怯えて生きるよりは戦って死にたい

作者:秋津透

 神奈川県横浜市、横浜港。午後。
 いったい何の用があったのか、埠頭近くの倉庫街をふらふら歩いていた日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)の背後から、若い女性の声がかかった。
「やっほー、蒼眞。おひさー」
「!?」
 振り返った蒼眞は、目を丸くして絶句する。そこに立っていた女性は、彼の好みの可愛らしい顔立ちをしておりスタイルも良かったが……身長が三メートル近くあった。ゲートを破壊され、今や地球に出現することはなくなったはずの、エインヘリアルだ。
「システィーナ……生きていたのか」
「ええ。でも、地球から出られなくなっちゃったから、もうすぐ死ぬわ」
 何の屈託もなさそうな口調で、エインヘリアルの女戦士『システィーナ』は告げる。
「明日死ぬか、来月死ぬか、一年後に死ぬか。いつ死が来るのか、びくびくしながら生きるより、ケルベロスに喧嘩売って戦って死ぬ方がいい。そういうわけで、相手してもらうわ」
「やめてくれ。無理に死に急がなくても、地球には楽しいことがいくらでもあるぜ?」
 うんざりした表情で蒼眞が告げると、システィーナはふふっと笑った。
「強い相手と生死を懸けて戦うより楽しいことなんかないわ。あんたが戦わないというなら、あんたを殺して別のケルベロスに喧嘩売るけど?」
「……しょーがねーな」
 不承不承、蒼眞は身構えた。

「緊急事態です! 日柳・蒼眞さんが地球に潜伏していたエインヘリアルの女戦士に襲われる、という予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「蒼眞さんは、横浜港の埠頭近くにいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。蒼眞さんを襲うエインヘリアル『システィーナ』は蒼眞さんと面識があるようですが、詳しいことはわかりません。見たところ武器は持っていないようですが、どうも巫術やバトルオーラの武器グラビティを使うような感じがします。ポジションは、おそらくキャスター。一対一で闘ったら、絶対に勝てないとまでは言いませんが、蒼眞さんの勝ち目は薄いでしょう……何より、システィーナが完全に蒼眞さんを殺す気なのに、蒼眞さんはできればシスティーナを殺したくないと思っているようなのが、致命的です」
 蒼眞さんが、種族を問わず女の子に甘いのは、今に始まったことではありませんが、と、康は小さく溜息をつく。
 そして康は、一同を見回して続ける。
「敵は完全に孤立しており、単体で、増援も呼ばず、逃走もしません。『ヘリオンデバイス』での支援も可能な限り行いますので、どうか蒼眞さんを助け、戦って死にたがっているエインヘリアルを望み通り死なせてやって、皆さんも無事に帰ってきてください」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は深々と頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
風音・和奈(前が見えなくても・e13744)
月白・鈴菜(月見草・e37082)
青沢・屏(光運の刻時銃士・e64449)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)
ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)
九田葉・礼(心の律動・e87556)

■リプレイ

●想いの交錯
「あんたが戦わないというなら、あんたを殺して別のケルベロスに喧嘩売るけど?」
「……しょーがねーな」
 エインヘリアルの女戦士『システィーナ』に告げられ、不承不承身構えた日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は、憮然とした表情を隠そうともせずに言い返す。
「言っておくが、俺は快楽殺人者でも戦闘狂でもない。デウスエクスを心底憎んていて殺したいってわけでもない。デウスエクスからすれば殺し屋だというのなら否定はしないけど、俺にとって益もないやりたくもない殺しをさせようってんなら、せめて相応の報酬位用意しやがれ」
「ふーん、蒼眞って、やりたくもない殺しでも、報酬があればやっちゃうんだ」
 ちょっと鼻白んだような声を出し『システィーナ』は口を尖らせる。
「でも、お生憎様。あたしたちエインヘリアルは、すべてを十二神殿要塞の建設につぎ込んで、挙句の果てにあんたたちケルベロスに一切合切分捕られちゃったからね。負けた以上は仕方ないけど、もう、報酬にできるものなんか何もないのよ」
「……そうか」
 ますます苦い表情になって、蒼眞は唸る。彼は一瞬『システィーナ』も、以前に邂逅したルイユ・ロビス同様、エインヘリアルの記憶操作を受けてるんじゃないかと疑ったのだが、考えてみれば記憶操作装置を備えていた『白羊宮ステュクス』は、今や万能戦艦ケルベロスブレイドの一ブロックとなっている。
 互いに種族の命運を懸けて大戦争をした以上、当然と言えば当然なのだが、ケルベロスはエインヘリアルから奪えるものはすべて奪った。敗者の『システィーナ』には、いずれ奪われると確定している生命以外、何もない。
「そういうわけで、報酬なしなのは誠に申し訳ありませんけど、あんたにとってはやりたくもない命懸けの勝負に応じてもらうわ。覚悟!」
 言い放つと『システィーナ』は、火炎弾を続けさまに撃ち放つ。その時、上空からピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)と、そのサーヴァント、テレビウムの『マギー』が降下してきて蒼眞を庇おうとしたが、間一髪間に合わず、蒼眞の全身に火炎がまとわりつく。
「蒼眞ー! 助けに来たよ! ……って、ごめん、ちょっと遅かったか」
「いや、遅くない、遅くない。一撃喰らったのは痛かったが、即座に死ぬほどの傷じゃない」
 応じると、蒼眞はオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』を放つ。
「やる以上は、全力で行くぜ。……ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
「くあっ!」
 異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けた強烈な一撃が『システィーナ』の肩から胸元にかけてざっくりと斬り裂く。相手が人間なら、たとえ身長三メートルあろうが一撃で致命傷だが、戦闘種族エインヘリアルの女戦士は、微笑すら浮かべて呟く。
「これよ、これ……やる気ないとか言っときながら、この容赦ない攻撃……これが蒼眞、これがケルベロスよ……」
「……蒼眞、ずいぶん大変な相手に見込まれたみたいだね」
 同情する声を出し、ピジョンがオリジナルグラビティ『妖茨の欠片”Order of thorns”(オーダーオブソーン)』を発動させる。
「出し惜しみしてられるような場合じゃなさそうだ。防御、展開」
 ピジョンの左腕にタトゥーとして保存されている魔術が展開され、前衛三人の防御力を上昇、ダメージを負っている蒼眞を癒す。続いて『マギー』が応援動画を放ち、蒼眞を回復し、付与された炎を消す。
 すると『システィーナ』が、残念そうな声を出す。
「あーあ、来るんじゃないかとは思ってたけど、やっぱり来たわね、ケルベロスの救援部隊。ほんとにもー、どうしてこうも手回しがいいのかしら?」
「蒼眞を倒させるわけにはいかないからね。どうしても倒したいなら、先に僕を倒すんだね」
 ごく真面目な口調で、ピジョンが告げる。
 そこへ降下してきた風音・和奈(前が見えなくても・e13744)が、斬りつけるような激しい口調で言い放つ。
「戦って死にたいだって? アンタも大概贅沢だね!」
 そして、本来はハンマーだが『SecondaryDragonCannon』という名付けの通り、もっぱら砲撃形態で使っているドラゴニックハンマーから痛烈な一撃を放つと、和奈は更に言葉を続ける。
「どれだけ自分に絶望していたって、託されたから、死ぬことだって許されない。そんな地獄だってあるんだよ!」
 すると『システィーナ』は、意外にもと言うべきか、不思議な微笑を浮かべて応じた。
「そうね……誰かに何か託されていれば、あたしも歯を食いしばって、死ぬまで生きようとしたかもしれない。でもね……あたしには、誰も、何も託してくれなかった。皆、勝手に戦って、勝手に死んだ。エインヘリアルは、そういう種族……だからケルベロスに負けたのよ」
「……だからアンタも、お仲間と同じように、勝手に戦って、勝手に死にたいってワケ?」
 眉を寄せて訊ねる和奈に『システィーナ』は微笑を浮かべたまま応じる。
「そうよ。戦う相手に蒼眞を選んだのは、あんたの言うとおり、あたしの贅沢。できれば一対一でやりたかったけど、それは贅沢が過ぎるってもんよね」
「当たり前よ!」
 一対一なんかで絶対にやらせてたまるもんか、と、和奈は叫ぶ。
 そこへ降下してきたリリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)が、和奈と同様ドラゴニックハンマーで砲撃しながら、冷たい口調で言い放つ。
「ケルベロスも暇じゃないんですよ……。死ぬのは誰だって怖いのよ。希死念慮に私達を巻き込まないで欲しいです」
「巻き込んだのは蒼眞だけのつもりだったんだけど……あんたはダモクレス、いえ、レプリカントって言うんだっけ? 死ぬのは誰だって怖いって言うけど、あんたは死なない機械なのに、自分で死ぬ方を選んだんじゃないの? エインヘリアルは死なない方を選んで不死になったはずなのに、あてが外れて死ぬ羽目になったのよ。負けるのが悪い、自業自得だっていわれりゃそれまでだけど、この絶望感、あんたたちにわかるわけないと思うな」
 そう言って『システィーナ』は、半分千切れかけた肩をすくめる。
「まあ、あたしは生まれながらのエインヘリアルで、自分で選んで不死になったわけじゃないけどね。それでも、殺されもしないのにいつか必ず死んでしまうという状況には、今にも頭がおかしくなりそうになる。そして本当に頭がおかしくなったら、戦えない人間を殺しまくって無益に命を延ばそうとするかもしれない。そうなるのは、嫌なのよ!」
「わかりました。それではお望み通り、あなた討伐いたします」
 次に降下してきた青沢・屏(光運の刻時銃士・e64449)が、リボルバー銃『運命(デスティニー)』から達人の射撃を行い『システィーナ』にダメージと氷のBSを付与する。
 続いて降下してきた月白・鈴菜(月見草・e37082)は、マインドウィスパー・デバイスをいじりながら告げる。
「だいたい、話は聞いたわ……蒼眞に、デバイスがついた後からだけど」
 ヘリオンの中でデバイスを使えないか頼んでみたけど、蒼眞がデバイスを装着するまでは使いようがないと言われたの、と、鈴菜は呟き、『システィーナ』を見据える。
「……どんな理由でも……蒼眞を傷付けるなら…私の敵よ…!」
 言い放って『システィーナ』に攻撃するかと思いきや、鈴菜は蒼眞に気力を送って治癒する。
 そして、レスキュードローン・デバイスとともに降下してきたニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)も、蒼眞に駆け寄り、右手の甲に『風の団の紋章』を描いて、治癒と攻撃力の上昇を行う。
(「日柳さん、システィーナさんに言いたいことがあるなら、彼女の息があるうちに、ちゃんと声に出して伝えないと。彼女とは、もう会えなくなるのに、最後の言葉が報酬よこせで、いいんですか?」)
 紋章を描きながら、ニケは蒼眞に接触テレパスで伝える。すると蒼眞が答える前に、鈴菜がマインドウィスパー・デバイスを介して割り込む。
「……あのね……声にしなくても、内心で思っただけでも……私には伝わるのはお忘れなく。他に流すかどうかは……まあね……」
(「うげ……」)
 マインドウィスパー・デバイスって、便利だけどちょータチが悪い、と、蒼眞とニケは揃って表情を引きつらせる。
 その間に九田葉・礼(心の律動・e87556)が降下し、蒼眞の防御力を上げながら『システィーナ』に向かって告げる。
「あなたは……高潔な心を保ったまま旅立つのですね。本当なら、あなたのような人にこそ生きてほしいのに」
「あんたは……ヴァルキュリアね。考えてみれば、エインヘリアルがデウスエクスになったのも、死神が死人をサルベージするようになったのも、ザイフリート王子が離反してケルベロスについたのも、全部あんたたちの仕業なのよね。結局、エインヘリアルって、最初から最後までヴァルキュリアに翻弄されただけなのかもしれない。まあ、恨むつもりはないけどね」
 満身創痍の『システィーナ』が達観したような口調で告げ、礼は当惑した表情になる。
「わ……私は……私たちは……」
「いいの。いいの。妖精さんたちに悪意はないってわかってる。性悪のシャイターンですらね。悪いのは、妖精の想いを無視して力だけを利用しようとしたアスガルドの神。そしてあたしたちエインヘリアル。自業自得で滅びた挙句に、死神にサルベージされて、いいように使われて……そういう意味では、ケルベロスに感謝しなくちゃね。死神が跋扈してるままだったら、死ぬのも怖くてできなかった」
 言い放つと、『システィーナ』はどこか遠くを見るような目をして続ける。
「そうね。死ぬのはやっぱり怖い。でも、死に損なって暴走する方がもっと怖い。それに今なら、きちんと死ねれば自由になれるような気もする。だから……」
「わかった」
 蒼眞が、押し出すような声で唸る。
「そういうことなら、システィーナ、お前をきちんと死なせる役目、報酬なしで引き受けよう」

●想いの決着
「撃てよ、システィーナ。これは勝負だ。でないと、俺を助けに来てくれた皆に、申し訳が立たん」
「そうね」
 うなずいて『システィーナ』は、巫術を放って蒼眞を鷲掴みにしようとする。しかし、ディフェンダーの和奈が即座に飛び出し、攻撃を肩代わりする。
「蒼眞はやらせない。これはアタシの意地。でも、アンタの想いはわかった。受け止める」
「ありがとう」
 微笑して和奈に礼を言う『システィーナ』に、蒼眞が告げる。
「俺はお前を殺したくはない。だが、俺の知らない所で勝手に死んで欲しかったわけじゃない。まして、おかしくなって弱い人間を殺すお前を見るなんて、とても耐えられない。だから……お前をきちんと死なせる者として指名されたのは、光栄だと思う」
「そう言ってもらえれば、あたしも光栄よ。……でも、蒼眞。あたしも大概だけど、あんたもホント素直じゃないわね」
 不思議な微笑を浮かべて告げる『システィーナ』に、蒼眞は憮然として応じる。
「お前にだけは言われたくない。……では、行くぞ」
 斬霊刀をしっかりと構え、蒼眞は存分に踏み込んで達人の一撃を振るい、『システィーナ』を右肩から左脇へと、袈裟懸けに両断する。
 真っ二つになった『システィーナ』が、不思議な微笑を浮かべたまま告げる。
「さようなら、蒼眞。さようなら、ケルベロス。来世があるなら、死神の手が届かないところで、また会いましょう」
「ああ、またな」
 蒼眞が応じ、『システィーナ』は瞑目して崩れ倒れる。
 その様子を見て、和奈が言葉には出さずに呟く。
(「良かったじゃないか、最後はしっかり見てもらえたんだ。正直、アンタが羨ましいよ」)
 すると鈴菜が、マインドウィスパー・デバイスを介して告げる。
「和奈さん……それ、私には筒抜け。述懐するなら……デバイス外してからにして。他には流さないけど……」
「ぎゃあっ!」
 思わず頭を抱える和奈を尻目に、鈴菜は蒼眞に訊ねる。
「遺骸……焼いていい? 炎を出せるの、私だけ……みたいだから」
「ああ、このままにしてはおけないからな」
 蒼眞が応じると、鈴菜はドラゴンの幻影を呼び出し、炎のブレスを放って『システィーナ』の遺骸を灰にする。
 周囲の被害はほとんどなかったが、屏とニケがヒールを行い綺麗にする。
 そして礼は、複雑な表情で虚空を見上げ、言葉にはせず呟く。
(「システィーナさんは、私の看取りを受けずに去っていった……今はもうその権能はないけど、確かに、死に際の人間を選別し、エインヘリアルに……不死のデウスエクスに変えていたのは、私たちヴァルキュリア。命令されるままにやっていたことだけど……システィーナさんは、妖精に悪意はないと言ってくれたけど……」)
 すると鈴菜が、マインドウィスパー・デバイスを介して告げる。
「礼さん……内心の呟きは、マインドウィスパー・デバイスに拾われるよ? いいの?……それとも、他の人にも聞かせる?」
「すみません! 気を付けます! もうしませんから、他の人には内緒にしてください!」
 思わず声に出して言ってしまい、ピジョンとリリスと屏が怪訝そうな表情で礼を見やる。蒼眞と和奈とニケは、何とも複雑な表情になる。
 そして鈴菜は、ぼーっとした様子でマインドウィスパー・デバイスをいじっていた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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