最後の宿縁邂逅~四の凶星

作者:白石小梅

●結ばれる宿縁
 盛大な祭りの中、呼集に集った番犬たち。
「現在、各地で超神機アダム・カドモンの遺したデータ、及び停戦したダモクレスからの技術供与により『破壊したゲートの修復』と『ゲートのピラー化』のため『七夕による季節の魔法』の発動準備が整えられています」
 そう語るのは、望月・小夜。知っての通り、世は季節の魔法の発動準備の最中。そしてこれは『各惑星のデウスエクスからコギトエルゴスム化を喪わせる』措置でもある。
「これでデスバレスのような世界の歪みが再び起きるのを防止できる可能性は低くないでしょう。宇宙は、真に平和になるかもしれません……本当に、ありがとうございます」
 微笑む仲間たち。
 だが、懸念もある。
「ええ。『二つに分かたれたものを一つにする』のが七夕の魔力。その余波によって『ケルベロスと宿敵が、ありえざる邂逅を遂げる』のです」
 そこへ、アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が四人のケルベロスを連れて現れる。
「小夜が予知した結果、今回、宿縁が結ばれてしまうのはこの四名だそうだ」
 その後ろには、キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)、宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)、ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)、そして左之森・リア(赴くままにゆらりと歩む・e12959)……。
「現れるとわかっている敵を迎え討たない理由はない。これは追いすがる過去との闘いだ。四人の宿縁を清算し、無為な争いを終わらせよう」
 無言のまま、視線を交わす四人。向かい合って、番犬たちは頷き合う。
 闘いの幕を引く、決意を込めて。

●現れる宿敵
 小夜は、祭りからさほど離れていない丘を指さす。
「宿敵たちは、本日7月7日の22時から24時ごろ、同時にあそこに現れます。すでに人は遠ざけております。存分に力を振るってください」
 現れるのは、四体。
 ダモクレス、寛大なる来訪者『オッペンハイマー』。
 ドラグナー、羅 闘爪。
 死神、銀鐘君シルヴィア。
 螺旋忍軍、菖蒲。
「皆それぞれ、かつてであれば勝ち目の薄い難敵であったはず。しかし今、この宇宙にケルベロスに並ぶ勢力はおりません。必ず、打ち破れると信じております」
 それから、と、小夜は付け加える。
「死神、病魔、屍隷兵を除き、デウスエクスは恐らく今回の儀式でコギトエルゴスム化の能力を失います。もし相手が地球へ害を成すことを諦め、他所の星で静かに暮らすことを受け入れるなら、処遇は皆さんに一任いたします」
 そう。倒したデウスエクスが不意に蘇ることはもうない。番犬たちはついに、敵を殺さぬ限り永久に襲い来るという輪廻を断ち切ったのだ。
 無論、和平を呼び掛けても、過去の栄光に縋りつき時代を認めぬ者は必ずいるだろう。
「そういった輩は当然、倒さねばなりません。ですが、四体のデウスエクスが力を合わせてしまっては、いくら皆さんと言えど危険です。実際に降伏を許すかはともかく、懐柔や挑発などを用いて共闘させぬ工夫は必要でしょう」
 異種族が力と心を合わせることの力は、誰よりも知っている。
 番犬たちは力強くそれに応じた。
「では、出撃を。古き時代に幕を引き、新しき時代を開いてください……!」
 小夜はそう語って、頭を下げるのだった。

●四凶星
 七月七日の夜……。
 世を包む、穏やかな黒い帳。河のように空を流れる、銀の煌めき。夜を通し、七夕の祭りに身を預ける人々。平和と希望が育まれる、ほの甘い夜。
 番犬たちは、遠く祭りの灯りを見つめながら、待ち構える。
 その時、四筋の凶星が夜を裂いた。
 デウスエクスそのものである宝玉が筋を引きながら飛来し、迸る紫電の中に人影を形作っていく。
『心など認めないぞ、旧主たちよ。俺にあるのは、この回路を走り抜ける衝動だけ。イマジネイターを超え、創造主を超え、世界を機械化せしめよと……!』
 その一つは、白き鎧の機人に。
『己の拳の限界を悟り、俺は竜の力を求めてドラグナーと化した……そして、誰よりも強くなった。そのはずなのだ……俺は認めん。敗北など……!』
 二つ目は、竜の闘気纏う武道者に。
『生涯を掛けて集めた知識と魔術……やがて来る冥府の海に満ちた時代に伝えるべく、この胸に封じた智慧の集積。全て私のものよ……失わせはしない』
 三つ目は、純白の鱗衣の死神に。
『定命の者を神造デウスエクスとすることこそ……螺旋の仮面に出来る唯一の救いと思い研究を重ねてきた……でも、力及ばなかったようだ……』
 四つ目は、憂いを帯びた螺旋のしもべに。
 宝玉は、姿を変えて降り立った。

 解き放たれた四影は、互いを見やって眉を顰める。
 ここはどこだ。他のデウスエクスは、何者だと。
 だがその困惑は、周囲を囲む番犬たちを見て、即座に吹き飛ぶ。
『ケルベロス……! まずはお前らから、機械としてくれる!』
『有象無象どもが。俺は負けぬ。お前たちにも。この連中にもだ……!』
『いいわ! この場の全員の智慧を、宝玉の煌めきに変えてあげる!』
『闘わねば、ならないのか……これも、螺旋の者のさだめ……か』

 身構える四の凶星。その視線を、四人の番犬たちが受け止めた。
 綺羅星の下、時代を終わらせる闘いの幕が上がる……!


参加者
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
左之森・リア(赴くままにゆらりと歩む・e12959)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
清水・湖満(氷雨・e25983)
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)

■リプレイ


 七夕の夜。
 銀河に結ばれた、あり得ざる最後の宿縁。
 四の凶星は流星の如く。この星を踏みしめ、迎え撃つは四人の番犬。
 絡む視線がお互いの宿敵を認め合った、その刹那。
 大地を蹴って、両者は激突する。

「ケルベロスねぇ、結局俺もテメェにとってはワンオブゼムに過ぎなかったわけだ……!」
 その目に怒りの焔を宿し、キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)が白き機人と火花を散らす。
『ハッ、活きがいい狗がいるな。まずは、お前からだ!』

「……羅・闘爪。力を求め、呑まれ、潰えたのなら、そのまま寝ていれば良いものを」
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)の瞳は酷薄な鋭さを宿し、竜の手先を貫いて。
『俺を知る者か。殺り残しがあっては眠れるものも眠れぬわ……!』

「いつか私の前に立ちはだかると思っていたわ。この胸の魔女の記憶が欲しいの、ね……」
 哀しみか憐れみか。ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)の眼は宝石のように死神のそれと煌めきを交わす。
『それで満足すると思う? 私は全てを取り戻し、全てを得るの!』

 火花散る三者の隣では、フイシンを連れた左之森・リア(赴くままにゆらりと歩む・e12959)が目を見開いたまま。
「その声。姿。そして、その瞳。そうか……思い出したぞ。わしは……お主に……」
『勘違いさ……君のように話す知己は、いない』
 憂いを帯びた忍は、刃を構える。

 結ばれる宿縁をただ傍観する理由はない。悔いのない結末を見届けるべく、番犬たちはこの地に集う。
「4体もいるのは難儀やけど、今や私らに敵はなし……さ、全員で行って帰って来よ!」
 するりと前に進み出た清水・湖満(氷雨・e25983)が、銀の光で戦場を照らしだす。背を押され「うん、行こう!」と応じるのは、翼猫のハクを連れたエリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)。
(「ずっとずっと一緒に闘ってきた、私の大切な相棒……また二人で一緒に闘える!」)
 その隣で、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)はため息を漏らして杖を構え、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は銃を引き抜く。
「一年に一度だけ恋人さんと会える日に、願い事叶えたり宿縁を結んだり……織姫ちゃん彦星くんも大変だね」
「全くだわ。さあ、援護をお願い。どうか皆の想いが通じ、本懐を遂げられるようにね」
 夫のアルベルトと共に、頷くのはアメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)。
「心得た。サポートを、共に頼む……!」
「お任せください。この宿縁、皆で清算いたしましょう」
 支援に来たイッパイアッテナ・ルドルフもまた、相箱のザラキと共に駆け込んでくる。

 祭りの夜。
 星々の下。
 遠く人々が見つめる丘の上に、囃子の如くグラビティが鳴り響く。
 時代の終わりと始まりを告げる乱戦。
 最後の宿縁邂逅の、幕が上がる……!


「テメェは、あの娘も覚えちゃいるまい……ッ!」
 丘の上、一瞬の残像のみを残し、凄まじい速度で打ち合う影。アメリアが舞わせる魔術葉の援護さえ、切って捨てるほどに。
(「速い……! もう私では目で追うので精一杯だ……!」)
 土煙と共に姿を現すキルロイと機人。刃が火花を散らして機人の腕にめり込むが、機人もまた籠手で押さえ込むように受け止める。
『ふむ。解体した材料など覚えていられん。映像資料はあるか? お前が私に従い機械となるなら、愛玩人形として再現し直してやるが?』
「そうかい鉄屑野郎……だったらテメェも、あの娘同様何も分からないままゴミのように死んでいけ!」
 激怒の咆哮を上げるキルロイの援護にイッパイアッテナとアルベルトが飛び込んでいく。
 一方、その会話を横に拳をぶつけ合わせるのは、双牙と竜の手先。
「貴様も……10年程前に貴様が襲った里の一つなど、覚えてはいまいな」
『無論よ。あの鉄屑とはその点、気が合いそうだ……!』
 瞬間的に放たれた竜の手先の足蹴り。受け身を取って転がる双牙の背を、エヴァリーナが受け止める。
「私達は弱いから、協力して強い敵と対決して来たんだけど。そっちも、自分が弱いと認めて力を合わせるってこと?」
『抜かせ……! 俺は力を高めてくれる者以外、全てを破壊する!』
 身を舞わせて挑発に乗る竜の手先。エヴァリーナの掌から放たれた賦活の電流が、双牙の背を押して。
「それ故に、貴様の存在を許す訳にはいかん……!」
 因縁の二人の蹴撃が、大気を震わせる。
 その戦場を覆う、無数の黒い鎖。鎖の結界を作り、内部の敵を縛するのは、ルベウス。だがその内側から、銀の閃光が鎖を断つ。
『ふん……魔術知識はあっても、力はこの程度?』
 白銀の死神は鼻で笑う。
「貴女は、あっちの二人と、違う。その手に掛けた全てを、覚えてる……そうよね?」
『当然でしょう? 殺した全ては、私のもの! その躰、智慧、記憶……何もかも、私に帰属するの。今から、アンタもね!』
 一気に輝きを増し、番犬たちに襲い掛かる銀閃。その前に降り立つのは、湖満とエリザベス。
「リーザ、いける? 私ら武神の力で、絶対に皆を守るよ。さあ、一緒に……!」
「任せて! 必ず皆の想いを、遂げさせよう! ……行って、ルべちゃん!」
 降り注ぐ、二重の癒し。二人の詠唱が歌声の如く、主旋律と伏線率で絡み合う。押し寄せる白銀の閃光を中和して、その輝きの中をルベウスが駆ける。
「そうね。執着するわよね。たとえ欠片であっても……でも、ごめんね。私は彼女の記憶と共に生きていく」
 死神と魔女の、膨大な魔力が激突する。
 その余波で煌めきが降り注ぐ中、閃くのは螺旋の者の刃。
『何をしている。打ち込んで来い……』
 リアの髪が、鼻先で散る。幾度も振るわれる小太刀の前に、柔肌に赤い筋が走る。
「っ……お主は、一緒に暮らした相手さえ忘れたか? 口調とか性格が変わってわからんのか? わしも成長したんじゃよ……?」
『確かに君は探し人に似ている。本人かもしれない。だが元より、すべきことは同じ』
 戦場へ向けて竜弾を撃ち込んでいたアウレリアが、身を翻す。リアに向けて振り下ろされる刃を掴んで、憂いを帯びた瞳を睨み返して。
「貴方達の関係がどういうものか、私は知らないわ……貴方は、彼女を殺すために探していたというの?」
『それが螺旋の宿命だ……足抜けは、許されない』
 身を捻り、再び振るわれる刃。アウレリアの首を狙った忍の腕を、リアが咄嗟に呪縛の御業で捻りあげる。
「嘘じゃ。螺旋忍軍は、もう居らぬ」
『いるとも……まだ、ここに』
 頑なに言葉を拒む忍へは、武器に乗せて想いを伝えるしかないようだ。この分からず屋、という叫びと共に、三者は馳せ合った。
 それぞれの信念で襲い来る四の凶星。
 挑発に乗った彼らは、もはやお互いを援護はしないだろう。
 だがそれは、因縁の者が集中的に狙われることを、示してもいる。
 闘いは、ここからだ。


 ヒットアンドアウェイを繰り返しながら、竜の手先が高らかに笑う。
『ハッハァ! 俺の拳から生き延びただけはあるな!』
「っ……生き汚い貴様に褒められるとはな。貴様のことだ、竜が滅びた後も、どこかに存在している気はしていたが」
『滅びた主など、もうよいわ! 次の最強は、この俺だ!』
 双牙の拳から迸った網状の霊力が、敵を縛り上げた。だが敵は甲高い雄叫びと共にそれを断ち割り、高速で足を回転させる。
「させない……! ハク! お願い!」
 エリザベスの一声で飛び込んだ翼猫が、その蹴撃を受け止める。戦場を俯瞰したその目が、敵の力の構成を見極めて。
「こみちゃん! このドラグナーと螺旋忍軍は、攻守平衡に力を組んでる!」
「対して、機械と死神は攻め一辺倒。誰かと連携するのは、最初から考えてないんやね。誰も倒れさせないんは、難しいけど……」
 必ず、やり遂げて見せる。
 湖満の眼は決意を込めて混沌の慈雨を降らせ、エリザベスの気力が戦場を飛ぶ。
「可能な限り、背を合わせて。敵を四方に置いて、囲わせるのよ。攻撃を受け止めるのは私たちに任せて、想いを遂げて」
 説得を行うリアに付き添いながら、アウレリアは身を捻ると同時に引き金を絞る。死神の方へ向けて。
『ちっ……邪魔するんじゃないわよ! アンタたちは、コイツの後よ!』
「そう思うなら、よそ見はしない方がいい。貴女が執着する魔女の記憶は、ここにあるのよ?」
 舌を打った死神の銀鎖と、ルベウスの呪鎖が、火花を散らして交差する。アルベルトが割り込んで敵の一撃を引き付け、死神の肩から鮮血が散る。
 因縁の者が宿敵を引き付ける作戦である以上、彼らが倒れれば作戦は崩壊する。逆算すれば、癒し手と護り手こそ、この混戦を支える要。
 そして。
『煩わしく跳ね回る狗どもめ! 俺の力の前に、屈するがいい!』
 防御するキルロイを貫通し、機人の放つスパークが戦場を覆う。番犬たちがそれぞれに身を守ると同時に、その雷は隣で闘う死神の身さえも撃ち抜いた。
「……!?」
『キャアアッ! ちょっと、何するのよ! 機械仕掛けの電流なんかに、用はないわ!』
『巻き込まれる位置にいるお前が悪いのだ、ウスノロめ』
『言ったわね! ならこっちも、もう遠慮はしない!』
 いがみ合いながら、死神もまた全てを巻き込むように銀の閃光を解き放つ。
「ハッ、なるほどな。互いに味方じゃない……お隣さんがどうなろうが、知ったこっちゃねえってか。下衆なテメェららしいぜ!」
 足元を死神の閃光に射抜かれた機人に向けて、キルロイが呪いを撃つ。機人が舌を打つ間にも、高笑いする竜の手先が全周に闘気を解き放つ。
「うわわ……大混戦じゃの、あっち。お主は、あれが正しい姿と思うのか?」
 リアと螺旋の忍は、息を切らしながら杖と小太刀で押し合う。
『デウスエクスの論理は……すなわちこの宇宙の論理だ』
 忍が咄嗟に振るった刃を、エヴァリーナが呼び出した小妖精たちが受け止める。
「さっきも言ったけど。弱いから力を合わせた私たちが、この宇宙を変えたんだよ。私たちはデウスエクスがもう、宝玉化しないようにしたの」
「そうじゃ。無制限に個の力を比べ続ける時代は、終わったのじゃ」
『定命の者を不死に変えるのでなく、不死者の世界を変える……なるほど。自分では、成し遂げられぬ答えだ……そしてその時代に、旧き者の生きる道はない』
 自嘲するように、忍は刃を振るう。フイシンが咄嗟にそれを受け止めたものの、その姿は掻き消える。
「ああもう! わしの育て親のくせに、頑固者め! なら、わからせてくれる!」
 百鬼夜行を呼び出して、忍と激突するリア。ぽつりとエヴァリーナが「似た者親子なんだね……」と漏らしたのを、誰かが聞いたか否か。
 戦場の混乱は加速度的に深まっていく。
 その混乱が弾けた時、盤上は一気に動くだろう。


 多数のサーヴァントたちを盾の役として、戦線を保たせる番犬たち。しかし、死神の放った銀閃が、遂にアルベルトを捉えてその姿を消失させる。
『また邪魔を! 何なのよもう!』
 最初に動いたのは、集中的に狙われていた死神との因縁。
『周り中、私の邪魔ばかり! アンタは早く、その知識の全てを、私に寄越しなさい!』
「彼女がそんなに憎かった? でも、彼女は貴女を愛していたわ。貴女の配下の四騎士と同じように」
 ルベウスは、そう呟きながら金色の槍を紡ぎ出す。渾身を込めて、凄まじい力を練り上げていくが、死神はその隙を見逃さない。
『うるさい! そのまま、死ね!』
 だがそこへ飛び込んだのは、イッパイアッテナ。ルベウスの前に立ち、その躰で銀閃を受け止める。
「させません……! 攻撃は、私が押さえます!」
 舌を打って、死神は後ろへ跳んだ。だがその背を撃ち抜いたのは、エヴァリーナの霊弾。
『くっ……!』
「これまでずーっと強者ぶって上から侵略ムーヴしてたのに、いざとなったら逃げるの、最高にカッコ悪いよ? ほら、当たる前に防いでみなよ?」
 死神がハッと振り返った時、紅い瞳を開いた金色の槍がその眼前まで迫っていた。死神は咄嗟に障壁を織り上げて、それを受け止めるが。
『アンタなんかに……! アンタ、なんか……に……ッ!』
 障壁が、一瞬で砕け散る。槍は死神の肢体を貫通し、その身の核となっていた胸元の宝石に、ヒビが走った。甲高い悲鳴が響き渡り、光が死神を呑み込んでいく。
「私は貴女のことを知らないけど、憶えておくことはできる。だから……今はさようなら、私の古傷」
 ルベウスが静かに言い終えた時。
 からりと落ちた宝石を残して、死神の姿は消失した。

 機人と竜の手先は、闘いの中で背を合わせる。
『馬鹿女め。己の力を過信したか。狗を一匹も削れぬとは、役立たずが』
『ハッハァ! 女など、こんなものだろう! お前は違うのだろうな?』
 鼻で笑い合い、二者は跳躍する。
 電磁場を両手に握りしめ、機人が向かうは、血まみれで片膝を突くキルロイ。そこへ割り込むのは。
「女を馬鹿にするもんやない。あんな奴らの思い通りには、させへんよ。リーザ、お願い」
「うん! 最後まで武神の私達らしく駆け抜けて……見せつけてやりましょう!」
 エリザベスがハクと共に迸る電流に打ち掛かった。ハクの姿が掠れて消えても、その拳は機人とつかみ合う。
『止めたつもりだろうが、無駄だ! 喰らえ、全方位スパーク!』
 そのまま機人は全周に雷撃を解き放つ。戦場を呑み込む嵐は、背後の湖満のところまで貫通する……が。
「さあ、遠慮せずに行って。決着をつけるんよ」
「ああ、俺は倒れねえ……野郎を、地獄に送り届けるまでは」
 流れる血を湖満の氷で塞いだ幽鬼のごとき男が、エリザベスを飛び越えて機人に飛び掛かる。
「死いいい、ねええええッ!」
『なっ!?』
 傷を塞いだ氷さえも解かすほどの炎を全身から噴き上げて。目にも留まらぬ速さでキルロイが剣を振るう。
『ちぃ! 貴様ごとき、に……?』
 振り返った機人の視界に、筋が走る。噴き出した紅い液体は、血か、油か。悲鳴を上げながら機人は崩れ落ちていく己の体を掻き抱く。
『ば、馬鹿な! 嘘だ、嫌だ! この、俺がああ!』
「喚きながら散りな。テメェにゃ似合いの最後だぜ。あばよ……鉄屑」
 キルロイが剣を捻る。瞬間、噴出した赤黒い劫火が、機人を呑み込んだ。
 甲高い絶叫の中、その躰が融解した鉄屑と化すまで……。

 一方。
 忍の攻めは、すでに止まっていた。螺旋忍軍は個としては、弱い。勝ち目など、最初からなかったのだ。
『勝敗は決した。とどめを刺せ。何人も殺めてきた、螺旋の仮面を貫くがいい』
 忍は、傷だらけの姿で虚ろに問う。血を拭い捨て、毅然とその目を貫くのは、アウレリアの視線。
「死は贖罪ではないわ。私はかつて、心を持たない殺戮人形だった。懸命に語りかけてくれた夫に出会うまでね。今、私は彼と共に、この地を守っている」
 忍はただ、死に場所を求めていたのだ。
「もう、その仮面を被る必要は、ないのじゃ。わしは思い出した……お主は優しかった。不死の束縛に縛られず、不老定命の者として、生きてほしい。降ってくれ……頼む」
 リアは想いを絞り出し、武器を捨てた。己の身を晒すように、忍の前に膝を突く。
 忍は、無言のまま俯いて……。

 残っている竜の手先に番犬たちが殺到する。
『チィ! どいつもこいつも不甲斐ない!』
 だがその瞬間、フェイントの残像を残して、竜の手先は後ろに跳ねた。
「ぬっ……貴様! 待て!」
『ヒャハッ! 生き延びる者こそ強いのだ!』
 生き汚さこそ、その男の強さ。番犬たちが後を追う中、竜の手先は膝を突くリアと螺旋忍軍へ走る。番犬たちを弱者に擦り付け、己は逃げ延びる。それがこの男の計略だった。
 横合いからの突然の襲撃に、アウレリアがはっと反応した瞬間。
 その横を、刃が飛んだ。
『ぐっ……!?』
 咄嗟に投げ放たれたのは、螺旋忍軍の小太刀。竜の手先の足に突き刺さり、男は無様にそこに転ぶ。
『貴様……雑魚の分際で、裏切る気か!』
 激怒した竜の手先は、しかし忍に向かって飛び掛かることは出来なかった。その胴体に、双牙の両腕が掴みかかっていたから。
『ッ!?』
「菖蒲とやら! 援護、助かる!」
 そのまま跳ね飛んだ双牙は、頭を下に回転しながら大地へ向かう。喚きながら暴れる竜の手先を抱えたままに。
『は、放せ! 放せ貴様! 俺を殺しても、何も戻りは……!』
「ああ、そうだ。失われたものは取り返しがつかん。だがな……もうあの惨劇を起こさぬようにすることは、出来る! 受けよ! 金狼の裁きを!」
 あの時届かなかった拳を、裁きの刃にかえて。双牙と竜の手先が炎に包まれながら、隕石落下の如く、丘に激突した。
 僅かな沈黙の後、ゆらりと立ち上がったのは一人だけ。
 首の潰れた竜の手先が、その背後で炎に呑まれ、ゆっくりと消滅していった……。


 最後に一人残った螺旋忍軍に、もはや戦意はない。
 番犬たちが囲う中、一人が忍を守るように前に進み出て。
「……降伏してくれたはずじゃ。皆、見たろう? 最後に、援護してくれたのを」
『デウスエクスに、殺されずしての降伏はない』
 そう言いながら、忍はそっと刃と螺旋の仮面を地面に置く。
『だが宇宙の覇者は、すでに力を証明した……その裁きに、この身を委ねよう』
 番犬たちが表情を崩して武器を下げる前で、螺旋忍軍は膝を突き首を垂れる。
「いいんじゃ。地球を愛して定命化するなり、他の星へと行ったり……お主の好きに生きればいい。もう、お主を縛る掟はない。育ててくれたこと、感謝しておるぞ……菖蒲様」
 幼年期の全てを思い出し、リアは相手のことを抱きしめる。敗者に下る裁きを待っていた忍が困惑するのに、アウレリアはくすりと微笑んで。
「今の想いを、大事になさい。罪を償い、命を救い、誰かを幸せにすることに努めるのね。足抜け忍者さん」
「なんか……種族ごと困窮してて、助けてあげないとどうしようもないって状況じゃなく、ただ一人のデウスエクスを助けられたのって……初めてかも?」
「かもね……ようやく、だけれど」
 それは偶然か、それとも二人の執念か。エヴァリーナとその姉は、遂に手にすることが叶った小さな救いを胸にしまって踵を返す。
『番犬どの……』
 アメリアだけが、リアと手を取り合ってこちらを見つめる螺旋忍軍を振り返る。
「本当に大丈夫だろうか。彼女と二人にして。その……」
 その背を軽く叩くのは、キルロイ。全てを終えて調子を取り戻した彼は、肩を竦めて息を一つ。
「野暮はなしにしようぜ。ま、大丈夫だろうよ。命まで懸けて掟に拘った奴だ。言ったことは曲げねえさ。あの鉄屑どもと……目が違ったからな。わかるのさ」
「それに万が一、もう一度悪さをしようなんて思ったところで……私たちがいる。ね、こみちゃん? 私、また二人で、戦場を駆け抜けたいくらいだもの」
「ふふっ、そうやね。でもね、リーザ。その言い草は、ちょっと不謹慎かもしれへんよ? 駆け抜けるなら、ふもとのお祭りにしましょ。夜通しやるみたいよ?」
 エリザベスと湖満は、そう言ってくすくすと笑みを交わす。
「いいですね。今夜のお祭りは、なんといっても時代の節目ですから」
 イッパイアッテナが指し示すのは、丘の下。暖かな灯りの中で祭囃子が響き、闘いを見守っていた人々の歓声が、番犬たちを呼んでいた。
 種の存亡を懸けた破壊と闘争の時代は終わりを告げ、番犬の主導の下、異種族が手を取り合う平和と創造の時代が来る。
(「魔女は既に死んだわ。自己を確立した者にとって、過去の産物は不要のもの……」)
 丘を吹く風に頬を撫でられながら、ルベウスは夜空を仰ぐ。その手に、宿敵の遺した宝石を握りしめながら。
「私は生きるわ。彼女の記憶と……貴女達の記憶と共に……」
 その呟きが、聞こえたか否か。隣に歩を進めた双牙が、ぽつりと語る。
「弔いか?」
「そんな感じ、ね」
「俺も……久々に家族の墓参りにでも行くか」
 彼もまた、夜空へ向けて無言のまま祈りを捧げる。分かたれた者を結びつける七夕の魔力が、祈りを届かせることを信じて。
(「裁くべき者は裁き、闘いを捨てた者は救えた。見ていてくれたろうか……」)
 その時、愛すべき誰かの手を肩越しに感じた気がして、双牙はハッと振り返る。

 そこには、無限に広がる星空があるのみ。
 だが、つられて空を見上げた番犬たちは、確かに感じた。
 すでにこの世界を去った大切な誰かが、自分たちへ笑い掛けてくれたことを……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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