シャイターン襲撃~紅き血のリグレット

作者:朱乃天

 東京都稲城市。平穏な日常が営まれるこの街に、大きな災いが降りかかろうとしていた。
 市内の中心にかかる大きな陸橋の上空に、何の前触れもなく亀裂が走る。
 突然魔空回廊が発生し、空間の裂け目の中から現れたのはヴァルキュリア達だ。
 ヴァルキュリアは、三体ずつ四方向に分かれて空を翔け巡る。向かった先は人々が暮らす住宅街だ。
 そのうちの三体のヴァルキュリアは、お揃いの白花色の髪を靡かせながら空中を旋回し、一般人を視界に捉えると地上へと降り立った。
 楽しそうに過ごしている人々に歩み寄るヴァルキュリア達。その姿はまるで機械のように無表情で、全ての感情や生気までも喪失しているかのようだ。
 手にした槍を無言で振り翳し、助けを乞う人々に対して一切の慈悲もなく命を狩り取る。
 血塗れとなり、物言わぬただの肉塊と化したモノを一瞥した後、彼女達の頬には紅い涙が伝っていた――。

「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っているけど、エインヘリアルにも大きな動きがあったみたいだね」
 集まったケルベロス達を前にして、玖堂・シュリ(レプリカントのヘリオライダー・en0079)が開口一番、今回の事件の緊急性を伝える。
 その動きとは、鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始したらしい。
 エインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従え、魔空回廊を利用して人間達を虐殺してグラビティ・チェインを得ようと画策しているようだ。
「今回キミ達が向かってもらうのは東京都稲城市で、ヴァルキュリアを従えている敵は――妖精八種族の一つ、シャイターンだよ」
 市内で残虐行為を繰り広げるヴァルキュリアに対処しながら、シャイターンを撃破する。それが今回の任務の全容である。
「そこでキミ達には、ヴァルキュリアの対処を担当してもらおうと思うんだ」
 ヴァルキュリアは、住民を虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとする。しかしそれを邪魔する者が現れた場合は、邪魔者の排除を優先して行うよう命令されている。
「つまり、キミ達がヴァルキュリアに戦いを挑めば、住民が襲われる心配はなくなるよ」
 ヴァルキュリアの注意を引き付けさえすれば、避難誘導を行う必要はないという事だ。
 しかし、都市内部にシャイターンがいる限り、ヴァルキュリアの洗脳は強固であり、何の迷いもなくケルベロスを殺しにくるだろう。
「もし、シャイターン撃破に向かったケルベロスが撃破に成功すれば、何らかの隙が出来るかもしれないけど……」
 それが一体どういうものかは、シュリでも分からないらしく、言葉を詰まらせてしまう。
「……洗脳されているヴァルキュリアには同情の余地があるかもしれないけど。でも、キミ達が負けてしまえば、多くの人達の命が失われてしまうから」
 何よりも、被害を未然に防ぐ事が最優先であり、ケルベロス達に課せられた任務である。
 今回戦うヴァルキュリアは全部で三体。そのうちの二体はヴァルキュリアの槍を、残りの一体は妖精弓を装備している。
 また、状況によっては更に一体のヴァルキュリアが援軍に来る事も考えられるので、その点も対策を練る必要があるだろう。
「新たなエインヘリアルの王子に妖精八種族のシャイターン。そして、強制的に従わされているヴァルキュリア。色々と思うところはあるかもしれないけど……」
 罪を犯してしまう前に殺してあげるのも慈悲かもしれない。全ての判断はキミ達に任せるよ、そう言い終えたシュリは、作戦の無事を願って戦場へ向かうケルベロス達を見送った。


参加者
胤森・夕乃(綴想月・e00067)
セルジュ・ラクルテル(紅竜・e00249)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)
氷月・銀花(氷鎖の監獄・e09416)
有内・アナベル(かけだしディーヴァ・e09683)
ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)
深景・撫子(晶花・e13966)

■リプレイ


 ――彼女達が命を奪うのは、果たして何の為だったのだろうか。
 光の翼を携えた天使達は、これまでにも多くの命を殺めてきたが、しかしそれはあくまで死に瀕した者達に限定されていた。
 死の淵にある命を汲み取るようにして、魂を導きエインヘリアルへと生まれ変わらせる。
 ヴァルキュリアの本来の役目はそうであったはずだが、今回ばかりは様子が違う。
 死とは程遠い、平穏に暮らす人々の命までも摘み取ろうとしているのだ。
「待ちなさい。さぁ、邪魔する相手の参上ですヴァルキュリア!」
 一般人が手にかけられようとする直前、一人の女性の声が響き渡った。
 目の前で繰り広げられようとしている惨劇を食い止める為、氷月・銀花(氷鎖の監獄・e09416)が戦乙女達に呼びかけて注意を引きつけようとする。
 彼女の言葉に反応して、ヴァルキュリア達はくるりと後ろを振り向くと。そこには八人のケルベロスが、武器を手にいつでも戦えるよう身構えていた。
「……ケルベロス、か。邪魔する者は、排除する」
 ヴァルキュリアはケルベロス達を一瞥すると、一般人には目もくれず、任務の障害となる邪魔者を潰す為にケルベロス達へ飛びかかった。
 最初に槍使いの二人が前に出て、弓使いは後方から支援する布陣だ。
「以前ヴァルキュリアの一人が言ってたのは……この事かよ。チッ、敵のくせに厄介な事情抱えやがって……」
 草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)は苦虫を噛み潰したような顔をして、襲いかかってくるヴァルキュリア達を迎え撃つ。
 彼女がかつて戦い、説得に成功したヴァルキュリアの言葉を反芻しながら、ようやくその意味を理解する。
 自分の意思がなく、機械のように殺戮を繰り返す。だがその背後で糸を引く者がいる。
 目の前にいるヴァルキュリアは、そうした者達に操られ、それらの意のままに動くだけの人形と化していた。
「まずはオレ達の相手からお願いするよ……」
 哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)が悠然としながら結界を張り巡らせる。縦横無尽に奔る光の糸が、迫り来る槍使いの一人を貫き動きを封じる。
 そこへもう一人の槍使いが百舌鳥に狙いを定める。槍の剣先に光の力を纏わせ刺し突こうとするが。ここはセルジュ・ラクルテル(紅竜・e00249)が、立ちはだかるように手甲で攻撃を受け止める。
 強制的に操られている者達を相手にするのは、感情的にも戦いにくいものである。とはいえ、彼女達を洗脳から解放するには勝たなければならない。
「燃え盛る大地に……その足を奪われる恐怖を……!」
 セルジュの決意を示すかのような、黒く燃える炎が足元から走る。黒炎はヴァルキュリアを囲むように燃え広がって、灼熱の檻と化してヴァルキュリアの機動力を奪う。
 二人の槍使いが足止めされるのを見て、弓使いのヴァルキュリアが妖精の祝福を宿した矢を放ち、槍使いに絡みつく糸を射抜いて断ち切った。
「どうやら貴方はメディックみたいだね。だったら、少しじっとしていてほしいかな」
 敵に癒し手がいるなら戦いの長期化は避けられない。胤森・夕乃(綴想月・e00067)は、そうした事態を少しでも免れようと古代語を詠唱し、魔力を込めた光線で弓使いを狙い撃つ。
 光線を浴びてしまった弓使いは呪詛によって身体を蝕まれ、鉛が圧し掛かるように徐々に重くなっていく。
「最初に槍使いから倒していきましょう。ですが……出来れば、殺さないで下さいね」
 夕乃が弓使いを抑えているのを確認し、深景・撫子(晶花・e13966)が後ろから仲間達に向かって指示を出す。
 メンバーの支柱ともいうべき回復役である彼女は、戦況を冷静に見極めて判断を下す、司令塔としての役割も担っていた。
「了解。敵前衛を最優先で撃破する」
 撫子の指示を受けて、ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)が槍使いに狙いを絞る。幼少時より教え込まれた暗殺術を駆使し、目にも止まらぬ音速の蹴りを叩き込む。
 感情も表情も消して、戦闘機械と化したジェスの視線に映るヴァルキュリア達は、攻撃を受けても表情一つ変わらない。彼と同じく無表情で戦う少女達の姿がそこにはあった。
 ただし、ジェスは自らの意思でそう振舞っているのだが、彼女達は洗脳によって強制的にさせられている点が決定的に異なっていた。


 本来なら綺麗な白花の髪も、感情も表情もなくなると途端に無機質な存在に見えてくる。殺意や怒りすらもなく、機械のように動く戦乙女達。
 有内・アナベル(かけだしディーヴァ・e09683)は、そんな彼女達の感情を呼び起こそうと、絶望に屈しない、自らの意思で立ち向かう魂の歌を奏でた。
「歌は心で奏でるのですー。まだ人の心が残っているのなら、この思いが届くはず……!」
 アナベルの歌声に魂を揺さぶられたのか、それとも耳障りに感じただけなのかは分からない。何れにしてもヴァルキュリア達は、アナベルに殺意を覚えて攻撃を仕掛けようとする。
「ごめんね……。ここは通させないよ」
「アタシ達の事を忘れてもらっちゃ困るわね」
 ヴァルキュリアの前に夕乃とセルジュの二人が立ち塞がって、槍使いの行く手を阻んだ。
「私の鎖は逃さない、大人しくしてもらいます」
 銀花が薄青の鎖を飛ばして槍使いの一体に絡ませて、締め上げるように身体を束縛する。
「ここで死なせたら目覚めが悪いしな。消し飛ばされるんじゃねえぞ、何とか耐え切れ!」
 あぽろが右手に闘気を込めると太陽の光を吸収し、激しく火花が飛び散った。魔力が全身を循環して増幅させた力の影響からか、金色の髪は太陽のように眩く輝いていた。
 鎖に縛られたヴァルキュリアに猛ダッシュで接近し、掌に注がれた全ての火力を零距離で一気に解き放つ。極太の焼却光線をまともに受けたヴァルキュリアは身体を灼かれ、思わず片膝を突いてしまう。
「彼女達を操って人々を虐殺するなんて……勝つ為なら何でもするって事だよね……」
 百舌鳥は自我を奪われたヴァルキュリア達を見て嘆き、これ以上罪を犯さないようにと、自らの手で止めの一撃を食らわせる。
 一瞬、ヴァルキュリアの口から嗚咽が漏れた後、力無くその場に倒れ伏してしまう。しかしまだ息はあり意識も失っていない。
 ケルベロス達は事前に不殺の誓いを立ててこの戦いに臨んでいた。洗脳によって望まない殺戮を強いられている以上、意味もなく殺すわけにはいかない。
 全ては真の敵を倒して洗脳を解いてから――そうして救出する事で意見は一致していた。
 揺るがぬ決意と連携力で戦いを優勢に進めたケルベロス達は、まず槍使いの一体を撃破する。この勢いで一気に押し切るかと思われた矢先、戦闘中も五感を研ぎ澄ませながら警戒していたジェスが何かを察知した。
「……上空左方向より、増援確認」
 シャイターンの護衛にあたっていたはずの一体が、援軍として駆けつけたのだ。光の翼を翻し、倒れた槍使いと入れ替わるように参戦するのは同じ槍の使い手だ。
 倒した方の槍使いはよろめきながら起き上がるが、既に戦う力も意思も残っておらず、戦場を後に飛び去って撤退してしまう。
「また振り出しに戻ってしまいましたね……。ですが、諦めずに戦い続けましょう」
 撫子が仲間を鼓舞するように、雷の壁を周囲に構築させて敵の攻撃に備える。
 持久戦も覚悟の上で、誰一人として倒させはしない。メディックとしての役割を心得て、仲間の回復に専念する心積もりだ。
 そんな撫子を支援するように、ボクスドラゴンの六花が自らの属性を彼女に注入する。
「シャイターンですか……。聞く限り何だか品がなさそうな殿方ですし、おんなじ妖精八種族だとは思いたくないのです」
 ヴァルキュリアを傀儡として扱うシャイターンに対して、シャドウエルフであるアナベルは妖精族として不快感を露わにしていた。
 無下に彼女達の生命を奪いたくはない。相手の負傷状況も見極めながら、余力のある増援の槍使いへとガトリングガンを連射する。
 不殺を念頭に置いて戦うケルベロス達にとって、仕留めるタイミングが鍵となってくる。
 ある程度ダメージを与えても、無力化させる為にどうしても攻撃の手を緩める事になる。故に全力で押し通す事が出来ずに攻めあぐねてしまい、一進一退の攻防を繰り広げていた。
 ヴァルキュリア側も援軍が来たおかげで持ち直し、止めを刺せないケルベロス達の隙を突いて積極的に攻め立てた。
「お前達は……殺す」
 殺す事に何の躊躇いもない彼女達は、なりふり構わず武器を振るって襲いかかってくる。冷気を帯びた槍で薙ぎ払い、力尽くで番犬達を捻じ伏せようとする。
「くっ……! こんな風にさせられて、悔しいと思わないの!?」
 身を挺して攻撃を防いだセルジュの身体は冷気に侵され凍っていくが、心は対照的に熱く燃え滾る。セルジュは降魔の力を拳に宿し、強い怒りと共にヴァルキュリアを殴打する。
「みんなを傷つけさせたりなんかさせないよ。私が絶対に守ってみせるから」
 ヴァルキュリアを見つめる夕乃の瞳に魔力が集束されていく。彼女の胸の内にある想い、色褪せた記憶は捩れ歪んで力を膨張させる。
 溜めた魔力は螺旋を描いて槍使いの少女の体内に流れ込み、一気に弾けて爆発を起こす。夕乃の中にある熱い感情が焼きついて、ヴァルキュリアは身体を抑えてもがき苦しんだ。
 必死に抵抗するケルベロス達だが、三体のヴァルキュリアが相手では苦戦は免れない。
 無力化を狙ってダメージを積み重ねても、敵の弓使いがすかさず治癒をしてしまい、折角の好機を逃してしまう。
「――狂い踊れ、鬼の氣よ」
 ジェスが龍脈から引き出した力を弓使いに放ち、怒気を誘発させて注意を引きつけようとするが、今度は彼自身が集中的に狙われて大きく消耗してしまう。
 仲間達の疲労も増してきて、防戦一方で手間取る間にいつしか劣勢に追い込まれていた。
 ヴァルキュリアの瞳からは、赤い涙が溢れ出ている。彼女達の悲痛な心の叫びも虚しく、攻撃は止む事なくケルベロス達を圧倒する。
 このままでは窮地に立たされて、自分達の身に危険が及んでしまう。戦闘不能者が増えて敗北を喫してしまうなら、彼女達を殺すしかない――最悪の選択が頭をよぎった時だった。


 弓使いの放たれた矢が槍使いの一人を射抜く。しかしそれは癒しをもたらす力ではなく、対象を傷つける為の敵意が込められた矢であった。
「もうこんな事はやめましょう……。この戦いに、何の意味もありません!」
 強い口調で言葉を発した彼女の表情は、血の通った凛然とした顔つきになっていた。
「もしかして……洗脳が解けた……?」
 百舌鳥が敵の攻撃を振り払いながら呟いて、目の前で起きている事を頭の中で整理する。彼女達の意識が戻ったのであれば、それはシャイターンを討ち倒した証だからだ。
「元に戻ったのか? だったら、俺達の声が聞こえるか!?」
 あぽろが語気を荒げて弓使いの少女に呼びかける。ここまで攻撃を受け続けて満身創痍の彼女であるが、赤い瞳の輝きは決して失せず、その中に希望の灯が煌めいていた。
 弓使いはあぽろの声に気付いて振り向くが、すぐに洗脳状態の無表情になってしまう。
 すると次は槍使いの一人が意識を取り戻し、あぽろを励ますように回復を施した。
「済まなかったな……どうか、今のうちに私達を倒してくれ……!」
 死を告げる天使が、血の涙を流して死を懇願する。彼女達の様子から察するに、瞬間的に意識は戻るがまだ不安定なようである。
「……悪いわね。その覚悟、無駄にはしないわよ」
 歯痒い気持ちを押し殺すように唇を噛み締めながら、セルジュが全力で拳を叩きつける。
 ヴァルキュリア達の思いを汲み取って、決着を付けるのが最良の策だと判断したからだ。
「僅かでも望みがあるなら、私達はそれに賭けてみる。独善的なのかもしれないけど……」
 だけど、少しでも彼女達の事を知りたくて、分かり合いたいから。夕乃はそうした願いを叶える為に、引き金を引いて銃弾を撃ち込んだ。
「月の光よその身を照らせ、雪の白さよ全てを染めよ、花の香りよ悲哀を悼め」 
 銀花が唱えるのは、失くした記憶の中でただ一つその手に残された魔術だ。
 歌を紡ぎながら鎖で魔法陣を描くと、竜の姿が浮かび上がった。だがそれは記憶の片隅に残るだけの力故、竜は朧気に揺らめいて不完全な状態だ。
「――あなたの終わりに、祝福を」
 銀花はそれでも微かな記憶の断片を繋ぎ合わせて、竜の力を振るう。その白き姿は威厳に満ちていて、吹雪の如き息を吐いてヴァルキュリアの体力を削いでいく。
「……これで、終わらせる」
 両手にナイフを握り締め、ジェスが弱体化している白花色の槍使いに斬りかかる。少女は武器を下ろして静かに目を閉じて、殺されるのを覚悟した。
 刃は鮮やかな軌跡を描いて一閃し、ヴァルキュリアの身体を深く斬り裂き血飛沫が舞う。しかし――彼女の命は潰えていなかった。
 敢えて急所を外し致命傷までは与えない。暗殺術を磨き上げたジェスの熟練の技である。
「どうして……殺さない」
 生を諦め死を決意したヴァルキュリアだったが、殺さず生かされている事に疑問を抱き、痛みを堪えながらケルベロス達に問いかける。
「苦しみから生まれる涙をお止めしたかったからです。今まで、辛かったのでしょう……」
 答えたのは撫子だった。続けて敵意を抱いていない事も合わせて伝えて説得をする。真摯な態度で話す彼女の言葉に嘘はなかった。
 苦しいだけの戦いは、もう終わりに致しましょう――。撫子が諭すように語りかけると、ヴァルキュリアの瞳から一筋の涙が流れて頬を伝う。
 それは赤く澱んだ血の色ではない、澄んだ透明な一滴に変わっていた。
「生きるも死ぬも、自分が選んだ上でなくっちゃね」
 更にアナベルが、撫子の主張に付け加えるように言い添えた。これまで命令に従うだけのヴァルキュリアにとって、その一言は何よりも重い。
 槍使いの少女はケルベロス達を見据えると、無言で小さく頷いて、すぐに戦場を飛び立ち撤退した。去り際に、ほんの一瞬だけ……こちらを振り返ったような気がした。
 残った二体も、ケルベロス達が危害を加える気はないと分かると、後に続いて離脱した。
「聞こえてるか知らねえが言っとくぜ。助けてやるんだ、見返り考えとけ!」
 そう言葉を投げかけるあぽろの声が届いたかどうかは定かではない。しかし、皆の想いはきっと彼女達に届いているだろう。
 哀しみに濡れた赤い涙を流す事は、もう二度となくなったのだから――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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