撫子の誕生日~甘色ローズガーデン

作者:波多蜜花

●なんでもない日
 今日は朝から天気が良くて、部屋の中にいるのがもったいないくらいだったから、と信濃・撫子(撫子繚乱のヘリオライダー・en0223)は笑って言った。
「どっかにお出掛けしたいなって思ったらねぇ、もう検索してたんよ」
 そうして出てきた結果は、大半が薔薇が見頃だというもの。ほら、と検索した画面を見せる。
「丁度な、今日はその場所でB級グルメのお祭りと、マルシェも開かれとるみたいで」
 B級グルメに参加している店舗はおおよそ40店舗ほどで、食べたいB級グルメが目白押し。
 唐揚げに焼きそば、ステーキ丼にお好み焼き、たこ焼きにラーメン、カレーに餃子、かつ丼におでんとかなりの充実っぷり。勿論スイーツも多く見られ、たい焼きにクレープ、メロンパンにアイスを挟んだもの、ジェラートにかき氷にタピオカだってあるのだ。
 マルシェは基本的に手作りの物が多く見られ、がま口の鞄や財布にキラキラのアクセサリー等が並んでいるのがピックアップされている。
「こういうとこでお皿とか見つけるんもええよねぇ」
 きっと、気に入るものが見つかると思うんよ、と撫子が笑った。

●ローズガーデン
 今のメインは薔薇だけれど、他の花だって綺麗に咲いている。
 薔薇の咲き誇る遊歩道は散歩をするのにも丁度良い距離で、大人も子どもも薔薇の前で立ち止まり、品種と説明が書かれた看板を眺めては薔薇の香りを楽しんでいる。
 そこから少し離れた広場ではB級グルメの屋台がひしめいて、お腹を空かせた人々がどれにしようかと悩んでいる姿が見られた。
 休憩所を挟んだ隣ではグルメ屋台よりは規模が小さいけれど、手に取られるのを今かと待っているような小物やアクセサリーが多く並んでいる。
 薔薇園を散歩するのも、B級グルメを楽しむのも、マルシェで出会いを見つけるのも、きっとどれもが楽しいだろう。
 そして、どの場所からでも薔薇が咲いているのが見えるはず。
 どうぞ、良き一日を楽しんで――。


■リプレイ


 薔薇咲き誇る庭園でマリオン・フォーレはアンニュイな表情を浮かべ、ルイス・メルクリオは手にした紅茶のペットボトルに塩を入れていた。
「オイ、何やってんだクソキノコ」
「いや、指定暴力団の定例会には紅茶が必要だと思って」
 どうぞ、と差し出されたペットボトルを握り締め、いっそお前をその辺に埋めて、この紅茶を掛けてやろうかと睨みを利かす。
「まぁまぁ姐さん……」
「まぁまぁじゃないんだよ」
 難しいお年頃なんだから、みたいな顔をしたルイスにマリオンがこのアンニュイに浸りたい胸の内をぶちまける。
「ほら、お姉ちゃんって過去の記憶がないでしょう?」
「はい」
 ほーん、みたいな顔になったな。
「胸躍る冒険、宿敵との邂逅、なくした記憶を取り戻してハッピーエンド! って展開が待ち構えていると思っていたのに……お茶飲んで騒いで説教して、ケルベロスらしい活動を何もしないまま平和な世界になろうとしてるんですよ……」
 頭を抱えたマリオンにふーん、みたいな顔でルイスが口を開く。
「姐さんほどの人徳者に、宿敵なんて居る訳ないじゃないですか」
「いてもいいだろうが! 何処だよ私の記憶! 忌むべき宿敵! ドラマチック展開! 絶対許しちゃおけねー存在が居たはずなのに、ニアミスさえしないままケルベロス活動略してケル活終わっちまう……!」
「そんなありもしない展開より、もっと許せねぇもんを見てくださいよ、アレ」
 そんなってなんだよ! と叫びつつ、マリオンはアレと言われた方を見る。
「……?」
 二度見した先には、犬用おやつで買収した犬形態のチロ・リンデンバウムを連れたルル・サルティーナがいた。
「淑女と言えば犬!」
 ヌン活を極め紳士の極致に至ったとなれば今年は淑女だと、チロ犬を連れて薔薇園を散策することにしたのだ。
「わんわんお!」
 時給犬用おやつ1で雇われたチロは、こんな簡単なお仕事ならと張り切ってうろうろしている。ついでに高貴なるお宅の飼い犬らしく有機野菜に見立てたその辺の草を喰っていた。
「その辺の草を食べるんじゃありません!」
「あ、野良ちゃんにルイちゃん」
「わんお!」
「なんかアホっぽい犬連れた残念な子が居るなぁと思ったらうちの子だったでござるの巻」
 聞き捨てならぬ、とチロが草を食べるついでにルイスに嚙みついてしっちゃかめっちゃかになったところで、撫子が通りかかる。
「今日も元気やなぁ」
「あっ撫子ちゃん! 撫子ちゃんのお誕生日も……えっと……な、何回目?」
「四回やろか」
「オホホ……撫子ちゃんさま、爆誕おめでとうございます。由緒正しき雑種犬のチロちゃんも、この通り、祝福しておりましてよ?」
「わん!」
 あっこれ五分くらいで飽きるやつ、とマリオンとルイスが思っていたら、案の定五分で飽きたルルが飽きたわ! と言い出し、チロが人型へと戻った。
「やっぱ美味しいものは、素直に楽しく食べるべきだよね!」
「草食ってる場合じゃないのだけは確かだな。あ、おめでとうございます」
「わんわ……じゃない、チロからもお誕生日おめでとー! 末永く宜しくね!」
「すいません、うちのアホが最後まですいません、お誕生日おめでとうございます!」
「改めて撫子ちゃん、お誕生日おめでとー! 来年も再来年も、ずっとず~っとみんなでお祝いしようね!」
 それぞれの笑みが薔薇に負けないくらいに咲き乱れ、撫子はこの先もずうっとその笑顔が見られたらと瞳を瞬かせて。
「ありがとうねぇ、ほな来年もその先も、一緒に遊ぶ活略してヌン活せなあかんねぇ!」
 そう、笑ったのだった。


 あの、ね? そう控え目な声でアリシスフェイル・ヴェルフェイユが薔薇園へ向かう途中で陽南・ルクスに囁く。
 どうしたのかと見れば、どこか恥ずかし気にルクスに向かって手を伸ばすのが見えた。
 ああ、と目を細め、彼女の手を取って指先を絡める。その温もりに、彼女がほっとしたように笑みを浮かべた。
「わかっているのよ、何処にも行かないって」
 それでも、そこに存在しているのを確かめたいと思うのは。
「好きなだけ確かめて貰って構わない」
 この手を離したくないのは俺の方なのだから。
 きゅっと握った手を握り返す彼女の手を引いて、ルクスが薔薇園を歩き出した。
「これはモンクゥールね」
 隣に彼を感じながら吸い込む薔薇の香りに、アリシスフェイルが幸せそうに微笑む。
「薔薇が好きなんだな」
「ええ、薔薇はどれも、とても好きなのよ」
 そうなのだろうとは思っていたけれど、彼女の表情や弾む声でわかる。
「アプローズやブルーヘブンが特に好き」
 青い薔薇、それはかつて人の手で作り出すのは不可能だとされた薔薇。けれど今では花言葉も『不可能』から『夢かなう』になった薔薇だ。
「……夢はかなったか?」
「……勿論」
「俺もだ」
 咲いた笑顔はどこまでも愛しく、美しい。
 一通り薔薇園を堪能し、帰り掛けにマルシェを覗く。
「香水?」
 首を傾げた彼女の髪を、ルクスがひと房掬う。
「離れていても、香りで傍に感じられることってあるだろう?」
 そう囁いて、手にした薔薇の香水を彼女へと贈る。
「俺の手中の星が、薔薇の香りを纏っているのも悪くないと思ってな」
 赤くなった彼女に楽しそうに目を細め、ルクスが掬った髪に唇を落とした。


 手を繋いだ妻がふっと笑うのを横目で見て、ヴァルカン・ソルがどうかしたのかと問う。
「ううん、あなたが初めて薔薇園に誘ってくれた日から、こうして二人で薔薇を楽しむ機会が増えたわねって思って」
 なんだか懐かしくなってしまったの、と七星・さくらが微笑んだ。
「そうだな、二人で薔薇を楽しむのは――」
 もう何度目だろうかと、慈しむようにヴァルカンがさくらを見る。
「今ではすっかり薔薇に詳しくなってしまったよ」
 似合わないだろう? と笑う彼に首を横に振って、さくらがヴァルカンと視線を合わす。
「わたし、昔から憧れていたの。いつか薔薇の花を携えた王子様が迎えにきてくれるって」
 けれど、それは叶わない夢だと思っていた。
 家族にも愛されなかった自分が王子様に愛されるなんて、到底思えなかったから。
「さくら」
「でも、あなたがわたしを選んでくれたから自分に自信がもてるようになったのよ」
 薔薇のように染まった頬で、愛しい妻が笑う。
「……実を言うとな、俺は薔薇が特別好きだというわけではなかったのだ。薔薇の花束を携えた王子様など、柄ではない」
 それでも、様々な形で薔薇を贈る度に君が笑うから。
 それだけで、似合わぬ役どころも、特に好みでない花も、愛しく思えてしまうなんて。
 愛しいという想いが溢れてしまうなんて、思わなかった。
「……さくら、愛している」
 あの時から変わらない全ての想いを籠めて、ヴァルカンが桜へと囁く。
「……わたしも、愛してる」
 花言葉まで調べて、愛を伝えてくれて。
 わたしを、あなたの家族にしてくれてありがとう。
 これから先も、君と、あなたと。
 ずっと一緒に――。


 薔薇の咲き誇る庭園を曽我・小町が楽し気に歩く。薔薇の花を眺めながらの散歩は結構楽しいのよね、とご機嫌だ。
 ご機嫌なのは薔薇を眺めているからだけではなく、ミント・ハーバルガーデンとセイシィス・リィーアが一緒だからなのも、きっと大きな理由の一つ。
「綺麗な場所だね~♪ 香りもすごくいいし~」
「私も薔薇は大好きです」
 二人も笑みを浮かべて薔薇園を楽しんでいる、その笑顔がまた小町に笑みを浮かべさせるのだ。
「一口に薔薇って言っても、本当に沢山の品種があるのよね。黒い薔薇って、実は赤系の色の濃いものだったりして」
 古くから人々を魅了してきた薔薇の品種改良は盛んで、数多くの美しい薔薇が生み出されている。一見違うように見えて、実は似たような要素で出来ている薔薇も多い。
「薔薇の香りがとても心地よいですね、色とりどりの薔薇も凄く綺麗です」
「見応えがあっていいね~赤い色が多いと思ったら思った以上に色も種類豊富だよね~♪」
 心行くまで薔薇を堪能し、三人がローズガーデンを一周した頃にふわりと漂うのはなんだか美味しそうな匂いで。
「っと、いい匂いしてきた!」
「B級グルメ、ですね」
 小町の言葉にミントが頷くと、セイシィスが瞳を輝かす。
「薔薇を見て心は満足したし、次は身体の満足のためにB級グルメに行こうよ!」
 その提案に否はなく、楽し気な声を響かせてB級グルメのキッチンカーや屋台が並ぶスペースへと移動する。
「このステーキ丼とか気になるね~薔薇とはミスマッチだけど食欲優先でこれかな~」
「ステーキ丼、良さそうですね。でも量が多いですので、皆でシェアしてみましょう」
「シェア、すっごくいいアイデアね! あたしは何食べようかな、甘い物にひかれちゃうのよね」
 それぞれが買った物を持ち寄って、休憩スペースのテーブルに着く。何個かのステーキ丼と揚げパンにソフトクリームを挟んだアイスドッグが並び、これぞB級グルメ! といった風情だ。
 いただきます! と手を合わせ、B級グルメを堪能する。
「やっぱりジューシーで美味しいね♪ 小町さんとミントさんはどうかな~?」
「リィーアさん、結構しっかり食べるのね。色々と納得だわ……えっとね、これすっごく美味しいわ」
 二人にもアイスドッグを勧めながら、小町がステーキ丼を口に運ぶ。
「凄く美味しいですね、薔薇も楽しめましたし、今日は良い一日でした」
 ミントが満足そうに目を細めたのを見て、小町とセイシィスが顔を見合わ蕾が綻ぶ様に微笑んだ。
 休日はまだまだこれから、この後も目一杯楽しんで――!


 色彩豊かな薔薇の咲く庭園を天月・巽と天月・由佳が時折薔薇の前で立ち止まり、この色も綺麗だと笑っている。
「とっても綺麗なローズガーデン、だね」
 まるでおとぎ話の世界のようだと巽が言えば、由佳が同意するように頷いて。
「鮮やかな色彩に瑞々しい花びら……本当に美味しそうね!」
「由佳……!」
 薔薇を前に美味しそうだという妹の感性に付いていけず、巽が思わず肩を落とす。
「いやだお兄ちゃん、知らないの? エディブルフラワー」
 聞きなれぬ単語に、巽が首を傾げた。
「食べられるお花のことよ!」
 食べられるお花、と聞いて巽のビハインドである翠がきらきらした表情で薔薇を眺めている。
 それを後ろから撫子が覗き込んで、そのお花は食べられへんよ、と笑った。
「あ、撫子さん……素敵なお誘いありがとうございます、と……お誕生日おめでとうございます……!」
「おめでとう、撫子さん! ってこのお花は食用じゃ無いのね?」
 残念だわ、と肩を落とす由佳に、マルシェにやったらエディブルフラワーもあるかもしれへんね、と言って撫子がありがとうねぇと二人に手を振って離れていく。
 それを見送って、残念そうに薔薇を見つめる由佳と翠にもう一度念を押すように、巽が食べられないからと言った。
 再び薔薇園を歩き出すと、由佳が何かに気が付いて巽を見上げる。
「見て、由佳のバラよ!」
 指さした先には彼女の髪に咲く杏奈という品種の薔薇、その隣には巽の髪に咲くモッコウバラも見えた。
「お兄ちゃんのバラも咲いてるわね」
 嬉しそうに笑った由佳に、巽も笑みを浮かべて頷く。自分たち薔薇というだけで嬉しいのに、それが隣り合って咲いているのだ。
「小さくて、可愛らしくて……ゼリーに添えたら、これからの季節にピッタリで美味しそう、アイスの方が良いかしら?」
 いい加減食べ物から離れない? と巽が問えば、可愛らしい声で無理だと彼女が笑った。
 それはまるで綺麗に咲く薔薇のようで、巽も思わず微笑んだ。


 薔薇咲き誇る庭園のマルシェは小さな天幕が幾つも並んでいて、置かれているものも様々。掘り出し物を見つけるのも楽しみ方の一つだろう。
「薔薇にちなんだものが欲しいなって」
 朱藤・環がそう言うと、アンセルム・ビドーは少し考えて唇を開く。
「ボクは家で普段使いできるようなもの、かな」
「僕は……いいなって思ったものですね」
 はにかんだように笑ったエルム・ウィスタリアが、辺りを見回す。本当は誕生日の近いアンセルムには後日渡す為のサプライズプレゼントを、世話になった環にはお礼をと考えているのだけれど、それは内緒だ。
 三人でマルシェを回っていると、環がふっと立ち止まる。彼女の目に留まったのは薔薇のハーバリウムカトラリー、一目惚れです! と即決で購入を決める。
「すごいの見つけました! これなら何度でも使えますよー」
 ほくほく笑顔の彼女にエルムとアンセルムも笑みを浮かべ、自分達もとマルシェを回ればアンセルムが薔薇のポプリとサシェを見つけて手に取った。
「シンプルなデザインでいいね」
 家の風景に自然に溶け込んでくれそうだと買い求め、その隣の店では薔薇の花びらが入ったクッキーに興味津々だ。
 エルムもその店でローズティの袋を見つけ、思わず手に取ったそれを買う。あとは二人への贈り物をこっそりと買って、両手に抱えたそれに視線を落としては微笑んだ。
 戦利品を見せ合いっこしよう、と休憩スペースの席に座る。
「アンちゃんのポプリ、いい香り!」
「環の食器も結構可愛いね、ボクも後で買ってこようかな」
 エルムは? と二人の視線が問うているのに気が付いて、エルムが袋の中からそっと可愛らしい猫のぬいぐるみと薔薇のお菓子を出して環に渡す。
「これは?」
「環に、その、沢山助けてもらったお礼」
「……エルムさん」
 気に入らなかった? と不安になったけれど、環の表情は嬉しそうに輝いている。
「そのサプライズはずるい! ありがとうございます!」
 よかった、と微笑んで、エルムがお茶の葉も取り出す。
「エルムのはローズティーか。いいな、エルムが淹れてくれるの楽しみ……」
「あの、たまにはアンセルムの淹れてくれたお茶が飲みたい、なんて我儘を言っても良いですか」
 ボクが? とアンセルムが瞳を瞬かせ、頷く。
「どんなものが出ても文句言わないでね?」
「家族が淹れてくれたお茶に文句なんて言いませんよ」
「……ね、アンちゃんの淹れたお茶、私にも少しだけ飲ませてくださいな。今度お菓子の差し入れしますので!」
 環のお願いに勿論、と二人が微笑んだ。


 ラ・レーヌ・ビクトリア、ブラック・バカラ……頭の中で薔薇の名を呼んで歩くのはマニ・ディノーゼで、その隣をロコ・エピカが歩く。
 見れば品種を当てる程に薔薇が好きだというマニだけれど、随分と大人しく薔薇園を歩くのだなとロコが思う。まさか脳内で薔薇の品種全てを当てているとは思ってもいなかったので。
「やはり薔薇は美しい、ではマルシェに付き合ってくれるか?」
 一通り見終わったところで、マニがロコに言う。
「いいのかい?」
「薔薇も魅力的だが人の手が作る綺麗な品も好きなのだ」
 そう言って笑うマニの足は蛇ではなく、ヒールの靴音が響く人間の足。
「マニがいいのなら、いいよ」
 一つ頷いて、ロコが彼女に歩調を合わせて歩く。やがて立ち止まったのは小さなハンドメイドの装飾品を扱うお店。
 煌く装飾品はどれも美しく、マニが楽し気に視線を迷わせる。
「髪飾り? 腕輪?」
 ロコの問いかけに首を横に振って、マニが手に取ったのは小さな金薔薇とピンクトルマリンのアンクレット。陽の光にきらりと光ったそれを手に、マニがドレスの裾を躊躇いなくたくし上げる。
「似合うだろうか?」
 華奢な足首に当てられたアンクレットはとてもよく似合っていたけれど、ロコが囁いたのは足を隠すようにと促す言葉。
「見せてくれるのは構わないけれど、人目くらいは気にしなよ」
 もう、と彼女が手にしたアンクレットを攫うように手に取って、ロコが店主へと渡す。包装を断って、値札だけ切ってもらうと彼女のもとへと戻った。
「エピカ?」
「これは、この間の超会議、泣いて落ち込んでいた君がくじけず頑張って、賞まで貰ったお祝い」
 ロコの灰色の瞳が優しく煌く。
「折角だから、今つけて歩きたいかと思って」
「……ああ、無論、今が良い」
 つけてあげるよ、とロコが何でもないように彼女の足元に跪いて、その足首に煌きを飾る。
 綻ぶ顔を隠さず、マニが雨の後には虹が出る、と鼻歌を口ずさむ。その鼻歌を聞きながら、ロニは眉を優しく下げて彼女と再びマルシェを巡るのだった。


 どうしよう、と悩んだのは杞憂だったと九田葉・礼が咲き誇る薔薇と撫子を見て胸を撫で下ろす。渡したハンカチを撫子が嬉しそうに手にして眺めているのだ。
「これ、礼ちゃんが作ったん? すごいねぇ、お店で売ってるんみたいやね!」
 自分の髪と瞳の配色で刺繍された撫子模様の入ったハンカチを矯めつ眇めつ、感心した様に笑っている。
 ありがとうねぇ、と撫子がハンカチを手にして離れていくのを見送って、頑張って浮かべていた笑顔ではなく安堵と喜びの浮かんだ笑みを浮かべて薔薇園を歩く。
 自分が作った手芸品の通販を始めたばかりの礼は刺繍の参考に、と多様な薔薇の花を観察し、カメラに収めたりスケッチをして足取りも軽く薔薇園を巡った。
「他の花も……」
 薔薇だけでは勿体ないと、目についた花を観察し、ついでに敵情視察だとマルシェにも足を延ばす。
「なんだか久し振りに穏やかで楽しい気分です」
 いい刺激を貰えたのだろう、帰ったら新しい作品を作ろうと心に決めて、礼が青く広がる空を眺めた。

 甘色ローズガーデン、本日盛況!

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年6月13日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
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