シャイターン襲撃~狂乱戦乙女

作者:あき缶

●小金井市の魔空回廊より
 空間がねじれて、開いた穴から戦乙女達が飛び出してくる。
 彼女たちは、三人ずつ組になり、四方へと散っていった。
 そのうちの一組は、小金井市のとあるマンションへと向かい、住民はもちろん、そこを遊び場にしていた子供らを、さくりさくりと殺していく。
 金色の髪を振り乱すひとりは星座の力を宿す剣二振りで斬り殺し、蒼い長髪をなびかせるひとりは槍で突き殺し、紅の短髪を揺らすひとりは弓矢で射殺す。
 彼女らの麗しいかんばせは、赤い涙で濡れていた。

●エインヘリアルの新しい王子様
 城ヶ島の対ドラゴン戦闘も佳境やねんけどな、と香久山・いかる(ウェアライダーのヘリオライダー・en0042)はヘリオライダーに切り出した。この流れだと、今回いかるが伝えたいのはドラゴン以外のデウスエクスのことだろう。
「ザイフリート王子の後釜が来たみたいやねん。新しい王子様が地球侵攻を開始したんや」
 エインヘリアルの第一王子ザイフリートは先の鎌倉防衛戦で失脚した。故に、エインヘリアル軍勢は、新しい王子を遣わしたのだろうが……。
「ザイフリート配下のヴァルキュリアを、なんらかの方法で強制的に従えたみたいでな、ヴァルキュリア使って、人間を虐殺してグラビティ・チェインをゲットしようっちゅう魂胆や」
 いかるが担当するのは、東京都小金井市のマンション前に魔空回廊で現れるヴァルキュリアだという。
「ヴァルキュリアは、シャイターンっていう妖精八種族のひとつに従えられてる。ヴァルキュリアをなんとかしつつ、シャイターンを倒さんとあかんわけや」
 いかるが説明を行っているケルベロス達の担当はヴァルキュリアとの戦闘であり、彼女らの頭であるシャイターンは別のチームが担当するそうだ。
「ヴァルキュリアの目的は、住民虐殺によるグラビティ・チェインの奪取。せやけど、邪魔するものの排除を最優先という形で動くみたいやねん」
 故に、ケルベロスがヴァルキュリアに闘いをしかければ、彼女らは住民虐殺をやめるはずだ。
 ただし、ヴァルキュリアを従えているシャイターンが存在する限り、ヴァルキュリアはケルベロスを本気で殺そうとしてくるだろう。
「でもな、シャイターンが倒せれば、なんか隙ができるかもしれへん」
 といかるは言う。
「どうもなぁ、ヴァルキュリアはシャイターンに洗脳されているようやねんな。……しらんけど」
 関西人らしく無責任な物言いである。
 もしヴァルキュリアがシャイターンに操られているのであれば、同情の余地はある。以前もヴァルキュリアは勇者を連れ帰ろうとしたが、ケルベロスが説得を尽くせば諦めたのだから、彼女らにとっても住民虐殺は本意ではないのだろう。
「せやけど!! こっちが負けたら小金井市の罪もない人々が、むざむざ殺されてしまうんやから、ヴァルキュリアは絶対倒さなあかんよ!!」
 といかるは念を押す。
 今回倒すべきヴァルキュリアは三人。
「そのうちの一人である金髪の子は、こないだ僕が対応依頼した『ヒキオタニートな山内さんを勇者にしようとした』ヴァルキュリアやねん」
 そのヴァルキュリアはゾディアックソード二刀流。
 他のヴァルキュリアは、蒼い長髪がヴァルキュリアの槍で、赤い短髪が妖精弓で武装している。
「状況によっては、一人援軍のヴァルキュリアが来るかもしれへん。気をつけてな」
 いかるは哀れむように目を伏せた。
「無理やり人間殺させられてるヴァルキュリアは可哀想や。……だって血の涙流してたもん。あの子らが罪を犯す前に、殺したるのも慈悲ってやつかもしれんよ」
 あの子ら助けたってな、頼むわな、といかるはケルベロスに両手を合わせた。


参加者
久条・蒼真(覇斬剣闘士・e00233)
ロゼ・アウランジェ(時空歌う黎明の薔薇姫・e00275)
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)
露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)
黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)
ライラ・アホライネン(爆弾一筋・e09449)
ルイン・エスペランサー(黒剣使い・e14060)

■リプレイ

●虚ろに赤を流して
 小金井市のマンション前、ケルベロスは三人のヴァルキュリアが飛来するのを確認し、走り寄った。
「貴女達の相手は私達です!」
 急なデウスエクスの登場に、逃げ惑う人々の喧騒をつんざく大音声で、ロゼ・アウランジェ(時空歌う黎明の薔薇姫・e00275)は叫ぶ。
 麗しいかんばせをキリリと引き締め、ロゼは続けた。
「必ずとめるから、安心して」
 ゆうらりとヴァルキュリアの瞳がケルベロスを捉える。その眦は、赤き涙で濡れていた。
 紅髪のヴァルキュリアがギリリと妖精弓を引き絞り、矢を放つ。
「ぎゃっ、け、結構マジな感じ? ハ、ハローハロー!」
 まともに食らった黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)が、矢傷の痛みに目を白黒させつつも、ヴァルキュリアに声をかける。だが今は、何の反応もない。
「デモ、涙流してるのは、体は操られても、心は操られてないからデスネ?」
 蒼の長髪をたなびかせたヴァルキュリアの槍を受け電撃のような痺れを感じつつも、ライラ・アホライネン(爆弾一筋・e09449)は呟く。確証はない、だがそう信じたい。
 そして、金髪のヴァルキュリアは見知ったはずのケルベロスを前にしても、表情ひとつ変えずに冴え冴えとした星座のオーラを飛ばす。
「君には言ったはずだ、力になると……助けが欲しいなら俺達が助ける!」
 襲い来る星座の力をくらいつつ、久条・蒼真(覇斬剣闘士・e00233)は以前相対したヴァルキュリアに必死に訴えかける。
「……あの時、お名前も聞けばよかった。またお会いしましたね」
 凍結弾を金髪のヴァルキュリアに撃ちこみ、ロゼは悲しく相手を見つめる。
「あの時は山内さんを攫わないでくれてありがとう」
 その御礼の言葉も、今のヴァルキュリアには届いていないようであった。
「シャイターンに操られているのがわかってる以上、今は時間を稼ぐしかないですね」
 村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)は呟く。
「敵対したとはいえ、不本意な虐殺を強いられるという苦境にたたされた者を救わなくて、何のケルベロスでしょうか」
 ベルは状況によればヴァルキュリアをも癒やすことを辞さないつもりだったが。
(「想像以上に、ヴァルキュリアって強いんですね。時間稼ぎしているつもりが、こっちが全滅ってことになりかねません」)
 と内心冷や汗をかいていた。
 しかし、今は。
「拘束制御術式三種・二種・一種、発動。状況D『ワイズマン』発動の承認申請、『敵機の完全沈黙まで』の能力使用送信――限定使用受理を確認」
 ベルの霊鎖の洪水がヴァルキュリアを縛る。
「この間、彼女に助けになると言った。ならば、約束を果たさなければ」
 と、蒼真は電光石火の蹴りを放つも、ヒョイと避けられてしまう。
 ヴァルキュリアは戦乙女――戦にかけては玄人だ。
「自分の意思を奪われた上でアレやコレや……というのには惹かれなくもないですが」
 とろりとクノーヴレット・メーベルナッハ(知の病・e01052)は熱のこもった瞳をとろかせたが、すぐに真剣な表情に戻る。
「それが第三者に不幸を撒き散らす為となれば、止めなければ」
 石化の魔法が蒼のヴァルキュリアに放たれる。
「ブチ込んでやりまさァ! ブチネコだけに!」
 物九郎が放つギュンと伸びた高速ネコパンチがヴァルキュリアを薙ぐ。
「くっ、一般人を襲わせる訳にはいかない。…………影門……開放……」
 ルイン・エスペランサー(黒剣使い・e14060)が静かに詠唱すると、足元に魔法陣が浮かび上がる。
 同時に、彼の日本刀の刃がじわじわと闇色に染まっていく。パリパリと黒い龍めいた稲妻が刀身にまとわりつくなり、ルインは蒼のヴァルキュリアに殺到、刀を叩きつけた。
 ルインの仇であるエインヘリアル。それが原因で、戦乙女が血の涙を流しているのだから、ルインの胸も悪くなるというものだ。
「ミーたちのトモダチが悪いヤツと戦ってるカラ、もう少しだけガマンしてクダサイ!」
 目にも留まらぬ神速でライラがアームドフォートを撃つ。
「誰も死なない終わりを目指すかも!」
 愛らしい少女の姿をしている敵に相対するのは、露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)の本意ではない。特に蒼のヴァルキュリアは愛らしい、と睡蓮は思うが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 睡蓮は気を引き締めて、アームドフォートを蒼に向けてぶっ放す。
「したくないコト、させたくナイデス……!」
 ライラはヴァルキュリアをキッと見つめ、決意を新たにする。

●ルーンの導きによりて
 ヴァルキュリアの力は、ケルベロスが考えているよりも強大だった。
 相手は操られているといえども本気の殺意、こちらは『殺すまい』という手加減の気持ち。剣戟を交わし、ケルベロスは彼女たちの実力を思い知る。
 戦闘を開始して十分を超えた今、もはやケルベロスは防戦一方に近い。
 既に蒼真とライラは立ち上がる力を持たなかった。蒼真は蒼のヴァルキュリアの痛烈な一撃で崩れ、ライラは紅のヴァルキュリアの心を揺さぶる矢に貫かれたのがとどめになった。
 蒼のヴァルキュリアはなんとか、ルインによって倒した。手加減攻撃によって命だけは救われた蒼のヴァルキュリアは、怯んだように顔を歪め、ケルベロスが止める間もなく、どこかへと飛び去ってしまう。
 一体減らしたところで、ヴァルキュリアの猛攻は止まらない。
 紅のヴァルキュリアが祝福をこめた矢を金髪のヴァルキュリアに射る。
 そして金髪のヴァルキュリアがクノーヴレットに、天地を揺るがす重力を込めた斬撃を浴びせる。
「これ以上誰も、倒れないで……! 必ず救う! 必ず、彼女たちの勇者になってみせる……!!」
 ロゼは原罪を肯定する歌を透き通った声で歌い、ふらつくクノーヴレットを鼓舞する。もはや前衛は彼女しか居ない。
 ベルの魔法の木の葉がクノーヴレットを守る。
「早くしないと、敵の増援があるかも……っ」
 睡蓮が焦るも、相手はまだ一人たりとも倒れてはいない。
「……噂をすれば」
 クノーヴレットが上空を見上げる。
 クノーヴレットの視線の先、虚ろな目に赤い涙をためた新手のヴァルキュリアが、ルーンアックスを掲げていた。
 ヴァルキュリアはケルベロスを視認するやいなや、光り輝く斧を振りかぶり、急降下してくる。
「ううッ」
 脳天から足元まで衝撃が通る。クノーヴレットがふらつくほどの痛烈な一撃。
「こんな事は本意ではないはず、本当にしたいことを思い出して……!」
 と、クノーヴレットは呼びかけながらブラックスライムを尖らせて、新手のヴァルキュリアに毒を与えながら突き飛ばす。
「ないすとぅみーちゅー! はうあーゆー!」
 縛霊手から金髪のヴァルキュリアに光弾を撃ち、物九郎が大声をあげる。声や顔で、あの山内さんをめぐって相対したケルベロスだと、金髪のヴァルキュリアに気づいて欲しかったが……。
「ちっ、胸糞悪い」
 ルインは舌を打ち、ルーンアックスの戦乙女をブラックスライムで飲み込む。
「蒼の魔弾は氷の魔弾。氷の華で骸を飾る…………かも」
 睡蓮の放つ種子から成る魔弾が、紅のヴァルキュリアに取り付いて、氷の華を咲かせた。
 ルーンアックスが容赦なく、クノーヴレットを刈り取る。これで前衛は全滅。後衛は前衛という壁を失ってしまった。
「諦めないで! 仲間が今シャイターンからあなた達を解放する戦いをしています」
 ケルベロスチェインで仲間を囲みながら、ベルは叫んだ。だが、『諦めないで』という言葉、どちらかと言えば仲間に向けたようなものだ。
 ヴァルキュリアを解放する前に、自分たちが倒されそうなのだから。

●ケイオスの渦中
 紅のヴァルキュリアが、矢をルインに向けてつがえる。
 だが、彼女は後ろからの一撃の衝撃で、矢の狙いを外してしまった。
「やめて! ボクらはこんな戦いしちゃダメ!」
 ゾディアックソードを掲げた金髪のヴァルキュリアが叫んでいた。
 だが次の瞬間、金髪のヴァルキュリアは苦しみだし、血の涙を流すと、また虚ろな目で剣をケルベロスに向けるも。
「しっかりなさい! うううっアアアッッ」
 とルーンアックスのヴァルキュリアが、金髪のヴァルキュリアに斧を振るいかけ、また虚ろに戻って、睡蓮に向けて斧を振り回す。
「これ……もしかして?」
 呆然と状況を見ていた物九郎は、悟るなり叫ぶ。
「シャイターン死にましたでよ! シャラーップ! んでもってびーくわいえっと! もうやめるッスよ!!」
 だが物九郎が停戦を呼びかけても、ヴァルキュリアは同士討ちをしたと思いきや、ケルベロスを狙うという混乱のさなか。
「俺達は敵じゃない、落ち着いて聞いてくれ」
 というルインの声も届かない。
「倒したら正気に戻るんじゃねえのかよ」
 ルインは予想外の展開に、眉をひそめる。
「シャイターンが倒れた時点で命令は無効、虐殺は取りやめ……じゃないっぽい?」
 睡蓮が困惑に顔を歪める。
「洗脳が完全に解けたわけじゃないってことですね。一筋縄ではいきませんね」
 ベルは悔しげに目を伏せた。敵味方の区別が出来ないほど、ヴァルキュリアの意識が乱れているならば、戦闘を続けるしか無い。
「王子の下へ馳せ参じたいならば、それまで保護下に入りませんか?!」
 と尋ねながら、ベルは雷の壁を仲間に張る。もはや後衛にも近距離攻撃が届く状況だ。油断できない。
「辛くて苦しくて悔しいのね……。だったら、もう今は戦うことが出来ないように止めます……っ」
 ロゼは目を閉じて、息を吸い込む。
「運命紡ぐノルンの指先。来たれ、永遠断つ時空の大鎌――あなたに終焉を」
 光を帯びた大鎌が虚空から現れて、金髪のヴァルキュリアを刈る。
「落ち着いて、貴女達はどうしたいの?」
「ザイフリートと俺達は共闘するんだ、戦いたくない」
 ルインが放つドラゴンの幻影が、金髪のヴァルキュリアに炎を吐きかける。
 混乱のさなかにある金髪のヴァルキュリアに、フォートレスキャノンを、睡蓮が撃ちこむ。
「戦いも中止して帰ってくれないかなぁ?」
「先日振りっスね。勇者なのかもって言ってくれましたよな!」
 物九郎は、頭を抱えて苦しむ金髪のヴァルキュリアに走り寄る。
「ひっさーつ! 『首の後ろっかわをズドッてやるとなんかうまい事気絶させられる時代劇とかでよく見るアタック』!」
 ドスと鈍い音をたてて、物九郎の手刀が落ちる。
 がくりと倒れ伏したヴァルキュリアを見下ろし、物九郎はセルフツッコミした。
「ってダメですわ! 必殺しちゃダメですっつの!」
 だがヴァルキュリアはまだいる。
 紅のヴァルキュリアがルーンアックスのヴァルキュリアを射抜くと、今度はルーンアックスのヴァルキュリアがロゼに斧を振り下ろした。

●突然の幕切れ
 ヴァルキュリアのすさまじい同士討ちと、ケルベロスへの本気の攻撃、混乱としか言いようのない状況をしばらく続けた後、ヴァルキュリアはピタリと動きを止めた。
「こ、今度は、何なに……?」
 めまぐるしい状況の変化に、物九郎は戸惑いを隠せない。
 ヴァルキュリアは虚ろな目に戻り、ふらふらと何処かへと飛び去っていった。
「待って、どこに行くの!?」
 ロゼがとっさに呼び止めようとするも、もはやヴァルキュリアに彼女の声は届いていないようだ。
 金髪のヴァルキュリアは、のろのろと立ち上がると、別の方角へと去ろうとする。
「あの、一緒に来ませんか?」
 ベルが控えめに声をかけるも、金髪のヴァルキュリアは何も言わずに飛び去る。
 ベルは切なく微笑んで頷いた。
「そうですか……無理強いはやめておきましょう」
 壮絶な戦いは、突如として終了した。
 ロゼは戦乙女を見送りつつ、呟く。
「貴女達を自由にしたい、地球の事ももっと知って欲しい……いつか、一緒に街を歩けたらいいね」
 一般人の虐殺を止められただけでも、今回は良しとしよう。
 ケルベロスは、倒れた蒼真とライラ、クノーヴレットを背負い、小金井市を後にするのだった。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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