七夕ピラー改修作戦~サンパウロで冬の星祭りを

作者:銀條彦

●TANABATA~願いよ宇宙(そら)に届け
「見事、超神機アダム・カドモンの『剣』を打ち破っての皆さんの勝利。地球に住まう民の一人として、とても、誇らしく思います」
 ネイ・クレプシドラ(琅刻のヘリオライダー・en0316)は長きに渡った戦乱を遂に終結させたケルベロス達に称讃を惜しまなかった。
 彼らがもたらした、手つかずの、誰も見たことのない未来の到来に胸弾むばかりといった様子である。
「戦前の約定に違わず……アダム・カドモンはさまざまな資料を残し、託してくれました。それらを元に、破壊されたゲートを修復した上でピラーにと戻すことが出来そうなのです」
 地球とマキナクロスと。異なる未来を選択して激突した2つの文明の力が今ここに1つとなり、まったく新しい世界を切り拓こうとしている。
「ただ、それを実行に移す為には特別な季節の魔力が必要となります。銀河を越えて、遠く引き離された2つの地点を結び合わせて邂逅させるという季節の魔法です」
 それはすなわち『七夕の魔力』である。
 ダモクレス軍が地球との決戦をこの時期に選んだのも、あるいは、勝利した後に機械化した地球上でこの魔法を用いることでゲートをピラーに戻そうと考えていた故かもしれない。
「そこでさっそくなのですが……皆さんには来たる7月7日に開かれる七夕のお祭りに参加して、七夕の魔力を集めていただきたいのです」

 現在、日本全国の自治体に要請して七夕祭りへの市民参加を呼び掛けてもらっているのだという。
 例年は8月に七夕を行う地域についても、7月7日に運営してもらえるようお願いしている状態であるらしい。そのような地域の中には準備が整い切っておらず、ケルベロスの助けを必要としている場合もあるかもしれない。
「そうではなくとも、地球の危機を救ったケルベロスの皆さんであればただ祭りに参加するだけでも大いに市民は盛り上がるでしょうし、サプライズ企画などあればきっとより大きく喜ばれることでしょうね」
 七夕の祭りが盛大であればあるだけ多くの魔力が集められる……という大義名分のもと、黒揚羽の少女はすっかりワクワクと期待の眼差しをケルベロス達に向けるのであった。

 そして彼女が案内したのは、とある風変わりな七夕まつりについてであった。
「ケルベロス・ウォー時、地球の各地では蒼鴉師団主導の『TANABATA』イベントが取り行われ、皆さんを応援し続けておりました。ブラジルという国のサンパウロという都市においても、とても盛況だったそうで……」
 現地では終戦直後から『どうせなら、ORIHIMEとHIKOBOSHIがデートする7月7日にちゃんとTANABATAしたい』『愛しのハニーにSASA飾りの前で永遠を誓いたい』『よーしケルベロス達の戦勝祝いも兼ねて! 燃え上がろうぜ!』……と空前の盛り上がりを見せているのだという。
「かの国はとりわけ情熱的と聞き及んではおりましたが……ふふ、素晴らしいですわ」
 定命化以降、月面や宇宙空間に飛び出すことはあっても地球上での活動は日本国内のみであったネイはすっかりと眼を輝かせている。
 普段は努めて慎ましげに振舞ってはいても、彼女とて、かつては遊興とルーン司った妖精族タイタニアのはしくれ。お祭り騒ぎを嫌うはずがなかった。
 現地では現在、急ピッチで準備が進められている。
 ただし日本式七夕がすでに定着済みである東洋人街はともかく、それ以外の地域の市民らの七夕祭はいまだ手さぐりであるらしい。
「……熱情おもむくがまま、盛り上がれば。それは立派に、一つの祭り、なのでは?」
「ええ、ええ。私もそう思います。けれど『TANABATA』を冬のカーニバルとする為にもやれる限りのことは全力でやりたい、と」
 シャドウエルフのケルベロス、エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)の言葉にタイタニアのヘリオライダーも大いに頷きつつ、七夕の魔法として最大限の魔力を集めてケルベロスに送りたいという住人達の好意に応えて協力したいのだと熱く語り始める。

「勿論、住民の皆さんもケルベロスの皆さんも、この祝祭を心から楽しむのがもっとも重要なのですから。難しく考えすぎず、恋人……だけでなくご友人やご家族ととも連れ立って、遠き地の冬の七夕祭をゆるりとご堪能くださいませ」
 柔らかに微笑んだネイは、ペコリ、お辞儀して話を締め括るのだった。


■リプレイ

「モニは七夕には詳しいのよ。恋人の日なのよ。 ――なのでキスコンテストなのよ!」
 ネイを案内役に伴っての前入りでサンパウロへ乗り込んだモニのやる気は人一倍。
「HAHA今年の冬の使者はとびっきり熱いぜ!」
 幼きケルベロスの持ち込み企画は多くの喝采とともに即決採用であった。
「会場には星の飾りをたくさん飾るのよ。LEDライトを使ってロマンティック重視なのよ」
 実質リーダーとして迎え入れられたモニは突貫準備に辣腕を揮う事となる。

 そして迎えた、7月7日。

 サンパウロ中心部に忽然と姿を現す朱の大鳥居をくぐればそこは東洋人街。目抜き通りはすっかりと七夕祭一色だ。
 椿散らしの浴衣が、ひらひら、泳ぐように人混みを擦り抜けて。
 文香がまず楽しみにしていたのは南半球の星空だったが今宵の大都会はあまりに眩すぎて……秒で切り替える。
「それではいざ東洋の風習が無さそうな方々にTANABATAを紹介するとしましょう! さあエヤミさん、笹と短冊のセッティングよろしく!」
「……わかった。折り紙も……注文通り、金紙銀紙ましまし、だ」
 ドワーフとシャドウエルフの凸凹コンビは伝統的七夕に興味示す人々の為のレクチャーを始める。
 小さな体にどっしり背負ったガジェットから伸びるマジックハンドを器用に駆使しつつ、巧みな話術で折り紙飾りを作りあげる文香のさまはパフォーマンスとしてもバカ受けで。彼女はいつしか大ステージ上にと乗せられていた。
 笹の葉の上にみるみると増えてゆく金のきらきら星や輪っか飾り。
「TANZAKUには願い事を書いてください。出来れば技芸事が特に良いですよー」
 かくして東洋人街の広場の笹には何ヶ国語もの願いがぶら下げられてゆくのであった。

 屋台にと繰り出した4人娘たち。
 下調べほぼゼロの千穂はえへへと照れくさげ。
 自分だって移民とシェラスコとあとサンバぐらいしか知らないと佐楡葉がなぐさめ(?)サンバと蝶々サンバは知ってるとチェザは元気よく挙手。
「いや白羽、それくらい知っていれば十分じゃないかな……僕もチェザくらいの感じ。あ、シュラスコは食べたい」
 そんなティユの鶴の一声でゆるふわ反省会は終わり、食べ歩きが始まる。
「美味しい物いっぱいなぁん♪」
 両手に豚串と赤身牛サンドで舌鼓を打つチェザ。
「これ、タピオカのクレープだそうだよ」
 ティコが指差したクレープの生地はキャッサバで、外見はほぼ普通のクレープだがそのもちもち感に眼を瞠った佐楡葉はぺろり完食。
 その後も食を堪能する彼女達の足はとある出店で止まる。
「この煌びやかなアクセサリー……植物を加工したものなんですね」
 佐楡葉の遠目には異国情緒溢れる黄金細工と映ったそれはビオジュエリー。
 湿原に自生する草の一種は枯れた後も金色に輝くのだ。
 お互いに選び合おうとのチェザの提案にティユや千穂も賛成し佐楡葉は既に物色中。
「これでワイもおとなやな!」
 ウキウキな千穂が見立てたシンプルだが品の良いブレスレットをかざすチェザ。
「ちっほ、あざとい。ふ、まあ私らしいこの優雅さとブラジルに免じて許しましょう」
 佐楡葉はチェザの選んだ花モチーフのイヤリングで長耳を飾りご満悦。
「てゆさんにはこのブローチを。フェイクパールでぺルル要素も」
「信頼の白羽の見立て。ほらペルル……ふふ、喜んでる」
 箱竜と微笑み交わすティユは佐楡葉の心遣いに感謝する。
「わぁ……ティユさんセンスいいっ! 重くないしとっても素敵。ありがとう♪」
 繊細なネックレスをつけた千穂はくるりとターン。青石揺れて。
 わいわいと彼女達の七夕は終わりそうもない。

 揚餃子似のパステウは薄い長方形タイプをどっさりと。
 豚シュラスコにはヤシの芽サラダが添えられて。
 シナモン利かせた黄色いクラウはコーンプディングだ。
「良い匂いする!」
 屋外テーブル席に並ぶ料理はスバルを先頭に皆であれこれ選び抜いたもの。
「思えば外国の七夕って初めてかも。こんなゆっくりな時間は久しぶりだよね」
 熾月の肩には相棒ぴよが憩い、傍らではシャーマンズゴーストのロティが冬の定番ホットワイン入りカップをいそいそと配る。
 大切な人とのTANABATAは素敵だけどクラリスは友人達との久々の再会も噛み締めたくて。
 遊ぶより戦場を共にする方が多かったかもとしみじみアリシスフェイルが振り返る。
「でもこれからは気兼ねなく、楽しい時間をつくっていきましょ」
 良き夜の乾杯はアリシスが音頭をとスバルが勧めクラリスもわくわくと同意する。最後は熾月にも促され、
「じゃあ……お疲れ様、乾杯!」
「――乾杯!!!」
 酒杯が七夕の天へ掲げられ音高く重なる。
「大丈夫、飲み過ぎはしないから。熾月のお仕事、増やしちゃダメだもの」
 ブラジル産日本酒もするする飲み干すクラリスはイケるクチ。
 労う一杯を彼女から受けた熾月はお酒の強い医者を自認しており介抱なら任せてと甘やかしモード。ただしアリシスは程々にと釘。
「許可ももぎ取ってきたし、しーくんの手は煩わせないわ」
「俺も倒れるほど飲まないし!」
 しゃんと気合を入れ直すアリシス。スバルはもしもに備えロティに耳(?)打ち。
 皆でしばし天の川を振り仰ぎ。
 平和な世界で一緒に笑い合うという願いはもう叶ったとアリシスが口にすれば、じゃあ今度は宇宙の歪みが完全になくなった未来でもこうして皆で遊びたいとクラリスから新たな願い。進む前途∞の彼女達の願いも夢もまだまだ尽きる事なさそうだ。

 祭り舞台に現れた舞手は褐色の人派ドラゴニアンで、ギター携えて後方にと控える白磁のレプリカントが奏者。
 性をあまり感じさせぬ端正備えた彼らはいずれも華麗な薄紗を纏う。
 掻き鳴らされた弦を合図に披露されたのは激しくも絢爛たる旋舞。全てが視線交わす二者の即興だ。
 風孕んで円描く薄紗は懐かしい海色織り交ぜながら黄金を花開かせて。
 靭やかな背が撓る度、褐色肌鎧う祭衣からしゃらり、金貨装飾の音は鈴鳴らす如く涼やかに。
 弦の奏者から追って清澄の聲響き、歌い上げるは生の謳歌。
 長き忍従を越え共にあると観客達に歌い掛けて手拍子誘い、やがては歌い踊り巨大なうねりと化してゆき。
 ひときわ高く薄紗が放り投げられカッシアの花々が最後の繚乱を見せれば、それが舞台の終わり。
 満場の拍手へ舞手は笑顔で、奏者にして唱手は手を振って、それぞれ応える。
「見惚れまシタ」
「此方こそ」
 浴衣にと着替えたロコとエトヴァは夜の観光へと繰り出した。
 雑踏の只中、何度もエトヴァの袖を引いてくれるロコの手が有難くも何処か愛しい。
「……お願い事をしますカ?」
「願いごと……」
 吹流しが、不意の夜風にザザと揺れて。
 異国散策でこれと行く先など定めず、気を許せる者同士、足の向くままに。それはまるで星の下の迷宮探索だ。
 ところで。
 舞台衣装のストールは其の為に誂えたかの様に似つかわしく馴染んでいたが、実はごく直前、互いに店で見立て合いながら購入した品であった。
「選んだストール、気に入って貰えた?」
「ハイ、とても」
 訊ねる友に頷くエトヴァの笑顔は、心から。
 君に――南国の海と黄金花の祝福あらんことを。

 震撼が、走る。
 ひかり曰く南米でもメキシコ程にプロレスが普及していないブラジルの地でまさかのMPWC特別提供試合ゲリラ開催。しかも草薙・ひかりVS稲垣・晴香である。
「七夕と言えば日本では静かに祈りをささげるもの。でも……今宵この場は、派手に盛り上がりましょ!」
 会場は既に超満員。
(「どうせならこの七夕フェスティバルに乗じてもっと……こほん」)
 経営者の手腕を発揮したひかりは地元各団体からの協力を取り付け、運営は万事ぬかりなく。
「そろそろ女帝の座を明け渡してもらうわよ!」
「まだまだアンタに負けるアタシじゃないわ」
 ドロップキックやムーンサルトプレス、ジャーマンスープレックス――『本物』の凄味は会場中に伝播して熱狂の渦を巻き起こす。
 技と技、力と力の応酬はまさにビッグバン級の七夕大決戦!
 体格・パワー・経験とあらゆる面で圧倒する『絶対女帝』ひかりの必殺アテナ・パニッシャーが揺るがぬ『絶対』を磐石とするのか。
 それとも『神』に立ち向かい勝利した猟犬を体現するかの如き不屈で『近未来の女王候補』晴香の必殺バックドロップが近未来を『今』へと引き寄せるのか。
 鳴り響いたゴングの音。今宵『決戦』の勝者は――。

 鈴蘭を思わせる外灯は日本の祭提灯が元になっているという。
 望郷の思い籠もる不思議な街並みの中少しだけ弾むような千梨の足取り。
 連れ立つ眸は移民の歴史を手懸かりに情緒の解析を試みる。
「ワタシはマキナクロスには行ったことがなイが、ワタシがサーバールームに籠もルのと似たようなものだろウか」
「そうかもな」
 遠い夜空を見上げれば途端に腹の虫が疼いた千梨が食いたい物はと訊ねると。
「ブリガデイロというお菓子が食べたイな。ひたすら甘いらしイ」
「甘いもの好きだねー」
 ガナッシュを小さく丸めてチョコスプレーをまぶした菓子……に見えたそれを齧れば広がる濃厚な練乳味。確かにひたすらにド甘い。
「カイピリーニャの肴にモぴったりだナ」
「何その洒落た……カイ……ニャー?」
 ざく切りライムを浸した炭酸割りカクテルはキリリと冷えて爽やかだがベースはサトウキビの火酒でかなりキツい。
 ふわりふわり。
 笑いながら潰れた己の介抱を連れにと託し、短く了承得られた千梨はまた一口。
 他愛なくふざけてぐだぐだに甘えて。ただの客としての、心から安らげる夜祭のひと時。
「こうやっテ、気ままに過ごすことが日常になルのだな」
 交わす話はとりとめなく。
 この先のマキナクロスの事。平和な今後について。そして。
「幼稚園でもやるのならいつか俺の子も宜しく……なんて」
 ふにゃりと漏れた千梨の一言は回路光を淡く零す瞳を大きく瞬かせた。
 振り返れば微かな寝息。
(「ワタシに子が出来ルことはなイが……」)
 親友似の子という未来図は機械仕掛けの鼓動すらワクワクさせるに充分だった。

 初めての地に気圧されつつも、好奇心だって抑えきれない瑠璃音。
「俺は来た事あるけど、今のサンパウロの方が活気と希望に満ちてるね!」
 そんな彼女のエスコート役であるツカサから懐かしの街への第一声は、
「彼女が俺の魂を射止めたお嫁さんさ!」
 蜜月オーラ振り撒くカップルに祝福や歓待が降り注ぐ。
「奢れそして奢らせろっ!」
 今月で16の瑠璃音にとって冒険剣士としての彼の経験は頼もしく。
 すっかりと街の空気にも慣れた瑠璃音とのダンスに、ツカサが最初にリクエストした曲は以前2人で練習を重ねたワルツだった。
 しっとりと、でも遠慮やお行儀を残すステップはまだ序の口。
「これじゃあサンパウロの熱情には一歩足りない? それじゃあ次はサンバだね!」
 演奏は一転、リードは陽気により大胆に。
 熱帯びる瑠璃音もしなやかな全身と白黒二対の翼で応え躍動すれば街はもうカーニバル。
「これからもずっと、一緒だよ」
「はい、どこまでも一緒です。離れませんから」
 まるで年に一夜の逢瀬の様な固い抱擁。
 だけど彼らは彦星と織姫ではないのだ。
 至福に浮かされふわり微笑んだ瑠璃音からツカサの唇へ触れるキス。
 暫しの余韻の後、我に返って真っ赤な瑠璃音の頬の愛らしさに重ねた次のキスは、ツカサから――。

「なかなかに新鮮だ。土地柄か、もたらされた平和故か……大いに活気を感じるな」
「ふふ、海外で迎える七夕も面白いわね」
 ヴァルカンとさくらの七夕デートは楓に蜻蛉、風流で揃いな文様柄。
 涼しげな仕立ての浴衣は思い出深いもの。
 女を守り抜いた男の大きな手も、男を癒し続けた女の優しい手も、今宵戦いから離れ。互いの手をただ握り締めるだけでいい。
「何か願い事はあるかしら? わたしの願い事はこれなのだけれども……叶えてくれる?」
 悪戯な笑みで差し出された短冊には『ヴァルカンさんとキスがしたいです』。
 直截な不意討ちにヴァルカンは思わず吹き出した。
 だって一番叶えたい願いはもうすぐ隣だからと桜の天使のウインクは可憐に閃く。
「それくらいならばわざわざ天に願わずとも、いくらでも……」
 言いかけてふと彼は生真面目に考え込む。
 叶う願いは書く必要が無いというのなら、七夕なのに、短冊の出る幕が全くなさそうなのだ。
「……いや、むしろ願うこと自体がもうないのかもしれん」
 ヴァルカンの一番の願いもまた、既に今、この腕の中にあるのだから。
 華奢なからだを不意に抱き寄せて。
「何、周りも俺達のように、お互いしか見ていないさ」
「……冬なのに……ここだけ夏みたい……」
 逞しい緋鱗の胸にうっとりと身を預ければ、甘く蕩けるような口づけが何度も繰り返し、注がれて。

「凄い熱気だね、琴。これがつかみ取った未来の一つなんだよね……」
 七夕祭の盛り上がりを目の当たりにして。
 改めてシルは勝ち取ったものの大きさを実感する。
「ええ。めいっぱい楽しまなくては戦勝を祝う人々に悪いというものです」
 微笑む鳳琴と頷きあい。
 今日はめいっぱい楽しもうとはりきる浴衣美少女2名は大通りを練り歩く。
 白フリルをあしらったミニ丈浴衣はシルの快濶に淑やかさも色添えて。
 鳳琴の浴衣は深紅に鳳凰舞う意匠で大人びたシックな着こなし。
「え、手巻き寿司専門店!?」
 心配と期待を胸に、少女達が選んだサーモンTEMAKIはごく普通に舌鼓が打てる美味しさだった。
 ごはんの後は熱々に甘い焼きパインのシュラスコをふうふうと冷ましあい、あーんと食べさせあいっこ。
 そしてひときわ大きな笹の下へ。
 夜風にそよいで折り重なる短冊は、2人に藤花の記憶を想い起こさせる。
「……覚えてる?」
 問うと同時そっと鳳琴を抱き寄せ、唇重ねたシル。
 驚いたのはほんの一瞬。
「貴女に会い、藤の花の下で想いを互いに告げ合い、そして伴侶にもなり……幸せな日々でした」
 鳳琴からもぎゅっと抱き返し、切々と。
 願いはただ一つ。『貴女と一緒に、これからの未来を生きていくこと』」
「私からも望みを……『貴女と一緒。未来も、永遠に、どこまでも』」
 叶えられるのは互いだけ。比翼達はしばし笹葉の下にと睦む。

 翻るケルベロスコートの色は純白。
 連が最愛のレベッカとの逢瀬にそれを選んだのは彼女からの贈り物だったから。
 レベッカとの対比も鮮烈なそのいでたちは番犬たる証でもあり何度か足止めを喰らったがこれもきっと七夕の魔法への一助だ。
 道中TANABATAロゴを眼にした連が呟く。
「七夕じゃなくTANABATAにって言い出したのは正解だったかも」
 祭の発端はケルベロス・ウォーにおける蒼鴉師団のFAだ。
「そうだったんですか。うん、国際的でいいですねえ」
 どこか面映い、けれど誇らしくもある。
 そんな複雑な心境を汲んだレベッカは初めに言った人の勝利だと断言する。
 キスコンテストへ辿り着いた頃には彼女らを呼び止める者はもう居ない。
 カウントダウンの後に交わされる無数の抱擁と、口づけ。
 重なり合う唇はやがて吐息を求め合って混じり、溶けて、そして……。
「……熱く、なってきちゃった。ベッカ、この続きをホテルで、しよ?」
 このままずっと一つでいたいと火がついた連はレベッカの腕を引く。
「さすがにちょっと早い気もしますけど。まあ、あとは……状況次第?」
 余裕の無いその性急をやんわり宥めながらも、潤むレベッカの眼差し。
 その腕は引かれるに任せたままだった。

 コンテストと銘は打っても審査員などは存在しない。
 モニが企画したキスコンテストは恋人達の逢瀬をより燃え上がらせる、いわば魔法のおまじない。
「大盛況ですわ……! お疲れさまでしたモニさん」
 裏方作業の合間にココナッツジュースを差し入れたネイも祭りの熱にあてられた様子だ。
 けれど喉を潤す小さな立役者の大きな瞳は上の空。
(「……おばあちゃんはロマンスと派手な催しが好きだから。これできっと見つかるはずなのよ」)
 彼女の『魔法』が実を結んだかはまた別のお話。

 ビーチ会場から抜け出して波打ち際をふたりきり。手と手はしっかり繋がれて。
「戦い以外で、ふたりでゆっくり海外に来られるなんて夢みたい……」
 リュシエンヌの髪に揺れる満開のピヴォワンヌはゆらゆらと夢見心地なリズム。
「これも世界が平和になったからこそ、だね」
 甘やかな笑みで返したウリルの掌に自然とこもる熱。
 喧騒はすっかりと遠のき……いつもと違う異国の夜空を共に見上げる2人を包む波の調べは穏やかに寄せては返し。
(「ルル、君に見せたかったんだ」)
 最も遠い大地の上、変わらず繋がり続ける、この広い空を。
 たとえ星の名は変わろうとも煌きは変わらない。地上で願い掛ける人々もまた。
「笹舟に願いをのせて海に流すの。きっと空まで昇ってお星さまに願いが届くわ」
 明るくはにかむ妻の横顔に、青年の碧眼はそっと細められ。
「うりるさん、お願い事は乗せた?」
「ああ、乗せたよ。 ……多分、想いは同じだろうから」
 寄り添い漕ぎ出す二つの舟が運ぶ願いはたった一つ。
 何があろうと共に未来を――今まで過ごした年よりもさらに永く。
 金銀砂子に輝く、誓いの指輪。
 2人の指先はいっそう強く絡まり、笹の小舟を見守り続けるのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月15日
難度:易しい
参加:26人
結果:成功!
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