生ぬるくては意味がない

作者:ゆうきつかさ

●都内某所
 電気ポットがあったのは、廃墟と化した工場の応接間であった。
 この工場では電子部品を扱っていたのだが、不況の煽りを食らって廃業し、電気ポットだけが残された。
 その電気ポットが、どうして持っていかれなかったのか、今となっては分からない。
 だが、持っていくだけの価値がなかった事は間違いない。
 それでも、電気ポットは納得していなかった。
 それ以外のモノは、持っていったのに、なんで俺だけ?
 ひょっとして、お湯の出が悪かったから?
 それとも、お湯が生ぬるかったから?
 考えれば、考える程、心当たりはあるのだが、どれも些細な問題。
 捨てられるほどの理由ではない。
 少なくとも、電気ポット自身は、そう思っていた。
 しかし、いつまで経っても、迎えに来る者はいなかった。
 その代わり、電気ポットの前に現れたのは、小型の蜘蛛型ダモクレスであった。
 小型の蜘蛛型ダモクレスは電気ポットのまわりをカサカサと走り回り、機械的なヒールを掛けた。
「デンキポットォォォォォォォォォ!」
 次の瞬間、ダモクレスと化した電気ポットが耳障りな機械音を響かせながら、工場の壁を突き破って街に繰り出すのであった。

●セリカからの依頼
「綾崎・玲奈(アヤカシの剣・e46163)さんが危惧していた通り、都内某所にある工場で、ダモクレスの発生が確認されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、教室ほどの大きさがある部屋にケルベロス達を集め、今回の依頼を説明し始めた。
 ダモクレスが確認されたのは、都内某所にある工場。
 この工場は既に廃業しており、廃墟と化しているようだ。
 どうやら、この場所にあった電気ポットが、ダモクレスと化してしまうようである。
「ダモクレスと化すのは、電気ポットです。このままダモクレスが暴れ出すような事があれば、被害は甚大。罪のない人々の命が奪われ、沢山のグラビティチェインが奪われる事になるでしょう」
 そう言ってセリカがケルベロス達に対して、今回の資料を配っていった。
 資料にはダモクレスのイメージイラストと、出現場所に印がつけられた地図も添付されていた。
 ダモクレスと化した電気ポットは、ロボットのような姿をしており、ケルベロス達を敵として認識しているようだ。
「とにかく、罪もない人々を虐殺するデウスエクスは、許せません。何か被害が出てしまう前にダモクレスを倒してください」
 そう言ってセリカがケルベロス達に対して、ダモクレス退治を依頼するのであった。


参加者
綾崎・玲奈(アヤカシの剣・e46163)
リィン・ペリドット(奇跡の歌声・e76867)
シルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)
四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)

■リプレイ

●都内某所
「まさか、私の予想していたダモクレスが、本当に出て来るとは……。これも何かの運命でしょうか? そうであるならば、放っておく事は出来ませんね。このまま何もしなければ、必ず人に害をなすのですから……」
 綾崎・玲奈(アヤカシの剣・e46163)は仲間達と共に、ダモクレスの存在が確認された工場にやってきた。
 工場は数年ほど前に廃業し、閉鎖された後は、買い手がつく事もなく、今では廃墟になっていた。
 そのため、近づく事があるのは、近所に住む不良達くらいであったが、念には念を入れて、周囲にキープアウトテープを貼っておく事にした。
「それに、生ぬるいお湯しか作れないのは、ちょっと困るね。お客さんにそんなものを出して、嫌がられなかったのかな? 何だか色々と影響があったような気がするんだけど……。工場が閉鎖されるまで使っていたという事は、大事にされていたって事かな? 何だか買い替えるのが面倒だったから、騙し騙し使っていたような気もするけど……」
 そんな中、四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)が、複雑な気持ちになった。
 捨てるほどではなかったが、持っていくほどのモノもない。
 その中途半端な扱いが、電気ポットを苦しめ、悩ませたのかも知れない。
 だが、その気持ちを察した者はいない。
 どんなに電気ポットが叫んでも、その声は届かなかった。
 そもそも、電気ポットと会話が出来る者などいないのだから、仕方のない事だった。
 それでも、諦める事なく電気ポットが叫び続けた結果、小型の蜘蛛型ダモクレスが呼び寄せられたのだろう。
「最新機はどれもハイスペックな物が多い分、手頃に買える金額ではありませんしね。少しでも良い物を買うため、完全に壊れるまで使うつもりだったのかも知れませんね」
 リィン・ペリドット(奇跡の歌声・e76867) が、何やら察した様子で答えを返した。
 実際には、どうだったのかわからないものの、電気ポットを置いていった事は間違いない。
 それを、どう解釈するかで、考え方も変わっていくが、誰も取りに戻らなかった事が、すべての答えであり、現実でもあった。
 例え、それを電気ポットが認めなかったとしても、変える事の出来ない現実なのだから……。
「まあ、電気ポット自身も心当たりがあるようだし、捨てられても仕方がないのかなって思うけど……。それでも、電気ポットにとっては、納得が出来なかったのかも知れないね」
 シルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)が、深い溜息を洩らした。
 しかも、その気持ちが残留思念となって、小型の蜘蛛型ダモクレスを呼び寄せてしまったのだから、実に皮肉な話である。
 だからと言って、そんな事を電気ポットが望んでいた訳ではない。
 確かに、誰かを呼んでいた事は間違いないが、それはヒトであって、小型の蜘蛛型ダモクレスではないのだから……。
「デンキィィィィィィポットォォォォォォォォォォォォ!」
 次の瞬間、ダモクレスと化した電気ポットが、耳障りな機械音を響かせながら、工場の壁を突き破ってケルベロス達の前に現れた。
 ダモクレスはロボットのような姿をしており、ケルベロス達に対して、剥き出しの敵意を向けていた。
 おそらく、ダモクレスと化した事で、ケルベロス達を敵として認識したのだろう。
 すべての原因がケルベロスにあるといわんばかりに、ケルベロス達に対して怒りの矛先を向けていた。
「さぁ、行きますよネオン。共に頑張りましょう!」
 すぐさま、玲奈がボクスドラゴンのネオンに声を掛け、ダモクレスに攻撃を仕掛けていった。
 その気持ちに応えるようにして、ネオンがダモクレスを牽制するようにしながら、攻撃の射程範囲外まで移動した。
「デ、デ、デ、デェェェェェェェェェェェェェェェ!」
 それと同時にダモクレスが耳障りな機械音を響かせ、生緩い御湯をビームのように発射した。
 それは色々な意味で中途半端な感じがしたものの、ブロック塀を貫通させるほどの破壊力を秘めていた。
 しかも、飛び散ったブロック塀の破片が、弾丸の如くケルベロス達に襲い掛かった。
「癒しのオーラよ、仲間を助けてあげて!」
 その事に危機感を覚えたシルフィアが、気力溜めでオーラを溜め、仲間の傷を治療した。
「ンキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 だが、ダモクレスの攻撃は、止まらない。
 『この程度の攻撃で、怒りが発散できると思ったら、大間違いだ!』と言わんばかりに、容赦がなかった。
 おそらく、ケルベロス達との戦いで、植え付けられた偽りの記憶が芽吹き、確信へと変わっていったのだろう。
 次第に迷いが消えていき、まっすぐな殺意だけが、ケルベロス達に向けられた。
「次のビームは生ぬるいお湯……と言う訳にはいかないかも知れませんね。ならば、ビームを撃たれる前に、倒すだけです……!」
 リィンが覚悟を決めた様子で、スターゲイザーを炸裂させた。
「ポォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
 その一撃を食らったダモクレスが、バランスを崩して工場の壁にぶつかった。
 しかし、ダモクレスはまったく怯んでおらず、ケルベロス達に対する憎しみが、さらに膨らんでいるようだった。
「一体、何をそんなに怒っているのか分からないけど、少し頭を冷やした方がいいんじゃないのかな?」
 その間に、司が螺旋氷縛波を仕掛け、ダモクレスを牽制した。
「トォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
 その事に腹を立てたダモクレスが、生暖かい御湯をカッター状に放ってきた。
 それはお湯とは思えないほど鋭く、少し触れただけでも、皮膚が避けるほどの威力があった。
 だが、何かに当たると弾け飛び、それがお湯である事を再確認させた。
 だからと言って、安心は出来ない。
 ホッとるする事など出来なかった。
 むしろ、逆。
 油断すれば、やられる。
 ……確実に!
「パズルに眠る蝶達よ、仲間の感覚を呼び覚ましてあげてね!」
 即座に、シルフィアがヒーリングパピヨンを発動させ、パズルから現れた光の蝶が、仲間の第六感を呼び覚ませた。
「デェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
 しかし、ダモクレスの攻撃は止まる事なく、無数の刃がケルベロス達を襲った。
 それが舞い踊るようにして、ケルベロス達の身体を切り裂き、アスファルトの地面を真紅に染めた。
 故に、危険。
 触れるべきではないという気持ちが強まった。
「単なるお湯だと思って、油断する訳にはいかないようですね」
 その間に、玲奈がダモクレスの死角に回り込み、轟竜砲を撃ち込んだ。
 それに合わせて、ネオンが属性インストールを発動させ、自らの属性を玲奈に注入した。
「……私の声よ、あなたに届きなさい。あなたの心を蝕んであげます!」
 続いてリィンが心を刻む歌声(ココロヲキザムウタゴエ)を歌い、悲しい歌声で精神を侵食し、容赦なく心を切り刻んだ。
「ン、ン、キィィィィィィィィイ」
 その途端、ダモクレスが激しく動揺した様子で、耳障りな機械音を響かせた。
 おそらく、ダモクレスにとって、その歌声はトラウマを刺激するほど、破壊力を秘めていたのだろう。
 『やめろ! それ以上、歌うな! 頼むから! やめてくれ!』と言わんばかりに、耳障りな機械音を響かせ、この場から逃げ出しそうな勢いだった。
「何か辛い事でも思い出したのかな? でも、これで終わったわけじゃないよ。まだ始まったばかりなんだから……」
 それに合わせて、司が紫蓮の呪縛(シレンノジュバク)を発動させ、レイピアを華麗に振りかざすと、衝撃波を飛ばしてダモクレスの動きを封じ込めようとした。
「デ、デ、デ、デ、デェェェェェェェェェェ!」
 しかし、ダモクレスは動きを封じられる前に、耳障りな機械音を響かせながら、電気ポット型のミサイルを発射した。
 それ故、『絶対に負けない!』という強い意志を感じるほど、勢いのあるミサイルであった。
 そのミサイルが次々とアスファルトの地面に落下し、大爆発を起こして、大量の破片を飛ばしてきた。
 その破片が鋭利な刃物となって、ケルベロス達に襲い掛かってきた。
「氷の属性よ、仲間を護る盾となり加護の力を与えなさい!」
 すぐさま、玲奈がエナジープロテクションを展開し、氷属性の盾で大量の破片を防いだ。
「歌声よ、皆に届け……!」
 その間に、シルフィアが「スカイクリーパー」を発動させ、希望の為に走り続ける者達の歌を歌い、仲間達の傷を癒した。
「ポ、ポ、ポ、ポ、ポォォォォォォォォォォォォ!」
 その事に苛立ちを覚えたダモクレスが、再びミサイルを発射しようとした。
 だが、先程ミサイルを発射したのと同時に、動きを封じられてしまったため、何もする事が出来なかった。
「そこまで怒っているのに、お湯は緩いままなのかい? だったら、その中にあるお湯を沸騰させてあげるよ」
 その隙をつくようにして、司がグラインドファイアを放ち、ダモクレスの身体を炎に包んだ。
「トォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
 次の瞬間、ダモクレスが炎に包まれながら、ミサイルを装填し、強引に発射しよとした。
 ある意味、それは自殺行為であったものの、後先考えている場合ではなかった。
 やらなければ、やられる。
 ここで仕掛けなれば、確実に負ける。
 そんな気持ちがダモクレスを焦らせ、最悪の選択を迫らせた。
「遠隔爆破です、吹き飛んでしまいなさい!」
 それと同時に、リィンがサイコフォースを発動させ、ダモクレスを爆破した。
 その爆発でミサイルが次々と誘爆し、大爆発を起こして、完全に機能を停止させた。
 おそらく、それは望まぬ最後。
 ズタボロになりつつも、『もっと生きたい、頑張りたい!』という気持ちが伝わってきた。
 その気持ちに反して、体は動かず、意識が遠のいるらしく、ダモクレスの目から、完全に光が失われた。
 そして、ケルベロス達は周囲をヒールで修復した後、その場を後にするのであった。

作者:ゆうきつかさ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月30日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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