クロートの誕生日~蒼穹の下で勝利を祝う

作者:雷紋寺音弥

「デスバレスでの決戦、お疲れ様だったな。死後の世界とも呼べる場所に赴いて、こうして無事に帰還してくれただけでも、奇跡に等しい偉業だと、俺は思うぞ」
 古今東西、生者が死後の世界に赴く話は数あれど、大概は何らかの代償を負う形で、悲劇的な終わり方をするものが多い。そんな中、勝利を手に凱旋できたことは実に素晴らしいと、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は祝辞を述べ。
「これで、地球を襲っているデウスエクス種族は、ダモクレスとビルシャナだけになったというわけだ。勝利の宴……というには、まだ少し早いかもしれないが、世界の……いや、宇宙に生きる全ての命の危機を救ったということに関しては、喜ぶべきことなのだろうな」
 あのまま、冥府の海が溢れ返れば、あらゆる命がこの宇宙から消滅していたことだろう。結果として、死神の首魁を打ち倒したケルベロスは、地球だけでなく全宇宙の命を救ったともいえるのだ。
「そういうわけで、今日は誰でも気兼ねなく楽しめる場を用意させてもらった。なんのことはない、河原でバーベキューをしようという企画だが……もし良ければ、参加しないか?」
 敢えて定まった店舗を選ばなかったのは、誰でも気楽に参加して欲しいから。接待とか、今後のための会議とか、難しいことを考える必要はない。今までの戦いを振り返るのも良いし、これからの自分のことを考えるのも良いし、とにかく食べまくるだけでも構わない。
「青い空の下、何もかも忘れて、自然に過ごすのも良いものだぞ。折角、お前達が守り抜いた地球だ。思う存分に満喫したところで、罰は当たらないだろうさ」
 デウスエクスとの戦いは、終局へと向かい始めている。そんな中、次なる課題の解決に向けて、束の間の休息を楽しむのも良いだろう。


■リプレイ

●今年もルールを壊しに候!?
 どこまでも晴れ渡った空の下、勝利を記念してのバーベキュー。
 参加の際、細かなルールは必要ない。だが、それはルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)とチロ・リンデンバウム(魁チロマティ高校・e12915)の二人にとって、予想だにしない一大事!
「なんてこった……。あらゆるルールと戦い、打ち倒してきたルルだというのに、今回は倒すべきルールが見当たらない……だと……?」
 そう、今回のイベントは、ルールらしいルールが存在しない。とにかく、好き勝手に飲み食いして楽しめば良いという話であり、ゲームの類をするわけではないのだ。
 唯一のルールは、公序良俗に違反しないこと。しかし、果たしてそれを破ることは、殆ど自殺行為に等しいわけで。
「……これ、破ったら人として終わるやつじゃん! 未成年者の飲酒喫煙とか、自然破壊とかセクハラとか、ケルベロス以前に、人として駄目だよ!」
 さすがに、そこまではできないと、ルルは思わず頭を抱えて天に向かい叫んだ。
 いかにルールの破壊者といえど、越えてはいけない一線は存在する。ルールを破壊することに拘り過ぎるばかりに、目的と手段が入れ代わってしまったら本末転倒。最悪の場合、『ルール破らないと気が済まない明王』とかいうビルシャナと同じ存在になってしまうかもしれないわけで。
「くそぅ……。時代の叛逆児とまで呼ばれたルルの戦いは、ここまでなのか……!?」
 大地を拳で叩きながら、ルルは感情の許すままに涙した。しかし、そんな彼女の姿を前にしたルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)は、もはや呆れて殆どかける言葉もなかった。
「……お前たちは一体何と戦ってるの? イベント趣旨に大人しく従ったら、爆発する呪いにでも掛かってんの?」
 昨年はボーリングで、一昨年はポーカー。あらゆるルールを無残に葬っておきながら、平和になりつつあるこの世界で、なお気勢を上げ続ける心の強さはなんだろうか。
 まあ、それでも流石に、参加者のルールを破壊しなくて良かったと、ルイスは安堵の溜息を吐いた。なにしろ、これを破ったら問答無用で一発退場。イベント参加者にとっては即死攻撃を食らったに等しく、ある意味では死神の攻撃よりも恐ろしいペナルティ。
 今年こそ、平穏無事に過ごせるのだろうか。ようやく二人の監督役からも外れられると期待するルイスだったが、果たしてそう簡単に行くだろうか。
「甘いなルルたん! 叛逆者とは常に時代に抗うもの! 見ろこの水筒を……!」
 ルイスの思惑とは裏腹に、チロが何やら水筒らしき物体を取り出した。どこからどう見ても、単なる水筒。一見して、そこまで危険な代物には見えないが、なにしろチロが用意した水筒である。
「じゃじゃーん! 緑茶と偽り、メロンソーダを入れてきちまったぜ……! 遠足のしおりに真っ向から抗う、悪魔の所業……!」
 案の定、中身は水筒に入れてはいけない、炭酸飲料の類だった。
 え? なんで入れては駄目なのかって? 今回のバーベキュー、飲食物の持ち込みを禁じてはいないし、未成年が飲酒しなければ、飲み物の規制もなかった気がするが。
「お上に逆らえない意気地なしの連中は、大人しく麦茶でも飲んでろってんd……オギャァアアアアアアアアア!!? 炭酸が爆発したぁあああああ!?」
 蓋を開けた瞬間、盛大に噴き出すメロンソーダ。
 ほら見ろ、だから言わんこっちゃない。水筒なんかに入れて振り回せば、炭酸飲料が暴発するのは当然だ。
「うぅ……服とか靴がべとべとする……。尻尾もぐしょぐしょやんけ……! これじゃチロの魅力が99パーセントオフだよ……!」
 こんなことなら、大人しくチーズでも焼いていれば良かった。チロが後悔した時には、既に遅し。彼女は暴発したメロンソーダの直撃を食らい、全身ベトベトになってしまっていた。

●大物、釣れた?
 青空の下、川辺で釣りをする二つの人影。クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)の隣で釣りの準備を手伝っているのは、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)だ。
「クロートはお誕生日おめでとうだよ。今年はお外で遊ぶんだね」
「ああ、そうだ。とはいえ、少しばかり気長に待つことも必要だがな」
 リリエッタの横でクロートがクーラーボックスを開ければ、その中から現れたのは釣り用の生き餌。絡み合って蠢くミミズを見れば、普通の女子なら躊躇しそうなものなのだが。
「ふ~ん、これが餌なんだね。どうやって針に刺すのかな?」
 特に嫌な顔もせず、リリエッタはミミズを摘まみ上げた。そんな様子に、少しばかり感心した表情を見せながら、クロートはミミズの首筋にある帯の部分に針を刺して見せた。
「ここに刺せば、ミミズが勝手に丸くなるからな。こちらが何もしなくても、ちょっとした肉団子の完成だ」
 ミミズを丸ごと使うので小物を釣るには向かないが、大物を釣り上げる時は、このくらいがちょうどいい。後は、なにやら特性のソースらしき液体にミミズを付けて、そのまま川の中へ放り投げ。
「なるほどね。お魚も、味が付いてる方が好きなんだね」
 リリエッタも真似して、ソースの付いたミミズを放り投げる。これで後は、気長に得物が引っ掛かるのを待てば良い。大物釣り用の竿とは別に、小物を捕らえる仕掛けも川に設置して、のんびりと雲の流れでも眺めていれば良い。
「さて、今回は俺も、釣りでものんびり楽しませて貰おうか」
 そんな二人に続き、ルイスも釣りに参加して来た。どうせ、破るべきルールも存在しないわけだし、ルルとチロの二人を放っておいても良いと思ったようだが。
「あ、クロートは誕生日おめっとさん。あいつらも今日は大人しく……してなかったわ」
 そこまで言って、何やら盛大な悲鳴を耳にし、ルイスは思わず頭を抱えた。見れば、メロンソーダを全身に浴びてベトベトになったチロが、半ベソをかきながらこちらへ向かって来ているではないか!
「あの犬、なんで頭から緑に染まってんの? 今度は、平穏に対する叛逆の意思でも示してんの?」
 もう、考えるだけで頭が痛い。全てのデウスエクスとの決着がつくか、あるは和解できたとしても、この二人がいる限りルイスに平穏は訪れない。
「あの……クロートの兄貴……。服ごと川にドボンしてきても良いっすか……? あ、お誕生日おめでとうっす……」
 殆どついでのように祝辞を述べながら、チロがクロートに尋ねた。一応、川の水は綺麗なので、泳いで病気になるようなことはなさそうだが。
「ああ、構わないぞ。ただし、あの岩より先には……」
「ホント! やった~!!」
 クロートの忠告を最後まで聞かず、川に飛び込んだチロ。そのまま、クロートが指差した岩よりも先に泳いで行ったところで、急に悲鳴を上げて溺れ始めた。
「あれ? なんか、足が引っ張られ……うわわ! 助けて~!!」
 そのまま川の勢いに負け、流されて行くチロ。このままでは、下流まで一気に押し流されてしまい兼ねない。さすがに、それは色々な意味で拙いので、クロートは苦笑しながらもサブの釣り竿を手に仕掛けを投げた。
「やれやれ……。あの岩より先は急に底が深くなっているし、流れも速いから気をつけろと言いたかったんだがな……」
 それでも、岩より先に行ってしまったのは仕方がない。釣り針をチロの服に引っ掛けてリールを巻けば、ズブ濡れになったチロの救助が完了した。
「うぅ……酷い目に遭ったし……。この川、絶対にカッパとか住んでるし……」
 自分は溺れたのではない。これはきっと、カッパが足を引っ張ったに違いない。暗に、そう主張するチロだったが、誰も真に受けないのはお約束。
「いや……あの……本当にすまん……」
 チロに代わり、頭を下げるルイス。この展開、いったい何度目だ!? もっとも、こうしてドタバタ騒ぎを気兼ねなしに楽しめるのも、地球が平和に近づいている証なのかもしれないが。
「……まぁ、ケルベロスの尽力で平和になったってことなのかな? 平和なのは良いことだよね!」
 ズブ濡れのチロから目を反らしつつ、ルルが言った。その瞬間、今まで何の動きもなかったリリエッタの竿が、急にしなって激しく動き出した。
「おっ! どうやら、大物が掛かったようだな」
 満面の笑みを浮かべるクロートだったが、リリエッタにとっては正に晴天の霹靂。もう少しで地球に完全な平和が訪れると、ぼんやり考えていた矢先に、これである。
「ん……なかなか、しぶと……あっ!!」
 リールを巻いて強引に釣り上げようとしたところで、魚が最後の抵抗を見せたのだろう。なんとか釣り上げたリリエッタだったが、自分もバランスを崩して川の中。
「……リリも、水浸しになっちゃった。でも、お魚はちゃんと釣れたみたいだね」
 見れば、リリエッタの隣には、浅瀬に引っ張り上げられた巨大な魚が横たわっていた。銀色の体色をした、立派な個体だ。
「これはサクラマスだな。降海途中のやつが引っ掛かったか」
 浅瀬でジタバタしている銀色の魚を見て、クロートが言った。種としては渓流釣りで狙えるヤマメと同じだが、海に下るためか体格は遥かに巨大になる。要するに、サケと同じような魚ということだ。時期にもよるが、だいたい3月から9月にかけて、成長した個体から海へと下って行くらしい。
「ん……大きなお魚だね。これなら、皆で食べても十分だね」
 思わぬ大物が釣れたことで、ズブ濡れになりながらも、リリエッタは満足そうだった。

●魚と肉と、青空と
 色々とアクシデントがあったものの、バーベキューでいただく魚は、無事に釣り上げることができた。
 後はこれを捌いて焼くだけだ。刺身も美味いが、川魚には寄生虫がいることもあるので、特に野外では火を通して食べるのがお約束。
 三枚に卸したサクラマスは、そのまま桜のウッドチップで香りをつける炭火焼。
 他にも、罠で捕らえた小魚や、あるいはテナガエビなども焼いて行けば、辺りにはたちまち美味しそうな匂いが溢れて行く。
「うぅ……寒い……」
「ん……早く、服が乾くといいね」
 そんな中、チロとリリエッタの二人は、共にズブ濡れになった服を乾かすべく焚火の側にいた。
 こうして、火の近くにいれば、服が乾くのも早いだろう。二人がそんなことを考えていると、魚やエビとは違った、より香ばしい匂いが鼻先をくすぐった。
「さて……そろそろ、肉が焼き上がったかな?」
 匂いの大元は、ロコ・エピカ(テーバイの竜・e39654)が焼いていた肉だった。彼の瞳に、他の食材は目に入っていない。豪快な厚さや、ダイス状に斬られた国産霜降り最高級ベーコン。ロコが焼いていたのは、食通の舌をもうならせるような、超高級食材だったのだ。
「奇跡に等しい偉業を成すには、クロート達も不可欠だったのだから、素直に祝われておくといい……。釣りも良いけれど、まぁお食べよ。ハッピーバースデー」
「ああ。そういうことなら、遠慮なくいただいておくとしよう」
 クロートを始め、他の面々にもロコは順番に焼いた肉を配って行く。このベーコン、ビタミンB1含有量は普通の牛肉の約10倍。暑くなってくるこれからの季節、夏バテ解消には最適だ。
「調味料と、それからチーズも用意したよ。好きなだけ楽しんで」
 なにしろ、肉はまだまだ大量にあるのだ。これだけあれば、この場に参加した全員で食べても、余裕で残るくらいには。
 残ったものは、保存容器に詰めてお土産に。帰りはのんびり、風と散歩しながら蒼穹の空を眺めて行くのも悪くない。超会議で疲れた身体も、これで少しは回復するだろうか。
 ふと、ロコがそんなことを考えながら空を眺めていると、なにやら焚火の方が騒がしい。
「うぉぉぉっ! すっごい肉だ! これ、全部食べていいの!?」
「よっしゃぁぁぁっ! 肉と肉を肉で挟んで、チロさんはスーパーミートバーガーにして食べるんだぞ!」
 見れば、先程から大騒ぎしているルルとチロの二人が、肉を山盛りにして食べまくっているではないか!
「こら、お前達! 他の人の分も、残しておかなきゃ駄目だろ! っていうか、ちゃんと野菜も食べろよ!」
 案の定、ルイスに叱られているが、二人はお構いなしに肉を食べまくる。まあ、これもバーベキューの楽しみなので、要らぬ突っ込みを入れるのは野暮というもの。
「ふっ……どうやら、予想外の大食いがいたようだな」
 苦笑するクロートだったが、その間にも肉がどんどんルルとチロの腹に収まって行く!
 それこそ、彼女達の腹は、底なしなのではと思うくらいのスピードで。
「ん……あれ、放っておいてもいいの?」
「別に構わないよ。ベーコンは、まだたくさんあるからね」
 もっとも、リリエッタの問いに答えるロコは、余裕の表情で新しい肉を取り出していた。
 こうして、気兼ねなしに楽しめるのも、全ては世界が平和に近づいている証拠。そして、その平和を勝ち取ったのは、他でもないケルベロス達の尽力によるものだ。
 世界は変わっている、確実に。この空の果て、遠い宇宙に存在する、まだ見ぬデウスエクス種族とも、これから先は対話による交流が行えるかもしれない。
 青空を見上げ、想いを馳せるケルベロス達。願わくは、この平和がこれからも、永遠に続くことを祈りながら。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月18日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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