シャイターン襲撃~暴炎の使徒

作者:深淵どっと

 それは、東京都あきる野市のある山中にて忽然と現れた。
 奇妙な空間の歪みから現れたのは光の羽をはためかせる数多くの女性――総勢16人のヴァルキュリアだ。
 そして……ヴァルキュリアたちに続いて魔空回廊より姿を表したのは、黒く煤けたような翼を持つ、細身の中年男性だった。
「ここが地球ですか。思ったより素敵な眺めですねぇ……そうは思いませんか、貴女」
 山から見下ろせる街を指差す男に問いかけられたヴァルキュリアは答えることなく、ただただ虚ろな瞳を宙空に漂わせているだけだ。
 その反応に男はため息をこぼしつつ、翼と同じく澱んだ瞳を細める。
「……チッ」
 そして、苛立たしげな舌打ちの後、突如その指をヴァルキュリアの喉元に食い込ませる勢いで首を締め始めた。
「……これくらい臨機応変に答えたらどうなんです? あぁ本当に使えませんね貴女たち」
 人間なら死にかねない責め苦を受けながらもヴァルキュリアは一切抵抗の姿勢を見せようとはしない。
「そんな愚鈍な貴女たちでもわかる簡単なお仕事を用意しました。あの街の人間どもを皆殺しなさい、以上です。あぁそこの4人はここに残りなさい」
 命令を受け、12人のヴァルキュリアたちは麓の街へと向かって飛び立つ。
「……何をボーっとしてるんです? 早くテーブルと椅子、後お茶を用意しなさい。急げ」
 男は残ったヴァルキュリアに用意された折りたたみ式の椅子に腰掛け、街を見下ろしニヤリと微笑む。
「さて、お仕事と行きましょうかねぇ」

「城ヶ島の一件で忙しいところ申し訳ないが……緊急事態だ、ケルベロスの諸君」
 珍しくやや急いだ口調でフレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)は集まったケルベロスたちに告げる。
「鎌倉防衛戦で戦ったエインヘリアルの第一王子であるザイフリートは覚えているな? ヤツの後任として新たな王子が地球へと侵攻を始めているようだ」
 そのエインヘリアルはザイフリートの配下となっていたヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従わせているようだ。
「敵は妖精8種族が一つ、シャイターン。ヤツらはいくつもの魔空回廊を利用し、人間からグラビティ・チェインを奪おうとしているようだな」
 今回は都市内部で暴れるヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破する必要がありそうだ。
「キミたちには東京都あきる野市に向かってもらう、そしてヴァルキュリアを従えているシャイターンを撃破してもらいたい」
 シャイターンは12人のヴァルキュリアたちを市内に放ち、人間たちを襲わせているが、彼女たちには別のケルベロスが対応に当たることになっている。
「キミたちの目標はあくまで指揮官であるシャイターンの撃破だ。しかし、ヤツの近くにも4人のヴァルキュリアが護衛に当たっている」
 すぐに襲撃すればこのシャイターンを含めた5人と戦うことになる。当然だが、この数を相手にするのは非常に危険だ。
 だが、市内での戦闘状況によってシャイターンは苦戦している戦場に自分の護衛を援軍として送り込んでいくようだ。
「そこで、キミたちには襲撃のタイミングを話し合って決めてもらいたい。戦況にもよるが、3~5分程で2人、7~10分程でもう2人が援軍として街へ降り、シャイターンから離れていく筈だ」
 こちら側の負担が減ればその分シャイターンを倒しやすくはなるが、市内で戦っているケルベロスたちの負担は大きくなる点も無視はできない。
「ヴァルキュリアたちは全員、妖精弓を装備している、グラビティもキミたちが使えるものと同じものを使ってくるようだな。……そしてシャイターンだが、魔導書のようなものを持っているな」
 後方からの強烈な魔術に注意が必要だろう。それに加え、炎を操るグラビティを使用してくるようだが、これに関しての詳細までは予知ができていない。
「敵の力は未知数だ。しかし、このまま野放しにしておくわけにはいかない。頼んだぞ、諸君」


参加者
ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)
筒路・茜(躑躅・e00679)
白神・楓(魔術狩猟者・e01132)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
鳴無・央(黒キ処刑ノ刃・e04015)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
カーリー・カレーナ(華麗なるカレー戦士・e11898)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)

■リプレイ


 12人のヴァルキュリアが飛び立ち、街の方が騒がしくなってきてから5分ほどが経過していた。
 椅子に座り紅茶を飲みながらシャイターンは小さく呟く。
「些か退屈ですね。この程度のお仕事にどれだけ時間をかけているのやら……そこの貴女と……貴女。少し様子を見て来なさい」
 シャイターンの指示を受け、2人のヴァルキュリアが街へ降り立っていく。
 ――そして、それを隠れて見ていたケルベロスたちが、動いた。
「……今ヴァルキュリアがそっちへ向かった、警戒しろ」
 街でヴァルキュリアたちと戦っているメンバーへ鳴無・央(黒キ処刑ノ刃・e04015)が素早く連絡を入れる。
「よし、行くよ!」
 増援に向かったヴァルキュリアの姿が見えなくなったのを確認し、白神・楓(魔術狩猟者・e01132)が草陰から飛び出し、矢を放った。
「続くよ、茜」
「――、了解だよ、ノア」
 それに続いて別方向からノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)の弓矢と、筒路・茜(躑躅・e00679)の放った小鳥がシャイターンに襲いかかる。
「何者です?」
 しかし、それらの攻撃は残っていた重厚な鎧を纏うヴァルキュリアに庇われ、シャイターンには届かない。
「……なるほど、貴方達が例のケルベロスとやらですね。どうやら、ザイフリート王子を倒した事で少々浮かれているようですが……たかが犬如きが頭に乗らない事です!」
 シャイターンの指示を受け、ヴァルキュリアたちも弓を構えノアたちへの反撃に乗り出す。
 しかし、今度はその攻撃をカーリー・カレーナ(華麗なるカレー戦士・e11898)とアイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)が前に出て受け止める。
「ヴァルキュリアたちのためにも、キミはここで成敗させてもらうよ!」
「その見た目だけ繕った紳士気取り、ギャグにしても笑えないわよ」
 シャイターンは二人の放った手裏剣と古代語魔法を椅子に座ったまま魔法で迎撃すると、余裕たっぷりにテーブルの上のティーカップを手に取る。
「この程度ですか……ケルベロスなど大層な名は似つかわしくありませんね、精々――」
 シャイターンがティーカップを持ち上げた瞬間、蒼白い閃光がそれを撃ち抜きシャイターンの指先が凍てつく冷気に侵される。
 射線を辿る先では、央が狙いを定めていた。
「貴様……」
「余所見してる暇があんのかよ、下衆野郎」
 その隙にウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)がヴァルキュリアへ甘く囁き、その意識と動きを釘付けにする。
「チィっ!」
 護衛に生じた一瞬の隙を突いて、ウィリアムはシャイターンの前に置かれたテーブルを蹴り飛ばす。
「ハローハロー? いつまで女の子の影に隠れて座り込んでるつもりだよ。地球の良さはそれなり解るらしいが、女の子の扱いがなっちゃいねえぜ」
 咄嗟に飛び退いた姿を嘲るように、ウィリアムは飄々とした笑みを浮かべる。
 その挑発的な態度にシャイターンは澱んだ瞳を苛立たしげに細めた。
「……躾の悪い犬ですね。良いでしょう……格の違いを教えてあげましょう!」


 シャイターンが手にした魔導書を開く。すると周囲の空間を歪み、その隙間から『何か』が飛び出した。
「手始めです……お座り!」
 それは、重々しい黒色をまとった無数の触手だ。命ある者の死を求めるように、それはウィリアムへと喰らい付く。
「ウィリアムくん! 大丈夫!?」
「ッ……ハハッ、これくらい、何てことないって!」
 本格的な反撃を前にカーリーたちも応戦するが、ヴァルキュリアがそれを阻み、思うようにいかない。
 触手からの痛撃を受けたウィリアムは表面上こそ態度を崩さないが、そのダメージは見るからに大きい。それでも、攻め手を緩ませまいと星座の守護を味方へ宿していく。
「殺しきれませんでしたか……まぁいいでしょう、少しずつ嬲って差し上げましょう!」
 その言葉を受け、ヴァルキュリアが再び攻撃態勢に入る――その瞬間だった。
「これ以上……やらせないわ!」
 弓を引くヴァルキュリアの目の前に木の葉を散らせて突如現れたのはアーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)だった。
 魔法の木の葉に身を隠し、他のケルベロスとはタイミングをずらした奇襲にヴァルキュリアは咄嗟に反応できない。
 その無防備な唇をアーティアは躊躇いなく奪う。
(「――私たちはあなたたちと戦いに来たわけじゃないわ」)
 口から口へ、熱く流し込まれるグラビティとアーティアの想いがヴァルキュリアを戸惑わせる。
「そう、知っているよ、君達の本当の思い。さぁ、少しだけボクに心を委ねておくれ――」
 この隙を狙い、もう一人のヴァルキュリアにノアが肉薄する。そしてアーティアと同じようにその唇に自分の唇を重ねる。
 ヴァルキュリアに施された支配の力に2人のグラビティが及ぼした影響は、僅かだが確実にヴァルキュリアを揺るがせているようだった。
「女同士で何をやっているのですか貴女たち!」
 しかし、それでもシャイターンの声にヴァルキュリアはノアとアーティアを振り解き、反撃を繰り出す。
「おっと残念、もう少し楽しみたかったな」
「けど、洗脳を解けなくても乱す事くらいはできるかも」
 ヴァルキュリアの矢をかわしつつ、2人は確かな手応えを感じていた。
「それなら、早めにケリを付けたいところだけどな」
 弾幕で戦線を押し上げながら、央は真っ直ぐシャイターンを睨め付ける。
 だが、敵の攻勢が緩む事はない。
「そろそろ、遊びは終わりにしましょうか」
 シャイターンが再び魔導書を開くと、今度は突風と共に砂嵐が巻き起こる。
「これは……」
 鎖を操りヴァルキュリアと戦っていたアイオーニオンはその砂嵐の異質さに気付く。
 今までに見たことのないグラビティ。恐らくはシャイターン特有の力なのだろう。
「なら、先に大元を大元を叩かせてもらうよ!」
 乱戦と砂嵐の中、カーリーはシャイターンに狙いを定め、再び手裏剣を投げつける。
 ――が、その攻撃は彼女の意図とは無関係に、味方へと突き刺さった。
 それだけでは無く、他のケルベロスの攻撃も予期しない方向へと向けられていた。
「――、幻覚攻撃? なら……」
 吹き荒れる砂嵐の中、茜の地獄化した翼が大きな時計盤へと姿を変える。
「(全てを逆しまに…)その歪み、戒め、全てを元に戻すよ。其れは過去の過去へと、忘却の彼方へと、夢の片隅へと、(…にまし逆をて全)」
 時計の針がゆっくりと動き出す。時の流れに逆らって、本来とは逆方向に。
 それに伴い、シャイターンの生み出した歪みもビデオの逆再生のように消えていく。
「――、残念だけど、何でも上手くいくと思ったら大間違いだよ」
「……ふむ。その言葉、そのままお返し致しますよお嬢さん」
 砂嵐による幻覚は茜のグラビティが打ち破るも、ヴァルキュリアの堅固な守りを前にシャイターンは余裕の笑みを浮かべていた。


 度重なる攻防が続き、ケルベロスたちがシャイターンを襲撃してから6分が経過していた。
 街の方で戦闘が始まってからは既に10分以上……そろそろ限界も近くなっている筈だ。
「理解できませんね。いっそひと思いに彼女たちを殺してしまえば、楽に戦えると言うのに」
「そりゃあ、あんたには……わかんないでしょうね!」
 哄笑を浮かべるシャイターンにアーティアがツバメのような姿の幻獣を差し向ける。
 しかし、それも前に出たヴァルキュリアが盾となり防がれてしまった。
 ケルベロスたちはヴァルキュリアの動きを阻害しつつ、シャイターンに狙いを定めるもヴァルキュリアの堅固な守りを前に攻めあぐねている状況だ。
「攻撃自体は単調で見切りやすいもんだけど……やりづらいね」
「はいはい、慌てないの。勝機は必ず来るわ」
 アイオーニオンにヒールを受けながら、楓は歯がゆさから唇を噛み締める。
「だが、このままだとジリ貧だな、ヒールにも限界がある」
 シャイターンの放つ触手の一撃を紙一重で避けながら、央は冷静に呟き反撃を繰り出す。
「……大丈夫、彼女たちは必ず応えてくれるよ」
 そう零すノアの視線は、無表情のまま依然としてケルベロスたちに牙を剥くヴァルキュリアに向けられていた。
「そうだと信じたいけど、結構キツいぜ?」
「でも、ボクも彼女たちを殺すなんて、絶対に嫌だよ!」
 ウィリアムはダメージの多い者へのヒールを優先するが、央の言う通りケルベロスたちの限界も近い。
 既に戦闘を継続できない者も出始めている。
「さて、あまり無駄な時間をかけるのもナンセンスですね。終わらせて差し上げなさい」
 そんな中、シャイターンの指示でヴァルキュリアは剛弓を構える。
 庇いも間に合わず、放たれた矢は回復の要を担っているウィリアムを捉え、貫いた。
「ッ! ……あ、あれ?」
 ――強い衝撃がウィリアムを襲うも、予想していた痛みは無かった。むしろ、矢からは癒やしの力が溢れ負っていた怪我を治していく。
「貴様、何をやって……くっ!?」
 その行動に狼狽するシャイターンに、もう一人のヴァルキュリアが弓を向けていた。その瞳には明確な敵意が浮かんでいる。
 放たれた一撃をシャイターンは辛うじて避けるも、その表情には明らかに焦りの色が滲み出ていた。
「ケルベロスめ……下らない真似をしてくれますね!」
 ヴァルキュリアがシャイターンに逆らったのは、ほんの一瞬だけだった。ケルベロスたちが積み重ねていった催眠効果の影響であるのは間違いないだろう。
 あるいは……彼女たちも苦悩の中、洗脳と戦っていたのかもしれない。
「ここを逃すな……決めるぞ」
「任せな! さぁ、逃げれるもんなら逃げてみな」
 敵の攻勢が揺らいだ今この瞬間こそが、最大にして最後のチャンスである。央は躊躇いなく高密度の弾幕をシャイターンに浴びせかける。
「ぬぅ……羽虫を少し手懐けた程度で、調子に乗らないでいただきたいッ!」
 攻撃に晒されながらシャイターンは魔導書を閉じ、掌を高く掲げる。
 すると、瞬く間に凝縮された灼熱の炎塊が生まれ、熱により周囲の空気が歪みだす。
「これぞ我らシャイターンが秘術! ゲヘナの炎に焼かれて灰になるが良い!」
 突き出された腕を発射台に、惨酷な暴炎が撃ち放たれる。狙いは攻撃態勢に入っていた楓だ。
「させないよ!」
 だが、その一撃をカーリーが受け止める。
 強烈な猛火に晒され、カーリーはその場に崩れ落ちてしまう。
「ぼ、ボクは大丈夫だから……あいつを!」
 追い詰められつつあるシャイターンにアイオーニオンが鎖を放つ。
「いい加減、お縄につきなさい……ってね」
「で、私たちには何が大層で似合わないって? 糞野郎」
 限界まで引き絞った楓の弓がギリギリと音を立て、シャイターンに狙いを定める。
「ッ……ま、待ちなさい! 貴方たちの実力はよくわかりました、一度話を――ぐァッ!」
 焦りに上ずる声を無視して、楓の問答無用の一撃がシャイターンを貫いた。
「聞けないね、あんた自分で言っただろう? 躾が悪いのさ」


「さて……どうなるかしら?」
 シャイターンが倒れ、アイオーニオンはヴァルキュリアたちの変化に注意を向ける。
「俺たちはお前らとは戦うつもりはない」
「―――、支配だかなんだか知らないけど、戻っておいで小鳥ちゃん達。その鳥籠の中は狭くて苦しいだろ?」
 央と茜の言葉にヴァルキュリアたちは洗脳に抗うように苦悶の表情を浮かべ、顔を見合わせる。
 完全に洗脳から解き放たれたわけでは無さそうだが、シャイターンが死んだ事はかなり効果があったようだ。
「話を聞く時間は……無さそうだね」
「何かザイフリート王子も大変みたいだし、おたくらどうなってんの? まぁ、言いたくないなら今は帰ってもいいけど」
 今は辛うじて洗脳に抵抗しているが、ゆっくり事情を聞いている暇は無いだろう。
 ノアとウィリアムの言葉にヴァルキュリアはケルベロスたちから離れ、翼で飛び立つ。
 一度だけケルベロスの方を向き直った彼女たちは小さく頭を下げ、彼方へと消えていってしまった。
「街に降りたわけでも無さそうだね……」
「……シャイターンを撃破した。残ったヴァルキュリアたちもひとまずは撤退したようだ」
 その様子を楓が見届け、央が各方面の連絡担当に戦況を報告する。
 シャイターン襲撃から約8分、街でヴァルキュリアとの戦いが始まってからは13分程が経過している……他のチームは無事だろうか。
「大丈夫かしら、彼女たち」
「きっと大丈夫だよ、ボクはそう思いたいな」
 ヴァルキュリアが消えていった方角を見上げて呟くアーティアにカーリーが笑いかける。
「彼女たちとも仲良くできればいいんだけどね。そうしたら、ボクは一緒にカレーを食べたいなぁ」
「……そう、ね。それも、良いかもしれないわね」
 アーティアはどこまでも続く空に、望まない戦いを強いられてきた彼女たちが笑顔であれる未来を願うのだった。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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