黒豹は雨の夜を往く

作者:寅杜柳

●仔竜と傷だらけの黒豹
 深夜、雨降る中を巨大な黒豹が山野を駆けていく。
 夜闇に溶け込み雑に木々を吹き飛ばして進む黒豹は傷だらけ。だが自身の負傷すら構わず何かに駆り立てられているような黒豹は走る。
 その獣の背には、一匹の箱竜。属性をインストールして黒豹の負った傷を僅かづつ癒しす紫の竜は、何故このような状況になっているのか分からないかのように時折不安げに周囲へと視線を向けて、それでも分からないから小柄な全身でぎゅっとしとど濡れた黒い毛並みにしがみついていた。
 夜は深く先行きも見えぬが、この獣にそんな事を悩むような理性も道理も存在していない。
 あるのは誰かを守り、癒さねばならぬという暴走した意志。
 癒月・和(繋ぎ止める為の爪・e05458)という名のケルベロスでもある黒豹は、大切なりかーと共に癒し看護すべき相手を求めるかのように無明の雨の森を彷徨っていた。

「皆、ちょっとばかり力を貸してほしい。先日の戦いで暴走して行方不明になっていた癒月・和の足取りが掴めた!」
 ダモクレスとの決戦控える深夜のヘリポートに、雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)の声が響く。
「暗夜の宝石の遺跡での迎撃戦で暴走して遺跡から飛び出した彼女なんだが、どうやらその力で地球へと戻ってきたみたいなんだ。その時の衝撃で僅かに残っていたケルベロスとしての意識や知性が消えて、今は衝動のままに山奥深くを走り回っている。このまま放置していれば何かの拍子で人里に迷い込んでその過剰な力で取り返しのつかない事になりかねない」
 そう説明した知香はケルベロス達に要請する。
「これから全速でヘリオンを飛ばすから、どうにか彼女を止めて救出してほしい。こんな大変な時期だけど……頼む」
 そして知香はノートを広げ、手早く予知で得られた情報を書き込んでいく。
「今の和は黒豹の姿になっていて非常に素早い。攻撃手段としては魔力を使って弓や鎖を生み出して攻撃してくるようで、あとは電磁波を利用した感知能力に優れているようだ。現地は到着するタイミングだと明け方で弱い雨が降っている。雨で感知能力も幾分かは攪乱されているようだけど、戦場の範囲なら十分に把握できるだろうから注意が必要だろうね。そして負傷者を優先して攻撃してくるんだけど……何というか、傷つけるためじゃなくて気絶させたりして動きを止めようとしてくるみたいだ。まるで絶対安静にしてなさい、とでも言っているかのようにね」
 恐らくそれは和自身の信念――本能じみた執着に根差す行動なのだろうと、推測を知香は述べる。
「その影響か、最初から攻撃はしてくるけども攻撃のタイミングで負傷者がいない状態が続けばだんだん大人しく……攻撃の威力が落ちてくるみたいだ。大人しくなっても一度倒さなければ元の和には戻らないし、攻撃されたならやり返してはくるようだけどね。ただ、あまりに負傷者がいない時間が続くと癒すべき相手、もしくは倒すべきデウスエクスを探しに移動しようとする可能性もあるから適当に傷ついた姿を見せたりしつつ注意を惹き続ける必要があるだろうね。他に注意を惹く方法といえば……好物とか? 油揚げが好きらしいけども効果あるかはちょっとわからないね」
 そしてもう一つ注意する事がある、と知香はノートを捲りながら付け加える。
「和のサーヴァントであるボクスドラゴンのりかー、あの仔も和に寄り添うようにいるみたいで、現状に戸惑いながらも和の傷を癒し続けているみたいなんだ。もしりかーを傷つけたり倒したりしてしまうと和が激怒してこちらを本気で攻撃してくるようになるからそれは避けた方がいいだろう。それに、りかーにどうにか現状を伝えて助けに来たと分かって貰う事ができれば救出の手助けをしてくれる……と予知はされてる」
 そして知香はノートを閉じ、説明を終えてケルベロス達の顔を見た。
「仲間達と遺跡を守る為に暴走した和は今、己を顧みず他人を救う事しか考えていない危険な状態だ。暴走した意志でその過剰な力を振るえば、誰かを守ったり癒す為であっても傷つけてしまう可能性の方が高い。……そうなる前に、力づくで和を止めて正気に戻してやってほしい。大変な時期だけど皆ならできると、そう信じている」
 白熊の女は信頼に満ちた目でケルベロス達を見、そして笑いかける。
「それじゃ、大切な仲間を助けに行こうじゃないか!」


参加者
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
月岡・ユア(皓月・e33389)
栗山・理弥(ケルベロス浜松大使・e35298)
黒澤・薊(動き出す心・e64049)
柄倉・清春(ポインセチアの夜に祝福を・e85251)

■リプレイ

●雨の森にて
 雲はまだ日を隠す位に厚く、小雨降る夜明け前。
 濡れた黒の毛並は艶やかに、その背の箱竜は濡らさぬように翼の下に隠しながら傷だらけの黒豹は森を疾走していた。
 そしてやや拓けた場所で停止。空を見上げると、枝の隙間を縫うようにして八つの影が降下してきた。
 警戒態勢の黒豹に、最初に言葉を紡いだのは瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)。
「和さんを助けにきたよ」
 黒い翼猫のねこさんと共にちらりと黒豹の背の見慣れた箱竜に安心させるよう視線を向ける。
 不慣れな頃に色々助けてくれた和、今度は自分が助け連れ帰るために。
 更に黒髪のビハインド『ユエ』と共に月岡・ユア(皓月・e33389)と黒澤・薊(動き出す心・e64049)もうずまきの傍に降下。
「和さん! りかー!」
「りかー! もう大丈夫だよっ」
 呼びかけられてぴくりとりかーが反応するが、黒豹は箱竜を翼で遮るように隠す。
(「まさか和さんが暴走したなんて……」)
 それは彼女のよく知る和からは想像できない反応、僅かな戸惑いと共に和の挙動を見逃さぬよう集中する。
 そして傷だらけの和の姿をリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は痛々しく思う。
(「いつも一人で抱え込んで頑張り過ぎてしまうのだから……」)
 そんな彼女と同じように考えているのか、頭上の箱竜の響も悲しそうだ。
 そんな緊張状態の中、ソニア・コーンフィールド(en0301)、そして七人のケルベロスが黒豹を包囲するように降下してくる。
「月並みな言葉しか言えないがな。『迎えに来た』ぞ、和」
「お迎えにあがりましたよ」
 マルティナ・ブラチフォード(e00462)が軍人らしく、レフィナード・ルナティーク(e39365)は信頼故の普段通りの穏やかさで黒豹に呼びかける。
 そして立花・雪菜(e01891)は静かに想う。
 ――このまま貴女をここにいさせたりはしない、と。
 普段しまっている竜の銀翼を広げヒエル・ホノラルム(e27518)も降下してきて、
「元気に『行ってきます!』と言ったからには帰還の報告も元気にしてもらわねばな」
 月面に向かう前の遣り取りを引き合いに出したが、包囲された黒豹の警戒心は変わらぬようだ。
「……終わりだと解らせねェとな?」
 拳を打ち合わせて燃え上がる黒焔の縛霊手を纏いしディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)の戯れのような、けれど真剣さの混じる言葉。
 そんな彼の後方、テレビウムの黒電波の後方より柄倉・清春(ポインセチアの夜に祝福を・e85251)は強化ゴーグル越しに黒豹を見ている。
 いつものチャラい気配を抑えた彼は和と月の遺跡で共に戦った一人、故に彼女の目を覚まさせて言葉を伝える為にこの戦場へやって来ている。
 彼と同じく共に付きで戦っていた伏見・万(万獣の檻・e02075)の表情は苦々しい。違和感があるのか、自身の頬に手を当てちらりと赤髪の少女に視線を向ける。
「んうー。家主にきあいいれただけだ、もーん」
 ぷいっと顔を逸らす彼女は伏見・勇名(e00099)。ここに来るまで一悶着あったが、それは気にせず黒豹の方に意識を戻す。
(「……ちッ。おめェにゃ似合わねェ……ってのは失礼か」)
 暴走してまで守り抜く、そんな損な役回りは自分に押し付けてしまえば良かったなどと万は考えてしまう。
 そして彼と同じようなことを栗山・理弥(ケルベロス浜松大使・e35298)も考えていた。
 あの戦いの後半、和に守られていた彼の後悔は特に強い。
 けれど、その思考は彼女の決意に泥を塗るような行為である事もわかっている。
 彼女はまだ生きていて、取り戻す事ができる。
「あの時の借りを返しにきたぜ!」
 今度は失敗しないと、落とし前をつけると決意を込め理弥と万は力強く叫ぶ。
「連れ戻して、もう少し皆を頼ってくれってお説教だな!」
 そう叫んだリーズレットは肩に乗せたハムスターを杖に変えると、応ずるように黒豹が背に弓を具現化。
 そして和を取り戻すための戦いが始まった。

●見知らぬ主、見知った人
 霧雨降る中、ケルベロス達と暴走した和の激戦が繰り広げられる。
 構築した弓より放たれた雷撃の矢が薊を狙うが、それを割り込んだユアが魂裂鬼で防ぐ。
「支援するね!」
 ソニアと勇名、ディオニクスが蝶と銀の粒子をユアの周囲に広げ治療。活性化した感覚に従い跳躍したユアと同時に闇に紛れ清春と薊も跳躍。
「逃げちゃ、めっ! だよ」
「おっと、ここは通行止めだ」
 呼吸を合わせ連撃で降り注ぐ流星の飛び蹴りは回避しきれず、うち二つの蹴撃が黒豹の頭部に突き刺さる。
 しかし黒豹の背に乗ったりかーが即座に和を属性をインストールし呪縛を祓った。
 その間にうずまきと翼猫達が星の輝きを宿した柱群と清らかな羽ばたきで耐性を高める。
 そして理弥がジェットパッカーの加速を乗せて光剣を振るうが黒豹はそれを跳躍して距離を取り回避。
「あの時庇ってくれたおかげで俺はこの通りピンピンしてるぜ!」
 様子を伺う和に理弥は万全である事を示すが、黒豹は低く唸り眼前に白鎖が無数に出現させ、遠くの敵達を縛らんとする。
 だがその鎖を一本でもその身で代わりに受けるように飛び込んだ万、そして護り手達が阻み、黒薔薇の攻性植物に実りし黄金の果実の輝きにより拘束から解放される。
 それを助けるように玉榮・陣内(e05753)の翼猫が羽ばたき清浄な風を送り、更にひと鳴きすれば蒼の羽根が黒豹の弓を覆い攻撃の力を弱める。
 帰りを待つ人がいる、そんな和を救出し再会を助ける為に陣内は尽力するつもりだ。
 更に霧城・ちさ(e18388)の矢により破剣の加護を受けた薊は加護砕きの力と空の霊力纏いし刀で黒の毛並と宿った耐性を斬り裂けば、斬られた黒豹は即座に距離を取る。
 まるで本気の殺し合いはしたくないかのように。
 ――それとも。
「怪我人は大人しくしてろって? ……こっちのセリフだっての」
 黒豹自身も傷だらけ、りかーの治療も追いついていない姿は痛々しい。
 獣の幻影より万が形作りし禍竜の顎が喰らいつかんとするが、それは空を切る。
 だがその逃げた先には清春、彼が纏う灰色の血液がぶわりと広がり黒豹を捕食する。
 しかし黒豹はその薄い部分を突っ切り強烈な反撃の雷矢を放つ。それを割り込んだ黒電波が受け止めて自身への応援動画を流し、重ねて青と紫の光を混ぜ合わせたような気の塊と響の属性インストールが治療する。
 りかーの治療を受けつつ黒豹は包囲を攪乱せんと疾駆する。
 夜の森に溶け込むような黒豹に理弥と薊が礫と弾丸を放つが上手く当たらない。
 速度に優れる黒豹への呪縛を重ねる事は確かに効果的だが、主を治療し呪縛を解除し続ける癒し手のりかーが厄介だ。
 ――仮に、箱竜を撃破して黒豹を怒り狂わせその矛先を此方に向けさせれば呪縛の解除や逃走の恐れなく戦えたかもしれない。
 しかしそれを選ぶ者はこの場にはいない。皆で帰還するのだと、全員が強く思っているのだから。
 うずまきの精神集中による爆発、だが黒豹は直前に反応し直撃を避ける。
「さァ、俺のブレイズクラッシュが火を吹くぜ」
 しかしそこに飛び込んだディオニクスが黒焔の縛霊手で殴り飛ばす。その衝撃で黒豹と別の方向にりかーはぽーんと弾かれ、ユアが翼広げ抱えるように空中で受け止める。
 即座に駆けよろうとする黒豹をユエとうずまきが割込み金縛りと星々の輝き宿す鋼拳で阻む。
「一人で頑張らないで……」
 ボク達も、と言いかけるが、黒豹は聞く耳持たずに軽く後方に跳躍し、彼女の防御を先読みしたかのように精密な矢を放つ。
 それを絶対に和を救うと冷静に戦況を俯瞰していたヒエルが飛び込み受け切って。
「りかー!」
「落ち着け俺だ」
「お前まで暴走したって訳じゃ無ェだろ?」
 ユアと万、そして穏やかなディオニクスの声を受けりかーもようやく落ち着きを取り戻す。
 万がちらりと黒豹の方を見る。りかーを取り戻さんと突破を狙う黒豹を長くは留める事は出来ないだろう。
「彼女が傷つくのが嫌なのはわかる。だが、このままでは彼女を失ってしまう」
 失う、というマルティナの言葉にりかーはびくっと反応するが、私もそんなのは御免だと言葉を続け首を振る。
 かつてと今、立場は逆。助けて貰った恩に報いる為に彼女は箱竜に語り掛ける。
「ご主人が心配か……それはこいつらだって同じだよ」
 もちオレもな、と清春が続ける。
「人を治してばっかで自分が倒れちまったら世話ねーかんなぁ」
 己を顧みず抑え込まれている黒豹をちらりと見て、りかーに語り掛ける清春。
「俺たちは和さんを傷つけたいわけじゃない、助けに来たんだ」
 そして理弥はりかーに真摯な意志を伝えて。
「ちゃんと助けてあげるから心配しないでね」
 万と入れ替わりに駆け寄ってきたうずまきが優しく言い、
「ねこさんや響とまた一緒に遊ぼう!」
 うずまきの言葉に合わせ、響も身振り手振り鳴き声で懸命に説得してくれている。
「伝えたいことは全部、まずは目を覚まさせてからだろ」
「……このままだと和さんの命が危ない。君の力が必要なんだ」
 和を助けたい、清春に続けた薊の本心からの想い。
「心配する事はないんだよ、一緒に和さんを連れて帰ろう」
「りかーにとっては少し辛いかもしれないけど……お願いだ、力を貸してくれ!」
 ユアとリーズレット、そしてこの場のケルベロス達の願いにりかーはこくりと頷く。
「おいで、フルもっふの刑にしてやるよ」
 そしてディオニクスが手を差し出してきて、飛びついたりかーはわしゃわしゃと全身をかき混ぜるように撫で回される。
「不安だったなァりかー。もう大丈夫だぞ。なごさん正気に戻して帰ろうな」
 慣れたそのスキンシップに安堵したりかーが軽く鳴いて、そしてその光景を黒豹はじっと見ていた。
 しかしすぐに万に強烈な雷矢を放って距離を取る。
 いつの間にか、雨は止んでいた。

●皆で帰る為に
 りかーの支援がなくなって、状況は一変する。
 鎖に絡めとられながらユエが黒豹の背後から飛び掛かるがそれは回避される。
「可愛い子を叩くのは主義に反するんだが……話を聞けねえならちょいと強めに行くぜ!」
 しかし黒狼の満月色の光球を受けた清春が飛び込み凍気を纏いし白銀の杭で痛烈な一撃を見舞う。
 一方で全ての攻撃を受け止めんばかりに集中して狙われている万を支えんと、回復手は全快させない程度に治療する。
「あとは和さんだけだ! 無事に帰るまでが依頼だろ、戻ってきてくれ!」
 加速を乗せた理弥が言葉と鋼拳を叩き付けるが、黒豹は止まらない。
 そこに飛び込んだ万がエネルギー噴射で加速させた竜槌で和の頭を打ち、更に陣内が空の霊力を纏わせた真実の細刃を振るい呪縛を一気に増幅。
 白鎖で反撃せんとする黒豹だが、しかしその時。
「おーい、準備できたぞー」
 そこには準備万端、香ばしい香り漂わせる七輪と油揚げ。黒焔の種火で炭火を起し、ほっこり焼き上げられた栃尾の油揚げに大根おろしと白出汁を添えて構えるディオニクス。
 小雨降りしきる中、七輪の火や場のセットは手の空いた癒し手で手分けして行っている。
 和の大好物を一杯に詰め込んだ弁当箱、更にそれぞれが持ち込んだ厚揚げと見間違う油揚げがいい香りを漂わせていて、醤油に加え塩までという念の入れよう。
 和は完全に停止してそれらをガン見している。
 その光景にユアが思わず拍手をして、
「りかー! いい事思いついたよ」
 不安げに主を見つめていたりかーに話を振る。
「一緒に油揚げ食べて、楽しくわいわいして……和さんを羨ましがらせちゃおう!」
 暴走中の和さえも気を惹くように、楽しく。
「よーし! 油揚げだー!」
 出会え出会えとリーズレットが便乗。
「なごさん、戻ってこないと食べれんぞ!」
「なごさん、こっち向いて」
 彼女に合わせ油揚げを取り出した勇名も呼びかける。
「帰ろう、和。一緒に」
 ここにいない友の想いも重ねるように、雪菜も油揚げを手に和を誘う。
 更に笑顔で油揚げを和に見せつけるようにしてユアが歌声を響かせる。
「全力で駆け抜けて!」
 初夏の夜明け前に響く爽やかな歌声はこれより訪れる真夏の青空のよう。その曲は和が応援してくれた思い出深い曲。
「今を楽しんじゃおうよ☆」
 ――もう、大丈夫だから!
 その歌に聞き入っているような和に、万が腕を大きく振り被って油揚げを和の口に捻じ込めば、黒豹の動きは完全に停止。
「覚えてる? リズ姉と葡萄を踏んだあの時の事」
 ねこさんがくるくる飛ぶ中、止まった和にうずまきが語り掛ける。
 リーズレットの友人という縁で知り合った二人、当時人見知りで打ち解けにくかったけど同じように仲良くしてくれた和。
「覚えてるぞ! 他にも、皆笑顔で美味しいもの食べてたよな?」
 三人で飲茶を楽しんだお出かけの記憶、それを思い返しながらリーズレットが言葉を紡ぐ。
「あの時は楽しかったよね♪ そうそう、ねこさん達が擬人化した設定で足湯に行くお話もしたよね♪」
 サーヴァント達が素敵な男の子――ねこさんだけはおじさまに、そんなお話をしたこともあった。
 他愛ない日常、共に歩んだ時間。すっかり油揚げを食べきった黒豹は静かに聞き入っている。
「響もりかーもねこさんも、いつの間にか仲良くなってて会議してるのを見て笑ったりしてたよな」
「リズ姉は響に『やれやれだぜ……』って態度とられてて怒ってたっけ」
「そうそう! ……だからさ、又皆で笑おうよ」
 また『傍らの温もり』を共に。リーズレットが切なる願いを告げる。
 けれど、黒豹はその総身からケルベロス達に白鎖を放った。
 だがそれには威力も精度もない。二つの真逆の意志がせめぎ合っているような、そんな姿。
 更に黒焔の縛霊手より巨大な光弾と竜槌の砲弾が命中、その光景をりかーも心配そうだが響やねこさん、他のサーヴァント達と共に見守る体勢になっている。
 降り注ぐ花弁のオーラに呪縛は解けて、攻撃後の隙に清春が遠間からグラビティの衝撃波を放つ。
「気まぐれハーブの悪戯teaさ、あれめっちゃ楽しかったんだわ」
 先日の超会議で和が旅団で行っていた企画――ホログラムのアルマジロや、賑やかなあの日の光景。
 聞きたくないとばかり、黒豹は背に構築した翼を広げ空へ逃れようとする。
 だがそれを読んでいた薊とうずまき、そしてオラトリオの翼広げたユアは木々を足場に既に上を取っている。
「――どこか行ってしまうのはなしですよ」
 薊のその言葉と共に二人が流星の蹴りと鋼拳を黒豹の背の翼に落とす。
 まだ恩を返していないのだから、絶対に取り戻す。強い意志乗せた連撃が黒豹の背に直撃し地へと墜落させ、
「一緒に帰ろう! そうして、美味しい物いっぱい食べようよ!」
 遅れてユアが魂裂鬼を黒豹の頭に真っ直ぐ振り落ろし、そこに星座の形に星と光を繋いでいた清春がオーラを放つ。
「人の笑顔を作れる奴がこんなところで向こうに行くなよ、帰る場所はこっちだろ?」
「全部一人で抱えてはだめですよ。あなたにはあなたのことを大切に思う人たちがいることを忘れないでください」
 今まで薊が和に感じてきたのは感謝しきれぬ程の恩、大切に想っている人は薊やこの場に居る人だけではないのだから。
 更にヒエルに集中の氣を撃ち込まれた理弥が一気に加速、
「痛いと思うけど堪忍してくれな!」
 噴射加速を乗せ振り抜いた竜槌は黒豹に見事直撃、大きく吹き飛ばされた黒豹は一際太い樹に叩き付けられる。
 その一撃を契機に黒豹の姿が見る見るうちに彼らのよく知る容へと戻っていった。

●いつもの日々へと
 元の姿に戻った和は傷こそあるけれども月の戦いで別れたあの時と同じ格好、けれど雨で濡れマジロ状態だ。
「うずまきさん!」
「うん! リズ姉とボクの力でばっちり回復して貰おう♪」
 リーズレットが手を叩きうずまきが指させば、くるくる踊る花火のような星のオーラと沢山のミニうずまき、鯖会議の三匹も手を取り合って楽しそうに彼女達の周囲を回っている。
 そしてふわりと朝の風が吹くと傷も痛みもはすっかり消え失せた。
「えーと……ありがとう、ただいま!」
 恐る恐る、けれど確かな和の言葉。
 それにマルティナはおかえりと返し、そこにユアが油揚げ片手に飛びついて、
「おかえりなさい! 油揚げあたーっく!」
「もぐっ!?」
「ほら、りかーも一緒に!」
 りかーもユアに促されえーいっと掛け声に合わせ次の油揚げを押し付ける。
 そんなよく見知った彼女の様子に万と清春、そして理弥も安堵する。
 そして薊はほっと一安心し、瞳がほんの少し潤む。
 ケルベロスであるから身近なひとの危機には何度も遭遇してきたが、その中でも一番怖かった。
 胸のちくちくする痛み、そして涙を薊はぎゅっと堪える。
 よく乾いたタオルをちさが差し出して濡れマジロの和を乾かせば、そっとかけられる上着と羽織。
「……お疲れサン。無理した罰として後で擽りの刑だな?」
「いつまでも店を閉めている訳にもいきませんからね」
 ディオニクスとレフィナードの言葉に和が苦笑すれば、そこに雲間から朝日が差し込み夜闇を払っていく。

 長い夜は終わり、朝が来た。
 和を取り戻した事を祝う油揚げの宴、その後にケルベロス達は帰るべき場所へと帰還したのであった。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。