シャイターン襲撃~妖精達の血のエレジー

作者:鹿崎シーカー

 ぱたぱたと、赤い池を飛んでいた。
 ぶちまけられた、絵の具みたいなドロドロと、そこに浮かぶ死んだ肉。
 隣の仲間が弓を引く。頬を赤い涙で汚しながら、望まぬ殺意を、矢を放つ。きらきら光る軌跡の先で、またひとつ、命が消えた。
 赤いしずくがぼろぼろ落ちる。もうやめて、と願っても、体は全く動かせない。
 そうして、またひとつ見つけてしまう。家と家のスキマに隠れて、がたがた震える男の子。斧を持つ手が勝手に動く。
 感情を見せぬ表情で、彼女は刃を振り下ろす。


「あああ、ヤバイヤバイ……コイツはヤバイっすよ……!」
 冷や汗をだらだら長しながら、黒瀬・ダンテは自分の予知を口にする。
 東京都羽村市に、魔空回廊が現れる。そこから出てくるのは、エインヘリアルの第5王子イグニスが率いる妖精の一族、『シャイターン』とそれに操られたエインヘリアルたちだ。
 イグニスはシャイターンたちに、地球侵攻及びザイフリート王子の粛清のためヴァルキュリアを使った都市の破壊工作を行わせようとしている。
 急ぎ現場に向かい、これを止めてほしい。
「みなさんには、ヴァルキュリアの相手をしてほしいっす」
 ヴァルキュリアは羽村市の住宅街に襲いかかり、住民たちを虐殺してグラビティ・チェインを奪おうとしている。だが、ヴァルキュリアたちは邪魔者の優先排除を命令されているため、ケルベロスたちが戦闘をしかければ住民たちに被害は及ばない。
「気を付けてほしいのは、ヴァルキュリアはシャイターンに洗脳されてるせいで、ケルベロス殺害にはためらいがないってことっす。ただ、他の人がシャイターンを撃破できれば、多分スキはできる……と、思うっす」
 このことについて確たることは言えないが、もしスキができれば説得ができるかもしれない。彼女たちは操られているだけなのだから。
「でも、ここで負ければ住民たちは殺されてしまうのも事実。そんなのはヴァルキュリアだって望んでないっすから、心を鬼にして、倒してあげてほしいっす」
「こんなことをさせられて、ヴァルキュリアたちはとっても苦しんでるはずっす。街のみんなのために、ヴァルキュリアたちのために、なんとしても勝ってください。ご武運を!」


参加者
ヒスイ・エレスチャル(モノクロ無花果・e00604)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
オズワルド・ドロップス(黒兎の眠童・e05171)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)
シャオフー・リー(ドワーフの降魔拳士・e14065)
水映月・黒江(シャドウエルフの鹵獲術士・e18985)

■リプレイ

●戦乙女の悪夢
「操られてるんだよねー」
 肩を回しながら、シャオフー・リー(ドワーフの降魔拳士・e14065)がそんなことを口にする。
 どこか乗り気でない彼に、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は硬い表情でうなづいた。
「ええ、操られているんです」
「炎を操る妖精シャイターン、ですか」
 ふたりに相づちを入れる形で、水映月・黒江(シャドウエルフの鹵獲術士・e18985)は元凶の名を口にする。この街……東京都羽村市にも攻めてきているであろう邪悪な妖精と、それに操られた戦乙女ヴァルキュリア。
 街の住民を守るため、望まぬ虐殺を強いられた彼女たちを止めるため、八人はこの場にいた。
 伝え聞いた血みどろの予知を思い出し、ヒスイ・エレスチャル(モノクロ無花果・e00604)はフードの奥で目を光らせる。
「ヴァルキュリアにこんなことをさせるとは……シャイターンも王子様も随分と悪趣味ですね」
「……別にさ、デウスエクス相手だしそんな同情心もないんだけどさ……無理やり嫌なことやらせるのは、なんか違うじゃん? それは人とかデウスエクスとか、そういうことじゃなくて……あれ?」
 六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)が悩ましげに頭をかりかりかいていると、ふと、ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)は片耳に手を添える。その表情がどんどん真剣になっていくのと同時に、遠くの空に黒い点のようなもの三つ、現れた。
 誰に聞かずとも、全員が理解していた。あれは、ヴァルキュリアだ。
 その姿がはっきりと見えたところで、ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)はおおげさに手を広げる。
「望まぬ殺生を他者に強要するなんて、全くもって美しくない……見たまえ、操られているヴァルキュリア達の、何と痛ましい事か!」
「ん。可愛そうではあるけど……ボク達だってここを守らなきゃいけないから。出来る限りだけど……楽にしてあげよう」
 オズワルド・ドロップス(黒兎の眠童・e05171)は右手で剣を抜き、左手で器用に書を開く。それぞれ臨戦態勢に入る仲間たちの横で、深々見はイライラと髪をかきむしった。
「……あー、もう! 考えるの面倒だから、とりあえず止める! それから考え……ない! 帰って寝る!」
「行きましょう!」
 ソラネの檄を合図に、ケルベロスたちは一歩踏み出す。
 涙を流す戦乙女に向かって、八人は一斉に駆けだした。

●何を以て語るのか
 ヴァルキュリアの持つ巨大な斧が、呪力を帯びて光をまとう。
 力任せに振り下ろされた刃を、ヒスイは体を張って受け止めた。
「ぐっ……!」
「ヒスイさん!」
「ん……ちょっと、我慢してて」
 黒江とオズワルドが同時に呪文を唱える。呼び出された氷河の精霊は、吹きすさぶ吹雪で戦乙女をなぎ払う。
 ピシッ、ピシと凍っていく体に危機感を覚えたのか、斧持ちが大きく後ろへ退避。それを追うのは、冷たい冷気に乗ったリー。
「はい、そこで……ストーップ!」
 追い風ならぬ追い吹雪を受けて電光石火の蹴りが斧を打つ。跳ね返った衝撃を利用して離れたリーと入れ替わるように、ソラネの放ったミサイルが斧持ちを爆炎で包み込んだ。
「操られているとは言え、罪のない人々を殺しても良いのですか!」
『……』
 赤々と燃える炎に向けて、二体が無言で弓を引く。祝福と癒しの矢が放たれる直前、悠乃は杖を高く掲げた。
「廻る廻る、時の檻をあなたに」
「あ、一応言っておくけど……」
 乱される時の流れ。放たれた矢を始めとして、全てが遅く、ゆっくりにになる中、深々見の煙が炎を急速に取り囲んでいく。
「未来なんて、ないよ」
 狂った時の歯車が、元通りに動き出す。
 タイミングをずらされた矢は、斧持ちを飲み込んだ煙を突っ切り、何にも当たらず反対側へ抜けていく。
 そして、斧持ちもまた、偽りの悟りに侵されながらも懸命に刃を振り上げる。弱々しく点滅するルーンの光。リーに向けられた、消えかけの流れ星のようなそれの前に、再びヒスイが立ちふさがった。
「おいおい、ヒスイ! いくらなんでも無茶じゃあないのかな!?」
「いいえ、平気です!」
「平気なものか!」
 ジャンの手に握られたカードが輝き、『御業』が鎧となって仲間を守る盾となる。力を失いかけた刃は、半透明の壁を砕くことなく受け止められ……戦乙女も力なく膝をついた。
「じゃ、ちょっとしっつれぇーい、っと」
 リーがむき出しの首筋を叩くと、斧持ちはくたりとくずおれる。
 まずは一人。改めて気を引きしめ、弓を構える二体を見上げた仲間たちとは別に、ソラネは耳に手を当てた。
「……! 皆さん、気をつけて! 敵の援軍、が……」
 とすっ、と軽い音がして、ヒスイが後ろに吹き飛んだ。その胸元には、光輝く矢が伸びて……。
 水を打ったように静まり返る戦場で、新に現れたヴァルキュリアは、ふたりの仲間とともに弓を引く。
 その手から、心を貫く矢が、一斉に飛び出した。

●届け、この言葉
「やめてください! 貴方たちは、もっと誇り高い種族だったはずです!」
「ソラネ……シトラス、お願い」
 射かけられた矢を、ミミックのシトラスが体を張って防御する。
 援軍の襲来により、戦況は一辺していた。
 三人のヴァルキュリアが、遠距離から一方的に矢を撃ちこんでくる。あらかじめ展開していたヒールドローン使った防御や回避を繰り返しているものの、反撃するスキがない。
 戦乙女たちは、ただただ弓を引いて、矢を放つだけだった。
「ううう……もう少し、もう少しで……きゃっ!?」
 矢を回避しながら魔導書をにらんでいた黒江の足元に、矢が突き刺さる。かすめた衝撃に、黒江は足を取られて転倒する。
「黒江っ!?」
「黒江さん!」
 慌てて駆け寄ろうとするリーと悠乃。しかし、転んだ彼女に意識を向けたのは、ふたりだけではなかった。
 続けざまに淡々と狙撃をしていたふたりの戦乙女が手を取り、お互いの弓を重ねる。強度を高めたそれにつがえられたのは、神々を殺す漆黒のバリスタ。
 ぎりぎりと不気味な音を立てて引かれる弓弦。残るひとりも、矢をつがえ、引き絞る。と……。
 ひとりの手に握られた矢が、飛ぶこともなく地に落ちた。
「……違う……」
 ケルベロスも、そしてヴァルキリアも動きを止めて、彼女を見る。矢を落とした戦乙女は、頭を抱え、苦しげに身をよじった。
「違う、違う……こんなのは、私は……ぁ……」
 頬を伝う血の涙。常に流れ続けていた赤い筋が、一層濃くなっていく。
 唐突に起こった異変に、バリスタを持つふたりは困惑したように顔を見合わせている。
「これ、もしかして……」
 リーがつぶやくと同時に、苦しんでいたヴァルキュリアがカッと目を見開いた。素早い動きで新たな矢を出現させ、再びつがえ、放つ。飛来する、心を貫く矢を駆け付けたソラネが弾き飛ばす。
「しっかりしてください! 心の底でまだ貴方の意思が抗っているのなら、きっと救う手段があるはずです!」
「あなた方も妖精なら、そんな洗脳に打ち勝ってみせてください。そして、思い出してくださいあなたの楽しい時の記憶を」
 詠唱を終えた黒江が、魔導書のページを開く。描かれているのは、『再現術式:知識喰らい』。
 魔導書から現れた白いページが、苦しんでいた戦乙女の頭をつかむ。暴れる彼女を押さえつけるふたりに、漆黒のバリスタが狙いをつけた。
「向こうは任せて、こっちをどうにかしないとな。オズワルド、援護頼む!」
「わかった」
 ジャンは、バリスタを構えるヴァルキュリアたちの元へ飛翔する。石器する気配に気づき、ぐるりと方向転換したバリスタに、オズワルドは剣を向けた。
 古代語でつむがれる力ある言葉。タクトのように振るった切っ先から光線が放たれ、神殺しの矢を石の彫刻へと変える。
『ッ!』
 もろく崩れ去る矢を捨てて、もう一本の矢を生み出すふたりのヴァルキュリア。それが発射される直前、リーは縛霊手でつかんだジャンを振り上げる。
「僕の……僕らの話を、聞いてッ!」
「高貴に、公明正大に、そしてきらびやかに! ハッ!」
 金色の光が戦乙女の視界を奪い、狙いを明後日の方へとずらす。巨大な矢とすれ違いざま、叫ぶ。
「もし僕達の言葉が届いているのなら、シャイターンの洗脳に抵抗してくれないかい? 少々手荒な方法にはなってしまうが、君達を洗脳から解放するためにも、どうか協力してくれ!」
「……っ……」
「そう、そうだ。わたしたち、は……」
 弓を束ねていた手が離れ、連結がほどける。血涙を流す瞳に、理性の光が灯った。
 が。
「あっ……あああああああああああああああっ!」
 黒江が召喚した手に捕まっていたヴァルキュリアが、悲鳴を上げる。
 頭を抱える手を振り払って急上昇。我に返ったふたりとともに、闇雲に矢を撃ちまくる。もはや、つける狙いすらない。
「貴方達は以前、勇者様を探しておりましたね。本当は解放されたいのではないですか? もしその思いがあるなら私たちは助力を惜しみません」
「ひ、ヒスイさん!?」
 突然となりに現れた人影に、悠乃はぎょっと目を丸くする。
 当のヒスイは、隠した瞳から光をこぼしながら、恥ずかしそうに頬をかいた。
「ご心配おかけしました。私は大丈夫です。悠乃、ちょっと、借りを返したいのですが」
「お話は後、ですね。わかりました!」
 構えたライトニングロッドに光が集まる。ロッドを包む光は翡翠色の雷になり、ばちばちうなる。
「さあ、夢を見るのはお仕舞にしましょう」
 瞬間、稲光が矢の弾幕に降り注いだ。眩い緑が心をうがつ凶弾をたちまち宝石に閉じ込める。そして、ソラネの機械鎧の砲門がその全てを捉え、上空には青く輝く満月が浮かぶ。
「私は諦めませんよ! 何としても、貴方たちの心を救ってみせます!」
「蒼き月の輝きよ、邪悪なる源を浄化せよ」
 機械と魔法。別の技術から生まれた力が、ひとつの目的をもってエメラルドの雨と激突する。
 細雪のように散る矢だった物たち。開けた活路に、深々見と黒江は踏み込んだ。
「思い出して下さい、もう一度。あなたの記憶に映る人のことを」
 ばらばらとめくれる魔導書のページから白い手が伸び、ヴァルキュリアを捕まえる。ぐっ、と引っ張られた血涙を伝う頬に、深々見はそっと手を重ねた。
「……泣いてんじゃんか、あんたら。いいんだよ、もう。偉そうにしてたやつはいなくなったから。やりたくないことはやらなくて、いいんだよ」
 そう言って、指先で血の涙をぬぐう。にじむ赤い筋の上を……透明なしずくがなぞる。
 からん。からん、からん。軽い音を立てて、戦乙女の手から弓が滑り落ちた。

●妖精の祈り
「このたびは、同朋ともども迷惑をかけた。謝って済むことではないのだが……」
「なあに。手荒な真似をしてすまなかったね、君達の未来に幸多からん事を」
 ぺこりと頭を下げ、四人の戦乙女が羽ばたいていく。その後ろ姿を眺めながら、オズワルドは大きく口を開けた。
「ふぁ……あぁ」
「眠そうですねぇ、オズワルトさん?」
「うん……つかれた、ねむたい……」
 くすっとほほ笑むソラネに、オズワルドは目をこすって答える。疲れたような表情の彼に、ジャンは芝居がかった態度で向き直った。
「なんたることか! これで疲れていては紳士は務まらないぞ、オズワルト! か弱き乙女のために手を尽くし、骨を折ることこそ紳士の……ぐああッ!」
「へー。腕に矢刺してるやつが言うと、説得力があるなー」
 リーに矢が刺さったままの腕をたたかれ、悶絶するジャン。悠乃は苦笑しつつ、その腕を取る。
「冗談はさておき、クロードさん。本当に骨までいってますよ、これ。あ、矢が刺さったと言えば……ヒスイさん?」
「うん? ああ、あれですか。あれは……まぁ、なんといいますか。刺さった瞬間、なんか体が軽くなりまして」
「なるほど。祝福の矢、だったんですね」
 黒江が納得した顔でうなづく。そして、それはさておき、と手を打った。
「じゃあ、早くジャンさんの矢を抜きましょう。そっち、お願いしますね」
「お、おい、待ちたまえ。まだ心の準備が……ぐあああああああッ!」
 絶叫をBGMに、深々見はぐっと背を伸ばす。
「あー、あたしも疲れた。慣れないことはするもんじゃないなぁ、やっぱ」
「いいじゃないですかぁ。それで、助かったんですから」
 涙をふいた手を握って開いてを繰り返す彼女に、ソラネは満足そうに言ってのける。ソラネになでられて、とろんとまぶたを落としかけたオズワルドは、ぽつりとこぼれるようにつぶやく。
「でも、これで終わりじゃないんだよね……」
 ヴァルキュリアだけではない。シャイターンも、ザイフリートの件も、全て解決したわけではない。
 戦乙女が消えた空は、憎たらしいほど晴れ晴れとしていた。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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