「みなさんに、通達事項があります」
セリカ・リュミエールが、君たちへと神妙な面持ちで、そう告げた。
「先日に、アダム・カドモン率いるダモクレスとの件で、投票が行われました。その結果……『決戦』する事が決定しました」
それを聞き、君たちは若干どよめいた。
「そして、これを最後の戦いにしなければなりません。そのためにも……全力を尽くし、皆さんには戦いに挑んでいただきたいのです」
そう言って、セリカは状況を説明し始める。
「まず、現在。確認されている予知ですが……」
アダム・カドモンは現在、惑星級星戦型ダモクレス『惑星マキナクロス』に座上している。そして、マキナクロスは亜光速で太陽系に侵攻し、太陽系内の『惑星機械化』を開始している。
その『目的』は? それは『グランドクロス』の発生。
「アダム・カドモンは、惑星を機械化する事で、運航を制御しようとしています。そうした上で、グランドクロスを発生させようとしている事は、予知されています」
『グランドクロス』。それは言うなれば宇宙版の『季節の魔力』。その魔力を用い、『暗夜の宝石である月』を再起動。
「……そしてそこから、地球のマキナクロス化を行おうとしているのです。これだけではありません。ダモクレス軍はこの『惑星機械化』と同時進行で、別の作戦も進めています」
それは、『星戦型ダモクレスの転移』
「ダモクレスは惑星機械化と同時に、月面遺跡の掌握も企んでいます。その方法は、魔空回廊を利用して直接、星戦型ダモクレスを月面遺跡へと転移する事で実行するようです。皆さんには……この月面に転移するダモクレスと戦っていただきたいのです」
その、転移する地点は? 君たちのその質問に、
「聖王女エロヒムの協力により、ダモクレスが出現し狙うだろう地点は予知できました」セリカは答えた。
「敵は月遺跡の制御を奪うために、魔空回廊を通じてその地点に転移してくるでしょう。そこに先回りし、魔空回廊から出現するところを迎撃。月遺跡を守り抜くのが、今回の作戦の目的となります」
敵は、魔空回廊を通じ、星戦型ダモクレスを送り込んでくる。
「そして、みなさんにはこれから述べる、『みっつ』の事を心得ておいてください」
セリカが、指を一本立てた。
「『ひとつ』。投入されるダモクレスですが……各地域一か所につき、投入されるダモクレスは『三体』になります」
つまり、一体を倒して終わりではない。異なる敵と三回戦い、その三回とも勝利しなければならない。
「『ふたつ』。この投入されるダモクレスですが……」
二本指を立て、セリカは言葉を続ける。
「魔空回廊で、出現箇所に最初の個体が出現してから八分経過すると、二体目の個体が出現します。そして、三体目の出現は、さらにその八分後になります」
つまりは、『八分ごとに新たな敵と、連続して戦わねばならない』という事。
「素早く敵を倒せば、各個撃破は可能です。逆に、倒すのに手間取れば、複数の敵を同時に相手しなくてはなりません」
ですが……と、セリカは不安げな口調になった。
「強力な一撃を放っても、それでこちらが戦闘不能になってしまったら……一体は倒せても、別の二体に敗れるでしょう。逆に、持久戦に持ち込んだとしても……皆さんの方がじり貧になり、やはり結果的に敗北は免れません」
当然だろう。今回の敵は、一体だけでも強力。それが三体まで増えるのだ。持久戦に持ち込んでもこちらは不利になる事は、考えればすぐわかる。
だからと言って、大慌てで初撃から強力な攻撃を仕掛けたとしても、それを回避されたり、直撃しても無効だったりする可能性もある。そうなると成す術もない。短期決戦もまた危険な賭けで、しかも勝率は限りなく不利。
「そして、『みっつ』。勝利が難しい場合ですが。そうなったら、月の『遺跡そのものを破壊』して、『撤退』する。この決断も必要になると思われます」
その選択肢も、考慮しなければならないだろう。『暗夜の宝石の遺跡』の破壊は、可能ならば避けたい。しかし重要なのは、地球のマキナクロス化を防ぐこと。
「あくまでもこれは、やむを得ない状況、最終手段としての選択として、とどめておいてください」
語り終えたセリカだが、
「『よっつ』……追加です。今回皆さんが相対せねばならないダモクレスの事も、説明しておきます」
さらなる不安げな口調とともに、『説明』を始めた。
「まず……既に倒されていますが、『リモデ・ラーソン』というマッドサイエンティストのダモクレスをご存じでしょうか?」
既にそいつ自身は倒されている。が、リモデは生前に多くのダモクレスを作り出し、そして残していた。今回、君たちが対決するのは、そのリモデが残したダモクレスだという。
一体目は、催眠型バグトルーパー女王機『デザイア』。
「『デザイア』は、ローカストを参考にしたダモクレス『バグトルーパー』の女王または指揮官として開発されたものです。女性型素体に、蝶の翼が付いた形状で、その羽根から催眠音波を放ち、人間やデウスエクス、ケルベロスですら支配下に置いてしまいます」
二体目は、改造繁殖型バグトルーパー『ファン』。
「この『ファン』と、後述する『ヘイト』。これら二体はリモデの死後、自力で再起動したものです。『ファン』は女性型素体に蜂の翼と下腹部がついた姿をしており、『慈愛』の感情で固定されています。右手にはレイピアのような針刃の剣、左手にはハニカム型のウェポンポッドを装備し、『ナノマシン』を武器に用います」
これらのウェポンポッドからナノマシンを注入する事で、生物を異形に改造、『我が子』と思い愛するという。
三体目は、
「報復型バグトルーパー『ヘイト』。ファン同様に自力で再起動したものですが、こちらはケンタウロスのように、上半身が人型、下半身が四足の蟻型になっています。『ヘイト』は『憎悪』の感情で固定され、残霊装置解析データから『死者の感情』を取り込み、見方が倒されるたびにパワーアップします」
どのダモクレスも、強力であり、倒す事は容易ではない。それが三体も出てくる。
これらに勝利できるか。普通に戦っても、恐らくは無傷ではすまないだろう。
「……ついに、ダモクレスと雌雄を決する時が来ました」と、セリカ。
「万能戦艦ケルベロスブレイドの最高速度は、時速5万km。一番遠い金星に移動するにも、数か月かかります。なので、太陽系の惑星機械化を止める事は……できません」
なので、月遺跡をダモクレスに掌握されたら。グランドクロスを用いた宇宙規模の『季節の魔力』により、地球は瞬時にマギナクロス化。その時点で敗北となる。
「ですから、月の遺跡は守り抜かねばなりません。遺跡内部での戦いになりますから、ケルベロスブレイドの援護は受けられませんが、皆さんならば……勝利できると信じています」
セリカの言葉を聞き、君たちは思った。
この分が悪すぎる戦いに挑もうなどと考えるのは、無謀以外の何物でもない。戦いを挑んだどころで、負けてもおかしくはない。勝ったとしても、誰か犠牲者が出る可能性は、極めて高い。
しかし……無謀だからと手をこまねいていると、間違いなく地球は滅びる。同じ無謀なら、戦って抗い、運命を切り開く方がましだ。何もしないままで、このまま滅んでたまるものか。
君たちは、立ち上がった。未来を、運命を、その手に背負い、切り開くために。
参加者 | |
---|---|
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203) |
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902) |
アデール・エルミタージュ(目の毒耳の毒・e39406) |
瑠璃堂・寧々花(甲冑乙女・e44607) |
●月面に舞う蝶
『月』。
地球から見ると、夜空に浮かび、闇を優しく照らしてくれる天体。
だが、
「……確か、タロットカードの『月』って、あまりいい暗示じゃあないのよね」
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)が、そんな事を呟いた。
それを肯定するかのように、
「伝説における狼男とか吸血鬼は、『月』も関係してるとか」
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)も、そんな事を口にする。
「『狂気』を意味する『ルナティック(Lunatic)』って単語も、『ルナ』……月ですし、ね」
と、瑠璃堂・寧々花(甲冑乙女・e44607)がそれに続くが、
「まあ皆さん、これから凄惨な戦いが始まる前だと言うのに、楽しいお話ができる余裕があって何よりですね」
穏やかな口調のアデール・エルミタージュ(目の毒耳の毒・e39406)の前に、三人は思い知った。
『余裕』など無い事を。……すでに、切羽詰まっている心中の思いが出てしまったのかもしれない。
その気持ちから逃れんと、デジルは、そして他の三人は、周囲を見回す。
『遺跡』がそこにはあった。自分たちの周囲には『暗夜の宝石の遺跡』、その一部がある。これは大きな力をもたらす存在であり、ダモクレスとの決戦に使えるものなら使いたい。
が、自分たちが力及ばぬ際には、この遺跡そのものも破壊して撤退しなければならない。その事も忘れずに肝に銘じておかねば。デジルは気を引き締めつつ、腕時計のタイマーをセット、七分後と十五分後にアラームが鳴るように設定した。
アデールが後方に下がり待機。寧々花はそんな彼女を守らんと前に進み出て、
「さあ……いつでも来なさい!」
銀子が拳を己の手の平に打ち付けた。
刹那。
「……来た!」
一匹目の『虫』が、空中に姿を現し、
デジルはそれと同時に、タイマーのスイッチを入れた。
「似てる……?」
一匹目を見て、デジルが口にしたのはそれだった。
『デザイア』は、蝶の翼を背にいただく、少女の姿をしているダモクレスだが……、
最も気になったのは、それの『顔』だった。『デザイア』の顔は、デジルに極めて似ていたのだ。
(「……だからって、手加減するかって?」)
否、叩き潰す。素早く気合を入れ直すと、デジルは、
寧々花とともに、前に進み出た。
その後ろに、銀子、そしてアデールと続く。
「あらまあ、綺麗な蝶々ですね。思わず捕まえて、殺して標本にしたくなります……」
そう言いつつ、メタリックバースト、それにガーディアンピラーをデジルと寧々花にかけるアジール。
「いくよーっ!」
デジルはデバイスの『ジェットパッカー』を用い、自身と、寧々花に銀子を伴い宙に舞い上がった。
敵が空中を舞うなら、こちらもだ。攻撃を仕掛けんとしたが、
「……っ!?」
突如として、強烈な『眠気』が襲ってきた。既に鱗粉が、『デザイア』の羽根から放たれていたのだ。
「くうっ! 起きろ自分! 目を覚ませっ!」
頬を叩き、眠気を追い払おうとするデジル。だが、
「……ぐはっ!」
突進してきた『デザイア』の膝蹴りが、自身のみぞおちに決まったのだ。
「させないっ!」
だが、寧々花の攻撃が『デザイア』の追撃を阻んだ。彼女のバスタードソードの切っ先が、デザイアの装甲へと切り込まれる。
そのまま組み付き、地面へと引きずり落さんとするが、
ひらり……と、『デザイア』はかわし、空中へと逃れてしまった。
「ぐっ!」
……逃れる刹那、寧々花の腹へと蹴りの一撃を食らわせたうえで。
「……まさに、『蝶のように舞う』ね」
その動きは、とある有名な拳闘家のフットワークを連想させるものだと、銀子は呟く。
嘲るようにふわりふわりと舞い続ける『デザイア』。地上からそれを見るアデールは、
「あらあら、まあ。お行儀の悪い蝶々さんだこと」
内心の焦りも裏腹に、そんな事を口にしていた。
しかし、『焦り』は四人全員を苛んでいた。このまま時間をかけていたら……それこそ、『終わり』だ。
催眠音波と催眠鱗粉が、デジルの、寧々花の、銀子とアデールの、彼女たちの集中力と闘志とを消耗させていく。
デジルは見た。『デザイア』の顔が、得意げに嘲笑するような表情を浮かべていたのを。
そのまま突進してきた『デザイア』に、
「このーっ!」
デジルもまた、突進した。が、ひらりとかわされる。
「『避けられた』、なんて思った?」
『?』
避けた瞬間。『デザイア』は怪訝な表情を浮かべた。
「……魂の残滓、『刹那の精霊』を作り上げなさい」
デジルの言葉が終わらぬうち、『デザイア』の背後に、人影が浮かんだ。
「『オルタストライクアナザー』、食らうがいいわっ!」
さながらそれは、ビハインドのような、女性の姿をした何か。完全に不意を突かれた『デザイア』は、
その蝶の翼に、直撃を受けた。
翼の一部が破壊され、空中での舞いが安定しなくなる。
「おらっ! もう一撃!」
銀子の更なる攻撃により、翼がさらにもがれ……、
『デザイア』は落下。
「もらった……!」
立ち直る暇を与えず、寧々花が。ドラゴニアンの甲冑騎士の攻撃が、『デザイア』の翼を完全に破壊する。
「お空からいらっしゃい。そのまま、地獄へ落ちて下さいね」
アデールの言う通り。
翼を失い、攻撃と飛行の手段を失った『デザイア』は、
「さあ、ぶっ飛べ!」
銀子の『術紋・獅子心重撃』を食らい、地獄へと送り込まれ……果てた。
●月面に飛ぶ蜂
「……みんな。遺跡、壊しとこう?」
地面に降り立ったデジルは、タイマーを確認し……貴重な数秒を用いて考え、そして結論を口にした。
(「一体目で、おそらく一番弱い相手でこれじゃ……残る二体を倒す事なんて……」)
『不可能』。その事を実感せざるを得なかった。
そして、その事実は。デジル以外の三人も悟っていた。
「……いいでしょう。すぐに破壊しましょう!」
銀子がすぐに、ドラゴニックハンマーを振るいはじめた。周囲の遺跡が砕かれていく。
寧々花とアデールもまた、デジルの真意を悟った。二番手も倒せるとは思えない。そして仮に倒せたとしても、三番手は『二体倒していたら、よりパワーアップ』。倒してなかったとしても、『二体と同時に戦わねばならない』。
つまりは、『不利』。圧倒的に不利な状況に他ならない。
「わかったわ、それじゃ……」
寧々花がバスタードソードで周囲を壊し始めた、その時。
デジルのタイマーが鳴った。
「気を付けて! 二体目が……来る!」
全員が、その言葉に警戒する。そして一分後。
『二体目』、蜂の姿を模した『ファン』が、その姿を現した。
「みんな、二体目よ……きゃあっ!」
デジルの言葉が、途中で遮られた。
空中を舞う『ファン』、その左腕のウェポンポッドから、ミサイルが放たれたのだ。
「……毒がっ!」
周囲に着弾し、毒液が撒き散らされる。爆発と爆風と爆炎とが、遺跡内を破壊していくが……、
「やつは?……ぐっ!」
爆風の中、まるでテレポートでもしたかのように、
『ファン』の姿が寧々花の前に現れた。そいつは右手に携えたレイピアを構え、電光石火の剣捌きで、
目視不可能な『連続突き』を食らわせたのだ。
ヘビープレート『黒曜』の表面に、ハチの巣が如き多数の穴が穿たれる。そして、装甲が貫かれ、寧々花の身体にも激痛が抉り込まれた。
そのまま後方に吹き飛ばされ、遺跡の壁に叩き付けられ、そして、
壁が崩れ落ち、寧々花を下敷きにした。
「このおっ!」
銀子が『ファン』の足を狙うが、『ファン』の動きは素早かった。それは『デザイア』の非ではなく、消えたと思ったら、銀子の真後ろに現れた。
レイピアの切っ先が、今度は銀子に襲い掛かる。それはまるで、超高速で針の先端を何度も突き刺してくるかのよう。激痛が、銀子の背中に刻み付けられる。
「ぶんぶんうるさいわね! いい加減に……」
再びデバイス能力で、ジェットパッカーで飛行しつつ攻撃を仕掛けるデジル。
だが、
お見通しとでも言いたいかのように『ファン』は飛び上がり、浮き上がったデジルの周囲を、嘲るように飛び回った。
「後ろ……? きゃあっ!」
真後ろを取られ、そのままレイピアの突きを背中に受ける。
地面に叩き付けられ、デジルは感じ取った。
痛みと、屈辱と、敗北感とを。
「……は、速い! それに……」
『ついて行けない』。実際の蜂を相手取る時のように、相手の動きが素早すぎるため、ついて行けない。
いや、それでも時間をかければ、なんとか対処は出来るかもしれない。しかし、そのかけるための時間も、自分たちには……『無い』。
せめて、味方がもっといてくれたら、なんとか対処できたかもしれない。しかし、そんな仲間は最初からいない。既に……その時点で『負け』は確定していたのか。
「……それでも……」血反吐を吐きつつ、デジルは立ち上がり、
「それでもっ!」銀子も、それに続き、
「それでも……くじけない!」寧々花が、月の大地を踏みしめる。
「……ええ。蜂さんったら、あまり調子に乗らないで欲しいわね。潰しちゃうかも。ふふっ」
アデールが、余裕の言葉とともに三人に治癒を施すが……、その心中には、焦りがあふれかえっていた。
そして、デジルのタイマーは。刻々と時を刻んでいた。
●月面に降りる蟻
焦りを押さえつつ、何度かのトライ。
「スカイフリートさん! 行きます!」
「ええ!」
デバイスで再び宙を舞いつつ、『ファン』へと挑む三名。デジルは寧々花とともに空中を舞い、攻撃を仕掛けるが……、
やはり、かわされた。『ファン』の顔が、得意げに笑みを浮かべたように見えたが、
「『胴体』への攻撃をすると思った? ……悪いけど、違うわよ」
デジルの不敵な笑みと同時に、『ファン』は困惑した。
その背の翼に、ディスインテグレートの一撃が決まったのだ。
「銀子さん!」
「任せて! うぉりゃああああああああっ!」
そこに生じた隙を狙い、銀子が『ファン』の両足へと組み付き、
そのまま、地面へと叩き落した。それとともに、『遺跡』の一部も破壊される。
「やった?!」
それを追って、二人も降り立つ。負傷した二人を、アデールがフローレスフラワーでキュアとヒールを施すが。
タイマーが鳴った。いよいよ、『三体目』が来る。
そして粉塵の中に、立ち上がる『ファン』の姿があった。
蜂の翼は片方が破壊され、胴体部も多少はダメージを受けている。だが……まだ戦闘は継続可能。
駆け出した『ファン』だが、
「逃がすか!」
その後ろから、銀子が組み付き、バックドロップを食らわせた。
「いいわよ銀子さん! そのまま……」
抑えてて、デジルがそう言おうとしたその時。
憎悪の名を持つ、最強の個体が、戦場に現れた。
異形のそれは、まさに異様だった。
下半身の四本足は、まさに機械の蟻。人間型の上半身は、可憐な少女にも見えるが、同時に狂気の兵士にも見える。
そいつ……『ヘイト』は、『デザイア』が倒された事を悟ったかのように、唸り、身体の一部を光らせ、
騎士のように突進してきた。
『ヘイト』は、両腕から刃を伸ばし、
「は、速い! ……ぐっ!」
すれ違いざまに、デジルを一閃。返す刀で寧々花にも切り付けていた。
「……あらあら、やんちゃなお客様ね。でもこれ以上のおイタは、メッ、ですよ?」
場違いにも聞こえる態度と口調で、アデールが言うが、
その眼差しには、余裕は全くない。
(「ぎ、銀子さん……は……?」)
(「獅子谷、さん……?」)
膝を付いたデジルと寧々花は、アデールのヒールを受けつつ、銀子へと目を向ける。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
銀子は『ファン』に翻弄されていた。レイピアにより何度も突かれ、満身創痍の状態になっているのが、離れたこの場所からでも見て取れる。
『撤退』
それしかない。実行しようとしたが、三人は、
『ヘイト』の動きに気付いた。
先刻の動きから、この蟻の少女は予想以上に素早く動ける。撤退したとしても、
おそらく、否、間違いなく、『二人』は犠牲になる。
撤退する時、『ヘイト』は、自分たち三人のうち一人を狙い、血祭りにあげるだろう。二人は撤退出来るだろうが、狙われた一人と、『ファン』と交戦中の銀子は助けられない。
「「私が……」」
暴走して、活路を切り開くしかない、のか?
デジルと寧々花が、それを決めかけたその時。
獅子にも似た咆哮が、月面に響き渡った。
●月に吠える獣
何かを叩き付けるような衝撃とともに、粉塵の中から現れたのは、銀子。
暴走した彼女の姿は……異形と化していた。両肩から獅子の腕、胸には獅子の顔。獅子と自前の両方の顔で咆哮しつつ、『ヘイト』へと組み付く。
「があああああっ!」
不意を突かれたためか、四本腕の銀子の前に、四本足の『ヘイト』は投げ飛ばされた。遺跡の壁面をいくつも壊し、瓦礫の下敷きになる。
が、すかさず粉塵の中から駆け出してきた『ファン』が、レイピアで突きかかってきた。
それに対し、銀子は。先刻までとは、比較にならない素早さと『凄味』と、殺気とともに、
『ファン』の懐に入り込んだ。
その両手首を握り、『ファン』の両腕を左右に広げた銀子は。
自身の両肩から伸びる獅子の腕で、『ファン』の首を掴んだ。
そのまま、力任せに引っ張り上げる。『ファン』は逃れんともがくが、銀子は逃さなかった。
(「このまま行けば……?」)
デジルは一瞬そう思ったが、『ファン』が苦し紛れに発射したポイズンミサイルの連射が、銀子への接近と救助を阻んだ。
周囲の遺跡にめちゃくちゃに放たれ、毒をまき散らしながら破壊していく。
『ヘイト』の叫びが聞こえたが、爆風の中にそれはかき消えていった。
「みなさん……撤退します!」
アデールが、ヘリオンデバイスのヒールドローンを用い、デジルと寧々花を運ぶ。
戦線を離脱しつつ、三人は。
銀子が『ファン』の両腕を自身の腕で封じつつ、その頭部を獅子の腕で完全にもぎ取る様子を確認した。
続いて、両腕も引きちぎる。だが、その瞬間に『ファン』は。
引きちぎられた、左腕のウェポンポッドから。ミサイルの残弾全てを周囲に連射した。
その爆発と閃光に包まれ、
「し、獅子谷さん!……」
「銀子さん!」
「……!」
寧々花、デジル、アデールは、
気を失った。
目を覚ましたデジルたちは、
ケルベロスブレイド艦内の、傷病者用のベッドに、横になっていたことに気付いた。
「……成功した、とは……言えないわね」
四人でかかり、ダモクレス二体を破壊。しかし……内一体は、暴走した銀子によるもの。
そして、残り一体、最強の個体と思しき『ヘイト』は、おそらくいまだ健在。
「……次は、必ず」
『ヘイト』を倒す。そして、暴走した銀子も、救ってみせる。
苦々しさとともに、誓いを立てるデジルにアデール、寧々花だった。
作者:塩田多弾砲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902) |
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種類:
公開:2021年6月17日
難度:やや難
参加:4人
結果:成功!
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