「はぁ、はぁっ」
小刻みに吐く息を凍らせて、少年は走った。
どこへ向かっているのかは、自分でももう分からない。けれど立ち止まってはいけないと思い、破れそうな胸を押さえてただ走った。しかしどれほど有能な運動選手でも、永久に走り続けることなど出来はしない。
幼い彼には、それは土台無理な逃走だった。頭上を飛び越えた黒い影にぎくりと息を詰め、少年はその場に立ち竦む。
「ひっ……!」
行く手を遮ったのは、少女だった。甲冑を纏い、槍を携え、その背に煌めく翅を持つ少女。しかし一見美しいその瞳には、光というものがない。逃げなくてはと本能が警鐘を鳴らすものの、丁字路の先は来た道も逸れる道も、また別の少女達によって塞がれていた。凍えるような殺気を隠そうともせずに、有翅の少女達は三方向から少年を追い詰める。
「いやだ……」
助けてと声を上げても、空っぽの街は答えてはくれない。もう駄目だと身を縮めたその時――ぱたりと落ちる雫が在った。
「……えっ?」
触れた雫が、幼い指先を紅く染める。許容値を超える恐怖に張り付いた瞳で、仰ぎ見るその頬は鮮血の涙に濡れていた。
「お姉さん……?」
大丈夫? と首を傾げて、恐々と小さな手を伸ばした。
少年の記憶は、そこでぷつりと途切れている。
●紅に染まる
「城ヶ島制圧戦、お疲れ様。立て続けに悪いけど、エインヘリアルにも動きがあったみたいだよ」
冷たい壁に背中を預けて、レーヴィス・アイゼナッハ(オラトリオのヘリオライダー・en0060)は分厚い本を開いた。
城ヶ島のドラゴン勢力との戦いもいよいよ大詰めだが、彼等が相手取るのはドラゴン達だけではない――鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として今、エインヘリアルの第五王子『イグニス』が、地球侵攻の新たなる要としてその任に就いたのである。
「第五王子イグニスの一派はザイフリート配下だったヴァルキュリアを操って、東京の各地に攻撃を仕掛けようとしてる。勿論、虐殺によってグラビティ・チェインを奪う為にね」
ヴァルキュリア達が如何にして現在のような状態に陥ったのか、はっきりしたことは分かっていない。だが一つ言えるのは、虐殺という行為はヴァルキュリア本来の性質から大きく乖離しているということだ。つまり彼女達は自らの意思とは無関係に虐殺に荷担させられている、というのが、ヘリオライダー達の見解である。――最低、と吐き捨てて、レーヴィスは続けた。
「ヴァルキュリアを率いてるのは、妖精八種族の内の一種、シャイターン。多分、それがイグニスの軍勢なんだろうね。だから今回の作戦では暴走したヴァルキュリア達に対処しながら、同時にシャイターンも撃破しなきゃならない」
そこで、と、少年は本の半ばから一枚の紙を取り出した。関東一帯を網羅した白地図には所々、マーカーで色が付けられている。
「そういう訳で、各地に派遣する部隊をシャイターンの撃破とヴァルキュリアの対処の二手に分けることになった。因みに君達の担当は、ここ」
ぴ、と指で弾いたのは、東京都府中市の文字。街を襲うシャイターンを別働隊が撃破するまでの間、ヴァルキュリアの虐殺を食い止めることが彼等の任務になる。
ヴァルキュリア達に与えられた命令はグラビティ・チェインの奪取が第一だが、妨害が入った場合にはその限りではない。つまりケルベロス達が現地へ急行し戦いを挑めば、ヴァルキュリアの矛先はケルベロスへ向かい、一般人を襲うことはなくなるだろう。
ただ、と僅かに眉をひそめて、レーヴィスは続けた。
「指揮官のシャイターンが生きてる限り、ヴァルキュリアは躊躇いなく君達を殺しに来る。たとえそれが、彼女達の意思ではなかったとしてもね。でもだからって、みすみすやられて貰う訳には行かない。……僕の言いたいこと、解るよね」
心を操られたヴァルキュリア達に、同情をするなとは言わない。だがもしケルベロスが敗北してしまえば、街の住民達は虐殺の憂き目に晒されることになる。
シャイターンを撃破した後ならばヴァルキュリア達の精神状態にも何らかの変化が生まれるかもしれないが、それもあくまで希望的観測だ。いざとなれば心を鬼にしても、彼女達を討ち取らなければならない。
府中を襲うヴァルキュリアは全部で十六体おり、うち四体はシャイターンの護衛、残り十二体が市街地の襲撃に向かっている。ヴァルキュリア担当班が一度に相手取るのは三体だが、状況次第ではシャイターンの護衛から応援が来る可能性もあり、敵の動向には十分注意しなければならないだろう。
「僕は別に、ヴァルキュリアに特別思い入れがあるわけじゃないけど。……だけど、こんなの放っておいたら寝覚めが悪いじゃない?」
その手が血に汚れてしまう前に終わらせること、それが彼女達にとって救い足り得るならば――この身は修羅と成り果てても。
「どんな形でもいい。……必ず、終わらせてきて」
終わらせて、あげて。
祈るように紡いで、少年は静かに瞼を伏せた。戦いの行方は、杳として知れない。
参加者 | |
---|---|
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405) |
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199) |
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584) |
リリウム・オルトレイン(晩成スターゲイザー・e01775) |
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557) |
弓塚・潤月(潤み月・e12187) |
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890) |
相馬・碧依(こたつむり・e17161) |
●慟哭
「お姉さん……大丈夫?」
光ない瞳から溢れた雫が、一筋の紅河となって頬を滑る。異常事態の最中にあってもその光景は余りに痛ましく見えて、少年は恐々と娘――甲冑のヴァルキュリアに手を伸ばした。しかし手甲の腕が緩やかに槍を振り上げたその時、無防備な背中に黒い影が迫る。次の瞬間、巨大な鉄塊剣が少女の髪を掠めてアスファルトを打ち砕いた。
「うわっ!?」
「…………」
反射的に顔を覆った少年とは対照的に、ヴァルキュリアはあくまでも無感情だった。ぎこちなく振り返ればその瞳には、有翼の青年の姿が映り込む。
「この私が、後衛からスナイパーの真似事とは、な」
フッ、と気障たらしく前髪を掻いて、ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)は口角を上げた。三体のヴァルキュリア達が一斉に男の方へ向き直ったその隙を狙って、ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)は腰を抜かした少年の身体を攫う。
「お怪我はありませんですかしら?」
転んだ拍子に作った擦り傷を一つ除けば、幸いにも少年は無傷であった。ヴァルキュリアと少年の間に割り込むような形で立ち、相馬・碧依(こたつむり・e17161)は道の先を見やる。
「ボク達はケルベロス。ここはボク達に任せて、君は逃げるんだ」
「えっ。で、でも……」
見知らぬ娘の見せた血涙が余りに衝撃的だったのか、少年の瞳には戸惑いや恐怖とは別に、どこか案ずるような色が滲んでいた。大丈夫、とその肩に手を添えて、フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)は諭すように告げる。
「彼女達の涙は私達が止めてみせるわ。だから、貴方は安心して逃げて」
煌く矛先が、再びその身に向かぬ内に。
気圧されたように肯いて、少年は震える足を懸命に立たせ、背にした道の先へ駆けて行く。はっとして振り返るヴァルキュリアの視線を塞いだのは、フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)の冷えた眼差しだった。
「……去れ」
告げる声は短く、しかし反論を認めない厳しさを含んでいた。ぎろりと鋭く睨みつければ、その身体から身震いのするような殺気が立ち昇る。それを宣戦布告と解したのだろう、ヴァルキュリア達は槍を倒し、光の翅を輝かせる。
「が、ががが、がんばりますす……!」
青いリボンの雷撃杖を両手でぐっと握り締め、リリウム・オルトレイン(晩成スターゲイザー・e01775)は奥歯を噛んだ。小さな身体は緊張でコチコチになっていたが、それでもしくじる訳には行かない――この一戦に街の人々とヴァルキュリア、両者の命が懸かっているのだ。
「ヴァルキュリアは、沢山の命をエインヘリアルに変えてきた……だけど」
今日までに目にし、耳にしたものを一つ一つ手繰りながら、弓塚・潤月(潤み月・e12187)は三日月を象る弓を構える。彼女達は確かに、ケルベロス達の概念で言えば罪と呼べるものを犯したが、そうした行動が彼女達の全てだとは思えなかったし、また思いたくも無かった。
「アタシは、助けてあげたい」
意に沿わぬ破壊と殺戮を強いられるヴァルキュリア達。その目から零れる真紅の涙は、助けを求めているようにしか見えないから。
仕方がありませんね、と苦笑して、ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)は黒衣の襟を正した。
「敵に容赦をするつもりはありませんが、望まぬ戦いを強いられているとなれば話は別です」
護らせて頂きましょう――腕に漆黒の流体を纏わせば表情は一転、術士の顔になる。
仲間も、人々も、そして嘆きのヴァルキュリア達も。全てを救い取る為の戦いが今、十二月の空の下で始まらんとしている。
●天使と悪魔
「シャイターン……ヴァルキュリアを、まるで傀儡の様に……」
嫌悪と義憤を露にして、ミルフィは唇を食い締める。兎のような紅い瞳は立ちはだかるヴァルキュリア達を跳び越えて、まだ見ぬシャイターン達を見据えていた。
「たとえ何者であっても、望まぬ殺戮をさせる訳には参りませんわ!」
左足を軸に力一杯蹴り上げると、燃えるローラーが空に緋色の弧を描いた。さあいざと後に続く仲間達をどこか褪めた視線で見詰めて、碧依は呟く。
「これが洗脳だとしたら、助けてあげたいって思わなくはないけど……」
果たして今の自分達に、そんな余裕があるかどうか。
しかし逡巡は一瞬だった。生かすも殺すも、まずは彼女達を弱らせないことには始まらない。逆説的に言えばそれは、始まってから考えればよいということだ。ララ、と名前を呼んでやると、シルバーグレイの猫がにゃあっと鳴いて背中の翼を羽ばたかせる。
「……望まぬ殺し、か」
仲間の言葉を無意識に反芻して、フェアラートは言った。しかしあくまでも淡々とした眼差しと口調に、同情の色は皆目無い。愚か者が、と紡いだ声は、氷の如くに冷えていた。
「そんなことで我が刃が鈍ると思ったか!」
黒き影の弾丸が、甲冑の胸を貫いた。しかしコンクリート塀に打ち付けられながらも、戦乙女は表情一つ変えようとはしない。
「済まないが、死んでも悪く思うなよ。手加減には不慣れで、な」
真意の読めない笑みを浮かべて、ラハティエルは告げる。しかし酷薄な言葉とは裏腹に、その胸中には複雑な想いが渦巻いていた。剣を携えるその手はかつて、とあるヴァルキュリアの命を奪った――鮮やかでそして忘れた頃に指を刺す、薔薇の棘に似た記憶。それは時が経っても薄れることなく、青年の胸に引っ掛かっている。
もう二度と、同じ過ちは繰り返すまい。
「私はケルベロスが一員、ラハティエル! 貴殿が聞く耳持たないのは委細承知、故に倒した後に教えよう……世界の真実を!」
叩き付けるように巨大な鉄剣を振り下ろせば、前線に立つヴァルキュリアは咄嗟に身体の前に槍を構えてガードを図った。しかし攻撃の勢いを殺すことは出来ず後方へと弾かれる。そこにひょこんと、リリウムが顔を出した。
「この前は別のひととおはなししました! むりやり連れて行ったりしない良いひとでしたよ!」
舌たらずにだが饒舌に、少女は以前相見えたヴァルキュリアのことを語り出す。しかし話が理解できないのか、それとも単に右から左へ抜けてしまっているのか。甲冑の少女達の顔色は変わらない。風を切り突っ込んでくる穂先は真白のブラウスごと少女の肩を裂き、キャイン、と子犬のような悲鳴が上がる。今のヴァルキュリア達はあくまでも、殺戮のための人形だった。
「……その赤い涙も、起こそうとしている悲劇も、自分では止められないのよね」
哀れむように呟いて、フィオネアは悩ましげに眉を寄せた。柘榴石の瞳に映る少女達の流す紅い涙は痛々しく、見ているこちらの胸が詰まりそうになる。
「それなら、私達が止めてあげる」
そしてきっと、助け出す。
しかしケルベロス達の想いも知らず、ヴァルキュリア達は更に攻勢を強めて行く。銀の矛先をその身に受け止めれば、ルイの前髪から真紅の花弁がひらりと落ちて宙を舞った。
「………五分、ですか」
腕時計の盤面をちらりと盗み見て、青年は言った。援軍が来るなら、もうそろそろという頃合――呟きの意図を察して、潤月が応じる。
「さっき連絡が入ったわ。シャイターンの護衛四体のうち、二体が戦場を離れたそうよ」
まだ現れない所を見ると、どうやら行き先は此処ではないらしい。そうですかと慇懃に応じて、ルイは再び敵へと向き直る。
刃と刃の切り結ぶ戦場では、一分が数時間にも感じられた。そして互いに一歩も引かない攻防が続くこと十分超――その変化は唐突に訪れた。
●Veraenderung
「!?」
不意に軽くなった身体に、リリウムははっとして後ろを振り返った。
「どうかした?」
「えっ!? いえ……」
目のあった碧依に首を傾げられて、リリウム本人もまた小さく首を捻る。おかしい、と、思った。身体の内側から軽くなって行くような、それでいて力強い奇妙な高揚感は、恐らくヒールによるものだ。だが、たった今自分を包んだものは、癒し手である碧依の術ではない。或いは他の誰かがと見渡してみても、仲間達は皆、ヴァルキュリア達との戦闘に徹している。そしてその目の前で、銀の矛先がルイの肩を裂いた。
「くっ」
血の噴き出した肩口を押さえて、青年は俄かに顔を歪める。しかしその時――声がした。
「こんなことをしてはいけないわ!」
凛と戦場に響き渡る声は、誰もが初めて耳にするものであった。紅に濡れた槍を怯えたように胸に抱き、前線のヴァルキュリアが一人、後退りする。しかしその瞳はすぐさま曇り、再びケルベロス達に死人のような眼差しを送るのだ。不可解そうに眉をひそめて、ルイは言った。
「これは一体……?」
ピリリと鳴った着信音が、妙に大きく耳につく。素早く通話機を耳に当て、もしもしと早口に潤月は応じた。その表情は驚いてもいるようで、またどこか得心したようでもある。
「了解よ。……お疲れ様」
無造作に通話を切って電話をポケットにしまい込み、ドワーフの娘――娘と評するのは、礼を欠くことになるだろうか――は言った。
「シャイターンが撃破されたそうよ」
攻撃を仕掛ける一方で、自らを律し、ケルベロス達を鼓舞しようとする。ヴァルキュリア達の行動は今や、支離滅裂になっていた。癒しの翼をはばたかせようと身構えて、先を越されたララが不服げに碧依の肩に舞い戻る。
「洗脳が解けかかってる、ってことなのかな?」
混乱を極めるヴァルキュリア達に、碧依は訝しむような目を向けた。確かに、シャイターンが撃破されたからと言って即座にヴァルキュリア達が正気を取り戻すという保証はなかった筈だ。説得は、したい者がすればいい――彼女が注視すべきは、次の行動だ。ヴァルキュリア達が更に暴走するようなことがあれば、例え外道と謗られようと彼女はそれを止めねばならない。
「アナタ達を良いように使っていた奴はもういない。これ以上アナタたちが手を汚し続けることはないわ!」
ぶつかった刃を押し返して、潤月は吐き出すように言った。憎むべきシャイターンが消えた今、彼女達が戦いを続ける理由はどこにもない筈だ。
「勇者を求めていたでしょ? さぁ――アタシたちの手をとって!」
「……勇、者?」
ぴくりと、ヴァルキュリアの耳が震える。同時に戟音が響き渡り、フェアラートの拳が後列のヴァルキュリアを弾き飛ばす。しかしその攻撃は、少女の甲冑を砕くに留まっていた。
「……皆の総意だ。別に私はお前達の殺害を依頼された訳ではない」
淡々と告げて、女は身に纏う闘気を収める。そうよと重ねて、フィオネアもまた武装を解き、敵意のないことを訴えた。
「あなた達とやり合う気は、私達にはないわ」
どうしよう、と言うように、三人のヴァルキュリア達は顔を見合わせる。その表情には色濃い疲労と困惑が滲んでいたが、もうこれ以上の攻撃を仕掛けてくる気はないらしい。少女達から戦意が消えるのを確かめて、ラハティエルは言った。
「誇り高き戦乙女達よ、味方になれとは言わん。しかし今、我等が争うことに何の意味がある?」
敵の敵は味方、という言葉がある。身も蓋もないがシンプルで且つ合理的な真理だ。今の彼等の状況は、正にそれに当てはまる。
「第五王子イグニス、滅ぶべし。我等の敵は、同じではないか」
「イグニス……」
破れんばかりに拳を握り締めて、ヴァルキュリア達はその名を呼ぶ。俯いた顔を窺うように覗き込んで、ミルフィが継いだ。
「ヴァナディース様の残霊に、お会いしましたわ」
自分が死ねば、彼女達は自由になれる――囚われの女神はそう言った。でも、と加えて、少女は呟くように続ける。
「あの方も死なせず、貴女方も自由になる道が必ずあると……わたくしは、そう思うのです」
流れるように紡いだのは、主君と仰いだ姫に仕える彼女達への共感からだろうか。
潤月とラハティエルの言葉が、繰り返し何度も頭の中を巡る。暫し黙考した後、ヴァルキュリア達は静かに顔を上げた。
「……分かりました。少なくとも、あなた方と戦う理由はないようですね」
二、三度確かめるように首を振って、告げた瞳には確かな光。そして引き止める暇も与えぬ内に、ヴァルキュリア達は空へ舞い上がる。ありがとう、と囁く声が、はばたきの中に聞こえた気がした。
●プレリュードが聞こえる
冬空遥かに舞い上がった翼が、見る間に小さくなってゆく。雲間に消え行くその背中を視線で追って、ミルフィは首を傾げた。
「正気にもどられたのですかしら……?」
協力を取り付けるまでには及ばなかったが、ヴァルキュリア達は少なくとも、ケルベロスが敵であるという認識は改めたようであった。頭の上に翼の猫を停めて碧依が長い息をつき、フェアラートも僅かに肩の力を抜いた。その傍らで、ルイは心なしか口惜しそうに呟く。
「もう少し、ゆっくりお話出来れば良かったのですが……」
「ええ……シャイターンについても、何か解ればと思ったのですけれど」
溜息一つ、フィオネアが同意する。自分の手を汚さずに、誰かを操り意のままに行動させる――相手が人間であれデウスエクスであれ許し難い、卑劣な所業だ。
尤も彼等のことは、放っておいてもいずれ明らかになって来るだろう。それよりも気掛かりなのは、消えた彼女等のこれからのことだ。
ヴァルキュリア達に、もう自由だと伝えてあげて――。
女神ヴァナディースの言葉を手繰りながら、ルイは冬空を仰ぐ。諦めにも似た女神の告白を聞いたなら、彼女達はどんな反応を示しただろう。
「どーなつ……」
差し出すに差し出せなかった親愛の証を両手に見詰め、リリウムはしょんぼりと肩を落とした。
「ヴァルキュリアさん達の勇者に、わたしたちはなれないのでしょうか?」
そしてもし、勇者であったなら――彼女達を、救い出すことは出来ないのだろうか?
俯きがちに口にすれば、ぽんと肩を叩く手があった。なれるわよ、と言い切る楽観的な言葉の一方で、潤月の表情は複雑である。
「もう、悪夢は終わりにしましょう?」
ねえ、と名も知らぬ戦乙女達に向けて、祈るような想いで呼びかける。やれやれと肩を竦めて、ラハティエルは誰にともなく言った。
「あちらはどうなっていることやら、な」
ザイフリート、シャイターンと第五王子イグニス、そして遥か激戦の魔空回廊。多数の勢力が入り乱れる戦いの終わりは、当分見えそうに無い。
愛する人の無事を願い、男はウィスキーのスキットルを呷った。静寂の街を抜ける風は、新たな戦いの予感を孕んでいる。
作者:月夜野サクラ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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