「《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングの制圧に向かったケルベロス達も無事、帰還出来ている様子ね」
ヘリポートで語るリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声色は、しかし、固く感じる。巨大死神の撃破は完了し、まずは一安心と言ったところ。だが、彼女の声に残る緊張の色は、戦いが完了していないことを充分に物語っていた。
「《甦生氷城》の制圧に成功したことで、デスバレスへの突入口が開けました」
「――?!」
感嘆の声がケルベロス達から上がる。
まさか、と慄く者がいた。ついに、と震える者がいた。
謎に満ちた死神の本拠地――デスバレスへの道が開いたのだ、と誰もが驚愕していた。
「加えて、突入口の向こう側、デスバレスの情報、および死神の防衛作戦についても情報を得ることが出来たわ」
《甦生氷城》で戦っていたケルベロス達から、聖王女エロヒムの声を聴いたと言う報告があった。
そして、同じものを『グラビティ・チェインレーダー』で確認する事が出来た。
その解析情報を元に、強化された予知能力を用いて、それらの情報を得ることが出来たのだと言う。
「つまり、今ならば」
誰かの台詞に、ええ、とヘリオライダーは首肯する。
「そう。今はまさに千載一遇のチャンスよ。万能戦艦ケルベロスブレイドはデスバレス回廊を突破し、冥府の海潜航能力を使って、聖王女エロヒムが囚われていると思しき『デスバレス深海層』を目指す事になるわ。――危険な任務だけど、死神との決着をつける為、みんなの力を貸して欲しい」
信頼と謝意。二つの感情で金色の瞳を彩りながら、リーシャは言葉を続ける。
「その中で、みんなには死神側の防衛戦力である『ヴェロニカ軍団』との戦いを担当して貰うことになるわ」
ヴェロニカ軍団とは、撃破された軍団をサルベージし、戦い続ける不死の軍団のようだ。
更にその背後に詰める「イルカルラ・カラミティ」の力によって、その不死性は強化。撃破された軍勢がすぐに蘇生して再出撃してくると言う、恐ろしい能力を発揮していると言う。
「つまり、ヴェロニカ軍団相手に消耗戦を行えば、みんなの方が不利。あちらの戦力はほぼ無限。対して、こちらは有限だもの」
如何にケルベロス達が実力、気迫に勝っていても、おいそれと覆せる物量では無い。
「よって、皆がヴェロニカ軍団からケルベロスブレイドを防衛している間、みんな――当班は蘇生再出撃の儀式を行っているイルカルラ・カラミティを直接叩きます」
その為の設備が万能戦艦ケルベロスブレイドに存在していることを、ケルベロス達は知っていた。
「ただ、ここに一つ、問題があるのよね」
イルカルラ・カラミティはヴェロニカ軍団の遙か彼方の安全地帯で儀式を遂行しており、通常の手段では近付く事が出来ない。
だが、その点については心配する必要がない。万能戦艦ケルベロスブレイドの装備が一つ、「強化ケルベロス大砲」を用いることで、ヴェロニカ軍団を飛び越え、イルカルラ・カラミティの儀式の場へ殴り込みを掛けることが出来る。即ち、直接対決に持ち込むことが出来るのだ。
問題はその場にいるのが彼女だけでは無いことだ。
「イルラカルラの周囲には、彼女の配下である『七大審問官』がいるわ」
安全地帯であっても、備えは万端と言う事か。流石に護衛は存在するようだ。
「イルラカルラを撃破する為には『七大審問官』の撃破が必須。なので、みんなにはその一翼を担当して貰う」
七大審問官はイルカルラ・カラミティの直接の部下であり、そして個々が強力な死神だ。当然、容易な敵ではない。
「タウルス・アミタ。それがみんなの倒すべき敵の名前」
その外躯は、牛のウェアライダーの妖剣士と言う。見た目通りのパワーファイターであり、能力の殆どはサルベージした肉体から得ているようだ。
「アミタの撃破、並びにイルラカルラの撃破。それがみんなにお願いしたいことになるわ」
アミタの撃破に時間を要すれば、それだけイルカルラ・カラミティの撃破が遅くなってしまう。
その場合、被害を被るのは、ヴェロニカ軍団と対峙する万能戦艦ケルベロスブレイドだ。
「勿論、防衛しているケルベロスの皆を信じるのは有り。でも、みんなの撃破が早ければ早いほど、損害を気にしなくても良くなるのも事実よ」
万能戦艦ケルベロスブレイドの設備が破壊されていけば、今後の作戦へも支障を来し兼ねない。
タウルス・アミタ、並びにイルカルラ・カラミティへの攻撃は、攻撃力に重点を置き、速攻撃破を心掛けた方が良いだろう。
「あと、イルラカルラの傍らには七大審問官の一員である『ポロス・ナムタル』って副官がいるから、そのことは作戦の念頭に置いていてね」
要約すればタウルス・アミタとの戦い、その後にイルカルラ・カラミティとポロス・ナムタルの二者を相手する二連戦になるようだ。
また、後者の戦闘は他の五班を交えた共闘にもなる為、その連携も必要だろう。
「ヴェロニカ軍団にケルベロスブレイドが撃沈される前に、なんとしてでもイルカルラ・カラミティを撃破する必要があるわ。伸るか反るかの大勝負、だけど、絶対に勝利しましょう」
そしてリーシャは皆に檄を飛ばす。
それが今、彼女に出来る最大の支援だった。
「それじゃ、いってらっしゃい」
参加者 | |
---|---|
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989) |
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542) |
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858) |
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652) |
美津羽・光流(水妖・e29827) |
ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669) |
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731) |
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796) |
●幾千の風の中で
びゅうびゅうと風が後方へと流れていく。
通り抜ける空間は果てしなく暗く、昏く、冥く。
(「ああ。やはり此処は地球外なんですね」)
今、爽快感を得る事が出来ないと、風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)は嘆く。他の七人はどうだろう? と振り返った矢先、声が聞こえた。
「戦いが過酷になるのは覚悟してたけど、思ったのと何か違うな」
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)が唇を歪め、嘆息していた。
それもそうだろう。自分達を砲弾として打ち出す強化ケルベロス大砲など、冗談の類いと思っていた。まさか実戦投入されるなど、誰が予想出来ただろうか。
砲弾として打ち出される自身の境遇に眉を顰めるリューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)の姿もある。
道を切り拓くと、任務の全うを決意するエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)の姿もある。
それぞれが思い思いの表情を浮かべ、そして、闇に染まった空間を貫いていく。
「気になる事はあるけど、今は考えてるときじゃない。一気に攻めるよ!」
それは、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)が上げた鬨の声だった。
そして、次の瞬間、彼らは巨大な海面に迎え入れられる。
着弾の衝撃により、轟音と水柱が派手に吹き上がる――その寸前。
「セーフ! ……いや? 微妙にアウト?」
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)の放ったビーム牽引が、7人の身体を空中で捕らえたのだ。
彼女のジェットパック・デバイスのお陰で軟着陸を果たしたケルベロス達を、先んじて海面へ着水したマギー、アミクス、ラハブの三体が迎える。その視線は多少、恨めしくも感じたが、ケルベロス同様、サーヴァントもまた超常存在。この程度の衝撃で怪我を負う事はない。
なお、ベルベットと共にゆっくりと水面に降り立つビーストは、自身の翼でゆっくりと軟着陸をしていた。
「随分と静かな空間やね」
周囲に視線を巡らせた美津羽・光流(水妖・e29827)が独白する。柔らかい口調ながらも、抱く緊張の糸は張り詰め、そして。
「いや、ザルバルクの剣化の影響みたいやわ」
着水した海の中、巨魚達が刃と化し、海底へと没して行く。無数の剣がケルベロス達の傍を通り抜け、そして、再び巨魚へと戻り、海を泳いでいく。
それは、現在地が剣化波動の境界である事を示していた。ならば此処は、カラミティが復活の儀式を行っている場所の筈だ。
「随分、五月蠅い連中が来た物ね」
それこそが、彼らの望んだ声だった。美しい女の声は、彼らの眼前から響く。
ゆらりと陽炎の如く現れたそれは、抜き身の日本刀を構えた牛の獣人だった。――否、牛の獣人の外躯をした、死神であった。
「貴様が七大審問官、タウルス・アミタか?」
「ええ」
ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)の問いに返ってきたのは、首肯と僅かばかりの微笑みであった。
●エルトナの軌跡
銀光が舞う。牛人が振るう日本刀の切っ先は弧を描き、三日月の様な光を残していく。
斬り結ぶ事数度。それだけで理解してしまう。目の前の死神――タウルス・アミタが並のデウスエクスを遙かに凌駕した存在だと言う事に。
「ですが」
竜砲弾を轟かせながら、エトヴァはそんな言葉を紡ぐ。
タウルスは強い。それは確かだ。だが、自身らもそれに引けを取らないだけの実力者が集まっている、と。
この幾合で、彼女の膂力は把握した。その力は一撃必殺に近く、仲間を庇ったマギー、ビーストの2サーヴァントが既に消失している。また、飛び交う刃は前衛、後衛問わずその身体を斬り裂いている。
だが、逆を言えばそれだけだ。大きな損害にまでは至っていない。
「この先に知りたい事がある。だから、通して貰うよ!」
ベルベットの燃える拳は白刃を撥ね除けつつ、その身体へと叩き込まれる。
急所の影響がどの程度まであるか判らない。だが、それでも動きを止めさせるのには充分だった。
「ほな、やったりましょう」
「どんな死神が相手でも、私の呪いのほうが強い!」
ベルベットが生み出した虚に続いたのは、光流、そして篠葉だった。
パイルバインカーの強撃とルーンアックスの斬撃は刹那の差違もなく、同時にタウルスへと叩き込まれる。
「ケル……ベロスっ!」
文字通り血を吐く様な台詞がタウルスから零れた。
「いやー、死神って厄介だねぇ」
斬撃の余波で傷ついた前衛陣に治癒のオーラを付与しながら、ピジョンは独り言ちる。
ボロボロの風体となった彼女がそれでも戦意を喪わないのは、やはり死者である所以か。それとも、デウスエクスとしての矜持とやら、だろうか。
吐き出した唾も朱に染まっており、口内を始めとした内部も傷付いている事は想像に難くない。
だが、それでも――。
「死してヴェロニカ軍団の一員となるといい!」
振るう切っ先には一寸の迷いもなかった。
痛みを感じずに戦う存在の厄介さを、否応なしにも思い知らされてしまう。
白刃から飛び出た斬撃は空間に跡を残し、直進していく。
その狙いは後方で槍を構える者――リューインだった。
「――ッ?!」
憎悪塗れの叫びは、空間を断裂した音か。
そして周囲を朱に染め上げる血飛沫が迸る、それよりも早く。
「戦略的には正しい、とだけ褒めておこう」
冥府の切っ先を戦鎚で受け止めたドゥマが唇を歪ませ、言葉を発する。
「勝ち目が見えなくなったら、一人でも多く、ですか」
日本刀に氷の霊力を這わせながら、恵が呟く。
タウルスの攻撃が何故リューインに向かったのか。それは判らないし、その追求に意味を感じられなかった。
何かしらの因縁があったかも知れない。或いは最も体力の劣る者として、サーヴァント使いの彼女を狙った、それだけかも知れなかった。
「凍れる刃の一撃、受けて頂きます」
そして、煌翼の銘を持つ日本刀を振るう。
青く、白く。
まるで霧氷の華の如く闘気が逆巻き、同時に血の華すらもその場に咲かせた。
それは同時に、タウルスの表情を驚愕に染め上げる事となる。
「まさか、私が――」
驚愕は最後まで紡がれなかった。
「神々より託されしこの一投、神殺しの一撃を受ける栄誉を貴方に授けましょう。そして真の死を貴方に。……クングニルバスター!!」
タウルスの胴を穿ったのは神殺しの電光――紫電を纏ったリューインの投擲槍だった。
「……だが、私を倒しても、他の七大審問官を全て倒さない限り、イルカルラ・カラミティを撃つ事は叶わない。故に、私はすぐに復活し――」
それが、末期の台詞であった。
「だったら、全ての七大審問官を討つだけだね」
消え行くタウルス・アミタを前に、ピジョンがふっと微笑する。
●副官ポロス・ナムタル
七大審問官が一体、タウルス・アミタを討ち取った。
だが、それで本作戦が終了した訳ではない。彼らの目的はあくまで復活儀式の強制終了、即ち、儀式を執り行う主、イルカルラ・カラミティの抹殺なのだ。
可能な限り治癒を重ねると、彼らの遊泳は再度、力強く行われていく。
「もう少し休息出来ていれば良かったんだけどね」
自身の傷を治癒の闘気で癒やしながら、ベルベットが唇を尖らせる。
だが、それが叶わない事もまた、彼女は知っている。
本作戦が電撃作戦である事は、ヘリオライダーが何度も強調していた。そして、万能戦艦ケルベロスブレイドの防衛を思えば、悠長にしている時間などない事は百も承知だった。
「行くぞ」
短く、鋭く。
ドゥマの言葉にベルベットは首肯する。
そして、それらは唐突に出現した。
一つは自分達と同じ、八人構成のケルベロス達――ジェミニ・フィリウスへの戦いに臨んだ班だった。
そして、もう一つ。それは仲間と合流し十六人体制と化したその直後、待ち構えていた様に出現した。
このザルバルクの海の中、平然と佇むそれが人と異なる存在である事は明白だった。
「ポロス・ナムタル?!」
巨大な古代魚。
七大審問官筆頭であり、イルカルラ・カラミティの副官であるデウスエクスは、壁の如く、ケルベロス達の前に聳え立ったのだ。
怪魚の身体から噴出した靄は、まるで不定形の原生生物の如く飛礫として、ケルベロスの中を走り抜ける。
「身体が――重い?」
「病魔……と言う訳ではあるまい。しかし――」
餌食となったのは、ピジョン、リューイン、そして光流、そしてアミクスの四名だった。
彼らが受けた倦怠感は、ピジョンの治癒によって即座に打ち消される。だが一瞬とは言え、身体を覆った重怠さは、泡立つような感覚を彼らに遺していた。
「流石副官と言った処かな?」
拳に炎影の闘気を纏わせ、ベルベットがぽつりと呟く。
自身らの倒したタウルス・アミタに比べ、ポロス・ナムタルの攻撃は数段上の様に思える。
タウルスがどの程度の実力者かは判らなかったが、筆頭との差違はかなり大きく感じられた。
(「ですが――」)
幾らか手傷を負っているとは言え、今は十六人と言う数の利もある。エトヴァが浮かべた内心は、何れのケルベロス達が抱く物でもあった。
そして、グラビティが轟音を響かせる。
竜砲弾が、流星纏いの蹴りが、斬撃が、魔法が、殴打が次々とポロスに吸い込まれるようにぶつかり、弾けていく。
魚型を取るポロスの装甲は、自前の鱗と、後は自身を覆う靄のみ――と、その筈だった。
攻撃に呼応して、甲高い破砕音が響く。
それは、ポロスを取り巻く粘土板の一枚が砕けた音であった。
「まさか?!」
リューインの驚愕は、至極当然なものであった。
「身代わり?」
篠葉の知識の中にも、そのような伝承技があった。己が受ける不利益を全て、形代に押しつけてしまうと言う術だ。
「ならば粘土板の分も上乗せして攻撃するのみ!」
体当たりと共に放たれた、ドゥマの台詞はしかし。
ふしゅるると、空気を裂く音と共に否定される。
(「笑っている?」)
まるでそれが無駄と言わんばかりに。
その真意を掴んだのは、次の瞬間だった。
崩れ落ちた粘土板が再生したのだ。
「――ッ?!」
恵の驚愕は当然の物であった。
だが、その恐慌状態もまた、一瞬の物だった。
「はい、判りました」
マインドウィスパー・デバイスはヘリオンデバイスを持つ物との思念会話を可能とする。今回の彼の相手は他班――カルロス・マクジョージであった。
二、三言葉を交わした恵は、声を上げる。
それがポロスを打ち破る為の、最適解だと信じて。
「皆さん。カルロスさんの班と連携を取ります。最初は粘土板に! 次はポロスに、を繰り返して下さい!」
粘土板がどの程度のダメージを肩代わりするかは判らない。だが、粘土板そのものが受けるダメージは、すぐに飽和するようだ。故に、カルロスが伝えてきた作戦は成就する。後は、それを遂行するのみだ。
恵の言葉を受け、ケルベロス達は己が得物を構える。
道を切り拓く。その為に。
「先輩方。行きましょう」
静かな光流の声が響き渡った。
●託す想い
「デスサイズーシュートッ!!」
投擲した大鎌がポロスの粘土板を貫き、粉砕していく。一撃必殺の技を以ても、砕けるのは一枚のみ。その結果に、リューインが舌打ちするのは仕方ないと思えた。
「それでも、壊し続ける事に意味があるよ」
彼女の内心に応えるかの様な台詞はピジョンからの物。治癒と共に紡がれる言葉は柔らかく、苛立ちの色は感じさせない。
(「だが、それも長く続けば……」)
視界の端をたぐれば、自分達を越え、イルカルラ・カラミティと戦う仲間達の姿が見える。
ポロスを――七大審問官を全て撃破しなければ、イルカルラへのトドメと至らない。タウルスの遺した言葉がここに来て、枷の如く重く、纏わり付いていた。
彼らがポロスを撃破しない事には、イルカルラと戦う二班も、カラミティを抑える二班も、勝機を見出す事が出来ないのだ。消耗戦に陥れば、異郷の神であるデウスエクスに分があるのは当然だった。
「交代です!」
何度目だろうか。
7枚目の粘土板が破壊され、それを皮切りに、 カルロス班の猛攻がポロスへと突き刺さる。幾多のグラビティを受け、悲鳴の如き咆哮を上げながらも、ポロスは応戦と、瘴気の塊をケルベロス達へと射出してきた。
もはや幾渡と繰り返したと思わしき攻防に、しかし――。
「疲れの色が見えますネ」
エトヴァの言葉に、皆の視線が一瞬、ポロスの元へと集中する。
人型ではなく、魚型のポロスの表情を読む事は難しい。だが、気怠ささえ感じさせる緩慢な動作は?
思考を遮るように、鋭い音が辺りに響き始める。カルロス班のグラビティが次々と粘土板を砕いていったのだ。
「俺たちの根源を知りたイ。奈落の地獄へ、いざ――Frierst Du?」
そして、エトヴァは氷の幻影を紡ぐ。辺りに響いた悲痛な叫びの歌は、幻影が見せる光景からか、それともポロスの零した物か。
「西の果て、サイハテの楔よ。訪れて穿て。滅びは此処に定まれり」
続いて詠唱されたのは、光流による召喚術だ。彼によって喚び出された氷の禊は実体を伴い、ポロスの鱗と皮膚を梳り、打ち砕いていく。幻覚と実態。双方の氷撃に悲鳴を上げ、のたうち回るポロスへ、急接近する影があった。
「生きたなら死ね」
そこに離脱も反撃の暇も無かった。身構えるよりも早く、ポロスの身体に銀の円匙が叩き込まれる。
「お前たちの在り方は生と死のサイクルを崩す。不死なるものが、生まれ、死に行くものの運命を弄るなど許せはしない」
生と死の観念を乱す物は滅びよ、とドゥマは言い放つ。煉獄の炎に炙られたポロスの身体からは焼葬を思わせる嫌な臭いが立ちこめていった。
「終わらせましょう」
優しき言葉は恵から。業物の日本刀が結ぶ白光は三日月の如き軌跡を描き、鰓へと叩き込まれる。
「呪い給え、祟り給え。私の超特大呪いを受けてみなさい!」
彼らの攻撃を引き継いだのは、篠葉であった。
超特大呪い云々の台詞はポロスに響かない。だが、そこに込められたグラビティにこそ、戦慄を感じてしまう。
「さぁ、みんなで突撃よ!」
その号令を前に、彼は何が出来ただろうか。
無数の子狐や子狸の姿をした何かが駆け抜け、ポロスの身体を砕き、或いは喰らいながら通り抜けていく。百鬼夜行さながらの光景に、だが、それを最後までポロスは見送る事が出来なかった。
「GYAAA!」
声にならない悲鳴と共に、ポロスの身体は砕け、虚空へと溶け込んでいく。
砕かれた粘土板も、もはや再生に至らない。
「――勝利、ですね」
荒い息を吐き、恵が片腕を上げる。
「ええっ! やったわ! 私たちの勝利よ!」
負けじと声を張り上げた篠葉は笑みを浮かべ、掌を広げた腕を上空へと掲げる。
彼女の意図に気付いたケルベロス達は己が掌をそこに向け――。
ぱぁんと、乾いたハイタッチの音が、辺りに響き渡った。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年4月19日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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