紅蓮の報復者

作者:坂本ピエロギ

『オオオ……オオオオオ……』
 雨降る夜の無人島に、不吉な唸り声が轟く。
 声の主は、鮮血にも似た紅蓮のローブを纏い、全身がどす黒い鱗に覆われたドラゴニアンの青年だった。怨念、飢餓、妄執、殺意――あらゆる負の感情を凝縮した双眸の光は、彼の身を焦がすように燃える焔雷よりもなお紅く、昏い。
『オオオオオ……!』
 眠りから醒めた彼が見据える彼方には、高層ビルの林立する巨大都市があった。
 巨腕の鉤爪をナイフのようにぎらつかせ、都市の光を目指して青年は一歩を踏み出す。
 あそこには壊すものがある。ならば、すべきことは1つしかない。
『怨、憎、恨! 死、殺、滅!!』
 青年は知らない。そこに生きる人々が彼の帰りを待っていることを。
 青年は気づかない。その地が彼にとって守るべき場所であることを。
 彼はかつての記憶と理性を失い、本能の命ずるままに暴れ狂うデウスエクスのごとき存在と化した、一人のケルベロス。
 名を、狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)という。

「緊急依頼だ。狼炎・ジグの消息が掴めた」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は、集合したケルベロスを見回すと、作戦の説明を開始した。
「ジグは星戦型ダモクレスとの戦闘で暴走した後、地球へ漂着していたようだ。お前たちは至急、ジグの救出に向かってほしい」
 現在、ジグは東京湾に浮かぶ無人島で、静かに体力を回復している。
 暴走の影響でケルベロスとしての記憶や理性は完全に失われており、完全に目覚めれば周囲に甚大な災害をもたらすことは想像に難くない。そうなる前に、ジグを暴走状態から救い出すこと――それが今回の作戦目標だ。
「ジグは全身が鱗に覆われ、鮮血色のローブを纏った姿をしている。肥大化した巨大腕と、全身から噴き出す雷炎のグラビティは、守りに優れるケルベロスでも脅威となろう。激戦が予想される故、万全の準備で臨んでもらいたい」
 次に王子は、暴走を弱体化させる方法について述べた。
 ケルベロスの暴走を解除するには、戦って撃破する以外の方法は存在しない。真正面からの戦闘でこれを達成することも可能だが、特定の条件を満たすことができれば、暴走の力を大幅に弱めることが可能なのだという。
 王子いわく、ジグの弱体化条件は2つある。
「ひとつは『ジグの鱗を破壊すること』。とくに高密度のグラビティが集中する両腕と尻尾のそれを破壊することだ。ただし特定の部位を狙う攻撃はスナイパーにしか行えぬ。陣形の編成には十分注意するのだぞ」
 もうひとつは『一定回数、ジグのドレイン攻撃を成功させること』。
 ジグの鉤爪には生命力を吸収する効果があり、許容範囲を超える量を吸収することで誘爆を引き起こす。「イドの渇暴」と称されるこの攻撃グラビティは、リーチこそ短いが強烈な火力を誇っており、大きな脅威となるだろう。
 その他にも、治癒阻害をもたらす雷炎の拳打や、追撃性能を有する急降下攻撃など、非常に危険なグラビティを息つく間もなく繰り出してくる。一撃の火力が極めて高い反面、回復用のグラビティは有していない。
「弱体化を狙う場合は、条件の片方を満たせれば十分だ。無論、弱体化を狙わず戦闘を行ってくれても構わぬ。どのようにジグを救出するか、十分に話し合って決めて欲しい」
 そうして王子はヘリオンの乗入口を開放すると、ケルベロスに搭乗を促した。
 全ての決着まで、あと僅か。
 戦いが終わった先の世界を、皆で生きていく為にも――。
「さあ、ジグを迎えに行こうではないか!」


参加者
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
風音・和奈(前が見えなくても・e13744)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
青沢・屏(光運の刻時銃士・e64449)
シーリン・デミュールギア(断罪天使・e84504)
ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)

■リプレイ

●一
 狂える獣が、無人島の夜空に吠えた。
 ナイフめいた歯列の並んだ口。禍々しいグラビティが輝く両腕と尻尾。
 鮮血色に染まったローブの下、異形の姿へと変貌を遂げた狼炎・ジグであった。
『オオオ……オオオオオ……』
 魂焦がす衝動に突き動かされ、ジグは島の向こう――夜景きらめく摩天楼を凝視する。
 破壊。塵殺。覆滅。目に映るものは、すべて灰燼に帰さねばならない。
 暴走によって行き場を失った破壊衝動は、ケルベロスとしての理性や記憶を失ってもなおジグを束縛しつづけているのだった。
『オオオオオオオオッ!!』
 咆哮に込もるのは苦悶か、はたまた歓喜だろうか。
 怨念を宿した双眸を爛々と輝かせ、ジグが一歩を踏み出した、その刹那である。
「狼炎、貴君の忘れ物を届けに来たぞ!」
 幾つもの人影が行く手を塞いだかと思うと、先頭の一人が射出したライティングボールで一斉に戦場を照らす。セントールの自由騎士、ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)であった。
「今、この機会に感謝を。貴君の身に土を付ける事を許したまえよ!」
 戦の始まりを告げるように、高らかに蹄を鳴らしてローゼスが告げる。
 その横に躍り出るのは風音・和奈(前が見えなくても・e13744)。ローゼスやジグと共に、月面遺跡の作戦に参加した一人だ。
「今日こそ終わらせる。あの日の戦いを!」
『ググ……オオオオオ……!』
 見知った顔を前にしても、依然としてジグに変化はない。
 恐らくは、和奈たちを排除すべき存在と認識したのだろう。敵意を募らせた形相で両腕の鉤爪をかざすジグの姿に、シーリン・デミュールギア(断罪天使・e84504)は容赦なき怒りの視線を投げつけることで応じた。
「まあ随分と酷い様ね……見るに絶えないわ……」
 シーリンはジェットパック・デバイスで宙に留まり、ブラックスライムを装着。
 辛辣な舌鋒と共に、捕食形態へ変形したスライムをジグに突きつける。
「元に戻ったら……ぶん殴ってやるから……覚悟なさい……」
 シーリンの言葉に反応するかのように、ジグは一際大きな咆哮を上げ、鉤爪を構える。
 一歩、二歩。じりじりと縮まる彼我の間合い。殺風景な無人島に漂う空気が、戦場のそれに変わりゆくのを感じながら、青沢・屏(光運の刻時銃士・e64449)はシーリンに告げた。
「フォローは引き受けます。シーリンさんは呼びかけを続けて下さい」
「分かった……感謝するわ……」
 視線をジグへと向けたまま、シーリンがそう返した。
 作戦に参加したケルベロスは十一名。その全員がジグ救出のために集まった者たちだ。
 後衛のホゥ・グラップバーンも準備を完了し、いつでも支援を行える状態にある。
「打ち合わせ通り、ホゥさんは回復に専念を頼みます」
「任せて下さい、屏さん!」
 オウガの拳をグッと握るホゥ。一方、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は、盾を務めるシャーマンズゴーストを元気づける。
「アロアロ。怪我した皆の回復をよろしくね」
 マヒナの声で心が落ち着いたのか、アロアロが身震いを止めて頷いた。
 ジグとの間合いが一触即発の距離まで縮まる中、片時も前から目をそらさないアロアロ。その視線には、主であるマヒナと同じように、ジグの身を案じる色があった。
「帰る時は、全員一緒に。……頑張ろう、皆」
「ああ。必ず」
 副島・二郎(不屈の破片・e56537)は、負傷者の救助用にレスキュードローンを後方へ下げると、ジグに向かって静かに口を開いた。
「迎えに来た、狼炎。皆がお前を待っている」
「そうだよ。帰る時は一緒だから!」
 そうして語り掛けを終えると、二郎とマヒナは表情を戦士のそれへと切り替える。
 声が届かぬことは承知の上。これは戦いの前に示す、いわば決意の表れだった。
「気をつけて下さい。――来ます」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)の警告と同時、赤黒い雷炎が戦場を切り裂く。容赦も慈悲も一切ない。触れるすべてを消し飛ばすようなグラビティを身に帯びて、ジグは呪いの咆哮を戦場に轟かせた。
『怨、憎、恨! 死、殺、滅!!』
「さあ始めましょうか。手加減なしですよ!」
 同時、地を蹴って突撃してくるジグを、ふたつの砲門が捉えた。
 ひとつはミリムが構えた『終末竜咆鎚』。ひとつは相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)が構えた『竜鳴』である。
「まずはその足、止めてあげます!」
「そういうことだ。おい、始めるぞ」
 竜人の言葉に、前衛のテレビウム『マンデリン』がぴょんと飛び跳ねる。
 そうして竜人は、迫るジグを竜鳴の射程に収めながら不敵に笑ってみせた。
「ケルベロスってお人よし集団に目ぇ付けられちまったのが運の尽きよ。だから……」
 ――観念して、さっさと戻って来いよ。
 夜空の下、炸裂する竜砲弾が戦闘開始を告げる。

●二
 競い合うように響く咆哮と砲撃が、波となって戦場の空気を叩く。
 ケルベロスの後衛めがけジグが仕掛けた。雷炎を帯びた拳を掲げ、一直線に突進してくる姿は破城槌のごとく。
 応じるように、竜人とミリムが同時に動いた。
「ゴッドサイトの狙いから、逃げられると思うなよ」
「鬱陶しくとも、ご勘弁を!」
 折り重なって響く轟竜砲の砲撃が、一際激しさを増した。
 竜鳴と終末竜咆鎚、ともに竜の咆哮を冠したドラゴニックハンマーが、景気よく竜砲弾を発射し、ジグの進路を塞ぐように炸裂する。対するジグは両腕で顔面を庇ってなおも突進。下がる選択など、端から存在しないようだ。
 だが――それこそまさに、ケルベロスの望んだ展開でもあった。
「鱗が丸見えですよ、っと!」
「こいつもやるよ、食らっとけ!」
 ミリムと竜人の砲弾が、真正面に晒された腕部の前で炸裂。
 強化ゴーグル型デバイスを装着した二人の砲撃は、針のように小さな部位さえ捉える精緻な攻撃となって、ジグの腕へと直撃。砲弾の破片を浴びた鱗が、グラビティの凝縮した腕部から派手に吹き飛んでいく。
『グオオオオオオッ!』
 だが、ジグの勢いはなおも衰えない。
 砲撃の嵐を強引に突き抜けると、そのままケルベロスの隊列めがけて突き進む。狙うのは癒し手、オウガ粒子の散布態勢を取る二郎だった。突進、加速、跳躍。速度と体重を込めて振り下ろす拳が、ぶんと振り下ろされ――突如、弾かれる。
 横合いから盾役の一人が割り込んだのだ。和奈だった。
「狙うならアタシを狙えっ!」
 決死の叫びをかき消すように、猛烈な拳打が和奈を襲う。
 並の相手なら瞬時に粉砕を免れぬ猛攻が、横から上から正面から、怒涛のように。そして一呼吸の後、ジグが繰り出した渾身の一撃を、しかし和奈は拳で弾き返した。ただの拳ではない。オウガメタルのクウで覆った、頑強にして強力な強打である。
「伝えたい事も、話したい事も、いっぱいあるけど……今は全力で、止めるっ!!」
 そうして始まったのは、和奈の猛烈な反撃だ。
 『降竜烈斬爪』――さながら竜の爪と化したクウが、一振りでジグのガードをこじ開け、その鉤爪を打ち砕いた。一方のジグも、自らの負傷に戦意を昂らせたように、更なる苛烈な猛攻をもって暴れ続ける。
 急降下からの突撃。雷炎の拳打。凄まじい火力を誇るグラビティの嵐が地面を抉り、木を薙ぎ倒し、戦場の地形をでたらめな形に変えていく。そんな猛攻に、ローゼスは得物の剣で守護星座を描きながら、一歩も退かずに仲間を護り続けた。
「皆を守る盾として、倒れる訳には行かぬ!」
 月の戦いでジグが示した覚悟に応えるように、ローゼスは一歩も退かない。
 ローゼスだけではない。和奈はもちろん、アロアロとマンデリンもまた、負傷した仲間を癒しながら、傷だらけの体で前線に立ち続ける。その後方では二郎がメタリックバーストを発動、後衛の身体能力を強化していく。
「狼炎、お前の覚悟を否定はしない。だが――」
 訥々とした語り口で、二郎は言う。
 二郎にとってジグは任務仲間の一人だ。いつも最前線に立ち、強力なデウスエクス相手に一歩も退かずに戦い続けた戦友――そんな相手に二郎が向ける言葉は、どこまでもシンプルで力強いものだった。
「狼炎。俺も、ここに集まった者も、お前が潰える事をよしとはしない」
「そういう事です。悲劇で終わるなんて、私は嫌ですよ!」
 惨殺ナイフを構えた屏が、必殺の一閃をジグへと放つ。冷気を帯びた刃は、達人の一撃となってジグの脇腹を裂き、厚い氷で傷口を侵食し始めた。そこへ二の矢を番えて襲い掛かるのは、ジェットパックで加速するシーリンだ。
「こっちよ……余所見するな……」
 捕食モードに変形したブラックスライムを構え、迫るシーリン。
 その背中を押すように、サポート役の玉榮・陣内がヒーリングパピヨンで、霧城・ちさがメタリックバーストで、彼女の命中を強化していく。最前線で戦う仲間たちにも劣らない、ジグ救出の成功を祈りながら。
「片腕引きちぎってでも引きずり戻すわ……覚悟しろ……」
 レゾナンスグリードの一撃が、ジグを捉えた。
 漆黒の粘液に捕縛されて、肉体の自由を奪われるジグ。そこへミリムと竜人は息の合った連携攻撃を加えていく。
「ジグさん、私たちは勝ちました。もう『敵』はいないのですよ!」
「俺にとってお前は戦友の一人だ。そんな奴の不幸は見たくないんでね」
『グ……グググ……!』
 拘束を解こうとしてか、あるいは二人の言葉に反応したのか――ブラックスライムに爪を突き立てたジグの動きが僅かに鈍る。そうして訪れた好機を、マヒナのプラズムキャノンは逃さなかった。
「頑張って、ジグ。もう少しの辛抱だよ!」
 そんな祈りを込めて発射した圧縮霊弾は寸分たがわずジグの腕へと命中し、残った鱗を跡形もなく吹き飛ばした。砕け散った鱗片がグラビティの輝きを残して消滅する中、ジグが上げる苦悶の呻きに、マヒナの心は傷んだ。
「ごめんね。苦しいよね。でも……」
 決意を秘めたマヒナの攻撃は、一切ゆるむ事はない。狙いをジグの尾へと切り替え、他の仲間に遅れじとグラビティを練り上げていく。
「デウスエクスの侵略がない平和な世界に、ジグもいて欲しいから!」
 帰る時は、皆で一緒に。
 その思いを胸に、マヒナと仲間たちは攻撃を続行するのだった。

●三
 戦闘は、更に熾烈なものとなった。
 ジグの猛攻は未だ衰える事を知らない。対するケルベロスは、そんな烈火のごとき攻撃を懸命に凌ぎながら、勝利への布石を着実に敷いていく。
 攻め、守り、癒し、凌ぐ。そうして永劫に思える数分間の後、反攻の準備は完了した。
「さあ、行きましょう」
 愛用のリボルバー銃を構えて言う屏に、その場の全員が頷きを返す。
 屏を始め、無傷の者は一人もおらず、すでに全員が傷だらけ。
 しかし彼らの中に、敗北を予感する者は一人としていない。共に力を合わせ、時には涙を流し、どんな強敵にも一歩だって退かず――そうして戦って戦って戦い抜いて、ケルベロスは平和を掴み取ったのだから。
「支援は任せろ。存分に戦って来い」
 オウガ粒子の散布準備を完了し、二郎が言う。
「手柄を得た者が誇らねば、勝利には片手落ちというもの。帰還した暁には、最上の美酒で祝杯を上げましょう」
 大盾グレーターウォールを構え、ローゼスが頷く。
「決着はついた……報復も終わった……後は戻って来るだけよ……」
 ジェットパックの出力を最大に、シーリンが突撃態勢を取る。
 ジグもまた傷だらけの腕に力を込めた。ぎらつく眼光が11名の視線と交錯する。
 眼を逸らす者は、いない。
 そして――。
「永遠なる時間の流れに潜伏している災厄よ、この私の呼びかけに答えよ――」
 愛銃のトリガーを、今、屏が引き絞る。
「目の前の敵を喰らう! ディザスタァ・バスター!」
 災厄を帯びた弾丸『災厄増幅弾』、その一射が一斉攻撃の嚆矢となった。
 同時にジグが突撃。生命啜る鉤爪を掲げ、狙うは前衛だ。屏の弾丸のジグザグ効果に爪を割られ、服を吹き飛ばされても、加速の勢いは止まらない。
「受け止めてみせよう、狼炎。貴君の死に場所は此処に非ず!」
 ローゼスの小型治療無人機が護りについたその刹那、ジグの鉤爪が薙ぎ払われた。
 すぐさまシーリンの間に割り込み、和奈が肉の盾となる。
「アタシが不甲斐なくって、ジグさんに無理させちゃって……」
 唇を噛み締め、和奈は渾身のシャウトを飛ばした。
 戦闘開始から全力で攻撃を防ぎ続けた彼女の体は、どこもかしこも血だらけだ。
 純白の片翼は赤く染まり、デバイスの機械腕からは火花が散って、もはや立っているのが不思議なほどのダメージ。だがそれでも、和奈は下がらない。下がる訳には行かない。ジグに託された勝利を果たした事を、この口で伝えるまでは。
「アタシたち、勝ったよ。けど……ジグさんが戻ってこない勝利に意味なんてない!」
「ねえジグ、覚えてる? ケルベロスハロウィンの依頼のこと」
 マヒナは追尾の矢を番えながら、ジグへ語り掛ける。
 2年前、一緒にドリームイーターと戦ったハロウィンの任務。
 その時の思い出が、いまも色褪せずマヒナの心に在り続けていることを。
「皆でやったミュージカル、すごく楽しかった! 助けたい理由なんて、それだけで充分。ワタシたちは仲間なんだから!」
「俺たちは諦めも、切り捨てもせん。決して。だから戻って来い、狼炎」
 二郎のオウガ粒子が、銀色の輝きを帯びて後衛を包み込んだ。
 同時、発射されたホーミングアローが流星のような軌跡を描き、ジグの尾を貫く。
 残る鱗はあと僅か。ミリムはすぐさま竜人に合図を飛ばすと、一気に攻撃を仕掛けた。
「ジグさん。皆で掴んだ平和に、貴方もどっぷり浸かって貰いますよ」
「嫌だと言っても力ずくで連れ戻すぜ。俺たちはそのためにここに来てんだ」
『ググ……う……オオオオオ!!』
 屏、和奈、ローゼス、二郎、マヒナ。そしてミリムと竜人。
 ケルベロスたちが語り掛ける中、ジグの瞳には僅かな理性が戻り始めていた。
 決着が近いようだ。竜人は後続のミリムと息を合わせると、エアシューズで地を滑る。
 狙うは一つ、高密度のグラビティが集まる鱗だ。そこさえ破壊すればジグは力を失う。
「ミリム、俺が止める。決めてやりな」
「ええ、行きましょう相馬さん! せーの……!」
 二人が同時に地を蹴った。
 先鋒を務める竜人が一気に肉薄し、スターゲイザーでジグの足を蹴り飛ばす。
 直撃を浴び転倒するジグ。ガードが開いた彼の周囲が、ふいに暗く陰る。
『……!?』
「いっけえええええぇぇっ!」
 見上げた先には、ドラゴニック・パワーの噴射で加速したミリムの影があった。
 終末竜咆鎚で雄叫びめいた噴射音を轟かせ突撃。力と速度と決意と、持てる全てを込めて振り下ろしたドラゴニックスマッシュは、最後の鱗を跡形もなく粉砕し――そうしてジグが力を失い始めると同時、ミリムは幕引きを担う仲間へ合図を送る。
「シーリンさん、今です!」
「了解よ……任せて……」
 シーリンは頷きをひとつ、ジェットパックで加速していく。
 手に握るのは殲血魔掃剣・No,04【ガミュギュン】。幾多のデウスエクスを切り裂いてきた惨殺ナイフが、いまジグを捉えた。
「多くを語るのは柄じゃ無いでしょ……? だから……」
 だから。
「一緒に帰るわよ、ジグ……!」
 超高速で繰り出す『女神骸殺・断罪天使』が、斬閃の檻となってジグを包む。
 標的を那由他に刻む閃光が、炎を、雷を、欠片さえ残さず消し去っていく。
 そうして刃が鞘に収まると同時、
「悪ぃ。手間、かけさせちまって……」
 解放されたジグはその一言を絞り出し、崩れ落ちる。
 再び訪れる静寂。ケルベロスはすぐさま刃を収め、ジグへと駆け寄っていった。

●四
 仲間たちの介抱の甲斐あって、ジグはすぐに意識を取り戻した。
「すまねぇ。色々とその、何だ……」
「いいの。終わり良ければすべて良し、だよ」
 ジグにヒールを施しながら、和奈が微笑む。
 重傷者も暴走者もなし。彼女の月面遺跡の戦いは、ここで終わりを迎えた。
 それはジグにとっても同様だ。彼は立ち上がると仲間へ礼を述べていく。和奈、ミリム、二郎、そしてシーリン――。
「無事で何よりよ、ジグ……これで安心してぶん殴れるわ……」
「お、おいシーリン、ちょっと待て!」
「よくも心配させたわね……大丈夫、一発で我慢してあげるから……」
 そうしてひとしきり笑い合った後、ケルベロスは帰還の準備を終える。
 戦いの日々は終わった。これからは新たな未来が、彼らを待っていることだろう。
「平和……か」
 ローゼスは最後に戦場を振り返り、呟きを漏らした。
 目の前に広がる世界に、軍人としての居場所はいずれ無くなる。
 その時、自分は、ジグは、仲間たちは、どんな人生を歩んで行くのか。
 未知なる世界を前に、恐れと高揚が同居する心に、ふとローゼスは可笑しさを覚えた。
(「これではまるで新兵ですね……しかし、悪くない」)
 進む先に何が待とうと、セントールの蹄で駆け抜けるのみ。
 そうして切り開いた未来に何が待つのか、それは誰にも分からない。
 ただ一つ明らかなのは、戦乱の時代が終わりを迎えたという事実だけだ。
「任務完了。これより帰投する」
 夜空の向こうから聞こえるヘリオンの飛翔音。
 戦士たちの帰還を祝福するように、摩天楼が明々と夜闇を照らしていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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