十二創神への使者~汝は救済なりや?

作者:久澄零太

「みんな、呼び出しちゃってごめんね?」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)は集まってくれた番犬達に両手を合わせ、謝罪を述べる。
「ケルベロス超会議が終わったばかりだけど、事態が進んできたから集まってもらったの。聖王女エロヒムと話し合って、これから先について……未来について、色々考えることができたんだ」
 未来。今まで番犬達は『今』を乗り越えるために戦ってきた。それがついに、『未来』を目指す段階に到達したのである。長かった戦いの日々を思い返す者、これから続く道へ想いを馳せる者、反応は多々あるが。
「結構情報量があるから、詳細は報告書の方を見て欲しいんだけど……まずは最初に、残ってる十二創神、『アダム・カドモン』と『衆合無ヴィローシャナ』に対して、デスバレスを壊しちゃったことと、それで状況が変わった事を伝えて、交渉を持ちかけて欲しいの」
 一瞬、誰もが固まった。目の前の太陽騎士は十二創神と直接話をつけて来いと言ったのだから、歴戦の番犬といえど驚くのも無理はない。
「アダム・カドモンについては、絹さんが対応してくれてるよ。私がみんなにお願いしたいのは、衆合無ヴィローシャナとの交渉なの」
 一呼吸。深く肺の中身を入れ替えて、ユキが続けるには。
「一番大きい目的は、ケルベロスとデウスエクスが戦う理由がなくなったって伝える事だよ。グラビティ・チェインの枯渇はデスバレスが原因だったけど、そのデスバレスをみんなが壊しちゃったからね」
 この事実を伝える事は、この『先』につなぐために、非常に重要な点になる。この話を大前提として。
「ゲートにしちゃったピラーはグラビティ・チェインの供給ができないんだけど、宇宙にはゲート化する前のピラーもあるはずだよね。だから、絹さん達が対応してくれている部隊の人達が交渉に成功すれば、ダモクレスが持ってる宇宙を渡る技術を貸してもらえるかもしれないの」
 つまり、地球に残されているデウスエクス達をそのピラーのある場所へ送り届けることが可能になり、彼らが地球人を殺さずに済むのだ。
「それで、みんなにお願いしたい衆合無ヴィローシャナとの交渉なんだけど……ヴィローシャナの目的は全ての生命をビルシャナ大菩薩として一つにすることで、デスバレスの問題を解決することだったの」
 しかし、その目的は失われてしまい、何らかの交渉の余地が生まれているのが現状なのだが。
「全ての命と一体化しようとした……ってことは、この宇宙のどのあたりに、どのくらいのデウスエクスがいるのか、知っててもおかしくないとは思わない?」
 なるほど、と番犬達が手を打つ。アダム・カドモンとの交渉にて移動手段を借り受けて、ヴィローシャナとの交渉にてデウスエクス達を運ぶ行く先を問うことができるということだ。もちろん、ビルシャナもまた宇宙を渡る能力は高そうであり、他にも交渉することは可能かもしれない。
「それでね、みんなの事は万能戦艦ケルベロスブレイドの『門』の機能拡張を、聖王女エロヒムの力で強くして送り出すんだけど、門で移動できる人数は少なくて、多くても八人までなんだって。しかも、戦闘になったらケルベロスブレイドに無理やり引き戻されちゃうの」
 逆に言えば、向こうから攻撃された場合にも強制送還されるため、危険な雰囲気になったから牽制する、もしくは話し合うために一方的に攻撃される、といった心配は必要ないらしい。それは同時に、向こうから攻撃を加えられた時点で強制的に引き戻されてしまうということだが。
「その代わり、みんなの事は十二創神のすぐ近くに運べるから、役所みたいにいろんな部署に話を通す、みたいな面倒はなしに、十二創神に直接言葉を伝える事ができるよ」
 だが、これは一種の奇襲のようなものだ。ビルシャナにしてみれば、重要な存在の目の前に、いきなり怪しい者共が現れる事になる。まずはいきなり攻撃されることがないよう、第一印象に気を遣う必要があるだろう。
「お話できる流れに持っていけたら、伝えなくちゃいけない事を正しく伝えて、それに対して相手が話しやすいような、話を引き出す工夫をしてね」
 見た目や語り口はもちろんの事。相手に話をしてやってもいい、と思わせるような会話の運び方が求められるだろう。
「いい? あっちが交渉の価値がない、もしくはみんなが危険な存在だって思ったらそこでおしまいだからね? 交渉が途中で終わっちゃわないように、話をする順番とか、説明の仕方には気を付けてね?」
 特に、と。ユキの眼差しが鋭くなる。
「最終的に、デスバレスと同じことを繰り返さないためには、『コギトエルゴスム化による不死』を、無くさなくちゃいけないって言われてるの。この情報は相手にとって自分たちの不死性を失うことになる、『交渉において不利な情報』だから隠しておく事も一つの手かもしれないけど、『ケルベロスが不都合が事実を隠していると気づいちゃう』可能性もあるのは分かるよね?」
 もし、こちらから情報を明かす前に感づかれてしまえば、交渉が決裂するのは火を見るよりも明らかである。交渉が決裂しないよう、細心の注意を払って伝えることができれば最良だろうか。
「……それとね」
 少しだけ、ユキは目を伏せた。
「みんなはきっと、自分たちのしてきた事と向き合うことになると思う」
 その言葉の意味を理解できる番犬は、決して多くはあるまい。
「ビルシャナは地球人に憑依して、信者を集めて、一つの存在になろうとして……地球人を直接殺す事は少なかったの」
 同化したビルシャナを殺害すれば、憑りつかれた地球人も死ぬ。だが、実際に手を下したのは常に番犬であり、なんならビルシャナは地球人側が教義を捨てたのなら解放だってした。
「あっちは『散々地球人と我が同胞を殺した奴らが、今更話し合いを持ちかけてきた』って、物凄く警戒するかもしれない」
 そうしなければ、人々の命と日常を守れないと信じていたから。誰も口にはしないが、分かってはいる。分かってはいたが。
「だからこそ、何を言われても自分が信じた道を、疑っちゃだめだよ」
 正しいか間違っていたかはさておき、それが血に濡れた番犬が背負うべき業なのだから。


参加者
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
江戸川・シャーロット(ぽんこつホームズ・e15892)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
リリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)

■リプレイ


 そこは闇だった。
 尽く広がる漆黒だった。
 影にして夜にして……否。そんなものでは生温い。
「これは……何でしょうな」
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は白い髭を撫でて己が肉体は形を保っている事を確かめる。
「何もない虚空だというのに、妙に密度を感じられる……」
 どこまでも広がる窮屈な虚無。幸か不幸か、北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)は直感的にそれを理解した。
「そうか……俺たちは正確にヴィローシャナの前に転移したんだ」
「え……?どこにヴィローシャナが?」
「んゅ?鳥、いないよ?」
 辺りを見回す翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)と、首を傾げるリリエッタ・スノウ(未来へ踏み出す小さな一歩・e63102)へ、計都は虚無を示して。
「この宇宙のような空間こそが、衆合無となったヴィローシャナなんです!俺たちはヴィローシャナの中にいるんですよ!!ほら!」
 計都の瞳に映る宇宙が渦を巻き、色彩なき海は二つの円環を描いて太陽の如き黄金を放つ。赤き翼に青き羽毛を重ね、世界を包み込む尾羽は揺れ靡き宇宙を巡る。
「視界の全てがヴィローシャナに変わっていく……!」
 一にして全、全にして一を顕すソレは番犬という異なる個を取り込んで、もしくは同化できず、もう一つの個として存在を確立させていく。

 侵入者、お前は何者だ?

「!?」
 圧が、かかる。圧倒的存在感。強大なるモノの格の違い。それが音無き声として、番犬達を握りつぶす。
「こんにちは!突然驚かせちゃってごめんなさい!」
 桁違いの圧に押し負けず、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が声を張れば、赤煙が負けじと両手を挙げて。
「強引な訪問をお詫びします。我々はケルベロスですが、戦いに来た訳ではありません。衆合無ヴィローシャナ様に伝えたい事があり、聖王女エロヒム様の助力を受け参上しました」
 赤煙の口上が響く。番犬への圧が引く。いつしか渦を巻いていた世界は、番犬二人分の身の丈を持つ人型の鳥を見せ。
「あなたが、ヴィローシャナなのですか?」
 風音の問いに、異形は微かに頷き。
「我は、お前達が認識しやすい形に整えたヴィローシャナである」
「フハハハ……我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大首領!!」
 顕現したヴィローシャナを前に、部隊後方にて立つ大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)が笑い声をあげて。
「貴様がヴィローシャナで間違いないのだな?」
「然り。この姿はお前達と語らうために見せた幻のような物である」
「なるほど、アバターと言うことか!!」
 十二創神が一柱。それを目の前に震えだす肉体を、不敵な笑い声でごまかす大首領に代わり、江戸川・シャーロット(ぽんこつホームズ・e15892)が柏手を二つ。
「私達は目的の十二創神サマの御前に立っているわけねここまではOKじゃあ早速本題なんだけど私達は話し合いに来たってのはさっき言ったわよね今回はちょっと特殊な状況にあって私達は攻撃してもされても強制送還待ったなしなのその関係でまずは何もせず話を聞いて欲しいんだけどいいかしら?」
 ノンブレスに続くシャーロットの言葉を受け止めて、ヴィローシャナは頷いた。
「衆合無【我々】の中に踏み込んでまで話すべき事……存分に語るがよい」
 かくして、交渉は幕を開けた。


「まずグラビティチェインの枯渇が止まった事を連絡します。正確には重力鎖が流出していたデスバレスを無力化しました」
 先陣を切ったのは赤煙。語るは先の戦争、デスバレス・ウォー。
「あなたが対処しようとしていた、という話は聖王女エロヒム様より伺っております。デスバレスの何が問題だったのかもご存じかと思いますが……」
 一度言葉を切り、ヴィローシャナの首肯を確認して、赤煙は呼吸を一つ。
「我々はザルバルクを無力化するアスガルド神殿を基に、万能戦艦ケルベロスブレイドを建造しました。これと共にデスバレスとの戦いに赴き、その中で聖王女様との邂逅を迎え、彼女のお力をお借りすることで、デスバレスの無力化を果たしたのです」
「自力救済したというのならば、幸いである」
 事の次第を語り終えた赤煙に、ヴィローシャナは微笑む。彼は番犬達が立派にやり遂げたのだと、認めてくれているらしい。
「かくして、デウスエクスが人類を殺害する必要はなくなり、我々は話し合いの余地が発生したと考えました」
「でも、重力鎖の枯渇は実は完全解決ではなくてね。聖王女様が一時的に防いでる状況なんだ。継続について聞いたら今のとこは大丈夫みたい……けど、何があるかわからないからね」
 赤煙に続こうとした軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が口を閉ざす。手を取ることができず、伸ばした腕で傷つけあう日々に心を痛めていたシルディにとって、この交渉の場は千載一遇のチャンス。勇み立ち、計画とは違う手順になったが。
(メリットを語る前に、問題点を話しちまった方が楽か……)
 結果的に問題はない、そう判断して双吉は耳を傾ける。
「皆も危惧してたと思う滅びの完全回避には、歪みと呼ばれてる問題を解消する膨大な頑張りが必要なんだ。その歪みっていうのはね……不死なんだって。不死者が存在する限り歪みはなくならない。けど!」
 不死を完全になくすには、デウスエクスを根絶やしにするしかないが。
「その為に不死者を倒してくなんてしたくない。これがケルベロスの総意だよ」
 言動は純真な子どもの如く、されど決して逃げない視線は番犬達の意思を背負ってこの場に立っている証左に他ならない。ヴィローシャナは静かに首を振り、シルディの表情が苦悶に歪むが……。
「いずれ衆合無に合一するビルシャナであれば、その懸念は無用であろう」
 一瞬呆けてしまうが、徐々に飲み込んで、それに比例してシルディの目に輝きが戻ってくる。
「じゃあ……!」
「衆合無ビルシャナもまた、死と言う概念が無い故に、世界の歪みとはならない」
 ビルシャナは宇宙を巡る命の流転に含まれないため、不死に対する懸念はない。その事実にシルディが心のままに飛び跳ね、背中にはりつくオオアリクイを模した鬼鋼が一緒にピョコる。
 その姿を前にヴィローシャナは和解を果たしたと判断し、両翼を広げて。
「お前達の懸念が晴れたのであれば、心置きなく、衆合無と合一するが良い」
「おっとそいつは聞けない相談だ」
 双吉からの待った、にヴィローシャナは不思議そうに首を傾げる。
「それは何故に?」
「……話を聞いてくれんのな」
 聞き返すヴィローシャナに、双吉の方が面食らってしまうが。
「理解できないのなら、理解できるまで言葉を交わす。これ、思想を合一する我等ビルシャナの基本理念なり」
「へへっ、お前らのそういうところは嫌いじゃないぜ?」
 双吉の脳裏によぎるビルシャナとの戦闘は、常に言葉ありきの物であり。
「お前達の言っていることは共感できないことばっかだったけど、その飛びっぷりに真正面からブツかったり、乗っかって一緒に騒いだりすんのは、不謹慎だけどちょっと楽しかった。だから今度は命の取り合いじゃなくてもっと穏和な形で、互いにぶつかり合って、一緒にワイワイ遊ぼうぜ」
「……何が言いたい?」
 ビルシャナ召喚者は信者と言う形で配下を増やす。これを解放するためには、掲げられた思想を論破する必要があった。それ故の困難もあったが、討論している間は互いを傷つける事はなく。
「お互い殺し合わないでいられるなら、それが一番ではないか?」
 先ほどの問題に回帰したように見えるが、双吉が伝えたい事はその先にあり。
「今までビルシャナが思い描いてきた形とは違うが、宇宙の生命が互いを尊重しながら皆で手を取り合う未来を築くことは、『救済』にならないか?お前らはいつだって、自分たちの思想が正しい事を言葉で……論理を組んで、根拠を見せて、誰にでも分かるように伝えてきた。なら、どこの誰とでもうまくやってけるんじゃねぇかな」
 ビルシャナは最終的に衆合無となる。だが、その前段階として無数のビルシャナはまだ存在しているわけで……。
「もしもそういった感情が残っているのなら、色々な星に行って色々な価値観や文化と触れ合える未来はビルシャナにとって楽しいモノにならないか?」
「いかにも」
 同意を得られたと、双吉が内心拳を握った時だった。
「つまり衆合無に至ればよい」
「……は?」
 呆気にとられた双吉へ、ヴィローシャナは穏やかに微笑み。
「衆合無に至れば、皆の思想は一つになる。いくつの思想があろうとも、その全てが混ざり合い、一つの思想として成立する……即ち、この宇宙と衆合無に至れば、全ての生命と思想を同一にできるのだ」
 まずい。そう直感したのは双吉だけではなかった。


「つまり、衆合無に至る存在……他のデウスエクスの存在を把握していると言うことですよね?」
 流れを変えなければならない。その使命感に駆られて、計都が前に進み出た。
「まだ地球で観測されていないデウスエクス達の所在や情報を知っていたら教えてほしい。彼らにもこの事実を伝えれば、地球に襲来する必要はなくなりますし、もしピラーをまだゲートに改造していないのなら、危機が去ったと伝えることができるかもしれません」
 それにほら!計都は幾度となく見てきた、ビルシャナの異能を示す。
「あなた達は召喚してもらって融合する能力がありますよね?それを使って、遠方の星々にこの事態を伝えるメッセンジャーをお願いできませんか?」
 ビルシャナの異能の強み。それは移動ではなく、召喚であること。相手が同じ思想を持っていれば、距離とコストを無視してその場に即時降臨することができる。
「確かに、我々であれば可能であろう」
「じゃあ……!」
 しかし、計都の表情が和らいだのは一瞬だった。
「つまり衆合無がご所望だな」
「何故!?」
「衆合無に合一されれば、お前達がこの宇宙の危機を取り除いた事実が全宇宙、全生命に同期される。星間にあるやもしれぬ、言葉の壁すら関係ない。宇宙の危機を乗り切った喜びを分かち合うことができるのだ」
 何も、間違ってはいない。情報の伝達という意味では、衆合無に勝る手段は存在しないだろう。
「あ、でも、デスバレスの問題を繰り返さないためには、定命化について考えなくてはなりません。これは、不死性を失うという非常に大きな問題なんです。この事と向き合う時間を作るために、重力鎖の枯渇が著しい星から環境の安定している星に一時的に移動する為に助力を願えませんか?」
 彼らは衆合無という生命の流転、輪廻から外れた存在であるが、他のデウスエクスは違う。他種族の問題なら……しかし、計都の発想は打ち砕かれる。
「衆合無に至ればよろしい。確かに、不死たるデウスエクスと衆合無では異なる点もあろう。だが、不死も衆合無も、『果てる事はない』という意味では同じなのだ。さすれば、全ての生命を合一すれば、何も問題はない」
 話を聞いてくれている。だが、話が通じていない。歯痒い思いを噛みしめて、衆合無から離れようと投げかけた話題は。
「では、何故ビルシャナは鳥の姿を取ることになったんでしょうか?」
「鳥?あぁ、これか」
 ヴィローシャナが自らを見て、リリエッタが小首を傾げる。
「鳥、自覚ないの?ちなみに、リリは羊な執事だよ」
 ふんす、胸を張る彼女はもこもこした紳士的な服装。
「はっ、ぺんぎんさんなら、こんな鳥もいるんだよって、アピールできた?」
 しくじった?と唸り始めるリリエッタはさておき。
「この姿は人類が抱く無意識下の意識において、鳥、という形がもっとも認識しやすかった為であろう」
「不死鳥や鳳凰との関連ですかな?」
 ふと、赤煙が口を開く。東洋医術ぬ通じている(らしい)彼は、その紋章を目にする機会も多かったのだろう。
「元は太陽の象徴とされていたそうですが、衆合無という果てなき物と関連を見たか、人々を照らす光に教祖としての姿を重ねたか……」
「よーし話が小難しくなってきたわね!」
 ダァン!突如カセットコンロと土鍋を取り出したシャーロットはちゃんこ鍋を作り始め。
「私はね宇宙が一つになるのにすべての命を束ねなくていいと思うの手を取り合って心を繋ぎ合わせることができるのならそれも宇宙が一つになったと言えるんじゃないかしらかしら!」
 煮えた鍋をよそうも、ヴィローシャナは一種の翻訳機のような分体でしかない。食事はとれず、見守るばかりであるが。
「ぶっちゃけた話私達にはまだまだ情報も技術も足りないのよそれを何とかするためにアッツ!?」
「……話しながら食事をするものではないぞ」
 気遣いからか、ヴィローシャナにツッコミをもらってしまったシャーロットはよそった分をかき込んでから。
「実は現在ダモクレスとも同時に交渉に赴いてるのよねそんであっちから技術提供でもしてもらえればいいなーなんて思ってるのでも技術にはそれを効率的に使うための情報が必要でしょう?」
「それ故の、この会談か」
「我々は、今まであまりにも近過ぎるが故にお互いを理解できず、すれ違ってきたのではないだろうか。救いたい者や守りたい者、手を差し伸べた後に繋ぐ相手が実際にいないという事は、それだけで感謝などの感情を受け取る機会を失っているのだから」
 衆合無に合一すればいい。そんな返事を予期して、大首領がすかさず言葉を繋げる。
「我々はこうして言葉を交わすというその第一歩を経た。ならば更に歩み寄り、先ずはビルシャナと地球の停戦や宇宙に住まう種族間の共栄共存、その未来に向けた新たな『救済』の方法を我々と共に考え、宇宙の歪みや不死の問題にその数多の知識を活かしてはくれないだろうか?」
 仮面越しに、大首領の目がヴィローシャナを捉えた。
「生きとし生けるものは、一人だけでは救えないのだから」
 今までいくつの命を取りこぼして来ただろう。番犬達がデウスエクスの被害者にできる事は決して多くない。経済的支援を送ることはできても、心の傷を癒す事はできない。
 生きがいを失い、命を絶った者が何人いただろう。親を失い、道を見失った子どもが何人いただろう。時には、予知した凶行を止めるために民間人を見殺しにした事すらあった。そんな現実に無力感と憤りを感じて結成された組織……それこそが、悪の秘密結社オリュンポス。
「私は同志を集い、結社を作り、人々の救済を試みたことがある。しかし、それでもこの手から零れ落ちたものは少なくない」
 正義は決して万能ではない。平等は決して正義ではない。救済は決して平等ではない。それを知っているからこそ、彼は自らが抱く憤りとエゴを基に、『悪の道』を往くと決めた。そして今、大きな分岐点に立っている。
「ヴィローシャナよ。貴様らもまた同じ思想の下に人を集め、同じ目的の為に邁進してきたなら分かるであろう」
 例えヴィローシャナは違っても、同化されているビルシャナ達は、そのはずだ。そう信じて、大首領が言の刃を振るう。
「何者であろうと、一人にできる事は多くない。多様性がある故に人は、手を取り合い前を向くことができるのだ。今一度、衆合無とは異なる救済を考えてはくれまいか?」
「お前たちは、その多様性故に同胞を手にかけただろう」
「!」
 その言葉に、大首領が息をのむ。自身もまた、ビルシャナと、『同化していた地球人』の命を……。
「あなた達は人々が望む故に契約し、それはビルシャナにとって救いの手であり、契約した人々にとっては救いであったのでしょう」
 風音の語るこの事実は、避けては通れない。
「けれど、私達は契約が人々にとって必ずしも救いとはならないと考えていました」
 だって、自分は救われなかったから。
「その力で他の誰かを殺めたり、多くの人を過ちに誘ってしまうと思っていたから」
 父が殺された。母が殺された。笑っていた兄弟たちも、落ち込んだ時励ましてくれた隣人も、いつも通りの日々を過ごすはずだった全てが、故郷諸共凍てついた。
「それを防ぐために、そして多様性や自我、尊厳……ビルシャナと同化したら失われるであろう人々の人間らしさを守るためにも、私達はビルシャナ達や、憑依されビルシャナとなった人々も殺めてきました」
 そして、自らの弟でさえも。
「……ッ」
 無意識に、腕を彩る装飾に触れていた。その腕輪は、殺害した弟が持っていた物。傍らに控えていた、色とりどりの花を咲かせた箱竜が風音の脚に身を寄せる。
「大丈夫ですよ、シャティレ……」
 不安そうに見上げる竜に微笑みを返し、深呼吸。
「私達は両方の命を奪っている。その行いを決して忘れない……そして、これ以上の戦いをしないために尽力したいのです。我々の、そして皆の未来のために」
「なるほど……ならば、衆合無に合一すればよい」
「な……」
 結局、そこに至ってしまうのかと。風音が言葉を紡ごうとした時だった。
「こっちにおいでよ、『姉さん』」
「ッ!?」
 ヴィローシャナの言葉に、風音が後ずさる。首を振る彼女へ、目の前のビルシャナは翼を伸ばす。
「果てたビルシャナは衆合無へ至る。お前の弟もまた、衆合無に過ぎない……」
「そ、んな……」
 そんなはずはない。自らに言い聞かせようとする声が響かない。見てはいけないと思うのに、視線がヴィローシャナから外せない。
「愛した家族なのだろう?大切な弟なのだろう?何より、かつて自ら手を下してしまったのだろう?我等【衆合無】は、お前と弟を合一化することができる……」
「水流……」
 無意識に、手を伸ばす。かつて、届かなかったその手を求めて……。

 駄目だよ、姉さん。

「……ぇ」
 翼と指先を阻むように、清流の如き青い羽が風音の腕に重ねられていた。
「もう、僕は僕であって、僕ではないかもしれないけれど……」
 サラリ……青い羽が散っていく。かつては見慣れたその腕は、記憶の奥底にしまわれた古い写真のように変わらなくて。
「優しくあるには強くあれ……よく言うけどさ」
「あ、あぁ……!」
 視線が辿る先には、あの日見た民族衣装。ゆっくりと行きつく先には、あの頃の穏やかな弟の微笑みが待っていて……。
「姉さんは優しいから強かった。そうだろう?」
「待って……」
 手を伸ばす。けれど、触れる事はない。刹那の顕現を果たしたかつて『ビルシャナだった者』は、衆合無に溶けていく……。
「辛いであろう、悲しいであろう」
 崩れ落ちた風音の背に、ヴィローシャナの言葉が刺さる。
「衆合無との合一を果たせば、もう二度と同じ思いを何者にもさせることはないのだ……」
「それは、違うよ」
 翼を広げるヴィローシャナに、反論と言う名の剣が突き立てられた。


「んっ、確かにリリ達は融合したビルシャナをたくさん手に掛けてきたよ」
 向き合う番犬は、記憶を辿るように胸に手を添えて。
「でもそれは、ビルシャナが目指す『衆合無』が宇宙の滅びを食い止めるためだって分からなかったから。例え分かっていたとしても、リリ達みたいな定命に生きる地球人からみたらそれは死と等しいものだったから」
 胸に添えられた手が、首へと昇る。首元にあるチョーカーは、悲しい時、辛い時、いつだってリリエッタを支えてくれた、亡き親友の贈り物。
(いつも、助けてくれてありがとう……今は、ほんの少しの勇気が欲しい、かな)
 指先に触れたチョーカーに祈りを込めて、視線をヴィローシャナのそれと重ね合わせる。
「死ぬのは、誰だって怖いよ。リリだって、そう。だから、衆合無への合一化は、ヤダ」
 リリエッタはいつも言っていた。「あの子が待ってるから……死ぬのは怖くないよ」と。けれど、強がりだった。友を手にかけた罪悪感を背負い、死んでも親友に再会できると自らに言い聞かせて。理性で死んでも構わないと考えながら、感情は死にたくないと叫び続ける矛盾。その板挟みに遭い、リリエッタはずっと苦しんできた。年端もいかぬ少女の心は、死への恐怖を飲み込むにはあまりにも幼かったのだ。
 だからこそ、宇宙の為に自らを同化させるという行為は、自殺にも似た恐怖心を抱かせる。それは、番犬が時に忘れてしまう人として当然の感情で……。
「本当は地球に害するデウスエクスへの怒りで戦ってたのもあるよ。でも、デウスエクス達だって一緒だって。家族や友達、仲間を守るために戦ってたんだって知っちゃった。きっと宇宙を滅ぼす『三つ首の獣』は地球人だけが生み出すものじゃない。滅ぼし滅ぼされての関係なんてここで止めなきゃダメなんだよ」
 初めて、ヴィローシャナが黙った。
「私達は今この子が代弁してくれたように衆合無に合一化することに対しては否定的なわけよでもあなた達は衆合無こそが最大の救済と考えているわけよね?」
 そっと、リリエッタの肩を支えるようにして、シャーロットが捲し立てる。
「それ、今じゃなくちゃ、ダメかしら?」
 確認の意図を込めてか、ゆっくりと、刻むように問う。
「現状、この宇宙の危機は去っているの。なら、急いで衆合無に合一化する必要はないわけじゃない?もちろん、あなたの言うように、衆合無に頼ってしまえば全て解決するのは分かったわ」
 でもね。そう繋ぐのは、リリエッタが繋いでくれた、最後の希望、人類の心。
「怖いものは怖い。だから、もう少し待ってもらうことはできない?時間はたっぷりあるんだから……」
「そうでなくても、衆合無にされちまうってーのは、俺は困る」
 双吉が切り出した、否定の意見。それは……。
「俺には『現世で徳を積んで来世で美少女になる』って信仰があって、それは譲れねぇ。でも、共感してくれない奴とも、けっこう仲良くやれてんぜ。死ぬっていう一つの区切りがある。だから、人はその『最期』に向かって頑張れるとこもあるんじゃねーかな」
「死は区切り、か」
 計都は、刃と弾倉を外し、柄だけとなった得物を見遣る。
「これは、俺の師匠が……自らの命と引き換えに、俺を生かしてくれた人が持っていたものなんです」
 寂しそうに、けれど、誇らしげに笑って。
「いつか死ぬ。だから、人はいざという時にこの上ない輝きを放つことができる……俺は、そう思うんです」
 二度の死を迎え、自分を送り出してくれたあの人を、否定しないために……。
「そのまま受け入れはできなかったけど、ボクはずっとビルシャナの皆の行動の裏に善意を感じていたよ」
 シルディが微笑みを浮かべれば、蘇る記憶は数々のビルシャナ達。
「だから少し掛け違ってるだけなんだって、話し合いができればきっとわかり会えるのにって思ってた。でもできなくて……これから良き隣人さんとなりたいな」
「……お願い」
 番犬達が想いを告げた果てに、リリエッタが問う。
「もうちょっとだけ、皆を見守っててくれない、かな?……だめ?」
 こてん、小首を傾げれば、ヴィローシャナは長い、長い溜息をつき。
「お前達の言う通り、この宇宙は救済を求めていない。そして、この宇宙の生物に、衆合無との合一を恐れる心があり、その恐れから宇宙を滅ぼして自滅する可能性がある事を理解した」
 じっと、番犬達の顔を一人ずつ、見回して。
「であるのならば、我らは、この宇宙を去り別の宇宙へと旅立とう。救済を求める宇宙は、一つでは無いのだから」
 ふわり、番犬達の体が軽くなる……逆だ。それまでの圧が消える。気づけば、そこはケルベロスブレイドの一室で。
「いつの間にか、攻撃されていた……?」
 しかし、痛みも衝撃もない事に、風音が自らの両手を見るが、リリエッタが首を振る。
「きっと、ヴィローシャナが送り届けてくれた。そう思う」
『この宇宙が再び救済を必要とするならば、我に祈りを捧げるが良い』
「我々の救済は上手くいかない、という挑戦か?面白い!」
 残響のように届くヴィローシャナの声に、マントを翻して大首領は笑う。
「フハハハハ!我等は悪の秘密結社オリュンポス!我々が救いたい、というエゴの下、この世界を征服【救済】する悪の組織!」
 フッと、仮面に隠された柔和な笑みで、大首領は告げた。
「やってみせよう。よりよい未来の為に……!」
「あぁ、そうでした!」
 これが最後の機会。そんな気がして、赤煙は如意棒を取り出す。
「毒を持って毒を制すおつもりだったのかも知れませんが、攻性植物との戦いでは我々の大きな味方となりました。ありがとうございます」
「如意棒、それにハヌマーンの皆さんのお陰で、ロキを止められました」
 赤煙に並び、風音も一礼する。かつて、二千を超える如意棒をもってレプリゼンタ・ロキへ挑んだ。その現場にいた風音にとっても思い入れは強い武器……。
「届きましたかな?」
 返事がない事に、赤煙は眉を潜めるが。
「きっと届きましたよ。えぇ、きっと……」
 だから……淡い願いと共に、風音はそっと目蓋を降ろした。

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 1/素敵だった 21/キャラが大事にされていた 3
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