黒衣の悪魔

作者:紫村雪乃


「あっ」
 はじかれたようにプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は跳び退った。
 そのプランめがけて異様なものがとんだ。カプセルである。
 カプセルをプランは躱したと思った。が、躱すことはかなわない。ケルベロスであるプランの超人的な身体能力をもってしても躱すことのできぬ速さ鋭さをカプセルはもっていたのである。
 カプセルがプランを直撃した。それだけでプランほどの女ががくりと膝を折っている。
「どうですかぁ、わたしのカプセルの味は?」
 楽しそうに微笑みながら女が現れた。
 十七歳ほどの少女。可愛らしい顔立ちの美少女だが、肉体は成熟した女のように豊満であった。背には蝙蝠のもののような翼が生えている。
「黒衣の悪魔!」
 プランは息をひいた。彼女は眼前の少女を知っていたのである。
 少女は黒衣の悪魔と呼ばれていた。それが本当の名であるのかプランは知らない。知っているのは顔と所行である。
 黒衣の悪魔はウィッチドクターの力を持っていた。定命化で苦しんでいるデウスエクスの前に現れては所持しているコギトエルゴスムを報酬として要求し、代わりに定命化を病魔として召喚していたのである。
 正体は螺旋忍軍で、その可憐な姿態とは裏腹に戦闘力は高く、プランのそれを遥かに凌いでいた。まともに戦ってプランが勝てる可能性は皆無に近い。
「ふふふ。わたしのこと、知ってるんだね。わたしもあなたのこと、知ってるよ。気にくわない奴だと思ってたんだ。だから殺しちゃうよ」
 黒衣の悪魔は玩具を見つけた子供のように笑った。


「プラン・クラリスさんが宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。その声に滲んでいるのは焦慮の響きであった。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ませんでした。一刻の猶予もありません。紫さんが無事なうちに、なんとか救援に向かってください」
「どんなデウスエクスなの?」
 問うたのは豊満な肉体をわずかな布切れで包んだ美女だ。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)であった。
「螺旋忍軍。黒衣の悪魔と呼ばれる強敵です」
「厄介そうな敵ね」
「はい。螺旋忍軍のグラビティを使います。それとウィッチドクターのそれも」
「恐ろしい敵。油断していい相手ではなさそうね。けれど誰かがいかなければ」
 香蓮はいった。


参加者
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)

■リプレイ


「可愛い子と遊ぶは嫌いじゃないけど、殺し合いよりイイコトをしたいね。気持ち良くシテあげるから一緒に遊ばない?」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が笑いかけた。その脳裏では、表情とは裏腹にプランは計算を巡らせている。
「聞いた話だと、どっちかと言うと非戦闘員寄りだったのに、思ってた以上に強いね。……ちょっと拙いかな?」
 プランは独語した。すると黒衣の悪魔は可愛らしく小首を傾げてみせた。
「わたした遊びたい? なに、それ? まさか命乞いってやつ?」
「冗談。私がそんなことするわけないよ!」
 プランが跳んだ。流星のごとく脚から光粒子を散らしながら飛翔。強かに黒衣の悪魔を蹴りつける。
「きゃあ!」
 黒衣の悪魔が悲鳴をあげた。がーー。
「なーんて、ね」
 ニッと黒衣の悪魔は嗤った。まさに悪魔のように。
「その程度の攻撃、わたしには通用しないよ。人間相手ならともかく、わたしはデウスエクスなんだから」
 黒衣の悪魔はいった。プランには声もない。
 黒衣の悪魔のいうことは事実であろう。たった一撃でかなりな損傷を与えることができるほど、デウスエクスに対してケルベロスの攻撃は大きくはない。
 逆にケルベロスに対するデウスエクスの攻撃は大きかった。現に、黒衣の悪魔の攻撃によりプランは耐久力を大きく削られている。
「あはは。とどめを刺しちゃうよ」
 その黒衣の悪魔の言葉が終わらぬうち、彼女の手からカプセルが飛んだ。弾丸のように飛翔したそれは、避けも躱しもならぬプランの身体を直撃しーー。
 いや、プランには届かなかった。プランの前に男が立ちはだかったからだ。カプセルは男は身体に吸い込まれていた。
「間に合ったようですね」
 激痛に美麗な顔をゆがめながら男が笑った。
 風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)。ケルベロスであった。
「もう大丈夫よ」
 プランの脳内で声が響いた。その声が名乗る。ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)であると。
 プランが振り返ると、柔らかに輝く金髪の優しげな女性が立っていた。眼鏡をかけているのだが、奥の目は理知の光に満ちている。
「なんか先制攻撃を受けてたようですが大丈夫ですか!?」
 男がいった。人間でない。ウェアライダーであった。
「焦りましたよ。とりあえずこの子に折檻してやりませんとね!」
 男ーージュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)が黒衣の悪魔を睨みつけた。そして、ほっと息をついた。
「おおう、確かに悪魔的ボディっ…と失礼」
 誤魔化すようにジュリアスは跳んだ。
「もはや伝統芸能ですね、ちょわー!」
 空に光の亀裂を刻みつつ、飛翔。重い蹴りをぶち込み、ジュリアスは黒衣の悪魔を吹き飛ばした。
「プランさん、傷をいやします!」
 バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が白銀に煌めく髪を翻し、杖を掲げた。
 ライトニングロッド。雷鳴の破壊と賦活の力が籠められた、戦闘兼手術用の電撃杖だ。
 次の瞬間、ライトニングロッドから紫電が迸り出た。空を稲妻のごとく疾ったそれは、傷ついたプランの身を撃つ。十億ボルトにも及ぶ電流がプランの細胞を震わせ、賦活化させた。
 そのプランの傍らを小柄の男が走り抜けた。ドワーフである。名をコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)といった。
「プランをよくも傷つけてくれた!」
 地を踏み砕き、コクマは剣を薙ぎ下ろした。スルードゲルミルなる名をもつ鉄塊の如き無骨な巨剣が黒衣の悪魔を切り裂く。衝撃の余波が地を爆散させた。
「きゃあ!」
 悲鳴をあげながら黒衣の悪魔は跳び退った。が、ニケは逃さない。砲弾のように跳んだ彼女は、まさにミサイル並みの破壊力を秘めた蹴りを黒衣の悪魔に浴びせた。
 咄嗟に黒衣の悪魔は両手でガード。が、受けとめきれぬ蹴撃の圧に地を削りながら後退する。
「もう、番犬どもめ!」
 黒衣の悪魔の可憐な顔が怒りにゆがんだ。その眼前、いつの間にか恵が立っていた。
「少々――失礼します」
 くるりと恵は背を返した。まったくの無防備に見える態勢だ。
 が、違う。背を返しざま、恵は斬撃を放っていた。霊気が込められた一閃は、黒衣の悪魔の虚をついて鮮やかに彼女を切り裂いている。
「やったね!」
 痛みより、相手を見下したかのような恵の剣法から受けた屈辱に、黒衣の悪魔は歯噛みした。憎悪に満面がどす黒く染まる。
「番犬のくせに。許さないから!」
 黒衣の悪魔が手を振り上げた。


 雨滴が恵とコクマに降りつけた。いやーー。
 雨滴ではない。それは薬液であった。
 ただし治癒のためのものではない。害するための毒液であった。
「ああっ」
 恵ががくりと膝を折った。死人のように顔を青ざめさせ、息も絶え絶えとなっている。
 連続の攻撃は恵の体力のほとんどを奪い去っていた。もし二度めが範囲攻撃でなければ恵は死んでいたかもしれない。
「私がいる限り、倒れさせはしません!」
 バラフィールの繊手が華麗に舞った。魔法的外科手術により恵の患部を切除、再生する。
 黒衣の悪魔がバラフィールを睨みつけた。
「もう、余計な真似しないでよ! あっ」
 黒衣の悪魔の口から愕然たる声がもれた。半透明の巨大な手が彼女を鷲掴みにしたからだ。さすがの黒衣の悪魔もすぐには動けない。
「どう、番犬の力は?」
 プランが笑うと黒衣の悪魔が悔しそうに歯軋りした。
 刹那である。ニケの女神を思わせる白翼が煌月のように輝いた。光を放ったのである。
 撃たれた黒衣の悪魔が苦悶した。彼女が犯した罪が灼かれたのである。
 さらにコクマが襲った。風車のように身を旋回。加速させた斬撃を黒衣の悪魔に叩き込む。
「遅い!」
 するりと黒衣の悪魔が身を躱した。が、続くジュリアスの攻撃は避け得ない。彼の手のナイフが無惨に黒衣の悪魔を切り裂く。
「貴方を逃がすわけにはいきませんからね」
 鮮血にまみれた黒衣の悪魔を見据え、ジュリアスは告げた。
 いかに可憐に見えようとも、やはりその性は残忍酷薄なデウスエクス。黒衣の悪魔は生かしてはおけぬ不倶戴天の敵であった。
 そのことは恵もまた承知している。仲間の宿敵を前にして、彼の血は奔騰していた。が、その騒ぎを抑える自制心が恵には、あった。
 静かなる抜刀。抜きうたれた刃には空の霊力がまとわせられている。
 誰が想像し得ただろうか。恵の一閃が空をうつことを。
「つかまえた」
 ニンマリと黒衣の悪魔が嗤った。その手は恵の腕をつかんでいる。
「なにっ!?」
 恵が呻いた。
 刹那だ。破壊の熱量が恵の肉体に流し込まれた。
 それはビルですら粉塵と化さしめる破壊力であった。さしものケルベロスであってもたまらない。
 恵の肉体が爆ぜた。肉片と骨片、鮮血をまき散らせて倒れる。恵の身体が地をうった時、もはや意識はなかった。


「風峰!」
 プランの口から悲痛な叫びがもれた。
 恵は死んではいない。が、瀕死の状態であり、かつ戦闘不能であるのは明白であった。
「よくもやってくれたわね!」
 プランの顔から、どのような時でも消えることのない超然とした笑みが消えた。憤怒に、可愛い顔がつり上がる。鬼相であった。
「ふん。わたしをなめるからそうなるの。弱いくせして。ばーか」
 黒衣の悪魔があざ笑った。
 次の瞬間だ。その黒衣の悪魔の嘲笑が凍りついた。悽愴の鬼気が吹きつけてきたからだ。
「私は…戦いは好みません。しかし…何かを守るためには戦うことも必要だと、教えられました…。だから、今までは守るために戦ってきました。けれど今回は違います。あなたをたおすため、あなたと戦います!」
 鬼気の主であるバラフィールは決然と宣言した。そして、女性ヴァルキュリアのかたちをとったデバイスの両腕に恵を抱かせると、ライトニングロッドの先端をプランにむけた。
「プランさん、あなたに風峰さんと私の想いと願いを託します!」
 ライトニングロッドから稲妻が噴出した。空を灼きながら疾ったそれは、プランを直撃。電撃のショックで彼女の肉体を賦活化し、一時的にではあるが戦闘力を亜神のレベルに押し上げた。
「番犬が何をしようとわたしはたおせないよ!」
「そうですかな?」
 ジュリアスが掌を黒衣の悪魔にむけた。まるで銃口のように。
 気づいた黒衣の悪魔が回避行動をとろうとした。が、ジュリアスは逃さない。
「照準固定……発射!」
 ジュリアスの掌から弾丸が撃ち出された。
 ただの弾丸ではない。悪霊をこめた魔弾であった。
 着弾。
 衝撃はわずかである。魔弾の威力そのものはたいしたものではなかった。
 問題は弾丸にこめられた悪霊である。黒衣の悪魔に取り憑き、彼女の治癒プロセスを阻害したのであった。
 がーー。
 この時に至り、ようやくジュリアスは悟った。黒衣の悪魔が治癒のグラビティをもっていないことを。
「…自慢のライフルが意味ないじゃあないですか! 久々に出したのに!?」
「ばーか。役立たずの間抜け!」
 黒衣の悪魔が嘲弄の言葉を吐いた。
「これ以上仲間を侮辱することは許さないわ!」
 ニケは空を翔けた。翼を広げたその姿はまさに女神を思わせる。
 この時、黒衣の悪魔は翻然として思い出した。ニケとは勝利の女神の名ではなかったか。
 直後、ニケの蹴りが黒衣の悪魔に突き刺さった。デウスエクスにとってすら重過ぎる威力に、がくりと黒衣の悪魔の膝が折れる。
「足をとめたわ。今よ!」
 ニケが叫んだ。するとコクマがスルードゲルミルを振り上げた。
「プランよ、まずはわしがいく。お前にとどめを刺させてやるぞ」
 コクマが告げた。その手のスルードゲルミルが青白く煌めく。水晶の刃を纏わせたのであった。
「我が刃に宿るは光を喰らいし魔狼の牙! その牙が齎すは光亡き夜の訪れなり!」
 コクマは地を蹴った。規格外の脚力が生み出す推進力により、砲弾化。破壊力を上乗せした横薙ぎの一閃を黒衣の悪魔にくれた。
 なんで、たまろうか。子猫のように黒衣の悪魔が吹き飛んだ。地を数度バウンドし、建物の壁に激突してようやくとまった。
「う、うう」
 コンクリートの砕片をばらまいて黒衣の悪魔は身を起こした。その身を、背後からそっと抱きしめる者があった。
「つかまえた、いっぱいサービスしてあげるね。何度でも果てていいよ」
 黒衣の悪魔の耳にプランの息が吹きかけられた。
「ひっ!」
 という黒衣の悪魔の悲鳴は、すぐに甘い喘ぎ声に変わった。プランが彼女の耳を甘噛みしたからである。
 のみか、いつの間にかプランの手は黒衣の悪魔の胸元から滑り入り、豊満な乳房を揉みしだいている。他方の手は股間をまさぐっていた。最も感じる秘豆を弄った時、黒衣の悪魔が悶絶した。
「ああん。らめぇ、そんなにしちゃあ。おかしくなっちゃうよお」
 黒衣の悪魔が悶えた。慌ててニケが目をそらす。
 刹那、プランが尾の先端を黒衣の悪魔の濡れそぼった秘肉の中へと突き入れた。
「はあん!」
 凄まじい快感に黒衣の悪魔は身をのけぞらせた。
「もっとすごいことしてあげるね 咲き乱れて果ててこわれちゃえ」
 黒衣の悪魔の膣内を尾で犯しながら、プランは彼女に自身の快楽の記憶を送り込んだ。
 過剰な快感は破滅的な破壊力をもっていた。一度に数万人に犯されているようなものである。デウスエクスですら耐え切れなかった。
 精神と肉体を崩壊させ、黒衣の悪魔は滅びたのである。


 戦いは終わった。辺りを修復していたジュリアスがため息をもらす。
「こんな輩がまだいるなら、まだ完全に平和になったとは言えませんよねえ。まだもうちょっと戦いは続くのかもしれません」
「かもしれませんね」
 意識を取り戻した恵がうなずく。するとジュリアスが小さく微笑んだ。
「ま、みんなが無事ならよかったです」
「でも」
 気になることがあるのか、プランが口を開いた。
「定命化を病魔として召喚するって話は聞いたけど……実際はどうだったんだろうね。病魔召喚して治ってたらもっと苦労しただろうし、詐欺だったのかな?」
「さあな」
 とはコクマである。もう用はないとばかりに背を返す。
 その背を見送ってから、ニケが脚を跳ね上げた。ほとばしる炎が黒衣の悪魔を包み込む。それは葬送の炎であった。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月15日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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