雑居ビルの隙間に薄闇を澱ませたような、街の裏通り。
不穏な気配が満ちたそこに、青年達の怒号が響いた。
「テメェら目障りなんだよ、消えやがれ!」
「あ? 消えるのはそっちだつーの!」
通りを塞いで睨み合うふたつの集団。アウトローの若者達が縄張りを巡って争うこんな光景も、近頃では珍しくなくなってしまった。
たちまちのうちに殴り合いの喧嘩が始まると、やがて劣勢に立たされた側のリーダーらしき一人が血唾を吐き捨てて声を上げた。
「っち……シグル、やっちまえ!」
名を呼ばれ、どこからともなく現れた大きな人影。
全身を緑色の葉で覆い、頭に大きな花を着けたその人影は、不気味に蠢くように進み出る。
「なんだコイツ、妙な格好しやがって、……?」
相手の青年が、葉をむしり取ってやろうとばかりに打ち掛かり――異状に気づいた。
シグルと呼ばれたモノは、身体を花や葉で覆っているのではない、巨大な植物そのもの、なのだと。
驚いた青年が声を挙げる間もあろうか、鞭のようにしなる蔦の先が食虫植物のごとく口蓋を開き、鋭い牙が青年の頭部を一瞬のうちに喰い千切った。
「な……っ!?」
目の前で起きたことが信じられずにうろたえる相手の集団を、シグルと呼ばれた異形の植物は無言のまま次々と喰らい尽くしていく。
あたり一面に鮮血と物言わぬ屍の山が積み上がるまで、それほど時間はかからなかった。
その無残な有様には、シグルの仲間達も焦りを浮かべ、
「派手すぎ……つか、さすがにヤベぇんじゃね、コレ」
「さ、さっさと行こう――」
ぜ、と開いた口を、目映い光線が貫いた。
苦悶の表情を浮かべ、べちゃりと血の海に崩れ落ちる短髪の青年。
「マダ……殺し足りねェ」
ゆらり、向き直った巨大植物の蔦が、獲物を求めて蠢く。
「正気かよシグル、俺達は仲間だろ!」
「仲間、なァ……この姿になったオレを、陰で化物呼ばわりしてること位、知ってンだぜ」
その、赤黒く濁った瞳に射竦められたように、残った若者達は動けない。
皆、喰い尽くしてやンよ――ニィ、と異形の口を歪めて、怪物が、動き出した。
●蔓延りはじめた厄災
「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます」
シャドウエルフの女性が柔らかな物腰でお辞儀をすると、長い金髪が揺れた。
セリカ・リュミエール、と名乗ったヘリオライダーは、これから起きる、ある事件を予知したのだと皆に告げる。
「事件を解決するために、ケルベロスである皆さんの力が必要なのです」
事件の舞台は、茨城県かすみがうら市。
近年は若者の街として急速に発展してきたその地で、最近、若者のグループ同士の抗争が多発しているという。
「問題は、そんなグループの中に、デウスエクスの一種である、攻性植物と融合してしまった人がいるということ、です」
攻性植物を体内に受け入れ、植物のモンスターと化したシグルという青年が、手に入れた力で殺戮の限りを繰り広げようとしているのだ。
事件が起きる場所は、市内のとある裏通り。
ビルの谷間の少し薄暗い道だが、広さともども、戦闘をする上では問題ないだろう。
「にらみ合っている二つのグループの間に、青年……いえ、攻性植物が進み出て、敵も味方までも、すべてを食べ尽くしてしまおうとしています。ですから、そうなる前に皆さんが割って入って、攻性植物を倒していただきたいのです」
攻性植物とケルベロス達との戦いが始まれば、周囲にいる他の若者達は巻き込まれないように逃げていくだろう。
シグル以外の若者達は普通の人間なので、逃がしてしまっても脅威にはならない、とセリカは説明をする。
「攻性植物との戦いに集中しても、大丈夫です。それに相手は人類を滅ぼそうとするデウスエクスの一種、油断はできませんから」
青年と融合した攻性植物は、無数の葉と大きな赤い花をつけた巨大な植物の姿をしており、鞭のようにしなる数本の蔦を捕食植物に変化させて喰らいつく以外に、炎の力をともなった破壊光線や、地面を通じて広範囲を侵食する攻撃能力もある。
そして、植物の姿とはいえ自由に動き回ることができ、人間並みかそれ以上の身体能力も持っているという。
「成る程、そんな物を野放しにする訳にはいかないな」
と、その場に集ったケルベロスの一人、整ったヒゲの男性が頷いた。
「ガンスリンガーのギルバート・ハートロックだ。よろしく頼むよ」
腰に提げた愛用のリボルバー銃を示し、ギルバートはこれから共に戦う仲間達へと、穏やかに一礼した。
「それにしても、彼は何故、攻性植物なんかになってしまったのだろうね」
「きっと……もともと持っていた邪悪な心が、攻性植物の果実を受け入れてしまったのでしょう。残念ですが……もう助けることは、できません」
セリカは首を振り、そしてケルベロス達を見据え、力強く告げた。
せめて罪を重ねる前に、滅ぼしてあげてください――と。
参加者 | |
---|---|
立花・ハヤト(ラズベリードリーム・e00969) |
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026) |
クレオ・ヒルンド(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e03206) |
ジュヌ・セクワ(シャドウエルフの鹵獲術士・e03611) |
刻波・パセリ(不要な足跡・e07222) |
チャチャ・クオン(断罪の剣・e09229) |
輝島・華(地球人のウィッチドクター・e11960) |
白銀・タイチョー(オラトリオの自宅警備員・e12311) |
●
アウトローの若者達が対峙する薄暗い裏通り。
そこに現れた『それ』は、全身を植物で覆ったような……いや、もはや歩く植物というべき姿だった。
「なんだコイツ、妙な格好しやがって……」
不気味に蠢く『それ』を追い払おうと、抗争相手の青年は拳を握って進み出る。
だが、あと数歩まで近づいたとき、青年は突然現れた人影に肩を引かれて身をよじった。
「危険ですわ、離れてくださいまし」
その、裏通りには場違いなほど丁寧な言葉遣いに青年が顔を上げると、一人の少女――チャチャ・クオン(断罪の剣・e09229)が、そこには立っていた。
見れば、寸前まで青年が立っていた空間を覆うように、鋭い牙を持った食虫植物のような蔓が伸びている。
さらに次の瞬間、その『口』の中を貫くように巨大な剣の切っ先が突き出されると、湿った音とともに裂けた蔓は、予想外の反撃に怯んだ『それ』の元へと下がっていった。
「シグルと言ったか。俺達が相手をしよう」
クレオ・ヒルンド(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e03206)は鉄塊剣を構え直し、攻性植物と化してしまった青年を見据える。
チャチャも頷き、逞しい身体に見合わず優雅な仕草で翼を畳むと、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)も虎鶫の翼をはためかせてシグルと青年の間を遮るように降り立った。
「さて、今日も綺麗に咲いておくれよ?」
メイザースが左腕を掲げると、髪を飾る彼岸花が蔓を伸ばし、腕に巻きついて融合する。
突然の出来事に立ち尽くす若者達へと、メイザースは背を向けたままこう告げた。
「我々は『ケルベロス』だ。今すぐ逃げるのをお勧めするよ、五体満足に帰りたいならね」
――ケルベロス。
その名を聞き、置かれている状況の危険さを察した若者達が、さっきまでの威勢も忘れて我先にと逃げていく。
だが、シグルの仲間だった若者達は、まだ遠巻きに様子を見ながら、ざわざわと騒ぎはじめていた。
飛び交う荒っぽい言葉に、通りの後方に降り立った輝島・華(地球人のウィッチドクター・e11960)は眉をひそめた。
それでも、助けられる命は助けたい――意を決すると、華は大きく息を吸って声を響かせる。
「その方はもう、危険なデウスエクスなのです。早く逃げてください!」
騒がしい中にも不思議と通るその言葉に、残った若者達も雪崩をうってその場から離れようとする。
「皆、こっちだ」
混乱を避けるために、篠森・亮斗(黒狼の武道家・e04102)達が手分けして逃げる者達を誘導していく。
亮斗は逃げる者達をいつでも庇えるように最後尾に着いて注意をめぐらせていると、シグルの頭に咲いた禍々しくも赤い花が光を集め始めていた。
「奴がこちらを狙っている!」
「そうはさせませんよ」
シグルの敵意が逃げていく仲間達に向けられている隙に、ジュヌ・セクワ(シャドウエルフの鹵獲術士・e03611)は素早く間合いを詰める。
「ふふ、弱い相手にしか意識が向かない弱虫さんじゃないですよね?」
一般人達の逃げる時間を稼ぐために挑発の言葉を掛けながら、ジュヌはシグルの頭部に光る花を目掛けて炭色の縛霊手を繰り出した。
鈍い打撃、とともに放射された霊力が蜘蛛の糸のように赤い花に絡みつく――それでも、シグルは無理矢理に花を開き、花弁の中から赤い光線を放つ。
だが、制御しきれなかった光線は若者達にではなく、その前に立つ一人のレプリカント――立花・ハヤト(ラズベリードリーム・e00969)へと放たれていた。
ハヤトは小柄な少女の身体に見合わないほど巨大な得物を軽々と振り上げると、重い鉄の刃で光線の一撃を弾き、何事もなかったかのように肩をすくめる。
「では、遠慮なく暴れさせていただきましょう。背中は任せましたよ、皆様?」
その頃、現場を見下ろす雑居ビルの屋上に降り立った白銀・タイチョー(オラトリオの自宅警備員・e12311)は掌の中で危険なスイッチを弄びつつ、口の端を上げた。
「どうやら白銀の堕天使の出番のようだな……!」
ジャージの上半身を脱ぎ捨て、鍛え上げられた肉体と輝く翼を陽光の下に惜しげもなくさらしたその姿に、共に降り立った刻波・パセリ(不要な足跡・e07222)は困惑しているのかというと……。
「初めてのチーム任務、しかもタイチョーさんと一緒なんて光栄っス! ダブルでテンション上がっちゃうっス!」
……むしろ、胸を高鳴らせていた。
「うむ、よろしく頼むよ」
「こちらこそっス!」
パセリは楽しげに頷くと、裏通りを見渡して若者達の姿がなくなったことを確認し、避難誘導から戻ってきたギルバート・ハートロック(シャドウエルフのガンスリンガー・en0021)に合図を送る。
(「始めるっスよ」)
(「ああ、わかった」)
二人は手分けして、裏通りを囲む一帯に殺界を作り出した。
ふと、ケルベロスならぬ人々を遠ざけるための殺界は、もはや人ではなくなってしまったシグルを遠ざけることはないのだ、と気づいて、パセリは胸に微かな痛みを覚え……けれど、振り払った。
その瞬間――裏通りは、喧嘩から死闘の舞台へと変わる。
●
「さあ、私達がお相手ですの!」
力強くはじまりを告げるのは、青紫色の目を決然と見開いた華。
握りしめた杖を敵に向け、雷の束を放つ。シグルは身体を庇うような仕草で捕食の牙を持つ蔓を振り上げると、雷は蔓の表面で弾けた。
傷こそ加えられなかったが、それは無駄な一撃ではない。蔓を振り上げた隙に敵の懐へと飛び込む少女の姿。
「力の誘惑に負けた罪、斬らせていただきます」
チャチャの左翼を満たす地獄の力がその手に携えた剣へと流れ込むと、叩き付ける刃は獄炎の火種となって攻性植物の蔓を焦がした。
と、そのとき、風が揺らぐのを感じ、チャチャは後方へ跳んで距離をとる。
数瞬の後、捕食の蔓を中心に、耳をつんざく爆発が起きた。
「喰らえ、この断罪の一撃を!」
ビルの上から、敵を指差す仕草と共に掌の中のスイッチを発動させたタイチョーは、背後で何やら賑やかな映像を流しているテレビウム……タイチョーロボの方をちらっと確認してからポーズを決め、不敵に笑む。
すると、傍らのパセリが片手を挙げた。
「あの! 記念にあとでサインくださいッス! 無理なら握手でもいいッス!」
そう言い残すと、パセリはシグルを包む爆発の煙に向かって躊躇いなく飛び降りる。
風を切って降下するパセリ、その身体に巻きついている攻性植物がうねり、幾本もの蔓が爆煙の中へと突き出されるとその腕に敵を捉え、締め上げた。
「まっすぐ最短距離で攻撃、これ必勝法っス!」
それをチャンスと見て取ったハヤトが口を開き、紡ぎ出されるのは抑揚のない言葉。
「オートモードに入ります、思考自動停止。リミッター解除……」
ハヤトの顔から表情が消え、身に纏う地獄の闘気が凝集されていく。
その瞳が捉えるのはただ一つ、煙幕の向こうで牙を剥く、標的たる敵。
「……ジェノサイド」
放たれた地獄の炎は、パセリの蔓が示すシグルの位置へと吸い込まれ、高らかに燃え上がらせた。
「ジャマヲ……スンナヨ……」
爆煙が晴れ、そこに姿を見せたシグルは不気味なほどに乾いた声を上げ、蔓を震わせる。
その只ならぬ様子に、正面で対峙するクレオとメイザースが身構えると、シグルの周囲の地面が不気味に波を打った。
「気をつけて、地面から来ます!」
地面を通じての攻撃を予測したチャチャが声を上げて呼びかける。
「ぬうっ、これはっ!?」
戦場を俯瞰していたタイチョーの目にも、攻性植物の持つ寄生の力がこの大地そのものを冒し、禍々しく蠢く植物で覆いはじめる様子が映る。
見る間に、侵食の波は屋上に立つタイチョー自身の足元まで及ぶ。咄嗟に飛行して回避しようとするも、伸びた草に足を捉えられると、混濁する意識に襲われたタイチョーは悶えながら墜ちていった。
「く……っ」
ギルバートもまた苦しげな表情でなんとか立ちあがり、お返しとばかりに銃弾を叩き込んだ。
華へ向かって放たれた侵食の前にはクレオが立ちはだかる。
深藍色の鱗に纏うは、失った片眼と『竜派』の誇りたる角から吹き上がる、地獄の業炎。
クレオは拳を開き、そこに炎の弾丸を紡ぎ出すと、迫り来る侵食に向けて撃ち放てば、侵食の力と地獄の炎弾が衝突し、紫の炎を吹き上げて消滅した。
「有難う、ございます」
華が丁寧にお辞儀をして、仲間達を癒す薬液の雨を降らせる。クレオは剣を構え直すと肩をすくめて答えた。
「なんの、これが役目である故な」
「地上に舞い降りた救世主♪ いざ立ち上がれ♪ 白銀の~♪」
「……はっ!」
ビルの外階段に倒れていたタイチョーの意識を引き戻したのは、場違いに明るい歌声だった。見ると、傍らのロボの画面には見覚えのある自作動画が流れている。
「ふむ、手前味噌だが素晴らしい回復力だな。なんだか勇気が湧いてくるぞ!」
ぶつけた腰をさすりながら立ち上がったタイチョーは戦況を確認すると、ここでは身動きを取りづらいと判断し、白銀の翼を開いてテレビウムとともに通りへと降り立った。
その着地の隙を狙い、シグルが光線を放とうとする――敵の死角から攻撃の機会を窺っていた青龍木・武(地球人の刀剣士・e12928)はそれに気づくと腰の二振りを抜き、大きく振るう。
その刃は空間を超えてシグルの花に二筋の傷をつけて注意を引くと、間髪を入れずに武を乗せたライドキャリバー『オロチ』の掃射で牽制する。
攻撃の出鼻を挫かれたシグルは、反撃を繰り出すべく向きを変えた。
だが、それが新たな隙を生む。
「余所見などしていたら、糧にさせてもらいますよ?」
と、スマートフォンを片手にジュヌが紡ぎ出す言葉は古代語の詠唱。石化の呪力を籠めたその韻律が光条となってシグルの頭に咲く赤い花を貫いた。
シグルは低く唸り、怒りにまかせて傷ついた花から撃ち出した光線はジュヌの脇腹を抉った。
痛みに膝をつくジュヌに、華達のヒールをサポートしていたヴィラン・アークソード(ウェアライダーのウィッチドクター・e05522)が白虎の杖を掲げ、癒しの力を授けた。
「まだ立ち上がれる、な」
「はい、ありがと……ん?」
ピョコピョコとジュヌに向かってアピールしてみせるタイチョーロボの画面を見ると、愛用の縛霊手の調子を確かめて身につけるジュヌの姿が、格好よさげなエフェクトやテロップと共に映し出されていた。
「……応援はいいですが、なんで私まで映ってるんですか」
「ああ、ヘリポートで撮ったやつをヘリオンの中で編集したんだ。なかなかの手際だろう?」
と、満足げに頷くタイチョーに、ジュヌは肩をすくめた。
●
「テメェラ……!」
戦いの中、シグルは人の言葉にもならない罵倒だか呪詛だかの文句を撒き散らし続けていた。
「聴くに堪えない『言葉』だね」
そうため息をついたメイザースにとって、言葉は特別な力と意味を持つ祝いであり、呪いでもある。
「あちら様にもお茶を飲んで落ち着いて頂きたいくらいですわね」
本日のチャチャの気まぐれ――攻性植物の繰り出す毒素のデトックスに最適の超クールミントティー――を前衛に振る舞いながら、チャチャは冗談交じりに首を傾げた。
「姿ばかりか、もはや人らしい心まで失おうとしているのでしょうか」
哀れですの……と、華は首を振り、もう幾度目か、傷ついた仲間達を癒す雨を降らせた。
彼を救う術がないというのならば、できるのはただ、彼を止めること。滅ぼし、終わらせること。
パセリもまた、複雑な気持ちでシグルを見ていた。
「シグルくんも、もし心が強かったら、俺みたいに攻性植物と仲良しになれたかもしれないのに……ザンネンっスね」
攻性植物――まさに今、対峙している相手の力をパセリは、そしてメイザースやクレオもまた行使し、立ち向かっているのだった。
三人が次々と繰り出す攻性植物の蔓はシグルの全身に絡みつき、着実に機動性を奪うと、ハヤトの、またクレオやチャチャの纏う地獄が獄炎となって放たれ、幾度となく焼かれたシグルはその半身までが焦げた色で覆われていた。
さらには、メイザースや華の操る杖が、雷の力で少しずつシグルの行動の自由を削ぎつつ、不意にタイチョーの起こす爆発がシグルを揺さぶり、その攻撃はやがて精度を欠くようになる。
天秤は、はっきりと傾いた。
「そろそろ、幕引きだ」
メイザースは虎鶫色の翼を一度はためかせると目を閉じ、力ある『言葉』を紡ぎはじめる。
「廻れ玉兎、巡れ金烏、闇夜の宴に終わりを告げよ」
魔力を練り上げて作り上げた光球は、さながら金烏のごとく輝きを増していく。メイザースは目を開き、そして囁くように告げた。
――さぁ、良い子は「おはよう」。悪い子は、「おやすみ」の時間だよ。
解き放たれた閃光に焼かれ、逃れる間もあろうか、攻性植物の姿が溶けていく。
光が収まった後には、焼け焦げた植物の塊が残されるばかりだった。
「やったっスね!」
前衛の仲間達の元へと駆け寄ってくるパセリを制し、ハヤトが首を振る。
「……まだです」
倒れたシグルの周囲に、侵食が広がっていた。
シグルと融合したデウスエクスの執念だろうか、僅かにひとつ動いた枝を地面に突き刺し、見る間に侵食を広げていく。
「そして、終わりです」
だからこそ、躊躇いはない。ハヤトは大剣の一方を地面に突き立てて跳び、蔓延りはじめた触手を躱してビルの壁を蹴り、シグルの真上から二刀を繰り出す。
巨大な刃が十文字を描いて敵を切り裂くと、それは乾いた音を立てて呆気ないほどに散った。
そして――侵食が止まった。
●
「随分派手に撒き散らしてくれたものだ」
戦いを終えた戦場を見渡し、メイザースが呆れたように肩をすくめる。
再びこの場所に人が訪れるには、壊れた建物だけではなく、攻性植物によって侵食された場所も治さなくてはならないだろう。
「メイザースおじ様、お手伝いしますの」
あどけない少女の表情に戻った華、そして同じく手伝いを申し出たヴィラン達とメイザースは、手分けして、戦場となったこの裏通りの傷を癒やしていく。
「デウスエクスの魂、頂きっス!」
パセリはもう動かないシグルの元に右手を突き出し、攻性植物の魂を掴むとそのまま掌で喰らった。
「……残った身体は、弔いましょうか」
別に義理はありませんけど、とジュヌは素っ気なく言いながらも、丁寧な所作でシグルのものだったその身体を抱き上げた。
「俺も手伝おう」
と、身体を休めていたクレオが立ち上がり、頷く。
もはや攻性植物としての原型すら危ういとはいえ、シグルという青年の最期の姿には違いない。
クレオやパセリとともに、シグルを浄化した後の土に埋めると、ジュヌは死者へ祈る代わり、独り言のように呟いた。
「攻性植物……なぜこんな生物が居るのでしょう。どこから来て、どこへ行こうとしているのでしょうね……」
「皆さん、お疲れ様でした」
と、そこへ現れたハヤトは、ついさっきの戦いぶりから考えられないほど柔らかな表情と口調で一礼をして、労いの言葉をかけた。
「うん、セロリも頑張ったっスね」
パセリは身体に巻き付けた相棒の攻性植物を撫でる。ハヤトは興味をひかれたのか首を傾げ、
「それ、セロリなんですか?」
「名前がセロリっス」
「……なるほど」
「さて、今日の実況動画も確認しなくてはな!」
戦いの傷を癒やしたロボをぽんぽんと撫で、タイチョーが頷いた。
「さっきの戦いも撮ってたっスか?」
と、興味津々に身を乗り出し、画面を覗き込んできたのはパセリだった。
「勿論だとも。なかなか手に汗握る戦いであったな!」
「あーっ、早く見たいっス!」
興奮気味のパセリを制し、片手で画面を隠しつつタイチョーは首を振った。
「待て待て、かっこよく編集してからだ!」
「あれっ、それって、タイチョーの気絶シーンは……」
ようやく戦場のヒールを終えた華は、ふう、と息をついた。
お疲れ様でした、とチャチャの配る個性的な味のお茶に、少し迷ってから口をつけた。
「人々の荒んだ心も、こんな風にヒールで治せたら良いのですけどね」
危険なデウスエクスを滅ぼすことはできたが、それでも、華の気がかりは消えない。
なぜこの街は荒れてしまったのだろう?
「前触れ……」
思わず口をついて出かけた言葉を、華は心にしまいこんだ。
作者:朽橋ケヅメ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 87
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