シャイターン襲撃~清廉なる三乙女

作者:キジトラ

 それは空から現れた。
 移動のために駅へと向かっていた人々は急に影が差したことに気付いて空を見上げる。
 光の翼を広げ、ゆっくりと舞い降りてくるのは武装した3人の美少女。
 たとえそれがヴァルキュリアであることが分からなかったとしても、人々には明確な脅威として映った。まして、彼女たちの手には抜き身の武器が握られている。
 悲鳴が起き、次いでパニックになりながら人々は逃げ出す。
 先頭に居た緑の長い髪のヴァルキュリアは手にした長剣で背後から人々を斬り付ける。
 反対側では青い髪をポニーテールで纏めたヴァルキュリアが槍で人々を突き殺す。
 赤髪をゆるやかな巻き髪風のショートボブにしたヴァルキュリアは2人が打ち逃した人々を冷徹に射抜いていく。
 あっという間に駅前は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。
 だが、凄惨な光景に拍車を掛ける要因がまだ残っている……。
 物言わず、淡々と人々を虐殺するヴァルキュリアたちの目からは血涙があふれている。この虐殺は彼女たちの意図するものではないのだ。
 むしろ、心の内では今やっていることを嘆いている。
 自らの意思で言葉を発することすら封じられた彼女たち。その清廉なる思いも、無残に踏みにじられていく……。

「お集まり頂きありがとうございます。城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っているところですが、エインヘリアルに大きな動きがあったようです」
 軽く礼をしてから、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は予知したことの説明に入った。
「鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始したようです。どうやらエインヘリアルはザイフリートの配下であったヴァルキュリアをなんらかの方法で強制的に従えたようですね」
 そのヴァルキュリアたちは尖兵となり、魔空回廊を利用して人間たちを虐殺してグラビティ・チェインを得ようとしていようだ。
「ヴァルキュリアを従えているのは、妖精八種族のひとつシャイターンです」
 作戦全体としては都市内部で暴れているヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破することになる。
「皆さんには操られているヴァルキュリアへの対処をお願いします。それで向かって欲しい場所なのですが」
 言いながら、セリカは地図を広げた。
 地図は『東京都日野市』のもので、ひとつの駅が赤丸で囲まれている。
「この駅を襲撃するヴァルキュリアを皆さんの力で止めてください」
 駅前には利用しようとしている人たちが大勢いる。
 このままでは、一般人にも、操られているヴァルキュリアにも凄惨な事となるだろう。
「ヴァルキュリアは、一般人を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしています。ですが、それを邪魔しようとする者が現れた場合、まずその排除を優先して行うように命令されているようですね」
 つまり、ケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、ヴァルキュリアが一般人を襲うことは無くなる。そのため、避難誘導よりもヴァルキュリアへの対処を優先して欲しい。
「……ただ、都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアの洗脳は強固なようです。彼女たちの本意はどうあれ、何のためらいもなく皆さんを殺しにくるでしょう」
 問題のシャイターンだが、それは撃破に向かったケルベロスたちに委ねるしかない。
 そして、シャイターンを撃破した後ならば、なんらかの隙ができるかもしれない。だが、それも確かとはいえないのが現状だ。
「操られているヴァルキュリアには同情の余地もありますが、皆さんが敗北すれば、ヴァルキュリアによって一般人が虐殺されてしまいます」
 当然ながらそのような事をさせるわけには行かない。
 いざとなれば、心を鬼にしてでもヴァルキュリアを撃破する必要がある。
「皆さんが相手をすることになるヴァルキュリアは3人の予定です……。というのも状況によっては更にひとりのヴァルキュリアが援軍としてやってくる場合があるからです」
 そのため、注意は怠らないようにして欲しいとセリカは付け加える。
「……ともかく、3人の説明をします。緑の長い髪のヴァルキュリアはジラ、青い髪をポニーテールに纏めたヴァルキュリアはケイ、赤髪をゆるやかな巻き髪風のショートボブにしたヴァルキュリアはビビという名のようです」
 詳しい戦闘方法に関しては、後でゆっくり目を通して欲しいとセリカはメモを手渡す。
「彼女たち3人はヴァルキュリアとしての務めを清く、そして私欲に惑わされずに果たすことを誓い合った仲のようです。血の繋がりはありませんが、固い絆で結ばれています」
 それだけに彼女たちの胸裏が慮られる。
 虐殺される一般人も被害者だが、彼女たちもまた被害者といえるのかもしれない。
「説明は以上です。強制的に従わされて、虐殺を命じられているヴァルキュリアたちをどうするかは皆さんに託します。皆さんの力で最善と思われる結果を導き出してください」


参加者
桜狩・ナギ(花王花宰の上薬・e00855)
神崎・修一郎(漆黒の刀剣士・e01225)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)
イヴ・ノイシュヴァンシュ(嫉妬の超高速移動爆弾・e07799)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)
公孫・藍(曇花公主・e09263)

■リプレイ


 駅前にいくもの悲鳴が起こった。
 その中心には空から舞い降りてくる3人の乙女たち。彼女たちは地に着くと人々が逃げ惑う姿を目で追いながら得物を構える。次いで矢が番えられたところへ、
「僕達はケルベロスです、貴方達を洗脳から解放してあげますので、手合わせ願います」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)の声が響く。
 ヴァルキュリアたちは直ぐに反応して、目を向ける。すると逃げる人々を飛び越えて颯爽と現れる8人のケルベロスの姿が映った。
 ヴァルキュリアたちの狙いは、バジルの意図通りにケルベロスへと。
 その僅かな間に、神崎・修一郎(漆黒の刀剣士・e01225)が素早く目を走らせて周囲を確認する。障害になりそうなのものは無い。一般人は混乱しつつも避難している。
(「まぁ~、後続の援軍まで来ちゃうってんだから避難誘導もできないからねぇ」)
 上手く逃げてと、イヴ・ノイシュヴァンシュ(嫉妬の超高速移動爆弾・e07799)が一般人の様子を見てから、ヴァルキュリアたちに目を遣れば、
「……っ」
 彼女たちは血の涙を流していた。それでいて武器を向ける動きには淀みがない。
(「目に光が宿ってない? 泣いている……」)
 立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)が思わず目を見張る。
 泣いているだけならまだ分かる。
 だが、ヴァルキュリアたちは無表情のままで――カメラのファインダー越しにいくつもの表情を見てきたが、こんな形容し難いものは……。
(「心にもない戦いをシャイターンが強要しているの?」)
 彩月の表情が曇り、八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)も眉をしかめる。
(「汚らわしい男たちの謀略に利用されるなど、辛いことでしょうね。解放して差し上げたいものですが」)
 公孫・藍(曇花公主・e09263)はそう思いつつも今は彼女らを救う手立てが無い。あるのは可能性で、確かなものは何も無い……。
 されども、ここに集ったケルベロスたちは諦めていない。
「もし強要されているのならその柵を断ち切ってみせるわ。……この刀に誓って」
「俺達はその涙の理由を変える為にここに来た! 俺達が相手をする……全力で来い」
 救ってみせると、彩月と、修一郎が言い放つ。
 呼応して、桜狩・ナギ(花王花宰の上薬・e00855)が仲間より1歩前に進み出る。
「自分の意思で戦ってない奴にコイツは使えんわ」
 言って、愛用の武器『風和雷同』を地面に突き立てると、
「長物が無くてもお前らなんか屁の河童や!」
 大胆に挑発する。
 ヴァルキュリアたちは無言ながらもそれを合図に飛び掛ってきた。


 3人のヴァルキュリア、ジラ、ケイ、ビビ。
 彼女たちの動きは洗練されていた。
 まずは緑の長髪をなびかせて、ジラが長剣からオーラを飛ばす。狙いは大見得を切ったナギ。が、オーラが届く間際で、修一郎が割って入る。
「……っ」
 受けた傷が深く、表情が変わる。
 次の瞬間には、イヴとケイのグラビティがぶつかりあう。
「この子たち強いわよ……。変に力抜いてやっちゃってると、逆にこっちがやられるわ」
 一旦、距離を取りながらイヴはヴァルキュリアたちの動きを目で追う。
 連携こそ取れていないものの、技量はかなり高い。
(「むしろ、この実力で連携が取れていないのは操られているからなのかな?」)
 フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)はそんなことを思いながら地面にケルベロスチェインを広げて、前衛を守護する魔法陣を描き出し、
「癒しの力よ、仲間を助けて下さい」
 バジルが薬液の雨を降らせて、すぐさま仲間の傷を癒す。
 互いに主導権を取るべく激突する、力と力、技と技。
 そんな攻防が何度もぶつかりあい、
「ああ、もう! イライラするわ!」」
 肉薄するごとに、ナギは否応なくヴァルキュリアたちの顔を見ることになった。
 無表情で、その顔には何の意思も感じられない。なのに血の涙だ。ナギは闘う道は自分で選んで進むべきという考えを持っている。ゆえに見ているだけで気分が悪い!
「泣きながら人を襲う奴があるかい! 見てられへんわ!」
 吼えながら、指一本の突きをジラに打ち込む。
 そして、直ぐにバックステップ。
 先ほどまで居た場所に矢が撃ち込まれ、ナギを追って向きを変える――回避が間に合わない。技量の高さは明らかにヴァルキュリアが上。そして、ケルベロスたちの思いに対して、ヴァルキュリアたちは冷酷無比に攻撃を繰り出す。
 次第に蓄積していくダメージ。
(「シャイターンの操作? 洗脳? ……何でもいいか。気に入らないのは一緒だ。……俺は、泣いてる相手に殺す気で弓向けられる程、強くないんだよ」)
 それでも救う術はこれしかないのだと、真介は2つの妖精弓を束ねて漆黒の矢を放つ。
 狙いは違わず、ジラを穿った。
 ケルベロスたちの狙いは、まずヴァルキュリアたちの最大火力を落とすこと。それは理にかなった作戦であり、ヴァルキュリアたちも危機を感じて回復グラビティを使い始める。
「少しの間惑わすことになりますが、これも一つの慈悲」
 させないと、藍が攻性植物でアスファルトごとジラを飲み込む。
「どうか持ちこたえて」
 願いは通じる。だが、彼女の狙った催眠の付与は起きない。間隙を突いて繰り出された、フォルトゥナの攻撃も防がれ、イヴの一撃も長剣で受け流される。
 じわじわと出始める地力の差。
「厳しいけど、愛の心の欠片でも感じ取ることが出来るなら諦めるわけには行かないわ」
 彩月が緩やかな弧を描いてジラを斬り付ける。
 長剣で防ぎに来たが、その途中で彼女の膝が崩れた。見た目よりも蓄積したダメージが大きかったのか、いずれにせよ――これはチャンスとケルベロスたちが奮起する。
(「敵とはいえ血涙を流す相手を斬る趣味は俺には無い。その涙の理由を変えてみせる!」)
 決意を胸に秘め、修一郎がジラを眼前に捉えて雑念を消していく。
 最善を尽くすための無心。
「一ノ太刀……紅葉!」
 師匠から譲り受けた霊刀が閃き、修一郎がジラと交差する。ジラの唇から血がこぼれ出し、修一郎も反撃を受けて同じように血が流れ出した。
 生まれた隙に他のケルベロスが追撃をしようとしたところに、更なる敵が飛来する。
 影が差し、上空から舞い降りてくる新たなヴァルキュリア。
「まずいよ。急がないと!」
 合流を少しでも遅らせようと、フォルトゥナが魔法の光線で迎撃。
 既に援軍は間近。合流次第にその牙を剥くだろう。ヴァルキュリアが4人になれば、戦いを維持することすら厳しくなる。
「どうか目を醒まして。このようなやり方はあなたたちの望みではないはずです。血の涙がその証。枯れ果てぬうちにどうか……」
 藍が意を決して飛び込む。
「――寂しいだろ。誰にも何も伝えられないまま死ぬのは」
「次起きたらちゃんと目ェ覚ましーや」
 次いで、真介と、ナギが。
 多少の被弾など、物ともせずに肉薄して繰り出す救いの一撃。
 それはある意味で確かに届いた。
 満身創痍となったジラは戦いを継続できぬ状態となり、撤退していく。
「……はぁはぁ」
 代わりにケルベロスたちが払った代償は大きい。
 既に前衛は無視できないレベルでダメージが蓄積している。対してヴァルキュリアたちはほぼ無傷の状態で3人……絶望的な状況に誰かがうめくような声を漏らした。


 防戦一方。
 時を重ねるごとにケルベロスたちの傷は深くなり、ヴァルキュリアを無力化するどころか彼女たちを押さえるので精一杯だ。
「シャイターンを撃破に向かった人からの連絡はまだないけど、このままじゃあ……」
 フォルトゥナが仲間たちに呼び掛ける。
 ヴァルキュリアたちに配慮していたのでは勝ち目は無い。いや、今から全力を尽くしても彼女たちを倒せるかどうか……『敗北』の2文字が脳裏に浮かぶ。
「ヴァルキュリアさん、貴女は人を殺める事などは望んでいない筈です、どうか、目を覚まして下さい!」
 バジルがイヴにウィッチオペレーションを施しながら声を上げた。
 しかし、無常にも彼女たちからは反応が無い。
 冷酷に繰り出される攻撃と、今も流れる血の涙が悲劇的なコントラストを描く。
「……でも、まだ諦めません。他人を洗脳して、自分の手を汚さずに人々を襲わせるなんて、そんな酷い事を絶対に許せませんから」
「同感だ。それにここまでやって今更止めるつもりも無い」
 バジルの独白に、修一郎が首肯して向かってきたケイを止めに向かう。
 他の仲間たちも手を止めずに同意を示し、
「みんな甘いわねぇ。……まあ、死なない程度には付き合ってあげるわ」
 肩をすくめながら、イヴが援軍として現れたヴァルキュリアに対峙する。
 この状態になってもケルベロスたちの意思は揺るがない。残された可能性――シャイターン撃破後に起こることに賭けて全力を尽くす。
 もっとも耐えるしか術はないのだが……。
「っ……苦しいのは彼女たちも同じはずです」
 心を貫くエネルギーの矢に貫かれながらも、藍が黄金の果実で仲間の傷を癒す。彩月も裂帛の叫びで傷を吹き飛ばし、フォルトゥナ、イヴも回復に回っている。
 それでも蓄積していくダメージ。
「……持久戦になることは分かっていたはずなのに」
 歯噛みしながら、真介がエネルギーの矢を番える。もし、回復グラビティを活性化していたら、ディフェンダーやメディックが多ければ、そんな『もし』が脳裏を過ぎっていく。
 と、そこにナギが切り込んだ。
 この状況を打開しようと援軍に来たヴァルキュリアの懐へと飛び込み、
「霧散、循環、流転、昇華―――切合切制すべし! ガルド流真療術、竜嚇散!」
 物の核、中心、真髄――ヴァルキュリアの鳩尾へと深々と打ち、貫いた。そのまま勢いで押し込もうとしたところに飛来した矢が、彼を射抜く。
 追撃を防ごうと、修一郎がその前に。
 だが、生まれた隙を逃さず、ケイの槍が横から修一郎の急所を貫く。
「……しまった」
 それでも限界を超えて立ち上がろうとする。たが、戦いは無常なもの。その暇さえ与えずに援軍に来たヴァルキュリアの槍が彼の意識を刈り取った。
 ひとり崩れれば、後は瓦解していくいだけ。
 かろうじて支えていた均衡は崩れ去り、残ったディフェンダーのイヴも既に危険域。
 傷だらけになりながら必死にヴァルキュリアの攻勢に耐えていたが、
「……あと、ひとり倒れたら撤退しないと本当にまずいわよ」
 そう言い残して、遂に彼女も崩れ落ちる。
 ヴァルキュリアたちの技量を考えれば、耐えられるのもあと僅かだ。
「前衛はわたしだけになったわね」
 彩月はともすれば諦めに埋められてしまいそうな心を奮い起こす。
 ここまで自分の分もダメージを受けてくれていた仲間のためにも、目の前で望まぬ戦いに身を投じている彼女たちのためにも、と。
 次々と打ち込まれる槍。
 かろうじて急所を避け、時間を稼ぐ。
 追い詰められて、もがいて――とうとうケイの槍が深く、彩月を壁に縫い付けた。
 これまでかと、彩月が最後の気力振り絞って手を伸ばす。
「あっああああ……!」
「えっ?!」
 突然、目の前のケイが苦しみ出した。
 直後に鳴り響く、携帯の着信音――シャイターン撃破の報だ!
「それじゃあ。……聞いて、心ならず戦わされているあなた方の命を奪うつもりはないわ」
「……離れて」
 ケイの言葉に疑問が浮かぶ前に援軍に来たヴァルキュリアが、彩月を打ち据える。後方では、ビビが変わらずケルベロスたちに攻撃を加えている。
 そうかと思えば、今度は援軍に来たヴァルキュリアと、ビビが苦しみ出して、ケルベロスたちの傷を癒しながら「逃げろ」と伝えてくる。
「これは……?」
 混沌とした状況に理解が追いつかない。
 ケルベロスたちの考えていたヴァルキュリアの完全な開放とは行かなかったようだ。
「うぅ……ヴァナディースが言ってたよ、『もう自由だ』って……」
 その間に、彩月がケイの攻撃を受け、
「瞳に暖かい光があるうちは命の使いどころは人から命や物を奪うことじゃないわ……」
 至誠の瞳で見つめながら言葉を残して、彼女も倒れる。
 かくして前衛は壊滅した。
 目の前に広がるのは混迷とした状況。
「……こんな戦いなんてしたくないのに」
 ケイの顔に苦悶が浮かぶ。
 正気でいられる時間は僅かなようだ。
 ヴァルキュリアたちはその時間を使って、せめてもとケルベロスたちの傷を癒す。
「僕達は貴女達を殺しませんし、貴女達に人を殺させません」
「……無理です。私たちの洗脳は解けていません」
「そんな……」
 ここまでやって無駄になってしまうのかと、バジルの顔に失意が浮かぶ。
「諦めないでください。男共の争いの道具に堕ちて望まぬ道を粛々と受け入れるなど、誇り高い戦乙女の道ではありません。自らの意志で退くか降るならば、その誇りを踏みにじるような真似はしないと誓いましょう」
 檄を入れたのは、藍。
 苦しむヴァルキュリアたちは、はっとして自らを見つめなおす。
「……その通りです。私たちは誇りあるヴァルキュリア、せめてあなたたちに害が及ばぬよう退くぐらいのことはしてみせましょう」


「色々と聞きたいことがあったけど、とても聞ける状態やないな」
 ナギが修一郎に肩を貸しながら距離を取る。
「……助けられなくて、ごめんね」
「また次の機会があるわよ。それにあんな胸の大きい女はきっとしぶといわ」
 傍らで同様に退避させられている、彩月と、イヴがつぶやく。
 そんな仲間たちの代わりに、藍は見送るべくヴァルキュリアたちの近くにいた。
「あなたたちがいつか解き放たれることを祈っています」
「ありがとう、私たちもあなたたちの武運を祈っています」
 時折、苦しみながらヴァルキュリアたちは空へと上っていく。
 真介はそれを油断せずに見つめながら心の内で憤懣を覚えていた。
(「シャイターンか……掌の上で他人を操って遊んでいる、卑怯者。どうしようもなく気に入らないな。そして、惨い状態のヴァルキュリアが哀れで仕方が無いなんて……」)
 湧き上がるものにイラついてしまう――自分が求めていたのはこんな感情じゃない、と。
 苛立っているのは、修一郎も同じ。
 もっと力があれば、もっと上手くやれれば、救えたのではないかと思える。だから、去っていくヴァルキュリアたちに向けて声を張り上げる。
「もしまた同様の事があれば俺達を頼れ……今度こそ必ず助けてみせる」
「黒幕殴りたいなら手伝うで!」
 続いて、ナギも。
 ケルベロスたちの目には彼女たちが僅かにうなずいたように見えた。
 そうして彼女たちが見えなくまでケルベロスたちは空を見上げ、
「さあ、後片付けをして帰りましょうー」
 バジルの声にそれぞれが今なすべきことをやり始める。
 既に3人の戦乙女は蒼穹に消えていた。

作者:キジトラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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