七夕ピラー改修作戦~夜空の花と笹の船

作者:猫鮫樹


「ケルベロス・ウォーの勝利、おめでとう」
 中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は赤色の瞳をきらきらと輝かせて嬉しそうにそう口にした。
 傷を負った者もいるだろうが、こうして無事に彼らの顔を見られたことは何よりも嬉しいことだと鴻は微笑み、いつもなら本を持っているはずの手には見慣れない書類を手にしている。
「アダム・カドモンの残した資料から、破壊されたゲートの修復を行った上で、ゲートをピラーに戻すことが出来そうなんだ」
 鴻の手にした書類はどうやら、アダム・カドモンの残した資料を自分なりにまとめたものらしい。紙を一枚ずつ捲りながらゲートとピラーのことについて報告をし、そして再度口元に笑みを作ると、皆の方へ視線を向ける。
「このゲートを修復して、ゲートをピラーに戻すには……特別な季節の魔力が必要になるんだよねぇ」
 銀河を超えて、遠く引き離された二つの地点を結び合わせて邂逅させる季節の魔法。それが『七夕の魔力』ということらしい。
 ダモクレスがこの時季に決戦を挑んできたのも、そういうことなのだろうと鴻は腑に落ちたような表情を浮かべている。
「戦争直後で疲れてはいるかもしれないけど、皆には7月7日に開かれる七夕のお祭りに参加して、七夕の魔力を集めてほしいんだよ」
 そこまで言い切ると、鴻は書類からケルベロス達に視線を向ける。七夕祭りと言っても各地で時期が異なる場合もあるが、そこは日本全国の自治体に連絡し、7月7日に運営しているようにお願いしている状態だ。
 もちろん市民への参加も込みで。
「七夕のお祭りが盛大であればある程、多くの魔力が集まる。だからケルベロスの手でお祭りを盛り上げてほしい」
 地球の危機を救ったケルベロスが参加するだけでも、市民の皆はきっと喜ぶよと鴻はにこりと笑みを零した。
 参加するだけでも喜ばれるが、何かケルベロスのサプライズ企画などもあればもっと喜んでもらえるんじゃないかなと、鴻はそう付け加えるのも忘れなかった。
 蒼鴉師団のファーストアッタクで、戦争直線に世界各地で「TANABATA」の祭りが開かれており、その中で大きく盛り上がった地域の「TANABARA」を、7月7日に再開催すれば、世界中から季節の魔力を集めることもできるかもしれない。
「勿論、ケルベロスである君達が……お祭りを楽しむことも絶対に必要だからねぇ。デウスエクスの危機の去った地球で、友人や家族……それから恋人と共に、是非楽しんできてほしい」
 鴻は一度置いた書類をもう一度手にし、後ろの方のページを捲って見せる。
 そこには行われる七夕祭りの事が記載されていた。
「神奈川県厚木市で行われるお祭りなんだけど、けっこう大きなお祭りでね。メインは三つの川の合流地点で打ち上げられる花火大会なんだ」
 もともとは8月に行われる祭りだが、季節の魔力を集める為に時期をずらしてもらうということらしい。
 メインの花火大会、そして商店街では数多くの出店が並ぶらしい。
 お馴染みの焼きそばやたこ焼き、かき氷などから、ここらで取れた鮎の塩焼き。そして七夕の行事食である素麺に……、
「索餅という唐菓子、見た目はツイストドーナッツに近いお菓子もあるみたい。僕は知らなかったんだけど素麺と同様に、食べると一年間無病息災で過ごせるっていう伝説があるんだって」
 七夕の行事食も置いてくれるなんて嬉しいねぇとふわりと笑って、鴻はいらない紙を折って器用に小さな船を作って見せる。
「あとなんといってもこれ。笹船に朝顔を乗せて、願いを込めて川に流すみたいだねぇ」
 一年に一度、織姫に会うために船に乗って彦星が会いに行くというところからきているらしく。そのため牽牛花という別名がある朝顔を彦星に例えて乗せるんだと鴻は続けた。
 なんともロマンチックな話なのだろうねぇなんて、赤目を細める彼は何を考えたのだろう。
「もしかしたら笹船を作るのに人手がいるかもしれないから、手伝ってあげてもいいかもしれないねぇ」
 季節の魔力を集めるのに沢山の人が参加するお祭りだ。その分こういった願掛けの笹船も数が必要だろうと鴻は一人頷いてから、
「なにはともあれ、仲の良い人達と共にどうかお祭りを楽しんできてくれないかい?」
 そう締めくくって、鴻は作った小さな船をそっとテーブルに置くのだった。


■リプレイ


 賑やかな声が、夕焼け色と夜色が交わる空の下に響き渡っていた。
 汗ばむような湿気があるにも関わらず、誰も彼も楽しそうな姿を見せるこの場所では、七夕祭りが開催されている。
 こうして人々が和気あいあいとお祭りに来れたのもケルベロス達がいてくれたからこそだろう。
 決戦を終えた彼らも、この七夕祭りを楽しむべく厚木市を訪れていた。
 川沿いの一角で集まっていたのは【迷いの杜おふ】の6人。
 主催者である括がまずお疲れ様と声をあげれば、皆もそれに合わせて反応を返していく。
「皆、それぞれ楽しんだら花火大会で合流じゃ!」
 括のその言葉に各々目的の場所へと足を向ける中、セレスティンは彼らが歩むのとは違う方向へと向かっていた。
 花火大会まではまだ時間があるけども、場所取りはしておかなくてはとセレスティンは花火が良く見える場所を探し、そこにビニールシートを敷く。
(「交流しても良かったのだけれどね、私はみんなのやりたいことを応援すると決めたから、安心してラストの花火を楽しめるようにここにいる」)
 『迷いの杜おふ御一行』の看板をさし、セレスティンは広めのビニールシートへ座った。
 ぽつぽつと埋まりつつある川沿いでセレスティンは青色の瞳をそっと伏せる。
 ――それに一人でぼーっとするのも嫌いじゃない。

 背の高い二人に挟まれて歩く出店通り。
 千は顔を緩ませ、両隣の二人の顔をちらりと見てみた。蓮と冬真の表情は普段と変わらないように見えるが、穏やかな顔をしているなと千は思っていた。
 賑やかさに何処か安堵感を感じながら、三人で歩くこの時間は優しくて。
 ふと、冬真が甘い匂いと油が弾ける音に足を止める。
「おじさん、索餅を」
「あいよ」
 索餅を受け取って、そのまま千に手渡してやれば「冬兄、ありがとう!」と弾んだ声が耳に届く。
 少し前を歩いていた蓮が振り返った。
「なんか甘い匂いすると思ったらそれか」
 揚げたての索餅からは美味しそうな甘い香り。蓮が反応したということはもちろん、空木も興味津々の様子。
「空木、落ち着け」
「空木も食べたいのかな?」
 大人しくし頭を撫でられてはいるものの、空木の視線は千の手にある索餅一直線。
「蓮、空木にあげていいか?」
「ああ、構わない、良かったな空木」
 甘くて美味しいぞー! と千は索餅をちぎって空木の口元へ運んであげるとぱくりと食べてしまう。微笑ましい一人と一匹の傍で、今度は冬真が蓮へ索餅を渡す。
 表情の変わらない二人ではあるけども、千にはやっぱりどこか穏やかな顔をしていると感じられ、索餅を頬張りながらふふっと笑ってしまった。
「ああ、そういえば笹船を流せるんだったね。蓮、千、折角だからお願いして流してみない?」
「うん! 千も参加する!」
「いいですね、みんなで行きましょうか」
 人波の流れに乗って歩けば、笹船の配布所へはあっという間だ。同じケルベロスの仲間もそこにいるのを横目に、三人は笹船を受け取っていく。
 笹船に乗った朝顔をじっと見つめて、冬真がまず流す。
 ――最愛の妻の有理と、これからも一緒にいられますように。
「俺は、大切な人がずっと笑ってくれるように……」
 蓮はそう願いながら、千に寄り添う空木の頭を撫でる。
「千はな、楽しい日々がこれからも続きますように、にしたぞ!」
 千の元気いっぱいの笑顔と声がふわりと辺りを包み込むようで、三人と一匹は願いを乗せた笹船を見送っているのだった。

 鮎の塩焼きののぼりが風に揺られる出店の近く。
 魚が炭火で焼かれる匂いはどうして、こうも食欲を刺激されるのだろうか。
「あ、鮎!」
 なごがその匂いに誘われて声をあげた。だが、ぐっと耐えてから首を横に振る。
(「なにぃ!? なごが魚を我慢!?」)
 鮎の塩焼きを前にして我慢するなごに、レヴィンは目を見開いて驚いた。
 魚が好きだったはずなのに……一体どうしたんだと、レヴィンが口を開くよりも早く、
「ボク、笹船を流したいんだよね」
 屋台を楽しみたい気持ちも嘘じゃない、だけどもなごにはレヴィンに話したいことがあったのだ。
「そうだな、まずはみんなの笹船作るか」
 皆の願いを乗せる為の笹船が、なごの小さな手の中で生まれていく姿をレヴィンが優しく見つめていた。
「そうそうオレもうすぐ、かなみと旅に出ようと思ってさ、勿論お前も……」
「レヴィン、ボクは一緒に行けない……」
 レヴィンの言葉になごが笹船を見つめたまま答えた。
 大事そうに手の中で抱えた笹船、その上になごがぽつりぽつりと言葉を落としていく。
 ――夢が出来たんだ。獣医さんになって困っている動物さん達を助けたいの。
 レヴィンが雨の日、ノラ猫だった自分を助けてくれたあの日を思い出す。
「そ、そうなんだ……。寂しいけど、お前に夢が出来た事がすげぇ嬉しいよ」
 とは言っても、寂しい気持ちも胸の底から湧いてくるような。
「だから、だからねレヴィン。『夢を叶えたらまた会いたい』って笹船にお願いしてもいい?」
「ああ。オレも同じ願いを込めるよ。だからさよならは言わない、また会えるからな!」
 なごを撫でていた手で、なごが作ってくれたブレスレットに触れる。
「これ、ずっと大切にするからな。頑張れよ、なご!」
「うん、うん……約束だよ。ボクもレヴィンから貰ったこの名前大切にするから」
 零れ落ちるのは約束の言葉と涙。
 二人の約束が笹船に乗って、川をゆっくりと流れていく。見守るは星か花火か――。

 優しい約束が結ばれたその近くでは、理弥が笹船作りのお手伝いに励んでいた。
(「作るのは簡単だけど……数こなすの地味に大変」)
 沢山の人の参加を促したことにより、笹船もそれに比例して用意しなきゃいけないわけだが……これが思ったより大変だった。
「普通に作るのもちょっと飽きてきたし、変わったのも作ってみるか!」
 完成した笹船をスタッフの人に渡すついでに、理弥は変わった笹船を作っていいか許可をとれば、スタッフの人はにこやかに是非! と言ってくれた。
 そうとなればどういうのがいいかなと、理弥は笹をいくつか組み合わせて新たな船を作っていく。
(「うん、こんなものかな」)
 満足げに頷き、理弥は笹船を届け、川を上手く流れることを祈りながら自身も祭りを楽しむべく出店へ向かう。
 何を食べようか、素麺にたこ焼きに……、
(「索餅って甘いのかな、俺でも食えるかな……」)
 行事食の索餅に興味はあるが、甘いものが苦手な彼はのぼりの前で立ち止まる。
 流れる人込みがまるで、川を渡る笹船のように思えて、理弥はそっと自身の胸に手を当てていた。
(「来るかな、あいつ……」)
 黒曜のような瞳が誰かを探す様に、人の流れを見つめていた。

「索餅は食べたことがないのデスガ、本場中国では伝統的なのデスネ」
 先ほどまで出店通りを仲良く並んで歩いていた2人は、今は笹の葉と睨めっこをしていた。
 出店の品も美味しかったが、やはり珍しい索餅はとくに気になったのだろう。
 モヱが呟いた言葉を清春は拾い上げて、色んな料理の豆知識を話し出した。
「索っつーくらいだから羂索と関係してんのかねぇ。衆生を救い、縁を結びつけるってかな?」
 清春はそう言いながら、モヱの手に自分の手を絡めて、
「これ以上強く結ばれちゃったら、繋いだ手が離れなくなっちまったりしてねぇ」
 なんて言って清春は笑みを浮かべた。
 繋がれた手は暑さのせいなのか、気恥しさのせいなのか、どこか熱を孕んでいるようで。
 その熱を心地良く感じながら、モヱは完成した船をそっと置いた。
「おー初めてにしては上手くね。モヱちゃんすげぇな」
「……知識としては知っていても、こうして実際に作成するのは初めてデス」
「オレは子供の頃にはよく作ってたけど……」
 モヱの笹船の隣に清春は自分で作った笹船を並べて見せる。
 比べてしまうとどこか不格好な笹船には見えるが、願いを運ぶには十分なものだ。
 繋いだ手を離すことなく、二人はぼんやり川へと視線を向けて、川を進む沢山の笹船を見つめた。
「願いを運ぶには頼りない葉っぱデスガ、こうしてたくさん浮かんでいると、戦いは数だと言うのを実感致しマス」
 少々物騒デシタ? とまでモヱが続けて言えば、清春は声を上げて笑った。
「御百度参りに千羽鶴。縁起もんは数と派手が華だかんねぇ」
 流れていく笹船に乗る願いがどうか叶うように、二人の縁もより強くなるように。
 作った船がどこまでも流れていく姿を目に焼き付けて、
「花火も眺めて参りマショウ」
 これから打ち上がる花火を清春と共に眺めたいというモヱの願いを、清春がすぐに叶えることになるのだった。

 ゆらゆらと、笹船がいくつも川を流れていく。
 笹船を流す人達もある程度収まってきたが、それでもまだまだ船の数は必要だろう。
「朝顔を乗せた笹船が川を流れる様は綺麗だろうな」
 そう三日月が呟いた。細かい作業を繰り返していくうちに、笹の扱いも手慣れて、なんなら楽しささえ感じ始めた頃のこと。
 スタッフの補佐をしていたレフィナードが三日月の漏らした呟きに、小さく笑みを浮かべて隣へと腰掛けて、
「数多の願いが川を行くのはきっと綺麗だと思います」
 レフィナードも三日月に倣って、笹を手に取ってまた一つ船を増やす。
 少しばかり難しい顔をしている三日月に、レフィナードは穏やかに笑いかけながら、七夕や笹船にまつわることを一通り語っていく。
 デウスエクスとの争いは終わっても、問題が全てなくなったわけではない。それでもまずは出来ることから一つずつ。
 七夕を盛り上げることがまずその一つということなのだ。
「ルナティーク殿も笹船に何か願いをかけるのか?」
「そうですね……」
 三日月の問いかけに、レフィナードは少しだけ悩んでから『人々にとって穏やかな日々が続きますように』と口にした。
 戦う必要がなくなった今、そう願ったのも不思議ではないかもしれない。
 ふと守れなかった人々、主君や友との日々がレフィナードの脳裏に過ぎる。
 そんなレフィナードに気付いたかどうか定かではないが、三日月はその手に朝顔と笹船を持って川へと歩み出していた。
 レフィナードは悔恨ではなく良き思い出としてその記憶を自分の中に揺蕩わせて、その背を追いかけていく。
 そして二人は笹船を川へと流す。無数の願いを乗せた船が無事に航海できるようにと。
「さてこちらは花火もなかなかに有名だそうですよ」
「鮎の塩焼きを買って花火を見に行こう」
 最後まで七夕祭りを楽しむことに全力を尽くそうと、三日月とレフィナードは出店通りに向かっていくのだった。


 浴衣の裾が踊り、つま先が小石を蹴り上げた。
 お揃いの浴衣を着る眸と広喜は出店通りで並んで歩く。
「この辺りは、ワタシの製造された工場があった場所に、すごく近イのだ」
 眸はどこか懐かし気にそう言った。良い思い出がある訳ではないのに、こうして広喜と一緒に来れたことが眸にとってすごく嬉しいことなのだろう。
 嬉しい気持ちを眸は広喜に飾ることなく伝えると、広喜は「俺も、眸と一緒に来れて嬉しい」と無邪気な笑みを浮かべて見せた。
「良い思い出、たくさん作ろうぜっ」
 そう言って、広喜は眸の手を取り気になる出店へと向かって歩く。
 お目当ての出店はそう迷うことなく見つけられた。
「索餅って食べるの初めてだ」
「ワタシも初めてダ」
 見た目はツイストドーナッツに近いが味はどうだろうか。まずは広喜が一口、それから眸も一口食べてみる。
「うん、美味ぇっ」
 さくっとした、外側が甘い生地が優しくて、それはとても美味しい物だった。
 広喜が美味いと頬張っている間に、眸はあっという間に1本完食。
 眸も索餅の美味しさがお気に召したのか、追加で買いに行こうと出店へ足をむければ、
「眸、気に入ったみてえだな。これも食べるか?」
 広喜は眸に自分の索餅を差し出してみる。
 差し出された索餅に眸は目を開いて驚いた様子で、それでも広喜がにこにこと嬉しそうにするものだから気恥しそうにしながらも素直に口を開けた。
 索餅を食べるとすぐに川辺のほうへ向かう二人。一緒に作った笹船には小ぶりの朝顔を乗せて、そっと川へと流す。
 願いを乗せた船は暗がりの中をゆっくりと進んで、彼らの願いを叶えてくれることだろう。
 笹船を流した眸と広喜は人の少ない場所まで移動して、打ちあがる花火を今か今かと待つ。
 ふと、広喜は半身に優しい温もりを感じた。視線を移すと映る眸の姿。
 広喜はその温もりを確かめるように、眸の肩を優しく抱いて今この瞬間の最高の幸せをそっと噛みしめた。

 わさわさと茂るは門松ツリーのトキワギだ。英賀はひょっこりとその横から顔を出し、「トキワギの笹が役に立つ時が来た……」
 クリスマスなのか正月なのか、いろいろとごちゃまぜになったその植物を皆が集まる中央に置く。
「どんどん作るよー」
 浴衣にたすき掛けの格好をしたウォーレンの声をきっかけに各自それぞれ動き出した。
「英賀殿、これはとっておきの笹ですネ」
「そうそう……みんなが飾ったりいろいろしたトキワギだからね」
 エトヴァの言葉に英賀は目を細めて、笹を一枚エトヴァに渡していく。
「これ、どうやって作るのでショウ?」
「んん、こんな感じ……?」
 作り方が分からないエトヴァに見せるようにして、英賀は笹を折る……というよりもナイフとヒールを駆使して作業する。これはもう作るというより、手術と言った方が早いかもしれない。
「大丈夫そうか?」
 まさしく天の声……! と言った感じで英賀が顔をあげれば、もうすでにいくつもの笹船を作り上げた括がいた。
 里山で暮らしていた括にとって笹船作りはお茶の子さいさいと言ったところなのだろう。手術と化していた英賀の笹船作りの様子を見てにっこり微笑み、エトヴァや慣れてない人達に括がコツを伝授。
 英賀もなんとか形にできてほっと一安心だ。
 祭り用と同行する皆の分、願いが叶う様にと一つ一つエトヴァが丁寧に船を作っている最中、ウォーレンの手元にあるモノに目がいった。
 エトヴァの視線に気づいたウォーレンが柔らかな表情を浮かべる。
「この小さい黒い猫はキアリさん、この丸いのはアダム・カドモン。似てないかな……不器用だから」
「いいえ、ウォーレン殿、器用だと思いマス」
 ウォーレンは笹船に朝顔ではなく小さな紙人形を乗せようと作っていたようだ。
 エトヴァの答えに、ウォーレンは「そう、かなー?」と笑みを浮かべる。
「っと、花火大会ももうじきかの。待ってくれているセレスの所に急ぐのじゃ!」
 あとは皆で花火を見ようと、少しだけ早足にセレスティンのもとへ向かう。
 皆が笹船を作っている間に、食糧調達をしていたのはキアリだ。
 七夕の行事食から定番のもの、それから……、
(「鮎の塩焼きも欲しいわ、猫として!」)
 ぱりっと焼けた皮目が美味しそうな鮎も購入。選ぶために味見をしているけども、必要なことだものとキアリは自分を納得させる。
 そろそろ抱えきれなくなったなぁとなればアロンの引く台車に載せて、キアリもセレスティンのもとへ向かう。
 お祭りのために着てきたキアリの浴衣の袖がふわふわと揺れる。出店通りから人が減ったのはきっと花火の打ち上げが近いからだろう。
「キアリ殿、それは何でショウ? 珍しい食べ物ですネ」
「これは索餅だそうよ!」
 笹船を作っていたエトヴァがキアリの荷物をそっと受け取って、甘い匂いの袋に首を傾げて見せる。
 すでに味見済みだったキアリが甘くて美味しいのよと言うと、エトヴァは楽しみデスと笑みを深めた。

 花火のお供にご飯は必須品! そう言って別れてから数十分。
「あ、おーい、こっちこっち~!」
 買い出しに行っていたシルとマイヤを見つけた摩琴は、手を振って自分の居場所をアピールしていた。
 摩琴は二人が買い出しに行っている間に、花火が見えやすそうな場所を見つけてシートを敷いて待っていたのだ。
 マイヤとシルもそれぞれ、手を振り返して摩琴のもとへ駆け寄っていく。
「買い出しありがとうね、何買ってきたの?」
「たこ焼きにイカ焼きとか……適当につまみやすいもの買ってきたよー」
「飲み物もラーシュに手伝ってもらって買ってきたから、好きなの飲んでね!」
 シルが買ってきた食べ物とマイヤが買ってきたジュースを並べれば、即席の宴会場の完成だ。
「シルから美味しい匂いがしてて、わたしもお腹空いちゃったー」
「どんどん食べて!」
 空腹も最高潮に達して、我慢の限界! 3人はそれぞれ好きな物を選んで頬張っていく。
「おいっしぃ~♪ こういうところで食べるものって、いつもよりおいしい気がする!」
「わかるー!」
 ソースの味を堪能していると、体に響く大きな音が聞こえてきた。
 光の花が満開に咲き、雲一つない夜空を華やかに彩る。
「わぁ、とってもきれい……」
 大きく咲いた花は、あっという間に散って、また咲いて。
 拍手をしながら歓声をあげるマイヤに、平和のひと時を感じるシルと摩琴。
 この夜空に咲く花の下ではきっと、人々が様々な思いや願いを持っていることだろう。
 傍らの川には笹船が流れ、空には星と花火が輝いていて。
 彼らは打ちあがる花火をしっかりと目に焼き付け、この夜の記憶を思い出の箱の中に大事にしまい込むのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月14日
難度:易しい
参加:21人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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