迎撃、星戦型ダモクレス~星翔の輪舞曲

作者:小鳥遊彩羽

●星翔の輪舞曲
 投票により、アダム・カドモン率いるダモクレスとの決戦を行うことが決まった。
「これを最後の戦いにするためにも、全力を尽くさなければならない」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は真剣な顔でそう告げて、それから、いつものように相好を崩す。
「でも、皆ならきっと望む未来を勝ち取ることが出来る。俺はそう信じてる」
 アダム・カドモンとダモクレスの本星である惑星級星戦型ダモクレス『惑星マキナクロス』は、現在亜光速で太陽系に侵攻し、太陽系の惑星の機械化を開始しており――既に火星の機械化を終了させ、金星方面へと移動している。
「火星から、地球を避けて金星と水星方面に移動して、太陽系の全ての惑星の改造を完了させた上で、地球に向けて進軍してくると想定されている」
 そして、アダム・カドモンは太陽系の惑星を機械化して運行を制御し、決戦のタイミングで『グランドクロス』を発生させようとしているのだという。
「グランドクロスは、言わば『季節の魔力』の宇宙版みたいなもので、膨大な魔力を発生させる。アダム・カドモンはその魔力を使って『暗夜の宝石』である月を再起動させて、地球のマキナクロス化を行おうとしているみたいなんだ」
 そのため、ダモクレス軍は、惑星の機械化と同時に魔空回廊を利用し、月面遺跡の内部に直接星戦型――宇宙での戦闘用に改修強化されたダモクレスを転移させ、月遺跡の掌握を行おうとしている。
 星戦型ダモクレスによって月が制圧されてしまえば、グランドクロスによる地球のマキナクロス化を防ぐ事は事実上不可能となるだろう。
「月遺跡の制御を奪う為にダモクレスが狙うだろう地点については、聖王女エロヒムの協力により予知することが出来た。皆には、万能戦艦ケルベロスブレイドで月遺跡に急行し、遺跡の防衛を行ってもらいたいんだ」
 ダモクレスが狙う地点に先行して魔空回廊から送り込まれてくる星戦型ダモクレスを迎撃し、月遺跡を防衛することが今回の作戦の目的となる。

 ひとつの地域に投入されるダモクレスは全部で三体。
 最初のダモクレスが現れてから八分後に二体目が、更に八分後に三体目が魔空回廊から出 現するため、連戦を余儀なくされる。
 素早く撃破することにより各個撃破が可能だが、逆に倒すのに手間取ってしまうと、複数の敵を同時に相手にしなければならなくなるため、いかにして素早く倒すかが重要となるだろう。
「皆の相手となるのは星戦型ダモクレス。何となく格好良い感じがするけれど、言わば『宇宙での戦闘用に改修強化されたダモクレス』だ」
 そして、現れるのはエトランジュの名を冠する人型のダモクレスが三体。いずれも強さは同程度ではあるが、それゆえに油断はできないとトキサは続けた。
 戦いの場となる月面遺跡は、月面ビルシャナ大菩薩決戦の地と同じ場所だが、暗夜の宝石の本来の姿を取り戻しており、さながらヴァルハラめいた荘厳な神殿のようだという。
「だいたい内部はそんな感じで、何となくエネルギーが枯渇して停止している不思議な機械があるような場所を想像してもらえるとわかりやすいかな」
 そこで三体のダモクレスを迎撃し、機械を防衛しなければならない。
 だが、防衛が不可能な状況に陥った場合は、『機械を破壊して撤退』することも可能だ。
 無論、そうすることで暗夜の宝石が利用できなくなるというリスクは有るが、万が一の場合、背に腹は代えられないだろう。
「なるべく遺跡は無傷のまま、ダモクレスを撃退することが望ましいけれど、それで君達の命が危険に晒されてしまっては元も子もないし、地球のマキナクロス化を防ぐためにはやむを得ないだろうから、くれぐれも無理だけはしないように」
 ――いよいよ、ダモクレスと雌雄を決する時がやって来た。
 そして、この戦いは同時に、宇宙の未来を決める戦いとなるだろう。
「地球の、そして皆の未来を守るために。――どうか気をつけて、いってらっしゃい」
 信頼に満ちた眼差しと共に、トキサは笑顔でケルベロス達を送り出すのだった。


参加者
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
ギュスターヴ・トキザネ(ケルベロスの執事・e03615)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
霧咲・シキ(四季彩・e61704)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)

■リプレイ


 月面遺跡に飛沫が舞う。
 アダム・カドモンによる地球のマキナクロス化を阻止するため月へと赴いたケルベロス達は、魔空回廊から現れた星戦型ダモクレスと激しい戦いを繰り広げていた。
 来たるべきダモクレスとの最後の戦いへと繋げるために、ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)は絶えず研鑽を積んできた力を惜しまず振るう。
 放たれた氷結の戦輪は強烈な冷気を振りまきながらダモクレスを切り裂き、ケルベロス達を飲み込もうとした大波を凍らせてゆく。
「――『異邦人』ならば手を取り合うのは理想ですが」
 互いに相容れぬのも世の常と、ギュスターヴ・トキザネ(ケルベロスの執事・e03615)はステッキと称するエクスカリバールを振るい、強かに敵の頭部を打ち据えた。
 素早く態勢を整え、一体目の星戦型ダモクレス――エトランジュ・ゼーゴイセンを迎え撃ったケルベロス達。
 戦いの流れは順調に、ケルベロス達にとって有利な方向に進んでいたが、八分毎に魔空回廊が開き、後続のダモクレス達が姿を見せるという。
 現れる敵は全部で三体。その全てを倒すことが叶わなければ、遺跡の防衛は不可能だ。
「あと二分で次が来るよっ!」
 影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)が後方から告げる声に、ケルベロス達はより一層気を引き締める。
 同時に、既に深い傷を負っているゼーゴイセンが、機械仕掛けの幽霊船を呼び寄せる。
 まるで波濤のような凄まじい轟音と共に放たれた無数の砲弾を前に、すかさずリビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)とハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)、そしてオルトロスのチビ助がその身を盾として。
 敵の攻撃は強烈だが、こちらもヘリオンデバイスによる加護があり、そう易々と倒れるようなことはなく。
「地球を守るために、私は私のできることを行います!」
 氷結の輪を踊らせながら紡ぐリビィに、ハインツも力強く頷いて地を蹴った。
「ああ、あんたらの信条と考えは理解したけど、オレはそれ以上にこの地球の今生きる命を守りたいからな!」
 そして、続いたハインツの声と煌めく流星の尾を引く蹴撃に応えるように、チビ助が口に咥えた神器の剣で果敢に斬りかかる。
 ――分かり合えるかどうかではなく、互いに譲れないものがあるかどうか。
 互いに譲れないものがあるからこそ、両者は戦いの道を選んだ。
 ケルベロスもダモクレスも、互いに覚悟を決めてこの戦いに臨んでいる。
「どんなに激戦になろうとも、必ず乗り越えてみせるよ」
 無論、合流させるのを黙って見過ごすつもりもない。
 リナの想いは舞い踊る風の刃となってゼーゴイセンが拡げた海を散らし――。
 そして、綺羅星の軌跡が一息に駆け抜けた。
「遺跡も宇宙もダモクレスに渡すわけにはいかないっすからね、行くっすよー」
 まるで海から星空へと風景そのものを塗り替えるかのように、霧咲・シキ(四季彩・e61704)が描いたひとつ星が刻まれて。
 そこに、リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)が奏でるバイオリンの旋律が重なった。
 優しくも美しい音の調べに込められているのは、月を守りたいというリリスの切なる祈りと想い。
 降る星のように散りばめられた数多の粒子の煌めきが、前衛に布陣する同胞達の傷を癒すと同時に、超感覚を研ぎ澄ましていく。
(「……不明点、多数」)
 予知された敵の名を耳にした時、款冬・冰(冬の兵士・e42446)はすぐに、いつかの邂逅の記憶を拾い上げていた。
 知らない筈なのに、識っている――。
 ノイズのように胸の裡に広がってゆく、奇妙なざわめき。
(「ミドラーシュは冰を欲していた。『イヴ』の為と。だが此処ではセラフを投入。不可解」)
 冰に求められていた『イヴ』の為の役割とは、はたして何だったのか。
 巫女、ジェネレーター、或いは起動キーのようなもの――。
 ――あるいは。
(「既に『イヴ』は起動していて、一機や二機セラフを喪っても問題無い。……そういう段階?」)
 どれほど思考を巡らせども、答えは見出せず。
 ジェットパックの人工翼を広げ空を翔けながら肉薄した冰は、青白い光を湛える氷刃でゼーゴイセンを斬り伏せる。
「――、……」
 何かを紡ごうとしたらしいゼーゴイセンはそのまま虚空に溶け消えて――まずは一体目を撃破。
 息をつく間もなく次なる戦いに向けて態勢を整えた直後、魔空回廊の扉が蠢いた。
 現れた二体目の星戦型ダモクレス――エトランジュセラフ・アエスタースは、ケルベロス達の中に冰の姿を見つけると少し驚いたように目を瞬かせ、それから楽しげに笑った。
「こんな所で会うなんてね、ヒエムス」
 冰は以前にもその名で呼ばれたことがあった。
 だが、アエスタースは勿論、更に控えているエトランジュセラフ・アウトゥムヌスとも、『冰』は直接の面識はない。
 知らない――筈なのだ。
 冰は胸の裡にこだまするざわめきを払うように、静かに告げる。
「再度通告。当ケルベロスは款冬・冰。――冰は冰。ヒエムスではないと否定」


 澄み渡る青空を引き裂くような閃光が落ちる。
 それをライオットシールドで防いだハインツは、負けじと声を張り上げた。
「何があろうと、歩みは止めない! 光(いのち)を背負って光(あした)を掴む、――それが、オレたちヒーローの進むべき道なんだぜ!」
 ハインツの声に応えて溢れた黄金の光が戦場を満たす。それは、幼い頃から人々の笑顔と未来を守るヒーローに憧れ続けたハインツの、誓いと決意の輝きである。
「オレたちに守りは任せて攻撃に集中するんだぜ!」
 黄金の光に負けず力強く響くハインツの声が、仲間達の心を奮い立たせる。
「ええ、守りは私達にお任せを! 断ち切る剣を守るのも、騎士として、盾としての役目です」
 守護星座を地に描きながら、同じく盾役として力を振るうリビィも想いは同じ。
 ――守るために、戦う。
 それが、ケルベロスに救われケルベロスとなったリビィが志す、騎士としての在り方だ。
 ここが戦いの場であることを忘れさせるような優雅な所作でギュスターヴが繰り出すのは、卓越した技量からなる達人の一撃。
 強かに三度、ステッキで打ち据えられたアエスタースが全身を蝕む氷に怯んだ隙に、その背後へふわりと、赤色のツインテールとマントを靡かせながらウィッカが回り込む。
 ウィッカはちらりと冰を見やり、それからすぐに目の前の倒すべき敵――アエスタースを赤の瞳で捉えて。
「あなた達には別の目的もあるのかもしれませんが。我々がこうしてここにいる以上、そのどちらも果たさせはしません」
 ヘリオンデバイスの効果も相俟って、クラッシャーとして圧倒的な力を振るい続けているウィッカが、影の如き一振りで密やかにアエスタースの急所を掻き斬った直後。
「わたくしにも、お力添えをさせてくださいまし」
 ふわりと微笑んで、リリスはそれまで奏でていたバイオリンの調子を緩やかに変えた。
 先程とは違う軽やかで華やかな旋律に導かれて、色とりどりの大輪の花が次々に弾け咲き。そこから膨れ上がった鮮やかな爆風が、仲間達の背を彩ってゆく。
「ありがと、これで百人力だね!」
「ありがとっすよー、力が湧いてくるっす。まだまだこれからっすよー」
 優しくも力強く背を押す風に確かな力を得たリナとシキが、リリスへ礼を告げると共に動いたのはほぼ同時。
「スピード勝負なら負けないよ。一手だって無駄になんかしない!」
 疾く風の如く踏み込んだリナは空の霊力を纏わせた雷槍でアエスタースを穿ち。
「勝手に動き回らせないっすよー、どーん!」
 砲撃形態に変形させたドラゴニックハンマーの照準を確りと合わせ、シキはさながら彗星めいた竜砲弾を撃ち込んだ。
 そして、リナが二度目のタイムリミットを告げた時。
「せっかく、見つけたのに……!」
 既に満身創痍のアエスタースが、先端に太鼓のついた杖を高く掲げながら空を翔ける冰へ狙いを定め。
 ――刹那。
 灼け付くような鮮烈な光が、爆ぜた。

『ねえ■■! 海、良かったでしょ? 来年の夏は山にいくわよ!』

 不意に、耳の奥に響く声。
 瞼の裏に浮かび上がる、向日葵のような笑顔。
(「……わからない」)
 脳裏にちらつくノイズは大きくなるばかり。
「ヒエムス……!」
 アエスタースが呼ぶ声に、冰は瞠目する。
 彼女は、確かに己を呼んでいる。
 だが――。
「大丈夫ですか、冰様」
 僅かな迷いを拾うように。あるいは、払うように。
 極限まで研ぎ澄ました精神力を用いて続け様に三度の爆発を起こしたギュスターヴが、案じるように冰を呼ぶ。
「泣かないで。私があなたを笑顔にしてみせますわ!」
 声もメロディーも弾ませて、リリスが奏でるは希望仕掛けの幻想曲。
 明るい曲調のメロディーが優しく包み込むように傷を癒してゆくのに、冰は、過去に囚われかけた意識を『今』へと引き戻した。
「……問題ない。ギュスターヴ、リリス、心配りに感謝」
 今、為すべきことは唯ひとつ。
 アダム・カドモンによる地球のマキナクロス化を阻止するために、この月面遺跡をダモクレスの手から守り抜くこと。
 襲い来るダモクレスを、『倒す』こと。
 冰が解き放った粘体生物が地を滑るように這い寄りながら犬めいた大柄な怪物へと変じ、鋭い牙でアエスタースへ喰らいつく。
「それ以上、やらせはしないぜ!」
 続けて踏み込んだハインツがライオットシールドを力任せに叩き込み、チビ助が鋭く吠えて地獄の瘴気を放つのに合わせて、リビィが腰部の左右のアーマー部分に収納された折り畳み式のアームドフォートを展開させた。
 直後、砲身の先端に膨大な熱が灯されて――。
「いきますっ!」
 爆ぜるような輝きと共に一斉に放たれた主砲が、アエスタースへと集束する。
 ケルベロス達の猛攻に耐えきれず、ついにその場に膝をついたアエスタースへ、リナが呪詛を絡めた刃を一閃、美しい軌跡を描く斬撃を放った直後。
 魔術文字を刻んだ魔剣を構え、ウィッカが淡々と告げた。
「藍の禁呪を宿せし刃。呪いを刻まれし者に避ける術無し」
 詠唱と共にアエスタースの核――心臓に禁呪の印が刻まれる。
 それは終焉を齎す葬送の呪い。
 ウィッカの手を離れた魔剣は寸分の狂いもなく藍の禁呪の刻印を貫いて――。
「ヒエムス……」
 崩れ落ちてゆくアエスタースが縋るように伸ばしたその手を、冰は、取ることが出来なかった。


 ――無数の星が、降り注ぐ。
 最後に現れた星戦型ダモクレス――エトランジュセラフ・アウトゥムヌスが掲げたのは豊穣を宿す杖。望遠鏡めいた先端部分には、まるで星空が嵌め込まれているかのよう。

『流れ星、秋が一番見えるの。■■ちゃんも、来年は一緒に……』

 冰の脳裏に描き出される映像はどれも不鮮明で、けれどそう言った少女はどこか、目の前にいるダモクレスに似た――。
(「……覚えがない」)
 一際大きな星が冰を撃ち抜かんとした、その刹那。
「この盾は、簡単に抜けるとは思わないでくださいね!」
 すかさず身を挺したリビィによって星は落ちるより早く弾き返され、行き場を失くしたアウトゥムヌスの星を、シキが煌めくフォーチュンスターで塗り替える。
「流れ星なら負けないっすよー」
 そこに距離を詰めたギュスターヴがステッキ――エクスカリバールを翻し、隙のない動きで死角からの一撃を三度叩き込んだ。
 連戦による消耗はヘリオンデバイスの力を得ても尚激しいものであったが、戦線を崩すことなく支えたのは守りに重きを置いた盾役のハインツとリビィ、そしてチビ助の献身と、何より回復に専念したリリスが絶えず奏で続けたバイオリンの旋律による癒しがあったからこそ。
 けれど、ケルベロス達が繋ぎ重ねた攻撃により、アウトゥムヌスが実りの果実で自らを癒した時。
 リリスは、癒しの旋律ではなく、間もなく訪れるであろう戦いの終わりへ導くための雷光を、翔けるようなバイオリンの音色に乗せて放った。
「――風舞う刃があなたを切り裂く」
 リナの刀から放たれた魔力が幻術と混ざり合い、無数の風刃となってアウトゥムヌスを襲う。
 深い傷を刻みながらも確実に動きを鈍らせる、嵐のように舞い踊る風の刃。それに紛れて神器の剣で斬りかかるのはオルトロスのチビ助。
 夜闇を切り裂く流星の煌めきに重力を乗せた飛び蹴りでアウトゥムヌスを更に縫い止めたハインツに続き、シキが空中に描いたのは星空の道。
 流れ星の如く星空の道を滑走し、シキはアウトゥムヌスの懐へ一息に飛び込み守りを砕く。
「地球という星の未来を、そして、星の未来を担う人々を。デウスエクスに奪わせるわけにはいかないのです」
 ギュスターヴの心に等しく満ちる、地球に住む者への深い慈しみと、デウスエクスに対する静かな怒り。
「浄化の炎が傷付いた躰を焼き清めるのか、浄罪の炎が躰もろとも罪を焼き払うのか。全ては、貴方様次第で御座います」
 常と変わらぬ穏やかな、けれど確かな意志を秘めた声を紡ぎ、ギュスターヴは地獄の紅炎を煉獄の蒼炎へと変えて放った。
 浄罪の業火となってアウトゥムヌスを包み込む、煉獄の蒼き燎火。
 即座にウィッカが雪さえも退く凍気を纏わせた杭でアウトゥムヌスを深々と穿ち、更に飛び出したリビィが背に光の翼を広げて舞い上がった。
「私の光の刃は、一味違いますよ。さぁ、勝負ですっ!」
 緑光の翼の粒子を剣に変えて、高く舞い上がったリビィは急降下と共に光刃を振り下ろす。
 千切れた腕から覗くコードのようなもの。ショートを繰り返す機械の身体。
「ヒエムスちゃん……」
 今にも泣き出しそうなアウトゥムヌスの声。
 傷ついた少女が流すのは血ではなく、何もかもが人のそれとは違っていて。
「……否。冰は、――冰」
 冰は迷いを振り切るように、断ち切るように、氷の剣を手に取った。
「一刀にて、積もる命を月並みとする――」
 斬り下ろし、斬り裂き、斬り捨てる。
 雪が舞い、月が輝き――氷華が散って。
 氷の剣ははらはらと零れて消えてゆく。
 そして、アウトゥムヌスも静かに、春告げの風に溶けゆく雪のように崩れ落ちた。

 その名の通り、エトランジュとなった彼女達にせめてもの安息をと、リリスが奏でるレクイエムが静寂を優しく包み込むように響き渡る。
 仲間達は誰一人倒れることなく、戦いは終わった。
 遺跡は守られ、任務は無事に果たされた。
 聖王女の導きにより、帰り道も迷うことはない。
 一人、また一人と踵を返してゆく中、冰は――いつの間にか涙を流していたことにも気づけぬまま、暫しその場に立ち尽くしていた。
 理由はわからない。
 敵であるダモクレスをケルベロスとして倒した――ただ、それだけのことだ。
 なのに、胸にぽっかりと穴が空いたようなこの心地は――。

 冰にとっての終わりであり、はじまりの日。
 その記憶は、未だ――。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月17日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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