上がる無数の紅灯りが、ひとびとを夢幻の世界へと誘ってくれるだろう。
 そんな鎮魂の願いをこめた七夕祭りが、終わりに近づき日付が変わる頃に、宿敵たちは現れるようだ。
「ダモクレスにドラゴン、病魔にビルシャナ……種族もばらばらな彼らは、季節の魔法によって転移された状況に、初めは戸惑っていると思う」
 だが――因縁あるケルベロスが目の前に居る、と言う状況を上手く利用すれば、宿敵の混乱と分断を狙えるかも知れない。宿敵同士を敵対させて、混沌とした状況に持って行くことも出来そうだが、彼らが共闘してしまうことだけは避けたい。
「1体目は『グリーディル・ミュール』。あらゆる攻撃に耐えきる能力を持つと言う、防衛用のダモクレスだ」
 自身が開発される元となった機体については、多少の対抗心を持っているだろう。己の方が優れている、より重い一撃を耐えきってみせる等々――盾としての矜持を胸に、立ちはだかってくる筈だ。
「2体目は『反重力鎖源』。真理を得ようと飢餓にその身を晒し……永遠の狂気に至ったドラゴンになる」
 輝く英知はとうに白く濁った泥の底に沈み、ただ宇宙を呪い穢す災厄と化した。対話不能であり、全てのものに対して襲い掛かってくる敵を、此処でしっかり倒しておく必要がある。
「そして、3体目は『海蛇女』……病魔のようだね」
 妖艶な女性の姿をしたこの病魔は、海蛇の尾を巻き付かせ、血を啜って病を植え付ける。そうして身も心も蕩けていく中で、ときめきと切なさ――相反する感情に翻弄されながら衰弱するのだ。その病は、恋にも似た不治の病だ。
「最後の4体目、『鬼子母神ハリティー』は……彼女の因縁を断つ最後の機会だから。何とかして、終わらせてあげて欲しい」
 エリオットが語るところによると――それは夫を殺され、娘を奪われた母親の成れの果てらしい。ビルシャナとなった彼女は、ひとの親を殺し子を攫う鬼子母神と化し、今も何処かを彷徨い続けているのだと言う。

 ――代わりに愛そうと齧った柘榴は、とうに腐り落ちていて。愛しき想いがいつしか狂気と混ざり合っていけば、汚泥の底から微かな声が聴こえた気がした。
(「……おかあさん……」)
 ――母、と呼ぶものが居るのなら、それは自分を製造した存在であろうとグリーディル・ミュールは考える。
 自分が造られる礎となった機体は元々、訓練用の標的だったと聞いている。ならば、彼女を越える性能を見せつけ、より己が優れていることを証明しなければ。
 ――美味しそうね、と舌なめずりをするのは海蛇女。可憐な花びらが舞い踊る先に、恋に焦がれる乙女が待っているような気がしたから。
 ――ああ、ああ。返して返してかえして。鬼子母神の声は嘆きと憎悪に塗れていた。その瞳からとめどなく血の涙を流しながら、彼女は子を愛せぬ親に裁きを下そうと翼を広げる。
 ――因果は巡る。魂に宿る重力を断とうとした竜は、長きにわたる飢餓の末に、尾を呑む蛇のまぼろしを視た。ああ、喰らい喰らわれ、あたたかな血肉と腐敗した汚物のなかで、産声と共に断末魔を響かせるのだ。

 さあ、決して切れることのない運命の糸を辿って、消えぬ炎をふたりに灯そう。
 引き離された彼らを、もう一度引き合わせるように――最後の邂逅を始めるとしよう。


参加者
宵月・メロ(人騙り・e02046)
ジャスミン・フローティア(恋する天使・e02908)
ナレー・ション(地球人の降魔拳士・e12935)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
ナナツミ・グリード(貪欲なデウスエクス喰らい・e46587)
ルストール・シブル(機動防壁という名の変態・e48021)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)

■リプレイ

●邂逅の夜
 通りに連なる提灯の紅い光が、遠く離れた場所からもぽつぽつと浮かび上がって見えた。
 今日は七夕――特別な季節の魔法が、遠く離れたふたりを引き合わせる奇跡の夜。しかし此処に居る者たちが邂逅するのは、織姫と彦星のような関係とは余りにかけ離れた、正に宿敵と呼ぶに相応しい相手だったのだ。
「あれは……!」
 ――祭りの喧騒から離れた場所、街灯もまばらな路地が不意に歪んで、種族も様々なデウスエクス達が姿を現す。
 驚愕、興味、悲嘆、憎悪。一気に噴き上がった感情がぐるぐると渦を巻いて、これをどう処理すれば良いのかと、心と身体がぶつかって身動きが取れなくなってしまったかのようだ。
「海蛇女……やっと、会えました……!」
 それでもジャスミン・フローティア(恋する天使・e02908)は、記憶の中にあった病魔の名をかろうじて口にすることが出来た。緩いウエーブを描く桃色の髪と海蛇の尾を持つ美女は、ジャスミンの住んでいた離島にたびたび出没し、災厄を振り撒いてきたのだ。
「船乗りの男を誘惑し、病を植え付ける……」
 島のドクターだった父の影響で、彼女もまた医の道を志し、全ての病魔の根絶を誓っていたから――海蛇女を許す訳にはいかなかった。お供のボクスドラゴンであるボックンが心配そうに見守る中、ジャスミンは雷杖を構えつつ、この戦いに手を貸してくれる宵月・メロ(人騙り・e02046)にちいさく礼をする。
「メロさん、今回はよろしくお願いします」
「はい……みなさんが、ちゃんと決着をつけられますように」
 顔見知りの仲間が居るのは心強い――と思ってくれるのは嬉しいが、元々メロは気弱な性質で、複数のデウスエクスと対峙している今も少々恐怖が募る。
(「……でも、僕だってケルベロスなんだ」)
 今まで戦ってきた経験のお陰で慣れてもいるし、守護者として培ってきた責任感もある。それに何より、他のケルベロスが探し求めていた宿敵と、最後に向き合うチャンスが得られたのだとしたら――。
(「もう取り返しがつかないと分かっていてなお……向き合わなければ、ならないのなら」)
 メロが視線を向けた先、大切なぬいぐるみをぎゅっと抱えたまま立ち尽くすナレー・ション(地球人の降魔拳士・e12935)の元に現れたのは、ビルシャナと融合した実の母親なのだと言う。
「……お母さん……」
 既に別の宇宙へ向かっていた所を、こうして引き寄せられ再会することになったが、とうに『悟り』の境地に至った鬼子母神を、ひとに戻すことは不可能なのだろう。
「久しぶり……私の事、判るかな?」
 ――後悔はしたくないと、儚げにナレーは微笑んでいた。だから可能な限り母親に言葉をかけ続けて、それでも自分が判らないようなら、せめて最期は。
(「倒す覚悟が、きっとナレーさんにはあるんだ」)
 それならメロは、彼女が対話をする時間を充分に作るまで。それに、彼女たちに心置きなく決着をつけて欲しいと思っているのは、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)も同じだった。
「では、儂らも往くとするか」
 そうして愛弟子のリィーンリィーンにひと声かけると、ゼーの鋭い眼光をゴーグルのデバイスが覆う。転移したてで状況が良く分かっていない敵を、分断するならば今だ――振りかざしたゼーの竜鎚が、轟音をあげて砲弾を撃ち出すと共に、異様な風体をしたドラゴン目掛けてガトリングガンを掃射していくのはナナツミ・グリード(貪欲なデウスエクス喰らい・e46587)だった。
「ふふっ、楽しく踊って見せてねぇ~!!」
 飢餓に苛まれ続けていた彼の竜が、最初から敵味方の区別を持たないことを利用したナナツミは、まず病魔の方へぶつけてやろうと挑発を行っていく。
「反重力鎖源……だっけ。得ようとしたのは、飢餓の後のご飯はおいしいって真理?」
「確かニそノ真理ナラ、ウチにも分かル気がするゾ」
 穿たれた弾丸から飛び散る液体が、反重力鎖源の触手を食い破っていくのに合わせて、唸りを上げたチェーンソー剣の主はアリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)。『喰らう』ことに対し、真摯に向き合っている彼女であるが、その為に敢えて食を断ち苦しみ続けるのでは本末転倒だろう。
(「ダガ――」)
 ゲート修復に伴い、コギトエルゴスム化も失われるとは言え――今まで死ねずに苦しみ続けてきたのなら、此処でアリャリァリャと出会ったのも何かの縁だ。
(「救ッテやりたイ」)
 殺す為に造られた機体であるが故に、獲物を狩って解体するのは何より得意だったから。そうして命をおいしく頂くことこそが、アリャリァリャの愛であり救済なのだろう。
(「……皮肉なものだな」)
 人であることを捨てて、ただの武力になり果てたと称する自分とはまるで違うなと、副島・二郎(不屈の破片・e56537)は仲間の覚醒を促す傍らで、ふと思う。
(「戦いが終わったら、ただの武力たる自分はどうなるのか」)
 ――今は戦い以外のことは考えるなと、混沌の水が泡立つような感覚がしたが、怒りの裏側で冷めた思考が首をもたげた。
 もしかしたらそれは、ルストール・シブル(機動防壁という名の変態・e48021)と火花を散らしているダモクレス――グリーディル・ミュールを目にしたからなのかも知れない。
「随分と遅い到着だったようじゃの」
 ケルベロス・ウォーに敗北したダモクレス勢力は、アダム・カドモンによって停戦を命じられたが、グリーディルはその命を受けてなお、この場所に現れた。
「何を為すべきか、自ら考え、そして己の魂に従え……」
「だから、此処へ来たと言う訳か!」
 硝子の柩で眠る姫君のように、瞳を閉じ両手を組んだまま。グリーディルはその身を巨大な盾にして、集中攻撃に晒されている海蛇女を庇おうと光を放つ。
(「ほう……」)
 ――機動防壁と化した、彼女の戦い方には覚えがあった。訓練用の標的としてダモクレス軍で運用されていた、かつてのルストールのものと良く似ていたからだ。
「初めから盾として造られたお主の実力が、どれ程のものか……ふふっ、楽しみじゃ」

●恋喰
 初手で反重力鎖源を海蛇女へけしかけて、宿敵たちを分断した一行は、一方で鬼子母神ハリティーへ呼びかけるナレーの様子を窺い、何かあった時は助けに入ろうと動いていた。
(「……こちらも、二手に分かれて戦うことになりますが」)
 地面に鎖で魔法陣を描くメロが、仲間たちに守護を重ねていく中で、「案ずるな」と言うように竜の角を巡らせたのはゼーだった。
「儂や宵月殿のように、こうして力を貸す者も居る」
「……はい!」
 心惑わす病を撒き散らしてくる海蛇女を、まずは仕留めてやろうと激しいスコールが降り注げば、敵が足を止めた所でリィーンリィーンが素早く病の治療を行う。
「クリューガー殿も、お頼み致す」
「ああ、こっちの方は任せておいてくれ!」
 ヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)ら助けに来た仲間たちも、催眠からの回復を主に受け持ち、ゼー達の負担を少しでも減らそうと頑張ってくれているようだ。
「お母さん……この歌、覚えてる?」
 ――柘榴の如き火の雨が、ハリティーの嘆きの声と呼応して、絶え間なく大地に降り注ごうとも。竪琴を手にナレーは癒しの歌を奏でていき、鬼子母神の魂をも救おうと声を震わせる。
「お母さんが、私の小さな頃に歌ってくれた歌……だよ?」
 そのメロディは、魂の助産婦――生まれる前の子供達の導き手たる、天使ライラの力が籠められたもの。
 この歌を知っているのは、母以外では自分だけ。もしかしたらビルシャナと化した彼女が、攫った子ども達にも聴かせていたかも知れないが――その子らは『救われ』て既に信者と化したか、或いは殺されたのか。
「でも、私はどちらでもない。……それが、あなたの娘である事の証明にならないかな」
「むす、め……否、あの子は……!」
 ハリティーを刺激しないよう、一目で武器と分かる装備は身につけず、穏やかな声でナレーは声をかけ続ける。しかし、ハリティーが――母がビルシャナと融合してしまったのは、ナレーがケルベロスに助けられた、ほんの僅か前のことだった。
「私、お母さんと離れ離れになって……色々あったんだよ……?」
「攫われ、ちがう……死んだ、死んだの!」
 ――色々あった、その間に。ふたりの距離は、取り返しのつかない程に離れてしまったのだ。ビルシャナは新たな救済を求めて別の宇宙へ去り、既にこの星からは手を引いていたのだから。
「どうして実の子どもを虐げる親がいるの?! 許せない許せないゆるせない、助けなきゃ救わなきゃ、」
 過去の記憶が混濁し、他の子の姿をナレーに重ねているのか。ハリティーの瞳から流れる血の涙は、今や止まることを知らず、溶岩と化して大地を灼いていく。
「っと――流れ弾に注意せんかこのうつけが!」
 全身の守りを固めたルストールが、ナレーに襲い掛かる敵弾を身を呈して庇っていく一方で、彼女は海蛇女を護りそこねたグリーディルへ向けても檄を飛ばした。
 見極めの手段をルストールが指摘してやるまでもなく、グリーディルは彼女に対して執着を見せていた。性能の優劣を定めるなら、打倒ではなく味方を守る能力で決めるべき――そんなルストールの挑発に敢えて乗ったのか、或いは彼女自身も同じ考えでいたのか。
(「妹……みたいなものじゃからのう、考えが似ていてもおかしくはないか」)
 嬉々として次の攻撃を受けに行こうとするルストールに、妖しく重なっていくのは二郎の生んだ幻朧影。その表情に変化はないが、内心では仲間を護り、彼らの目的が果たされることを願っている。
「恋に焦がれるなら、わしと踊ろうよぉ~」
 と、男喰いの病魔にゆらりと近づき、誘うように手を伸ばしたナナツミは、敢えてその身を晒すことで降魔の一撃を叩き込もうとしたらしい。ラミアの牙が肌に突き刺さった瞬間、身動きの取れなくなった海蛇女へ貫手をくらわせ――そのまま、ジャスミンの居る方へと蹴り飛ばした。
「ふふっ、恋は盲目だよねぇ……これで相思相愛と言いたい所だけど、キミの相手はあっち」
「……ボックン、行きましょう!」
 彼女を守りながら戦っていたボクスドラゴンが、封印の箱ごと体当たりを行う。自分の力量を踏まえて戦っていたジャスミンだったが、二郎やゼーが攻撃を当て易くしてくれたお陰もあり、宿敵に止めを刺せそうだ。
「これでもう、貴女に怯えることも無い――」
 ――オラトリオの花びらが夜空に舞う中、時空凍結の弾丸がジャスミンの指先から放たれて、病魔の時間を永遠に止める。
(「このまマ、行けそうカ」)
 仲間同士いつ合流を行うかでばらつきがあったものの、このまま反重力鎖源を倒し切ることも出来そうだとアリャリァリャは判断した。
 辺り構わず穢れを撒き散らすドラゴンの存在は、他のデウスエクスも厄介だと感じたのか、碌に連携も取れていない。真の神を目指そうとした末路がこれでは、かつての叡智も虚しいものだが――まだ誰かの声を聴くことが出来るなら、白泥の底に呼びかけてやろう。
「……命の半分は死ダ」
 故に不死となった時点で、デウスエクスは『生』きてはいないのだとアリャリァリャは言った。ただ其処にあるだけ、いつか崩れるだけのもの――怨嗟と汚物の無尽に湧く源泉へと至り、それに耐えられなくなった時、彼に待っていたのは永遠の狂気だった。
「ケド安心すルがイイ! キサマは死ねル」
 ――その為に自分が居るのだと、アリャリァリャはチェーンソーの刃を一気に駆動させる。彼女は剣。ただのモノであったが故に、死ぬことが出来る『命』というものを、特別に感じることが出来る存在。
「ウチが、ちゃんと食べテ愛しテやルゾ!」
 手当たり次第にグラビティ・チェインを得ようと暴れ出し、ヘドロのような穢れを吐き出し続ける反重力鎖源へ向けて、アリャリァリャは猛烈な勢いで斬りつけてから炎をまぶした。
「だから――ウチと一緒に死んでいこウナ!」
 そうすれば、ほら。顕現した地獄の窯が、魂までこんがりと焼き上げてくれる。それがどろどろとした、汚物じみた怪物の魂であったとしても、笑顔で「おいしい」と言ってあげる。
(「……いただきまス」)
 ――死をもって生を祝福し、糧に変える。

●永遠の決別
 2体目の撃破を終えた時点で、対話を続けるナレーやルストールの方も、どうにか宿敵の攻撃を耐えきることが出来ていたようだ。速やかに合流を果たした後は、メロが盾に加わり、二郎とアリャリァリャが一気にグリーディルの装甲を引き裂いていく。
「守る者を持たない盾ほど、無用な物は無いねぇ~?」
 嘲笑い、グリードガンでグリーディルをいたぶるナナツミは、彼女が反重力鎖源を『護るべきもの』と見なしていなかったことを突いているのだろう。
「わしより優れておるなら、この数相手でも守れるであろうに……!」
「――くっ」
 防衛用ダモクレスとして開発された機体が、その性能を発揮できぬまま破壊されていく屈辱に、グリーディルの瞼が微かに震えた。だが、ケルベロス達の動きを見ていれば、彼らは鬼子母神ハリティーへの攻撃を行っていないようだ――。
「なら……!」
 瞬間――グリーディルの盾が光に包まれ、機動防壁の力を解放した彼女は、ルストール目掛けて特攻していく。その勢いで守りの盾が剥がされたが、咄嗟にゼーの放った混沌のお陰で、傷は癒えた。
「たわけが! 守る事より攻撃を優先するとは何事じゃ!?」
「……最後、だからよ」
 例え勝負に勝とうが負けようが戦闘データは残らず、後継機が造られることは二度とない。それを思えば最後に自分自身で、ルストールの盾としての性能を味わってみたかったのだとグリーディルは言った。
「ふん、変態じゃな」
「……貴女ほどではないわ」
 まだまだ受け足りないと言って、自分からわざわざ攻撃を受けにいくような盾が、他に大勢いてたまるか――ルストールの肉体から付着したナノマシンによって、本体が食い破られていく間も、グリーディルは何だか楽しそうに見えた。
 そして――母と子の邂逅も、そろそろ終わりを迎えていた。
「牧師様に助けられて……孤児院の皆と助け合って生きて、困ってる人を助けて……」
 今まで自分が辿ってきた道のりを伝えながら、子守歌を奏で続けるナレーの瞳には涙が浮かぶ。
 ――鬼子母神とは違う透明な涙。人間とビルシャナ、その差異を見せつけられても、また一緒に居たいのだと言葉を重ねる。
「……お母さんに逢えたら、話したい事沢山あったんだよ?」
 ビルシャナによる救いを実践しようとしたところで、より多くの子どもの命が危険に晒される。だから、彼らを信者に変えていくのではなく、他の人と協力しながら――正攻法で救っていこう。
「ひとりじゃなくて、私も一緒だから。戻ってきてよ……」
 ナレーの説得を受けて、ハリティーの攻撃の手は度々止まっており、母親としての感情も取り戻しつつあったのだろう。だからこそ、人間としてもう取り返しのつかない所まで来てしまったのだと、彼女は悟ったのかも知れない。
「私と一緒に生きてよ、お母さん……!」
「……ああ、……」
 ――それでも娘は、自分を『母』と呼んでくれるのか。記憶の中の幼い少女は、もう立派に成長していたのか。
「……ナレー、ごめんなさいね」
 ライラの歌が導くように、いつか娘も『母』になる日が来るのなら――どうか、悪鬼と化した母を救って欲しい。過ちをもう繰り返さぬよう、ケルベロスの手で倒して欲しいと、ビルシャナであるハリティーが言う。
「一緒に居てあげられなくて……酷い母親で、ごめんね」
「ううん」
 魂に宿るグラビティ・チェインを、不死なるデウスエクスの心臓に撃ち込むと、ナレーの仰ぎ見た夜空で柘榴のような灯が弾けた。
「助けられなくて……親不孝な娘で御免ね、お母さん……」

●或る夜の終わり
 七夕祭りの喧騒が終わりを迎える頃、現れた宿敵たちを全て倒した一行は、この不思議な夜へと別れを告げていた。
「今回は、一緒に戦ってくれてありがとうございました」
 宿縁などに関係なく、戦いに駆けつけてくれたメロ達ケルベロスへお礼を述べると、ジャスミンは感慨深い様子で母親の作ってくれたロッドを見つめる。
「食事は楽しい方がイイけド……居ないナラ仕方ないナ」
 一方で、喰らった魂をもしょもしょ咀嚼しているアリャリァリャは、いつの間にか姿を消していたナナツミのことを、ちょっぴり気にかけているらしい。
 後は邪魔にならないように、との配慮だろうが――彼女も喰らうことに拘りがあったようだ。満足できる獲物と巡り合えるように、こっそり祈っておくとしよう。
(「彼らの戦いは終わった。……だとすれば、俺は」)
 ――遠い何処かで、微かに跳ねたのは青黒い水。
 ひとつの武力が行き着く先は、未だ濃い霧の彼方にあった。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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