シャイターン襲撃~ヴァルキュリアの涙

作者:犬塚ひなこ

●ヴァルキュリアの涙
 ――東京都立川市。
 市内に現れた魔空回廊から何体ものヴァルキュリアが現れた。三体ずつのチームに分かれ、四方向に飛び去った彼女達が目指すのは人が多く住む住宅街。
 おそらく虐殺を行う心算なのだろう。
 そして、道行く青年を見つけたヴァルキュリア達は対象に妖精弓を差し向ける。刹那、矢に貫かれた一般人は悲鳴をあげる暇もなく絶命した。
「次の標的を探しましょう」
 何の感情も見せず、黒髪のヴァルキュリアは同行する仲間二人に呼び掛ける。
「行きましょう、ニル、レイア」
 だが、まったくの無感情かと思われたヴァルキュリアの瞳には血の涙が浮かんでいる。頬を伝った涙はまるで、心の奥底に封じ込められた悲しみを示しているかのようだった。
 
●戦乙女の心
 ドラゴンとの戦いが佳境に入っている現在、エインヘリアルにも大きな動きがあった。
 大変なのです、と告げた雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)は集ったケルベロス達に事件の説明を行ってゆく。
「今回の事件はザイフリートとは別のエインヘリアルの王子の仕業です!」
 鎌倉防衛戦で失脚した第一王子の後任として、新たな王子はデウスエクス・シャイターンと共に地球への侵攻を開始した。新勢力とも言えるエインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従え、人間達を虐殺させることでグラビティ・チェインを得ようと画策しているようだ。
「そこで、ここに集まった皆様には操られたヴァルキュリアさん達を止めに向かってほしいのです。お願いできますか?」
 真剣な表情のリルリカはケルベロス達に願い、切実な眼差しを向けた。
 
 現在、東京都立川市に現れたヴァルキュリアは住民を虐殺しようとしている。
 だが、邪魔する者が出た場合は虐殺よりも排除を優先して行うように命令されているらしい。つまり現場に向かったケルベロスが戦いを挑めば、ヴァルキュリア達が住民を襲うことは無いということだ。
「ただ、都市内部にはシャイターンもいるみたいです。シャイターンが居る限りはヴァルキュリアさん達の洗脳は強固なままなのでございます」
 以前、一部のヴァルキュリアはケルベロスに対して好意的な意思を見せていた。だが、シャイターンの洗脳がある限り彼女達は何の迷いもなく殺しに来る。
「ですが、シャイターン撃破に向かったケルベロス様がシャイターンを倒した後なら……もしかしたら隙ができるかもしれません!」
 リルリカは希望を持って告げるも、それだけで確実に洗脳が解けるかどうかは確かではないと話した。隙が出来た際にケルベロス達が説得を行えば洗脳を振りきって貰えるかもしれないが、どう転ぶかは未知数だ。
「予知ではヴァルキュリアのシルヴィさんは血の涙を流していましたです。きっと、心の奥ではこれ以上は人を殺したくないって思ってるです……」
 瞳を伏せたリルリカは首を振り、顔をあげた。
 確かにヴァルキュリアには同情の余地もあるが、戦いの手を抜いてしまいケルベロスが敗北することになれば住民が虐殺されてしまう。
 説得も大切だが、有事の際は心を鬼にして相手を撃破する必要があるだろう。
「操られているだけだとしても……ヴァルキュリアさんがこれ以上の罪を犯す前に殺してあげるのも、優しさなのかもしれないです」
 きっと、それが出来るのはケルベロスだけ。
 どのような結末になっても最善を選んでくれると信じ、リルリカは仲間を見つめた。


参加者
雲上・静(ことづての・e00525)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
辰・麟太郎(剣花角・e02039)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)
セルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601)
先行量産型・六号(絶氷ノ神楽笛奏者・e13290)
エレノア・エリュトゥラー(マリンソース・e15414)

■リプレイ

●想いの行方
 その頬に流れ落ちるは血の涙。
 心を操られた戦乙女は空を舞い、死を求めて彷徨い往く。
 虐殺を行う為にこの都市に現れたヴァルキュリア達の姿を見上げ、エレノア・エリュトゥラー(マリンソース・e15414)はぎゅっと掌を握り締めた。
「こんな所でしか再会できないなんて……シルヴィさん……」
「あいつが……エレノアの言ってたヴァルキュリアか」
 エレノアが戦乙女のうちの一人の名を呼び、先行量産型・六号(絶氷ノ神楽笛奏者・e13290)が双眸を鋭く細める。同時に上空のヴァルキュリア達もケルベロスの存在に気付いたらしく、目配せを交わしあって降下した。
「このような形、で、また出会う、とは」
 雲上・静(ことづての・e00525)もぽつりと呟き、以前に戦ったことのある戦乙女の姿を瞳に映す。
 ――もしかしたら、私たちの勇者はあなたがたなのかもしれませんね。
 過去の戦いの後にシルヴィと名乗ったヴァルキュリアが語った言葉は今もありありと思い出せた。辰・麟太郎(剣花角・e02039)は、あの時とはまったく違う無感情な様子の戦乙女に視線を向ける。
「ユウタん時以来だな嬢ちゃん。会えて嬉しいぜ」
 こんな形じゃなけりゃ、と告げた麟太郎もまた、静達と同じ思いを抱いていた。しかし、今の彼女達は操られているがゆえに麟太郎の言葉に何の反応も示さない。
「洗脳だなどと趣味の悪いことをしてくれるな。実に気に入らない」
 殺界を形成したセルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601)は戦乙女達の裏に控えている存在を思い、軽い溜息を吐いた。
「邪魔する者は排除します」
「死んで頂きます」
 黒髪と銀髪のヴァルキュリア達が武器を構えてケルベロス達を睨み付ける。
「ニル、レイア、行きますよ」
 そして、二人の仲間の名を呼んだシルヴィも妖精弓を構えた。
 風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)は向こうからの攻撃が来ると察し、相手の動きに注視する。マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)をはじめとしたケルベロス達の目的は撃破ではなく、彼女達を救い出すこと。
 今はシャイターンを討つ仲間を信じようと決め、恵達は皆に呼び掛けた。
「僕達は目の前のシルヴィ達を止める事に専念しましょう」
「たとえ今は言葉が届かなくても、止めてみせるよ……!」
 マサムネ達の声が凛と響き渡り、左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)がその声に頷きを返す。そのとき、かなめの脳裏に浮かんだのは過去の戦いで倒した戦乙女の姿だった。
「あの時は……殺める事しか許されなかったヴァルキュリアの命……」
 目の前の者達を救えたとしたら死した戦乙女も浮かばれるのだろうか。かなめは過ぎった感情を押し込め、斧の柄を強く握り締めた。
「思いを言葉にすれば、きっと――」
 エレノアは祈るようにして刹那の間だけ目を瞑り、顔をあげる。
 その瞳には仲間達が抱く思いと同じ、真剣でまっすぐな意思が込められていた。

●涙の痕
 刃の一閃が迫り、矢が放たれ、刃が煌めく。
 戦乙女達は一様に無表情のままケルベロス達へ容赦のない一撃を放った。対する静は攻性植物に黄金の果実を宿らせ、仲間に聖なる力を与えてゆく。
「果たして、私達が……シルヴィさんたちを助けられる、勇者になれるか、どうか」
 あの言葉を現実のものにする為、静は皆を支えようと心に決めた。
「オリーヴ、行くよ!」
 エレノアは相棒のナノナノに声をかけ、魔法の葉による援護を麟太郎に授ける。合わせてオリーヴもハート型のバリアを恵に施した。
 ありがとよ、とエレノアに礼を告げた麟太郎も前衛へとドローンを飛ばし、長期戦に持ち込む心構えを抱く。
「打って来ないのですか」
「泣きながら戦う女を斬るなんざ、俺ぁ御免だ」
 癒しに徹するケルベロス達を見遣ったシルヴィが淡々と問いかけ、麟太郎は緩く首を振った。麟太郎は流した涙の痕が戦乙女の頬に残っていることを差し、それがわずかに心が残っている証だと示した。
 無論、このまま防戦に徹するわけではない。
 マサムネは電光石火の蹴りを放つべく地を蹴りあげ、ニルを狙う一閃を放った。
「女性の涙は武器なんて言うけど、それが血の赤に染まるだなんて悲しいよ」
 胸を締め付けるような思いを抱き、マサムネは小さく零す。だが、ヴァルキュリアはその攻撃や言葉を受けても無反応だ。
 セルジュもガトリングガンを掲げ、弾丸を嵐の如く撃ち出してゆく。敵として立ち塞がる戦乙女達の攻撃は激しく、油断すればこちらが押し負けてしまいそうなほどだ。
 だが、セルジュは決して怯んだりなどしない。
「無理を通すのが俺達の仕事だからなあ」
「この儘で失礼。此度の戦い、振るう刃を僕は持ちませぬ故」
 セルジュに続いて恵が死天剣戟陣を放ち、自らの腕を大きく振りあげた。その言葉通り、腰に提げた刀は未だ抜かれていない。
 その間にかなめが破壊のルーンを描き、味方へと力を与えていった。
「六……この戦が終わったらまた甘えさせておくれ」
「それくらいお安い御用だ。それから、守ってやる。好いた女も! そいつが救おうとしてるものも……全部っ!」
 かなめの言葉に頷きを返し、六号はエレノアにも視線を向ける。そして、六号が放った守護星座の加護はマサムネや恵、セルジュ達を守る力となっていく。
「無駄です」
「私達を甘く見ない方がいいですよ」
「覚悟しなさい……!」
 対するヴァルキュリア達は淡々とした様子で、こちらを倒さんと襲い掛かってきた。
 攻防が交わされ、時に躱され、戦いは巡る。
 かなめが仲間を庇い、静とエレノアが癒し手として皆の背を支えていく――そのときだった。静に他所で戦う班からの連絡が入る。
「コールは、一回、でした……。皆さん、ヴァルキュリアの、援軍が……来ます」
 元から決めていた合図の意味を察し、静は注意を呼びかけた。
 シャイターンの戦場からどの場所に援軍が向かうかは分からないが、警戒しておくに越したことはないだろう。
「救うことの難しさは重々承知しているが……」
 六号は剣を握り直し、麟太郎も気は抜けないと呼吸を整えた。
「ああ。だが、困難だからこそ遣り甲斐があるってもんだ」
 厳しさを知ってはいても諦める心算は欠片もない。ケルベロス達は戦いが今以上に烈しくなる予感を覚えながらも、救う為に戦い続けることを決めた。

●加勢と揺らぎ
 そして――予感通り、戦場には槍を装備したヴァルキュリアが現れる。
「今馳せ参じた。加勢しよう」
 シルヴィ達を見遣った増援は冷たく言い放ち、刃の切先をケルベロスに向けた。エレノアと静は癒しの手を緩めてはいけないと察する。恵は彼女もまた操られている者のひとりだと感じ、呼び掛けた。
「貴女達は勇者の魂の導き手であって虐殺の徒ではないでしょう」
 恵は素直な思いを告げ、誓いの心を溶岩へと変える。重圧の熱がヴァルキュリアに襲い掛かり、その動きを鈍らせた。
「シルヴィ、ニル、レイア。それにそっちのお嬢ちゃんも……お前さん等を縛る力がどんなモンか、俺にゃ分からねぇ」
 麟太郎はアームドフォートの砲撃を浴びせかけながら、思いを言葉にしていく。攻撃は行えども、それは相手の一手を回復に割かせる為だ。
 その隙を見計らって静が浮遊する光の盾を具現化し、仲間の防護を固める。
「優しい記憶を、忘れてしまったわけではない、にせよ。だからこそ、苦しんでいらっしゃるのでしょう、ね」
 淡々と攻撃を行うヴァルキュリア達の目には涙が浮かんでいた。静はまだ希望を持ち続けて良いのだと判断し、癒しの力を更に紡いでいく。
 セルジュも流星めいた蹴撃を放ち、戦乙女をまっすぐに見据えた。
「その涙は何だ。心に沿わぬ強制的な隷従か。ならば目を醒ますがいい」
「シャイターンの思い通りになんかさせない!」
 マサムネも押し込められているヴァルキュリア達の本心を思い、爆破スイッチでの攻撃を行う。彼女たちの涙を拭い去り、開放してやりたい。それがセルジュやマサムネが願うことであり、目指すべき結果だ。
 かなめも呼び掛けを行おうと決め、眼差しをしかと向ける。
「争いからは何も生まれぬ。共に武器をしまって先ずはお話をせぬか?」
「無駄です」
 しかし、かなめの言葉は一蹴されてしまった。まだ洗脳が強固なのだと感じたかなめは六号が奏でる神楽笛の音色に合わせ、柳が描かれた華ノ札を天高く放り投げた。
「奏でるは『朝霧』……いでよ白陽……姿を現し、ワシに従え……」
「――轟け雷鳴……雨柳轟招雷!」
 かなめが詠唱を終えると共に指を鳴らせば、形成された魔法陣から雷が轟く。同時に六号が発現させた白い霧が周囲に広がり、味方の能力を高めた。
 オリーヴも懸命にバリアを張り続け、エレノアは体力が削られた仲間に癒しのオーラを解き放つ。
「決して、誰も殺させませんから!」
 共に帰るのならば全員一緒に。誰も欠けさせはしないとエレノアは強く願う。
 それから双方は幾度も武器を振るい、力を尽くした。そして、長引く戦いに消耗し、仲間達の息が切れ始めた頃。
 突如としてヴァルキュリア達に異変が起こった。
「……!?」
 レイアと呼ばれていた戦乙女が突然、戸惑った表情を見せたのだ。
 それだけではない、シルヴィが急に祝福矢を麟太郎に向け、その傷を癒した。
「おい、シルヴィ、何を」
「何をしているのだ」
 麟太郎が問いかけようとした声に被さるようにして、槍のヴァルキュリアが問いかける。だが、彼女自身も先程とは雰囲気が違うようだ。
「もう、こんなことしたくありません……っ!」
「きゃあ!」
 ニルもシルヴィを攻撃し、レイアに至っては自分を傷付けようとしている。槍の戦乙女は普通にケルベロスを狙おうとしているが、明らかに様子がおかしい。
「もしかして――」
「シャイターンの洗脳とやらが解けかけているのか?」
 はたとした恵と六号は戦乙女が混乱状態に陥っているのだと気が付く。そうして、仲間達は今こそ手を伸ばす時だと感じ、思いを強く持った。

●暫しの別れ
 ここからは攻勢よりも防戦。そして、説得の時だ。
 麟太郎はより強い守りの体勢に入り、マサムネは攻撃方法を切り替える。
「勇者を探していて誇りを持ったまま血の涙を流してしてまで戦っている。君達の目的は虐殺なんかじゃない筈だ!」
 マサムネは戦乙女達を見据え、加減した一撃で以てニルの戦う力を奪い取った。
 静も呼び掛けが彼女達を救う鍵になると信じ、以前のことを語ってゆく。
「ユウタさんのうたを、あなたは聴いていました、ね。今のあなた、には、そのうたが、聴こえますか。心を、殺されてしまったら、心を殺してしまったら……」
 そのうたも思い出せなくなるかもしれない。
 皆はきっと優しい心を持っているはずだから、と静は懸命な想いを向けた。恵も相手の姿を瞳に映し、嘘偽りない言葉を口にしていく。
「その誇り、守りたいなら呪縛を振り払いなさい」
 振り払う手助けが必要なら手を貸す。そう告げた恵だったが、戦乙女達は槍撃や刃でケルベロスを討とうとしてきた。
「う……うぅ……」
 苦しげな声をあげたシルヴィはふらつきながらも、かなめに癒矢を放つ。はっとしたシルヴィはすぐに攻撃に移ろうとしたが、その様子は何かに必死に抗っているようにも見えた。
「儂等は敵ではない……本当の敵は他に居るのじゃ。お主らの力を儂等に、儂等の力をお主等に、共に歩もうではないか?」
 かなめは彼女からの癒しに礼を告げ、真剣な思いをぶつける。
 エレノアも戦乙女の心を取り戻したいと願い、オリーヴに回復を続けるよう告げた。あの夕暮れの高台で会った時、シルヴィは少年の心を重んじた。
 彼女が本当は誰も殺したくないと思っているのは知っている。
 あの時の言葉もはっきりと覚えている。
「今、わたし達が勇者になります。あの夕暮れの日、あの子に差し伸べた手を、今……あなた達にむけて伸ばします!」
 だからこの手を取って、と示すようにエレノアは小さな掌を差し出した。
 六号はエレノアが狙われぬよう立ち回り、六式譜術を奏でる。
「例えお前達が敵だろうが味方だろうが、心が泣いてる女を放っておくことはワシの道理に反するのでな……」
 その言葉に反応したのかは定かではないが、乙女達の瞳に涙が浮かんだ。セルジュは攻撃の手を止め、仲間と同じように手を伸ばす。
「悲しいのだろう。この手を取れ、奥底に抱えたその心に従え!」
 強い思いはまっすぐな言葉となり、戦乙女に届く――かのように思えたそのとき、セルジュの身がシルヴィの放った矢によって貫かれた。
「癒し、ます……どうか、届い、て……」
 その動きに気付いた静がとっさに仲間の傷を癒したことで事なきを得る。見るに、ヴァルキュリアへの洗脳はまだ完全には解けていないようだ。
 その姿を見遣った麟太郎は辛さを押し込め、思いの丈を紡いだ。
「あん時、自分の負けを悟ったお前さんは……潔く認めて、笑ったじゃねぇか。そんな誇り高ぇ女が力に屈したまま人を殺すなど、あっちゃならねぇ」
「そうです、思い出して下さい」
 麟太郎に続き、恵もあと少しだと感じて呼び掛けた。
「私は……何、を……あ、あああああ!?」
「苦しいです。何故こんなにも……」
 叫び出したシルヴィと共にレイア達が苦悩しはじめる。麟太郎はこれが最後の一押しだと決め、声を張りあげた。
「俺達を信じる必要は無ぇ、自分を信じろ! ――根性見せやがれ!!」
 そして、次の瞬間。
 身構えていた戦乙女達が戦闘態勢を解き、武器を下ろした。しかし、彼女達はケルベロスに背を向け、戦場から飛び立とうとしているではないか。
「撤退するぞ」
「ええ、これ以上の戦闘は無理です」
 槍の戦乙女が先導し、倒れたニルを抱えたレイア達も続く。セルジュは彼女達の突然の撤退に困惑しながらも様子を窺う。
「目を醒ましたのか? いや、違うな……」
「待ってください、皆さん! シルヴィさん!」
 エレノアが手を伸ばしたが、既に翼を広げたヴァルキュリア達は戦線を離脱していた。去り際、名を呼ばれたシルヴィが振り返り、静かに目を閉じる。
 その瞳からは涙が流れており、悲痛な感情がうかがえた。しかし、こちらにはもう追いかける体力すら残っていない。
「……行ってしまったか」
「今は、これで、良いのかも、しれません」
 六号が名残惜しそうに呟き、静はそっと顔を伏せる。恵は疲弊した体を押さえ、麟太郎も戦乙女が飛び去った空を振り仰いだ。マサムネはいつかまた会えると信じ、悔しさを押し込めた。そして、かなめは双眸を緩やかに細める。
「これを機に何かが前に進めばよいが……。儂でさえこの歳になっても前に進むしか無いのじゃからのぅ……」
 今は別離したとしても何かが変わる切欠は掴めたはず。
 ちいさく呟かれた言の葉は冷たい風に乗り、静けさの中に散った。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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