シャイターン襲撃~傀儡天使

作者:朱凪

●尖兵、襲撃
 都心より西、多摩川の左岸──東京都昭島市。
 拝島大師と親しまれる本覚院や、アキシマクジラと言う特有の鯨の化石が発見された都市として知られる。
 学校や団地が多くを占めるその都市の上空を、12体の光の翼を持つ妖精、ヴァルキュリアが泳ぐ。そして互いに示し合わせたかのような動きで4つの方向へと散っていく。
 その内のひとつの塊。3体ずつに分かれたひと組は、音も立てずにとある小学校の校庭へと降り立った。その手にはそれぞれ、営利な刃。
 ひとりは、黒髪の少女。手には妖精弓。
 ひとりは、金髪の少女。手には槍。
 ひとりは、赤橙色の髪の少女。手にはルーンアックス。
 光の翼を持つ姿が物珍しいのか、様々な種族の子供達は警戒心もなく彼女達に駆け寄る。
 何故ならそのヴァルキュリア達は、小学校に通う少年少女達とほぼ同じ年頃の姿であったから。
「ねぇねぇ、おねーちゃん達、なにしてるのー?」
 無邪気に問うた年少の少年の胸に、斧の幅の広い刃が深く突き刺さった。
「……え……?」
「……僕達は、ヴァルキュリア」
 なにが起きたのかも把握できずにいる少年に告げ、刃を引き抜く。血色の華が咲く。赤橙色の髪の少女の、その白い頬に、紅い雫が伝う。
「わぁあああああ!!!」
 弾けるように悲鳴が響き渡る。蜘蛛の子を散らすように逃げ出した子供達の背を、3人のヴァルキュリアが追い、淡々と命を摘み取っていく。
 大混乱の喧噪の中、表情のない彼女達の頬に伝い続ける、紅い雫。
 それは、彼女達の瞳から流れていた。
 
●混沌のヴァルキュリア
 火急の事態との一報を受けてヘリポートへ向かったケルベロス達を迎えたのは、拡声器を手にしたドラゴニアンの青年だった。
「初めまして、Dear。こんな大変なときですが……俺は暮洲チロル。ヘリオライダーです。どうぞよろしくお願いします」
 暮洲・チロル(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0126)と名乗った青年は、早速ですがとヘリオンのプロペラ音に負けぬよう、拡声器越しの声を届ける。
「城ヶ島のドラゴンとの戦いも、佳境ですね。しかし休む暇も与えてもらえないようです。エインヘリアルが動きました」
 宵色の瞳が瞬く。鎌倉防衛戦を憶えていますね、と。
「俺は参戦していませんが、報告は確認しました。そこで失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たなエインヘリアルの王子が地球への侵攻を開始したようです」
 その新しい王子が用いるコギトエルゴスムは、妖精八種族がひとつ、シャイターン。
 ザイフリートの配下である同じく妖精八種族がひとつのヴァルキュリアを、なんらかの力を使ってシャイターンに従属させているらしい。
「目的は勿論、グラビティ・チェインの獲得です。魔空回廊を駆使した大量虐殺が図られています。その目的の地は、東京」
 10を超える都市へ各1体ずつのシャイターンと、各16体ずつのヴァルキュリアが、虐殺のために送り込まれることになる。
「俺と共に皆さんに向かって欲しいのは、東京都昭島市の内のひと組──多くの作戦が入り交じってややこしいですが間違えないでくださいね、Dear。きみ達の敵は、ヴァルキュリアです」
 そうはっきり告げて、チロルはケルベロス達の瞳を順に見据えた。
 いくつかの首肯が返るのを確認して、彼は続ける。
「ヴァルキュリア達は、邪魔する者を排除するように刷り込まれているようです。だから、Dear達と戦っている間は他者への被害は出ないはずです」
 他者──この場合については、校庭に遊ぶ小学生達を指す。
 自然、少し視線を落としたチロルは、「俺達が向かう先の敵は、ヴァルキュリアですが」と言い置いた。
「同じ都市にシャイターンが居る……これは、無関係なことではないんです」
 なぜならシャイターンは、ヴァルキュリア達を洗脳しているから。
「昭島市に舞い降りたシャイターンが存在し続ける限りその洗脳は強固なものであり、なにを呼び掛けたとしてもその言葉が彼女達に届くことはないでしょう。ただ、シャイターンが倒されたあとならば、なんらかの隙ができるかも、しれません」
 申し訳ない、とチロルは頭を垂れる。
「俺達ヘリオライダーの予知でも、シャイターンが倒されたあとのヴァルキュリア達がどうなるのか……そこまでは判らないんです。昭島市のシャイターンがいつ倒されるか……それも、シャイターン撃破に向かう仲間達に委ねるしかありません」
 対シャイターン戦に挑む仲間達の状況次第によっては、こちらの小学校へ更に1体、援軍としてヴァルキュリアが送られる可能性もあるのだと告げた彼の表情は、晴れない。
 つまり、戦うしかない。
 とにかく、倒すことを目標とする他、ない。
「ただ──死を与えるかどうかの判断は、Dear達に任せます。もちろん、命を奪わずに戦い倒す方が難しくなるのは……俺が言うまでもないことですが」
 戦うしかないからと言って、考えることは決して、少なくはない。
 僅か悩んで、チロルは眉を寄せ、小さく零す。
「俺の予知では。ヴァルキュリア達は、血の涙を流していました。……元より、『死の気配が濃くなった』生命体、または死者の魂しか『選定』をしないはずの種族です。元気な子供達の命を奪うことに、抵抗があるのは間違いないはずです」
 だから、と告げる声はただ静かに。
 チロルはひとつ、大きく肯いた。
「だからこそ、倒しましょう。止めましょう。Dear達の目的の地を、教えてください」


参加者
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
刻野・晶(オラトリオの刀剣士・e01715)
テティス・エルシェン(フォレストドール・e02486)
ロカ・ラディウス(フェレアウリス・e05069)
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)
トゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316)
花唄・紡(宵巡・e15961)

■リプレイ

●交錯する思考
「まったく、とんでもない奴が来たものね……」
 銀色の瞳を眼下の街並みに落として、刻野・晶(オラトリオの刀剣士・e01715)が零す。小さく肯いてテティス・エルシェン(フォレストドール・e02486)も淡い金の髪をさらり指先に流し窓から見下ろす。
「これだけの数の傀儡を操る力……エインヘリアルの王子って、実は私、まだよく把握していないのよね」
「しかし洗脳とはいけ好かないですねえ」
 確認するかのような言葉に嘆息ひとつ、トゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316)が首を振る。
「彼女たちの魂を知るには、とりあえずは洗脳を解きましょうか」
 淡々と告げる彼の声に、ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)は手に巻いた革のブレスレットに触れた。その瞳に、これまでにはない強い光が宿る。その一瞬を目撃したロカ・ラディウス(フェレアウリス・e05069)は、けれどそのまま口を噤んだ。
 花唄・紡(宵巡・e15961)がかすかに目を眇めたのは誰にも気付かれることなく、トゥルは続ける。
「血涙を流す、彼女たちの本心を見れたらいいですな。……いや、なにがなんでも見させてもらいましょう」
「……ええ」
 ほとんど消え入るような声で、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)も思いを馳せる。予知で聞いたヴァルキュリア達の様子。血の涙を流しながら子供達を殺す、そんな姿に掛けられる声があるだろうか。
 ──あたしなりに、頑張って……なにか。
「見えた」
 ジゼルが大切な懐中時計を胸に抱いたとき、ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)が鋭く告げた。ヘリオン内部の全員に、ぴり、と緊張が走る。
 扉を開くと吹き込む強風に髪が躍る。「さて、」晶が傍らのオルトロス・リストの毛並みを撫でる。ソーダ色の瞳を伏せ、テティスも肯く。
「まずは子供達の救出……そして涙の天使を解放しに行きましょう」
「ああ。一石二鳥を狙うとしよう」
 ──ロカは。
 なにが正しいかは判らない。なにが望ましいのかも知りはしない。
 ただ、胸に抱いた自らの望みはある。
 ──敵とか味方とかより……多くの者が幸福である選択を、したい……。
 強く踏み出した空。
 怪物のような暴風が、彼女達を呑み込んだ。

●傀儡の天使
 校庭に舞い降りた、三体のヴァルキュリアのどこか哀し気な瞳が少年を捉え──そして繰り出した刃。
「悪いけれど」
 落ちた言葉が届くよりも疾く、手を伸ばす。斧の先が狂って、その肌を裂いた。
 舞った鮮血にも構わず凜と見つめる先は、幼い天使達。
「子供達に手出しはさせないわ」
 テティスの宣言に応じるかの如く、次々とヴァルキュリア達と子供達の間に、地獄の番犬が立ち塞がる。
 ──別にデウスエクスの事情とかこっちには関係ないけど。
 溜息ひとつ。浮き上がった帽子を押さえて振り返り、紡は目を真ん丸にしている少年へと微笑んだ。
 ──無力な誰かに手を出されるのは許せないんだ。
 朗々と響く、力強い声。
「さぁ逃げろよ、子供達。死にたくなければな!」
「ここから早く離れて」
 笑うヒルダガルデの背後で、晶とリストが茫然としている子供達を追い払う。
 『死ぬ』、という現実味のない言葉が、テティスの腕から伝う紅にリアルを帯びる。誰かが小さく悲鳴を上げたのを皮切りに、蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ惑った。
「なにをしに来た」
 子供達を護るよう、敵の視界を遮るよう、ロカは敢えてヴァルキュリア達の前へ立ち、問う。
「ここに来たのは、己の意思か?」
「……」
 敵は答えない。子供達を追いかける様子もない。
 それでも、気を抜くわけにはいかない。
「貴方達の相手はこちらよ」
「グラビティ・チェインなら私達にもあるのだから、こちらに来なさい」
 テティスと晶の静かな声音が、更にヴァルキュリア達へと向けられる。
「こっ……こっから先は、『とおせんぼ』っすう……!」
 毛むくじゃらの指の指輪から、光の盾を自らの前に展開する。震えそうになる手を広げ、それでもベーゼは真っ直ぐに光の翼を持つ敵を見つめた。
「……」
 ゆるり、金髪の天使が槍を構える。
「邪魔をするなら、」
 呼応するように、黒髪のヴァルキュリアも弓を番えた。
「──排除するわ」

 ──……ま、自分の意思に反したことやらされるのはあたしだってすっごい嫌だし、同情しなくもないけど。
 校庭に描いた守護星座が光を放ち、前衛の仲間達を淡く包む。その先に見据える、どこか虚ろな瞳の天使達。
 ──でもさ、
 その瞳のいろに、紡は胸にわだかまる靄に奥歯を噛み締める。
 ──そもそも泣くほど嫌なら死んでも抵抗しろっての!
 叩いてでもその目、醒まさせてあげる!
「ater glans……」
 指先から撃ち出す、漆黒の弾丸。渦巻く複雑な感情は、紡とはまた違う内容ではあるけれど。それでも彼女に、迷いはない。それは、自信ではなく。
 ──ロカは、微力だと自覚してる。
 けど。
 静かに佇むトゥルに向けて射られた矢を、「ぐっ……!」ベーゼの大きな身体が受ける。ガチガチとミミック・ミクリさんが歯を鳴らすのを見下ろし、
「でへへ……だいじょうぶ、これっぽっちのケガ、へっちゃらっす」
 無理やり笑う。その姿を見遣って「ありがと!」明るい声で返すのはトゥル。戦闘の場において理性よりも感情の勝つが故の悪い癖だと、彼のライドキャリバー・ラキャーがアクセルを吹かす。
 相手のことを知りたい。その思いが敵の仕種を観察してしまう。技のすべてを待ってしまう。
 もちろんそれだけではない。
「さあ、教えてよ、キミのすべてを!」
 振り絞れ表象──禍々しい色合いが彼の左腕を覆う。這いずるように広がる呪紋は喰らい続けた降魔の力。愉しむ様子すら浮かべて振り抜いた拳は、的確に金髪の天使を打ち抜いた。
「……ッ!」
 軽い身体がグラウンドに転がる。
 駆け抜けるように展開する様相に、ロカはひとつ、肯いた。
 ──ベーゼさんもミクリさんも大丈夫って、言ってくれた……トゥルさんは頼もしい仲間だし、ラキャーはしっかり者だ。
 だから。
 ──仲間と一緒なら、できる気がする。

「邪魔しないで……!」
 ぎりと槍を握り締め、繰り出された一撃がヒルダガルデの肩を穿つ。豊かな髪に血色が飛ぶ。痛みに眉を寄せた彼女の前で、けれど同じように、少女の眉も泣きそうに歪む。
 それを見てかすか、ジゼルにも疑問が過ぎる。
 ──ヴァルキュリアは虐殺を望んでいない……?
 ならばと思うのは、ただひとつ。シャイターンという新たな敵に洗脳されていることは判っている。
 ──本当の気持ちは、どうなんだろう。
 手にした懐中時計。いつまでも三時で止まったままの針を、細い指先がくるりと戻す。
「……帰ろう」
 淡く温かな癒しの光が広がってヒルダガルデを包む。に、と彼女は笑い、腕を上げて感謝の意を示し、更なる攻撃へと移っていく。
「突き指には気をつけねばなぁ」
 おどけるように告げて繰り出す二本の指は、恐れる様子もなく赤橙色の髪の少女の頸を突き、気脈を断つ。その姿をどこか眩しい思いで見るベーゼは己の腕を見下ろした。
 輝く黄玉には小楢と山百合。彼の存在を祝う証。
 勇敢なる君へ。
 添えられた言葉は、程遠いものだと思っていた。臆病な自分を、誰よりもよく知っていた。
 ──……でも、ほんとは。
 灰色の瞳に宿る、意志。
 ──ずっと、ずうっと……そうなりたかったんだ。
 だから。強く地を踏み締めて、重力を籠めた拳。ちびっこ達も仲間も……苦し気に攻撃を繰り出す彼女達も。
 まもるためなら。
 止めるためなら──!
 迷いを振り切るように真っ直ぐ突き出したその拳は、赤橙色の髪の天使を貫いた。

 黒髪のヴァルキュリアを見据えて思い馳せるのは、以前出会った同じく黒髪の敵。自らが姿を似せたその敵。直接言葉を交わすこともなかったが、引き留めて話を訊くべきだっただろうか。そんな思いが、迷いが、テティスの脳裏を過ぎる。
 ──彼女達ってひょっとして、仲間になる可能性があるのかしら……。
 瞬きひとつで距離を詰め、流星の綺羅の残影と共に繰り出す蹴撃。振り抜きざま、同じ彼女と出逢った紡の瞳と視線が合う。
 いつも通り、変わらぬいろ。『魔女』は感情の読み取れない笑みを浮かべ、砲を一斉に掃射した。いくつもの砲弾が容赦なく降り注ぐ。
 更に踏み出した晶の斬霊刀が、雷撃を帯びて光速の刺突を繰り出した。
「がっ……!!」
 がくり、膝を折った姿。追撃を喰らわせようと身を低くしたリストへ、晶は掌を向ける。
「リスト、これ以上はダメ」
 体力が零を切らないようにと、全員で共通の意志として持っていた。
 攻撃の手を緩めたその隙に、金髪のヴァルキュリアが槍を掲げて回復を図り、黒髪の天使も震える手で癒しの矢を射る──けれどその矢はうまく届かない。
 多く重ねられた付属効果によって、敵の動きは大きく妨げられていた。
 きょろと仲間の様子を窺い、ロカはジョブレスオーラを展開する。護られている分、サポート返し、してみせる。決意は固く、ただひとつの信念が彼女を突き動かす。
 無様な結果だけは、望まない。彼女にとっては、敵も味方もない。
 ──一人でも多く安らげる場所へ帰れるように……ロカにできる最善を考える。
 彼女は遠い空を一瞥した。

 ジゼルがミクリさんへ癒しの光を送ったとき。
 戦闘を開始して、十分にも満たない頃。
「! 皆さん、」
 不意の違和感に気付いたのは、敵をつぶさに観察していたトゥルだった。
 天使達の、震える手と唇。
「……?」
 視線が定まらない様子にヒルダガルデが手にしていた武器を仕舞う。それは確かな変化の兆候であると判断した。
 恐らく──昭島市のヴァルキュリアを統括していたシャイターンが、斃れた。その証拠に相違ない。

●困惑と模索
「私……」
「ま、まだ、まだ、」
「たた、か、う……?」
 残り少ない体力を回復して補いながら戦い抜いてきた少女達は、火を見るよりも明らかな混乱の中に居た。
 スカートを揺らして一歩、テティスは彼女達に歩み寄る。
「私達は、貴方達が一般人を……子供達を襲わないなら、戦うつもりはないわ」
 だから教えて、と。その声は柔らかく、寄り添うように。
「奪う必要のない命を奪うことは好まないはずなのに、なぜ虐殺を行おうとしているのかしら?」
「そうそう。君達って元々、死にかけ勇者候補の魂を選ぶんでしょ? なんで関係ないひとまで傷付けようとすんの」
 紡の言葉には、どこか退屈を含んだように険がある。
 救えない命を新たに勇者として生み出すことと、無邪気で元気な命を意味もなく奪うことは天地ほどにも差がある。
 ひとつ、晶も肯いて、混乱している様子の少女の内のひとりと視線を合わすべく膝を曲げる。
「これ以上、やりたくない戦いを続ける必要は無い。どうか剣をおさめてくれないか」
「そうっすよ! おれ達、きみ達をやっつけにきたんじゃないっすよ。ちびっこ達のピンチに駆けつけただけっすう」
 大きな首肯を繰り返すベーゼの隣で、ミクリさんもがちゃがちゃと歯を鳴らして、どうやら同意している様子だ。心強い後押しを受けて、晶は続きの言葉を紡ぐ。
「あなたたちの慕っていたザイフリートなら、他の仲間達が守りに行った。私達にとって、この町を破壊する奴が居なくなれば、それ以上戦う理由もない」
 敵対するつもりはないと、暗に告げる。
 仲間達の様子を、トゥルはただじっと見つめた。時折、ロカと同じように空を見上げるのは援軍を警戒してのことだったが、シャイターンが倒された今となっては、もはや援軍は来ないと見て間違いないだろう。
 ──思いがけず、早かったですね。
 ヴァルキュリア達を従えていたシャイターン。許せない。紡はそう思う。
「そのまま本来の主人じゃない奴の言いなりでいいの。お家帰って自分達がやるべきこと、一度考えたらどう?」
「主は……」
「……ひめ、さま……ぁあ、ああぁあ!!」
 瞳に正気を携えぬまま振り回された槍の穂先をヒルダガルデが苦もなくいなす。
「やる気があるのは構わんが、よく考えることだ。お前達が今戦うべき相手は、我々か? それとも、色々とヤンチャしてくれているシャイターンか?」
「無駄な殺生はしたくないわ。私達も……貴方達も、そうよね?」
 テティスが続ける言葉は、更にヴァルキュリア達を揺らした。迷い続ける姿をすら構わないと言わんばかりにヒルダガルデは説く。
「よぉく考え、そして選べ。お前達の意思と、役目と、忠誠心で──精々、後悔の無い選択を」
「わ、わたしは、私達は……!!」
「僕達、は……!」
 錯乱のままに、ひょう、と弾かれた矢。
 それは──過たず、赤橙色の髪のヴァルキュリアの背へと突き立った。
「ッ?!」
 突然のことに、想定もしていなかった状況に、ベーゼの瞳が溢れんばかりに見開かれた。他のケルベロス達も、表現は違えど抱いた思いは同じ。それはすなわち、驚愕。
「な、なにを……!」
 思わずと言った様子で手を差し伸べた彼へ、けれど赤橙色の髪の少女は斧を振るう。
「僕達の、使命は……ケル、ベロスを、倒す……こと……」
「違う……違う……!」
 敵味方の区別も付かないほどの状況に、ロカが歯嚙みする。
「……倒さずには、済みそうにない、ね」
「っ、眠ってくれるとありがたいんだが……!」
 慈悲を籠めた、手加減攻撃。初めて戸惑う様子で繰り出すヒルダガルデと、再び子供のような表情を浮かべるトゥルが続く。
「生き恥を晒すくらいなら、ってこと?」
「ふぅん──」
 高く跳んだ紡が、ほんの少しだけ口角を上げる。
「もしもそうなら、ちょっとだけ見直してあげる」
 そして加減しつつも渾身で、ゾディアックソードの腹で叩き付けた。

●空の向こう
 殺さずに、倒したい。
 だからぎりぎりまで、手加減攻撃を行うことすら封印した。誰もがどうなるか不安を浮かべて、またはある者は好奇心を隠さず、校庭に崩れ落ちたヴァルキュリア達の様子を伺った。
 しばらくの間のあと、ゆるりと黒髪の少女が、続いて赤橙色の髪の少女が身を起こす。その瞳に、消沈と消耗のいろはあれど、敵意も殺意も、そして混乱も困惑もなかった。
 胸を撫で下ろす心地で、ヒルダガルデは校庭に蹲る少女達へと手を差し出した。
「手を貸そうか?」
 それは、物理的な意味合いだけではなく。ヴァルキュリアが『勇者』を探しているのなら。
「我々を、今は敵ではないと判断したのだろう?敵でないなら、助力するのも吝かではない」
 少女達の視線が彼女に、そしてテティス、ベーゼと動いて、結局天使達は、ヒルダガルデの手は取らずに意識を失っているらしい金髪の少女をふたりで肩に担ぎ、立ち上がった。弱々しくも、光の翼が広がる。
 振り返り、ひたと合わせられた視線。
「…………憶えておく」
 その言葉を残して、天使は遠く飛び去った。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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