迎撃、星戦型ダモクレス~三学問

作者:雨屋鳥


 投票の結果。と、ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は閉じた目を開いて、その口を開いた。
「アダム・カドモン率いるダモクレスとの決戦を行う事が決定しました」
 この衝突を、最後の戦いとする為、全力を尽くさなければいけない。
 すでにアダム・カドモンは行動を開始している。
『グランドクロスの発生』
 太陽系の惑星を機械化、軌道運行を制御し直列に繋ぐ。それによって宇宙規模の『季節の魔力』を発生させ、月――『暗夜の宝石』を再起動させ、地球をマキナクロス化する。
 それがアダム・カドモンの計画。
「アダム・カドモンは惑星の機械化と同時に月遺跡への侵攻を企てています。惑星の機械化。それを止めることは適いません。ですが、その計画の要となるのは『暗夜の宝石』です」
 そこを死守すれば、作戦は頓挫する。
 ケルベロスには、万能戦艦ケルベロスブレイドで月遺跡へと向かい、月遺跡の防衛を行ってほしい。
 ダンドは、そう告げた。
「月遺跡の制御を奪う為に、ダモクレスが狙うだろう地点は、聖王女エロヒムの協力により予知することが出来ました」
 手元の資料を読み上げながら、ダンドは作戦内容を説明する。
「皆さんには、この出現予知地点にて魔空回廊より現れるダモクレスを撃破していただきます」
 数は三体。
 だが、出現時刻には差があり、8分ごとに順次ダモクレスが投下される。つまり、8分以内にダモクレスを撃破すれば各個撃破が可能だが、それができなければ複数体を相手取る形になる。
「勝てない戦いではありません、それでも勝利が難しい場合は、遺跡を破壊し撤退する決断が必要になるでしょう」
 ケルベロスにとっても、暗夜の宝石を利用することができなくなり、痛手ではあるが遺跡を使用不可能な状態へと陥れる事で、グランドクロスの魔力を使えなくすることはできる。
 敗退し、突破される最悪と比べれば、というものではあるが、最終手段としては考えて置かなければいけないだろう。
 敵は『三学問』と名付けられた、攻性植物の特性を分析・実装された試作ダモクレス達。
 一つ、巡る反応思考から、心を理解する心亡き試作機『三学問』の一機『論理学』
『レプリゼンタ』モデル――ロギカ。
 一つ、異物に同化強化し、内から認知すら操作する試作機『三学問』の一機『修辞学』
『侵略寄生』モデル――レトリカ。
 一つ、増殖成長循環、力を集約し蓄え利用する試作機『三学問』の一機『文法論』
『ユグドラシルの根』モデル――グランマティカ。
 これらを破壊し、月遺跡を防衛する。
「グランドクロスの魔力を利用し、暗夜の宝玉を起動されてしまえば、膨大な魔力によって抵抗の暇もなく地球はマキナクロスへと変えられてしまいます」
 敗北は滅亡を意味する。
「……ですが、我々はそんな危機をこれまでも幾度となく乗り越えてきました」
 だから、信じている。
 皆で決めたこの選択が間違いではなかったと。
「勝利を」
 ダンドは、そう言葉を締めくくった。


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ


「またここにきて、しまい、ました」
 ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は透き通る薄闇の世界に言葉を零す。ウィルマは息を吸った。利益のためではなく、思想のための決戦。その前哨戦。
 かつて神造兵器の母胎であった月。マスタービーストの支配を離れた今は、荘厳な神殿としての装いと変じている。不思議な調和の中で機械群が眠るように停止している。
「いよいよ大詰め」
 ジェミ・ニア(星喰・e23256)は音の響かぬ静かな神殿に、微かにナイフの音を走らせた。
 猫の彫刻が悪戯に笑う。同じ神殿にこれの贈り主もいる。ここに仲間がいる。故に気負うことはない。親しんだ人格データが自信を導きだしている。
「さ、気を引き締めていこう!」
「ええ、必ず」
 もし、撤退するならば、あれらをどうにか破壊し目論見だけは阻む。レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)は穏やかにジェミに首肯しながらも、その目は鋭く作戦遂行へと向けられている。
 前兆はなく、しかしケルベロスはその刹那明確に感知した。
「ああ、早速――おでましのようだよ」
 ニケ・セン(六花ノ空・e02547)の言葉に答えるように。
 魔空回廊が開くと同時に、渦巻く銀を纏う機械球体がケルベロスの前に飛び出した。


 深い水底に石を投げたような音を立てて、液体金属に包まれたレトリカが床に落ちる。その瞬間、三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)は葉脈の如く床に広がる銀を見る。
「……っ」
 レトリカを中心に伸びるそれは枝のように、根のように。その切っ先をケルベロスへと向ける。
「跳びなッ!」発すると共に千尋が床を蹴った。軽い重力に予想以上の速度で飛び上がりながら見下ろせば、数瞬前に自らがいた空間を貫く銀の蔓。上等――千尋は笑みすら浮かべて同化せよと迫る銀を睨む。「無教養ながらアタシが教鞭を取ってやるさ」
 握るは雷電の杖。放つは殺神の毒。狙いはまっすぐにレトリカへと向けて。
「それでは、ムーンステージケルベロスライブ!」
 ケルベロス達が皆、粟立ち、うねる銀を見下ろす中。シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)が、底抜けに明るく声を上げた。その手にバスターライフル。
「スタートデース!」
 シィカの掛け声と同時、放たれた神殺しの弾丸がレトリカへと駆け、撃ち抜いた。
「と、っ!」
 天井を蹴り返し、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)は床へと急速に降下する。激突しそうな勢いを銀の根を蹴り散らして和らげながら、床へ沈むように身体を前へ。
 ラルバの接近に、液体金属の鎧を纏わんとするレトリカへと迫る影。
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が星銀の煌めきを零す刃が、鎧を切り開く。
「行ケッ」
「――!」
 レトリカに拳が突き刺さる。と同時、床を巡る葉脈が瞬時に引っ込み、接近していた千尋とラルバ、エトヴァを銀の蕾が飲み込んだ。
 銀が舞う。揺れる深海の渦が流体金属に変わり、雪となって吹き荒れる。レトリカが底にいる。
 死とは喪失だ。喪失とは穴を穿つ衝動だ。悲哀だ。悲哀による停滞は、進化を妨げる。故に存在するべきではない。死は誰しもに喪失を強いる。
 理解、故に、従えと。思いを同じく化せと。
 語る文字は、涙を堪えるように震えていた。
「それでも俺は、今あるままの笑顔を護りたいんだ」
 ラルバは頭を振る。
 仲間が滅ぶのも、変えられてしまうのも、嫌だ。
「俺は、それが好きだから」
 皆が好きだと言える、自分が好きだから。拳を握る。
「そりゃ正しいだろうさ」
 千尋は肯定する。
「誰もが同じ志で、誰もが同じ目標で、誰しも同じ旗の下、足並み揃えて進んでいけるなら」
 どんな望みも叶うかもしれない。だが、望んでいない結末は全て見えなくなる。
「可能性は広がるものなのさ。星を飛び出して色々と学べたよ」
 机上の空論ではない、実感。例えば、人間とはみな違うからこそ良いのだとか。無銘を握る。
 打撃が、斬撃が、蕾を砕き割る。エトヴァの手がレトリカに触れた。蕾の切れ間に飛び込んだウイングキャット、エティが羽根を舞わす。
 心を持った機械。絆を育み、守りたいと願う一人の人間。
「俺が一人のレプリカントである事。ここにいル、それガ、創造主様への答エ」
 エトヴァの声は白銀、映る全ては白に消える。
「いつカ、喪失を迎えるのだとしテモ、俺は地球を愛すると決めたのデス」
 吹雪の向こうで彼が微笑う。
 ばきり、と大きな亀裂が走ると同時に、レトリカは機能を停止させた。


 一度目のアラームは既に鳴っていた。レフィナードはタイマーを確認して、ジェミと視線を合わせて頷く。
「来ます」
 休息の時間は無い。それでも、覚悟は出来ている。
 降り立つ少女の姿をしたダモクレス、ロギカは僅かに湛えた笑みのままにレトリカが存在しない事を確認する。
 その意識を焼き潰すような蒼炎の塊が、ロギカを襲う。
「でさえ、こんなに地球を遠く、感じるのに……」
 蒼の巨剣を振り下ろしたウィルマが、心底感嘆するような、心底蔑むような、矛盾めいた声色で笑みを作った。
「わざわざ地球まで直接お越しになるとは、ご苦労さま、なこと、です……」
「そこッ!」
 一撃に収まらない。
 さながら、巨大な鎚が衝突したかのような衝撃がロギカの上方。広げた手の平に弾ける。
 ニケのミミックが吐き出す愚者の黄金の雨の中、強烈な膂力でもって己の蹴りを受け止めたロギカにレフィナードは思わず称賛を心中で送る。刹那。猛烈な勢いで世界が回り、遺跡の壁へと叩きつけられる。打ち込まれた打撃が、体内に渦巻き力を乱している。
「レフィナードさん……、これで!」
 だが。折込済み。
「刻印――」
 叫んだジェミが黒い刃を走らせ、無手と鍔迫合う。僅かに体勢を崩したロギカに、ジェミが中に描き出す文様。折り重なり、積み上がり、繋がり合い、金色の糸の束なりがロギカの自由を奪い。
 レフィナードは、現れた蛇の如き光布に絡まれるロギカへと轟竜の砲口を向け、砲弾が放たれる、その直前。
 ジェミの耳に、ロギカの声が届いていた。
 心は脆い。故に壊れる前に亡くしたのだと。
 命は脆い。故に退くことは許されないのだと。
 偽りを捨てろ。心を捨て、下れと。
 模倣する人格の向こうへとロギカは語りかける。
「不可能だ」偽りを続けたいと願う、それは確かに心なのだろうから。「そちらには戻れない」
 ジェミは告げる。心地の良い嘘の温もりを束なすことは出来ない。
 レフィナードの放った豪砲が金蛇の捕縛を引きちぎるようにロギカへと直撃した。
 引き裂かれた皮膚は瞬く間に再生し、千切れた腕脚は伸びる細胞組織が補完していく。ケルベロスの攻撃に真っ向から拮抗しながら、拳を穿ち、足を薙ぐ。触れた物を変質させる能力も、しかし、ケルベロス達が瞬く間に治癒していく。
 根比べのような5分間。その動きが変わる瞬間は。音と振動。
「残り2分です!」
「止め、ま、す……!」
 張り巡らせた紅糸。極細のケルベロスチェインがロギカをつなぎとめる。機械じみた表情に、疑念の言葉が淡々と流れる。
 理解できる、だが正しさを理解もしているだろうと。統計が、計算が、論理が。導く。マキナクロス化によって、ヒトはやがて弱者たり得なくなると。
 それを失笑が遮った。
「人、は……弱いも、のです、から……強い、だけ、……なん、て」
 そりゃ、面白くねえだろ。
 糸を千切り、振り払ったロギカに吐き捨てるようにウィルマが告げる。そして、その背後。彼女のウイングキャットが輪を擲つ。
「足りな、い……ですね」
 計算によって、状況を把握する。ヘルキャットの攻撃を避けようとする、その機先を絡ませなかった糸で僅かに逸らす。輪の放つ光が、拳を握るロギカの動きを阻み。
「確かに、生きるのは、難しいのでしょう」
 レフィナードは頷く。肯定する。
 否定はしない。風に柔らかく靡くように毅然と、轟竜砲を突きつける。
「ですが、だからこそ、――命には価値がある」
 そんなありふれた軽薄な言葉の重みを彼は知っている。
 故に。
 引金を引く指に躊躇はなく。


 僅かな休息を得て、現れたそれは、さながら死体を抱える樹木のようですらあった。
 機械が植物を従えているのか、植物が機械を従えているのか。それすら判別出来ないような。不気味な静けさを抱えている。
「囮になる覚悟は要らなかったみたいだね、どうやら?」
 下肢からあふれるように床をのたうつ根が一斉に動き出す。不気味に他ならない様相にニケは肩を竦める。
「みたいデスねー!」
 それに返る言葉は、シィカのものだ。疲労が見えはしながらもその明るさは、味方を鼓舞するに十分だった。
 疲弊の上に、笑みが行き渡る。
「それじゃあ……」
 頭蓋を吹き飛ばすようなグランマティカの束ねた根の殴打を屈んで、痛む身体にしかし笑みを忘れない。
「ワンモア、アンコール!」
 バスターライフルから吐き出した光弾が、溢れる根を喰らい破っていく。だが。
「って、なんデスか、これ!」
 埋め尽くさんばかりの根。増殖し、成長し、簒奪し、増殖していく。分断するように、無数の根が溢れかえっていた。
「まるで密林だね。ま、全部が俺達を殺そうとしているなんてのは、聞いたこと無いんだけど」
 網のように広がり掴みかかる根を流星の蹴りで切り裂きながら、根から流れ込む意識が頭蓋の裏をブラシでこするような不快感を押し付けてくる。
 曰く、軍門に下ればこそ、命は奪わないと。
 我々が使役してこそ、最良な結果を生むだろうと。
 返す言葉も無い。知識欲を満たす為にはある程度自由でなければ困る。失笑を堪えずにいると、声が響いていた。
「そうなった時、皆はライブを楽しめる? 光と音と一緒に踊り出せる?」
 不要だと告げる。
 その技能も感情も全てこの根の元に統合し、管理する。快楽は最大効率の実現のため運用する。過不足は発生しない。
「それじゃ……っ」
「ああ、つまりあれか」
 拒絶を叫ばんとしたシィカに先んじて、ニケが声を上げた。思わず、と口を突いて出た。
 娯楽も生死も、全て『上手くいく』ように設定し、調整し、導いてくれる。ということか。
「はは、――くだらない」
 ニケは、細めた笑みの瞳に、グランマティカを映す。
 夜の空を何もせず見上げるこの上ない無駄は素晴らしいだろう。空想を書き連ねただけの無彩色の過不足は美しいだろう。過ぎる鳥の羽ばたきに目を奪われるのは。
 龍の幻影が放つ火炎に、世界樹の根を焼き払いながら、ニケは明確にグランマティカを敵と認定する。
「どーしてもそういうのが、好きだからさ」
 無数の根が宙を舞う。
 千尋の剣舞。両の手に握る武器だけではない。展開した右腕部のレーザーブレードも合わせた三刀による怒涛の連撃が根をざんばらに切り刈る。
「斬り甲斐があっていいじゃないか!」
「あと少し、ふんばろうぜ!」
 吹き飛ぶ根の中をラルバが駆け抜けて、豪風の牙が風穴を開ける。その奥。機械人形が見えた。
 ゾンビめいて根に動かされるように動く半人。
「あとは心置きなく、終わりにしようか」
 紡ぐ。言の葉が指先から解け、宙に放たれる。だが、その魔法の真価はそこにはない。描き出された存在しないはずの朱い影。朱い鎖の影が、今まさに駆け出さんとするシィカの影に絡みついて、助けと成る。
「ありがとうなのデスっ!」
 一気に駆け出す。根の増殖は間に合わず、周囲の根をかき集め、巨大な槍となった根がシィカを迎え撃つ。
 駆ける。オウガメタルがシィカを包み、銀の粒子が彼女を押し出し。刹那。放たれた根の槍がその拳と交わった。
 衝撃が、周囲の根を砕く。停滞は僅か。びきり、と鈍い音と共に槍がひび割れる。と同時にシィカが根を砕き、その先のグランマティカへとその拳を叩き込んでいた。
 ともすれば月を揺らしたかと言わんばかりの轟音。装甲を砕き、全身に侵食していた根を撒き散らしながら、強烈な一撃の下にグランマティカは力尽きた。


 万能戦艦ケルベロスブレイド。
 その中へと戻ったケルベロスは、変化を感じ取った。不完全ながらにもグランドクロスが行使されたゆえの、変化だった。
 命運の天秤は、今確かに、ダモクレスへと傾いたのだろう。
 ケルベロスの……いや、世界の行く末を決める、最後の決戦が始まろうとしている。

 

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月17日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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