シャキィーン

作者:紫村雪乃


 銀の糸のような雨が降りしぶく晩春の夜のこと。
 場所は廃棄場。雨の音だけが響く中、きらりと光る宝石が機械の脚で歩いていく。
 時折、車がエンジン音をむなしく響かせて通り過ぎていくが、機械の小蜘蛛は意に介することなく廃棄場を進んだ。
 闇に沈む廃棄場の奥。そこで機械の脚がとまった。
 機械の小蜘蛛めいた宝石――コギトエルゴスムが見つけたのは電動ハサミ。刃はすでに錆びたていた。
 機械の小蜘蛛は電動ハサミと融合した。そして変形。誕生したのはロボットめいた機体をもつ機械生命体であった。両手に巨大な刃を持っている。
 電子眼を赤く光らせると、機械生命体は歩きだした。グラビティ・チェインを求めて。


「惨劇が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「けれどまだ間に合います。全速でヘリオンを飛ばせば、まだ被害が出る前に標的を捕捉できます」
 敵は巨大な刃をもつ機械人形。武骨な外見に似合わず、その動きは流れるように速い。個体の能力ならば相手が格上であった。
「武器は?」
 静城・依鈴(雪の精霊術士・e85384)が問うた。
「二振りの刃です」
 セリカは答えた。
 敵は二刀流のように刃で攻撃してくる。のみならず刃をあわせ、ハサミとしても攻撃してもくるのだ。
「強敵です。けれども斃すことができるのはケルベロスだけ。惨劇を食い止めてください」
 セリカはいった。


参加者
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
六星・蛍火(武装研究者・e36015)
静城・依鈴(雪の精霊術士・e85384)
四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)
霧矢・朱音(医療機兵・e86105)

■リプレイ


「まさか私の予想していたダモクレスが本当に現れるとは驚いたわね」
 春雨に濡れながら女がつぶやいた。やや冷たそうで理知的な少女。紫の髪に鈴蘭の花を咲かせているところからみて、オラトリオであろう。少女の名は静城・依鈴(雪の精霊術士・e85384)といった。
「まぁ、人々に被害が出る前に倒せるなら、不幸中の幸いかな」
「まあ、そうだな」
 月隠・三日月(暁の番犬・e03347)という名の女がうなずいた。確かに依鈴の言う通りだ。が、どのみちぶっ倒すことにはかわりなかった。
「が、くだらん」
 精悍な相貌の男が吐き捨てた。コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)というその男は、やれやれとばかりに肩をすくめてみせると、
「相変わらずダモクレスとやらは良く湧く。潰しても、潰してもだ。あのコアの時点で粉砕できればいいのだがな。彼奴ら、どこから湧いてくるのやら」
「それはわからないけれど」
 霧矢・朱音(医療機兵・e86105)がキープアウトテープを施しながらこたえた。おかっぱに切り揃えたきれいな金髪からはぽたぽたと雨雫がしたたり落ちている。見た目は大柄な美少女で、正体がグランドロンであるとは思えなかった。
「ともかくも今回の敵が強敵であるのは間違いないわね。二振りの刃を鋏の様に扱って来るなんて。何とも器用なダモクレスが現れたものね。でも、私達はそう簡単には負けない」
 朱音の目がきらりと光った。その視線をの先、廃棄された家電が吹き飛ぶ。
 二振りの刃をもつ異形が立っていた。ロボットのような外観をもつダモクレスである。
 ダモクレスが二つの刃をあわせた。シャキーンと音をたてて巨大な鋏が形成される。
「来るよ!」
 冷然とした美少年ーー四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)が叫んだ。
 が、遅い。その時には、もうダモクレスはケルベロスに襲いかかっていた。ジャキンとコクマの身を切り裂く。
 コクマの身の半ばまで切り裂かれた。腹圧におされてはみ出そうとする内臓をコクマが咄嗟に手でおさえる。
「回復をお願い。私は」
 六星・蛍火(武装研究者・e36015)はもの憂げな顔の中で目のみ光らせ、ダモクレスを睨めつけた。
「さぁ、行くわよ月影。サポートは任せたからね!」
 蛍火は銃を突きつけるように右手の人差し指をのばした。
「ハサミの様な武器を扱って来るとは厄介な敵ね。でも、私達が力を合わせれば、そう簡単には負けないわ。オーラの弾丸よ、敵に喰らい付きなさい!」
 蛍火の人差し指から白光が噴出した。衝撃波を撒き散らして疾る闘気の塊が弾丸と化し、ダモクレスを貫く。
 同時、小竜の月影が属性をインストールしてコクマを癒した。が、まだ回復量が足りない。
「私に任せて! 雪の属性よ、仲間を護る盾を作り出しなさい!」
 依鈴が命じると、コクマの前に氷片のごとき光が渦巻いた。その一片一片には膨大な呪力が込められている。一瞬後、光は氷の盾を形作り、コクマの傷を再生した。
「すまん」
 手を濡らす鮮血を振り払い、コクマは踏み出した。どおん、と地を揺らし、身の丈よりも巨大な剣ーースルードゲルミルを振り下ろす。
 咄嗟にダモクレスが鋏で受け止めた。が、爆圧に受け止めきれない。コクマの一撃はいかんなくダモクレスを斬り下げた。


 鉄片と黒血を思わせるオイルをばらまきながらダモクレスが後退った。
 その様を見やり、三日月は如意棒をジャグった。蛍火の前で回転。如意棒から放つ光で描いたら軌跡で盾を現出させた。
「これで少しは安心して戦えるはずだ」
「あ、ありがと」
 蛍火の顔に少し表情が動いたようだ。ふふ、と司は笑うと、
「キミにはもう少しおとなしくしていてもらうよ」
 繊手をのばし、螺旋を放った。空を疾るそれは超低温の属性をおび、ダモクレスを撃つ。衝撃によろめいたダモクレスの機体を青白い氷が覆った。
「まだよ!」
 朱音が跳んだ。飛鳥のように身を舞わせて。
「さぁ、この飛び蹴りを避けきれるかしら?」
 光の軌跡を刻み、無数の雨滴を煌めかせながら朱音は蹴りを叩き込んだ。ダモクレスががくりと膝を折る。
 が、それでも屈することはなく、その機械的な相貌にダモクレスは闘争の炎をゆらめかせた。もらしたのは盲目的な機械的音声だ。
「切、る。殺、す」
「ダモクレスのせいね」
 依鈴は少しだけその姿を見つめて呟く。
「罪のない家電を利用するなんて」
 もっとも、それを自身で家電は理解出来ないだろう。だからこそ余計にむかつくのである。
「これ以上ダモクレスに利用されないように、私達の手で葬ってあげるわ」
 瞬間、曲げていた膝を利用し、ダモクレスが跳んだ。一気に間合いをつめると、横薙ぎの斬撃を放つ。残酷までに鋭い刃が前衛に立つ者たちの肉と骨を切り裂いた。
 が、すぐに彼らの傷が癒着していった。大地から立ち上る魔霊の瘴気を魔力と変じ、依鈴が癒したのである。
「やられても私が癒す。それに」
 依鈴がちらりと目をむけた。その視線の先、月影がさらに癒しを重ねる。
「暴れたいなら、気が済むまで相手をしてやる。わしも暴れたいのでな」
 身を旋回、豪風を巻き起こしてコクマは一撃を繰り出し、ダモクレスの鋏をはじいた。
「開いたぞ!」
「じゃあ、私にまかせて。虚無球体よ、敵を飲み込み、その身を消滅させなさい!」
 朱音が叫んだ。その一瞬後、ダモクレスの機体の一部が消失した。まるで見えぬ獣に喰らわれでもしたかのように。
 衝撃にダモクレスが後退すると、その間隙にすらりと司は抜剣した。
「僕のこの剣技を、避けられるかな?」
 絶対的自信。それを誰も驕りとは思わなかった。司の流麗かつ先鋭な剣さばきを見たからには。雨滴すら切断して疾った衝撃波がダモクレスをうちのめした。
「こ……殺……」
 ダモクレスの動きがとまった。一時的にフリーズしたのである。
「動けない相手を殴るのは趣味じゃないのよね」
 ごちつつ蛍火は接近。いや、趣味というより必要そのものがないだろう。蛍火渾身の一撃をかわし得る者がざらにあるとは思えなかった。
「この一撃で、氷漬けにしてあげるわ!」
 蛍火がダモクレスに拳を叩きつけた。生み出された衝撃が熱量を奪い、ダモクレスを氷に閉じ込めた。
「まだだ!」
 三日月がダモクレスを睨めつけた。青白い氷棺の中から熱風のごとき殺気が吹きつけてきたからだ。
「やはり殺りあわねば気がすまんようだな。ならば」
 三日月の如意棒がある一点を指し示した。
 刹那である。爆発が起こった。
 紅蓮の炎と爆煙が辺りを席巻、砕かれた氷片が無数の光を散らせる。損傷した機体から火花を散らせたダモクレスが地に転がった。


 雨が強くなったようだ。敵味方の姿が朧にけぶる。まるで悲劇の様を天が隠そうとしているかのように。
「風邪をひかないうちにたおしてしまわないとね。一気にいくよ」
 しとどに濡れた衣服が気持ち悪いのか顔をしかめ、司が地を蹴った。目を留める事も困難な程の速度で駆けゆく。視認できるのは摩擦熱で生じた炎の軌跡のみだ。
「この炎に包まれて、焼かれてしまうと良いよ」
 一瞬でダモクレスに肉迫すると一閃。燃え盛る炎をまとわせた蹴撃を司は見舞った。
 灼熱の衝撃に後退したダモクレス。その機を朱音は逃さない。
「人のために働き、逝ったモノ。その眠りを妨げ、利用した罪は重いわよ」
 もしも鋏に心があったなら。思いをねじ曲げられ、走狗と成り果ててしまっている現状を嘆いているに違いなかった。朱音には鋏の嘆く声が聞こえるようであった。
 怒りを込め、朱音はルーン文字の刻まれた魔斧を振り上げた。朱音が流し込む魔力に反応し、ルーン文字が輝く。
「その身体を、真っ二つにしてあげるわ!」
 朱音の振りおろした魔斧が唸りを発した。戦車の装甲ですら断ち切るほどの威力がその一撃には込められている。重い金属音を発して魔斧がダモクレスを機体を斬り下げた。
 オイルをしぶかせ、ダモクレスはよろめいた。電子眼が赤く明滅する。
 が、次の瞬間、ダモクレスの電子眼が一際赤く輝いた。殺戮の本能は、虐殺のプログラミングは健在であったのだ。
 ジャキリと鋏を分解、ダモクレスは刃を投擲した。旋風と化した刃はケルベロスたちを切り裂き、再びダモクレスの手の内へ。
「その執念だけは誉めてあげるわ」
 依鈴は冷淡にいった。
 諦めぬ戦い。それは彼女を含めたケルベロスたちの本質であった。
 が、ダモクレスはある一点で違った。彼らの戦いには心がなかった。
 表情の見えぬダモクレスを見つめ、依鈴は声を零した。
「心をもつことができたな定命化することができたかも。残念だわ」
 心を知らなかったから、鋏はダモクレスを受け入れてしまったのかもしれなかった。それは悲しいことであり、同時にこれからも起こるかもしれない恐るべきことでもあった。
 一瞬寒気を覚えたものの、しかし依鈴は冷静に行動をおこした。地にしみついた惨劇の記憶を読み取り魔力に変換、体内の魔力回路で増幅して癒しの力として放った。
 ケルベロスたちの身から流れ出る血はとまった。が、三度攻撃を受けたコクマの傷は深い。このままでは動けないだろう。
「もう一度お願いね」
 依鈴が目をむけると、任せろとばかりに月影が頷いた。属性をインストールし、コクマの治癒を促す。
「先にいくぜ!」
 三日月が飛び出した。さなやかな獣と化してダモクレスに迫る。
 実のところ、三日月は魔法などという薄明に属する攻撃が苦手であった。武器と武器、力と力、そして技と技をぶつけあって戦うスタイルこそ彼の好むところであったのだ。その方が真っ白に燃え尽きることができるからである。
 ダモクレスが鋏を突きだした。それをヌンチャク状にした如意棒でからめ、さらにはじき、三日月は素早く一撃をダモクレスに叩き込んだ。
「電動鋏よ。せっかく仮初めの生を得たところ気の毒だが、悪い夢を見たと諦めてくれ。もうすぐ静かに眠らせてやるからよ」
「殺……」
 ダモクレスから軋む声が発せられた。すると蛍火の眠そうな顔に怒りの色が滲んだ。
「相変わらずの執念。でも、その言葉、私には悲鳴に聞こえるわ。助けてってね」
 雨に夜色の衣服を滲ませ、蛍火は告げた。
 もう終わりの時は近い。そう蛍火は読んでいる。
「誰かに喜ばれる存在のままで終わらせてあげるわ。誰も傷つけさせはしない。それが一生懸命に働いたモノへの敬意よ」
 指先に膨大な魔力を集中、凝縮。蛍火は空間がゆがむほどの衝撃の奔流を撃ち出してダモクレスを穿った。破砕音と共にダモクレスの肩口が砕ける。
 するする、と。コクマがダモクレスにむかって足を踏み出した。その手は燃え盛る紅蓮の炎が形作ったとてつもない巨剣を掲げている。その炎こそ、コクマの怒りに呼応して右腕から噴き出した地獄の炎であった。
「哀れとは思わん。貴様が人の命を狙う以上な。しょせん、わしと貴様は敵同士よ。そして、わしは虫の居どころが悪い」
 赤い火の粉を散らせ、コクマは炎剣を振り上げた。
「我が怒りが呼ぶは手にする事叶わぬ滅びの魔剣! 我が怒り! 我が慟哭! 我が怒号! その身に刻むがよい!」
 一際巨大に膨れ上がり、天すら焼き焦がさんばかりに熱量放つ剣をコクマは振りおろした。
 斬撃がダモクレスの命を絶つ。それは葬送の一撃だ。
 深々と切り裂かれたダモクレスは、ゆっくりと倒れてそのまま動かなくなった。


「……終わったようね」
 蛍火がほっと息をついた。煩わしげに頬にはりついた金髪を払う。
「しかし……ひどい有り様だね」
 司が苦く笑った。人間の域を超えた戦いの余波は辺りを惨憺たる戦場跡へと変えている。
「修復しましょう」
 依鈴がいうと、朱音がうなずいた。彼女たちにはそのような力があったのである。
「その前に」
 コクマが廃棄された家電の山に歩み寄っていった。
「人間の愚かな真似が、あのような怪物を生み出すのだ!」
 闇を赤く染め、コクマは巨大な炎剣で廃棄家電を焼き払った。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月27日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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