甘い苺を狩り尽くす鳥

作者:芦原クロ

 とある農園では、5月いっぱいまで楽しめる、イチゴ狩りが始まっていた。
 一口含めば、ジューシーな果汁が口の中いっぱいに広がり、甘酸っぱい味が舌を喜ばせる。
 しかも時間はたっぷり、そして食べ放題。
『イチゴを狩り尽くすのよ! 誰よりも速く! あと、イチゴは甘い部分だけ食べて、残りは捨てちゃいましょう! お金払ってるんだから、私達の自由よ!』
 そこに目をつけ、ずかずか農園へ踏み込んで来るのは、異形の鳥。
 無茶苦茶な主張と迫力に、一般客も農家さん達も逃げてゆく。
 ビルシャナの発言に納得した者は信者になり、全く納得出来ない人は逃げ去っているので、信者以外に、一般人の姿は無くなった。
『あら、ライバルが全員居なくなったわね。今の内に! 狩って狩って狩り尽くしましょう! 全部無くなったら、逃げた人達を追い駆けてイチゴを奪いましょう!』
 ビルシャナはバサリと翼を広げ、女性の声で高笑いをしていた。

「イチゴ狩りって楽しそうですし、完熟したイチゴは甘くて美味しいですよね。……今回のビルシャナは、イチゴを自分達だけで独占し、甘味の強い果頂部だけを食べて、残りを捨てるようです。こんな食べ方は、農家さんが悲しみますね……。それに、イチゴを全て狩った後は、一般人に襲い掛かる気で居るので、犠牲者が出る前に、一般人の救出とビルシャナの討伐をお願いします」
 お願いします、と。一度頭を下げてから、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、説明を始める。

 ビルシャナの言葉には強い説得力が有る為、放っておくと、一般人は配下になってしまう。
 だが、配下は絶望的に弱く、倒すと死んでしまうほどなので、戦闘になれば攻撃しにくい面倒な敵となる。
 配下はビルシャナを倒せば元に戻るが、死なせる危険性が有る以上、ビルシャナの主張を覆すような、インパクトのある主張を行ない、信者を正気に戻して配下化を阻止して欲しい。
 男女の信者達10名は、ビルシャナの言動の所為で、正気を失っているに過ぎないのだから。
 念の為に、人払いをしていれば、一般客を巻き込まずに済む筈だ。

「ビルシャナとなってしまった人は、救うことは出来ません。被害が拡大しないように、討伐をお願いします。皆さんだけが、頼りです」


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
雪城・バニラ(氷絶華・e33425)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
モヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)
リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)
柄倉・清春(ポインセチアの夜に祝福を・e85251)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)

■リプレイ


『さ、狩り尽くしましょう! イチゴは甘い部分だけ食べて、残りは捨てちゃいましょう!』
 ケルベロス達が到着したのは、丁度ビルシャナが信者達に呼び掛けている時だった。
「そこまでですわ」
 リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)が、農園を守るかのように、ビルシャナと信者達の前に割り込む。
『ライバルかしら』
 ビルシャナの眼光が鋭く、圧力を掛けて来るが、リリスは怯まない。
「一般人を遠ざけておくわね」
「逃げた一般人が戻って来たら、大変ですからね」
 その隙に、雪城・バニラ(氷絶華・e33425)が殺界形成を展開。
 バニラの友人、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)が念の為に、と殺界形成を重ね掛けし。
 逃げた一般人や、他の一般人が農園に来ないようにと、人払いを済ませて。
(「本来なら人の味わい方にとやかくは言いたくないが、明確な害が他者に及ぶ事は避けねばなるまいな」)
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)は支払い所へと、向かって。
(「形だけでも事前に料金は払っておきたい」)
 そう考え、きちんとお金を置いて、料金を払う双牙。
「そんなに苺が好きなら私が用意した苺も差し上げますわ」
 リリスがビルシャナと信者達に配ったのは、ヘビイチゴだ。
 自分が食べる用のヘビイチゴには、おいしくなあれを使っているが、渡したヘビイチゴにはなにもしていない。
 喜んでヘビイチゴを食べたビルシャナは、甘味の無さに、フリーズ。
「イチゴってこんな苦かったのか……イチゴなんて嫌いだ!」
 食べた信者1名が正気に戻り、それだけ言い残して、逃げて行った。


「私は食べ終わりましたが……食べないのですか? 苺好きが聞いて呆れますわねえ」
 おいしくなあれで、美味しく甘い味に変わっているヘビイチゴを食べ終えたリリスは、ビルシャナと信者達を眺めて。
「あなた達、本当は苺が好きではないんじゃないですか?」
 リリスが浮かべたのは、にこやかな笑顔だが、威圧感が有る。
『甘く無い物は捨てましょう! 大体、お金払ってるんだから、私達の自由よ!』
 慌てて信者達からヘビイチゴを回収し、ヘタを捨てる用のゴミ箱へ投げ入れる、ビルシャナ。
(「フードロス削減の為にも、私はこのビルシャナは許せないわね」)
 バニラは静かに、胸中で怒りを燃やしている。
「むぅ、お金を払えばなにやってもいいわけないよね」
 基本的に無表情なリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)が、口を尖らせ、不満げに言って。
「その通りですわね」
 ゆっくり頷いて、リリエッタに賛同の意を示す、リリス。
(「まったく、とんでもない教義があったもんだ。食べ物を粗末にしたら、かえってバチがあたるってもんだろうにさ」)
 立花・恵(翠の流星・e01060)はビルシャナに呆れ果てた目を向け、次いで美味しそうに実っているイチゴを見て。
 1つ摘んで採り、一口で食べれば、口の中に広がる甘味と酸味の絶妙なバランス。
(「この時期のイチゴは美味しいよなぁ♪」)
 思わず上機嫌になってしまう、恵。
「甘い部分だけ食べる、か。ククク、良いとこどりしてーのは人間の性だわな。だがまぁ、ヘタごと食ってこそ苺の味がよーくわかるって言うぜ」
 柄倉・清春(ポインセチアの夜に祝福を・e85251)は、近くに有ったイチゴを採り、妻のモヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)の口元へ寄せて。
 頬をほんのりと赤く染め、照れながらもイチゴを口にする、モヱ。
「美味しいデス。清春さんにも、お返しデス」
 モヱもイチゴを丁寧に採り、清春に「あーん」をし。
 ラブラブでデレデレな雰囲気が2人から、雪崩の如く、押し寄せて来る。
「一番大事なことだがよ。誰と食べるかでもっと甘ーく美味しくなるもんだぜ、こーいうのは。捨てる、とか。そんなもったいねーことするくらいなら、一緒に苺食べる友人でも恋人でも探せや」
 清春はモヱの手を優しく握り、恋人繋ぎをしながら、余裕満々の笑みを浮かべる。
 完全に勝ち組の、表情である。
「帰りたい……」
「なんか虚しくなって来た」
 表情を暗くさせ、リア充を見せつけられてツラい、とばかりに男女の信者が2人、その場から去ってゆく。
「早く逃げてくださいね」
 2人を引きとめようと動く、ビルシャナの前へ割り込む、バジル。
(「苺の甘い部分だけを食べて、残りは捨てるなんて、本当に我儘なビルシャナですね」)
 バジルはビルシャナを真っ直ぐに見据えて、思案。
「折角農家の方々が丹精込めて作ったイチゴですから、食べられる部分は全部食べないと、作った方々に申し訳ないですよ」
『私達の為に作られているんだから、私達がどんな食べ方をしようと自由でしょ!?』
 説得を始めるバジルだが、ビルシャナは横暴極まりない。
「なぁ、思い浮かべてくれ。丹精込めてこのイチゴを育てた農家の皆さんの顔を……こんな風に食い散らかされたイチゴを見て、どんな顔をすると思う?」
 恵も加勢し、説得するが、想像力の足りないビルシャナも信者達も、疑問符を浮かべて。
 ならば、と。
「例えば、貴方達だったら、自分が頑張って作った料理が、相手に半分も食べられずに残されてしまったら、ショックじゃないですか? ましてや捨てられたら、もっとショックじゃないですか?」
 分かりやすく、上手い例えを考えて言葉にする、バジル。
 女性信者2人が、はっと息を呑んで我に返る。
 料理が出来る者だからこそ、その悲しみが理解出来るのだろう。
「早くこの場所から離れてね!」
 バニラに促され、その2人は急いで離れてゆく。
「んっ、せっかくのイチゴ狩りなのに食べるだけじゃもったいないよね。リリはここでジャムを作ってお持ち帰りするよ」
 用意していたカセットコンロを使って、イチゴを素早く煮込む、リリエッタ。
「ぐつぐつ煮るだけで出来上がるから、料理が苦手なリリでも大丈夫。瓶に詰めれば3年は戦えるよ!」
 甘くフレッシュな香りが漂い、信者達の鼻先をくすぐる。
 まさかのジャム派だった男性信者1人が、正気を取り戻し、帰って行った。
『ちょっと! 人数が減ったら、逃げた人達を追い駆けてイチゴを奪えなくなるじゃない!』
 ビルシャナがギャアギャアと喚く。
「金を払って入場している以上、苺の味わい方は自由。なるほど、“常識的な量であれば”一理はあるかもしれん。他の客もお前たちと同じように、金を払っている。つまり、摘んだ苺を自由に味わう権利があるはずだろう」
 イチゴを摘んで食べていた双牙が、手を止めて言葉を並べる。
「……確認するが、他の客から苺を奪うとは本気で言っているのか?」
『当たり前でしょ!』
 当然のように、即答。
「……では、客を侵害するのならば、お前たちも侵害される覚悟がある、という事だな? ちなみに俺も先に金を払って来ているんだが」
 精悍な体型の双牙が一歩近づけば、その迫力に圧倒され、信者達がぶるぶると震えて。
 ビルシャナも、ダラダラと汗をかき、一歩後退。
「……まあ通常、他の客に危害を加えると吹聴している時点で、客としての権利はなかろう。暴漢として駆除されたくなくば、去れ」
 威圧感の有る双牙にきっぱりと言われれば、男性信者が1人、悲鳴をあげて逃亡。
「苺は、ヘタの下が一番栄養が多いらしいわ。その大事な栄養素を捨てるだなんて、本当に勿体ない食べ方だと思わないかしら?」
 バニラが説けば、栄養面について知らなかった信者が1人、はっと正気に戻る。
「貴方がたが食べ残した苺は、他の方は召し上がることが出来マセン。加工用にも回せマセン。そのまま廃棄するフードロスとなってしまうのデス」
「食べ放題ってのは、残し放題ってわけじゃないんだぜ。選んだものは自分で残さず全部食べる。それが食べ放題の原則だ!」
 残り2人の信者達へ、畳みかけるようにして言葉を掛ける、モヱと恵。
「荒らされたイチゴ農家さんは多量の食べ残し苺の処理にも困り、経営破綻して、来年はもしかすると自由に食べられなくなってしまいマス……今シーズンだけいい思いをするために、未来を破滅させるのデスカ?」
 モヱの問いかけに、信者2人の心は、かなり揺さぶられている。
 あともう一息、とモヱは清春に視線を送った。
「塩をひとつまみで甘味が増して、ちょいとの苦みで旨味が引き立つように。世の中ってのは洒落に出来てんだよ。苺も、むべなるかな……ってなぁ」
 清春はモヱの視線に当然の如く気付いて、言葉を並べる。
(「イチゴは全部食べてこそ、その美味しさが分かるものだと思うわ」)
 バニラはこくこくと頷き、胸中で同意を示し。
「残さずに食べたら、農家さんも気持ちよく笑えるんじゃないか? そうなったら、農家さんも張り切ると思うな。そうしたらきっと、来年のイチゴがさらに、一段と、何倍も美味しくなって育つ!」
 恵が断言し、残った信者達の瞳が輝き出した。
「来年の美味しくなったイチゴ、食べたいだろ!?」
 恵の問いに、首を横に振る者は居なかった。
 残った信者2人は正気を取り戻し、「食べたい」と力強く頷いて。
「さぁ、下がってな。あとは俺達に任せてくれ!」
 信仰から解放された元信者達を、庇うようにしてビルシャナの前に立ち、笑顔を避難を呼び掛ける、恵。
 バニラとバジルが協力し合い、元信者達を全員逃がしておく。

「鳥だけになったし、本格的にやっつけるよ! 蹴り飛ばしてやるよ!」
 リリエッタは、星型のオーラを敵に蹴り込む。
 その際、スカートがひらひらと揺れ、異性にはスケベな清春が思わず注目し。
「清春さん、駄目デス」
 後ろ側から、モヱが清春の両目を両手で隠し、見えないようにさせる。
 清春がモヱのほうへと振り向けば、両手が引かれて。
 視界に入ったモヱは無表情だが、ほんの少し不満そうにも見える。
 おそらくヤキモチを焼いているのであろう、愛らしい姿に、清春のハートは鷲掴みにされる。
 今すぐ二人きりになって、モヱと甘々な時間を過ごしたい。そんな衝動に駆られ。
 戦闘をさっさと終わらせようと、清春は張り切って。
(「仲が良いのは、いいことですね」)
 戦闘中でもラブラブな夫婦を、バジルは微笑ましく見送り。
 敵に喰らいつくオーラの弾丸が、バジルから放たれる。
「さぁ、自分の愚かな行為を後悔すると良いわ」
 連携したバニラが即座に、見抜いた弱点へ、痛烈な一撃を叩き込む。
「捨てられたヘビイチゴの悲しみも、思い知らせてあげますわ」
 リリスは回復の必要が無いと判断してから、バイオリンの演奏に入る。
 即興で作曲を行い、美しい旋律を奏でて、敵に足止めを付与する、リリス。
「一気に撃破だ! 一撃をッ! ぶっ放す!!」
 恵は全身に闘気を込め、凄まじい速度で敵に接近。
 リボルバーを敵の急所に押し付け、零距離から撃ち込んだ弾丸は、敵の内部で炸裂。
 黒電波くんと収納ケースが敵を攻撃し、清春とモヱも息を合わせて敵にダメージを与える。
 双牙は己の身のみを武器とし、叩き込んだ拳で、降魔の一撃を食らわせる。
「これで決めるよ、スパイク・バレット!」
 リリエッタが射出した魔弾により、トドメを刺された敵は完全に消滅した。


 荒らさないように気をつけていた為、農園に被害は無い。
 人払いを解除してから、バジルとバニラは揃って、一般客や農家さんを呼び戻した。
「あー、美味しい! これなら何粒でもいけちゃうな。たっぷり摘むけど、ちゃーんと俺は全部食べきっちゃうぞ!」
 大食いの恵は、幸せそうにイチゴを頬張り、イチゴ狩りを堪能している。
 恵の様子に、農家さんも嬉しそうだ。
「可能なら、俺も苺狩りを少し楽しんでいきたい」
「せっかくだし、リリもイチゴ狩りやっていこうかな? 正しいイチゴの食べ方ってあるのかな?」
 双牙がイチゴ狩りを始めれば、リリエッタはじっと双牙の動きに注目。
「……ちなみに俺はヘタまで一口で食べる派だな。あまり甘味だけが強いのは口に合わん。甘さだけが苺の味ではないのだ」
 視線に気付いた双牙が、リリエッタに食べ方を教えてから、採ったイチゴを一口で食べて。
 バランスの良い、甘味と酸味のコラボに舌鼓を打つ。
「うん、ヘタの方も十分甘くて美味しいね。こんなに美味しいのに捨てちゃうなんて言ってた鳥はやっつけて正解だね」
 双牙から教わった通りに、ヘタの方から食べたリリエッタは、口の中に広がる果汁を味わう。
「バジルさんも直売所に行くのかしら? 私もご一緒して良いかな?」
 直売所で、イチゴを買って帰る気でいる、バニラ。
 同じく、直売所へ向かおうと決めていたバジルに、質問して。
「ええ、一緒に行きましょう」
 バニラを誘う気でいたバジルは、喜んで承諾し、仲良く直売所へ向かう。
 直売所では、イチゴを購入しようとしている、リリスの姿。
 イチゴ狩りを済ませた双牙も、直売所に到着し、持ち帰り用のイチゴを選んでいる。
「これはジャム作りにも使えるだろうか?」
「ジャムでしたら、そちらの棚に有りますわ」
 双牙の言葉を耳にし、リリスが場所を伝えて。
「……近頃はコーヒーにジャムを入れるのがなかなか楽しくてな」
「コーヒーにですか? 帰ったら、私も試してみようかしら……」
 ジャムを選びながら双牙が呟くと、興味を示す、リリス。
 お土産用に購入後、直売所を出て。
「少し食べてみましょう」
 休憩スペースで一休みし、リリスは、みずみずしいイチゴを口に含んだ。
「そのまま食べても、ヨーグルトと共に朝食にしてもよさそうデス。アイスや生クリームでパフェにしても良さそうデスネ。量は程々にしておきマショウ」
 直売所で、苺を仲良く選んでいる、モヱと清春。
「こんだけありゃジャムにスムージー、ちょいと手間はかかるけどタルトも出来っかもねぇ。モヱちゃんは何か食べたいものある?」
 手を繋ぎながら、2人だけの買い物を楽しんでいる。
「清春さんは、何が食べたいデスカ?」
 逆に問い返す、モヱ。
 清春は繋いでいた手を上げ、モヱの手の甲へ口付けて。
「一番食べたいのは、モヱちゃんかな。なんて、ね?」
 瞬間、耳まで赤面してしまう、モヱ。
 イチゴの甘さに負けない程、ベタ甘なやり取りが行なわれていた。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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