デスバレス電撃戦~六柱の害意

作者:椎名遥

「《甦生氷城》の制圧に向かった方達からの報告はご存じでしょうか」
 集まったケルベロス達に一礼すると、水上・静流(レプリカントのヘリオライダー・en0320)は静かに資料を広げる。
 兵庫県鎧駅沖に出現した死神の拠点『《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブング』。
 その城を巡るケルベロスと死神の戦いはケルベロスの勝利に終わり、《甦生氷城》はケルベロス達によって制圧された。
「ケルベロスブレイドを襲った巨大死神は撃破でき、城に向かっていた人たちも無事に帰ってこれて一安心――なのですが、戦いはまだ終わっていません」
 と、静流は表情を改める。
「《甦生氷城》を制圧したことで、そこに存在していた回廊も手にすることができました」
 《甦生氷城》が閉ざしていた、デスバレスへとつながる回廊。
 その、巨大な――ケルベロスブレイドが通ることすら可能な規模の回廊を突入口に使えば、ケルベロス達の総力でもってデスバレスに攻め入ることも可能になる。
「《甦生氷城》で聖王女エロヒムの声を聴いたという報告がありましたが、同じものを『グラビティ・チェインレーダー』でも確認し、解析を行っています」
 入手した情報、解析した情報、そして強化された予知能力。
 それら全てを合わせることで、突入口の向こう側のデスバレスの情報及び、死神の防衛作戦を予知することができている。
 今、このタイミングであれば、ケルベロスの牙を死神勢力の本陣まで届かせることも、決して不可能ではない。
「この千載一遇と言える好機を逃すわけにはいきません――これより、ケルベロスブレイドはデスバレスへと突入します」
 万能戦艦ケルベロスブレイドを用いてデスバレス回廊を突破し、冥府の海潜航能力を使って聖王女エロヒムが囚われていると思われる『デスバレス深海層』を目指す電撃戦。
 無論、本陣に攻め込まれることになる死神の抵抗は、これまでよりもはるかに苛烈なものになるだろうが――それでも、この機会を逃すわけにはいかない。
「危険な作戦になりますが……死神との決着をつける為にも、みんなの力を貸してください」
 ケルベロス達を見つめて、静流はそっと呼びかける。
「回廊に突入するにあたって、まず問題となるのは防衛体制の突破です」
 《甦生氷城》は、地上とデスバレスを繋ぐ唯一の回廊であるだけに、多数の死神による強力な防衛体制が整えられている。
「防衛戦力は、ヴェロニカ軍団と呼ばれる最精鋭の部隊を中心とした大量の死神によって構成されています」
 ヴェロニカ軍団から、功名心に逸る有象無象の死神まで、その戦力には大きくバラツキがあるが……その数は、決して侮ることはできない。
「襲撃してくる死神の多くは、ケルベロスブレイドの防衛網によって撃破することができていますが……おそらく、その全てを防ぎきることは叶いません。その時は――っ!」
 そこまで言葉を紡ぎ――直後、静流は息をのんで視線を遠くへと向ける。


「っ、ここまでとは!」
 攻撃を切り裂いて走る刃を寸前でかわし、死神『黒き虚栄のコルネリオ』は端正な顔をわずかに歪めて歯噛みする。
 数多の死神が撃ち込む驟雨の如きグラビティは、ケルベロスブレイドの前面に展開される広域魔導障壁に受け止められて本体へは届かず。
 ならば、と近接攻撃を仕掛けようと近付く死神を、縦横に走る近接迎撃骨針が薙ぎ払い、船内から放つケルベロスのグラビティが撃ち落とす。
 魔導神殿群ヴァルハラの各神殿をまとめ、『季節の魔力』とケルベロスの願い、そして世界の人々の祈りを束ねて作り出された万能戦艦ケルベロスブレイド。
 死神の軍勢を圧倒し続けるその力は、人々を守る守護の象徴と呼ぶにふさわしい。
 ――だが、
「それでも――」
「退くわけにはいかない、でしょう?」
 続けてコルネリオへと撃ち込まれるケルベロスの射撃を、飛来する深紅の雷撃と虚空を焼く白の鬼火が焼き払う。
 中華風の衣装に身を包む少女の死神『赤き情念のアイヂェン』、髑髏に腰掛ける豊満な女性の死神『白き懶惰のジネボラ』。
 そして、その後ろから戦況を見据えるのは、黒の布を纏う女性の死神『遍く侵害のイツキ』と巨大な斧を携える少女の死神『淡き無能のファレーナ』。
 共に、コルネリオと並び『六害』を名乗る有力な死神であり――、
「青の方は?」
「……ワタシを庇ってやられたネ」
「そうですか……」
 その力でも、ケルベロスブレイドの守りを抜けることはかなわない――無傷では。
「仕方ないわね……コルネリオ、アイヂェン」
「覚悟の決め時ですね」
 憂鬱そうなジネボラの声に、コルネリオは髪をかき上げて苦笑すると大鎌を握りなおす。
 無傷でケルベロスブレイドの防衛網を抜けることはかなわない。
 そして、捨て石となるのは『六害』の長であるイツキや副官のファレーナではなく、その下につく四色の自分達こそがやるべきこと。
 故に、
「行くネ!」
 いまや三色となった彼らを先頭に、『六害』達は宙を駆ける。
 放たれるグラビティを撃ち落とし、後ろへ抜けそうな攻撃をその身で受け止めて。
 コルネリオが倒れ、ジネボラが倒れ、そして――、
「イツキ、ファレーナ! ワタシ達四色の命と思い、全部あなた達に託すネ!」
「ええ、ありがとう」
「感謝します、四色達」
 振り抜かれる近接迎撃骨針が最後に残ったアイヂェンを捉えるも、針を抱え込むように受け止めたアイヂェンが消滅と引き換えに背後を守り抜き。
 そうして作り出される隙間を縫って、イツキとファレーナはケルベロスブレイドへの最後の一歩を駆け抜ける。
 その取り付く先は――。


「現場は!?」
 何が起こったのかを問うまでも無く、ケルベロス達はそれを察する。
 そして、自分達がなすべきことも。
「獅子宮、ヘリオン発着場へ繋がる連絡通路です!」
 ケルベロスの呼びかけに、静流は短く答えを返す。
「潜入したのは、『六害』を名乗る死神の集団、その長である『遍く侵害のイツキ』と副官の『淡き無能のファレーナ』の二名」
 防衛網を潜り抜けた死神が、ケルベロスブレイドに取りつき入り込もうとしている。
 ならば、やるべきは迅速な侵入者の撃破。
「黒布を纏ったイツキは後方からの支援を、大斧を持ったファレーナは前衛としての攻撃を得意としています」
「了解!」
 静流からの情報を受けとり、ケルベロス達は走り出す。
 守護の象徴、ケルベロスブレイドを死神から守り抜くために。
「六害のうち四名は撃破されているけど、その代わりに残りの二人はほぼ無傷。みんな、気を付けて!」


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
差深月・紫音(変わり行く者・e36172)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)
村崎・優(黄昏色の妖刀使い・e61387)
アンジェリカ・ディマンシュ(ケルベロスブレイド命名者・e86610)

■リプレイ

「ケルベロスブレイドの防衛と侵入者2体の死神の撃破、か」
 獅子宮へと続く通路を走りながらジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)は小さく息をつき。
「同時にやるなんてクッソ面倒くせェ……なんて言ってる場合じゃあねェな」
「ええ。戦艦に損害を出す訳にはいきません、まだ戦いはこれからですからな」
 頷きを返しながら、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は得物を握りなおす。
 ケルベロスブレイドでデスバレスに突入し、深海層に囚われている聖王女エロヒムと接触する電撃戦。
 その前哨戦ともいえる段階で躓くわけにはいかない。
「おっと残念、そこでストップです」
 赤煙の見据える先で周囲をうかがうのは、黒布を纏う女性と巨大な斧を携える少女の影。
 姿だけであれば人間とも思えるが――纏う気配が、相容れぬ存在であると物語る。
「あなた方を私達の船に招待した覚えはありません。不躾な狼藉者はご退場願いましょう」
「決死の覚悟で飛び込んでくるのはいいが、こっちも譲れないんでね。折角のチャンスを潰されるわけにもいかねぇんだ」
 無言で大斧を構える少女『淡き無能のファレーナ』に動じることなく、ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)と差深月・紫音(変わり行く者・e36172) もまた同時に地を蹴り。
「ここから先は通行止めだ。おとなし、は難しいだろうが――楽しませてくれよ?」
「ならば、貴方達を打ち倒して通らせてもらいましょう」
 振り下ろされる斧を紫音の如意棒が受け止め、抑えきれない衝撃を自ら後ろに飛んで殺し、
「させませんよ。打ち倒すことも、通すことも」
「此処は譲れない。此処を通すわけにはいかないな!」
 入れ替わるように踏み込むレフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)とステラ・フラグメント(天の光・e44779)が、追撃の斧刃を受け止める。
 呼吸を合わせ、変形させた如意棒で繰り出す二重の連撃が大斧とぶつかり、捌き、返す打撃がファレーナを退かせ。
 その隙を突いて、紫音と赤煙が残る一体『遍く侵害のイツキ』へと肉薄する。
 警戒するべきは火力以上に妨害に長けるイツキ。
 故にこそ、
「まずは貴女からです」
「さあ、楽しい、楽しい、死合いをはじめようか」
 赤煙のブラックスライムと紫音の繰り出す如意棒が、続けざまにイツキへと撃ち込まれ、
「ええ――」
 微笑むイツキが閃かせる黒布がブラックスライムを捌き、かざす杖が如意棒の連撃を受け流し。
「楽しい死合いを、はじめましょう?」
「はっ、上等だ!」
 瞬間、降り注ぐ炎の雨が紫音の姿を飲み込んで――、
「ノッテ!」
「報復には許しを 裏切りには信頼を 絶望には希望を 闇のものには光を 許しは此処に、受肉した私が誓う “この魂に憐れみを”」
 ステラのウイングキャット『ノッテ』の清浄の羽ばたきが炎を祓い、ミスラの紡ぐ祈りの歌が戦場へと響き渡る。
 それは、救いを求める者、救われぬ者達へと向けた祈りの言葉を紡ぎ、祝福を与える憐れみの賛歌。
「わたくしは万能戦艦『ケルベロスブレイド』の命名者、アンジェリカ・ディマンシュですわ!」
 響く祈りの言葉に重なるように、アンジェリカ・ディマンシュ(ケルベロスブレイド命名者・e86610)の周囲に無数の魔法陣が展開される。
 球体、円形、いくつもの音響魔法陣が響き合い、共鳴して紡ぎ出される星の光を足へと纏い、炎の残滓を打ち払ってアンジェリカは駆ける。
「この戦艦、決して貴女達には渡しませんわ!」
 繰り出す蹴撃は杖に受け止められるも――渾身の力を込めて繰り出す蹴撃がイツキを押し込み、
「一発デケェの行くからしっかり受け止めろよ? ……でぇりゃァァァ!!!!」
「おおおおああっ!!!」
 僅かに動きが止まった瞬間、踏み込むジョーイと大きく跳躍した村崎・優(黄昏色の妖刀使い・e61387)が刃を閃かせる。
 鬼神が如きオーラを身に纏い、悪鬼羅刹を一撃で倒すと云われているジョーイの鬼神の一太刀。
 轟く雷吼と化し、収まらない怒りをもって邪を討ち、悪を滅ぼす唐竹割りを放つ優の牙零闘滅・雷吼之太刀。
 共に必殺の一刀がイツキを捉え――しかし、
「ふふっ、やるわね」
「まだ浅かった、か」
 余裕を崩さぬイツキに、優は小さく歯噛みして両手の武器を擦り合わせる。
 ケルベロスも死神も、互いに本拠地を突かれた状態。
 だが――、
(「人々の命を弄ぼうとする貴様らに対して、僕には同情も罪悪感も全く感じていない」)
 デウスエクスへの憎悪を纏い、敵を見据えて優は愛刀を握る。
「とっとと消え去れ……死神め!」


 ケルベロスブレイド:獅子宮連絡通路。
 1680万色に煌く光が満たす空間で、ケルベロスと死神はぶつかり合う。
 炎に氷、石化の呪い。
 呪文を唱え、魔法陣を描き。イツキが杖を振るう度に無数の魔術が虚空を走り、
「防護はお任せ下さい、御武運を……!!」
「ああ、そこだぁああーー!」
 傷を癒し、呪縛への抵抗を高めるミスラの歌。
 その加護を得て呪縛を振り払い、優が放つ氷結輪がイツキの腕を切り裂き走り抜れば。
 狙いが甘くなったイツキの魔術を赤煙が潜り抜け。
 魔術を切り裂いたジョーイが大きく刃を振りかぶり。
「おらァ!」
 重ねて振るう刃が二重の月を描き出し、揺らめく黒衣をすり抜けるようにイツキを捉えて退かせるも、
「まだ――っと!」
 追撃をかけようと紫音が踏み込み――飛びのく直後、暴威を纏う大斧がその空間を薙ぎ払う。
 六害の副官、淡き無能のファレーナ。
 その二つ名に対して実力は高く、レフィナードとステラの二人がかりでも完全に抑え込むことはできず――しかし、完全に振り切ることもまたできず。
「君の相手は私達だ」
「もうしばらく、付き合ってもらうぜ!」
 ファレーナが二の太刀を放つよりも早く、追いすがるレフィナードの砲撃とステラのブラックスライムが追撃を阻む。
 そうして作り出された隙は僅か。
「上出来よ、ファレーナ」
 ――けれど、イツキが体勢を立て直すには十分。
 呼び出される氷の嵐が、通路を凍てつかせながらケルベロスへと迫り。
 しかし、嵐を正面から見据えてアンジェリカは音響魔法陣を展開する。
「断罪の時来たれり、万魔とその軍勢を率いる悪徳の王を倒す為に我と誓約せし者よ。汝らに代償も破滅も与えぬ。只誉れを成してほしいから」
 魔法陣から紡ぎ出すのは、魔剣という概念そのものから抽出したエネルギー。
 そこから放つのは、あらゆる魔剣の性質を有し、あらゆる魔を絶つ、絶対の斬閃。
「滅びも穢れもなく万魔を絶つ神鳴の魔剣(アームドレゾナンス・ティルフィング)!」
 氷嵐と斬閃が衝撃を散らして喰らい合い、相殺の余波が互いの頬を裂いて走り抜け――それが収まるよりも早く、氷煙を裂いて踏み込む紫音の拳がイツキの杖とぶつかり合う。
(「流石、といったところですわね」)
 頬を拭い、アンジェリカは小さく息をつく。
 多様な攻撃を操り、多数のケルベロスを相手取るイツキ。
 二人がかりでも完全には抑えきれず、突破されかねないファレーナ。
 ヘリオンデバイスの後押しがあってなお押し切れず、時に押し込まれることすらある強敵たち。
(「本来であれば、それぞれがケルベロス複数名で相手取るべき敵なのでしょうけれど」)
 けれど、退けない。負けられない。
 この船は、地球のみんなの思いと祈りが詰まっているのだから。
 そして、豊かな胸部の持ち主は個人的にも敵だから。
「絶対に負けません! ですわ!!」
 視線鋭く相手を見据え、攻撃の切り変わりを狙いすまして踏み込むアンジェリカのデッドエンドインパクトがイツキを捉え。
 しかし、追撃をかける優のフォーチュンスターを炎雨が迎撃し、さらに紫音の縛霊撃を杖黒布が包み受け流し。
 体勢を崩した紫音へ追撃をかけようとするファレーナの斧を、回り込んだレフィナードが受け止めると同時に、逆側からステラのマインドソードが牽制し。
「Code:Gleipnir起動せよ!!」
「しばし大人しくしてください」
 続けてイツキが振るう杖を赤煙とミスラのレゾナンスグリードが抑え込んだ隙を突いて、振り抜くジョーイの刃がイツキの肩を裂く。
 個別の戦力で測るならば、死神に。
 しかし、ケルベロス達の連携はその差を埋めて押し返し。
 戦いの天秤は揺らぎながらも、未だどちらにも傾かず。
 一進一退のまま、戦いは進む。
 けれど――、
「喰らいつけ……毒刀・蛟!」
「受けなさい!!」
 ミスラの憑霊弧月とアンジェリカの月光斬。
 呼吸を合わせて繰り出す斬撃がイツキへと走り――、
「――っ!?」
「ちょっと、無理をしてみようかしら?」
 その連撃を、あえて踏み込んだイツキがその身で受け止めて。
 続けて放つ炎が狙うのは、レフィナードとステラ――ファレーナの足止めに専念しているディフェンダー達。
 降り注ぐ炎は、レフィナードの如意棒が打ち払うことで有効打には届かない。
 けれど、それに手を裂かれれば、ファレーナの抑えは弱くなり――。
「どいてもらいます」
「うわっ、と!」
 圧の弱まった隙を突き、振り抜く大斧が受けたマインドソードごとステラを跳ね飛ばし。
 そのまま大きく飛び退くと、ファレーナはイツキと視線を交わして大斧を振りかぶる。
「合わせなさい、ファレーナ」
「ええ!」
「ちッ――次連携してくんぞアイツ等ァ! なんとしてでも阻止すんぞ!」
 瞬間、背筋に走る悪寒にジョーイが声を挙げ。
 同時に放ったサイコフォースを飲み込んで、死神の連携が襲い掛かる。
 石化をもたらす漆黒の呪いの霧に、重ねて放たれる嵐の如き斧の乱撃。
 イツキの特性によって重ねて与えられる呪縛は、続く斧の乱撃にその数を倍加させて。
 一瞬で五重を越えて重なる石化の呪縛が前衛に立つケルベロスの動きを封じ込め。
「とった!」
 返す斧の一閃が、動きを縛られたジョーイの首筋へと走る。
 ――しかし。
 ノッテが羽ばたかせる浄化の風が。
 ミスラが重ねてきた抗魔の加護が。
「この程度でへばんな! 気合で治せやゴルァーーーッ!」
 そして魂を燃やすジョーイの雄叫びが。
 重ねた力が呪縛を打ち払い、動きを取り戻した刃が斧刃を寸前で受け止める。
 あと一手、もう一押しがあったならば、あるいはわからなかったかもしれない。
 けれど、今の六害には、天秤を揺らがせることはできても、それ以上の力はなく。
「乱れた気脈、今、整えましょう」
「ッシャァ!」
 赤煙が気脈に刺しこむオーラの鍼に生命力を賦活され、活力を取り戻したジョーイが気合と共に斧を押し返し。
「これ以上、好きにはさせない!」
「逃がしません……殲刀・咬!」
 続くステラとレフィナードの連撃がファレーナを抑え込むと同時に、呼吸を合わせて切り込むミスラとアンジェリカがイツキを退かせ。
「いいものを見せてくれたお返しだ。とくと味わいな!」
 目尻にさした戦化粧の紅を指でなぞり、血のように赤い着物を靡かせて。
 狂気の滲んだ笑みと共に紫音は戦場を駆ける。
 幾度となく攻撃を受け止めた体は、浅くない傷を無数に受けている。
 けれど、そんなもののせいで手元が狂うのは――ああ、面白くない。
 笑みを深め、傷の痛みはペインキラーで誤魔化して。
「独学の喧嘩殺法と侮るなかれ! 間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 一瞬でイツキの懐へと踏み込み、続けて繰り出すのは左右の得物での連続攻撃。
 如意棒の連打が、縛霊手の剛腕が、続けざまに打ち込む無数の打撃が、炎雨を切り裂き、氷嵐を払い、呪いを抜けてイツキへと走る。
 一撃、二撃、攻撃が重なるたび、死神の動きは鈍り精彩を欠き。
「まだ――」
「いいえ」
 止めの蹴撃に跳ね飛ばされ、なおも杖を構えるイツキが術を放つよりも速く、赤煙の右手が閃き、投げ放ったオーラの鍼がイツキの腕を貫く。
「気脈の流れはグラビティチェインの流れ……」
 飛鍼が貫くのは経絡を遮断する秘孔。
 完全に流れを絶つまでは至らずとも――一瞬、動きを止めることができれば、
「ここまでです」
「っ!」
 す、と頭上を指さす赤煙に誘われるようにイツキも上を見上げ。
「凍てつく夜を砕け、黄金の神鳴よ!」
 その目に映るのは、邪を討ち、悪を滅ぼす轟く雷吼と化した刃を掲げる優の姿。
 もはや避けることも防ぐこともかなわない、必殺の一刀。
「そう――」
「く゛ぅだぁけろ゛おおおおああっ!!!」
 雷鳴の如き咆哮と共に、落下の勢いを乗せて放つ猛烈な唐竹割りが、最後の言葉諸共にイツキを断ち切り――そして、消滅させる。
「イツキ!?」
「後は貴女だけですわ!」
「っ、まだです!」
 驚愕の声を上げながらもファレーナが縦横に振るう斧の旋風が、アンジェリカの放つパイルバンカーとぶつかり合い、弾き返し。
 止まることなく左右から踏み込む赤煙の月光斬と紫音の縛霊撃を弾き、返す刃が優を捉えて退かせる。
 四色を失い、イツキが倒れ。残る六害はファレーナを残すのみ。
 されど、鬼神の如き気迫と共にファレーナは斧をかざし。
「我が名は六害の一柱『淡き無能のファレーナ』。魂を捧げたいと願うものから来るがいい!」
「お断りだ」
 振り下ろされる斧を、一歩踏み込んだレフィナードが受け止める。
 かざす如意棒が斧とせめぎ合い、押し込まれ。
 力尽くで押し込む刃が肩に食い込み、血が流れるも――、
「何も渡さん。何も奪わせん。ただ、速やかに消え去れ」
「仲間の命を、人々の祈りを、そして大切な人の生きる世界を危険に晒すことを、俺は許せない!」
 冷酷に、深く凍て付いた瞳で敵を見据え。レフィナードが突き付ける掌から放つ炎がファレーナを包み込み。
 叫びと共に繰り出すステラの蹴撃が大斧を押し返し。
 止まることなく、ステラは死神を見据えて地を駆ける。
 臆するわけにはいかない。例え、相手にどれだけの覚悟があったとしても。
 仲間の命、人々の祈り、そして大切な人の生きる世界は、彼の大事な宝物。
(「怪盗ステラが大事なお宝を盗まれるなんて、格好悪いだろ?」)
 だから、押されそうになる弱気な心は仮面の裏に隠して、笑みを浮かべ。
(「あの子の生きる世界を、俺は守るんだ」)
 繰り出すマインドソードは斧に弾かれ、続く紫音の拳と赤煙の刃も受け止められるも、さらに重ねるジョーイとミスラの一閃が斧を外へと弾き。
「そこだ!」
「合わせますわ!」
 その機を逃すことなく、優が閃かせる氷結輪。
 そして、アンジェリカが紡ぎ出す魔剣の斬閃がファレーナを切り裂き走り抜け。
 それを追うように、流れ星のような魔力を纏い、ステラは壁を足場に宙を駆けるが如き身のこなしで距離を詰める。
「さあ、流れ星がみえるかな?」
 上と思えば左へ、下へ。
 相手を翻弄する輝き流れる蹴撃が、守りをすり抜けて体を打ち抜き。
 そうして――最後の六害を消滅させた。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月19日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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