ミッション破壊作戦～梅雨の晴れ間は猛暑日

■リプレイ

●山形県最上郡上空
　目標への降下を開始した、エリオット・アガートラム（若枝の騎士・e22850）の視界に飛び込んできたのは、濃い緑の山並みだった。
　深く知らず、考えずに眺めれば、太古から続く自然豊かな森。
　この森には神が住んでいると信じられている。
　標高の割に起伏が少ない印象の山並みには平地とは違う重厚さがあり、この森に中央政権に従わない物の怪の姫が潜んでいると言われても違和感はないように、見える。
「ドラゴン勢力が倒れ、オークの暴虐が下火になっても、惨劇はまだ終わっていない」
　だが、エリオット知っている。ここでは語るのもおぞましい行為が、今も繰り返されていることを。
「こんな悲しい存在を作り出した『あいつ』だってまだ倒していない」
　もはや攻撃目標以外は目に入らない。
　今までにグラディウスを突きつけた魔空回廊のことに思いを巡らせる。
　どこの魔空回廊もドーム型のバリアで囲まれており、その大きさは半径３０メートルぐらい。
　やるべきことに意識を集中し、エリオットは手にしたグラディウスの切っ先を目標に向ける。
「ごめんなさい。今の僕は、こんな形でしかあなたたちの苦痛を終わらせることが出来ない」
　もっとよい結末をつかむ方法はあったかも知れない。
　なかったかも知れない。
　複雑な思いと共にグラディウスを突き付ける。
　澄んだ衝撃が激痛に変換されて全身をつきぬける。
　それと同時、梅雨に入ったばかりの山形県最上郡の空に一筋の光条が立ち昇る。
「だけどもう、こんな悲劇は繰り返してはいけないんだ……！」
　まだだ。まだグラディウスは力を出し切っていない。
　エリオットは激痛に耐えながらグラディウスを握る手に力を込める。
　残された力の全てを放出するために。
　今日、この日をもって、オークの作り出した悲しみに終止符を打つために。
「今度こそ、どうか安らかに……」
　雲を破り、空高くで爆ぜた光条は、雷光となって光の雨の如く森に降り注ぐ。
　爆発。大量の湿気を含んだ森から数え切れない程の煙が上がる。
　森が悲鳴を上げているように、見えた。
　破壊の力は敵対勢力だけではなく、それ以外のその場に存在するものにも遍く襲いかかる。
　それでもやらなければならなかった。
「オークが滅んだ程度じゃ無念は晴れないよね」
　九田葉・礼（心の律動・e87556）の胸の内にマグマの如くに沸き上がる憤り。
　オークが駆逐された時が経った今、それでもやり場の無い怒りと悲しみが滞留している。
　このミッション地域の存在が、莫大な人々の恐怖や憎悪を生み出していたことも想像に難くない。
「私はその苦痛も怒りも悲しみも全て引き受ける。あなた達の安息の為、全力で臨むから――」
　終わりにしたい。祈りよりも強く、決意を込めて、礼はグラディウスを振り上げ、振り下ろす。
　瞬間、虫喰いの木材を破砕するような感触がして、刃がめり込む。
「この地は今生きてる人達に返してあげて！」
　透明のドームの内部に向かって噴出した破壊の力が灰色のスモークと変わり内からバリアを突き上げる。
　破砕音と共に灰色に満たされたバリアに輝く亀裂が走る。
　ダモクレスとの決戦が始まっている。
　今はここに来られない、ケルベロスの中にも、屍隷兵にされた被害者を思い戦っている者がいることも知っている。だから、仇討は今日で終わりにしなければならない。
　降下を始めてから暫し、煙を噴き出し、悲鳴を上げるようにのたうつ防護バリアに向けて、帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）はグラディウスを構えた。
「女性の尊厳をここまで踏み躙るなんて……外道が！」
　吐き捨てるように断じる、翔。
　敵に対する怒りからか、戦いの気配が齎す高揚感からか、普段の穏やかさとは違う荒々しい雰囲気を纏う。
（「散々弄んだ挙句、侵略の道具にするなんて絶対許せねー！」）
　今となっては、ドラゴンともオークとも戦うことは出来ない。
（「ドラゴンもオークもいねーってのに、なんでこんな、……こんな最低な置き土産しやがって！」）
　無念を抱いたまま、オークの繁殖に利用され、苦痛から逃れるために、完全に死ぬこともかなわずに。
　自分の希望とは違う命令に操られた身体を動かし続けている。
「苦しんだ人間、全員のために、――跡形もなく消してやるぜ！」
　翔の突き付けたグラディウスの切っ先から光が溢れる。
　バリアを満たしていた灰色の煙が一瞬にして紅蓮の炎に変化して大爆発を起こす。
　飛び散るバリアの破片が、炎の輝きを反射させながら、森に落下して行く。
（「間も無く、攻撃だね」）
　爆炎が作り出した凄まじい勢いの上昇気流に、空高く舞い上げられた敵が上空から降ってくる雷光に貫かれて塵と消える様子が、グラディウスを取り出して、攻撃の姿勢に入った、紺崎・英賀（自称普通のケルベロス・e29007）の目に止まった。
「貴重な命をなんだと思っているんだ……」
　不意に感情が溢れ、奥歯を強く噛みしめる。
「それどころか、肉体も魂も、人の尊厳もまでも弄んで……」
　このミッション地域への解放の動きは長い間、実施されなかった。
　見過ごされたわけではなく、ケルベロスの限られた戦力では手が回らなかったためだ。
　それでも被害の拡大を食い止めてくれていた旅団有志によるミッション攻略。
　もういいかげん、終わりにしなければならないと、英賀はグラディウスに思いを込める。
　無機質なグラディウスが微かに輝きを増したような気がした。
「浮かばれぬ犠牲者共々、ケルベロスが終わらせる！！」
　この山形県最上郡の地で、屍隷兵（レブナント）をこれ以上、活動させてなるものかという、強い決意が漲る。
　英賀は構えて、振り下ろす。
　必ず終わらせる。
　自分だけじゃ無い――誰かの意思も背負っていると信じながら、英賀はグラディウスを叩き付ける。
　ケルベロスにはデウスエクスに抗い、討ち滅ぼす力がある。
（「ドラゴンは前から嫌いだったけど、こんなことまでしていたなんて……」）
　攻撃を終えた、英賀と入れ替わるように、リリス・アスティ（機械人形の音楽家・e85781）が降下してくる。
　目標を防護するバリアは焚き火の中に投げ棄てられた飴細工の様に変形し、正にこの瞬間にも壊れ果てて仕舞うかのように見える。――だが、見た目はそうであっても、まだ、確かに存在している。
「みんな！　もうドラゴンはいないの！」
　口を突いて出た叫びは、いつもの丁寧な語調とは違う情感の籠もった声色。
　遺された屍隷兵達に向けた――事実に基づいた呼びかけだった。
「全部、全部ケルベロスが倒してくれたわ！」
　振り上げたグラディウスを満身の力を込めて叩き付ける。
　事実を知ったところで、屍隷兵の過去が清算されて、生き返って、人生を再びやり直せるわけでは無いことも、定命化した他のデウスエクスのように、人間の社会に受け容れられるわけでは無いことも、理解出来ている。
「ドラゴンが居なくなった後まで、こんなことを続けるなんて、あまりにも悲しすぎます！」
　衝撃、閃光、膨れ上がる火球、破壊の力が空間を満たし、空中に舞い上げられた影が次々と雷光に貫かれて塵と消えて行く様が見えた。
「だから……！！」
　リリスが続きを言葉にして紡ぐ前に、電灯のスイッチをオフにしたよう空間を満たす輝き突然消えた。
「？！」
　突然の出来事に状況を把握しようと目を見開くと、色を取り戻した風景には霧のようにスモークが漂っていて、そこかしこから焦げ臭い匂いと共に、火の手が上がっていることが分かった。

●撤退戦
　屍隷兵「ネクロジグソー」はリリスと合流した一行が撤退を開始しようとする僅かな隙をついて、襲いかかって来た。
　しかし中枢部での敵襲を受けるリスクが高いのは、エリオットの持つ、ゴッドサイト・デバイスによって把握済み。即座に一行迎撃態勢に入る。
「これは終わりの始まりです――」
　あやかしの力が宿る九尾扇を薙ぎ、リリスは破剣の祝福を広げる。
「分かってる、跡形もなくぶっ壊してやるぜ！」
　不良少年のように言い放ち、翔は通常よりも重量を増したドラゴニックハンマーを砲撃形態に変える。
　そこから流れるような動きで巨大な竜砲弾を撃ち出した。
　遠距離攻撃とは言っても実際の距離はかなり近い。
　初速を減じることなくほぼ直線のまま飛翔する砲弾。敵に回避する猶予は無く、直撃による爆発でネクロジグソーの左半身は消し飛んだ。
　レベル１０３のクラッシャーからの直撃を喰らえば、腕に覚えのある敵でもただでは済まない。
「――まさか自分で回復するのか？」
　傷口が沸騰するように泡だって、みるみる身体がもともとの形に戻って行く。
　驚きつつも、英賀は殺神ウイルスの詰まったカプセルを投射する。
　今度は軽々とよける敵、礼の繰り出すメタリックバーストのふんわりとした銀色の輝きが広がる一方、エリオットは、間合いを取る敵に意識を集中させた。
　次の瞬間、ネクロジグソーの上半身が爆発する。
　大穴の開いた胴体では肩から上の重みを支えることが出来ず、グチャリと水音を立てて崩れ落ちる。
（「彼女たちも『あいつ』も、放っておいてもいずれ滅びるかもしれない」）
　人間の尊厳を踏みにじる屍隷兵「ネクロジグソー」を作り出した悪意の塊のような存在に思いを巡らせた瞬間、崩れ落ちた半身がグチャグチャと音を立てながら繋がって、元に戻って行く。
　ふとこの屍隷兵を作り出した『あいつ』が、沢山の憎悪と恐怖を集めたことで、まだ生き続けているかも知れないと可能性に思い至る。普通に考えれば、とっくに死んでいてもおかしくはないのだが……。
「肉体を破壊されても、何ともないというわけですか」
　爆発しそうな感情を孕んだ呟きが漏れる。
　直後、ネクロジグソーの放った超音波が、英賀と翔に襲いかかった。
　戦いは、あきらかにケルベロスが優勢に進んでいた。
　だが戦いの決着はなかなかつかず、時間が掛かっている。
　後衛、中衛を狙う攻撃は、英賀が防いでいたが、ディフェンダーひとりだけでは実際半分も止められない。
　自分自身のダメージと、庇い損ねた被弾の蓄積に、焦りの色が滲んでくる。
　敵はダメージ回復の術を使う度に盾の加護を増やし、エリオットがそれを崩しに掛かるが、完全では無い。
「私が支えますから、どうか後ろは心配しないで下さい」
　次に被弾すれば、戦線離脱になる可能性が高いと気がついた、礼が渾身の力を込めて、英賀を癒す。
　その覚悟を感じ取った英賀も腹を括る。
　敵も耐えられるダメージには限界があるはずだ。
　命中率の低い攻撃が外れ続けることも無いはず。
　リリスのメタリックバーストによって目覚めた超感覚も攻めろ――と言ってるような気がした。
「暴れないで、もう動かなくていい」
　言葉が通じているかは分からないが、敵の注意を自分に向ければ、結果として味方を守ることになる。
「でも、どこまで細かくすればお前の死は証明できる？」
　ひと跳びでネクロジグソーの間近に肉薄した、英賀は、誠実そうな雰囲気から一転、妖しげな呟きと共にナイフを振るう。その斬撃はネクロジグソーの急所とも言える部位を正確に裂いた。
「天空に輝く明け星よ。赫々と燃える西方の焔よ」
　エリオットは平和への祈りと人々を守護する意思を込めて得物を掲げる。
　機を合わせるように、翔も駆け出す。
　ここで決める。追い風は常に自分たちに吹いていた。これ以上戦いを長引かせるつもりは無い。
「邪心と絶望に穢れし牙を打ち砕き、我らを導く光となれ！！」
　エリオットが聖剣の如き得物を振るえば、凄まじい破壊の力が生まれ出でる。
　その力は鋭く、邪心と絶望に穢れし牙を打ち砕く光のようだ。
　そこに翔の解放した混沌の力が交差する。
「てめぇの肉片一つ……いや、魂まで残らず全て喰らい尽くしてやるぜ！　消えちまいな！」
　どちらかの一方の攻撃だけでも充分に撃破出来る威力だった。
　光によって２つに裂かれたネクロジグソーの肉体が、繋がる間も無く、翔の放った混沌にのみ込まれる。
　のみ込まれたネクロジグソーの肉体は水面に浮かせたインクがマーブル模様を描くようにしながら渦状に不定形性を増して消えて行く。
　エリオットのゴッドサイト・デバイスには生き残った敵が大量に表示されている。
「先を急ぎましょう」
　エリオットは即座に判断して、鋭い声で進路を指し示す。
「承知しました。では行きますね」
　翔が丁寧な語調で応じながら飛び上がり、ジェットパック・デバイスの牽引ビームを伸ばし、続けて起動されたリリスのチェイスアート・デバイスの牽引ビームが接続される。
「急ぐのは賛成ですが、まだ時間に余裕はありますの」
「確かにその通りです、焦りは禁物でした」
　かくして、の示す位置情報を確認しながら、分布する敵の隙間を縫うようにして飛び抜ける。
　礼の持つ隠された森の小路のお陰で樹高の高い木が邪魔になる心配もない。
（「けじめはつけられたかな？」）
　騎士としての矜持をもって、エリオットは悲しい敵と正面から向き合った。
　今見ているゴッドサイト・デバイスの輝点の中に『あいつ』が含まれているかを確かめる術は無い。
　もし生きていたとしても、ミッション地域が開放された今、滅びの運命から逃れることは出来ないだろう。
　霧のようなスモークに覆われた森と力を尽くした仲間たちをエリオットは刹那、瞼を閉じた。
　世界を守るため、ケルベロスとして、騎士として前に進み続ければならない。
　死んでいった者に、共に命を懸けた戦友たちに、堂々と顔を向けられるように、これからも生きて行かなければならない。
　ミッション地域の中枢部を飛び抜けられたのは、数分後のことだった。
　その後も撤退を続けた一行は、間も無くミッション攻略中のケルベロスと会う。
　そこで破壊成功の報告をする。
「お疲れ様でした！　ありがとう！」
　笑顔で別れを告げ、引き続きミッション攻略に向かう、ケルベロスたちを見送りながら、礼は少しずつ強くなっていった先輩たちに思いを馳せる。
　ダモクレス勢力との決戦が間近に迫っている。
　これからも自分が自分らしく生きられることを信じて、一行は帰路につく。
　雨雲に開いていた大きな穴は、いつの間にかに塞がっていて、また雨が降り始めた。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2021年6月27日 難度：普通 参加：5人 結果：成功！
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