●開花
光が花開く。
希望の花が咲き誇る。
蒼鴉師団が世界に蒔いた種が決戦前に花開き、そして、決戦で未来を切り拓いた、今。
壮大な奇跡を叶えることさえ望める、大いなる季節の魔法という名の、実りを結ぶ――。
「正直、魂が震えた。あなた達ケルベロスの、この星に生きるひと達すべての、勝利だ」
狼耳をぴんと立ててそう語る天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)の声音は深い感慨に満ちて、眩しげに双眸を細めての笑みは彼自身のみならず世界のひとびと皆の歓喜とケルベロス達への感謝を証す。さあ、行こうか。輝ける未来へと。
この星をデウスエクスの脅威から解き放った勝利。
超神機アダム・カドモンを撃破したことにより、約定に従って最期に贈られたデータが、切り拓いた未来へ進むための路を示してくれたと遥夏は続け、破壊されたゲートを修復した上でゲートをピラーへ戻すことが叶いそうだと報せて狼の尾を揺らす。
当然ながら、それは奇跡にも等しい偉業。
必要となるのは膨大にして特別な季節の魔力。然れど、奇跡を成し遂げる力を得るための舞台はもう調えられている。
「『銀河を越えて、遠く引き離された二つの地点を結び合わせて邂逅させる季節の魔法』。ここまで言えばもう解るよね? 『七夕の魔力』をより多くより確実に集めることが奇跡を叶えるための絶対条件になる。つまり、よかったらあなた達にはぜひ、七月七日に催される七夕の祭りへの参加をお願いしたいんだ」
既に各地へ呼びかけが行われており、日本各地で盛大な七夕祭りが催されるはず。
更に、その流れはこの国のみにとどまらず、決戦前のファーストアタックで蒼鴉師団が『TANABATA』を広めた世界各地へも伝わっていったから。
この後の話を聴いて『ぜひ参加したい』と思ってくれたなら、さあ、行こうか。
「麗しき白夜の都にして世界最北の大都市。――ロシアの、サンクトペテルブルクにさ」
●結実
麗しき白夜の都へ、輝ける数多の星を。
大都市の定義を人口百万以上の街とするならば、このサンクトペテルブルクこそが世界で最も北に位置する大都市だ。この時季には闇の遠い白夜を迎える、旧き北の都。
ネヴァ川がフィンランド湾、バルト海へ至る河口のデルタ地帯で発展した聖ペテロの街、即ちサンクトペテルブルクは、運河による水運の発達やエルミタージュ美術館を始めとする数多の歴史的建造物を擁する街並みから『北のヴェネツィア』とも呼ばれる美しい都市で、夏の白夜ともなればひときわ幻想的な姿を見せてくれる街だと遥夏は語る。
この街が迎える白夜は極地のそれとは趣の異なるもの。
陽は長く天を渡り、時計の短針が頂へ近づく頃合になって漸く、薔薇色の残照に彩られた夏の宵がやってくる。天も地も光も影も薔薇と菫のリキュールに溺れていくような美しさに呑まれ、宮殿から生まれた壮麗なエルミタージュ美術館などはもちろん、聖イサク大聖堂やハリストス復活大聖堂といった数多の荘厳な宗教建築も、夢幻から浮かび上がるかのような輝きを得る。心まで蕩けそうな光景にうっとり酔いしれて、気づけば夜らしい夜が来たかもわからぬうちに夜明けを迎える、そんな白夜。
「ぴゃー! なんて圧倒的な浪漫力なの白夜の都……!」
「全面的に同意。しかもその上、サンクトペテルブルクじゃ五月から七月にかけて白夜祭が開催されるっていうんだから、もう圧倒的浪漫力に屈服するしかないよね」
真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾がぴこぴこぴっこーん! と跳ねたなら、重々しく頷いた遥夏が更に言を継ぐ。
歌劇やバレエに音楽会や展覧会、果ては街頭での大道芸までと、めくるめくほどに多彩で多様な催しに彩られる数ヶ月間。その一夜に蒼鴉師団が提唱した『TANABATA』は大いなる歓迎を受け、元より観光客の多い時季ともあって大盛況を博したのだとか。
「――で、七夕本番の七月七日にサンクトペテルブルクで『TANABATA』を再開催すれば、日本以外からも季節の魔力を集められるんじゃないかって話になったんだ」
ゆえに自分達が向かうのは、麗しき白夜の都の七夕祭り。
麗しき白夜ゆえに「満天に星が輝く夜空」には縁遠い街並みを、壮麗な歴史的建造物の数々を硝子細工や水晶細工の星々で飾り、街に点在する庭園や公園を緑で彩る樹々に祈りと願いの短冊をつるす。元より幻想的な光景の世界、流れる夜風に街の星々が煌いて、五色の短冊が舞う様は誰もの感嘆の吐息を誘うと聴くけれど、中でもひときわ美しいのが、
『ケルベロスへの応援は確り見てもらいたいけれど、個人的な願いは皆に秘密にしたい』
という向きのために用意された、願いの星。
華やかな友禅柄に彩られた小さな短冊の裏に願いを綴り、更に小さく折りたたんだものを透明にきらめくレジンの星へと秘めた『願いの星』は、決戦前の『TANABATA』をいっそう趣深いものにしたというから、七月七日の『TANABATA』にも、きっと。
「麗しき白夜の都の七夕祭り、これが盛り上がれば盛り上がるほど、ここで発生する季節の魔力が増大するからね。願いの星をつるして祭りの光景に一役買うのもいいし、よければ、もう一押し手を借りられれば幸い。――街を飾る星々をさ、あなた達のヒールグラビティで彩ってみるってのはどう?」
たとえばフローレスフラワーズで癒しの花を星々に舞い降らせ。
たとえばガーディアンピラーで星の輝き宿す光の柱を白夜に昇らせて。
美しい祭りを更なる美しさで彩れば、皆の笑顔が咲くだろう。歓声が咲くだろう。
街を修復するわけではないから後々まで残る幻想は生まれない。術の発動とともに咲く、そのとき限りの、輝きのみ。
けれどそれでいい。それがいい。
「限りあるからこそ輝くいのちで、生という名の旅路をわたるわたし達だもの~」
「うん。きっと皆、そう想ってくれると思うんだよね」
ね? と桃花が仲間達に笑んだなら、遥夏も再び双眸を細めて笑みを深めた。
「勿論あなた達もゆったりたっぷり祭りを楽しんで。あなた達ケルベロスが楽しむことで、季節の魔力の収束率が上昇するから、これも物凄く重要なんだよね」
「ああん合点承知! それはもうばっちり! ゆったりたっぷり楽しんできますなのー!」
何せもう戦いに追われる日々は終わったのだ。
麗しき白夜の都の七夕祭り。己の脚で見て回るもよし、運河をゆったりめぐるクルーズの船上から、街角のカフェのテラス席から、時を忘れてのんびり眺めるもよし。カフェで寛ぐならロシア風クレープとも称されるブリヌイを食べてみようか。
果実や蜂蜜と合わせて菓子風に、あるいはスモークサーモンなどを合わせて軽食風に。
珈琲や紅茶も美味しいだろうけど、苔桃やクランベリーから作られるというロシア古来の伝統的なドリンク、モルスも気になるところ――。
「ふふふ~。ゆったりたっぷり、って考えるだけでもしあわせなの~♪」
みんなもそうかしら~? と訊ねる桃花の尻尾がぴこぴこ弾む。
真に自由なる楽園への扉は解き放たれた。
それならば踏み出そう。扉の先へ、新たな一歩を。
●プラーズニク
天の涯が黄金に輝いた。
深夜近くに漸く迎える白夜の都の夏の宵、彼方の黄金から溢れくる薔薇酒を思わす残照が天も地も溺れさせ、菫のリキュールめいた薄暮が融け込む世界へ、サンクトペテルブルクの麗しき街並みが浮かびあがっていく。
地球上で最もファンタスティックな都市――文豪ドストエフスキーが此の地をそう呼んだ折は幾重もの意味が込められていたとも聴くけれど、今夜は正しくひとえに夢幻の絢爛が、白夜の都へ咲き誇る。街をいっそう煌かせるのは硝子や水晶、そしてひとびとの想いを抱く願いの星、光の雨降るネフスキー大通りを輝く龍が翔ければ七夕祭りの星々が眩く煌いて。
「ますますデコり甲斐があるって感じじゃん?」
「とびっきりのキラキラにしちゃうのよぅ!」
誰かのヒールに触発された萌花が赤のネイル艶めく手を閃かせば一気にアニチコフ宮殿を彩ったのは可憐なリボンにラインストーン、次の瞬間には指輪から如月が咲かせた紫水晶の輝きが宮殿も星々も煌かせ、皆の拍手喝采に二人笑顔で応えて向かうはアニチコフ橋。
薔薇と菫の彩に染まる風、水面を渡るそれと共に白夜へ滑りだす運河クルーズは、まるで終わらないデートへと旅立つよう。船上から望む街並みは宮殿『群』と称されるのも納得の壮麗さだけど、五色の短冊が舞う様が、友禅紙を秘めた願い星が煌く様が、より愛しく胸へ染み入る心地で萌花が傍らを見遣れば、如月が瞬きも忘れて皆の願いに見惚れていて、
「って、もなちゃん!?」
「だってほら、如月ちゃんが無性に可愛かったし?」
軽やかなシャッター音で我に返れば眼の前には悪戯な笑み、頬を薔薇色に染めつつ如月はきゅっと萌花にくっついて、今度は二人一緒に撮りおろし。
冬の宮殿ことエルミタージュ美術館。
帝政の栄華と至高の芸術を背に宮殿広場へと立ち、聳えるアレクサンドルの円柱と自身を中心に展開した境界・白夜、ハルの癒しが描く光の環から輝く刃が幾つも浮かびあがれば、旋律そのものが煌くようなエリザベスの竪琴の音色と歌声が白夜の都へ咲いた。
尻尾ぴこぴこな桃花をはじめ、ひとびとの歓声が沸きあがった瞬間の高揚を抱いたまま、二人で乾杯すれば鮮やかな薔薇色のモルスが白夜と海を透かして煌いて。海を望むカフェでハルは、願いの星の煌きを胸へ燈す。
知っていると思うけれど、
「俺の願いは――『君と幸せになれますように』」
金の眼差しを和らげそう語る彼は、以前なら『君が』と願っていただろう。『君と』と今彼が望んでくれることがエリザベスの胸にも優しいあかりを燈す。燈る想いが友情なのか、相手と同じ恋情なのかはまだわからないけれど。
「私の願いは……」
二人の未来が、より素敵になるように。
八端十字架、双頭の鷲。
聖堂を彩りたい自作の意匠はあれど、心からの信仰や敬愛を抱くひと達を慮ってそれらは胸に秘め、礼は癒しの風に夏花を乗せた。
童話の宮殿めく聖堂へ、夏香るロマーシカの花々が舞い上がる。
公式名はハリストス復活大聖堂。なれど歴史的な惨劇に由来する通称へ思い馳せ、数多の血が流れる時代を越えて自分達が手を掛けた、未来への扉を重ね見る。
己自身の願いもいつか見えると信じて今は、世界のための、願いを掛けて。
薔薇と菫とけあう空にもひとつ、ふたつと星は瞬くけれど、天よりも白夜の都の街にこそ数多の星が鏤められてきらきら光る。夢幻から浮かびあがるような旧き都を彩る七夕の星、その煌きを二人の掌に秘める心地で手を取り合ったなら、
「俺だって花より団子ばかりじゃないからね」
「いつも素敵な場所に連れて行ってくれるスバルだもの、ちゃんと分かってる」
溌剌と笑ったスバルが街を見て回ろうと誘うから、幸せな笑みがヒナキにも咲き零れた。星々の煌き踊る街をめぐれば至るところは元老院広場、勇壮な青銅の騎士像を仰ぎ、前足を振り上げる騎馬の勇ましさに負けじとヒナキを抱きあげ、蒼き羽のごとく軽やかな妖精靴でスバルが跳ねれば。
夏の白夜に、淡雪めいて光る花々が舞い降りる。
「できたできた! どうヒナキ!?」
「綺麗……とても綺麗。ありがとう、スバル」
いつだって貴方の傍が素敵な景色の特等席、と言葉にせぬまま微笑み返した、そのとき。祝福のごとく二人を取り巻いたのは真白な癒しの蒸気、それは薔薇の残照と菫の薄暮の彩り映し、星屑めいた魔導金属片を煌かせ、
「スチームバリアの星雲、気に入ってもらえたっすかー?」
薔薇と菫色の蒸気渦巻く星雲を白夜の都へ描き出したシキは、勿論! と屈託なく返った称賛に破顔した。懐には覗いた光景を万華鏡に咲かすテレイドスコープ、なれどそれがなくとも星の華が煌く街へ、幾つもの星雲の彩りを添えていく。
――永遠に続くかの様ですね。
竜翼の飛翔でも頂へは届かぬ大伽藍、荘厳な聖イサク大聖堂の背に広がる薔薇色の残照を見霽かし、遠い懐古と淡い寂寥にじむ声音でカルナが紡げば、永遠という響きがティアンの胸の奥まで沁みわたる。
永遠の薄明のごとき白夜の大地でカルナは小さな白梟と家族になって、薔薇と似た彩りの女神の帯たなびく夕凪に、ティアンは永遠の口づけを交わしたひととの別離を迎えた。
聖堂内に燈るあかりが溢れ、聖堂の外観を彩る星々を煌かす。
瞳を見交わせばカルナの腕に咲く花々が黄金の輝きを実らせる。ティアンが幻の空と海を展開する。黄昏の波めく光が硝子と水晶と願いの星を輝かせ、満天に星を鏤めた夜空と星屑映す海の合間に五色の短冊がひらめけば、皆の感嘆が漣のごとく白夜の都へ広がって。
「ティアンさんは、何か願いを込めたりしました?」
「世界平和、は叶ったから――……大切な人達が、幸多くあるように」
己のための夢はいまだ胸に燈らぬまま。ゆえに掛け替えのない人達の幸いを願う灰の娘に僕の願いも同じですと微笑んで、だから、と竜の青年は言を継いだ。
ティアンさんにも、これからの世界が幸多くありますように。
銀の靴音が響くたびに舞い降る癒しの花々を連れ、纏う衣装の魔法で睡魔を遠ざけながら夢のように明るい夜を歩めば、美しい白と淡緑がオペレッタの胸をひときわ高鳴らせた。
歌劇とバレエの殿堂、マリインスキー劇場。
ああ、と感嘆零し、劇場の門番のごとき街燈へ、願いの星を託す。
地中海の空と海を望む白と青の楽園へ羽ばたく夢にはもう手が届くから、己でなく『あのひと』のために。主からの離叛はきっと叛逆でなく、巣立ちであったのだろう。だって今もなお、己のココロは希う。
マスター、マスター。
どうか、どうか――お元気で。
●マリートヴァ
天使の極光が白夜の都に翻る。
星々が極光の翡翠色に煌けば、光と祈りの輝きが幾多の羽となって街の星々の煌きを空へ舞い上げ、生きる事の罪を即興のロシア語で肯定するブラッドスターの歌声が咲いて。
あれがストロガノフ宮殿の前だったから――ではないけれど、
「ふふ、今は確りお肉を食べたい気分なんだよね」
「食事風も美味しそう……! 私のも一口あげるから、二人のも一口ちょうだい?」
濃厚な艶が極上の旨味を示すビーフストロガノフ、真白なスメタナと夏緑のディルが彩るそれを合わせたブリヌイがマイヤの許へ運ばれれば、苺のヴァレーニエとヨーグルトの白がマーブルを描いて溢れる菓子風に胸を高鳴らせていたキアラが瞳を輝かす。大歓迎と微笑むセレスが銀のナイフを入れる皿にはスモークサーモンの薔薇とスメタナの雪。
愛らしい響きのプィシカも追加でオーダーしたいし、北方の金とも呼ばれる琥珀に、帝室御用達イースターエッグのレプリカ、旅行本に煌くお土産にも逢いにいきたい、と皆で花を咲かせるこれからの話が楽しくて。
「そういえば、キアラやマイヤは今後はどうするつもりなの?」
可愛い妹とも想う二人にセレスが訊けば、見習いシスターとして励みたいと和らぐ緑の、何をしたいか探すのもいいかなと煌く紫の瞳。力になりたいと三人ともが想い合うから。
これまでの縁を、これからも。
大聖堂の左右に双翼のごとく広がる列柱回廊。
双翼に抱かれる様な聖堂前の噴水を芯に黄金の葦原が広がれば、重ねられた黄金の果実の輝きが白夜の空と聖堂を染め、地竜の巫女の舞が花を咲かせたなら、カザン大聖堂に星々の煌きと皆の歓声も咲き溢れた。
故郷たる北欧の山とは異なる、絢爛たる都の白夜。
それを硝子杯に薔薇色煌くモルスと同様ゆったり楽しみたくて、この後運河クルーズにとフィストが誘えば、船で街の美しさに酔うのも善いものであろうなとバルバロッサが口許を綻ばせ、街の星々も違った煌きを見せてくれるのでしょうねとアリッサムが声を弾ませる。
白夜の都に煌く、七夕の星。
「七夕といえば、お二人は何か願い事はありますか?」
私は白馬の王子様との出会いでも、と茶目っ気たっぷりに続けたアリッサムが切り分けるブリヌイを彩るプラムも恋を予感させるほのかな薔薇色で、
「私もそうだな、このひとの許に帰りたい――そう想える相手が見つかりますように、と」
「我ならば、静かな田舎へ移り住み、穏やかに暮らす……その辺りか」
叶わぬ願いを胸に封じたフィストも新たな願いを手繰れば、高貴な血に連なる落胤として騒乱の渦中にあったバルバロッサは、馥郁たる紅茶の香りを満たして望みを言の葉にした。そして願わくば。
この友人達の願いの、幸福な成就を。
――キミと出会ったから、「奇跡」という言葉の意味を知った。
芸術広場で歌い上げた癒しは銅像として建つプーシキンのためでなく、優の魂に鮮やかな緋を刻みつけた『彼女』へ捧ぐ心。残照のみならず紅茶に添えられた桜桃のヴァレーニエの彩さえ胸に沁みるから、嘗ては『彼女』の首元を、今は己の左腕を飾る赤へ触れて。
今なら刃を向け合うことなく手を取り合えたろうか。あるいは、来世があるのなら。
それなら僕は、と揺るがぬ決意と願いを、短冊に綴る。
冬の宮殿から旧海軍省へ。
外観の色合いからして冬と春から夏へ向かう心地で竜の翼を羽ばたかせ、ヨハンは白夜の空へ舞い上がる。連れゆくは微細な黄鉄鉱が煌く靄と愛しいひと、旧海軍省の風見鶏ならぬ風見船まで届けとばかりに薔薇と菫の空へと拡げる光の靄、彼と靄に抱かれてクラリスが、指先に燈した光で新たな星座を描きだせば、地上から歓声と新たな音色が咲いた。
思い返せば花の唇から笑み零れ、眺める街の星々もひときわ煌いて、
「御機嫌ですね、キャプテン・クラリス。僕の贈り物も笑顔で受け取ってくれますか?」
「わ、嬉しい! なら私からはこの宝石をお返ししちゃうよ!」
婚約者の笑顔に微笑むヨハンからの贈り物は彼のブリヌイに咲くスモークサーモンの薔薇一輪、一口交換だねと贈り返したのは宝石めいて煌くイクラ。冷たい海鮮と杏茸のマリネや酸味まろやかなスメタナを温かなブリヌイと味わえば、二人の口中へと踊る美味だけでなく温度差さえも心地好い。
世界中で祝福される織姫と彦星、星の河を越えた逢瀬を祝う街を見霽かせば、自分達まで星々に祝福される心地。だけど逢瀬が年に一度など耐えられない、と煉瓦色の手を伸べれば白き手が重ねられ。
「そろそろ地上の天の川へ漕ぎだしましょうか、キャプテン?」
「ふふ、貴方も同じ気持ちだったね。往こうか、愛しのクルーさん」
鵲の橋が架かるまで待ってはいられない。
――白夜の星々を巡る旅へ、好候!
●アトプラーヴィッツァ
恋人達が描く星座と、帝政時代の浪漫に満ちた旧海軍省を仰いで奏でたブラッドスター。風に余韻を弾く心地でエレキバイオリンから弓を離せば、皆の喝采に続いて飛び込んできた桃花が、仮面なきスプーキーの両の眦に唇で触れた。
故国の海軍を退いたように、旧海軍省を後にして、
「――僕からのサプライズだよ、桃花」
「ぴゃああああ!?」
招き入れたのは街の星々を一望できるカフェの予約席、そして彼女に何より幸せな笑みを咲かせたのは、流麗な刻印が煌く特注のペアグラス。月桂冠めいたローズマリーが絆を抱く硝子杯に薔薇色の滴が満ちれば、揃いの印を指に燈す手で乾杯を。
「僕はもう、君を残してミルキーウェイの向こう岸に行ったりしないよ」
「ああん勿論なの、航るところはもう決まってますなの~!」
航るのは星の河でなく月光が水面に映す路。
海に描かれる――モーンガータを、ともに。
「あ! ほら火岬、テラスに桃花達がいるぞ!」
「スプーキーさんと御一緒でしたか、御逢いできてよかった」
満面の笑みでアラタが大きく手を振れば、振り返される手が楽しげな手招きへと変わる。彼女も年上の友も二人をこのまま去らせる気はないようで、心からの笑顔で迎えられれば、張り詰めた何かが緩む心地で律は、目許を和ませ笑み返した。
硝子と氷の音を響かせ、薔薇色が透きとおるモルスを一口。
冷たい甘酸っぱさが喉を滑り落ちれば跳ねるほろ苦さ、白夜の大地の恵み、その力強さに瞬きすれば春色と目が合って、
「なあ桃花。ありがとうと大好きが、アラタの笑顔で伝わってるか?」
「それはもう! めいっぱい伝わってますともー!」
彼女と出逢った幾つもの美味しい幸せが胸に燈ればアラタに咲いたのは輝くような笑み、返るほっぺちゅーの擽ったさに笑みを深めて連れを見れば、街を見霽かす深紫の眼差しが、何処か、遠くて。
解けるように息をつけば、己の胸の澱みも僅かに軽くなる心地。
総ての結果が今この時に実を結んだのだと実感すれば、律は竜の娘へ手を差し出した。
「常に周りを気にかけて下さった事、有難う御座いました」
「ああんこちらこそありがとうなの、これからもよろしくなの~♪」
「アラタともだぞ、火岬!!」
握手を交わす手に第三の手が強く重ねられたなら、誰かと、傲慢に金の瞳を煌かせるこの連れの幸いを願う想いが芽吹く。灰と空になった、吾身の裡にも。
薔薇と菫の白夜を影絵みたいに切り取るアーチ。
壮麗な門にも似た橋を船が潜れば一気に視界が開け、限りない未来へ解き放たれる心地でアリシスフェイルは陽の煌きめく金木犀の花々を舞わせた。双眸を細めたルクスが揮う光は運河の水面から星の輝きを白夜の都へ噴き上げる。
間近で見れば友禅柄を秘めた願いの星、それは遠目に見れば術の輝きを映した刹那、虹を抱くオパールのごとく煌いて。あの中のひとつに、
「ねえルクス、結局どんな願いを書いたの?」
「……秘密」
このさきも、来世もお前と一緒に――と掛けた願いは秘めたまま抱きしめれば、腕の中の星が甘やかな熱を燈した。けれどアリシスフェイルの吐息が熱に潤むのは、甘さのみならず切なさゆえ。あの夜、貴方の手を拒んだことを、
――恨んでいる?
――嘗てアリスが俺を拒んだから、今この時がある。
眦から零れた滴が愛おしげに掬われる。触れる吐息を、唇を、もう拒まない。何ひとつ。
命尽きるまで、叶うならそのさきも、ずっと。
夢幻を映すような水面に宝箱の影を躍らせ、船上で得意気に跳ねるミミックが見せたのは謎めく線がうねうね走る短冊だったけれど、
「ちゃんと書けててえらい!」
「うーん、頑張ったねタカラバコちゃん!」
無邪気な笑顔のキカに撫でられる相棒をひなみくも褒め、地球の未来が続きますようにと少女が綴った願いに眦を緩めた。戦いが終わっても悲しくてつらいことは誰にだってきっとあるから。
それでもいつか遠い日に、大人になってよかったって、きぃが思えるように。
頑張らなきゃとキカが語れば柔い笑み燈したひなみくが、みんなが判り合えますようにと綴る。平和を掴みとっても喪った家族は帰ってこない。けれど、それでも。
「……此処からヒール撃とうか、きっと綺麗なんだよ!」
「うん! きらきらにしちゃう!」
潤みかかる声音を彼女が明るさで隠すのには気づかぬふりで、キカは癒しの花々で白夜の空を抱きしめる。大好きなヘリオライトの、術ではない純粋な歌声で友の心を抱きしめる。涙を堪えてひなみくが弓に番えるは己の羽根、翠の輝き燈す矢を解き放ち、花々へ光の路を描いて。
どうかこの子の笑顔が、曇りませんように。
遠くから聴こえるヘリオライトが、切ないほど愛おしい熱を胸に燈した。
白夜の都の中心、ネフスキー大通りを祝福した光の雨と輝く龍に歓声を咲かせた人々は、その術者達が超神機アダム・カドモンを倒し停戦を勝ち取った二人だとのちに識り、更なる感動に包まれるのだろう。
出逢って六年、なんて濃密で、なんて多くの彩を手にした時間であったことか。
「――幼い私が憧れで見上げたシルが」
「ふふ、あんなに小さかった琴が……」
永遠の約束で結ばれた伴侶として、誰よりも傍にいる。
超神機の言葉は彼なりの称賛だったのだろう。だって強欲だと言われたことが、鳳琴にはこんなにも誇らしい。一緒に旅をしたい、お店を出したい、星をめぐってみたい。今もなお新しい望みが生まれくるのは彼女もシルも同じで。
独占欲って強欲なら負けないよと瞳を煌かす。
「だからね、わたしの全部をあげる。わたしは、あなたの全部を抱きしめるから」
「全部……。ええ、私は永遠に、貴女のすべてを」
幾つもの宮殿、幾つもの聖堂、それらが美しい影を落とす水面で、船上の二人の影が融け合うように重なった。囁き合う言葉で、重ね合う唇で誓うのは。
――愛してます。
――永遠に、あなたのもの。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年7月14日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
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