その顔を切り裂いて

■リプレイ

●顔を狙う者
　駆ける白鷺、攻撃と防除でぶつかる刃と刃。至近距離で双方の瞳が交わる。
（「白影衆……私が所属していた黒影衆の成り果て。少なくとも黒影衆は任務以外で人を殺すような者達ではなかったはずなのに、今はこんな輩までいるとは！　……ですが」）
　ギギギと己の刀で敵の刀を押しとどめ、更に力を込める。相手は短刀、リーチは時雨・乱舞（純情でサイボーグな忍者・e21095）の方が有利である。
　乱舞は刃の角度を変え、刀同士を滑らせそのまま白鷺へと振るう。
　しかし、それは手甲で弾かれ、素早い動きで短刀を繰り出してくる。懐に入られた乱舞は相手の攻撃に身をよじり飛び退く。だが、確かに避けた筈なのに、再び生じる頬の痛み。
（「なんて速さ。これは……楽しめそうな相手じゃないですか！」）
　お互い一定の距離を保ち、向かい合う。
「ほぅ。三回は切り刻んだつもりだったが。それほど、その綺麗な顔を失うのが怖いか？」
「顔……についてはわかりかねますが」
　白鷺の発した『綺麗な顔』という言葉がよく分からぬまま、乱舞はニッと嗤う。
「良いでしょう、私が相手になってあげますよ！」
　乱舞と白鷺の刀が交わる。辺りに響く金属音。その時だ。乱舞が何かを察知し身を引くと、まばゆい光が物凄い速さで地上の白鷺へと落ちてきた。両腕で受け止めた衝撃に白鷺の体は吹っ飛ぶ。
「ちょうど真下でしたね、狙い通りです」
　舞い散る砂埃の中、ニコッと愛らしい笑顔で現れたのはゴーグル型のへリオンデバイスをかけたカロン・レインズ（悪戯と嘘・e37629）であった。ゴッドサイト・デバイスで２人の位置を確認したカロンが、真っ先にへリオンから飛び降り、スターゲイザーをかましたのだ。
　げほげほと咳込み立ち上がる白鷺と傷を負った乱舞を見てカロンは言う。
「乱舞さん大丈夫でしたか？　人の顔を狙うなんて、物騒ですね」
「皆さんは！」
「仲間が来たか、面倒だな。さっさとコイツを切り刻んで退却――」
　そして白鷺は気づいた。何かに縫い付けられたように足が上がらない。
　よく見れば、周囲には細い細い糸が揺蕩っている。
「さあ縫い止めろ、銀の針よ」
　男の声と共に、糸はピンと張られ、同時に白鷺の両足は地面の虜となった。
「もう動けないでしょ？　さっきのは仮縫いだったけど、今度は本縫いだよ」
　慣れた手つきで残りの糸を手繰り寄せ、糸切りハサミでチョキンと切る。
「どういう事情か知らないけど、顔を切り裂くなんて穏やかじゃないねぇ」
　ピジョン・ブラッド（銀糸の鹵獲術士・e02542）は眉をしかめて言った。
「くっ！」
　縫い付けられても尚、乱舞を攻撃しようと白鷺は青空に片腕を掲げる。だが、呼ばれ出た無数の刃は乱舞へと届く前に全て弾き落とされた。
「よかった、間に合った……」
　遠慮がちな小さな声。乱舞の視界に揺れる、新緑色のマント。
　どこか愁いを帯びた瞳が白鷺を見つめていた。九田葉・礼（心の律動・e87556）である。
「背を見せたままごめんなさい。時雨さんは初めまして。私もお手伝いさせて頂きます」
　礼は洋剣を握りながら、背後にいる乱舞へと声を投げかけた。
「助かります。ここから一気に殲滅しましょう！」
「了解」
　紺崎・英賀（自称普通のケルベロス・e29007）はそう返事をすると、ライトニングロッドをくるくると手の内で回す。まるで体操選手のようななめらかな動きだ。
　すると周囲にバリバリと電気が迸り、乱舞の体を飲み込む。電池ショックを受け高鳴る心臓。乱舞は己の内にエネルギーが湧くのを感じた。
「す、すごい、命の輝きが一気に……」
　命に敏感なヴァルキュリアだからわかる。礼は思わず息を飲む。
「私も、頑張らなくちゃ」
　続けて、銀色に輝く粒子が戦場を舞い、乱舞の体を優しく包み込む。
　礼とリリス・アスティ（機械人形の音楽家・e85781）のメタリックバーストだ。
　リリスは白鷺に向かって、優しく話しかける。
「私も顔に傷があるのですが、それで不都合があったり困ったりしたことはほとんどないですよ。酷い扱いを受けたこともありません」
　そっと、リリスは己の隠れた左前髪に軽く触れる。
「むしろそれ以外の要因で苦労したことが多いので……」
「……」
　白鷺は黙ったままだ。
「マギー、乱舞と英賀に気を配ってあげてね」
　ピジョンは背を屈ませこっそりと、テレビウムのマギーに耳打ちをする。マギーは了解とはかりに手に持つハサミを振った。
「これはどうでしょう？」
　白鷺は己の目を擦った。ずっと睨みつけていた乱舞の輪郭が一瞬ブレたのだ。
「さあ、我が幻影達よ、踊りなさい！！」
　乱舞が印を結ぶと共に無数の乱舞が出現する。どれが本物かと辺りを見回す時間もなかった。乱舞達は白鷺に一斉攻撃を仕掛ける。攻撃を受けるも衝撃がない。これは偽物か。幻影を払い、別の幻影を攻撃する。そうしている内にも、本物の乱舞が投げたであろう毒を仕込んだ手裏剣が飛んでくる。
「くそっ！」
　やっと幻影が消えたと思えば次はけたたましい雷音だ。
　音が聞こえた時には既に、白鷺は雷に打たれた後であった。
「忌まわしくもこちらも螺旋忍者だ……忘れないでほしいな」
　英賀はライトニングボルトを放ち静かに、冷ややかに言う。
「よく見ればお前も気に食わない顔をしているな、先に切り刻んでやろう」
　雷の煙をふっと吹き消し、白鷺は英賀へと向かう。
「好青年に見える？　だったら嬉しいな」
　感情的に刃物を振るわれ、それをニコっとしながら避ける英賀。
　他人にどう見られているか気にしていたから、顔を認められた英賀は内心ホッとしていた。そして。
（「感情にとらわれると、狙いが分かりやすくなる。……まぁ、これは僕もなんだけどね」）
　と自嘲する。
「その傷って乱舞さんに付けられた訳じゃないんですよね、無関係な人を襲うのは駄目だと思いますが」
「黙れ！」
　カロンの正論に白鷺は叫ぶ。
「その頭、冷やしてあげましょう」
　乱舞の言葉と共に、瞬時に辺り一面が凍り付き、ケルベロス達の吐く息も白くなる。
　白鷺は氷に覆われるも、それを破壊する。
「……その底知れぬ体力、白影衆の幹部レベルとお見受けしますが？」
　だが、白鷺は無言で返す。
「つれないですね」
　乱舞の足元に美しいオーラを放つ矢が放たれる。妖精の祝福を受けた矢は、乱舞に破魔の力を授ける。リリスは弓を降ろし静かに語る。
「別に傷があってもいいではないのでしょうか。なんとか生きていけますよ」
「……まさか敵に慰められるとはな」
「まぁ。やっと私と口を利いて下さいましたね」
　リリスが小さく笑うと、白鷺はフンと言った。
「くのいちでもない女を斬るのは後回しだ」
　美しい心の持ち主である彼女を前に眩しそうに、視線を背ける。
「実は日本刀使うの初めてなんだよねぇ。レイピアより少し重いな」
　鞘から抜いた刀は冷たくキラリと光る。
　ピジョンは日本刀を右手に、左手にブルーアゲートのナイフを持つ。その仕草はまるでフェンサーの様。
「ああ、顔は避けようか？　とか言ってる余裕ないか！？」
　白鷺の攻撃をブルーアゲートナイフで避け、すれ違い様に緩やかな弧を描きながら突く。鋭い月光斬に、白鷺は白装束を赤く染める。
「お前も気に入らん顔をしているな」
「ええー、僕も範囲内なの？」
　範囲外だと思っていたピジョンが眉をひそめる。
「わりかし誰でもいいのでは？」
「……」
「おっと」
　乱舞のツッコミに白鷺の短刀が飛ぶ。
（「どうしても乱舞君の方に狙いが行ってしまうな」）
「ねぇ、君。ねぇってば……」
　英賀の声かけにも、見向きもしない。
「僕ね、幼い頃忍軍の同期と殺し合って、彼女の顔に今も残る大きな傷を付けたんだ……君の右目みたいにね」
　突然の告白に、白鷺は目を開く。
「彼女、血まみれになりながら必死に僕を睨んでた」
　突如吹く突風。気が付けば白鷺は目の前に居た。
「速っ……」
　頬を刀で撫でられる感覚。そして、再び振り下ろされた刀は英賀の口元に向けられていた。
「その口を黙らせてやる！」
　口角に入る刃。それを、ギリギリの所で歯で受け止める。
　英賀から抜かれた刃から、血と唾液の混ざったものが糸を引く。
「紺崎さんっ！」
　あがる悲鳴。礼はすぐさま自分の血を代償に英賀を癒していく。
「っ……まぁ、そっちから来てくれて助かるよ。ほら、ちょうどいい所に鏡があるからさぁ」
　白鷺が再度短刀を振るうより先に英賀の持つナイフの刀身が妖しく光る。
「性質は利用させてもらおう。悪く思わないでね」
　英賀を押しのけ、言葉にならぬ叫びと共に短刀を振り回す白鷺に、英賀が呟く。その直後。
「覚悟の是非を問う必要もなかろう。許す可能性など皆無なのだから――近代術式のスタッカート！」
　カロンの声が響く。本来は一撃に全力を込める魔力を細分化し、戦場へと放つ。
　それは数多の魔弾となって白鷺へと放たれた。
　まるで跳び跳ねるような、小気味良いリズムカルな弾音が響く。
「もらったぁ！」
　カロンの攻撃が終わったと同時にピジョンがブルーアゲートで出来たナイフで防御の型をとっていた白鷺の片腕を切り裂いていく。
「あなたはもう逃げられない。この魂たちがそれを許さないのだから」
　礼の光の翼が細かな粒子となりその姿をかえていく。それは礼の中に記憶された者達愛用の獲物。洋刀や銃、ナイフ。様々な武器が白鷺へと向かう。
　白鷺は飛んできたナイフを指先で受け止めるが、銃弾は肩へと当たり、動きが鈍った所に斬撃が放たれる。
　そこへ流れる悲しくも美しいメロディ。リリスの作曲した『希望仕掛けの幻想曲』である。
「泣かないで。私があなたを笑顔にして見せますわ」
　曲は段々と明るさを取り戻していく。悲しむ人間に寄りそう為のその曲は仲間の傷を癒す。
　一方、己の回復を試みる白鷺にカロンのもふっとした拳が頬にぶつかる。
　拳は柔らかいが、その威力は甘くはなかった。白鷺は吹っ飛びそのまま地面にぶつかりながらも二転三転する。
「くそっ」
　立ち上がってすぐに白鷺が英賀へと刃を向けるが、マギーがハサミで受け止める。
　テレビから眩い紫色の光が放たれ。それは閃光となって白鷺に向かった。
「くっ！　小癪な！」
　苛ついた声。右手で目を覆う。すると突如、白鷺へと黒い何かが飛び出してきた。
　ライドキャリバーのシラヌイだ。タイヤの摩擦で炎を作り出したシラヌイはそのまま白鷺へと突っ込む。
「ふんっ！」
　白鷺はシラヌイを掴み止めようとしたが、シラヌイの纏った炎が白鷺を焼き、そのまま白鷺の体へと乗り上げる。
「君には少しシンパシーを感じてしまうよ……」
　英賀は静かに語る。
「僕も忍軍に恨みがあってね。彼らの話を聞くとつい首を突っ込んでしまうんだ」
　黒く光る惨殺ナイフ。
「ほう、それは奇遇だな」
　白鷺はイラついた声で返す。２人は同時に似たような技を繰り出していた。白鷺は瞬時に相手を切り刻む技、英賀はいつか覚えた知識と感覚で的確に相手の解体を試みる技。
「君の人体線刻と、くしくも似ているね」
　戦場に響く金属音。広がる血しぶき。白鷺が服を染めながらも肩で息をする。
　対して、血で染まった灰色の髪。金色の瞳が激高する。
「自分で憎く思っている技なんだ。だから……それを僕に見せるな！　思い出させるな！」
　苦しそうに叫ぶ英賀が歯を噛みしめる。
　だが、それでも白鷺は倒れない。
「なかなか、折れてくれないなぁ。ならこれでどうでしょう？」
　そうカロンが言うと同時にじゃらりと白鷺の体に何かが巻き付いた。
「っ！」
　それは太陽の光に晒されて、美しい色を奏でる鎖。
　カロンが念じ、動く度にオーロラのようにその色を変える。
　水たまりに映る紫と青の鎖。そこへ、バシャリと踏み込む乱舞。
「時雨乱舞ゥ……！」
「白鷺！」
　乱舞の拳が、白鷺の右頬にめりこむ。
「やはり、お前が一番気に食わん！」
「ハハっ！」
　輝く鎖を破壊し、短刀を乱舞の顔面へと振るう。
「その顔、刺し違えてでも滅茶苦茶にしてやる！」
「できるものなら、どうぞご勝手に」
　一般人には視認も許さぬ早業に、乱舞の動きが追い付き始めていた。
　だが、あと一歩が足りなかった。白く光る刀身が乱舞の右目へと深く沈む。ニヤリと笑う白鷺。ケルベロス達が青ざめる。だが次の瞬間、それは影となって霧散する。
　しまった、偽物だと白鷺が振り向くより早く、その体を乱舞の刀が切り裂いていた。
「がはっ！」
　舞う血しぶきが、乱舞の頬を汚す。
「私達の勝利です」
　乱舞が刀身から血を払い、鞘へと納める。
　目を見開いた白鷺は、両ひざをつき、崩れるように倒れたのだった。

●最期に見た幻は
「いてて……」
　近くのベンチに座り込んだ英賀は、礼からヒールを受けていた。
（「雨上がりの晴れた青空。あの日もこんな天気だったな……」）
　自らの手で引導を渡した、元同僚を思い出す。
「はい、もう大丈夫です。綺麗に治りましたよ」
　ぼんやりとする英賀に礼が小さな手鏡を向ける。
「ありがとう、痛みも引いたよ。……で、アイツどうする？」
　英賀の視線の先で白鷺は、まだ小さく息をしていた。
（「誰も彼も、看取っていい訳じゃない……」）
　礼は、白鷺の姿を見て迷っていた。
（「こちらが看取らせて欲しい時でも、それは余計なお世話で、烏滸がましい真似だった事もある」）
　彼の場合、どちらなのだろう。
「っ、ぁ……」
　白鷺が小さく口を開く。
「礼さん」
「えっ？」
　優しく背中を後押しされ、礼が前へと出る。
「行ってあげて」
　英賀の言葉に礼はしっかりと頷き、白鷺の前へと両ひざをついた。
「何か、言い残すことはありますか？」
「……ぃ」
　もう動く体力もなく、目もあまり見えていないだろう白鷺はぼそぼそと何かを呟く。
　礼がもっとよく聞こうと身をかがませる。
　白鷺の右手がよろよろと持ちあがり、それはのリリスとカロンがいる方向へと伸びた。
　そして、その口から紡がれたのは、聞いた事のない女性と少年の名。
「……すま……なかった……」
　そして、白鷺は息を引き取った。
「死に際に、誰かの幻を見たのかな」
　カロンは複雑な表情で白鷺だったものを見る。
「奥さんと、息子さんといったところでしょうか……」
　リリスが祈るように両目を閉じた。
「ま、僕達が考えても仕方ないけどネ。さっ、後片付けをしようか」
　ピジョンがそう言って両手をパン、と叩いた。
　気が付けば、町のひと気も戻りはじめていた。
「皆さん、この度は駆けつけて下さり、ありがとうございました」
　周囲のヒールも終えた頃、乱舞がケルベロス達に丁寧にお辞儀をした。
「乱舞もお疲れ様、今回は災難だったねぇ」
「もう八つ当たりはごめんです……」
　二度とあのような敵と出会わない事を祈りながら、乱舞達は元通りになった街の空を見上げた。綺麗な青空。今夜はきっと、素晴らしい天の川が見られることだろう。

作者：中尾	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2021年8月3日 難度：普通 参加：6人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。