七夕ピラー改修作戦~願い星ビバップ

作者:土師三良

●音々子かく語りき
「ケルベロス・ウォーでの完全勝利、おめでとうございます&お疲れさまどぅえぇぇーっす!」
 ケルベロスたちの前で根占・音々子がロックスターさながらに体を大きく仰け反らせてシャウトした。
「主立ったデウスエクスどもの勢力は壊滅! イエーイ、カイメツ! ついに平和がやってきたわけですねー! ビバ、ヘイワ! このような日が来ることを一度として疑ったことなどありませんが、いざ実際に迎えてみると……い、いろいろと……込み上げて……びぇぇぇぇぇーん!」
 感極まって大号泣。
 しかし、もらい泣きする暇をケルベロスたちに与えることなく、グルグル眼鏡のヘリオライダーは音速で気持ちを切り替えて本題に入った。
「とはいえ、平和が訪れたからといって、まったりと過ごせるわけじゃないんですよ。やるべきことがまだまだ残ってますからねー」
『やるべきこと』の一つはゲートの修復だ。
 アダム・カドモンから託された資料によると、ゲートを修復してピラーに戻すためには特別な季節の魔力が必要なのだという。
「もはやおなじみって感じの季節の魔力ですが、今回のそれは七夕の魔力です。ほら、七夕は超遠距離恋愛中の織姫と彦星が一年ぶりに会ってきゃっきゃうふふするイベントじゃないですか? なので、七夕の魔力には『遠く引き離された二つの地点を結び合わせる』という効果が期待できるんですよ。その効果を用いてゲートを修復するわけです」
 ピラー再生のためには七夕の魔力をできるだけ大量に集めなくてはいけない。そのための手段は、今までの季節の魔力がらみのイベントと同じ。
 そう、各地で開催される七夕の祭りに参加して盛り上げることだ。
「現在、日本全国の自治体に連絡して、七夕祭りへの市民の参加を要請しています。七夕祭りが八月におこなわれる地域も少なくないのですが、そういうところには開始を前倒ししてくれるようにお願いしてるんですよ。そして、更に、更にー! 国内だけでなく、諸外国の協力も取り付けちゃいましたー!」
 タブレットを取り出して胸の前に掲げる音々子。
「ケルベロス・ウォーのファーストアタックの際、蒼鴉師団の呼びかけによって世界各地で『TANABATA』のお祭りが開催されたことはご存じですよね? その中でも大きく盛り上がったお祭りのいくつかを七月七日に再開際することになったんですよ」
 タブレットに映し出されたのは、縦向きの星条旗が記されたキューブ状の建物。比較できるものが傍にないので判り難いが、かなり大きな建物のようだ(もっとも、ケルベロスの多くは巨大なケルベロスブレイドにずっと乗っていたため、その種の感覚が麻痺していたが)。
「再開催されるお祭りの一つが『ダブル・セブンス・フェスティバル』。盛り上げ要員として、それに参加していただけませんか? 開催地は、ここに映ってる米国フロリダ州のケネディ宇宙センターです。七夕は星空にまつわるお祭りですから、宇宙関係の施設と相性がいいんじゃないでしょうかねー」
 祭りのメインとなるのは屋台村。特別なツアー等以外では一般人が入ることのできないエリア(砂利敷きの広大な道路)が解放されて、フード系の屋台が並ぶという。
「移民大国アメリカですからして、古今東西のいろんな料理が味わえると思いますよ。当然のことながら屋台は有料なんですけども、それとは別に大手のファストフード・チェーンがハンバーガーやポテトなどを無償で提供してくれます。三年ほど前に大往生されたそのチェーンの創始者のかたがケルベロスの皆様に大きな信頼を寄せていて……ケルベロス・ウォー等への協力を惜しまないように遺言されていたそうなんですよ。ただし、そこのハンバーガーは味付けが非常に大雑把というか、ぶっちゃけ美味しくないらしいですから、グルメ的な期待は抱かないほうがよろしいかと」
 屋台村とハンバーガー食べ放題。それらだけでも充分に盛り上がりそうだが、『ダブル・セブンス・フェスティバル』の運営委員会は求心力がまだ足りないと考えている。なんといっても、今回は季節の魔力の収集という重要な目的があるのだ。最初に開催した時よりも盛り上がらなくては成功とは言えない。
「運営委員会の方々から皆さんにメッセージがありました。『当日、VABの屋上への立ち入りを許可する』とのことです」
 VABとは、タブレットに映っていたあの建物のことであろう。
「そして、そのメッセージにはこんな警告も添えられていました。『イベントを盛り上げるためにジャットパックとか使って屋上から飛んだりするなよ! 危ないからな! 飛ぶなよ! 飛ぶなよ! ゼッッッタイ、トブナヨ!』」
 つまり、『飛べ!』ということだ。


■リプレイ

●飛びます 食べます
 一辺が百六十メートルほどの巨大なキューブ状の建築物――スペースシャトル組立棟(VAB)。
 その周囲でサーチライトが次々と点灯し、屋上の縁に立つ少女を照らし出した。
 ミニ浴衣を着たリリエッタ・スノウだ。
「Wooow!」
 何百人分かの歓声があがった。東に延びる広大な(幅は五十メートルほどもある)砂利道に設けられた屋台村から。
「そう、誰よりも高く飛ぶのよ♪ 期待を込めて♪ 背負うのは明日だけでいい♪」
 歓声に歌声が加わった。歌い手は、リリエッタの後方に立つ愛柳・ミライ。
 それを背中で聞きながら、リリエッタは飛び立った。
「これの扱いはけっこう得意なんだよ」
 背中に装備した『これ』ことジェットパッカーを何度も噴射し、高度を上げていく。
「このまま宇宙まで飛んでいけるといいな」
「いいですねー」
 リリエッタの独白に答えたのはミライだ。彼女もまたジェットパッカーを噴かして飛び立っていた。
「飛んでいきましょう。もう一度、月まで……ううん、もっとその先まで! 願いが星に届くまで!」
 二人の少女を送り出すかのように観衆の一人が叫んだ。
「たーまやー!」

 ミミックのヒガシバ(屋台での戦果をエクトプラズムの手で抱えている)を伴って、『たまや』のかけ声の主――ソフィア・フィアリスは楽しげに夜空を見上げていた。
 傍らのベンチには青葉・幽が腰掛けているが、彼女が見ているのは夜空ではなく、膝の上の大皿。そこに盛られた色とりどりのアイスを七夕風にデコレートしているのだ。
「このアイス群が天の川ね。で、それを挟んで向き合っている星形クッキーが織姫と彦星」
 物珍しげに寄ってきた子供たちに解説をする幽。
「ラズベリーのクッキーが織姫、チョコミントのクッキーが彦星。TANABATAっていうのは、この二人が年に一度のランデブーを楽しむ夜なのよ」
「年に一度か……」
 ソフィアのテンションが急変。目頭を押さえて肩を震わせ始めた。
「一年どころか五十ウン年振りに再会したあの御方の姿が瞼に浮かんで、泣けてきちゃったわ。歳をとると、涙腺が緩くなってダメねぇ……」
「あの御方?」
 ヨハン・バルトルトが首をかしげた。その手にあるのは紙製のカップ。先程までは大量のフライドポテトが詰まっていたのだが、今は数本を残すのみ。しかし、その数本こそがヨハンの好物だった。
(「カップの底でシナシナになったポテト……うん、美味い!」)
『あの御方』なるものへの疑問を忘れてシナシナポテトに舌鼓を打つヨハン。
 その目が夜空に向けられた。
 新たケルベロスがVABから飛び立ったのだ。
「あ!? ほふとふわーとさぁーん!」
 飛行者の名をヨハンは思わず叫んだ。ポテトを頬張ったままなので発声が変な具合になっているが。
 件のケルベロスはそれ以上に『変な具合』だった。
「なんで――」
 幽が空を見上げた。
「――鮫の格好してるわけ?」

「鮫は我が母国の象徴だからな!」
 幽の声が聞こえたわけではないが、鮫の着ぐるみを纏って飛翔するアメリカ人――リューデ・ロストワードはそう叫んでいた。
「……いつから鮫がアメリカの象徴になったの?」
 もっともな疑問を口にしたのは上野・零。彼もまたリューデに続いて飛び上がっていた。友人の軋峰・双吉とともに。
「鮫はどうでもいい。問題は俺らのほうだ」
 と、双吉は零に言った。
「夜空に紛れて見えにくいんじゃないか? 二人とも黒っぽいから」
「……なら、こうしよう」
 ブレイズキャリバーたる零は地獄の炎を噴き出した。
「おうおう、派手じゃねえか。それじゃあ、俺は……へっ! やっぱ、こいつだよな」
 炎でアピールする友に負けじと双吉も自らの容貌に色彩を加えた。
 魔法少女のお面をかぶるという形で。
 一方、リューデは地上に向かって手(鰭)を振っていた。
「見ているか、ヨハン!」

 見ていなかった。
 ヨハンはコーラを買うために移動していた。
 涙ぐんでいたはずのソフィアもけろりとした顔で新たな屋台へと向かっている。
 そして、幽は子供たちとともにアイスを食べていた。

●まだ飛びます まだ食べます
「リア充、爆発しろぉーっ!」
 野次を兼ねた歓声が飛んだ。
 夜空で舞うオラトリオの華輪・灯と人派ドラゴニアンのカルナ・ロッシュに向かって。
『舞う』というのは比喩ではない。プリンセスモードとスタイリッシュモードを活用してお姫様と王子様になりきり、ともに翼をはためかせて、空のダンスに興じているのだ。
 ダンスが一段落すると、翼の抑揚をジェットパッカーの噴射に変えて、二人は天に昇り始めた。
 高度に比例して密着度も上昇。雲を突き抜けた時には、所謂『お姫様だっこ』の状態になっていた。
「やっと二人きりですね」
 カルナは微笑を浮かべると、抱きかかえたお姫様の耳元に顔を近付けて何事かを囁いた。
「――」
 灯もまた同じことを王子様に囁き返した。
「――」
 もっとも、その語尾は不鮮明だった。口を塞がれてしまったのだ。耳元から移動してきた王子様の唇によって。
『爆発しろ!』という野次はない。
 王子様が言った通り、ここは二人きりの世界だったから。

 屋台村を行く玉榮・陣内と比嘉・アガサともう一人。
「パパは日系アメリカ人だったけど、見た目は金髪碧眼の背の高い陽気な優男って感じでさ」
 アガサは亡き父の思い出を語っていた。
「そういうところにママはコロッといっちゃったのかな」
「親父さんのことを話すおまえの表情を見れば、よく判るよ。コロっといっちゃったのがお袋さんだけじゃないってことがな」
 エレクトラコンプレックス気味のアガサを陣内はからかい……そして、物陰に素早く隠れた。
「んぐわぁーっ!?」
『物陰』であるところのヴァオ・ヴァーミスラックスが悲鳴をあげた。弁慶の泣き所にアガサのローキックを食らったのだ。
「おいおい。『陽気な優男』の遺伝子をちょっとは受け継いでおけよ」
 ローキックの本来の標的であった陣内は妹も同然の従妹をからかい続けた。命がけの兄妹喧嘩。
 しかし、アガサは矛ならぬ脚を納めて、兄殺しを未遂で終わらせた。
「パパの写真は一枚も残ってないけど――」
 陣内を睨むのをやめて夜空を見上げる。
「――ハワイの実家にでも行けば、まだあるかもしれない」
「行ってみればいいじゃないか」
「そだね……でも、今はまだ無理」
 そう答えるアガサの横顔を見ながら、陣内は先程の発言を心中で訂正した。
(「やっぱり、受け継がれてるかな? 色々と……」)

「I CAN FLY!」
 英国寄りの発音で宣言して、大弓・言葉がVABの屋上で三対のオラトリオの翼を大きく広げた。
「振り落とされないようにしっかりしがみついていてね、ぶーちゃん」
 頭に抱きついているボクスドラゴンに声をかけて、ジェットパッカーを起動。
「ぴぃぃぃーっ!」
 上昇に合わせて響くのは風を切る音……ではなく、ぶーちゃんの悲鳴だ。
 一方、言葉は笑顔をキープ。そればかりか、可愛いらしくもあざといポーズを空中で何度も決めている。
 だが、笑顔の裏では臍を噛んでいた。
(「あーん! しくじっちゃったー。大きな綿菓子とかを持っていたら、もっと可愛く見えたかもしれないのに……」)
『次の機会があれば、綿菓子などの小道具を用意すること』と心のメモにしたためている彼女の下では、別のケルベロスが飛翔の準備を始めていた。
「がんばってくださいねー!」
「はい」
 根占・音々子の声援に頷いたそのケルベロスはエトヴァ・ヒンメルブラウエ。
(「俺ハ、ずっと高いところが苦手でシタ。ですガ……ヘリオンからのダイブを重ね、都市部でのビルを蹴って跳ぶ立体戦闘や成層圏のフリーフォールなどを体験しまシタ。今はもう――」)
 ジェットパッカーがエトヴァを天に押し上げた。
(「――怖いものはないのデス!」)
 またもや音が響いたが、今度のそれは悲鳴ではない。
 エトヴァの歌声。
 歌に合わせて、ヒールの光が地上に降り注いでいく。
 その光を螺旋で包み込むかのように回転しながら昇っていく者がいた。
 エマ・ブランである。
 背中のジェットパッカーはロケット型に改造されていた。その後端から吐き出されている紅蓮の炎は通常のジェットッパッカーのそれよりも派手な代物であり、煙の量も多い。
 しかし、その炎と煙がいきなり途絶えた。
「あ~れぇ~!?」
 きりもみ状態で落ちていくエマ。
 悲鳴が少しばかりわざとらしいが、それもそのはず。すべては想定内。VABの屋上に激突する寸前、彼女はエアライドを使用し、華麗に着地した。
「ブラボー!」
 地上にいる人々が歓声と拍手を送ってきた。
「地球の皆! これからもよろしくね!」
 投げキッスを返して、エマは立ち去った。
 そして、入れ替わるように新たなケルベロスが屋上に現れた。
 盛山・ぴえり。
 所謂『男の娘』である。
「ハロー、ナイスツーミーチュー! アイアム、ジャパニーズアイドル、ぴえりんデース!」
 と、ぴえりが名乗りをあげた瞬間――、
「……」
 ――あれだけ熱狂していたはずの人々が一斉に押し黙った。
「ノォォォーッ!」
 冷ややかな洗礼に対して、ぴえりは身を仰け反らせて絶叫した。もっとも、彼の中にある芸人魂は『これ、逆にオイシイやつ!』と歓喜に打ち震えていたが。
「えーい! アメリカよ、これがジャパニーズアイドルだ!」
 ぴえりは反転し、後方に備えられていたケルベロスキャノンの砲身の中に飛び込んだ。
 より正確に言うと、『ケルベロスキャノンっぽい形のダンボールで覆ったトランポリン』に飛び込んだ。
「飛びます! 飛びます! あいきゃんふらぁーい!」
 ブレイブマインの爆煙を発生させ、噴き飛ばされる態で上昇する自称『ジャパニーズアイドル』。
 その姿が夜空の彼方に消えてキラリと光ったところで人々はようやく我に返り、思い出したようにまた拍手を送った。

 屋台村の一角に写真が飾られていた。写っているのは、車椅子に乗った老婦人。ハンバーガー等を無償で提供してくれたファストフードチェーンの創業者である。
「いただきまーす!」
 写真に一礼した後、鬼飼・ラグナはハンバーガーにかぶりついた。幸せそうな顔をして。
 もっとも、その顔はすぐに強張った。
「くっくっくっ……」
「あ! 笑ったな!」
 ラグナが睨みつけた相手は櫟・千梨。
「いや、悪い悪い……」
 漏れ出そうになる笑い声を千梨はなんとか呑み込み、オラトリオの少女に倣ってハンバーガーにかぶりついた。
「うーむ。確かに味はちょっと……いや、かなりアレだな」
 顔が強張らずに済んだのは、ラグナのリアクションを見て心の準備ができていたから。
「とはいえ、アメリカの地で夜空を見ながら食べるファストフードってのは思い出の味になるかもしれない」
「うん。ハンバーガーを食べる度に今日のことを思い出すぞ」
「だけど、やっぱり、毎日食うなら――」
 勿忘草が咲く恋人の頭に千梨は手をやった。
「――ラグナのお握りと味噌汁かな」
「ふふっ。れぱーとりーを増やさなくちゃだな」
 にっこり笑って千梨に身を寄せるラグナ。
「爆発しやがれーい!」
 通りすがりの一般人が叫んだ。

●まだまだ飛びます まだまだ食べます
 VABの屋上に大小の影が現れた。『大』はドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ、『小』は優美な衣装に身を包んだ千手・明子。
「わたくにふさわしいゴージャスな飛行作戦を考えたそうね、アジサイ?」
「うむ!」
「では、あなたにすべてを任せるわ。あなたはわたくしの手足! 手足イコール頭脳! ゆえにわたくしはなにも考えなくていい!」
「うむ?」
「わあ! わたくし、あったまいいー!」
「うーむ……」
 謎の理論に首をかしげていたアジサイではあるが、すぐに気を取り直し、『ゴージャスな飛行作戦』を実行に移した。
「郷に入っては郷に従え。アムェーリカンでスペースなセンターから宇宙に向かって突き抜けるとなれば、多段式ロケットに倣うのが筋というもの」
「うん!」
「そこで俺が俺が編み出したのが多段飛翔形態だ」
「うん?」
「まずはこうやって肩車をして、と……」
「うーん……ぎゃあー!?」
 首をかしげる暇もなく、明子は猛スピードで上昇した。いや、上昇させられた。彼女を肩車したアジサイがいきなりジェットパッカーを噴射したのだ。しかも、垂直上昇ではなく、きりもみ上昇。
「ぎゃあー!?」
 明子の悲鳴に構うことなく、アジサイは上昇を続けた。翼に取り付けられた何本ものサイリュームによって、カラフルな螺旋の軌跡が描かれていく。
 そして、充分な高度に達したところで明子を上方へと突き放し、自身は緩やかに落下した。
 役目を終えた多段ロケットのブースターさながらに。
 彼方へと遠ざかる相棒の絶叫を聞きながら。
「ぎゃあぁぁぁーっ!?」

 流星のように落ちていくアジサイを見て祈りを捧げる姉弟がどこかにいたかもしれない(姉は平和を願い、弟はモデルガンを願ったことだろう)。
 だが、長篠・ゴロベエはその美しい(?)流星を見ていなかった。
 屋台村で大食い大会を始め、それを仕切っていたからだ。
「大食いするところを子供たちに見せたら、『パパ、すごーい』とか言ってもらえるかもしれないぞ」
 料理を貪る男たちを励ましつつ、自身も手当たり次第に料理を口に運んでいる。時折、グロッキー寸前の者をジョブレスオーラで包みながら。
「このハンバーガー、かなりのボリュームですが、味のほうはいまひとつですね」
 ぼやいたのは帰天・翔。季節の魔力を集めるという使命感(と食欲)に駆られた彼は他の参加者の追随を許さないペースで食べていた。しかも、量だけではなく、種類の面でも圧倒している。目標は、すべての屋台のすべてのメニューを味わうこと。
「ん?」
 ゴロベエが手を休め、周囲を見回した。
「天音さんはどこ行ったの? さっきまで、ここで食べてたのに……」

 屋上に新たな挑戦者が立った。
「いっぱい食べて元気になったことだし――」
 屋台村で胃の腑を満たした霧崎・天音だ。
「――一気に飛び抜けようか!」
 両手を空に突き上げた瞬間、ジェットパッカーが火を噴き、天音は一直線に天へと昇った。ドリルのように高速回転しながら。
「いざ、ボンボヤージュ」
 と、数秒遅れて飛び立ったのはミリム・ウィアテスト。体中に花火(点火済み)や短冊(何枚かに引火している)を括り付けているため、見た目の華やかさでは天音に勝っている。
 しかし、スピードでは負けていた。
 それというのも――、
「ヴァオさん、重いです」
「知るか! 抱えてくれなんて頼んだ覚えねーし!」
 ――なぜか、ヴァオを抱えているからだ。
「へい! パスッ!」
 頭上を行く天音めがけて、ミリムはヴァオを放り投げた。
 もちろん、天音は受け取ったりしなかったが。
「ぎょえーっ!?」
 真っ逆さまに落ちていくヴァオ。ドラゴニアンなので空を飛ぶことはできるのだが、そんな当たり前の事実を忘れてしまうほどに動転しているのだろう。
 彼とは対照的にヴァルキュリアの九田葉・礼は種族の特性を活用していた。光の翼を広げて滞空し、ワンピースの裾を風にそよがせながら、薔薇の花を振り撒いている。
「ロケットの打ち上げを見慣れているフロリダっ子の皆様には――」
「ぎょえぇぇぇーっ!?」
「――こういう幻想的なパフォーマンスが新鮮に映るのではないでしょうか」
 悲鳴を響かせて真横を落下していくヴァオをスルーして(物理的にスルーしてるのはヴァオのほうだが)、礼は薔薇を地上に撒き続けた。
 しかし、一輪の薔薇から小さな虫が『コンバンワ!』とばかりに顔を覗かせると――、
「きゃあぁぁぁーっ!?」
 ――ヴァオの後を追うように墜落した。
 虫が苦手らしい。
 そんな悲喜劇が遙か下方で繰り広げられていることも知らず、天音は回り続け、昇り続けていた。
(「いつかまた月まで飛んでいきたい。できれば、マキナクロスにも……」)

 流星のように落ちていく礼とヴァオを見て祈りを捧げる姉弟が(以下略)。
「むふー! お腹いっぱいなのだ!」
 腹をさすりながら、人派ドラゴニアンの鉄・千が屋上に立った。
 その横に並んでいるのは同種族の影守・吾連。
「千、飛ぶ準備はいい?」
「ばっちりなのだ!」
 二人は頷き合って手を繋ぎ――、
「あいきゃんふらーい! ですのだー!」
「I AM SKY!」
 ――ジェットパッカーを起動させて舞い上がった。
 一直線に上昇したわけではない。上下左右に目まぐるしく飛び回り、複雑な軌跡を描いていく。尻尾の先につけたペンライトを用いて、光の文字を夜空に刻んでいるのだ。
「むふー! お空も地上もどっちも綺麗!」
 最後の一文字を書き終えると、千は空を見やり、地を見やり、そして、手を繋いだ相手を見やった。
「吾連、もっといろんなところ行こ! いろんな空で一緒に飛ぼ!」
「うん!」
 吾連は手に力を込めた。
 強く。
 優しく。
「これからもいっぱい一緒に冒険しようね! いっぱい! いっぱい!」

 夜空に現れた『HELOO』という光の文字を見て祈りを(以下略)。
「ふー! 食べた、食べた」
 地上では翔が満足げな吐息を漏らしていた。例のハンバーガーを食べ終え、屋台村の完全制覇を果たしたのである。
 そして――、
「さて、口直しにまた別のものでも食べましょうか」
 ――二巡目を開始した。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月14日
難度:易しい
参加:28人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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