千鷲の誕生日 立つ鳥と夜の星

作者:秋月諒

●立つ鳥と夜の星
 ——流れ星に願いこと。
 たったひとつ願いが叶うとしたら、何を願うのか。
「……そういうの、よく聞く話だったんだけどなぁ……」
 目覚めにサイドテーブルから旅立ちかけた眼鏡をとって、三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は息をつく。たったひとつの願いこと、叶うとしたらと問う時は『どう』答えるのが良いのか。
「ひとは、決して叶わないものを……叶えようも無いものを願うのか、それとも可能性のあるものを願うのか……」
 はぁ、と息をつく。結局はそんなことを思う程度には眠りが浅かったのだ。

●流れ星プラネタリウム
「流れ星にする願いごとって、どんなのが良いものなんだろうねって思って」
「なるほど、千さんの寝不足プラス眼鏡の危機セカンドシーズンにはそんな理由が……」
 カラン、とアイスティーの氷が溶ける。天気雨ともなれば、尻尾が重いとしょげていたレイリに千鷲は瞬く。
「セカンドシーズンで良いの?」
「サードシーズンまで行ったら度を変えましょう。イメチェンも兼ねて……と、まぁこれは置いておくとして」
 木イチゴのパフェに届ける筈だったスプーンを置いて、レイリは視線を上げた。
「誰かの答えより、千さんの答えが見つかると良いんじゃないかと思いますよ。ということで、今年の誕生日はプラネタリウムなんて如何ですか?」
「おーレイリちゃんがスパルタ」
「レディ、ですから」
 にっこりと微笑んだレイリから渡されたのは『流れ星プラネタリウム』と書かれた一枚のカードだった。
「そんな感じで、一緒にプラネタリウムとかどうかな? どうも貸し切りのプログラムがあるみたいなんだ」
 千鷲はそう言って、一枚のカードをケルベロス達に見せた。
「流星プラネタリウム。色々な流れ星が続けて見れる、っていう少し変わったプログラムでね」
 その中でも一番変わっているのは、プラネタリウム内が移動可動だ、ということだろう。ゆったりとしたソファー席に、バーカウンター。ノンアルコールの星に見立てたカクテルも取り扱っている。
「見られるのは本物の星じゃないけれど、確かに昔、この地球で見られた流れ星だって話でね」
 ゆっくりと時間を過ごすのも良いだろう。
 かつての星に願いごとをするのも良いだろう。手の届くような願いでも、届かぬ願いでも——決して叶うことのないような願いでも。
「たった一つだけ、願いが叶うなら。そんなことも聞いてくるみたいだけど……まぁ、沢山見られるみたいだし、まぁ折角だから楽しんでいかない?」
 とっておきの夜更かしも込めて。
 かつての流れ星を思い返すことができる今という時間を楽しむように。


■リプレイ

●立つ鳥跡を濁さず、星は燦々と輝く
 天の川を鳥が渡っていた。満天の星空。遠く鳥の鳴く声と、水音が届く。星座を告げる声は無く、またひとつ流れ星が空を行く。
 流れ星プラネタリウム。
 その名の通り、数多の流れ星を投影するプラネタリウムには決まった席は無い。自由に歩き回り、各々好きなように夜空を眺めるのだ。
 昔の人々は流れ星をカミサマが天井の間を上げた時に漏れた光だと思っていたという。だから、その時に願い事をするとカミサマに届くと考えたのだ。
「ピジョンだったらホークーレレ……流れ星に何をお願いする?」
 お揃いのノンアルコールカクテルを手に、マヒナは傍らの人を見た。プラネタリウムの薄闇にはもう慣れた。グラスを——そこに映る流れ星を見ていた赤い瞳がゆるく、上がる。
「……マヒナは、故郷に戻りたいのか」
「ワタシは……叶うなら、滅ぼされた故郷を元に戻したい、かな……一度、帰りたいとは思ってるの」
 南国の小さな島。マヒナの暮らした場所。
 伏せられた夜明けの瞳に滲んだのは、憂いであったか。小さく落ちた息に、ピジョンはグラスを置く。
「元に戻すのに、僕に何かできることはあるかい?」
「うーん、まだ何をすればいいのか、具体的には分からないんだけどね……。でもそう言ってくれるだけでも嬉しいよ」
 ぱ、と上げられた瞳がピジョンを見る。見上げるようにして問う声音に男は小さく笑って頷いた。
「僕がもし星に願うなら……アダム・カドモンの協力は叶わなかったけども、もし、戦いではなく宇宙に行けるとしたら、宇宙旅行に一緒に行ってくれるかい?」
 君と一緒に。夜空を越えて星の世界へ。
「宇宙旅行か……そうだね、どのみち宇宙にはこの先も行くことになるだろうけど平和な宇宙旅行にも行ってみたいな」
 きらり、とひとつ星が流れる。天の川を渡るように竪琴をひく星座を通るように。様々な季節、年月を越えて今宵のプラネタリウムには流れ星が集っていた。
「三芝は友や、誰かの事を沢山考えてきたのだから、自分の心に耳を傾けられる様になった事、時を大切だと想う」
 その背はアラタが良く知る者の最近と似ている、とアラタは紡いで視線を上げた。
「大切、かぁ。実はこれって成長かな?」
 僕は、と流れ星を見上げ僅か三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は手を伸ばす。
「星は観測するもので、そこにかける願いなんて何とも思って来なかったんだけどね」
 千鷲の言葉に、アラタは蜂蜜色の瞳を空に向けた。あの日芽生えた心と共に。
「見上げる夜空は過去だ。でも観測した瞬間、者にとって唯一無二の記憶。星々の降った軌跡は儚くても確かに見送った者の一部になって、過ぎ去った後も、一緒に生きている」
 だから、とアラタは告げた。ありがとう、と。寂しく無いぞ、と。
「遠くても一緒だ。幸いあれといつだってアラタは願っている」
 きらり、と星がひとつ流れた。
「私の夢……願い」
 誕生日祝いのマントの留め具を千鷲に贈り、祝いの言葉を紡ぎ戻った礼もまた、星にかける願いに思いを馳せていた。
「今はまだはっきりしないけど、決戦を越えてケルベロスとしての日々を終えたらわかるかもしれない」
 だから、と礼は薄く唇を開く。そっと細い指先を組んだ。
(「だから今日は、ここにいる皆さんの願いがかないますように」)
 自分のお願いは、今は置いて礼は流れ星に願う。嘗ての春にあったという流れ星に美味しそうな飲み物の存在を忘れるほど見入っていた娘は、ほう、と息をついた。
「はあ……綺麗なんて一言じゃ済まない。あの流れ星を現せるような作品、どうしよう……」
 悩むのもまた楽しみではあるけれど。ほう、と礼は息をついた。

「宇宙に進出出来るようになったとはいえ、いつ見ても、不思議ですね。……あ、流れ星まで再現できたんです! すごいです!」
 星空に煌めきがひとつ、流れた。見知った星を辿るようにひとつ、ふたつとほっそりとした指先を伸ばすエルスに清士朗は笑みを零した。
「あぁ、そうだな」
 清士朗の洋装は、彼女に見合うようにと選んだものだ。可愛い奥さん、と告げた時、瞳をぱちくりとさせて頬を染めた彼女の瞳は、今は星空にとられていた。こくま座を模したカクテルを手に、流れた星へと眼をやれば「願い」と一つ傍らから声が落ちた。
「もう……叶えたのではないか」
 右手の指輪を見ながら、エルスは小さく笑う。言の葉ひとつ、届いていたのだろう。名を紡ぐひとにエルスは笑みを見せた。
「でもね、私は欲張りですから。今も、これからも、たくさんの願いをして、そして叶えるように頑張ります」
 ところで、清士朗様は? と首を傾げれば、吐息一つ零すようにして清士朗は笑った。
「そうだな……お前と同じさ。星々には悲劇的な物語が付いて回る」
 星座となった者達は皆、願い思われ夜空に上がった。その名を、その生を、献身を惜しむように。
「だが俺は激しく咲いて瞬く間に散る英雄たちの物語よりもお前と家族と、穏やかに生きて年老いていける、そんな生活が好ましい」
「……うん、私も、その方が好きです!」
 ぱ、と顔を上げれば傍らに住まう星座のノンアルコールカクテルが触れる。ぱち、と瞬いたエルスへと僅かに身を寄せて清士朗は唇を寄せた。
「それこそいつもお前が言ってくれているようにな」
 囁き告げる言葉に寄せて。暗闇に紛れるように薔薇色の唇に触れた。ただ星だけが輝く。

 綺羅星が星座の横を抜ける。そっと指先で掴んだグラスを手に、シャムロックは笑みを見せた。
「フッ、貴女の瞳に乾杯」
 常の陽気な青年の顔とは違う、大人びた姿で、口の端をそっと上げた言葉に——……。
「……ふ」
 思わず、春燕は吹き出した。そっと抑えられた口元、耐えきられるよりは良かったのか。
「……いや、一度言ってみたかったんすよ! 格好つけてみたかったんすよ!」
 そう、青年の主張的な男の子の主張的な——こう、やって見たかったのだ。うん。
「そうね、乾杯ね」
「……乾杯っす」
 う、と思わず漏れた声ごと、星空のカクテルに口をつける。ふわり、と香るオレンジは春燕のカクテルだろう。きら、きらと星は流れていく。巡る季節は合わせてあるのだろうが、この一時にこれ程多くの流れ星を見るのは初めてだった。
「いつもは願い事を唱えるまでに流れ星が消えちまうんすが、ここなら願い事し放題っすね!」
 グラスを置いて、シャムロックは傍らに座る人を見る。
「春燕さんは何かお願い事はあるっすか?」
「願い事は……そうねぇ、私は欲張りだからいっぱいあるわよ」
 平和な世界、友の幸福。挙げればキリが無いけれど。来し方を思うように、そっと吐息でカクテルに触れて、春燕は視線を上げた。
「シャムロックは?」
「自分は……この地球が平和になって、皆が楽しく暮らせるように、っすかね」
 常と変わらぬ笑みを浮かべ、そう言ったシャムロックの瞳と出会う。美しい藍色の瞳。小さく瞬いた先、耳に届いたのは「もし」と願うような言葉だった。
「もうひとつ願っても良いならば、この先も、こんな風に貴女の隣で過ごせたら、なんて」
「——」
 ささやかで温かな願いは、募らせた想いと重なって。そう、と手を伸ばす。グラスを置いて、ただ彼に身を寄せるようにして春燕は告げた。
「私の願い事、1つ叶っちゃったわ」
 彼と一緒にこうして笑い合う日が続きますように。
 答えるように星がひとつ、流れた。

「……――ナキ」
 かけられた声の——その、言葉の意味に気がつくより先に、軽く体を引かれていた。
「あンま余所見すンなよ」
 ぽつり、と落とされた忠告に、肩に回った腕を知る。胸元に引き寄せられたと、そう気がついたのはコツンと己の額が触れた時だ。肩口、触れた熱と伝わる体温に、心臓の炎が肌の内側で揺らめく。
「すみません」
 慌ててナキは顔を上げた。ひどく頬が熱い。真っ赤になっているのは自分でも何処か分かっていて、でもどうすることも出来ないままに先に声を上げる。
「危ねェぞ。ほら」
 ふ、と一つ笑ったひとは、そんなナキに何を言う訳でも無く。ただ穏やかな微笑みと共に手を差し出すから。その微笑みが何より綺麗で言葉を失う。見失って溺れてしまいそうなのに、そっと重ねる手だけはしっかりと覚えていた。
「なァ、お前の願いッて、何なの?」
「……智秋さんは?」
「俺? 俺は、そうだな」
 帰された問いに、小さく智秋は瞳を細めた。願い。叶えたいと思うもの。それがあるとすれば——……。
「智秋さん?」
「……」
 コツン、と額を重ねて、ナイトブルーの瞳を真っ直ぐに見据える。
(「お前と、ナキと、 傍に居られたら、それだけで」)
 星にも告げぬ言葉を、ただ思うだけ胸に灯して。見開かれた瞳に、智秋は金色の瞳を細めて笑った。
「今度ゆーッくり教えてやるよ」
 意地悪く口の端を上げた人に返す言葉はすぐに見つからなくて。甘い意地悪な答えに翻弄されるばかりのナキの瞳に流れる星が見えた。
(「俺の願いは弟妹と貴方と過ごす、この愛しい日々が続きますように」)


 祝いの言葉を告げた先、微笑んで受け取った千鷲から聞いたのはカクテルの話だった。もし、好みなようだったらと聞いた先、星を模したカクテルはグラスの中で色彩を変えるものもあるという。魚座のカクテルは、美しい海のような色をしていた。
「こういうのは、流星群も見られるのでしょうか。流星群なら、まさに星の数だけある人の願いを、一度に叶えてくれそうですよね」
 ほう、と紺は息をつく。コツン、と置いたグラスを一つ、抱く願いはひとつだけだった。
(「愛する方の、幸せです」)
 天の川を渡るように星が行く。輝きはゆっくりと尾を描き、ひとつ、またひとつと深い青の空を旅する。祈るように組んだ指先を解けば、最後にひとつ連れ立つ流れ星が見えた。その姿にふ、と紺は笑った。
「カクテルも美味しいですし、えぇ、本当に……」
 見上げる星は投影でも、嘗て確かにこの世界に流れ届いた星達だ。その力強さに感動するように、星を——空を、見上げた。とっておきの夜更かしを、目一杯楽しむように。

「千鷲、ひとつだけ願いごとが叶うならと、訊かれた事でもあったのか」
 夜を映した空は冬の星を映していた。しん、と凍えるほどの夜は星がよく見える。空の色が僅かに違うのは季節を忍んでのことだろう。
「ポーカーの時に友人と呼んでいた人?」
 薄闇に慣れた身に、冬の寒さを感じない不思議な気持ちを残しながらティアンは視線を上げた。年嵩の男は眼鏡の奥の瞳を僅かに細めると、ふ、と笑った。
「うん、そう。科学的根拠も無いのに、って言ったらそれはもうお説教と一緒にね」
「お説教か」
「そ、正座させられてね」
 託すような願いの意味が理解できなかったのだ。目標や目的でなく願いとするものが。
「星にかける意味が分からないと言ったら『ひとつだけ願い事が叶うなら何がしたい』って逆に聞かれてね」
 聞いたのこっちだって言ったんだけどね、と僅か懐かしむようにして千鷲は息をついた。
「その問いは意思があるから考えとけって言われて……そんな話をされて結構経つのに、思いつかないものだと思って」
 ひとつだけ願い事が叶うのなら、何が良いか。
「聞いても良いかな? ティアンちゃんにとって願いって?」
「ティアンの願いは相手に聞き入れて貰えなかった事も、叶わなかった事もあるし」
 ひとつ、ふたつティアンは指を折り数えていく。約束を破られたとか、そもそも約束して貰えなかったこともある。あの日の傷痕は残らぬまま——白い指先がまたひとつ願いを数える。
「自分で果たした事も、果たす予定を立てて準備中の事もある」
 そこまで数えて、ティアンは首を傾げた。
「これはもしかして多いのだろうか。欲深と言われた事はあるんだが」
「そうなんだ」
 ぱち、と瞬いた千鷲にこくりと頷いてティアンはまた一つ流れた星を見た。
「もしもがつく話は好きじゃなくて、ひとつ叶うならと、答え辛いが」
 ほっそりとした指先を僅かに伸ばす。
「……大切な人達が幸多くあるように、かな」
 星がまたひとつ、流れた。
「ほい、景臣君のぶん」
「有難うございます」
 手渡しの夕暮れに瞳を細めながら、景臣はソファーに腰掛けた彼へとグラスを差し出す。ベルベットハンマー。ふわりと揺れる珈琲の香りに瞬きより笑みがひとつ返った。
「好い香りだ」
「それは良かったです」
 唇が自ずと綻ぶのは鼻孔を擽る花の香故か。
(「それとも……彼がいるから?」)
 僅か、向けた視線に「ん?」と緩く首を傾げたゼレフに、いえ、と景臣はグラスに口をつける。色づくカクテルにきら、と流れ星が映り込んだ。
「……」
 ひとつ、ふたつと。星座の傍らを辿り、星は流れてくる。無邪気に指先を伸ばす頃はとうに過ぎ、ただ視線で星を追っていれば囁きほどに低い声が届いた。
「――連星って知ってる? こんな感じで、繋いだ手を中心にするみたいに同じ軌道で回る星なんだってさ」
「寄り添う様に空を巡る星、だなんて、とてもロマンチックですね」
 吐息一つ零すようにして微笑んだ景臣の隣、そういえば、と呟くようなゼレフの声が落ちた。
「ねがいごと、ずっと苦手だったんだよね」
 グラスに触れた唇をそのままに、落とす吐息に湖面が揺れる。
「見えないものに預けちゃいけない気がしてさ」
 瞳は空を辿っていたか。もう存在しないかもしれない遙かな光を辿った男の瞳を見るように、丸い天井に描かれた星空の下、ゼレフの顔を覗き込んで微笑んだ。
「願い事をするならば、今程良い機会はありませんよ。何せ多くの人々の願いを叶えてきた星々が見守ってくれているんです」
 嘗てこの地に届いた星達だからこそ、この空にいる。四季を渡り、時を渡り——そうして今、輝く星々を眺め見て、景臣は言った。
「僕達の願いくらい、簡単に叶えてくれそうだと思いませんか?」
「——」
 すぐそこにある夜色の双眸。今なら拙いながらも言葉にできそうで、空のグラスを手にゼレフは空を見る。肩越しに見た星々を。
(「星ほどには永くなくても、宇宙よりずっと近くても」)
 微かに、それでも隣にいる彼には届く声でゼレフは紡ぐ。
「そうだなあ」
 いま、ひとつの願いを。
「……同じ道を、往けたらいいね」
「同じ道――連星の様に?」
 瞬きの代わりに、柔らかな笑みが返った。
「――ああ、けれど。存外にもう、既に叶えられているのかも」
 長く尾を引くように星が流れていく。

「26歳の千サンはまた随分ロマンチックだな。急に星が見てぇとか」
「まぁね、なんとなく思い出したというか……、この身が残るなんて思ってもいなかったから」
 サイガの言葉に千鷲はそう言って顔を上げた。戦う為にあった身だ。全て終わったらただの兵器に戻れたら、そんなことを思っていたのに。
「今は、すんなりとそう思わないものだなって」
 かける天秤の片方が生まれたからだとは、千鷲にも分かっていた。惜しむだけの日々がある。もっと話していたいとかそんな欲が、日々が生まれてしまった。
(「世界はいつも眩しい。君達が教えてくれたことも」)
 眼鏡の越しの瞳で二人を見て、千鷲は笑った。
「だから、センチメンタルを振りかざして見ようかと思って。星でも見れば分かるかなっていうね」
 それで、と千鷲は星の話のキソラに先を願う。流れ星にも色んなイロや光り方が……、と話しているうちにまたひとつ、ふたつと流れれば数年前の流星群の名をキソラが告げた。
「ま、コレが過去の一つ一つだってンなら、願いもひとつだけとかケチなコト言わず思いつくだけ言ってみりゃイイんじゃね」
 両の手で数えるのを超えた頃にキソラはそう言って、星空を映すカクテルを置く。
「叶わなくたって、そんな願いがあったってコトは覚えていられる」
「願いを、覚えていられる……、そうか。そういう考え方もあるんだね」
 それなら、と薄く零れた声は、願いを探し出すのだろう。ふ、と笑って、そんで、とキソラは問う声でも無いままに空色の瞳を向けた。
「お前はナンか願い事ねぇの」
「俺? ひとつも何も、俺の思うけるべろなら星に願うよかてめぇで叶える。とりあえずよー、もっと叶えやすいヤツから挙げてってこん後二次会だろ」
 お上品なカクテルを飲み干して、サイガは視線を上げる。
「てるてる坊主作り? 山盛りスイーツ? 朝まで寝ずゲー? 金かかる話は割り勘だぞ」
「ソコはお誕生祝いに奢ってやれよ」
「思わず納得しかけて危なかったけど、そうだよね」
 キソラのツッコミに千鷲も顔を上げて、誕生日というものをただ年数の数えとしてだけ使っていたレプリカントが笑う。祝うんだが乗じてたかるんだが、そんないつものノリで告げて、サイガはグラスを置いた。
(「過去はそいつが、現在は俺が。そんだけ」)
 星が、またひとつ流れていく。
「今願うならやっぱ明日の天気かな。楽しくすごせりゃどんなでもイイ」
 尾を引くように流れていく星の青さに瞳を細め、キソラは笑った。
「ずっと願いたかった一つは、もう叶えたから」
 円形の夜空に星が渡る。流れ星と共に過ごす夜の時間は、あと少しだけ続きそうだった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月5日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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