デスバレスの聖王女~この地球の話をしよう

作者:のずみりん

「デスバレス・ウォーに参加した皆には勝利し、私たちは聖王女エロヒムの救出に成功した……長い戦いに、ようやく終わりが見えてきた」
 ありがとう、よくやってくれた。
 短い言葉と、最敬礼で、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は言葉にあふれる最大級の賛辞を告げた。
「少し、詳しく話をしよう。聖王女エロヒムの助力を得た『万能戦艦ケルベロスブレイド』は、ザルバルク剣化波動によりデスバレスの海からザルバルクを一掃し、デスバレスの無力化に成功した……まぁ、無力化のために彼女はデスバレスを離れられないんだが」
 デスバレスの無力化には、ザルバルク剣化波動を使い続ける必要があるため、ケルベロスブレイドは能力をつかさどる磨羯宮ブレイザブリクを分離。エロヒムは磨羯宮と共にデスバレスに残る事となっている。
 ただ、と申し訳なさそうにしつつもリリエは極力明るい顔で話をつづけた。
「ただ磨羯宮は双魚宮と回廊の『門』でつながっている。そこで回廊を使って磨羯宮に戻り、デスバレスで、ザルバルクを剣化する仕事を行っている聖王女エロヒムの慰問と戦勝パーティを行うことになった」
 パーティでは聖王女エロヒムを労う事はもちろん、聖王女エロヒムに地球の事を知ってもらう紹介イベント、或いはデスバレスの無力化で大きく変化した状況を踏まえた方針対策も並行して行われるという。
「私の方では、このうち聖王女エロヒムへの地球紹介をとりまとめることになった。戦いが終わったばかりであるが、聖王女エロヒムとの交流、世界の今後を決める場として、可能なら協力してほしい」
 リリエの話によると、聖王女エロヒムも地球の事を全く知らないわけではないらしい。
「以前、『日本列島防衛線』で交戦したアンジェローゼ……攻性植物の聖王女と呼ばれた者がいただろう? どうも聖王女エロヒムは彼女を通じて地球の情報を確認していたらしい」
 ただその情報はだいぶ偏ったものだろうとリリエは注意する。
「実際に相対した者の方が詳しいとは思うが……アンジェローゼはあくまでデウスエクスで、攻性植物の側だ。彼女からの知識だけを元に判断された場合、聖王女エロヒムはこちらの意図を理解せず行動してしまう可能性が高い」
 そして彼女の持つ力からして、齟齬が生じた際は極めて大きな問題になるだろうとリリエは釘を刺す。
「今回のイベントは重要だぞ、ケルベロス」

 そこまで言うとリリエは一つ息をつく。
 実際の説明をしようと広げられたのは改修の進む磨羯宮のレイアウト図だ。
「磨羯宮ブレイザブリクに居住区施設はなかったんだが、こういうことになったからな。空きスペースは多かったから、天蝎宮エーリューズニルのリラクゼーション施設を一部運び込んで快適に生活できるようになっているぞ」
 聖王女エロヒムへの地球紹介は慰問パーティから流れで行うことになるため、会場の広さは気を使わなくてよさそうだ。
「なんなら回廊を通して大型ディスプレイや展示台なども用意できるぞ。慰問パーティ中に準備して入れ替わりとなるので持ち運び困難な展示は難しいが、体験ブース的なものや、音楽会などは十分可能だ」
 別に絵や文字だけでの説明にこだわる必要はない。
 様々な文化や生き方、ケルベロスや地球の人々の思いを存分にぶつけてほしいとリリエは大きく腕を広げた。

「デスバレスを無力化できたことで、世界は変革を迎えつつある。聖王女エロヒムとの意思疎通をうまく取れるようになれば予想以上……より良い未来の選択肢にもつなげられるはずだ」
 そのためにもまずは基礎……聖王女エロヒムの事を知り、また彼女にも地球のことをよく知ってもらう必要があるだろう。
 未来への礎づくりは今始まったばかりだ。


■リプレイ

●開演を待ちながら
 慰問パーティーから会場を移した水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)たちはまず会議室一面に置かれた大型ディスプレイに面食らう。
 その見下ろす中央には人が乗ればステージにもなりそうなテーブルと、準備が進む演目たち。
「皆、すごい考えてきてるな……ま、息抜きにでも、って事で」
 自分もまたテーブルチェスのチェス盤と駒を並べ、見やる先には日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)たちに案内される、見間違いようもない聖王女エロヒムの姿。
「まだ準備はかかるようだ。ゲームで一勝負、どうだ?」
「ありがとうございます。ただ何も知らぬまま受けるのも不作法ゆえ、よろしければお手本を見学させてはもらえますでしょうか?」
 エロヒムの要望と鬼人の視線に、詳しくはないぜ? と座る蒼眞。
「誰かの命が失われるわけでもないんだ、やりながら覚えりゃいい」
 できればデウスエクスとの戦いもそうありたかったと、遠くを見る鬼人に、蒼眞は短くそうだなとだけ応じたて、ふとエロヒムへと目をやる。
「そうだ……聖王女様、この辺りのことは?」
「存じております」
 聖王女側の認識を知りたいという蒼眞にエロヒムはしっかりと応えてくれた。
「大侵略期以降の四百年前くらいのことは、アンジェローゼを通して聞いております。ただ彼女もデウスエクスゆえ……失礼します、鬼人様。今の手はチェックではないでしょうか?」
「と……これは失礼。もう教えられる側だな」
 エロヒムの思考は明確で早い。世のチェスAIは人の計算を上回りつつあるというが、それ以上だろうか? 実際、よしなにと盤を挟んだ鬼人が投了するまでは、ものの十分とかからなかった。

「よし、じゃあ次はこれ! 私達は日本の伝統的な遊び、かるたを紹介するわ! 使うのはこれ、小倉百人一首の札……歌がるたというものね!」
「いやあの、ぶっつけ本番でやらせんの?! いや聖王女、腕たくさんあるから案外カルタでは有利なのか?」
 ならばと試す様に百人一首を取り出す朱桜院・梢子(葉桜・e56552)には、栗山・理弥(ケルベロス浜松大使・e35298)も驚くが、既にエロヒムは興味津々の様子。
「なるほど、これは二つに分かれた短文の記憶力と反射神経を試すのですね」
「そう、和歌、短歌っていって、例えば今のこれは……」
 机を舞台とした簡素なやりとりながら、理弥と二人の試合を見るエロヒムはルールをすぐに理解した様子だが、そのうえで梢子には勝てないでしょうと笑う。
「私は、この百人一首の和歌を今はじめて聞いたのですから」
「なるほど、その叡智は知らぬを知るものであると……と、失礼」
 そうまとめたのはゲームの様子を脇から覗く据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)。 カルタの様子を眺めつつ、自分も少しと質問する彼にもエロヒムは快く答えてくれた。
「では『翼圧症』は御存じないと?」
「はい。病気であれば病魔を根絶すれば治療できるかと推測しますが、私は巻き戻し以後の地球には関知しておりませんので……このパンと、コーヒーのように」
 宵月・メロ(人騙り・e02046)が一緒に焼こうと見本に持ってきたパンに、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)が豆から挽いたコーヒーの軽食を味わい、エロヒムは感慨深く言う。
「私の知るそれよりも、随分おいしく感じました」
「光栄です……この珈琲も、それに合うパンも、力なくとも明日の食事に生をかけ、額に汗した人々に教わったものです」
 聖王女に仕えたという父を思い出し、アンゼリカはエロヒムの賛辞に声を詰まらせる。
「けど意外っすね。俺はデウスエクス視点だと、地球は弱めで搾取される側って認識になってるかなって」
「まさか! 多くのデウスエクスに狙われ、これほど抗い続けたものはそうありません」
 認識は予想と少し違ったけれど、定命化を選ぶデウスエクス達の判断へ、素敵な世界であろうと期待していたというエロヒムに、自分と守ってきた人の営みを賞賛され、セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は一礼する。
 ニケ・ブレジニィ(マリーゴールド略してマリ子・e87256)が注いでくれたミルクティーが、二つの異なる認識を混ぜ溶かすように甘い白と赤の渦をティーカップの中に描いた。
「水と油が混じると乳化という現象が起こって、結果的に美味しいお菓子が出来たり、お洗濯で汚れがキレイになったりするのです……甘いもので癒されるのも、地球の魅力のひとつなのですよ」
 自分たちもそうありたいというニケに、エロヒムは同感ですと微笑んだ。

●この星の歴史を
 舞台の準備が整ったのはメロが用意したパン種に触れてもらい、焼き上げる準備に入ったあたりだった。
「もし興味あったら、これを」
「これは食べ物の本、でしょうか?」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)のプレゼンとした食文化ガイドの色鮮やかなページにエロヒムが声を弾ませる様子に、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)と共にステージより一礼した。
「戦場に歌われるような力持つ唄とは違うけれど、これは蘆原に住まう民草の皆が、古くから謡い継いできた唄。額に汗して日々を生き抜いてきた人たちの、“生業”に寄り添う命の唄じゃ」
 舞装束に鈴を手にした千梨の姿が奏で、ゆるり舞う。
 田植え唄、木遣り唄、茶摘み歌に、麦打ち……千変万化に舞を変え描かれる営み。そして括の歌が終われば鈴は刀に、舞は戦舞に変わる。
「守る為奪う為……怒りも悼みも武器に込め交わして戦えど、互いの命を想い、再びの実りを願える。地球の民はそのように生きてきた」
「その心が、この実りを生んだのですね」
 泰地の食文化ガイドを抱え、エロヒムは頷く。
 そして舞台は暗転、空に星が瞬いた。
「これはプラネタリウム。夜空の星を再現するための道具なの。星辰と似てるけど、地球の人は夜空の星を繋いで星座と物語を創造してきたわ」
「創造の星空……素敵な道具です。今、地球の極星はあそこですか?」
 マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は楽しそうにこぐま座を指さすエロヒムへと大きくなずく。
「えぇ、私たちはこぐま座の尻尾、ポラリスと呼んでいるわ。それ周るのがおおぐま座で、……この七ツの星を結ぶんだのが北斗七星。西洋では『ビッグディッパー』って……ほら、さっきのスプーンみたいでしょ?」
 今の季節を描くプラネタリウムはゆっくり回り、シエラ・ヒース(旅人・e28490)の歌が季節を回す。
「語ることはそう、大きな話じゃないのよ――砂漠から見上げた星がとても綺麗だったの。森の中で、栄えても、時の流れに沈んでいく、それでも、その中で残るものを見たのよ」
「定命の世界で、残るもの……?」
「そう。残る、欠片」
 私はあなたの欠片を抱いて新たな私になっていく。あなたは私の欠片を抱いて新たなあなたになっていく。
『星の乙女』の歌にエロヒムは黙し、旋律に寄り添う。
 やがて明るくなる世界に水の音が響いた。

「地球には永遠は少ないけれど、形を変えて循環するの。私たちが吸う大気もそう」
 エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)の説明に合わせ、ディスプレイが流れる川を、海を、立ち上る雲と降り注ぐ雨を移して変わる。
 大型ディスプレイに眩しさを感じなくなったころの明るさで、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が写しだしたのは……。
「こ、これは戦いですか?」
「アハハー、確かにそう見えるかもですね! いや戦いなのかな、ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション対ケルベロス! これは世界各地で催された『ケルベロス運動会』というお祭りなのです」
 電車を受け止め、街を駆け抜け、ハリボテの敵と死合うバカ騒ぎ、しかし映像では誰の顔も楽しそうに輝いている。
「お祭りは他にも四季折々にあります。春は開花を祝うお花見、秋には亡者達も紛れて仮装を楽しむハロウィン……これは聖王女様も知ってますかね」
「えぇ。季節の魔力はこのように満ちていくのですね」
 ぱっと花びらを散らすミリムに微笑むエロヒム。
 更に冬には聖夜を大事な人と過ごすクリスマス、そして新年、正月と映像は変わり時間はめぐる……無限の寿命を持つデウスエクスとは異なる、有限の世界を生きる人ならでは周期。
「この日本以外にも四季と祭りは根付いてる。それに……たとえばこのピラミッドは石を積み上げた祭壇だけれど、世界各国にあって、そのどこも役割が違う」
「四季だってそうね、日本だけじゃないけれど、何処も日本とはまた違う」
 甲斐・ツカサ(魂に翼持つ者・e23289)の映し出す古代文明の遺産の映像に、氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)は持ち寄ったガイドや写真集をエロヒムと並び見て解説していく。

 興味尽きることないといったエロヒムだが、聖王女と言えど抱えられる荷物だけは有限だ。かぐらたちとツカサがプレゼントした写真集が遂に限界を超えて床にあふれようとした時。
「はい……王女様」
「あぁ、ありがとうございます……あなたはレプリカント?」
 間一髪で拾い上げた霧崎・天音(ラストドラゴンスレイヤー・e18738)が拾い上げ、手渡す。エロヒムから声を掛けられ、天音は小さくうなずいた。
「きっと私はこの景色に美しさを覚えて、地球を好きになったんだと思う。特に桜の花……この星で一番最初の春に見た美しい景色」
 天音がアイズフォンからモバイルPCに転送した景色と人々、美味しいご飯の姿。それを見せた手を、そっとエロヒムは手に取った。
「わかります。私もこのデスバレスで、ずっとそれを夢見てきました」
 けして悲観的ではないけれど、寂しさを滲ませたエロヒム、その孤独に強く応えるものがいた。
「地球には人間だけでなく多種多様な命が存在する。その中でも人と共に生きる動物達を紹介しよう。具体的にはお猫さ……猫だ」
「あら……あら。あら、これはまぁ」
 リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)、その人である。
「地球の人々は弱き小さき命を護り、尊ぶ事が出来る。小さき命を見て微笑む事が出来る。と共に生き、守りたい小さく弱き存在……人、それを『もふもふ』と言います」
 紹介するは犬、鳥、モルモット、兎、羊、アルパカ……身内の御猫様のPRも余念なく。リューデの紹介するモフモフたちは文化の多様性として、いたく気に入られたようであった。

●『今』の話をしよう
「ところで……一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「あ、はいっ?」
 いえ、もふもふでなく……と、自らの羽をぱたぱたと揺らしたエロヒムが指し示したのは皆がディスプレイと接続していた携帯電話。
 いわゆるスマートフォンだった。
「私が知る記憶では武器の一つでしたが、どうやらそれは間違っているように思えて」
「あぁーっ、そうか! そう見えちゃうな……!」
 そう声をあげたのはギメリア・カミマミタ(バーチャル動画投稿初心者・e04671)。いや、ある意味でそれは間違いではない。
 デウスエクスの戦いの記憶からすれば、もっとも馴染み深いのは彼ら自宅警備員の使う改造スマートフォンだろうから。
「これはスマートフォンという……元は携帯電話だったけれど、今はもっと進化した『繋がる』ためのモバイル端末だ」
「実際に触ってみない? まずは私のアカウントで!」
 動画サイトのアプリを起動し、画面をスワイプして見せるギメリアに、東堂・アナスタシア(キティアサルト・e34355)が自分の端末を差し出す。
「これはインターネットのむこう、地球上のどこかにいる誰か、みんなが見られるわ」
 アナスタシアがコンテストの時のサムネイルをタップして見せると、深紅の水着姿の下にはコメントや、『いいね!』の数字。
「私がよく使ってるのは写真を投稿するものなんだけど撮り方や被写体やアプリを工夫するのはハマるわね」
「誰かに見せたくなる、見せるために工夫する……と?」
 世界の人々の様々な衣装を珍しそうに見るエロヒムへ、薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)が力強くうなずく。
「実際に体験してみるかい? 地球の様々な風土にあわせて各国の衣装は発展してきたけれど、今やそれだけじゃない」
「できるのですか?」
 もちろん、あすかは用意してきた衣装と採寸アプリを使い見事に調整を決めていく。しばしの試着の後、ゆったりした民族衣装を披露したエロヒムに会場は沸いた。
「せっかくだし一緒にセルフィ―……っと、自撮りしてみない?」
「写真だけじゃない、動画だってとれるし、公開できる」
 大柄なエロヒムに頑張ってスマートフォンを合わせるアナスタシアへ、今度はギメリアも自分のスマートフォンを操作して見せた。
「この文字は……?」
「このサイトはコメントが呟きのように流れていくのが特徴でね。これは私が許可を得て編集させてもらった総集編。こうやって誰かの作品にインスパイアされた派生作を投稿したり、お気に入りをまとめて共有したり……」
 流れていく文字に目を引かれた様子のエロヒムに、ギメリアがまず披露したのはアニメ、ゲーム、歌、踊り……ごく大衆的な中で、彼女が目を止めたのはどこかの道路を移した動画。
「これは車載カメラ……延々と乗り物のカメラの映像を流し続けているんだ。地球には多種多様な文化があり、時にこんな風に変わった文化や技術が生まれる。この動画サイトは特に前衛的なのがね……」
「アナスタシアたちも、ぐいぐい行くなぁ」
 関心した様子で同じ【Dovecote】のピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)が見せたのは、もう少しアナログなアルバムの写真。
「なぜそんなことを、というと……自分が素敵だと思うこと、他人が喜んでくれること、そういうのを知るのが成長なんだと思う」
 見せたのは個性的な格好の仲間に囲まれるピジョンの思い出。
 何していいか分からなくて壁にぶつかることもあって、今思えば恥ずかしいこともあるけど……それも素敵な思い出。
「ダモクレスの『共有』とはずいぶん異なりますね」
「そうですね。私たちは有限ですから」
 それはケルベロスが地球と確りと同居しているからと言う霧島・絶奈(暗き獣・e04612)がSNSから見せたのは、つい先日のケルベロス超会議の様子。
「このイベントもそう。ケルベロスの姿、活動を皆に知って、楽しんでもらうため……そうしなければ伝わらないけど、そうであるから、思えるんです」
 踊ってみた、作ってみた……知らない誰かを楽しませたいという思いが繋がるなかには根付いている。
「聖王女も、一緒に作りませんか?」
 そして、そう切り出したのは【源家】の如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)。
「私も3年前に暗い洞窟から出たばかりですから、世間を知らない境遇だったというのは似てるんですよね……これもそう外の世界に出て、那岐姉様に色んな事を教えてもらいました」
「まぁ」
 そう紹介されたのは天然石のアクセサリ。用意してきたというターコイズとクリスタル、手ずから仕上げたの腕輪にエロヒムは心を躍らせる。
「那岐さまは博識ですのね」
「私は霊地である森を守護する一族の族長です。その責に報いるために……規模は全然違うのですが、聖王女様のように」
 くすぐったげに答える源・那岐(疾風の舞姫・e01215)は、こういったものも、とガラスの瓶に込められた花々を見せる。
「このゼラニウムとスミレはこうやってガラスの瓶にいれて、ミネラルオイルを注いで蓋をするといつまでも傍に置いて綺麗な花を眺められるんです」
「ハーブや薬草は、他にも様々な保存方法がある。このラベンダーとオレガノも故郷のものだけれど、これをこうして器にいれて、ローズマリーから取ったエキスを混ぜて……こうして網状の袋に入れれば」
 手伝ってもらいながら、できあがったポプリの香りをかぎ、ハーバリウムの姿を愛おしくエロヒムは手に取った。
「このような文化も、定命の世界ゆえ生まれたものなのかもしれません」

●繋がる心、重なる未来
 発表が一段落し、会場に香ばしい香りが広まる。
 メロたちと捏ねたパンが焼き上がり、小休止にと幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)の用意した点心と共に、多国籍な飲茶はケルベロスと聖王女に舌鼓を打たせてくれた。
「昨年の超会議で受賞した味です。私は地球人ですが、祖父はオラトリオ、愛する人はシャドウエルフ。そして多くの種族の方々と触れ合って生きてきました……この点心も、それらが込められています」
 五十年前の感謝と共に多様性のすばらしさを訴える鳳琴に、エロヒムは頷き、湯呑茶碗の影を見やる。
 会場では最後、【蒼鴉師団会議室】を中心とした発表が始まろうとしていた。

「これまでも見てもらった通り、地球にはたくさんのヒト、定命化したデウスエクス達も生きていて、様々な考え方があって……時にぶつかり合うこともある」
「けど聖王女やデウスエクスの見た人の強さ、本来なら蹂躙されるだけのか弱い存在が、ここまでこれたのは地球のみんな、すべての凄さだよ」
 人々の不屈の逞しさは多彩に襲うデウスエクスの侵略にも屈せず、毎度の戦争に寄せられるケルベロスへの厚い信頼、応援の声は留まるところを知らない。
 シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)の見せた絆の姿。
 日常を生き、ケルベロスたちの背中を支えてくれる人々の姿を小車・ひさぎ(同じ地球のしあわせに・e05366)はそう呼んだ。
「今だって聖王女様の事、慕ってるヒトはたくさん居るよ。未知の種族を受け入れ手を取り合い、未来へ歩んで行く……そんな強さもあるんじゃないかな?」
「思い違いや後悔もあったかもしれない。でも私はあのとき……今日まで繋いでくれた貴女を助けられて嬉しかったんです」
 クリスマス、超会議、そして『全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)』映し出される光景に息を呑むエロヒムへ、人々の思いを代表した折平・茜(モノクロームの中に・e25654)が思いを伝える。
「そこまで、皆さまは……」
 その言葉に大きく腕を振り、かすかに頬を染めたエロヒムの姿は随分と純に見えた。
「デウスエクスがグラビティ・チェインを奪い合うとするように、私達地球の存在も生きるための資源の浪費等に労力を惜しんでない……未だに便利なものを手放すことは難しい、その欲望には駆られたままだ。だけど、いざ必要だと思えば共に協力し合いその欲望を抑えることができます」
 ケルベロスはもはやただ暴れ回るだけの『ただの獣』ではない。夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)は自分たちを例えて言った。
「ケルベロス自分で考え行動し、何が必要か考えられる『希望の獣』なんです」
「その『希望の獣』は……皆さまは、交わると思いますか?」
 それに対し、エロヒムはぽつりと。
 誰が、誰と? 主語を欠いた問いは彼女の心を移したようで、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)はおずおずと口を開いた。
「……環境、燃料、人口といった各種の問題を切り口にすると、我々とデウスエクスに大きな違いはない、とも言える」
 ディスプレイに映し出されるのはアンジェリカ・ディマンシュ(ケルベロスブレイド命名者・e86610)、青沢・屏(守夜人・e64449)と用意したデスバレス・ウォーでの支援の様子。
 各国要人や環境活動家との会談、各地の人々の表情、セレモニーで皆が祈る様子。
 それらを掲げながら、あえてと述べる陣内を受け、アンジェリカが立ち上がる。
「聖王女、貴方が『巻き戻し』で救った地球の命の文化はどうでしたでしょうか。この地球には、色々な存在や思想があり……無論良いモノばかりではなく、争いながら傷つける事もしばしばです」
「一秒ごとに私たちの世界は変わっていく。けれどそれは大切な時、全てを超えた一秒を生み出せるという事でもないでしょうか」
 ズームアウトしていく映像が切り替わり、画面は人類の切り札……万能戦艦ケルベロスブレイドを映す。
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)のクラシックギターが静かに響いた。
「エロヒム様。俺は地球へ来て十年程度の元ダモクレス…デウスエクスでシタ。そして今はレプリカントの歌い手デス……良き縁に恵まれ、地球の民となりまシタ」
 真摯に力強い声が、愛おしき星へ歌を捧げる。言葉でも、武器でもない力を込めた歌は、地球……いやその先まで。
「聖王女様、あたしたちケルベロスは、ヒトの生命を守るためにデウスエクスと戦ってきた。定命のヒトは、死ねばそれまで……コギトエルゴスムになっていつの日か復活するなんて出来ない。だから」
 詩を締める、貴石・連(砂礫降る・e01343)の明るくも落ち着いた声に、葦原・めい(荒野の白百合・e11430)は拳を握る。
 デウスエクスの襲来に崩壊した日常、変わってしまった自分。
 踏み散らされた百合の園は戻らないけど、めいは今ここにいる。
「だから、ヒトは助け合って生きるの」

 すべての発表が終わり、黒曜の鏡と化したディスプレイを背に聖王女エロヒムは感謝の一礼を示した。
「地球の皆さまの文化、思い、しかと受け取りました。コギトエルゴスムによる死の否定は、デスバレスを産み出してしまった原因でもあります……コギトエルゴスムを持たないからこそ、助け合うという人の営みは尊敬に値するでしょう」
 肯定の賞賛を響かせたエロヒムへ、会場の誰もが感じていた。
 今、エロヒムの意志が決まろうとしている。
 自分たちが見せた人類の道は、正しく聖王女と交わろうとしていると。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月10日
難度:易しい
参加:40人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 1
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