迎撃、星戦型ダモクレス~月面の迎撃作戦

作者:絲上ゆいこ

●グランドクロス
 レプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は掌の上に資料を映し出すと、片目でケルベロスたちの顔を真っ直ぐに見据えて。
「投票の結果は、皆の知っての通りだ」
 ――十二創神『超神機アダム・カドモン』はケルベロスの正しさを認めながらも、相容れぬ提案に会談を打ち切った。
 そうして告げられた宣言に対して、ケルベロス達は方針を決定する投票を行い。その結果、ダモクレスとの決戦を行う事が決定したのであった。
「アダム・カドモンはダモクレスの本星である『惑星マキナクロス』を亜光速で駆けさせて、既に太陽系に侵入して来ているぞ。――アイツの言う通り、地球をマキナクロス化しちまうためにな」
 マキナクロスは太陽系に侵入すると同時に、惑星を機械に改造を始めた。既に火星は、機械化が完了してしまっているそうだ。
 ……勿論ダモクレス達だって、意味も無く星を機械化しながら進んでいる訳では無い。
 その目的は惑星の運行を制御し、グランドクロスを行う事にある。
「地球にも季節ごとの催しの魔力……『季節の魔力』ってのが在るだろ? グランドクロスはその宇宙バージョンに相当するらしくてなァ。グランドクロスで生まれた膨大な魔力を『暗夜の宝石』――月に集めて月を再起動する事で、一気に地球をマキナクロス化しようって魂胆のようだ」
 やれやれと肩を竦めたレプスは、顔を緩く振ってから視線を上げて。
「っつー訳で、ケルベロスクン。お前達にゃ万能戦艦ケルベロスブレイドに乗って、また月に行って貰うぜ」
 火星の機械化を終えたダモクレス達はとてもではないが万能戦艦ケルベロスブレイドでは追いつけぬ速度で、現在地球を避けて金星・水星方面へと向かっている。
 このまま全ての惑星を機械化しに行く道がてらに、魔空回廊を利用して月面遺跡の内部へと直接星戦型ダモクレスを転移する事で、遺跡の掌握を行おうとしているのだとレプスは言った。
「月の遺跡が制圧されちまった時点で、地球がマキナクロスになっちまう事は避けられない。……だけどな。今回奴らが現れる地点は、聖王女エロヒム協力もあってばっちり予知が出来てンだよなァ」
 掌の上の資料を切り替えたレプスは、少しだけ悪戯げに笑って。
「そういう訳で。月面遺跡内部の敵出現予定地点に先回りして貰って、転移されてくるダモクレスの撃退を頼むぞ」
 1つの地域に対して投入されるダモクレスは、全部で3体。
 最初のダモクレスが現れてから8分後に2体目が、更に8分後に3体目が出現する予定である。
「8分以内に撃破が出来れば良いが――、もし手間取っちまった場合は最大3体まで一気に相手取らなきゃいけねェって訳だ」
 宇宙での戦闘用に改修強化されたダモクレス達は、決戦に備えて送り込まれてくるだけあって精鋭揃いだ。その精鋭達複数と同時に戦うとなると、戦いを重ねてきたケルベロス達とあっても苦戦するかもしれない。
 レプスが指先で空中を弾いて資料を切り替えると、月面遺跡の内部のイメージが現れた。
 その姿は以前の改造された禍々しい姿とは違い、暗夜の宝石本来の荘厳な神殿めいた姿を取り戻しているようで。
「今回重要なのは、コレだ」
 彼の指し示す先には、エネルギー切れで機能を停止している装置が存在していた。
 この機械に膨大な季節の魔力を注ぎ込む事で、敵は月を再起動しようとしていると、レプスは説明を重ねて。
「どうしても敵に勝てねェと判断した場合は、機械を破壊して撤退する事も考えて欲しい。……勿論遺跡の施設を壊して欲しい訳じゃねェが、背に腹はかえられないからなァ」
 もし破壊を選択した場合。
 決戦後に暗夜の宝石を利用したくとも、出来なくなってしまう可能性もある。
「戦場となる区域は遺跡の内部だと言っても、戦うのに困る事は無い広さは確保されている。……本当に必要な時以外は、できるだけ遺跡は傷つけねェ用に頼むぞう」
 それから彼は、現れるダモクレス一覧に資料を切り替え広げて。
「ンで。この地域に現れる敵は、以前弩級兵装回収作戦の時に撃破した『鉄聖母メサイアン』の部下だった奴らだ」
 人々の機械化こそが救済だと信じて行動していた、鉄の聖母たるダモクレス。
 彼女亡き後も部下達は、人々を機械化して永劫の存在と成る事が救済だと信じ続けている。
「まず初めに現れるのは『四聖機・イェツラー』だ」
 水の属性を持つ輪を纏った少女姿の彼女は、まずはどのような相手にも耐えられるようにディフェンダーで護りを固めてきている。
「8分後。次に現れるのが『四聖機・ブリアー』」
 風の様に舞う細剣を手にした少女姿の彼女もまた、作戦成功の為にディフェンダーで護りを固めている。
 そして――。
「最後に現れるのが、『四聖機・アティルト』だな」
 炎の力を宿した本を手にした、神官めいた姿をしたダモクレス。
 クラッシャーのポジションで、刃向かう敵を叩き潰す役割を担っているようだ。
「――長い戦いだったが、遂にダモクレスとも雌雄を決する時が来たな」
 そうして資料を閉じたレプスは、ケルベロス達と視線を交わして。
「この戦いを最後にしてやろうぜ。……強敵との三連戦になるが、よろしく頼んだぜ」
 無事に帰ってきたら菓子くらいなら奢ってやるよ、なんて。彼は笑った。


参加者
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
ベーゼ・ベルレ(ミチカケ・e05609)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
紺崎・英賀(自称普通のケルベロス・e29007)
アレクシア・ウェルテース(カンテラリア・e35121)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
ランスルー・ライクウィンド(風のように駆け抜ける・e85795)

■リプレイ


 以前同じ場所へ足を踏み入れた事の在る者ならば、その華麗な変化にきっと驚いた事であろう。荘厳なる柱に華美な作りの室内。――そして、部屋の真ん中に設置された美術品めいた四角い箱。
 これこそがケルベロス達が今回守り抜くべき装置である事を確認した、紺崎・英賀(自称普通のケルベロス・e29007)は懐中時計に視線を落としてから、瞳を細めた。
「……しかし、こんな所まで来ちゃったか……」
 ここは地球を飛び出した、先の先の場所。
 地球を一周するよりもずっと長い距離を高く高く、駆けた先。
 月――暗夜の宝石の遺跡の内部である。
「ああ、再び月の地を踏めるとはな」
 再びの宇宙、再びの月。
 以前は自身が踏み込む事の無かった遺跡の内部。
 リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)の表情こそ変化は無いが、胸裏で弾んでしまう気持ちは隠せはせず。彼の濡羽の髪の上では、幾つもの白き星花が気分も良さげに咲き誇っている。
 そこへ――。
「見えた!」
 デバイスを使い気配を探って周囲を警戒していたランスルー・ライクウィンド(風のように駆け抜ける・e85795)が、ゴーグルを上げると剣を構えて。
「うん、始めようか。……ペルル!」
 ティユ・キューブ(虹星・e21021)も自らのボクスドラゴンと視線を交わしあうと、仲間達へと虹色と星彩を膨れ上がらせ。瞬く星光と虹の泡が、仲間達を包む加護と成る。
「――いざ、尋常に」
「ああ」
 集中力の高める加護の光を放ったリューデと、瞳を一度瞑った英賀が同時に時計のタイマーを設定すると。――次に開かれた英賀の金の瞳は、ひどく冷たい色をしていた。
 そのまま彼は自然な動きでナイフを掌の中で転がすと、自然な動きで刃を手にして歩み出し。
「ダモクレス最精鋭とは相手とって不足無し! 我が名はセントールの騎士、ランスルー・ライクウィンド――参る!」
 対照的に地に罅を産まんばかりの勢いで大きく地を蹴り込んだランスルーは、剣に紫電を纏って力強く剣を振り上げて。
 静と動の刃が未だ何もいない一点を狙って、打ち込まれると――!
「わーっ、何何!? 待ち伏せ? 聞いて無いよっ!?」
 その瞬間。
 転送されてきたポニーテールの少女――四聖機・イェツラーは、リングを防御に上げる事が精一杯。その身を裂かれながら、地に強かに打ち据えられて転がった。
「そうだな、伝えてしまっては奇襲にならないものだ」
 そんな彼女を見下ろし、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)は淡々と告げて。
「しかし、ここを逃すと我々にも後が無いのだ。突然、すまないね!」
 同時に壁を蹴って一気に肉薄した月隠・三日月(暁の番犬・e03347)のハイキックからの回し蹴りが、流星を纏いイェツラーへと叩き込まれ。紫々彦が追撃に重ねた不可視の魔力球が、雪風と同時に炸裂する。
「もう! また私達の救済の邪魔をするつもりね、嫌になっちゃう!」
 立て続けに放たれる攻撃に彼女は立ち上がる事すらままならず、両腕をガードに交わしたまま受け身を取り、転がって。
 その勢いで立ち上がりながらも壁際に追い詰められたイェツラーが、ケルベロス達を睨めつけると、彼女の纏う輪が水中から見上げる光のように揺らめいた。
「でも、私は優しいからね。あなた達も救ってあげるよ」
 彼女の言う『救済』とは、体を機械化する事なのであろう。
 しかしそれで不滅が約束されるとしたって、永劫が約束されるとしたって――。
「ううん。それで強く、なれるとしても……そんなんじゃおれは、救われないっす!」
 ベーゼ・ベルレ(ミチカケ・e05609)は戦いの地に立つ事が得意では無い。
 しかし、護りたいものが彼にはあるのだ。
 ここでケルベロス達が倒れれば、地球は全て『機械化』されてしまうのだから。
 自らに加護を宿したベーゼはその優しい丸い瞳で、イェツラーと視線を交わし合い。
「ミクリさん!」
 刹那。
 揺らめいた輪より水の輪が幾つも生み出だされ、まるで弾幕の如く勢いで前衛達へと向かって殺到をする!
 ベーゼが仲間達の前へと庇い出て光盾で輪を叩き落とすと、彼の呼びかけの呼応した丸っこいミミック――ミクリさんも皆を護るべく輪を噛み付き砕いて。
 二人がその悉くを打ち払うと、その隙間を縫うようにアレクシア・ウェルテース(カンテラリア・e35121)の時をも凍らせる弾が撃ち放たれた。
「あなた達は解っていないのよ!」
 放たれた弾を水の刃で切り落したイェツラーは、怒ったように言い。
 対するアレクシアは緋色の瞳の奥に、好奇心に似た色を揺らして眦を和らげた。
「あら。では是非理解する為にも聴かせて欲しいわ――貴方と超神機様の、物語を」
「えっ!? 何から話そうかな!?」
 予想もしていなかったのであろう言葉に、イェツラーは思わず目を丸くして。
「あっ、教えてはくれるんだ」
 そんな敵の緩い言葉に、ランスルーも思わず緩く返事をしてしまうのであった。


 敵の言葉こそ緩くとも、幾度と重ねられる剣戟は鋭く強い。
「もっともっと、物語を聴かせてくれるかしら?」
「あっ、待ってまって、今それどころじゃない!」
 話しながら炸裂したアレクシアの弾はイェツラーの足を捕らえ凍らせ、その場に縛り付け。
「はぁッ!」
「待ってっていったのにー!」
 戦場を駆るランスルーと三日月が彼女へ向かって同時に跳ねた。
 慌てて敵は輪を重ねて盾と成したが、同時に振り下ろされた剣は重ねた盾を砕く程に重く。
「流石に護りが硬いな!」
 輪を瓦割りの如く砕いた三日月が、バックステップを踏んで距離を取りながら刃先を払った。
「でも、もしかして……そろそろ時間かな?」
「ああ、その通りだ。――次が来るぞ」
 彼女とは逆方面に駆けたランスルーが首を傾ぐと、英賀がその疑問に応じて。
「あらー、それも知ってるんだ」
 戦場で流れる時間は永遠にも一瞬にも感じられるもの、まばたきの間に時は過ぎ。
「――何を遊んでいるの?」
 リューデと英賀の時計が時を告げたそのきっかり1分後に、薔薇の花弁が宙へと舞い散った。
「げっブリアー、……早くない?」
 ケルベロス達の猛攻を一人で捌き続けたイェツラーは既に満身創痍といった体ではあるが、唇を擡げて笑み。
「遊んでいるつもりは無いのだけれどね」
 そうして同時に戦場の真ん中に生まれた感情の薄い声に、既に構えていたティユは星座を紡いだ星彩を纏い。敢えて花弁へとその身を踊らせると、瞬く星明かりに幻の花弁が掻き消える。
「……いいえ、時間通り。貴方が彼らの救済を終えていない事以外」
 攻撃を掻き消された――黒髪の少女の姿をしたダモクレス。四聖機・ブリアーは、余り気にした様子も無く周りを見渡した。
「その救済というのは、人を機械化するという事、かい?」
 彼女達が人を模している事も、その目的の形なのだろうか。
 爆炎を巻き起こしたティユが瞳を細めて尋ねる横で、ペルルは泡のブレスを吐き。
「――メサイアン様の御遺志のままに。……それが私の使命」
「そっちのが幸せでしょ?」
 盾を自らでは無くブリアーに重ねたイェツラーは、笑って応じた。
 その返事の中に、彼女達の意思は無いのであろう。
 それはただ使命の為。自らの延命よりも種族全体の繁栄が為。
「……ううん、違うよ。そこに君らが思い描くような永劫は無いと、僕は思うよ」
 左右に首を振ったティユの後ろから、ぎゅっと拳を握りしめたベーゼが飛び出した。
「生きているモノは、変わっていくものっす!」
 そう、――変わって行ける。
 おれだって、きっと変われたハズ。
 ずっとずっと苦手だった満月の上に、ベーゼは今立っている。
「痛くたって、苦しくたって、――なんにも感じなくなるのは、イヤだ。そんなのは、ぜったい、ぜったい違うんだ!」
 踏み込みから大きく振り下ろした、ベーゼのけむくじゃらの掌はもう無力なんかじゃぁ無い。
 命を掴んで、握りしめて、護る掌だ。
「おれは、皆と、笑って、怒って、泣いて、生きていくんだっっ!」
「ふうん、体に振り回されてるんだねえ」
 イェツラーはもう次に託したのであろう、冷たく笑ってその爪を受け入れ。
「……そうか」
 リューデの瞳には彼女達のある種の信念に向かって戦い抜く姿が、どこか最後の一体まで戦い抜いたドラゴンの姿と重なって見えた。
 彼らは仲間が倒れたとしても、決して諦める事は無かった。そしてそれはきっと、彼女達も同じなのであろう。
 だからこそ、だからこそ。
「しかし、我々も譲れないのだ」
 ――ケルベロス達も諦める事は無い。
 雷光を帯びた短剣でリューデが空を真一文字に切ると、仲間達を護る雷壁が生まれ。
「私達も帰る場所を失いたくはないものでな」
 体勢を崩したイェツラーへと向かって、逆袈裟に斧を斬り上げる紫々彦。
 刹那、巻き怒った肌を刺すほどに冷たい風は渦と成り、鋭い冷気が白き獣の姿を取り。
「――駆け抜け、穿て」
 見る間に凍りついたイェツラーに、両手に鋭いナイフを構えた英賀は取り付くように飛び込んで。
 頭上へと2つの刃を差し込むと、すらりとその機械の体は砕け落ち。蝶が舞うように更に重ねる斬撃は、完全にイェツラーの体を分断して。
「動かなくなったらただのモノ、死体も機械も同じみたいだ。……さて、次が来る前に、もう一仕事しようか」
「……そう。じゃあ私の使命の為に、死んで貰う」
 ブリアーは先程まで仲間であったモノを振り返ることも無く、細剣を垂直に構え直した。
 ――最善はもちろん各個撃破であったのだろう。
 しかし戦場の時間は、無情にも過ぎるもの。
 2つの時計のアラームが、戦場に乾いた音を響かせる。
 花弁の舞う戦場を裂くように、現れたのは無数の炎を纏う刃。
「アティルト様……!」
「邪魔が入る予想はしていた。前を向くのだ、ブリアー」
 魔導書がぱらぱらと勝手に捲れ、魔力が膨れ上がる。
 命令された通りにブリアーは顔を上げ、姿を表した最後の四聖機の横へと寄り添った。
 彼こそがこの場に現れると予知をされた、最後のダモクレス。
 鉄聖母メサイアンの一番の腹心の部下であった、アティルトである。
 彼が指揮をするように腕を振るうと、膨れ上がった魔力をはらんだ刃が一斉にケルベロス達へとその切っ先を向けて。
「……させないっす!」
「通す訳にはいかないな」
 その身を挺して仲間達を護るべく。
 光の盾を構えたベーゼと、星の光を纏うティユが殺到する剣の前へと身を躍らせて。
 叩き落とす、炎を捌く。刳り込まれる、炎に巻かれる。
「むんっっ!」
「……ッ!」
 気力と星明かりでその痛みを癒やして、二人が耐える横。
「わざわざ倒されに来てくれるなんて、ご苦労様だね」
 二人の作った剣の隙間をすり抜けて跳ねた英賀は、散歩でもしにきたかのような自然な動作で、鋭い刃を奔らせ――。
「この刃が砕け落ちるまで、メサイアン様が為に」
 その刃を細剣で受け止めたブリアーは、感情の籠もらぬ色で彼を睨めつけた。


 どれほど戦っているだろうか。痛みと疲労に休息を望み、悲鳴を上げる体。
 しかしケルベロス達も、敵達も、まだ休む事は無い。休む事はできない。
 ここで先に倒れると言う事は、彼らの護るべきモノが壊れてしまうという事なのだから。
 ――もはや誰もが立っている事すら、ギリギリの戦いが続いている中。
 永遠にも一瞬にも思える時が確かに流れている事を、時計だけが克明に刻んでいた。
「頼む、そろそろ――倒れてくれっ!」
「……ッ!」
 壁を蹴って三角飛びのように跳ねたランスルーが後ろ蹴りを叩き込むと、ついにブリアーが地を強かに転がって動かなくなり。
「回復する」
「っ、ぐ……、ありがとうっす……!」
 リューデの電気ショックによる治療に、ベーゼはびくりと体を跳ねた。
 そこにはらりはらりと散る、美しき白の花弁。
「ねえ、アティルト。――声を取り次いで頂けないかしら?」
 呼び出した花嵐の中心に立つアレクシアは真っ直ぐに最後の敵――、満身創痍のアティルトを見据えて言う。
「私達は、まだアダム・カドモンと話し足りないの」
「最早、言葉は尽くし終えただろう。我らは決裂した、そして、互いの未来を望んだ。それだけだ」
「……」
 それは未来を決する戦いが、最早手に届く場所に有るという事実だ。
 一瞬息を飲んでから、瞳を伏せたアレクシアは小さく頷いて。
「……そうね、私達には、母なる星を護る権利があるわ。――そしてあなた達にも」
 そして彼女がアティルトを見据え直すと、花弁が舞った。
「その通りだ」
 応じると共にアティルトは本へと手を添えて。
「――ならば後は、言葉は要らぬだろう」
「……思いは、同じか」
 斧を構えて一歩踏み込んだ紫々彦の横で、三日月がこくりと頷き小さく呟いた。
「行くぞ、合わせて貰えるか」
「もちろん、八久弦殿。――為すべきことを、為そう」
 三日月の手の中には、紅に燃える炎の刀。
 紫々彦の手の中には、冬の獣を討ち取った斧。
 真っ直ぐに向かい来る2つの刃を避ける気力も最早ないのだろうか、ただ本を掲げたアティルトは迫る二人をまっすぐに見つめて――。
「我が倒れようとも、我らは諦めはしない。救いは我らにあるのだから」
 ――気のせいかもしれない。
 最後の一瞬。アティルトが小さく笑んだように、ケルベロス達には見えただろうか。
「たおした、……っす?」
「……ああ、無事護り通せたようだな」
 呆然と呟いたベーゼが思わずその場に座り込むと、その膝にぴょんと飛び乗るミクリさん。斧を地に立てた紫々彦が頷き応じて。
「ご苦労さま、皆。……うん、後は他のチームも上手く行っていると、いいね」
 ペルルを抱いたティユは、この場所からは見えぬ周りを見渡すよう。
「……」
 倒れた敵を見下ろして、三日月は瞳を閉じて黙祷をする。
 ダモクレス達はダモクレス達の為に、ケルベロス達は地球に生きる者の為に戦った。
 対峙した両者の底には、きっと同じ思いがあったのだろう。
 決して重なる事の無かった未来に。
「ああ、……見事だ」
 敵の信念を見た、心根を見た。
 だからこそリューデもまた、ただ双眸を瞑る。
「ええ」
 敵には信念があった、だからこそ、だからこそ。
「――わかりあえないのは、悲しいことね」
 小さく呟いたアレクシアは、左右にゆるゆると首を振った。
「……はあ」
 横に座り込んで天井を仰ぐ英賀が思うは、地球と月の遠い遠い距離。こてんと首を傾ぐ彼女の笑顔。
 そりゃあ、怪我はした。それでも、それでも、ちゃんと命は守り抜いたのだ。『ちゃんと帰る事』が、できるのだ。
「約束、は、守れたよな……?」
 ぽつりと英賀は呟いて。
 小さなその言葉が耳に入ったランスルーは、なんとなくスマホを取り出して剣飾りを撫でた。
 ……約束は無くとも、誓った勝利。
 スマホゲームほど楽勝だったとは言えないが、たしかに皆と掴んだ勝利がそこにあった。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月17日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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