最後の宿縁邂逅~途切れ得ぬ鎖

作者:黒塚婁

●途切れ得ぬ鎖
 今宵この宇宙を満たすは、『二つに分かたれたものを一つにする』力を持つ七夕の魔力――七夕ピラー改修作戦の傍らで、引き離されたものを引き合わせる力は、再び個々の縁を結ぶ。
 つまり、ケルベロスの元に本来ありえざる邂逅が訪れる、ということだ。
「魔力に導かれる者達が判明した――後はしかるべき場所にて、迎え撃つまで」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は静かに告げた。
 此所にあるものは既に心構えが出来ている、という判断なのだろう、彼は淡々と説明を続ける。
 決戦は、七月七日の夜――即ち、今日。奇しくも地球中、盛大に七夕を祝う祭りの最中。
 戦場は祭り会場の近くにある河川敷。大体戦場と見なした位置は、水位も低く、橋などの障害物も無い。
 ただ夜空ばかりが広がる野原のような場所だと、辰砂は言う。
 天の川が望める天候であれば、尚よかろうが、そう、晴れていれば空が綺麗に見える――それ以外には取り立てて特徴も無い場所。
 周辺住民は避難済みであり、たとえ賑やかな祭りに疲弊したとて、此所に近づく一般人はおらぬゆえ、戦闘に注力できるだろう、と彼は続けた。

 さて、此度、因果を結ぶケルベロスは――以下四名。
 まずはテレサ・コール(黒白の双輪・e04242)――それを襲うは、ダモクレス、灰色のノルオーヴ。
 次にシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)――ドラグナー『風使い』紫電。
 そして、桜庭・果乃(キューティボール・e00673)――死神ショコラマン。
 最後に、雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)――螺旋忍軍、残酷なる戦争屋 スレイブ。

 しかし、デウスエクスの側も突如とケルベロスの元へと引き寄せられ、混乱している。状況は不明、目的も不明となれば、どんな判断をするかも解らぬ。
 彼らが手をとり共闘に動かれるのが、一番厄介な状況であろう。
 そこで、皆、種族が違う事を利用するのが一番だろう。この中には好戦的な性質のものもいる。
 彼らを真っ先に焚きつけ、こうして違う種が集ったことで『これは何処かの種の悪巧み』であり、『よもや新たな戦争が始まるのか』と差し向ける。それなら、奮って戦い、今まで通り、地球人を震撼させねばならぬ――と、思うだろう。
 ――ともすれば各自ケルベロスの戦線を突破するかの競争となり、つまり四体のデウスエクスが力を合わせて挑んでくる、ということはないだろう。
 或いは、何かしら守りたいものがあれば、自ずと敵対するやもしれぬ。
 だが、何より大事なのは、ケルベロスが彼らを打ち破らねばならぬ、ということだ。そのまま逃しては、意味が無い。
「ただ、こちらの戦力がどれほど集うか――それもわからぬ。その中で、貴様らが相手とどのように対峙するかは任せる。各個、その因果を払い……戦い抜け、と。私から言えるのは、それだけだ」
 これが最後の戦いだろう。
 悔いの無いように挑め、と。金の双眸を細め、辰砂は説明を終えるのだった。


参加者
幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)
桜庭・果乃(キューティボール・e00673)
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)

■リプレイ

●邂逅
 祭りの喧噪も、遠く――せせらぎすらない川辺に、星の邂逅と共に、不穏な影が集う。
「い、いきなり、なんだ!?」
 戸惑うは、死神ショコラマン。此所は何処だと狼狽える。それが今までどういった状態であったのかは解らぬが、
「此所は――地球か……」
 ダモクレス、灰色のノルオーヴは重く呟き。
 ドラグナー『風使い』紫電は腕組み、静かに周囲を観察している。他に隙を見せぬよう、然り気無い立ち位置を獲っている。
「くだらねぇ状況だな。こういうのは、どうせ――」
 螺旋忍軍、残酷なる戦争屋 スレイブは惘れたように息を吐く。
 ケルベロスどもが噛んでるだろうと、彼が口にしかけた、その時だ。
「様々な種族が集う……まさかこれは死神の悪巧みでしょうか」
 訝しむような幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)の言葉に、デウスエクスたちの視線が、ショコラマンの――よくも悪くも緊張感のない風体に、向けられる。
「新たな戦争でも始まるのでしょうか?」
 緊張を孕んだ鳳琴の声音に、
「どいつもこいつも集まって来やがって、どこも地球の覇権を諦めちゃいねぇってことかァ?」
 続けて、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が態とらしく声を張り上げ、相槌を打つ。
 それを寡黙に肯定するは、黒き機兵。
「さぁ、ケリをつけよう。SYSTEM COMBAT MODE」
 マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)が淡々と告げ、肩のシールドを構えると、さっとデウスエクスたちは距離を取り直す。
「そ、そんな皆さん……いけません、仲良く――」
 一触即発どころか、既に戦いは止められぬ状況で、死神が戸惑いの声をあげる。
 豊かなチョコレートの香りを漂わせ、冷静になれと制止をかけるも――ごめんなさい、と桜庭・果乃(キューティボール・e00673)が、ぐるぐると回転しながら彼女が螺旋の軌跡を描く手裏剣を放って、遮る。
「本当ならあなたも助けてあげたいけど……ここで倒さないといけないの!」
 作戦上、彼をいっそ諸悪の根源というような扱いにしているが、それはさておき。
 手裏剣がチョコレート菓子のような体の表面に刺さると同時、身じろぐ暇も与えず、追いかけるはブラックスライムの鋭い槍。
「心を鬼にして、引導を渡すのも大切なことです」
 即座に追撃した風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)は、穏やかに告げる。
 女性とも見紛う優しげな容貌ではあるが、その眼差しに甘さは無く。冷静に状況を見定めており、敵の中央で隙は見せぬ。
 この世の理、ケルベロスの務めは、未だ残っている――悪さをしませんと本人が言えど、放っておく訳にはいかぬ。
 ――片や。
 双方で測るように距離をとり、対峙するは男と少女。
「もうドラゴンはいなけどそれでも戦うの?」
 シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)の問いに、紫電は肩を竦める。
「我らが主――ドラゴンは、戦いをやめろとは言うまい。何より、此方は……最早叶わぬと諦めていた強敵との邂逅。厭う理由はない」
 滾々と語ると、腰を落とし、構えを取る。
 対するシルの表情は、暗い。互いに恨み辛みはないのだ。不要な戦いを、命を削るような事は受け容れがたい。
「戦いは避けたいけど――どうしてもっていうのなら……わたし達が相手だよ」
「望むところ」
 不敵に笑う相手に、シルもまた身構え――鳳琴がそっと、寄り添う気配がある。
 大丈夫。届くか否か、彼女は小さく囁いた。
「ええ、これを最後としましょう――幸・鳳琴、参ります!」
 にわか敵意で動き出した戦場へ、とんだ茶番だな、と呟きつつも、スレイブは近づいてくる存在を振り返る。
「ようやく見つけたぞ……スレイブ!」
 雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)は殺気を隠さず、男へ向き合う。
 目元を鋭く――嫌悪に歪め、スレイブは彼を見やる。
「生き残っていやがったか、最低最悪の偽善者」
「……悪いが、お前の目の前にいる男は英雄の偽者ではない。お前が育てた冷酷な兵士……認識番号No.33だ」
 あくまでも静かに。抑圧したような低い声で、真也は告げる。果たして、彼が想像したとおりの残忍で――喜悦を、敵は顕わにした。
 ふん、と小さく息を吐き、彼は構える。
「さぁ、望み通り……殺し合ってやる!」

●対峙の悲願
 さて、本来であれば、何処までも深く警戒し、緊張を孕んだ場面であるのだが――。
 仲間と、敵と。その狭間でテレサ・コール(黒白の双輪・e04242)は困惑したように視線を巡らせていた。とても珍しいことである。
 その肩を、ぽんと叩いたのは、双吉だ。
「宿縁ってのが途切れ得ぬ鎖なら、そいつを手繰って繋いで皆で輪になれる未来だって作れるハズさ――親父さんの所へ行って来いよ、テレサ」
 ぎろりと睨んだように見えるが、彼としては背中を押すような優しい眼差しのつもりである。
 こくりと頷いた無表情の娘は、一気に駆け出すと、
「お父様!」
 真っ直ぐに、ノルオーヴの胸に飛び込んだ。
「おお、テレサ……」
 そして、ノルオーヴも心痛そうな表情ではあるが、応じる声音は、彼女の呼びかけが間違いではないことを肯定していた。
「もう二度と会えないと思っておりました……とてもとても嬉しく思います」
 彼女は甘えるように縋り付くも、ノルオーヴは困惑している――とはいえ、アダム・カドモンよりの言葉もある。戦闘に参加すべきか否か、心から踏ん切りがついていなかったのところはある。
「積もる話もありますが、少々お待ちください。仲間を助けて参ります」
 ライドキャリバー『テレーゼ』と共に、テレサはだっと駆け出す。その速さに双眸を細めるノルオーヴに、へっと笑いかけるは、双吉であった。
「よォ、爺さん、見てくれや。アンタの娘にゃ頼もしいダチができたってとこをなァ!」
 果たして彼自身悩める、大変凶悪な笑みである。
 明るく友好的に告げてみたものの――少しだけ、不安が過らぬこともない。
(「……娘が悪そうな交友関係を持っちまったとか、逆に心配かけてねぇか大丈夫か?」)
 だが、今は、一刻も早く彼女達の時間をとってやりたい、と。
 戦場を振り返った双吉がパズルから光の蝶を羽ばたかせ、力を送る。
 第六感を研ぎ澄ます燐光を浴びて、高々と跳躍したのは青い髪の少女。
「闇夜を切り裂く、流星の煌めきを受けてみてっ!」
 夜空を流星の輝きが斜めに横切る――羽のように軽やかに、而して重力を籠めた蹴撃は重い。シルは、紫電の牽制に、容赦ない一撃を与えると、男は不敵に笑い、全身に風を纏う。
 その攻撃の動作を断つように、身の丈の大きさを持つ大型の槌を振りかざし、鳳琴が舞う。すかさず砲撃形態へと変形させると、その砲弾は、紫電では無く――あらぬ方へと放たれた。
「ケルベロスの力、お見せしましょう!」
 彼女の声に呼応するように。
 真っ先に標的に定めたショコラマンへ、次々とケルベロス達の攻撃が向かう。
 炎を纏う黒きライドキャリバーが、トップスピードからの体当たりを仕掛けるに合わせ、テレサが白と黒で一対の円形マスドライバーから砲撃を放出する。
(「お父様、見ていてください――!」)
 テレサの表情は常と変わらぬが、その胸の内は、気合いで高まっている。
 爆ぜる空気の中を結ぶは、しなやかな剣閃。
「凍れる刃の一撃、受けて頂きます」
 恵の打ち振るう刃は、氷の霊力を帯び、月のように冴えて煌めく。
 風のようにするりと駆け抜けた剣士に戸惑う死神の傍らに、隠せぬ硝煙の臭いが届く。
 マークが突きつけた巨大なガトリングガンは、大地をも揺らす重低音を轟かせ、相応しい威力でショコラマンを追い詰める。
 片や、雄叫びをあげ、真也がスレイブに迫る。
 二刀の魔剣から衝撃波を発し――斬り込めば、敵は短い跳躍で最短を駆けた。軽いフットワークからの反撃は、ナイフ。
「甘いんだよッ」
 敢えて挑発を交えるスレイブの、容赦のない踏み込みを剣で受けながら、真也は歯を食いしばる。
 怒濤の攻撃に蹌踉めくショコラマンは、一口サイズのチョコレートを無数と散蒔き、儚い願いを口にする。
「うう、このチョコレートを食べて、皆さん仲良く――」
 その台詞を中断させたのは、ウイングキャットの『たま』が放ったキャットリングだ。頭部を狙って飛来するリングに、すぱっと斬りつけられ、慌てふためいているところへ――体を丸めた果乃が、勢いよく転がり込んでくる。
 所謂、ボール状に転がってきた彼女が、ショコラマンの横を少し通り過ぎ。
 ぱっと飛び跳ねたと思えば、次は両手に武器を持ち、駒のように回転し始める。
「吹雪と雷、渦巻けぇーっ!」
 凍えるような冷気と高圧電流を両腕と武器に纏わせ、果乃は独楽のように高速回転しながら、ショコラマンの胸に飛び込むように、ぶつかっていく。
 激しい吹雪に懐から斬り裂かれ、死神は悲鳴を上げながら、一瞬で削り尽くされた。
 辺り一帯に、濃密なチョコレートの香りが漂い――やがて消えていく。
 友好を願う異端の死神の破片は、甘い匂いとともに、闇に溶けていく。
「ごめんね……もしできるのなら、もし生まれ変われるなら、皆と仲良くなれることを祈るよ」
 彼は如何に輪廻に取り込まれるのだろうか。いつかどこかで、その願いが叶うことはあるのだろうか――。
 果乃はそんなことを僅かに思いつつ、次の敵目掛け、またきゅっと体を丸めた。

●末路
 刻みつけられたトラウマの虚像は、英雄の姿をしていた。直ぐに、癒やしの力で掻き消えてしまうものだが――振り切るように、真也は双剣を叩き込んだ。
 空の霊気を纏う斬撃が、スレイブの疵を深める。
 男は卑下たせせら笑いを浮かべて、距離を取った――ところへ。
『『『切り裂け!!デウスエクリプス!!』』』
 テレサのジャイロフラフープから、神喰の双円刀が放たれる。残霊の友が躍りかかると同時、怒濤と回転する円刀を回避できず、踏鞴を踏んだ。
 更に翼に纏わせたブラックスライムを右腕に纏わせた双吉が、その掌を突き出すと、真っ黒に染まった腕が、螺旋の力で膨らみ――黒炎と爆ぜた。
「なーんか肌に合うんだよなぁ、あの柄の悪い連中の技ってよー。まっ、嬉しくもねぇが」
 にやりと笑う。シャイターンから着想を得た、獄炎の技。
 粘性を伴う黒き炎は敵の体に降り注ぎ、燃え上がった。払おうと、元がブラックスライムゆえに、なかなか難しい。
 その足下を狙い、マークのバスタービームが奔る。
 戦場を貫く魔法光線を、スレイブは転がるように躱そうとするが、肩から背までを熱に焼かれ、呻く。
 果乃が回転しながら威力を溜めた螺旋の軌跡を描く手裏剣が、追い打ちを掛けてくる。
 炎纏う鳳琴の拳が空間を貫いて、逃げを奪えば、全身に小さな朱が噴く。畳みかけるように側面から疾駆した恵の刀が、首を狙うように垂直に下ろされる。
 剣風巻き上げ、弧を描く剣筋に、敢えて首を差し出すように男は前のめりに滑り込む。
 すかさず銃弾を散蒔いて、正面に立ちはだかる鳳琴の影から、空いた場所へと逃れる。
 しかし、それは。
 彼らのために用意された舞台であった――。
 息吐く暇も与えず、無視できぬ殺気が、死角よりどうと押し寄せる。
「ダダ漏れじゃねぇか――」
 相手の未熟を罵るように、スレイブは不気味な笑みを浮かべ、最後の対決に挑まんとナイフを手に、迎え撃とうとし――。
「お前に見せてやるよ。俺の暗殺者としての本性を」
 告げる声が響くや、振り向いた男の視界に、いるはずの真也はいなかった。
 刹那、スレイブの全身は血霞で染まる――息を吸うより早く、全身を斬り裂かれた男は、そのトドメとばかり胸を貫手に差し抜かれ――どっ、と血を吐いた。
 真っ赤に染まるは、視界ばかりでなく。
 怒濤の連撃を仕掛けた真也は、宿敵の血を浴びて、同じ色に染まっていた。
 彼の瞳は冷たく凍えている。その表情に、満足そうにスレイブは笑い――咳き込む。
 夥しい血を吐いた男は、まだ爛爛とぎらつく瞳で、己が心臓を掴む彼を見下ろし、
「――お前もいつか、俺のようになる」
「……そうなる前に、俺自身にケリをつければいいだけだ」
 不吉な予言に、真也は言い返し。
 手の内で温く鼓動する心臓を握りつぶした。倒れゆく体を躱し、地に無様に転がった物言わぬ宿敵の姿を暫し見つめ――視線を外した。

●理解
 不要ならば、争わない方がいい。そう思う反面、紫電の繰る風の力は、風の精霊を扱うシルにとっても興味深いものだった。
 腰を落とした紫電は、周囲の風を手繰るようにして、対一を起点として周囲にも衝撃波を叩きつける範囲を巻き込む一撃に、駆けつけた鳳琴がかけがえのない人の名を呼ぶ。
「シル!」
「大丈夫、わたしは平気だよ!」
 強がりではなく。確りと応え、精霊石の指輪より光の剣を作り上げ、斬り込む。
「待たせたなァ!」
 届くようにと叫んだ双吉が、すかさず蝶を向けて、その疵を癒やす。
 後方より轟く主砲が、立つ大地ごと、男を吹き飛ばす。テレサの豪快な一撃に紛れ、独楽のように回転しながら放たれた果乃の蹴撃が、星形のオーラを叩きつける。
 炎を巻き上げ斬り込むテレーゼと、男の視界を狙って滑空したたまの爪を、紫電は横に飛び退き、躱し――再び距離を詰めんと、駆ける。
「重力装甲展開」
 グラビティの防護膜を展開させたマークが、盾を構えて紫電の拳を受け止める。双方の間に、不可視のフィールドの境界が一瞬光る。
 脚部のパイルバンカーで固定された体は、揺るがぬ。
 相手を重みで抑え込んでいるマークの巨躯を、ふわりと黒い影が跳び越えた。
 しなやかに跳躍した恵は、雷の霊気を纏わせた刀を繰る。高々と上段の構えより、研ぎ澄まされた恵の剣閃は、袈裟懸けに肉を断ち――鮮やかな朱を闇に撒く。
 軽く距離を取りながら、敵の様子を、恵が見やる。手応えが確りとあった。
 ――深手に、ぐ、と呻いて、武人は身を折る。
「我が最期の戦いを飾るに相応しい強者……」
 膝を突いた紫電が、最期の戦いだと、はっきりそう告げたのを聞いて、シルは最後に問いかける。
「ピラーが修復され、どこかの星に移住して――かつ、地球に対して迷惑を……、侵略をしないのなら。ここで剣を引くけどどうする?」
「――戯言を」
 本気で怪訝そうに紫電はシルを見た。
 このまま死ぬことを望む男に、彼女はひたむきな眼差しを向け、続ける。
「……生きていたら、まだ見ぬ強者と出会えるかもしれないし、それを楽しみにしてもいいんじゃないかな?」
 その必死さを、敵は感情の読み解けぬ視線で見つめ返してくる。
(「全てを救えるなんて言わないけど、せめて、手の届くところだけは。きれいごとかもしれないけど、少しは伸ばしたい」)
 デウスエクスの不死を断つだけだった戦いを、終わらせた今なら。
 だが、次に男が零したのは、溜息だった。
「……その哀れみは、侮辱だ」
 怒りを顕わに紫電は返す。
「我が修練は、強敵との戦いは、ドラゴンのためであった。それが喪われれば――強者との邂逅も以後叶わぬのは、明らか」
 此所で戦い抜いたケルベロス以上の敵など、あるまいと。賛美にも似た言葉とともに男は両腕に風を纏い、最後の距離を疾走する――真っ直ぐ、シルを目指して。
 鳳琴の眼差しが、彼女を射貫く。総てを理解してくれる人に見守られながら、シルは増幅魔法を発動する。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ…。六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!」
 六芒増幅で格段に膨れた魔力を掌に、打ち出されるは、精霊収束砲。
「……ドラゴンも撃ち抜いた魔法であなたを送るよ」
 決着を望むなら、わたしの最大攻撃魔法で引導を渡す――。
「勝負!」
 拳で魔力の光を貫いてくる紫電はかなりの距離まで、迫るが。
 刹那、シルの背に青白い魔力の翼が展開し、更に強まった魔力の束が、ドラグナーを呑み込んだ。
 彼女が最後に見た男の表情は。とても満足そうな笑みを浮かべていた。

●邂逅と離別の夜
 薄曇りの空の合間に、少しだけ星空が見える。天の川こそ見えないが――。
 見上げる事も無く、ひとり、真也は闇を見つめていた。
「……そうだ。俺は奴と同じだ。戦場でしか存在意義を示せず、戦場が居場所だ。今まで殺す対象がデウスエクスだっただけだ」
 巡るは過去の戦い。宿敵と交わした、会話。
「それが消えれば、人々を救うために今度は悪人を殺す。結局、殺戮者であることに変わりはない……」
 名前を貰った、彼の英雄。その人のことを思い出す。
 この先どうやって生きていくのか――、と問われているような夜だった。

「お父様! テレサの勇姿は如何でしたか!」
 珍しくはしゃぐようなテレサの声に、ノルオーヴは双眸を細めた。何処か、その姿は頼りなく、儚く見えた。
「素晴らしかったとも。強くなり……よい友を得たのだな」
 強くなった自分や頼れる仲間、立派になった姿をいっぱい褒めてもらいたい――彼女の願いは叶った。
 その一言に、ああ良かったと双吉が胸をなで下ろしたのはここだけの話である。
 だが、と。子供のように喜んでいる彼女を前に、非常に困惑した様子で、ノルオーヴは切り出す。
「しかし、とても言いづらいことなのだがな、テレサ……ジャイロフラフープは防具なのだ」
「…………えっ?」
 なお、これには双吉もマークも少し驚いた。なにせ彼女のトレードマークである。
 ぶん投げたり、乗ったり、そういう武器だと誰もが思っていた。
「お前を守るために作ったのだが――いや、想像以上に使いこなしていて驚いた。形は違えど、お前を守ってくれて良かったよ」
 そういって、頭を撫でてくれる。
 しかしこの幸せは、泡沫のひとときに過ぎぬ。彼女も、その期限を理解していた。
 ――別れの時は近い。七夕の夜が終われば、今度こそ、二度と会えぬ相手だ。
 だからテレサも、居住まいを正し、向かい合い――凜乎と告げる。
「お父様、テレサはもう大丈夫です」
 それは明確な、別れの言葉であった。

「俺は恩人と殺し合うしかなかったからな、良かったよ」
「そうだな」
 腕組み二人を見つめる双吉に、マークが応じる。守りたいものが守り切れたのなら、それでいい――満足そうに、機兵は頷く。
「会いたい人に、会えて良かったね」
 たまを抱いた果乃は甘い香りの残滓に、切なさなどを覚えつつ。けれど共に過ごすことはできぬ、という未来は変わらぬのだから、どちらがよかったのだろう。
 最後まで可能性に警戒し、柄に手をかけていた恵だが、いよいよその手を下ろすと、
「……ええ」
 小さな息を吐いた。
 恵の吐息は、戦闘終了の安堵ばかりではなく。
 生死だけではない決着を目の当たりに――ケルベロスとしての活動の終わりを、実感し――万感の思いを孕んで、いた。

 穏やかな川縁に二人、少女たちが並んで空を見上げていた。
「ありがとうね、琴」
 貴女がいたから最後まで戦い抜けた。シルがそういって微笑むと。
 鳳琴の左手が、彼女の左手をぎゅっと握る。二人のダブルリングが重なって、金属の冷たい音がした。
「これで最後。だね」
 きっと、最後の戦いだった――もうこの手は、大切なひとを慈しむために。
 そうなればいいな、と願いながら。
「でも終わりは『これから』の始まり。シルと共に、輝かしい未来を」
 ――戦いの後の日々は、これからずっと続くのだから。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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