シャイターン襲撃~ヴァルキュリアは涙を信じない

作者:土師三良

●血涙のビジョン
 ここは公園の一角に設けられたフリーマーケットの会場。母子以外にも何十人もの市民が集まっている。
 その会場に、3体のヴァルキュリアが現れる。一人はルーンアックスを持ち、一人はゾディアックソードを携え、一人は妖精弓を構えて、全員が白い甲冑を身に着けている。
 その美しくも禍々しい姿を前にして、人々はただ立ち尽くしていた。半数の人間は恐怖に身が竦んで逃げることができず、残りの半数は事態がまだ把握できていなかった。
「あのおねえちゃんたち――」
 と、把握できていない半数の中の一人である女児が呟いた。
「――泣いてるよぉ」
 そう、双眸から流れ落ちる涙によって、ヴァルキュリアたちの頬は濡れていた。ただ濡れるだけでなく、赤く染まっていた。
 それは鮮血の涙だったから。
 その涙を拭うこともなく、ルーンアックスのヴァルキュリアとゾディアックソードのヴァルキュリアが地面に降り立った。
 そして、空に残っているヴァルキュリアがホーミングアローを放った。
 あの女児に向かって。
 
●セリカかく語りき
「ドラゴン勢との戦いが佳境に入っていますが、エインヘリアルにも大きな動きがありました」
 ヘリオライダーのセリカ・リュミエールがいつにも増して真剣な声で語り始めた。
「鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始しました。その王子は、妖精8種族の一つである『シャイターン』を東京の各地に送り込み、人々を虐殺してグラビティ・チェインを得るつもりです」
 シャイターンたちはそれぞれが十六人のヴァルキュリアを率いており、そのうちの四人を自分の護衛にして、残りの十二人を三人ずつの部隊にわけ、襲撃をおこなわせる予定なのだという。
「皆さんには、小金井市の公園に出現する三人のヴァルキュリアの対処をお願いします。彼女たちに課せられた使命は市民の虐殺ですが、邪魔する者が現れた場合は、その邪魔者の排除を優先するように命令されているはずです」
 つまり、ケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、虐殺を防ぐことができるということだ。もっとも、ケルベロスが敗れてしまったら、敵は改めて虐殺を始めるだろうが。
「今、『命令されている』と言いましたが、『洗脳されている』という表現のほうが正しいのかもしれません。そのヴァルキュリアたちはザイフリートの配下なのですが、シャイターンに操られ、望まぬ行動を強いられているようですから」
 ビジョンの中でヴァルキュリアたちは洗脳に抗い(しかし、なにもできずに)血の涙を流していた――そのことをセリカは皆に告げた後、少しばかり希望が持てる話をした。
「皆さんがヴァルキュリアたちと戦っている間、他のチームがシャイターンを攻撃する手筈になっています。もし、シャイターンを倒すことができれば、その洗脳下にあるヴァルキュリアたちになんらかの隙が生じるかもしれません」
 三人ものヴァルキュリアを相手にするのは簡単なことではないが、もし本当に『なんらかの隙』なるものが発生するのであれば、それに乗じて戦いを有利に進めることができるかもしれない。
 そして、セリカはもう一つの情報を皆に伝えた。残念ながら、今度のそれは希望が持てる話ではなかったが。
「敵は三人ですが、状況によっては、シャイターンの警護役を務めるヴァルキュリアが援軍としてやってくる可能性もあります。くれぐれも注意を怠らないでください。それと、残酷なことを言うようですが……」
 セリカは言葉を切り、皆を見回した。微かに怒りの色を帯びた、それでいて今にも泣き出しそうな目で。もちろん、怒りの対象は目の前にいるケルベロスではなく、ここにはいないシャイターンだ。
「強制的に従わされているヴァルキュリアたちには同情の余地がありますが、彼女たちが求めているのはきっと同情ではなく、行動だと思います」
 どんな行動か? 考えるまもでない。望まぬ虐殺を止めることだ。すなわち――、
「――殺してあげてください。ヴァルキュリアたちを」


参加者
燦射院・亞狼(日輪の魔壊機士・e02184)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
リーゼロッテ・アンジェリカ(漆黒の黒薔薇天使・e04567)
ソピア・アージェンタム(君の望みの喜びよ・e07561)
イリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)
菅・五郎左衛門(オラトリオのウィッチドクター・e16749)
フェイト・テトラ(悪魔少年参ります・e17946)

■リプレイ

●泣き濡れる乙女たち
 何十人もの市民が集まった公園で。
 血の涙で頬を赤く濡らしながら、宙に浮かぶ銀髪のヴァルキュリアが妖精弓を引き絞った。彼女を心配げに見つめる女児に向かって。
 しかし、その矢が放たれるより早く、皆の頭上を一つの影が通過した。
 ヘリオンだ。
 銀髪のヴァルキュリアは顔を上げた。地上にいる二人のヴァルキュリアと同時に。
 ヘリオンは既に消えていたが、別のものが見えた。ヘリオンから飛び出し、降下してくる十個の影。
 いや、もう影ではなかった。視認できる距離まで近付いている。その八人と二体は――、
「――ケルベロスだ!」
 ヴァルキュリアの前に着地して、菅・五郎左衛門(オラトリオのウィッチドクター・e16749)が市民たちに名乗りを上げた。他のケルベロスと二体のサーヴァントも次々と地面に降り立っていく。
「これよりデウスエクスとの戦闘に入る! 速やかに避難してくれ!」
 五郎左衛門の言葉に従い、市民たちは我先にと走り去っていく。恐慌寸前といった態だが、あくまでも『寸前』でとどまっているのはケルベロスを信頼しているからだろう。
 皆の足音を背中で聞きながら、五郎左衛門はライトニングウォールを構築した。
 雷光の障壁の向こう側で三人のヴァルキュリアが身構えた。人々を追いかけるつもりはないらしい。涙を流す双眸はケルベロスに向けられている。
「本当に戦わなければならないんですね……」
 ソピア・アージェンタム(君の望みの喜びよ・e07561)がマインドシールドを発生させた。ヴァルキュリアのように涙こそ流していないが、その目は悲しげだ。
「戦いは避けられなくても、殺害は避けられるわ」
 と、リーゼロッテ・アンジェリカ(漆黒の黒薔薇天使・e04567)が言った。
「とどめを刺す際には手加減攻撃を使いましょう」
「そうですね」
 フェイト・テトラ(悪魔少年参ります・e17946)が賛意を示し、『バシリス・アーディン・アイオーニオン・カタラ』の呪文を詠唱した。
「貴方には聞こえますか? 乙女の嘆きの歌声が……」
 誰かへの問いかけにも似たその呪文(この状況に相応しい文言かもしれない)によって、仲間たちのジャマー能力が上昇した。
「俺ァ、手加減するつもりはないぜ。敵の都合にあわせて面倒くせえ戦い方をするなんて、間尺に合わねえからな。まあ、しかし――」
 そう言いながら、燦射院・亞狼(日輪の魔壊機士・e02184)がヴァルキュリアたちに近付いていく。迷いのない足取りで。
「――チミたち少年少女は好きにやりたまえよ。そんかし、俺も好きにやらせてもらうぜ」
 亞狼の背後で黒い日輪が光を放った。強烈な熱波でダメージを与えると同時に怒りを付与するグラビティ『Burning BlackSun 衝(バーニングブラックサンショウ)』だ。
 その黒い光を突き破って、青白いオーラが飛来した。ゾディアックソードを持つヴァルキュリアがゾディアックミラージュを放ったのである。間髪を容れず、もう一人のヴァルキュリアが亞狼の懐に飛び込み、ルーンアックスを叩き込んだ。
 しかし、亞狼は怯むことなく、ニヤリと笑ってみせた。
 その横を二つの小さな人影が駆け抜ける。ドワーフのアバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)と土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)だ。ルーンアックスを持っているヴァルキュリアには目もくれず、二人はゾディアックソードのヴァルキュリアに肉迫した。
「おまえらの力を貸してくれ」
 何者かに語りかけながら、アバンがバスターライフルの引き金を引いた。彼が言うところの『おまえら』――今は亡き同胞たちの霊力が『ソウルレイ・ジェネレード』の青白い光となって撃ち出され、ヴァルキュリアに命中して炸裂した。
 続いて、岳が惨殺ナイフを振り上げた。
「こんなやり方は好きではないのですが――」
 ナイフの刃が走る。斬り裂くためではなく、生み出すために。標的が忘れたがっているものを。
「――貴方のしてきたこと思い出して下さい」
 それは惨劇の鏡像。標的のトラウマを具現化するグラビティ。『ソウルレイ・ジェネレード』も同じ効果を持っているため、ヴァルキュリアは二つの幻覚に襲われることとなった。
「――!」
 声にならぬ声を上げ、自分にしか見えない幻覚に向かって剣を振るうヴァルキュリア。
 そこに新たな敵が迫った。幻覚ではなく、実体を持つイリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)だ。得物は相手と同じゾディアックソードだが、イリアのそれは一本だけではない。
「洗脳されていても、トラウマは見えるようね」
 大小二本の刃が交差し、ヴァルキュリアに星天十字撃が打ち込まれた。
 ヴァルキュリアが衝撃でのけぞった。
 ほぼ同時にイリアものけぞった。
 銀髪のヴァルキュリアが放ったホーミングアローが命中したのである。
 しかし、亞狼がそうであるようにイリアもまたその程度のことでは怯まなかった。
 彼女の強い意志を代弁するかのように第二のホーミングアローが飛び、ゾディアックソードのヴァルキュリアに突き刺さった。リーゼロッテが後方から放ったのだ。
 サーヴァントたちも主人に負けじと戦いに加わった。テレビウムのたまはテレビフラッシュで怒りを付与し、ビハインドのアデルは金縛りで敵の動きを鈍らせる。
 皆の攻撃の標的となるのは、常にゾディアックソードのヴァルキュリアだった。決して偶然ではない。意図的に彼女を集中攻撃しているのだ。

●目を覚ます乙女たち
 その後も集中攻撃が続き、ゾディアックソードのヴァルキュリアは目に見えて弱っていった。
 もちろん、ケルベロスたちも無傷では済まなかった。特に多くの血を流したのは、敵に怒りを付与した亞狼だ。しかし、彼はそんなことを意に介さなかった。もとより、皆の分のダメージを引き受けるつもりでいるのだ。その覚悟の根底にあるのは自己犠牲の精神などではなく、確固たる持論である。
(「戦いっていうのは、最後に味方側が一人でも立っていればOKなんだよ」)
『確固たる持論』を心中で述べつつ、マルチプルミサイルを発射した。
 ミサイルの発射音と爆発音が続け様に響き、更にソピアの声が重なる。『目覚めよと、貴方に呼びかける声在りて(アセンション・コーリング)』を歌う声が。
 自分の歌声によって亞狼の手傷が癒されたことを確認した後、ソピアは皆に言った。
「手加減攻撃に切り替えるべきです。あのヴァルキュリアはもう限界のようですから」
「よしきた!」
 アバンが一気に間合いを詰め、ゾディアックソードのヴァルキュリアに拳を叩きつけた。
「……うっ!?」
 ヴァルキュリアの口から苦鳴が漏れる。
 そして、彼女は意外な行動に出た。いや、ある意味、意外でもなんでもない。
 光の翼を広げて空に舞い上がり――、
「――逃げちゃいましたね」
 拍子抜けしたように岳が言った。
 そう、そのヴァルキュリアは戦場から離脱した。洗脳者に『命を捨てよ』とまでは命じられていなかったのか、あるいは生存本能が洗脳に勝ったのか。なんにせよ、手加減攻撃をしなければ死んでいたことだけは間違いない。
 残った二人のヴァルキュリアに攻撃を加えながら、リーゼロッテが言った。
「殺さずに済んだわね。洗脳は解けなかったけど……」
「喜んでばかりもいられないわ」
 イリアが空の一点を指し示した。
 その先にいるのは第四のヴァルキュリア。
 シャイターンが送り出した増援である。

 ケルベロスは持久戦の構えを取った。それは楽な戦いではなかったが、なんとか持ち堪えることができた。ゾディアックソードのヴァルキュリアを真先に撃破したのが功を奏したのだろう(彼女以外の三人は複数の敵を攻撃する術を持っていなかった)。
 そして、戦いが始まってから十数分が過ぎた頃、転機が訪れた。
「今、シャイターンの討伐チームから連絡があったわ」
 片目を閉じてアイズフォンを使用していたイリアが皆に告げた。
「シャイターンを倒したそうよ」
 それを聞くと、五郎左衛門が感嘆の口笛を吹いた。
「たいしたもんだ。もっと時間がかかるだろうと思っていたが、手早くかたづけやがったな」
 亞狼がヴァルキュリアたちに向かって顎をしゃくった。
「だけどよぉ、あのお嬢ちゃんたちにはなんの変化もないぜ」
「いえ、そうでもなさそうです」
 と、否定したのはソピアだ。彼女は仲間たちを治癒するだけではなく、後方からヴァルキュリアの挙動をずっと観察していた。
 次の瞬間、銀髪のヴァルキュリアがソピアの言葉が正しいことを証明した。亞狼の胸板に矢を射ち込むという形で。
「痛っ……くない? なんだ、こりゃ?」
 傷口を押さえて、亞狼は首をかしげた。いや、そこはもう傷口ではなかった。ヴァルキュリアが妖精弓から放ったのはホーミングアローでもハートクエイクアローでもなく、標的を癒す祝福の矢だったのだ。
「い、今のうちに……殺せ……我々を……」
 ケルベロスたちにそう言って、銀髪のヴァルキュリアはまた弓を射た。今度のそれは祝福の矢ではなく、ホーミングアローだった。他の二人のヴァルキュリアも同様にケルベロスへの攻撃と治癒を繰り返した。時折、『殺せ』と言いながら。きっと、彼女たちの中では二つの心がせめぎ合っているのだろう。本来の心と、シャイターンの支配の影響がまだ残っている心。
 その『本来の心』に向かって、アバンが穏やかな声で語りかけた。
「落ち着けよ。自分を取り戻すんだ」
「もう大丈夫です」
 と、岳も声をかけた。
「これからの事は私たちに任せて、まずはゆっくりと眠りましょう」
 ルーンアックスを持つ二人のヴァルキュリアの動きが止まった。さすがに『ゆっくりと眠り』こそしなかったが、一人は片膝を地に落とした。血の涙も止まっている。洗脳が完全に解けたらしい。
 しかし、銀髪のヴァルキュリアだけは涙を流し続けたまま、皆に訴えかけた。
「は、はやく、私を殺せ。でないと、また――」
「――無力な人々を殺そうとしてしまう?」
 と、フェイトが後を引き取った。
「あなたは本当にそんなことを望んでいるんですか? 違いますよね? だったら、僕たちがわざわざ手にかけるまでもないはずですよ」
 フェイトの後方ではイリアと五郎左衛門が事の成り行きを見守っていた。イリアはまだ剣を手にしているし、五郎左衛門はいつでも殺神ウイルスを放てるようにしている。最悪の事態に備えているのだ。
「魂を導きし乙女よ!」
 リーゼロッテが銀髪のヴァルキュリアに呼びかけた。
「フェイトが言ったように、私たちが手を下すまでもないわ。悪逆なる者の傀儡となり、無辜の民を蹂躙することなど、貴方自身の誇りが決して許さないはずよ。もし、貴方が本当に戦乙女と呼ばれるに相応しい存在であるのなら!」
『禁じられた黒魔術を駆使し、従者と共に戦うお嬢様』という脳内設定に生ているため、リーゼロッテは中二病的な華美な言い回しを好む。しかし、ヴァルキュリアを相手にするような状況であれば、そんな言動も違和感がない。
 ややあって、銀髪のヴァルキュリアの手から弓が落ち、彼女自身もゆっくりと着地した。
 血の涙は止まっていた。

●去り行く乙女たち
 銀髪のヴァルキュリアは弓を拾い上げ、ケルベロスたちを睨み付けた。
「この愚か者どもが!」
 それが命を賭して自分を救ってくれた者たちに対する彼女の第一声だった。
「私は『殺せ』と言ったはずだぞ。にもかかわらず、無駄な手間をかけて救おうとするとは……いったい、なんの真似だ?」
「いやいやいやいやいや!」
 と、勢いよくかぶりを振ったのは亞狼だ。
「『貴様たち』とか一括りにするのはやめてくれや。他の奴らはともかく、俺は救うつもりはなかったんだから。つうか、なんでそんなに上から目線でエバってんの? そもそも、お嬢ちゃんたちがあっさり洗脳されちゃったりするから、こんなことになったんだぜ」
「そうだ。我々が腑甲斐ないばかりに今回のようなことが起きた。だからこそ、我々に慈悲などかけず、殺すべきだったのだ。それなのに、なぜ救おうとした?」
 ヴァルキュリアが改めて問いかけると、フェイトがリーゼロッテを指し示した。
「さっき、彼女が貴方たちの誇りについて話したじゃないですか。僕も誇りってやつを持ちたいんですよ。自分の中の正義のために戦っているという誇りを」
「我々を救うことが正義だというのか?」
「少なくとも、僕はそう思いました」
「埒もない……」
 ヴァルキュリアは溜息をついた。皆に向けられた目には、哀れみと嘲りの色が浮かんでいる。
「今は亡き盟友がよく言っていた。強さとは弱さを切り捨てることだ、と……非情に思えるかもしれないが、それは真理なのだ。大の虫を生かすためには小の虫を殺さねばならないし、大義を果たすためには犠牲を払わなくてはいけない。その真理を認めることができぬ限り、おまえたちはいつか敗れるだろう」
「でも、今日は勝った」
 と、アバンが静かに反駁した。
「強さっていうのは弱さを切り捨てることじゃない。優しさから生まれるものなんだ。あんたのところの軍勢は『勇者』って呼ばれてるけど、本当の勇者は強さだけじゃなくて、優しさも持ってるはずだ」
「自分たちが『本当の勇者』だとでも思っているのか?」
「まさか。一人では、強さと優しさを兼ね備えた勇者にはなれない。でも、皆と一緒ならなれるはずだ。あんたたちもな」
「……」
 ヴァルキュリアの目から哀れみと嘲りの色が消えた。代わりに浮かんだ感情は当惑だ。
 それを隠すかのように彼女はそっぽを向き、吐き捨てた。
「渡し難い連中だ」
 そして、光の翼を広げて飛び立とうとしたが――、
「あ! ちょっと待ってください」
 ――岳が駆け寄り、手を差し出した。
 そこに握られているのは三枚のハンカチだ。
「これ、よかったら使ってくださいね」
「べ、べつにいらん!」
 ヴァルキュリアは決まり悪げに顔を手で拭いた。血の涙で頬が濡れていることにずっと気付いていなかったのだろう。

 三人のヴァルキュリアは去った。エインヘリアルの拠点に戻ったのかもしれないし、別の場所に向かったのかもしれない。前者ならば、また洗脳されてしまう可能性もあるが、それは本人たちも覚悟の上だろう。
「彼女たちを行かせてよかったのかしら?」
 ヴァルキュリアが飛び去った方向を見ながら、イリアが呟いた。
「さあねぇ」
 五郎左衛門が肩をすくめた。
「俺には判らんよ。でも、とりあえず今はこれでいいんじゃねえの? 来る者は拒まず、去る者は追わずだ」
「来る者は拒まず……」
 ソピアが自分に言い聞かせるように復唱した。
 そして、誰にともなく尋ねた。
「いつか、こちら側に来てくれるのでしょうか。あのヴァルキュリアたちは……」
 その問いに答えられる者はいなかった。
 今はまだ。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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